No.575327

海羊 (R-15)

STAYHEROES!の外伝となる中編です。

海羊 : ①クジラの別称。②転じて、死傷率の高かった前大戦時の潜水機装パイロットを、いけにえの羊と絶滅したクジラ類に見立てた綽名。
出典:二十三世紀民明国語辞典

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2013-05-11 22:34:59 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:894   閲覧ユーザー数:893

瀬戸内海の水面はいつも穏やかに見える。

が、その実、沖に出てみると海流が常にうねり、海底を掻きまわしているのが実感できる。

よく友人と共に度胸試しに沖まで泳ぎに出かけ、大人たちに見つかってはゲンコツを喰らっていた。

だが、スコールで荒れ狂う明け方の太平洋のうねりは、慣れ親しんだ瀬戸内海とは比べ物にならなかった。

魚影も光も映らない海中で俺は、必死に潜水機装の制御を試みていた。

少しでも意識を散らせばどっちが上か下か分からなくなる。

潜水機装のヘルメットはひっきりなしに警告を発し続けている。

 

 

「おい、031番機ついてきてるか」

 

「大丈夫です隊長」

 

 

補充兵の俺は減圧に怯えながら、先行する隊長へ返答した。

○一:○○、四機編成の我が小隊は母艦『瑞鶴』を離艦した。

目的は敵輸送船団の壊滅。

この頃、亡国から流れ着いた原子力空母が旧都を陥落させたばかりで、二隻目のエンタープライズを来航させてはならぬ、とお偉いさん方は躍起になっていた。

やがて、レーダーが哨戒機の連絡が途絶えた北北西の海域に敵船団の反応を捉える。

その数、約四十隻。大船団だ。

 

 

「初期機動で魚雷を投射、奴らの進路を単縦陣で遮った後に反転、二機一組のエシュロンで各個撃沈しろ。一隻も逃すな、奴らが根付いちまえば俺達は二度と故郷の土を踏むことが出来なくなる」

 

 

隊長の虚しい叱咤激励をきいて内心、白々しくなった。

俺の脚はもう二本ともない。故郷は存在するかどうか分からない。

だから、俺は捨て駒の海羊隊に回されたというのに。

 

胸に抱えているSキャビテーション魚雷の雷管をアクティブに切り替えて、海羊たちは終わりの見えない闘いへと臨む。

 

 

 

 

光点がどんどんこちらへと近づいてくる。

緊張の刃が胸を切り裂く寸前、隊長の命令がヘルメットにこだました。

 

 

「撃ッ!」

 

 

思念信号を送信した感覚は無かった。

だが訓練通りに脳幹は、機体へ発射信号を伝達した。

アタッチメントの外れる鈍い音と共に、無数の魚雷が照準を合わせた船団へ向かって飛び出してゆく。

いくばくかの静寂の後。

魚雷は輸送船達のどてっ腹へ突き刺さり、水柱を上げた。

衝撃破が機体を揺さぶり、貧弱な生命維持装置が電子音の悲鳴を上げる。

隊は初撃で九隻もの船を仕止めた。

四機は反転し、腰のスピアを展開させて再び船団へと突入する。

面舵と転舵を繰り返して回避行動をとる輸送船の群れを通り過ぎる間に、各機は背びれで波を切り、スピアを振り回す。

タンカーが爆発を起こして海中に衝撃を撒き散らした時、俺の機体は制御を失って危うく自沈しかける。

強引に同型の潜水機装が俺の肩を掴んで浮上した。

 

 

「新兵! 死ぬなら敵を殺してから死ね!」

 

 

上官の軍曹に返答を返そうとしたものの、頭上を漂っていた死体に俺は動揺して声をあげた。

スカーフを纏った異国の母子。頭蓋を吹き飛ばされてもなお母親は、子供の亡骸を胸に抱きかかえ続けていた。

 

 

「子供が!」

 

「馬鹿野郎! あの毛唐どもは俺たちの土地を穢すために送り込まれて来てんだぞ!」

 

 

軍曹が吼えたと同時に、船団からの反撃が始まった。

数えきれないほどの誘導水雷が、水面から俺たち目掛けて突っ込んでくる。

軍曹の潜水機装のヘルメットに、水雷の塊が直撃したのが見えた。

 

