No.575825

あの日言えなかった言葉を… (6)蟻地獄

遂にコナンの居場所へと辿り着いた平次ら。しかしコナンの置かれた状況に、誰もが驚愕することになる……!

2013-05-13 01:40:48 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:44180   閲覧ユーザー数:44131

『おい、ちょっと待て!!』

電話から小五郎の怒鳴り声がした。平次は慌ててケータイに耳を当てる。

「何や?どないしたん?」

『ああ、さっき言い忘れてたんだが……実は今病院にいるんだ』

「びょ、病院やと?どっか悪いんか?」

『い、いや、違うんだ……小梅さんがさっき倒れてな……今、集中治療室にいる』

「しゅ、集中治療室やと!?」

『ああ、どうやら小梅さんの病気は……』

平次は、その続きを、俯いたまま聞いていた。

「……さよか……ありがとさん、そのまま、小梅ハンについとってくれや。オレはボウズ捜しに行くさかい」

平次は、顔を帽子のツバで隠したまま、電話を切った。

「……どうしたんじゃ?」

博士は、平次の顔を恐々と覗き込んだ。

「……分かったで、犯人が誰なんかも、動機も……」

平次は顔を上げた。帽子の下には、暗くも真剣な表情があった。

「早よ行かな……一刻の猶予もあらへん。この小っさい姉ちゃん借りるで!!」

「お、おい、どこに行くと……!?」

「さっき車庫見たらアンタのビートル無かった……修理にでも出してんねやろ?ジイさんは、ここで連絡係やっといてくれや。バイクに3人は乗れんさかい」

平次はそう言って、黙って阿笠を残し外へ出た。

「貴方、小梅さんとあの子と三人で来たらしいけど、どこにバイク停めてるのよ?」

哀は外出用に、毛糸で編んだ白い帽子を目深に被っていた。秋らしい寒い空気が頬を刺し、息を白く染めたが、朝日は反対に穏やかだった。家々の高い塀が、2人の足元に影を落とす。

