No.572270

インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#102.5

高郷葱さん

#102.5:閑話 在りし日の記憶




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2013-05-03 00:34:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1300   閲覧ユーザー数:1209

『ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ、―――』

 

「ん、ん~?」

 

枕元で騒ぐ目ざまし時計。

それの居場所を布団の中から腕を伸ばして探り、『ぺし』と叩く。

 

『――――――』

 

叩かれて黙る目覚まし時計。

うん、それでいいんだ。もう少し黙っていてくれ。

 

だんだんと涼しくなってきて布団が恋しいんだ―――――あ。

 

ふと気付いて慌てて飛び起きる。

 

さっきまで私に『起きろ』と言ってきていた目覚まし時計が指す時間は六時。

 

今日は朝稽古があるから六時半には出ないとマズいのに!

 

「やば…!」

 

急いで布団を仕舞い、寝間着を脱いで制服に着替える。

 

ハンカチよし、腕時計よし、定期と鍵も持った。

 

チラりと時計を見ると現在時刻は六時十五分。

 

クラスの連中には身支度は軽く一時間とか言うヤツも居るが、私にはそれは当てはまらないらしい。

 

鞄をひっつかんで慌てて階段を下りる。

 

残り時間はあと、十分くらいか?

 

鞄を玄関に置いて、ダイニングキッチン(と言うよりは台所と言った方が趣き的にはあってそう)兼用の居間に飛び込む。

 

「おはよう、千冬。」

 

「おはようございます、アキト兄さん。」

 

そこで私を迎えてくれるのは、アキト兄さんと既に用意してくれていたらしい朝食。

 

挨拶を返しつつも私はテーブルに着く。

 

「それでは、頂きます。」

 

お茶を一口啜って、目が覚める。

 

テーブルの片隅には既に弁当箱が三つ、いつでも持って行けるような状態になっている。

あの弁当箱の柄は、私の早弁用と昼用と束の昼用か?

 

そういえば…

 

「アキト兄さん、一夏は?」

 

いつもなら、私と同時に朝ご飯を食べている筈の弟が居ない。

 

「一夏なら、千冬が起きてくる前に出たよ。ああ、今日は束の分の弁当も持っていってくれるかな?」

 

「判った。」

 

と言う事は、一夏は篠ノ之道場で稽古の後に朝ご飯をご馳走になってから学校に行くらしい。

 

…朝稽古の時は篠ノ之家で朝食をご馳走になる代わりに、昼食の弁当はこちらで用意するというのがある種の決まりみたいなモノだから。

 

まあ、篠ノ之のおじさんもおばさんも『そんなの気にしなくていい』とは言ってくれているのだけど、アキト兄さんの気が済まないらしい。

 

 

 

…と、そうこうしているうちに朝食も完食。時間もいい感じに迫ってくる。

 

「ご馳走様、行ってきます!」

 

履き慣れた革靴(ローファー)を履き、鞄をひっつかんだ所で、アキト兄さんが見送りに出てきた。

 

「ああ、そうだ。」

 

「何?」

 

「今日は、少し早めに帰ってきてくれるかな?」

 

「なんで…って、ああ。」

 

そう言えば、今日は『あの日』だった。

 

「場所は?」

 

「篠ノ之道場、というか篠ノ之さんの家で。」

 

「判った。」

 

今日は放課後の稽古までしっかりと詰まっているが、急いで帰ればそんなに遅くは成らない筈だ。

 

「っと、時間がッ!」

 

「はは、事故には気をつけてな。」

 

「うん、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい。」

 

鞄を掴んで慌てて駆け出す。

 

 

 

 

 

 

少しして、気がついた。

 

「あ、弁当忘れた。」

 

取りに戻った結果、朝練は遅刻ギリギリで滑り込む事になったが後悔はしていない。

 

 

 * * *

 

 

放課後、私は出掛けに言われた通りに篠ノ之神社に足を運んでいた。

 

「お邪魔します。」

 

「あ、ちーちゃんお帰り。」

 

束に出迎えられながら社務所と道場の間にある住居スペース(篠ノ之家宅)には、既に空腹感を煽るいいにおいが漂っていた。

 

この匂いは…醤油か?

