No.575823

すみません。こいつの兄です。60

妄想劇場60話目。ちょっと間が空いてしまいました。忙しくてすみません。ってか、まだみんな待っててくれました?

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(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2013-05-13 01:37:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1114   閲覧ユーザー数:1015

 四月四日金曜日。夕食時に妹ともども市瀬家にお呼ばれした。両親も誘われたのだが、父さんは例によって仕事が忙しくて夕食時に時間を空けられたなかった。「お父さんが残業しているのに、私だけパーティに行くなんてできないわ」という母さんも家で留守番だ。

 市瀬家に到着する。

「あ、お兄さん。真菜。いらっしゃい」

迎えてくれるのは天使。さらさらとボブカットの黒髪を揺らし、たれ目気味の黒目がちな瞳を細めて、春めいたワンピースにDカップがゆれる。控えめに黒髪の上でひらめくスズランの髪飾りは、妹が一ヶ月前の誕生日に贈った物。美沙ちゃん。今日もマジ天使。天使に導かれて、居間に案内される。

 居間のテーブルには、クリスマスもかくやというご馳走が湯気を立てていた。

「すげー」

「すげーっすー。ひゃっはー。肉だー」

妹、大喜び。水を見つけたモヒカンの人みたいである。

 台所では、美人のお母様がてきぱきと、真奈美さんがゆっくりと確実に料理の準備をしている。このご馳走が真奈美さんの魔法の手によるものかと思うと、俺も妹に同意できる。つまり、ひゃっはーだ。ひゃっはー。

「ところで、これって真奈美さんの誕生日パーティ…だよね」

美沙ちゃんに尋ねてみる。美沙ちゃんは、斜め下から見上げる視線で俺に一歩近づく。ひゃうっ。かわいい。小悪魔オーラに不整脈が発生する。

「それもありますけど。進級祝いです」

なるほど。得心して台所の真奈美さんにちらりと視線を向ける。前髪の隙間からのぞく鳶色の瞳と目が合う。

「なるほど。それは、たしかにめでたいね」

めでたい。真奈美さんが部屋のドアをこじ開け、駅までの道のりを踏破し、人目の中電車に乗り、恐怖の山脈を乗り越えて教室に通った。そうして手に入れた進級は祝うに値する。

「それと、お兄さん」

美沙ちゃんがまた一歩詰め寄る。距離十センチと少々。視線を合わせようと下を向くと、ワンピースの襟元が条例に触れそうだ。どうしたものだろうか。美沙ちゃんが、髪飾りをいじりながら言う。

「髪飾り選んでくれてありがとう」

「いや。それは真菜のプレゼントだから、お礼は真菜に…」

「渡してくれたのは真菜からのプレゼントだけど、本当はお兄さんからでしょ。これ?」

「ど、どうしてわかったの?」

見透かされてキョドる。というか、美沙ちゃんの誕生日にはなにかを贈りたかったけれど、ヤンデレアクセルを踏んでしまわないように、わざわざ妹からのプレゼントってことにして買ったのに作戦失敗だ。

「どう見ても、真菜のセンスじゃないし…」

「そーっすよー。にーくん、センス悪いっすー。つーか、にーくん、なにやってるっすかーバレてんじゃねーっすかー。もう美沙っちにこれ以上隠しても意味ねーっす。やっぱ私からのバースデープレゼントやるっすよ。美沙っちー」

妹が、持ってきたバッグからラッピングされた箱を取り出す。

「え?ほんと!?私に?ありがとう!真菜!」

「それ、先に買ってあったんすけどー。にーくんがー。美沙っちには、こっちにしろって持ってきたから髪飾りになったっすー。それが、真の私からのプレゼントっすよー。」

美沙ちゃんが、うれしそうに妹からのプレゼントを受け取って開封する。

「…あー。か、かわいいランプだねー。ありがとー。すごく真菜らしいよー」

棒読みでお礼を口にする美沙ちゃんの手の中にあるのは、LEDランプ。リアルな死神がボール状のLEDランプを抱え、死神の足元に無数のリアルな骸骨があしらわれている。ちっともかわいくない。

