No.572297

司者(第三章 能力者の村)

Regulusさん

取り敢えず保護した男性をフウカは村へ連れて帰るが……。

2013-05-03 02:04:49 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:505   閲覧ユーザー数:505

 

 坂を上りきったら今までより更に周りがよく見える。どうやら此処は丘になっているようだ。谷を越え、更に小さな丘を越えた向こう側の斜面に森を抜けたときに目に入った村が見える。

(こうしてみると案外遠いな……さっきは距離感があまり分からなかったが……)

 男が周りを見渡しているとフウカが先程の村を指さし、ぽつりと言った。

「彼処まで飛びます」

「とぶ?」

 男の質問というよりよく分からずに上げた声に答えずフウカはリンを手招きしている。嬉しそうに走り寄ってきたリンは屈んだフウカの首にしがみついた。どうやらこの少年には意図が伝わっているらしい。

「飛ぶ?」

 細い身体に首から少年をぶら下げ両手で抱えているフウカを見ながら、男はもう一度さっきよりは理解して聞き返した。

 フウカは傍目には随分重そうに見えるが表情は澄ましたものだ。やっぱり答えてくれず、また困ったことを言ってくる。

「私の体に掴まって下さい」

(掴まってって言ったって……何処に掴まったら良いんだよ……)

 年頃の娘にそう言われ、気後れして男は素直に訊いてみた。

「何処へ掴まったらいいかな?」

「何処でも」

 返ってきた答えは突き放したものだ。そっちがそのつもりならと男は半分冗談で訊いてみる。

「尻でも良いのか?」

「殺します」

 ……即答だった。しかも殺人予告までされてしまった。

(なら何処でもなんて言うなよ……)

 と、思ったが男は口に出しては言わなかった。何故ならフウカの睨んだ目がちょっぴり怖かったからだ。そう、ほんのちょっぴり、と男は自分に言い聞かせた。

 色々迷った挙句、結局腰にしがみつくということに落ち着いた。尻と大した違いは無いじゃないかとも思ったがそういうわけにもいかないらしい。因みに背中からリンごと抱きつくという案は挟まれたリンの『ぐえっ』という潰された声によって却下となった。

「行きます」

 フウカの声と同時に風が舞い足に掛かる重量が軽くなる。と思ったら一気に上まで吹っ飛ばされた。

「きゃーぅ!」

 頭の上から少年の嬉々とした声が聞こえてくるが男は振り落とされないようにするのに必死でそれどころではない。しかし落ち着いてみると掴まっているだけで体がぐらつくこともなく安定していた。周りで風が渦巻き刻々とその強さと方向を変えながら体を支えてくれるのだ。腰の位置から驚きを持って見上げた自分の顔は随分間抜けだった事だろう。

(この娘は優れた風使いなんだな、まさか本当に空を飛べるとは……)

 男はそれほど能力者に詳しいわけではないが自分と少年というお荷物を抱えつつ、風に乗って安定して飛ぶということが非常に難易度の高いことだというのは分かる。実際『跳ぶ』能力者は居ても『飛ぶ』能力者の話は聞いたことがなかった。

 ほんの少し物思いに耽っていたらもう眼下に村が近づいてきている。腰にしがみついているため元居た場所は振り返れないがあの距離があっという間だ。と思ったら急に視界が回り地面ではなく山の稜線が見えるようになる。つまり端から見たら空中に立っているような感じだ。

「降ります」

 周りで風が鳴っている筈だがそのフウカの声はやけにはっきり聞こえた。途端に急激な落下感。男が本当にこれで無事着地できるのだろうか心配になる程だった。

 

 

 そろそろ降りようと思い、フウカは一応振り落とされないように注意を促すため男に声を掛ける。ちゃんと聞こえるように邪魔な空気の振動︱︱要するに雑音だが︱︱をちゃんと排除した。これはソウに一番最初に教えて貰った能力の使い方だ。よく使うので今では殆ど意識せずに使える。

 体を水平から垂直に入れ替えると同時に体を支えていた風を止め、足から斜めに滑るように落下していく。自分の耳元と下から二種類の声が聞こえる。一つは歓声、もう一つは悲鳴。取り合えず無視する。

 地面が迫ってきた時に再び風で体を支える。ちょっと高い所から飛び降りるぐらいの速度で地面に降り立つ直前、腰を引っ張られるような感覚がありフウカにしては珍しく着地時に少しふらついてしまう。訝しく思って後ろを見ると男が地面に突っ伏していた。取り合えず放っておいてリンを降ろす。

