帰宅した板垣亜巳は、目を丸くして溜息を吐いた。
「いったい何があったんだい?」
部屋の中はメチャクチャになっていて、天使と竜兵が気を失い、辰子がそのそばでシクシクと泣いていたのである。
「……大和くんが出て行ったの」
「それで、どうして二人がひっくり返ってるんだい?」
「リュウが『ぶっ殺す』って暴れ出して、それで私は止めようとして……」
「ああ……大和があの時の黒い奴だってバレたんだね」
事情を察して、亜巳は頷く。
「天も暴れたのか?」
「えっ? 天ちゃんは巻き添えで」
一度は気がついた天使だったが、二人の喧嘩に巻き込まれて再び気絶したのである。
「まったく……元気なのはいいが、過ぎるのは問題だね。家の中がメチャクチャじゃないか。物が少ないとはいえさ。喧嘩なら外でやりな」
そう説教してから、亜巳は外に視線を向けた。釈迦堂の話では、大和の中には竜神が居るらしい。あの竜神の力が現れている限り、地獄でも生きていけるだろう。しかし、ただの『直江大和』のままでは、それすらも危うい。
(未だにコントロールできない力……さて、どうなるかねえ)
釈迦堂も本心では、竜神がもたらすものを望んでいるはずだ。亜巳はそんなことを考えながら、部屋の片付けを始めた。
誰かの呼ぶ声が聞こえた。
「おい、起きろ」
直江大和はゆっくりと目を開ける。周囲は真っ暗で、ぼうっと光るように人の姿が見えた。その姿は、鏡で映したように自分そっくりである。
「何だ? 夢?」
呆けたように呟くと、そっくりの自分がニヤリと笑って首を振った。
「ここは、いわばお互いの意識の中だ。お前自身の体は、まだ眠ったままだよ」
「眠った? じゃあ、やっぱり夢なんじゃ」
「まあ俺もよ、つい今し方覚醒したばかりで、自身に関する記憶がない。だが一つだけわかっているのは、俺もまた直江大和だってことだ」
「んん?」
さっぱりわからないという風に首を傾げると、もう一人の自分が呆れるように溜息を吐いた。
「察しが悪いなあ。俺はもう一人のお前自身なんだよ。竜神の力に宿った意識、とでも言うのかな。お前の本質を受け継ぎながらも、別の人格としてここにある」
「二重人格ってことか?」
「専門的なことはわからん。ただ、どういう理由か不明だが俺はここに存在し、お前とこうして話をしている……その事実は確かだ。今はそれで十分だろ?」
大和は腕を組み考える。正直、わからないことだらけだが、それを今、追求することに意味はない。頭を切り換え、ともあれ今後のことについて話し合うことにした。
「わかったよ。じゃあ、これからの話をしよう。そっちはどうしたいんだ?」
「どうしたいとは?」
「何か目的があって現れたんだろ? もしもそうじゃないなら、どこかで大人しくしていて欲しいんだけどさ」
そう言うと、もう一人の大和は豪快に笑った。
「ハハハハ、さすがは俺の本体だな。度胸もあるし頭の回転も速い」
「まあ、一応これでも軍師って呼ばれているからね」
「いいぞ軍師。俺からは、ある提案がある」
同じ顔の二人が向かい合う、不思議な光景だった。
「俺は竜神の力に宿った人格のお陰で、その力をある程度はコントロールすることが可能だ。だが一方で、外に出るためにはお前の許可が必要になる」
「外っていうのは、つまり表に出る人格ってことだな?」
「そうだ。肉体そのものの支配権は、どうやらそっちにあるようだからな。だから俺が表に出て自由に行動するためには、お前がそれを認めなければならない」
「なるほど」
人格は二つあるが肉体は一つ、その使用する権利の決定権が本来の大和にあるということのようだ。
「そこでだ、しばらく俺にその体を使わせてもらえないだろうか? ここは物騒だ、今のお前じゃすぐに殺される。だが俺なら、並の相手では敵うはずはない」
「まあ、確かに……」
大和は考える。悪い提案ではない。
「俺は基本的に自由に行動するが、お前が嫌だと思う行動は出来ない。万が一にも俺がお前の意思に反する行動を取ろうとしたとしても、それを阻止することは可能だ」
「……」
「ただし、俺自身でもコントロールできない暴走が起きた場合は、保証できないがな。だが俺が表に出ることで、暴走の抑止にはなるかもしれない。力を無理に封じてしまう方が、むしろ危険だと思わないか?」
竜神の力の源は、ある種の衝動だ。少しでもそれを放出することは、無駄ではないだろう。大和が最も恐れているのは、力が暴走して大切な仲間を傷つけてしまうことである。それが防げるならば、この提案に乗ってもいいのかも知れない。
「わかった。しばらく、お前に任せてみる」
「ふふん、交渉成立だ」
廃墟のすぐそばで、一斗缶の中で燃える炎を囲む三人の女性がいた。林冲、史進、楊志の三人である。
「連れてきたはいいけど、こいつどうする気だ?」
「だって、何だか苦しそうだから……」
史進が縛られた大和を顎で示して訊ねると、林冲はしょんぼりと答えた。放っておけないという直感で連れてきたが、正直、また暴れるようなら他の二人を説得することは出来ない。深い考えがあったわけではなく、庇護欲をかき立てる何かが大和にはあったのだ。
「まあ、連れてきた以上は、グダグダ言っても仕方がない。お詫びは、リンのパンツで手を打つ」
「絶対に嫌だ!」
そんなやりとりとするそばで、縛られた大和が小さく呻いて目を覚ました。
「起きたぞ、リン」
史進がそう言うと、言い争いを止めて林冲が大和のそばに駆け寄る。
「大丈夫?」
「んん……」
頭を振りながら顔を上げた大和は、不意にニヤリと笑った。「えっ?」と驚きに表情を浮かべた林冲は、思わず予感を感じて身を引く。だが一瞬遅く、その腕が掴まれたのだ。縛られていたはずの大和の両腕は自由になっていて、無理矢理体を引かれた林冲は大和にその唇を奪われる。
「んんっ!」
ぬるりと唇を割って入って来た大和の舌先に、林冲は頭の中が真っ白になって全身の力が抜けた。指先が彼女の敏感な部分を容赦なく責め立て、痺れるような快感に抗うことすら忘れてしまいそうだった。
「何やってんだ、こいつ!」
異変に気づいた史進が大和を引き離そうと近寄るが、標的を変更した大和の手が史進の小さな胸を鷲掴みにする。くたっとなった林冲を残し、大和は素早く史進、そして呆然と見守る楊志に襲いかかった。
「わっちに触るな……ひあっ!」
「うぁ……変な、感じ」
大和は邪悪な笑みを浮かべながら、三人の娘たちを籠絡してゆく。やがてその快感に身をゆだねるのは、もはや時間の問題だった。
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真剣で私に恋しなさい!の無印、Sを伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
楽しんでもらえれば、幸いです。