「かわいいっすよねー。死神ちゃんー」

妹は本気でかわいいと思っている口調だが、死神はかわいくないぞ。

 それにしても、そうだった。妹が誕生日プレゼントを贈るなら、こういうチョイスになるはずだった。スズランの髪飾りになるはずがなかった。美沙ちゃんは、妹のことがわかっている。

「それにしても、お兄さん…どうしてスズランなんですか?」

悪戯っぽい、試すみたいな美沙ちゃんの瞳に照れて、目をそらす。そらした先には、湯気をたてる蒸し鶏を盛り付けている真奈美さん。

「まぁ、うん。ほら、誕生日だし、美沙ちゃんには…その…」

そこまで言って、ヘタれそうになる。

「私には、なんですか?」

くすくすと笑い声。遊ばれている。

「…ほら、幸せになってほしいじゃん」

照れる。

「お兄さん。意外と、乙女なところがあるんですね。スズランの花言葉、知ってたんですね」

エロゲに出てきてたからな。スズランの別名は君影草で、エロゲキャラの苗字が君影だった。エロゲ知識で、美沙ちゃんにプレゼントを選ぶ。ハイレベルな変態セクハラプレイである。俺も、ついにこの次元まで達した。

 そこで、料理が出揃う。

 ノンアルコールのシャンパンを注ぐ。乾杯はしない。あんまり真奈美さんに同時に注目が集まると、真奈美さんはご飯を食べるどころじゃなくなってしまうから。

 真奈美さんは、それでもちょっと居心地が悪いのか、いつもよりも魔眼ジー状態で俺の隣にひっつく。反対の隣では、妹が遠慮とテーブルマナーの大部分を気にせずに豪快に肉を胃袋に収めている。こいつ、本当にこの身体のどこに食べ物が消えているんだ?ひょっとして、こいつただの管で、消化とかしてないんじゃないか?

 それでも、今日だけは妹の食べっぷりも理解できる。用意された料理は、素材も料理人の腕も一流だった。

 真奈美さんも、市瀬家の奥様も料理が上手だ。ニコニコと笑う笑顔も、俺と同い年の娘さんがいるとは思えぬ綺麗さだ。

 

 美味しい料理と、真奈美さん手作りのデザート…これも、当たり前に美味い…を食べて、一息入れていると、美沙ちゃんが俺の袖口を引っ張った。

「私の部屋で、みんなでゲームでもやりません?」

「あー。いいね」

正直、美沙ちゃんと真奈美さんのご両親の前は、少し緊張する。

「やるっすー」

妹が、美沙ちゃんよりも先に階段を駆け上がっていく。相変わらず失礼レベルの高い妹だが、今日は無礼講と言うことでいいか…。まぁ、あいつは社会に出たら、部長に「今日は無礼講だから」と言われたのを真に受けて、ハゲと罵倒して目をつけられると思うが。

 美沙ちゃんが階段の下で止まる。続いて、俺も止まる。俺のシャツの裾を摘んでついてきていた真奈美さんが追突事故を起こす。

「ぶきゅ…」

「どうしたの?」

「お兄さん。先に、行ってください」

「いやいや。美沙ちゃん、先にどうぞ。レディファーストで…」

「先に、上ってください」

ちっ。

 心の中で舌打ちして、階段を昇る。今日の美沙ちゃんのスカートの短さなら、ぜひとも後ろについて階段を昇りたかった。ゲームなら確実にイベント絵の入るタイミングなのに、現実のなんとケチくさいことよ。

 そういえば、美沙ちゃんの部屋に入るなんて、当たり前だけど初めてだ。すげぇどきどきする。なにせ、女の子の部屋というのは、旧真奈美さんの汚部屋と、新真奈美さんのCGっぽい非実在部屋と、それから死神と骸骨とデスメタルと古生物のぬいぐるみに彩られた妹の部屋しか知らない。

 女子力マックスの美沙ちゃんの部屋!