「フウカねぇちゃんありがとー」

 ちゃんとお礼の言えたリンの頭を撫でながらフウカは再度倒れている男を見た。相変わらず倒れている。

 男を見てリンが呟く。

「遂に行き倒れになったか、おっちゃん」

「違う!」

 行き倒れが顔だけ此方に向けて即座に反論してきた。更にそのまま上目遣いに質問してくる。

「なあ、ちょっと聞きたいんだが、あんた今まで二人以上抱えて飛んだこと有るか?」

 フウカは唇に手を当て過去を振り返ってみる。覚えがないので首を横に振っておく。

「今まで大人を抱えて飛んだことは?」

 今度はこめかみに指を当て、首を傾げて思案してみるがこれも覚えがない。再度首を横に振る。

「何で俺が倒れているか分かるか?」

 考える気もなかったのでそのまま首をプルプル振っておく。

「あのな、あんたより俺の方が先に着地したんだよ。で、地面に引きずられて倒れたわけだ、分かるか?」

 成る程、男は腰にしがみついていた分、足が先に地面に着いたわけだ。さっき腰を引っ張られたのはそのせいか。納得したところでフウカは先を急ぐことにした。

「さあ、行きますよ」

「おい……」

「シロウに報告しないとね!」

「それとソウ様にもね」

「……無視かよ」

 何やら男が言いたそうだが構っている暇はない。今のままではタカシ達は四人で黒の剣六人を相手にしなくてはならないのだ。タカシはいざとなったら自分一人でも全員と戦うつもりのようだがそれは自信過剰というものだとフウカは思う。そんな生易しい相手ではない。

(ソウ様にあの人の助けとなるように言われている以上死なせるわけにはいかない。早く戻らなくては……)

 フウカは目の前の家の扉をノックした。

「シロウ殿、只今戻りました」

 

 

 鈴虫の声が聞こえる。暑かった夏も終わりもう秋だ。ということは自分とフウカがこの村に住むようになってからもう一年が過ぎたということだ。見知らぬ土地で過ごす一年は何かと気忙しく、振り返るととても短かったように感じる。少し感慨に耽りながらソウは虫の声を楽しんでいた。

(楽しんでいるなんて言ったらタカシ君は何と言うかな?)

 いつも何かと先頭を切って働く生真面目な青年の突っ掛かってくる姿が目に浮かんできて思わず苦笑してしまう。

 実際、楽しんでいる場合ではないのかもしれない。一時間もしない内に日付が変わろうというこの時間にシロウに呼び出しを受けたのだから。要するに緊急の用事というやつだ、あまり良い話ではない気がする。

(でもまあ、待っている間楽しむぐらい構わないと思うわけだ、私としては)

 楽しいことを考えても嫌なことを考えても待っていることには変わりない。こういう考え方もタカシに嫌われる原因の一つなのだろうという自覚は一応ある。あるにはあるが直す気もなかったりする。

 シロウはまだ現れない。今度はつい三十分ほど前のことを思い出しながらソウは家の主を待つことにした。

 

 

 事の発端は仕事が終わり遅い夕食を長屋でフウカと食べていたときだった。

 彼女は未だにこの村に慣れないのか、他の長屋の人達とは食事をせずに帰りの遅い自分を待って一緒に食べることが多い。彼女が村に受け入れられていない訳ではないだろうが要するに落ち着かないのだろう。かく言う自分もそうだ。

 しかし無口な二人が向かい合ったまま黙々と食事している姿は端から見ると異様なようで、以前偶々土間を通りがかったミズキにはお通夜のようだと言われたこともある。本人達は落ち着いて食べているだけなのだが……。