 

「軍曹!」

 

 

原形を留めない033の機装が、幾筋もの赤線を水中に描きながら、太平洋の海溝深くへと沈んでゆく。

その後を追って、幾つもの船体が海底目掛けて突進してゆく。

 

 

「031より各機へ! 033戦死!」

 

「騒ぐな! 俺たちのほうへ合流、いや、撤回だ!  潜水機装四機確認! お前は船を沈め続けろ!」

 

 

命令を履行しようにも、今の俺はどちらが水面かすらわからない。

沈んでゆく船の群れと亡骸が、大きな渦を作って俺の機体を海の底へ道連れにしようとする。

そこかしこで爆雷と機関砲弾の砕ける音が反響する

俺は海面だと思う方向へと水流ジェットを吹かせた。

目の前を遮るように、一隻の船が通り過ぎようとする。

俺は何も考えず、その赤い胴体に凶器を突き刺した。

スピアが引き裂く船体の腹に、海水がどんどん呑みこまれてゆく。

いつしか、涙が頬を濡らしていた。

船体から聞こえるのだ。叩きつけるような呪祖の呻きと、すすり泣く声が。

とうとう、海中で棒立ちになってしまった俺は格好の的だったろう。

至近距離で水雷が破裂し、無数の破片が俺の機体を引き裂いた。

 

 

 

 

痛みは鎮痛剤と脳内麻薬で誤魔化されるが、混乱は最高潮に達した。

吐血で咽る俺の目の前で、ヘッドディスプレイが機体状況を表示する。

背部に被弾。水流ジェット損壊、耐圧殻損傷、装甲システム停止……レッドアラート!

顔を水面に向けると一機の潜水機装がこちらへ突進してきている。

それは、肩に六つの撃沈章を貼り付けた敵のエースだった。

咆哮をあげるその怪物はサーベルを振りかざし、沈みゆく俺を仕止めんと突っ込んでくる。

怯え竦む海羊は目暗棒に振動刃を振り回した。

 

 

「うわあああああああああ!」

 

 

すると、敵機から泡の塊が溢れ出す。

刃先の一つがヘルメットの縁に突き刺さり、敵の呼吸装置を破壊していた。

そのまま、もがき苦しむ敵に向けて俺は何度も槍を突き刺した。

減圧と興奮、そして戦場が増幅させる高慢な憎悪に俺も呑みこまれていた。

刃でえぐるように、内臓をなるたけ傷つけるように。

海中に噴き出る血潮が、敵パイロットの身体を包んでゆく。

そうしてどれほどの時間、死体を切りつけたか覚えていない。

限界深度に達した警告音が鳴り、やっと意識は海羊へと戻った。

出血が酷い。もう戦えない。

機体の装甲をパージし、緊急エアフロートを展開すると、水泡を纏いながら機装は浮上しだす。

 

 

 

 

いつの間にか、燃え盛る死体とオイルが漂う嵐の太平洋に俺は浮かんでいた。

波に身を任せ、インコムに呟いた。

 

 

「030、032。 吉竹曹長、前田伍長、応答を願います。応答を……」

 

 

返事はない。

二人は敵を殺して死んだ。

不条理に打ちのめされた虚無感が全身を覆い尽くす。

そのままヘルメットのバイザー越しに、大粒の雨玉が黒い海へ溶け込む様子をぼうっと見つめることしかできなかった。

千切れた小さな細い腕、戦闘服の残骸を纏った消化管、爆風で表と裏が逆転した筋肉隗。

人間どもの残した諍いの跡を大波と嵐が喰らってゆく。

同胞の亡骸を残して、生き残った二十五隻の敵国船が満身創痍の体で東の果てを目指すのが見えた。

出血で朦朧とする中、俺は思案した。

もう彼らには国を分捕る可能性は残されていない。

敵の航路は確定した。

天候の回復を待って、瑞鶴からは切札の有翼機兵中隊が幾つも離艦するはずだ。

そして俺が救出される可能性もない。

無意味な戦争をおっぱじめた馬鹿達とはいえ、軍令部は使い捨ての海羊を救うために、敵を見過ごすほど愚かではない。


 
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