 今度こそ、まちがいなく、パーフェクトに、最強に女の子の部屋だ。

 興味津々!

「おお…」

 桃色とクリーム色のグラデーションで彩られたカーテン。綺麗にそろえられた教科書の並ぶ机の上には、ちょこんとペンギンのぬいぐるみが載っている。ちなみに妹の机には、バラバラに教科書が積み重なり、本の地層の頂上にズドンとアノマノカリスのぬいぐるみが載っている。美沙ちゃんの本棚には、少女マンガと小説が並ぶ。「星の王子さま」「パイド・パイパー」「軌道通信」「大草原の小さな家」。ちなみに妹の部屋の本棚には、ラウドネスや聖飢魔IIのCDと「ベルセルク」「覚悟のススメ」「ラブクラフト全集」。美沙ちゃんの壁には、小さな額に押し花が飾られている。ちなみに妹の部屋の壁には、デカいマリリン・マンソンの死体みたいな顔したポスターが貼られている。

「真菜。お前、ちょっと美沙ちゃんから部屋のコーディネートを学べ。女子として」

早くもベッドの上にのぼって、足をぶらぶらさせている妹に軽く説教する。

「あれを学ぶっすか?」

即座に口答えが返ってくる。指差す枕元を見ると、枕もとの壁に沢山の写真が貼ってある。近づいてみると、全部俺だった。

 え?こんな写真撮ったっけ?

 よく見ると、記憶にない理由が分かった。市瀬家の玄関前にいる俺を上から取った写真。教室の入り口付近から、級友たちの隙間越しに撮った写真。体操着を着て、かったるそうにグラウンドにいる写真。

 どうやら、盗み撮りが大部分だ。

「これは、学ばなくていい…」

そうだった。美沙ちゃんのヤンデレ気質を思い出して、つい天を仰ぐ。見上げた天井にも沢山の俺の写真が貼られていた。

 女の子の部屋、マジ怖い。

「あんまり部屋の中、じろじろ見ないでください。セクハラですよ!」

美沙ちゃんが、俺の首を掴んで戻す。この部屋は、俺がセクハラされてないだろうか?

「で、ゲーム。なにするっすかー。神経衰弱っすかー。百人一首っすかー。サーディンでもいいっすよー」

妹が酷い提案をする。一回見たものを完璧に再生できるお前と記憶力ゲームするバカがどこにいるか。

「ふふーん。実は、私、ゲームを作ったのですよ!」

美沙ちゃんが、かわいらしいドヤ顔で胸をそらす。Dカップの胸をそらす。眼福。そうして出てきたのは、厚紙の上にプリンタで印刷したマップの描かれたアナログゲームだ。

「すごろくっすか?」

「これも、使うんだよ」

これまた、プリンタで作ったと思しき名刺サイズのカードの束も出てくる。

「ルールを説明しますね」

すごろくのマップを広げながら、美沙ちゃんがルールの説明を始める。

 美沙ちゃん作のゲームのルールはこうだ。

 基本はすごろくだ。サイコロを振って、出た目の数だけ先に進む。普通のすごろくと同じように、二つ戻るとか、振り出しに戻るとかの指示もある。それに加えて、ところどころに色のついたマスもある。

「それでね。色のマス止まったら、このカードを引くの」

美沙ちゃんがカードを見せる。カードには『手を握る』と書いてある。

「止まったら、そのマスの色の人は、指示に従わないといけないの」

「美沙ちゃん…それは…」

「それは、王様ゲームっすよ」

「ちがうよ。別に王様いないもん」

「…神様ゲーム?」

真奈美さんがつぶやく。なるほど、神様ゲームか。微妙に不穏なものを感じる。ニュータイプの感が警告を鳴らしている。

「とにかく、やってみましょうよ!」

とは言え、美沙ちゃんが苦心して作ったのだ。ここでやらないという選択肢はない。というか、ここでプレイしなかったときの、美沙ちゃんの心の内を考えると断れない。それが殺人ゲームでも、俺はやる。

 