 そして今日も『お通夜』をやっている時にそのミズキがやってきた。

「フウカ居る〜?ちょっと手伝ってくれないかな?」

 比較的大きな声を上げながら、がらがらと玄関のドアを開けて入ってきたミズキと目が合った。

「あ、ソウさん今晩は。今日も遅いですね、御飯」

「今晩は。お邪魔してるよ」

 ミズキはフウカと同じくここの長屋の住人だった。因みにソウは向かいの長屋に住んでいるが今日のように食事はこっちで摂ることが多く殆ど寝るとき以外使っていない。

「あ、それでねフウカ、リンがまた飛び出していったんだって。探すの手伝ってくれないかな?」

「またリン君が?彼はよく行方不明になるねぇ……」

 好奇心旺盛な少年の姿を思い描きながらソウは苦笑した。当のフウカは黙々と食べながら会話している二人を交互に目で追っているだけだ。

「ええ、そうなんです。いつも突然なんで困っちゃいます。今日なんか何もこんな時間に飛び出して行かなくてもいいのに」

 やれやれといった風にミズキが溜息をつく。

 一方相変わらずフウカは黙ったままなのでソウが声を掛ける。

「で、リン君捜索隊(仮称)のメンバーは?」

「取り合えず時間も遅いですし警備の係りの人間だけで行こうかと」

 成る程、それでフウカにも声が掛かったわけだ。自分が普段医者をしているようにミズキ達もそれぞれ仕事をしている。しかし能力の強い者はそれとは別に警備も受け持っていた。フウカもその一人だ。そして非常時にはそちらを優先するようになっている。まあ、今回は非常時というより動き易いという理由の方が大きいのだろうが。

「私も行こうか?」

 ソウは警備担当ではなかったが協力を申し出てみた。しかしミズキが慌てて両手を振りながら否定してくる。

「あ、いえ、それには及びません」

「別にそんなに遠慮しなくても良いだろう?」

 どうもミズキは自分に遠慮がある。自分の幹部という立場がそうさせるのかもしれない。まあ、その割には同じ幹部であるタカシはこき使っているようだがそこは幼なじみ故なのだろう。

「御馳走様」

 かちゃん と小さな音を立ててフウカが箸を置く。見ればいつの間にやらフウカは食事を終えていた。

「行ってきます」

 と、ここで初めてフウカがミズキのお願いに返事をした。直接ミズキには答えてないので正確には返事とは言えないが了承したことには変わりない。返事をするまでもなく手伝うつもりということだ。フウカは必要がないと判断したときよく返事を省く悪い癖がある。

「ソウ様はこのまま食べておいて下さい。後片付けは帰ってきてから私がしますので絶対触らないで下さい」

「はいはい」

 自分の前にはまだ大分御飯が残っている。仕方なく捜索は二人に任せてソウは食事を続けることにした。

「……はい、は一回で良いです」

「はいはい」

「…………」

「………?」

 フウカの頬が僅かに膨らんでいるのを見て自分が同じ間違いをしているのに気が付き思わずソウは視線を泳がした。その拍子にミズキが踞って震えているのが目に入った。

「そこ、笑わないように」

「わ、笑ってません」

 指で涙を掬いながらミズキが答えてくるが当然全く説得力がない。

「じゃ、行こうかフウカ」

「はい」

「二人とも気を付けて」

 玄関近くでひらひらと手を振りながらソウは離れていく二人を見送る。ミズキがフウカに手を合わせているのが見える。多分「食事中にゴメンね」とか何とか言っているのだろう。

 あの二人はすっかり仲良しのようだ。快活なミズキと物静かなフウカ、対照的な二人だが意外とお互いのことを分かっているのかもしれない。友人を作るのが苦手なフウカだけにその点を心配していたがミズキが居てくれたら大丈夫だろう。

 何だか嬉しくなってソウは残りの食事を平らげたあと、鼻歌を歌い出しそうな心持ちで後片付けをした。

 後片付けを終えてしまった後にフウカの言葉を思い出し、さてどうしたものかと少し思案を始めたときに向かいの長屋︱︱つまりソウの部屋もある長屋だが︱︱から自分を呼ぶ声が聞こえる。

「ソウ先生ー、いらっしゃいませんかー、ソウ先生ー」

 先生という敬称が気になる。医者としての自分を捜しているのかもしれない。慌てて外に出て長屋の前で叫んでいる女性に声をかける。

「私はここです。どうかしましたか?」

「やだ、先生!此方でしたか。村長がお呼びです、直ぐ向かって下さい」

「シロウ殿が?」

「はい、私はまだ人を捜さないといけませんので御一緒出来ませんが急いで行って下さいね」

 言うが早いか踵を返してぱたぱたと走り去っていく。因みにあまり速くない。

「あ、ちょっと……」

 声を掛けるが引き止めることは出来なかった。

(もう少し詳しい話が聞きたかったんだが……まあ、知らないかな)

 様子から他の人にも召集を掛けに行くようだ。この時間にこの騒ぎ、どうも嫌な予感がする。

 ソウは自分の部屋にも戻らずにそのままシロウの家を目指した。

 

