No.571401 とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第一章 脳髄盗取:六neoblackさん 2013-04-30 01:11:27 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:1062 閲覧ユーザー数:1040 |
「全く、とんでもないことですわ」
第一七七支部の中、テレビ画面に映ったニュースを見て、白井黒子は義憤に駆られていた。
違法な薬物の開発・投与を行っていた輪館薬科研究所の研究員三人が、収容施設から脱走を図った。その後、研究員たちは倉庫内で死体となっているのを警備員《アンチスキル》によって発見された。現場には学園都市の住人ではない人物も重傷を負っている状態で発見され、三人は外部協力者を頼って脱走を図ったと考えられる。
「あれだけのことを起こして、何の責任も取らずに逃げるなんて」
「でも、何で殺されちゃったんですかね?」
パソコンを操作しながらニュースを聞いていた初春が、疑問の声を上げた。
「大方、仲間割れでも起きたのでしょう。小悪党らしい末路ですわ」
「確かに、能力の行使や学園都市にある武器の使用の痕跡は見つかってないけど、死んだ研究員たちの傷、何かすごい力が加えられたとしか思えない傷らしいですよ。駆動鎧《パワードスーツ》でも使ったんじゃないかって、警備員の先生が言ってました」
「連中、そんなものを所持してましたの?」
「外の人たちがそんなの使うなんて、怖い世の中になっちゃいましたね」
外の勢力が学園都市に与える影響は、学生でも感じ取れるほど身近になってきている。そしてその逆、学園都市が外の勢力に与える影響も強まっている。
「こんちわ……」
二人が世間話に興じていると、廷兼郎が支部に顔を出した。
明らかに覇気が無く、低い声での挨拶だった。
「字緒さん、大変ですよ」
「輪館薬科研究所の研究員が逃げ出して、仲間割れで殺されちゃってたんですって」
「……へえ、そりゃあ、ざまあないですな」
淡白な言葉を返して、廷兼郎は支部の中を軽く見回した。
「固法《このり》先輩はいませんか?」
「まだ来てませんよ。書類なら渡しときましょうか?」
「それじゃあ頼みます、初春さん」
初春に書類を渡し、用が済んだ廷兼朗は支部を後にしようとしたが、ドアに手を掛けたところで、はたと立ち止まった。
「初春さん、参考までに聞きたいんですが……」
「何ですか?」
「女の子に贈る花って、どんなのがいいんですか?」
「え? 女の子?」
女性に花を贈るという行為と、それを話す廷兼郎のあまりにも沈んだ顔のギャップに、初春は混乱をきたした。
「えっと、と、とにかく贈る気持ちが大事ですよ。どういう花とかは、後から自然とついてきますよ!」
「そう、ですか。ありがとうございます」
なぜか痛々しい笑顔で礼を告げて、廷兼郎は風紀委員の支部を後にした。
「字緒さん、何かあったんですかね?」
「さあ? 知りませんわ」
「……喧嘩でもしたんですか?」
一瞬、白井の姿が虚空に消え、初春の頭に衝撃が走る。座っている状態から空間移動《テレポート》で初春の背後を取り、頭頂へ一撃を見舞う。刹那の早業である。
「そういう発言は甚だ失礼ですわよ」
「別に白井さんと、とは言ってませんよーだ」
たんこぶを押さえながらべーっと舌を出している初春に、白井はさらにゲンコツを見舞った。
廷兼朗はもう一度、事件の現場を訪れていた。近くの花屋で購入した花束をそっと立て掛け、黙祷を始めた。
ここで女子生徒を殺した犯人を生み出した研究者の一部は、彼が手ずから屠《ほふ》った。他の研究員が脱走を企てている様子は無く、このまま事件は収束していく様子だった。
これで、殺された公咲明之《こうさきあけの》の無念を、少しは晴らせただろうか。その一助に、自分はなれただろうか。
研究員を殺す前に、懺悔でもさせるべきだったろうか。謝罪と命乞いの言葉を有りっ丈吐き尽くさせたあとで、五感からたっぷりと『死』を味わわせるような殺害方法を取ったほうが、彼らの罪には相当だったろうか。
(それは、出来んなあ……)
彼らを拷問に掛けるのが目的ではない以上、あの時の廷兼郎にそのような行動は許されていない。それに拷問染みた殺害方法を取ったとしても、自分の良心を充足させるだけだ。
(それは、武術では無いのか。それとも、武術なのか)
『武』という言葉は、『矛』と『止』という二文字で構成されている。このことから『矛』を『止』める。長じて争いを治めることが『武』であるという俗説が紀元前百年頃から蔓延しているが、実際に『止』とは足跡を表し、歩くことや進むことを意味する。それと『矛』を合わせ、『矛』を執って『止《すす》』む様を形容している。
どちらの説を支持しようと、それは各々の解釈として胸の内に秘め、人生の指針とすれば良い。
廷兼郎は、その二つの解釈を合わせて『武』であると信仰していた。争いを止めることも、進んで争うことも、切り離せない『武』の一面なのである。
なら、廷兼郎が行ったことは『武』だろうか。争いを止めるでもなく、進んで争うでもなく、命じられたことを達成するために繰り出した拳は、蹴りは、果たして武術なのか。
「他人の命令を唯々諾々と受け入れ、淡々と作業をこなす。そこに『武』はあるのか?」
違うと、心の中で声を上げる。ならば、それを行った廷兼郎は武人ではなく、彼の技は武術ではない。
殺された女子学生の無念を晴らそうと繰り出す拳にこそ『武』は宿るのか。廷兼朗は、確たる自信がなくなっていた。
まだ自分は、自分の『武』さえ見つけてない。自分の学んできた技術は、武術になっていない。まだ、武人になりきれていない。
『対抗手段《カウンターメジャー》』計画。この計画を進めていけば、少しは『武』の何たるかを理解できるかもしれない。雲を掴むように儚い希求だが、無いよりはマシである。
廷兼朗はいつの間にか堅く握り締めていた拳を解き、自分の置いた菊の花束に向けて一礼した。彼が颯爽とした足取りで路地を去ると、風になびいた菊が他の花束に混じって、ふわりと揺れた。
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東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。
総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。
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