 ゲームスタート。

 プレーヤーの色は、俺が青、妹が紫、真奈美さんが緑、美沙ちゃんが赤だ。

 まず、妹からサイコロを振る。白マスに止まる。つぎに俺。白マス。真奈美さん。紫マス。

「あ」

「色マスに止まったっすね。私に何かするっすね。カード引くっす」

「…う、うん」

真奈美さんがカードを引く。

《でこぴん》

「あうっ」

真奈美さんのデコピンが妹にヒット。真奈美さんが、誰かを攻撃したところ初めて見た。意外といいかもしれない。真奈美さんもゲームでこうやって色々強制されているうちに、妹や美沙ちゃんや俺への遠慮が減るかもしれない。

 美沙ちゃん。いいゲーム作ったなぁ。いい子だなぁ。

 美沙ちゃんがサイコロを振る。真奈美さんと同じ紫マス。カードを引く。

《肩を寄せ合う》

なんだ、その指示。

 美沙ちゃんと妹が、並んで肩を寄せ合う。

 妹がサイコロを振る。青マス。カード・ドロー。

《ほっぺにキス》

なんだと?

「なんですと?」

妹も目を丸くする。

「ほら。真菜。とっととしちゃってよー」

「ぐっ」

珍しく、妹が躊躇いつつ俺の横にやってくる。おめー、マジか?

「ぐぐぐぐぐ」

変な唸り声を上げながら妹の顔が俺の顔に近づく。そして、瞬間濡れた感触が頬に触れて離れる。妹が真っ赤になってる。ふざけんな。照れるな。こっちが恥かしくなる。

 しかし、今のは妹だったが、美沙ちゃんが青マスに止まって、今のカードを引いていたらどうなっていたんだ。いや。どうなってたかは分かるんだけど。マジで、そんなことが起きるのか?

 これが、俺がこのゲームを製作したのだったら、お巡りさんを呼ばなくてはいけないが、作ったのは美沙ちゃんだ。美沙ちゃんは最強に可愛いのだ。可愛いは正義。つまり最強に正義で、正義は勝つ。お巡りさんも一撃。

 よぉし。

 がぜんやる気が出てきた。マップを見る。五だ。五を出せば、赤マスに止まる。美沙ちゃんに何かが出来る!

「ごーっ!」

切迫の気合を持ってサイコロを振る。だが無情にも出た目は二。二つ進めて、紫マスに止まる。カード・ドロー。

《肩を揉む》

はいはい。妹の漫画より薄い肩を投げやりに揉む。

 真奈美さん。赤マス。

《ハグ》

真奈美さんが美沙ちゃんを抱きしめる。

 ハグ?あんなカードがあるのか。俺のやる気は天井知らずだ。高く、高く、天よりも雲よりも高くやる気が盛り上がる。

 美沙ちゃん。白マス。

 妹。白マス。

 俺。六とか出やがった。奥歯をかみ締めながら赤マスをスキップして、白マスに止まる。

 真奈美さん。青マス。カード・ドロー。

《耳元で愛をささやく》

「あ…」

美沙ちゃんが、少し恨めしそうな顔で真奈美さんを見る。

 真奈美さんが俺に這いよってくる。甘い花のような香りとリンスの香りが広がる。耳元に、真奈美さんの呼吸音が近づく。

「…あ、あい…」

聞こえるか、聞こえないかギリギリの声量で、吐息のように言われる。

 うわー。まだ、普通に言われたほうが照れないわ。これ。

 顔に血液が駆け上ってくる。

 美沙ちゃんが、こっちを軽く睨みながらサイコロを振る。真奈美さんと同じマスに止まる。美沙ちゃんが、楽しそうにカードを引く。妹が、こちらにアイコンタクトを投げてよこす。『にーくん。これは、美沙っちの罠っす』。

 じゃーん。じゃーん。じゃーん。

 美沙ちゃん、カード・ドロー。

「やったぁーっ。ほらほら、お兄さん。こっちこっち」

美沙ちゃんが、正座してカードを見せる。

《膝枕》

ひざまくら?