 

 回想の時間が現在の時間に追いついてしまいソウは記憶の世界から現実に戻ってきた。

 あのあと急いで到着してからどのくらい経っただろう?自分の時計を見ると十分程経っていた。長いような短いような時間だった。

(待たされるということは少なくとも急患ではなさそうだな)

 ここに着いたときに大怪我をしたリンの姿があるかもしれない等と考えていたがそういう類の用事ではないようだとソウは少し安堵する。まあ、そういう場合はシロウの家ではなく診療所の方に呼び出しを受ける方が可能性が高いか。

 ではシロウが自分を呼びだした理由は何だろう?悪い方にばかり考えてしまいそうで避けていたがついついそれを考えてしまう。

 急患以外で自分がシロウに呼び出される理由といえば一番は相談だが、急ぎの場合良い話であった試しがない。まあ、悪い話だからこそ相談するのかもしれないが。

 嫌な気分になりかけたとき応接室の扉が開き、お待ちかねの主が現れた。

「やあ、ソウ君、御足労かけて済まないね、こんな時間に」

 黒い縁の野暮ったい眼鏡を掛けた中年と呼ぶにはまだ早いが、かと言って若年と呼ぶには年を食っている風体の男が現れる。この男がこの能力者ばかりの村の村長シロウだった。因みに本人は村長と呼ばれることをあまり喜ばず、リーダーという呼び方を好む。実際、村長というイメージから想像するには若過ぎるのでリーダーの方がしっくりくるだろう。しかし村民には村長と呼ぶものも少なくない。本人の望みとは反対だが裏を返せばそれだけ貫禄があるということだろう。

「で、何事ですか?シロウ殿」

「うむ、幾つか頼みたいことがあってね。先程フウカ君が無事リンを家まで連れてきてくれたんだが少し困ったことになった」

「怪我でもしてましたか?」

「いや、今のところ怪我人はない。説明し難いので取り合えず着いてきてくれ」

 相変わらずタカシと違って外堀から埋めるような話し方だ。実はソウはシロウのこの話し方が少し苦手だった。まあ、タカシに言わせれば「同族嫌悪だろ」とのことだが。

 シロウがさっさと部屋を出ていくのでソウも後に続く。しかし、今、シロウは少し気になることを言った。

(今のところ?これから出るということか?)

 気にはなったがソウはもう一つのことをシロウの背中に訊いてみた。

「で、フウカはどうしました?」

 フウカは普通ソウへの報告を怠らない。にも関わらず姿が見えないのが気になる。

「すぐに戻ったよ」

「戻った?何処へ?」

「タカシ君達の所だ」

「それは……」

 何故?と訊こうとしたときシロウが遮るように口を開く。

「さあ、ここだ。ここからは君に私の護衛を頼みたい」

「護衛?」

 と、訊いている間にシロウは中に入っていく。訝しく思いながらも仕方なく今迄より気を引き締めてソウも後に続いた。

 

 

 扉を開くとフウカの連れてきた男が先程シロウがこの部屋を出る前と同じように座っていた。それにドアの横にはリンとキヨマサが居た。キヨマサはタカシがこの村に来るまで警備を取り仕切っていた実力者でタカシと同じ様な能力とレベルを誇っていた。タカシが来てからはそのこともあって歳を理由に引退していたのだがシロウが呼び出したのだった。

「キヨマサさん、何か分かりましたか?」

「うんにゃ、儂にはさっぱり」

「そうですか、ではお手間を取らせますがタカシ君達と合流して下さい。場所はリンに訊いて下さい」

「承知した」

 キヨマサは手に持っていた黒い玉をシロウに渡してリンとそそくさと出ていった。

「で、だ。ソウ君、これが何だか分かるかな?」

 シロウは後から部屋に入ってきたソウの方に向き直り黒い玉を見せてみた。すると明らかにソウの目つきが変わる。

「これを何処で?」

 黒い玉を受け取った後、普段穏やかなソウの雰囲気が緊迫したものに変わっているのを感じる。どうやら何か知っているようだ。今回に限らずこのソウという青年は妙に博識だった。

(流石ソウ君。こんなものまで知っているとはね)