 

「もうすぐ準備は終わるからねー。上がって待っててー。」

 

そう言う束はその手に何やら袋を抱えていた。

中に入っているのは…

「クラッカー?」

 

「そ。ちゃんと音だけでゴミが飛ばないヤツ。」

 

『ちゃんと考えてるんだよー』なんて言いながらニカっ、と笑う束。

 

その屈託のない笑みに私もつられて頬が緩む。

 

「ささ、荷物は私の部屋に置いて準備手伝ってよ。あ、私の部屋にある紙袋に飾り付け用のグッズがあるから持って来てね。」

 

「ん、判った。」

 

束の部屋にある紙袋、ね。

 

…そういえば、

 

「一夏は、どうしてる?」

 

「いっくんなら、とーさんと道場じゃないかな?」

 

耳を澄ませてみれば、うん成る程。

確かに柳韻のおじさんと一夏の声が聞こえてくる。

 

「それじゃ、よろしくねー。」

 

納得してうんうんと頷いていると、束がそう言い残して居間の方へと去ってゆく。

 

「さて、私も手伝わないと。」

 

先ずは、束の部屋に荷物を置いて、そこにある紙袋入りの飾り付け用グッズを持っていく事から、だな。

 

 * * *

 

『誕生日、おめでとう!』

 

そんな祝いの言葉と各々が持ったクラッカーの軽い破裂音から始まった一夏の誕生会はあっという間に飲めや食えやの大宴会と化していた。

 

…まあ、実際のところで呑んでいるのは篠ノ之夫婦…柳韻おじさんと恵美おばさん位なのだが。

 

 

そして、今日の主賓である一夏はと言うと箒となんとも甘酸っぱそうな空間を生み出していた。

なんでも、一夏の好物である唐揚げを四苦八苦して作りそれを食べさせるのだとか言っていたが…

 

「い、一夏!」

 

「どーした、箒。―――唐揚げ?」

 

「お、お前の好物だろう?」

 

「お、サンキュー。―――ん、美味い。」

 

「ほ、本当か!?」

 

「ウソ付いてどうすんだよ。…でも、なんかアキ兄のとは違うような…」

 

「わ、判るのか!?」

 

「っとこれ、箒が作ったのか?」

 

「う、うむ。…余り上手くは作れなかったが……」

 

「十分、美味いと思うぞ。」

 

「そ、そうか?」

 

 

――と、まあ。

 

うん、あれは決して『甘酸っぱい』じゃ無い。

口いっぱいに砂糖を含んだような、そんな甘ったるい空間だ。

 

……方向性がどう考えても小学二年生では無い気がするが。

 

「ちーちゃん、はい。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

なんとなく口を濯ぎたい気分になっていた所にちょうど束が飲み物を持って来てくれた。

…束もおんなじ気持ちなんだろう。

 

―――私だって、アキト兄さんと…

 

貰ったグラスを傾けて―――――ごくり。

 

 

 

………

 

「ん?」

 

透明だから水かと思ったけれど、なんだか違う。

 

風味というか、感覚というか、こう…何かがおかしいような――――

 

「―――はれ?」

 

うん。明らかにおかしい。

具体的に言えば頭が回って無い。

 

当然、物理的にじゃなくて、思考的な意味で―――

 

「あれ、ちーちゃん。顔真っ赤―――って、ああっ!?」

 

束が、何か、気付いた、らしい。

 

「これ、とーさんのお酒…」

 

だんだんと目の前が暗くなってくる。

 

ああ、成る程。

わたしは、まちがって、さけをのんだのか。

なら、しかたないな。

 

「ちょ、ちーちゃん!?」

 

むにょん、と柔らかく温かい何かに包まれてほんかくてきに意識が―――

 

『お―――――!』

 

誰かに呼ばれたような気がしながら、そこで私の意識は暗転した。

 

 

 * * *

[side:千冬]

 

私は、どうやら居眠りをしていたらしい。

 

「織斑先輩、起きてください。学園、着きましたよ。」

 

そう、問いかけながら肩をゆすっていた真耶は私が起きた事に気付いたようで微笑みながら『やっと起きた…』と呟いていた。

 

「……ん。」

 

まだ半分寝ぼけた頭をなんとか覚醒に持っていきつつ、記憶の紐を手繰る。

 

確か、暴走機全部のコアを技研に引き渡す為の一時保管として預かる事を確認して、それから…

 

「とりあえず、各先生方はそれぞれの持ち場を確認してからもう休むように伝えてあります。暴走機の操縦者は全員を医療施設に搬送、織斑くんたちも念の為にメディカルチェックを受けて貰ってから部屋で休むように伝えておきました。」

 

「わかった。…色々と迷惑をかけたな。」

 

どうやら、私のすべきことの殆どを真耶が代行してくれたらしい。

 

「では…?」

 

「今日はもうこれでおしまいです。」

 

「そうか。―――波乱に満ちた、一日だったな。」

 

「…そうですね。」

 

私の言葉に真耶は遠くを眺めるように目を細める。

 

今日一日で起こった事件を思い返しているらしい。

 

「ところで、」

 

「ん?」

 

「一夏、とか束、とか寝言で言ってましたけど、夢でも見たんですか?」

 

興味津々、といった風で訊ねてくる真耶。

 

そうだな…

 

「夢、と言うよりは思い出だな。」

 

「思い出、ですか?」

 

「ああ。―――何年も前の今日。私がまだ高校二年生だった頃にやった一夏の誕生日の、な。」


 
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