 この場合、マスに止まった美沙ちゃんが俺にすることが書いてあるわけだから…。そっか。美沙ちゃんが俺に膝枕するのか!

 しょーがないなー。

 ゲームだもんなー。

 しょーがないよなー。

 美沙ちゃんの隣に移動する。妹の正拳が俺の顔面に命中する。

「正拳突きなんてカードがあったのか!?」

「そんなの作ってませんよ」

そりゃそうだ。だいたい妹のコマは、緑のマスに止まっている。正拳カードがあったとしても、喰らうのは俺じゃない。

「にーくん、やらしいっすー」

「しょうがないだろ。ゲームなんだから。ゲームなんだから」

いやー。本当にしょうがないよねー。

 では。おじゃまするよ。

 ほっそりとしながら、適度に弾力のある美沙ちゃんの太ももにそっと頭を載せる。しかも!今日の美沙ちゃんはミニスカート!つまりナマ足膝枕!なんてエキサイティングなゲームなんだ!金のルド賞、受賞確実だ。

 妹が俺を睨みつけながら、カードを引く。

《ラブレター》

妹は悩まずに、机からルーズリーフとシャーペンを持ってくる。ラブレターにルーズリーフはないだろうと一瞬思ったが、妹ならルーズリーフにラブレター書きそうな気もする。おざなりに『真奈美っち、すきすきだいすき。ずっと友達』と書かれたラブレターが真奈美さんに渡される。ラブレターを渡して、ずっと友達と言われたら、それはフラレターだ。

 それでも真奈美さんは、そのルーズリーフを見て、大事そうにジャージのポケットにしまう。

 その周回は、俺も真奈美さんも、美沙ちゃんも白マス。同じマスに三つのコマが並ぶ。妹だけ、少し遅れている。

 そして、順番が再び俺に回ってくる。サイコロを振る。青マス。

「あれ?この場合は、カードを引くの?」

「あー。考えていませんでした。どうしましょう」

「引くっす」

「…うん。そのほうが面白いと思う」

一人でできない指示カードが多かった気がするんだけど、まぁ、いいか。カードを引く。

《腕枕》

運がいいのか悪いのか、一人で出来る指示だった。名残惜しさに後ろ髪を引かれつつ美沙ちゃんの膝枕から頭を外し、腕枕する。行儀が悪いがしかたなかろう。

 真奈美さんが同じ青マスに追いついてくる。カードを引く。

「…『口移し』だって」

なんだと?それは、ちょっとお嫁入り前の娘さんにはいけないことじゃないか?

「待った!お姉ちゃん。これ」

若干の緊張感をみなぎらせて、美沙ちゃんが真奈美さんにプリッツを渡す。真奈美さんは無言で右手に持ったペットボトルを置き、プリッツを受け取る。そうだよな。飲み物の口移しは、恋人同士でもかなりハイレベルに属するからな。前髪で顔の覆われている真奈美さんがプリッツを咥える。モサモサの髪の毛からプリッツが生えているみたいだ。あまり口移しっぽくないな。

 そう思いながら、身体を起こして真奈美さんの隣に近づく。

 うっ。

 俺の隣に座った真奈美さんが、上体を倒すようにしてプリッツを咥えた顔を近づけてくる。前髪の間からわずかにのぞく瞳とセルロイド人形の顔。そしてプリッツを咥えてすぼめた桜色の唇。心拍数が三桁に跳ね上がる。それでも、俺も上体をそろそろと真奈美さんの方に倒す。雰囲気に流されて「真奈美さん…」とつぶやきそうになる自分を抑えて、プリッツの先を唇で捕まえる。真奈美さんの甘いような花のような香りを感じる。十五センチの距離で目と目が合う。一瞬。一口分。真奈美さんがプリッツを噛み、一センチ近づく。

 え?