 シロウは内心感心しながら自分の持っている情報を開示した。

「そこの男が持っていた。フウカ君が連れてきた男だ」

 とシロウは男を目で指し示しながら答えた。その視線に合わせてソウは男の方を向き、警戒というより敵意に近い口調で詰問し始めた。

「貴様、何者だ?」

「言ったら身の安全を保証してくれるかな?」

「それは約束出来ない」

「では答えるわけにはいかないな」

 シロウが質問したときと同じ答えを男は返していた。取り合えず黒い玉の方を何とかしようと思いソウに確認する。

「ソウ君、取り合えずこの黒い玉が何なのか知っているなら教えてくれないか」

「詳しくは知りません。ただ、それを持った黒の剣と一戦交えたことがあります。非常に厄介な装備です」

「……つまり?」

「この男は黒の剣の可能性が高いです」

 ソウに指摘された瞬間、シロウは男の表情を観察していたが何も読みとれなかった。

 続けてソウは男から目を離さずにシロウに質問してくる。

「フウカから伝言があった筈です、言って下さい」

(やれやれ、全部お見通しですか、参謀殿は)

 参謀というのは幹部の一人であるソウの役割をシロウなりに当て填めただけで実際に参謀という役職があるわけではない。もっともソウが他の人からも参謀と呼ばれることは稀にあるが。

 しかしソウとフウカの二人はお互いに全て把握しているのではないかと思うほど的確に相手の行動を予測してくる。実際、口調からは予測というより確信に近い。今回のように伝言の場合、一言一句間違うことなく伝えないと訝しく思われる始末だ。シロウは過去の経験からその辺りにも気を付けながらフウカの伝言を口にする。

「……『保護した男を黒の剣六名が追跡中、戦闘になる模様、戻ります』と言っていた」

「六名!?」

 思わず男から目を離しソウがシロウの方を向いた。

「ついでに言うとタカシ君が男を連れて帰ることを指示したこと、応援を呼んでいることを私に報告してくれたよ。応援はキヨマサさんを含めて三名を向かわせた」

(つまり逆に言えば今、この村で黒の剣とまともにやり合える人間は君一人だよソウ君)

 心の声が届いたわけではないだろうが、その辺りはソウも直ぐに把握したようで、いきなり飛び出していくことはなかった。この男が黒の剣の場合、村に放置するのは危険過ぎるのだから。

「成る程……」

 ソウは顔を此方に向けて固まっていたが再び男の方へ向けながら呟いた。どうやら考えが纏まった様だ。

「彼が何を思ってこの男を保護したのか分かりませんが……始末して私も合流します」

 言うが早いか左手を男に向ける。

(おいおい……)

 シロウは声に出すことはなかったが当事者である男はたまったものではない。さっきまでの一見余裕があるかのような黙りは何処へやら、慌てて声を上げる。

「ちょ、ちょっと待て、タカシとやらは助けてくれるって言ったんだ!」

 実際にはタカシは洗いざらい喋るという条件を付けていたので正確ではないがシロウもソウもそんなことまでは知らなかった。が、どっちにしても関係なかったようだ。

「私には関係がない」

 ソウの返答は取り付く島もないぐらい内容も声も冷たかった。

「一般市民を殺す必要なんて無いだろ!?」

「黒の剣は一般市民ではない」

「俺は黒の剣とかじゃねぇよ!」

「では、これは何だ?」

 と、ソウが右手の上で黒い玉を軽く動かす。

「ひ、拾ったんだよ」

「そうか」

 男の言葉をあっさり聞き流し う”ぉん という低いうなりと共にソウが左手から衝撃波を放つ。

(おいおいおい……)

 あまりに早過ぎてシロウが止める間もない。

 ぎぃ! いつの間にか黒い玉がソウの右手から男の間に割り込み衝撃波を受け止めた。

「〜〜〜! おい!マジで殺す気か!?」

 椅子に背中から張り付くようにして目を見開いたまま男が非難の声を上げた。

「……遊星は生きていたのか、命拾いしたな。まあ、次はないが」

 シロウから見てもソウはまるっきり悪役だ。というかこのまま殺しかねない。

「……あんた何者だ?何でその名前を知ってるんだ」

 男の目つきが少し変わった気がする。相変わらず冷や汗を流しながら背もたれに張り付いているが。

「訊いているのは私だ」

「悪いことは言わないから彼のいうことを訊いた方が良いと思うぞ、私は。多分彼は本気だから」

 ここで初めてシロウは口を出した。あの黒い玉が動かなければこの男が死んでいたことを考えると少し遅すぎたかもしれない。それともソウは動くことを知っていたのだろうか?