「米花駅の駐車場や。ここに来るとき、和葉と小梅ハンはタクシー使たけど、オレはその後ろからバイクでついてってん」

「そう……で、これからどこへ行くの?」

「決まっとるやろ。工藤のおるとこや」

「だから、工藤君はどこにいるのよ!?」

平次は、哀のスマホをいきなり取り上げた。

「ちょっと、何を……!?」

平次は無言で、コナンが映った画面を消した。そして、地図アプリを立ち上げた。

「ちょっと!何してるの!?映像が見れな―――」

平次はとある場所の地図を出し、哀にスマホを押し付けた。

「工藤は多分ここや。映像はもう見んでええ。多分、この映像よりずっと酷い状況やさかい」

平次の表情は驚くほど暗く、哀は息を呑んだ。

哀と平次は行く道すがらバスに乗り、米花駅まで行った。暗い地下駐車場に入ると、奥の「バイク専用」と書かれた看板の下に見慣れたバイクがあった。

「これ、被っとき。帽子やのおて」

平次はヘルメットを哀に手渡した。哀はバイクに乗るのは初めてだった。硬く冷たいヘルメットを、藍はそっと頭に乗せる。

「アホ、ちゃんとアゴ紐締めとかんと、あっちゅう間に大けがしてまうで」

平次は手早く哀のヘルメットのひもを固く結んだ。そしてバイクに乗せ、自分も跨ってヘルメットを装着した。そして、低くエンジンをうならせ、出発した。

「ちょっと、貴方、大丈夫なの?もう4時間も走りっぱなしよ!?」

平次と哀を載せたバイクは、首都高を出て、東北自動車道をひた走っていた。しかも、東北道に乗ってからこれまで1度もパーキングエリアに停まる事無く走り続けている。

「アホ。止まってもうたら、工藤助けられへん。犯人はタイムリミットは今日の12時や言うとった。あと1時間ぐらいしかないで……」

「でも、それでここで貴方が疲れて事故ったりしたら、元も子もなくなるでしょ!?」

「大丈夫や!もうちょっとで降りるさかい」

平次のバイクはそこから5キロほど行った辺りで、「出口」と標識のある所へ入った。料金所で料金を払うと、いかにも東北らしい田舎道に出た。

「姉ちゃん、ちょー地図見せてくれ」

平次は、哀に渡されたスマホの画面にしわを寄せて見入った。そして平次は、腕時計をチラ見した。

「あかん……時間が無い……ちょっとこれまでより飛ばすで!!」

平次は再び哀を乗せて発進した。スピードを上げると、周りの赤く色づいた木々がぼやけて見える。

「ちょ……飛ばし過ぎ、じゃない……の!?」

哀は、振り落とされないように必死でしがみついた。しかし平次はスピードを緩めない。それどころか、さらに踏み込んで加速した。

「きゃあ!!」

哀の悲鳴を尻目に、平次は、憑りつかれたように、鉄の塊を走らせた。

「工藤……今、助けたるからな……!!」

「まったく、言わんこっちゃないわ!」

大分日が昇った林道に、おかんむりの哀と、路肩に停めたバイク、そして木にもたれかかって座る平次がいた。バイクは湯気を立てている。

「ハハ……スマン、飛ばし過ぎてしもたようやわ」

「だから言ったでしょ?!途中で減速したと思ったら、動かなくなって……人間だろうと機械だろうと、無理に動き続けたら壊れてしまうに決まってるじゃない!」

「ス、スマン……一刻も早よ工藤ンとこへ行きとぉてな……大丈夫や……このバイク、強者(ツワモン)やから、ちょっと直せばすぐ動くようになるって……」

平次は、ぎこちない動きで立ち上がって、バイクの状態を見始めた。その動きを怪訝な顔で見ていた哀だが、急にハッとした表情をした。

「ちょっと、見せてみなさい!」

「おわっ、何や!?」

哀は素早く平次のジャンパーと服をまくり上げた。平次の腹部には、先ほどの治療の跡だろう、包帯が幾重にも巻かれていた。しかしそれには、まだ濡れた赤い血が滲んでいた。

「まさか貴方、だから停まったの……!?」

「あ、いや、そんなんとちゃう!!こら、ホンマにバイクがいかれてしもて……」

「嘘ね」

哀は鋭い目つきで平次に迫った。平次は、慌てて顔の前で手を合わせた。

「ホンマ堪忍!!怪我押してまで運転しよーとしたら姉ちゃん怒る思て……」

「怒る?とんでもないわ!!」

哀は首を横に振った。

「今は、私たちは工藤君を助けなきゃいけない。でも、貴方だって怪我を負ってるのに……そこまで考えが回らなかった自分に怒ってるのよ」

哀はそう言って立ち上がった。

「これ以上、移動を貴方に任せっぱなしにするわけにはいかないわ。ここからは、私が歩いて行く。貴方は無理に動かず、ここで休んでなさい」

「え……そんな、それこそ無理やって!工藤のおるトコには、工藤攫た犯人がおるかも知れへんのやで!?ちっさなってしもたあんただけや太刀打ちできへん!!」

「でも、どのみち行かなければ、工藤君を助けることは出来ないわ。子供を平気でこんな目に遭わせ、貴方にも怪我を負わせた非道な犯人からはね!!」

哀の決意の表情に、平次は遂に折れた。

「……しゃあない、姉ちゃんだけでも行け。でも危ない真似はしたらあかんで」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるの」

平次は、哀の辛辣な口当たりを聞いて、フッと笑った。

「なーる、工藤が信頼を置くわけやわ」

「何言ってるの!?」

「ハハハ、スマンスマン。でも、あんた、そのクールさに反して、熱ぅなって見境無うなってしまうことあるさかい、気ィ付けや」

「……分かってるわ」

哀は一瞬間をおいて答えた。そしてスマホを手に、山道に向かって歩き出した。

「あれ?この前の色黒な大阪の探偵君じゃないか?」

哀の後ろから突然、明るい声がした。しかし哀は微かに戦慄を覚えた。振り向くと、スカジャンを羽織り、緑のヘルメットを被ったベリーショートの女子高生―――世良真純がバイクから降りてきた。