 俺も、一センチだけ食べる。

「お姉ちゃん!」

「にーくん!?」

美沙ちゃんが、真奈美さんの首根っこを猫のようにつまんで強引に引く。妹が左腕を俺のあごの下に通し右腕を俺の脇を通し、手首をロックして引く。きれいに三角締めが極まる。

「美沙っち…」

妹が、俺の頚動脈を絞めたまま美沙ちゃんに不信の目を向ける。

「な、なに?」

「このカード、だんだんエスカレートしてるように見えるっすけど」

「そ、そうかな。う、うでまくらとか、ほら、ぜんぜん普通だったじゃない」

美沙ちゃんの目が泳ぎまくっている。俺の目は、だんだん焦点が合わなくなって来てる。さっきから妹の手を何度もタップしているのだが、ちっともギブアップサインに気づいてくれない。

「それは、にーくんが自分でやったから普通だったっすけど。あれ、美沙っちが引いてたら添い寝だったっすよ」

「そ、そうかなー」

「どこまで行くっすか?」

そう言って、妹はカードの山をつかむと一番下を一枚引き抜く。そして俺を解放すると、美沙ちゃんに向かって飛翔した。

「アウトっすー」

「きゃーっ!」

妹と美沙ちゃんが絡み合って、床に転がる。

 おお。

 美沙ちゃん、桃色パンツ!妹よ、お前にしては珍しくグッジョブだ。よくやった!

 脳内のHDDに60FPSフルハイビジョンで録画する。脳内HDDとUSBをつなぐケーブルの発売が待たれる。

 目の前で繰り広げられる桃源郷に自然と前のめりになる俺の肩を、真奈美さんがつついて現世への復帰をうながす。おっと。

「ん?なに?」

「これ…なにする…カード?」

真奈美さんが、妹が投げ出したカードを回収していたらしい。俺に差し出してくる。見ると、そこに書いてあった言葉はこれだった。

《飼育》

「む…」

ここにいる四人の組み合わせで、このカードの発現する可能性があったのか。

 組み合わせをシュミレーションしてみる。

 美沙ちゃんが、真奈美さんを飼育。セーフ。まぁ、だいたい去年四月とか近かった気がするな。

 真奈美さんが、美沙ちゃんを飼育。セーフ。あまり想像がつかないが、なんだかおいしいご飯を毎日作って飼育するかもしれない。美沙ちゃんが、優秀な美人社長秘書とかになって、いいお給料をもらうようになったら、そういう未来もあるかもしれない。

 美沙ちゃんが、妹を飼育。アウト。…こいつ、猛獣だからな。ちゃんと檻に入れて飼育しないとな。美沙ちゃんに馬乗りになっている妹を見ながら思う。あ。また桃色パンツ見えた。REC。

 妹が美沙ちゃんを飼育。アウト!こいつ、絶対ひどいことする。大変なことになるぞ、絶対にだめだ。

 美沙ちゃんが、俺を飼育。少し前の俺なら、オカズにするレベルの桃色妄想ネタだ。でも、今の美沙ちゃんは実行しかねない。リアルに監禁されて飼育されるリスクがあると恐怖を感じる。妄想は、妄想だからいいのだ。現実ではないフィクションでなければ嬉しくないこともある。

 俺が、美沙ちゃんを飼育。アウト!今すぐおまわりさん!

 妹が、俺を飼育。アウト!想像しただけで、全身に鳥肌が立った。うおお。冗談じゃねぇぞ。

 俺が、妹を飼育。アウト!兄が妹を飼育とか、どんな鬼畜ゲーだよ!…と、思ったが実はセーフなんじゃないか?こいつ基本怠け者だから、頭がいいくせに就職とかしないでニートになりそうな気がする。女には『家事手伝い』とか言う便利な職業があるからな。そうなったら、俺が養うのか?それは、実は俺が妹を飼育してることになるんじゃないだろうか?いや、それは別の意味でアウトだ。

 

「真菜。お前、ちゃんと大学行って就職しろよ。俺、養わないからな」

 

 俺がそう呟いたとき、妹は美沙ちゃんを組み伏せて、はぁはぁしていた。聞いてないな。こいつ。

 

(つづく)


 
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