 男は此方を伺うように見ていたが椅子に座り直し諦めた顔で話し始める。

「はぁ……分かった。言おう、俺は考古学者だ」

「王国に禁止されている考古学者か、貴方も物好きだな」

 一応警戒をしながらもソウが呆れたような声を上げる。この男は本当のことを言っていると判断したようだ。

「そうかな?好奇心を満たそうとするのはごく自然なことだと俺は思うが」

 男は当然といった風に反論する。

「好奇心といっても命懸だろう?そこまでする価値があるのかね」

 シロウは以前から気になっていたことを聞いてみた。王国が考古学を禁止してから久しいが毎年かなりの人数が捕まり処刑されていた。つまり死刑という処罰が在るにも関わらず無くならないのだ遺跡の盗掘が。

 男もその辺りはピンと来たようで少し得意げに答えてくる。

「あるとも、あんた達は王国が遺跡発掘を禁止しているのは何故だと思う?本当に文化遺産の保護だと思っているのか?人を殺してまで」

「まさか。遺跡の技術力を外部に漏らさないのが目的だろう。その遊星も遺産の一つだしな」

 ソウがあっさりと言ってのけるのを聞いて男が感心したような顔をする。どうやらソウはこの分野にも造詣が深いようだ。シロウは暫くソウに任せて自分は傍観することに決めた。

「あんた詳しいな。ま、そういうことだ。そんな訳で遺産やその知識は高く売れる」

「売れる?それを扱えるのは王国の研究所ぐらいのものだろう。売れるとは思えないな」

「本当に詳しいな、いったい何者だ?あんた」

「勘違いするな。これは尋問だ」

 ソウにぴしゃりと言われて男の顔から笑みが消える。和みかけた空気が冷たくなった。

「あ、ああ、そうだよ、あんたの言う通りこいつは売れるような代物じゃない。この商売の難しいところは売る物と相手を間違えると命取りになるところだな」

「で、追われているということか?」

「いや、さっきのは一般的な話だ。俺は最初に言ったように考古学者だ、売人じゃない」

「……つまり貴方が追われている理由は何なんだ?」

 うんざりとした声でソウが訊き直す。

「ん?ああ、俺は王国所属の考古学者でたまたまこれを発掘してしまったのさ。で、この『遊星』の起動に成功してしまった」

「それが何故追われる理由になるんだ?」

「え?ああそうか。一つは勝手に研究を進めては駄目だったこと。そしてこの遊星というヤツは起動した人間を主人として登録してしまうんだな、これが」

 どうもこの男の話はよく脱線する。学者肌にこういう思考回路の持ち主が多いことに思い至ってシロウはこの男が洗いざらい喋っていると確信した。

「……で?」

 ソウが疲れたような顔をしている。意外と気が短いのかもしれない。

「この遊星は俺にしか使えないから今から黒の剣になるか死んでマスター登録を抹消するか選べと言われたから逃げた。第三の選択肢ってヤツだな」

 ははは、と男は軽く笑ったが場が和む事は無かった。

「成る程……で、何を知っている?」

「何?」

「お前を追ってきている黒の剣は六人。という事は殺すのが目的ではなく連れ戻すのが目的だろう。恐らくはその知識を手に入れるために」

 シロウの知る限り装備にも因るが黒の剣六人も居れば小さな村一つ潰せる。戦争でも無い限り殆ど見る事の無い人数だ。ソウはこれを不自然と見たのだろう。

「……話を戻すが王国が遺跡発掘を禁止する理由、これは盗掘を防ぐことだ。王国の優位性を保つためだろうな。しかしそういう意味では技術力の流出より過去の歴史を暴れる事を恐れていると俺は思う」

「過去の歴史に王国が恐れる理由があると?」

 これは有益な情報だ。お陰でついシロウは口を挟んでしまった。ひょっとすれば王国への切り札となるかもしれない。

「遺跡の価値はこの遊星の様な技術の塊ばかりではない。王国が必要としているのはどちらかと言えば科学技術だが、俺が興味を持ったのは其処に刻まれている歴史だよ。俺が敢えて考古学者と名乗ったのは…」

 その時けたたましい音と共に突然横の窓を破ってきた物があった。その物と遊星が衝突する。

(ロケット弾!?)

 シロウがその物を判別した瞬間辺りは白い光と共に砕け散った。


 
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