「あれぇ?灰原哀ちゃんもいたんだ!君たちもコナン君を助けに来たのか?」

「君たちも……って何やねん?お前まさか、オレらをつけてきたんとちゃうやろな……」

「いや、君たちをつけてきたってわけじゃないよ。間違っちゃいないけどね!」

「あ、哀ちゃん!!」

真純の後ろから顔を出したのは、蘭と和葉だった。

「か、和葉!?何でここにおんねん!?」

「ウチラかてコナン君心配やもん!!そしたらな、コナン君の行方追ってるっちゅう、クロバネ・ガイトさんに会うてな、ここまで連れてきてもろてん!!」

「クロバネ・ガイトぉ?」

平次が怪訝な顔をすると、蘭は快斗の腕を引っ張って前に出した。

「ホラ、この人よ!駆け出しの探偵さんなんだって!」

「ほぉ~ん……」

平次は、新一によく似た顔のボサボサ髪の少年をじろじろ眺めた。快斗の方はといえば、(何でここに大阪の探偵がいんだよ~!?)と心の中で叫んでいた。

「時間が無いわ……先に行くわね」

手短に腕時計をチェックした哀は、一人山に向かおうとした。

「ちょっと待って!」

呼び止めたのは真純だった。

「まさか君、一人で行く気じゃないだろうね?」

「……ええ、そうだけど」

「危険だよ!!」

真純は慌てて止めた。

「コナン君の傍には、危ない犯人がいるかもしれないんだ!!そこに、子供の君を一人で行かせるなんて…」

「せやけど、この子コナン君の事めっちゃ気になってしゃーないらしゅうて……」

「コナン君が心配なんはみんな一緒や!!」

和葉が今度は反論した。

「私たちも、コナン君を助けに来たんだから!!」

蘭が進み出てきた。哀は、若干揺れた。世界で一番、コナン、そして新一を想い、また思われているのは蘭なのだ。蘭の顔には、純粋な、大切な人を助けたいという気持ちが滲み出ている。

「……分かったわ。でも今すぐ向かわないと、手遅れになるわよ」

「じゃ、オレがナビするから。走るぞ!!」

GPSでコナンの位置を把握した快斗が、スマホ片手に、落ち葉で埋まった山道を登り始めた。蘭と和葉がそれに続き、真純は手負いの平次を助け起こして歩いた。その後ろを、哀が小走りでついて行った。

「こっちだ!」

快斗は、途中の分かれ道で右に折れた。そこには、朽ちた看板に『太平山登山道入り口』の文字があった。鬱蒼と広がる紅い雑木林を抜け、小川の苔むした丸太橋を越え、腰ほどまである高い枯れ草の草原を抜けると、上まで真っ直ぐに続く長い細い上り坂に出た。さっきまで晴れていた空は、いつの間にか暗雲が立ちこめていて、小雨が降り始めている。道は紅葉で埋め尽くされているが、じっとりと湿って見えた。快斗を先頭に、一行は落ち葉に足を取られながら走った。哀が「あと10分しかないわ!」と後ろから叫ぶと、足は一層早まった。

「あった……!!」

平次が声を上げた。色づいた林に囲まれて、小さな山小屋が一軒、坂を上りきった先に建っていた。快斗と平次が真っ先に小屋に駆け寄った。ドアの取っ手を回したが、中で鍵がかかっているのか、ドアはピクリとも動かない。

「ちくちょお、こんな時に!!」

「待って!オレに任せてください!」

快斗は、ポケットから針金を取り出し、鍵穴に突っ込んだ―――

「工藤ォ!!」

快斗を押しのけて真っ先に小屋に突入したのは平次だった。続いて快斗が、そしてそれを押しのけるように哀が割り込んだ。次の瞬間、一同は目の前の光景に息を呑んだ。

 暗い床に、一面赤く光るモノが広がっている。その向こう、暗がりの中には、小さな一脚の椅子、そして……

「工藤ォ!!!」

平次は素早く駆け寄った。コナンは、椅子に手足を縛りつけられたまま、か細く息をついている。その顔は、蝋人形のように蒼白だったが、目を凝らすと黄色味がかったように見える。割れた眼鏡が、その足元に落ちている。近くには、リボルバーの拳銃が一丁打ち捨てられていた。薬莢も2つ落ちている。

「工藤、おい、しっかりせぇ!!」

「ボウズ、オレの声聞こえるか!?」

快斗も平次の隣にしゃがみ、必死に呼びかける。しかしコナンは目を覚ます様子はない。平次が肩を叩くと、小さな頭が揺られるままに揺れた。

「……!!!」

快斗は、無意識のうちにコナンの手と肘掛けに手を置いていたが、ふと見下ろすと絶句して手を放した。コナンの手首は、肌の色が分からないほど血に塗れている。床に広がっていたのはコナンの血だったのだ。頑丈な太い荒縄も、何度も擦ったのだろう、端々がボロボロになり、赤黒く染まっていた。その手を、平次は無言で取り、脈を探った。そして、一瞬暗い表情に変わる。

「とにかく、縄外すで!!」

平次は懐からポケットナイフを取り出し、コナンを拘束している縄を切断した。

「おい、な、何だよこれ……」

コナンの手の縄をほどいた快斗が、戦慄く声で言った。

「どうした!?」

「これ……これだけ血が出てるのに、血が、止まってねぇ」

傷だらけの手首の、乾いた黒い血の下からは、紅い鮮血が未だ滲み出ていたのだ。傷も浅く、出血量からして、とっくに止まっていてもいいはずなのに……

「やっぱり、こうなっとったか……」

平次が、悔しげに声を絞り出す。平次は、朝の哀との会話を思い出していた。

『よく聞いて。犯人は恐らく、工藤君に、「溶血」を起こさせようとしているわ』

『よ、溶血!?何やそれ!?』

『人間、真水よりスポーツドリンクや生理食塩水を飲んだ方が良いって、知ってるわよね?』

『え?あ、ああ、その方が吸収がええんやろ?でもそれが何や?』

『吸収云々の問題じゃないわ。スポーツドリンクの方が、水より体液の濃度に近いからよ』

『ど、どういう事や?』

『貴方、生物の授業は取ってる?』

『あ、ああ、でも……あっ!?』

『そう。細胞は、その細胞内溶液より高張な液に浸すと水分が細胞から出て縮み、逆に低張液に浸すと水分がどんどん入って膨らみ、動物細胞なら破裂する……』

『え、じゃあ犯人、工藤の細胞ぶっ壊してしまお思てるんか!?』

『恐らくそうよ。さっき画像を分析してみたの。工藤君の腕には、細いチューブが挿入されていたの。最初は血を抜いてるのかと思ったけど、チューブは透明のままだったし、何かを注入していると考えた方が自然だわ。容疑者はいずれも医療従事者だし、正確に動脈に針を刺してるでしょうね。水か、おそらくは溶血を起こす毒素を持った毒かなんかを……』

『でも待ち……その溶血起こしたら、体はどないなるんや?』

『赤血球が破壊されれば、酸素を運搬できなくなり、溶血性貧血が起こるわね……この場合、全身倦怠感や動悸、息切れ、頻脈、頭痛、発熱などの症状が現れるわ。さらに、溶血で血しょう中に放出されたヘモグロビンは肝臓で代謝され、ビルビリンという物質になる。それが多くなれば、高ビルビリン血症によって黄疸が現れることがあるわ』

『ほんでも、症状はふっつーの貧血と変わりあらへん……そんなんで、工藤への復讐とか……』

『いいえ、それだけじゃないの……』

「え?」

平次の呟きに、快斗はキョトンとした。

「やっぱりって……どういう事だ?」

「コイツ……犯人によって意図的に溶血起こされたんや。しかも一ちゃんタチ悪い」

「タチ悪い?」

「ああ」

平次は最後の首を拘束していた縄を取り払った。

「血管に、水か毒かなんかを注入して、溶血起こるやろ?そしたらどないなる思うか?」

「そりゃ、赤血球が破壊されて、酸素が行き渡らなく……」

「ああ、せやから、動悸が早よなるし、黄疸も起こっとる。でもそれだけやない……見境なく、細胞っちゅう細胞壊してもーたら……」

「……!!白血球と血小板も……」

「そうや」

平次はコナンを抱きかかえ、自分のジャンパーを敷いた床にそっと下ろした。コナンの意識は未だ戻らない。か細い息が繰り返し続く。額にはじっとりと汗が滲んでいた。触れると高い熱があった。ここに、自分以外の人がいる事すら、今のコナンは認識していないだろう。

「血小板が破壊されてもうたから、血が止まらんようになってしもたんや……きっと、この状態で、怪我して血ィが出るように仕向けたに違いあらへん……例えばさっきの拳銃とかで……」

「平次!!」

和葉を先頭に女性陣が入ってきた。

「犯人は警察には連絡するな言うてたけど、やっぱり心配やから、警察と救急呼んだけど、ええ?」

「ああ、ええで」

平次はその場にあった布を裂いててきぱきと止血に当たった。

「工藤……いや、コナン君見つけた今、犯人に遠慮する理由は一つもないで。一刻も早よぉ、コイツ病院に連れて行かな」

「コナン君!!」

後ろから来た蘭が、コナンに駆け寄った。傍にしゃがんで顔を覗き込む。

「大量の出血で血圧が下がっとる……姉ちゃん、ボウズの足、あんたの膝に乗っけたってくれへんか?心臓の血液循環量を増やさなあかん……」

「分かったわ……」

蘭はぐったりしたコナンの足元に回り、そっと足首を掴んで自分の膝に乗せた。足を動かされても、コナンは反応しない。呼吸も、さっきより苦しげに感じられる。しゃくりあげるような動きをみせ、口が開いたり閉じたりを繰り返していた。蘭はそっとコナンの手に手を伸ばした。

「っ……冷た……」

蘭はコナンの体温を感じて驚き、そして胸を痛めた。

「寒かったよね、痛かったよね……ホント、何もしてあげられなくて、ごめんね、コナン君……」

「アンタのせいちゃうわ」

平次が言った。

「絶対助けたる、そう思て、ここまで来たんやろ?だったら、最後まで諦めんと、ボウズの傍についとったり!あんたがそこにいる、それが、このボウズにとって一番や。このボウズは……あんた無しではダメやさかい」

「うん……でも、コナン君の手、すごく冷たいの……寒かったんだろうなって、思ったら……」

「冷たいやと!?」

突然平次が叫び、蘭は涙目のまま驚いて顔を上げた。

「さっきまで、熱上がっとったのに……」

平次は急いで、コナンの額に手を当てた。蘭の後ろから、和葉と真純も覗き込んだ。

「それにコナン君、さっきより呼吸が苦しそうになってるように見えるよ……」

「何やと!?」

真純の言葉に平次が怒号で返したので、一同は飛び上がった。

「やばっ……!!!」

言うが早いか、平次はコナンに覆いかぶさり、両手でコナンの胸を圧迫し始めた。

「な、何してるん平次!?」

和葉の声に反応せず、平次はリズミカルに早い圧迫を繰り返した。

「は、服部君!?」

蘭も訳が分からない。平次は一心不乱に心臓マッサージを繰り返す。

「心停止だ……!!」

快斗はハッとした。

「し、心停止!?」

「え、ええ……」

快斗は深刻な顔でコナンを見つめた。

「完全に意識が無い場合は、心停止を疑う、これは救助の原則ですが……コナン君のさっきの呼吸は、心停止が起きている時の呼吸なんです」

「そうか!死戦期呼吸か!」

真純が言った。

「しせんきこきゅう?」

「さっきの、しゃくりあげるような呼吸のことだよ……きっと、大量の出血で血圧が下がり、心臓が動かせなくなってるんだ……だから体温も下がった……心停止直後、脳は血液中に残った酸素でまだ動いている。そこで、脳が酸素を取り込むため、無意識のうちに呼吸をしようとするんだ。でもこの場合は、呼吸をしても肺に空気が入らない。だから、このままだと酸素の供給が止まって、脳も死んでしまう」

「そ、そんな……」

驚く蘭たちを、平次はマッサージの手を止めずに横目で見ながら言った。

「アホ……そう、なったら、あかん、から、こないして、るんや、ないけ!!」

「そろそろ1分以上やってるんじゃないか?代わるよ」

真純が申し出た。

「あ、ああ、頼むわ……」

平次は、真純がコナンの胸に手を当てたのを確認してから自分の手を放した。

「姉ちゃんら、救急車まだかいな!?」

「まだや!!」

和葉は、携帯電話を耳に押し当てていた。

「山の上の小屋や言うてるのに、小屋なんてあったかいな~?なんて……アホちゃうか!!」

「っくそ!!」

平次が悔しげに声を絞り出す。

「山の上やからAEDもあらへん……」

その時、哀の悲鳴が聞こえた。

「え?」

「小っさい姉ちゃん、どこにおんねん!?」

平次は、悲鳴が聞こえた奥の部屋へ向かった。その前では、哀が狼狽えた顔で立っていた。

「どないしたんや!?」

「……工藤君の近くに、何か重いものを引きずったような跡があって、それで、来てみたら、こ、この人が……」

平次は急いで部屋を覗いた。さっきよりも狭い、物置のような部屋の中に、一人の人影が倒れていた。平次は、それを見て顔を歪めた。

「……コイツ……工藤攫た……犯人や」

 

<続く>


 
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