No.57027

旅立ちの日に ~仰げば尊し/その足で~

矢吹真吾卒業式。草薙京やコスプレイヤー京子もでます。BL要素はありません。
中学校の卒業式で歌った同題名の歌をモチーフにしました。

2009-02-09 21:37:37 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1333   閲覧ユーザー数:1276

旅立ちの日に ~仰げば尊し~

 

――明るいな…。

 

昨日まで二月だったというのに

三月に入ったというだけで陽の光が違うように感じる。

 

三月一日 卒業式。

さざめきが止まない正門の前。

式を終えた生徒たちが別れを惜しんでいる。

その輪からこっそり抜け出す男子生徒がひとり。

 

青い短ランにハチマキ、手には日輪のグローブ。

矢吹真吾は高校の敷地内にある思い出の場所、

格闘家としての学び舎へ足を踏み入れた。

草薙京に弟子入りして以来 毎日通った学校の裏庭。

一年前にその師匠が高校生活を終え、

海外を放浪しはじめてからは、一人で練習していた。

 

 

「ボディが、甘いぜ!」

「うおりゃあッ」

いつものメニューをいつもどおりこなす。

一息ついたとき真吾は思った。

 

――ここ、こんなに明るかったっけ?

 

昨日までと少し違う。

白い光があたりにあふれているような気がする。眩しい。

地面から若草が芽を出し、光を浴びてきらきらしている。

自分が去る場所だから、こんなにも眩しく映るのだろうか。

 

汗をぬぐいつつ天を仰げば蒼穹。

どこまでもどこまでも広がる青い空は

これから自分が見る世界を象徴しているようで

心がふるえた。

 

深呼吸すると、ピンと張った冷たい空気ではなく

暖かくゆるんだ空気が入ってくる。

今日、この場所から旅立つ自分を包むように。

 

息をはきだし顔をあげると、人影が視界に入ってきた。

颯爽と歩むその姿。遠目からでも誰なのか判る。

「草薙さん!!」

「よお、真吾。お前…こんなときまで修行かぁ?」

「へへっ、ココで練習できるのも今日が最後ですから…。」

「そういやお前とココで練習してたっけなあ。

 そうだ真吾、いつもの。」

京は真吾にむかって手を出した。

「焼きそばパンですか!?よ、用意してないッスよ!」

「んだとコラ!!」

「すすすすみませーん!でもいくらなんでも急です!」

ヘッドロックをカマされながら真吾は叫んだ。

 

「…しかたねえな。よし、卒業祝いに手合わせしてやるよ。」

真吾の首にかけていた腕をほどき、京は構えた。

「…はい。よろしくお願いします!」

真吾も構えると、京の目に鋭い光が宿った。

以前の真吾ならそれにたじろぐところであったが、

今はもう正面から見据えることができる。

「来な。」

「はい、行きます!」

 

いつもと同じように自分の精一杯をぶつけようとする。

その中で感じる、違和感。

普段、京は真吾の攻撃を受けて捌いてから反撃する。

しかし今日はほとんどの攻撃が出がかりに潰されてしまう。

相手の攻撃を防ぎ、自らの拳を打ちこむ。

真吾の力を見る、というより

 

勝負をしている

 

と言った方がふさわしいかもしれない。

少しでも真吾に隙ができると、そこから連続技を叩きこまれ

どんどん体力を削られてしまう。

 

――これじゃあダメだ。

  なんとか隙を見つけて反撃しないと…。

そうは思うが相手はあの草薙京である。

1800年の歴史を持つ重く鋭い拳。

隙など自分が見つけることができるのだろうか…。

――いや!弱気になるな真吾!!

マイナス思考を気合ではねのける。

格闘に身を投じてからの数年、真吾が一番見て

研究したのは他の誰でもない、草薙京の戦いである。

攻撃パターンや癖もそれなりに把握できている。

――よし!!

ギュッと拳を握りしめ、気持ちを切り換える。

 

京のスピードにもだんだん慣れてきた。

なんとか直撃は免れるようになってきている。

京の技の切れ目を狙って拳を入れる。

が、それはガードされ、かわりに京の拳が真吾を捕らえた。

「ボディが甘ぇぜ!」

百拾四式・荒咬み。真吾の無防備な胴体にヒットした。

「お留守だぜ!」

さらに百弐拾八式・九傷。

そして百弐拾七式・八錆へ繋ぐその一瞬。

 

真吾は渾身の力をこめて左肘を京に入れた。

続いて右肘で京を仰け反らせる。

最後に左拳で打ち上げた。

「びしばしどかーん!!」

真吾謹製オレ式・錵研ぎである。

 

九傷から八錆へ繋ぐときにできる刹那の間。

そこを真吾は狙っていたのだ。

 

京は空中で体勢を立て直そうとしているが、

真吾はすかさず追撃する。

「ゲッチュ!!」

真吾謹製オレ式・朧火車。とっておきの技が決まる。

 

以前と違い頭から着地することは少なくなってきたのだが

今日は受けたダメージが足にきているようだ。

真吾は着地とともにバランスを崩し、膝をついてしまった。

京は前転受身で真吾に接近し、胸ぐらをつかむ。

そのまま地面に自分の体ごと叩きつける。

一刹・背負い投げが決まった。

 

 

「く…ゲホゲホッ」

真吾は上体を起こし反撃しようとした。

しかし体が言うことを聞かない。呼吸もままならない。

一刹・背負い投げで背中を強打したためだろう。

京を見やれば、肩で息をしている。

「はぁ、はぁ…っ真吾。いい、動くな。」

 

自分の攻撃はことごとく発生前に潰され、

やっと反撃できたものの勢いを味方につけることができず

倒れた。

京との実力差をまざまざと見せつけられたのだ。

――ちくしょお…

真吾は悔しくて唇を噛んだ。

 

京は、真吾のそんな様子はお構いなしに

彼が横たわっている隣へ腰をおろした。

京も呼吸を整えている。

真吾は、珍しく息切れしている京を眺めていた。

京はその視線に気づき、にらみ返してくる。

「なんだよ?」

「い、いや…草薙さんが、そんなに息切れしてるの

 珍しいなあって…。」

「…うるせえ。」

そう答えると京は立ち上がり、言った。

「もう立てるな?」

京は真吾に手を差し出した。

「は、はい…」

その珍しい現象に真吾は戸惑いながらも

手を借りて立ち上がった。

 

「まあいい。合格にしてやるよ。

 もうお前は、俺の弟子じゃねえ。」

 

 

突然の宣告に真吾は耳を疑った。

 

「え?そんな!破門なんてヒドイっす!!

 お俺、どうしたらいいんですか!?」

京に縋りつく。

「違う。

 今更お前から草薙流をとって何が残んだよ。

 格闘スタイルから『草薙京直伝』を外せって言ってんだ。

 手を貸してやるのはこれが最後。

 高校のついでに、俺からも卒業しろ。」

「でも、俺まだ全然草薙さんにかなわないし」

「ったりめーだ。俺と比べてどうする。

 ま、さっき何度かヒヤッとさせられたし、

 他の奴らと比べるんだったら、ひけはとらねえだろ。

 それで充分だ。」

「草薙さん…」

「機会ができたら、勝負してやるよ。」

そう言い残し、京は背を向けた。

 

「草薙さん!今まで本当にありがとうございました!!」

京の背中にむかって深々と頭をさげる。

京は振り返らず軽く手を挙げて応えた。

 

胸がいっぱいになる。

突然訪れた卒業。遠ざかる師匠の背中。

言いたいことがたくさん浮かんでは消え、言葉にならない。

こんなに感謝の気持ちを感じたのは人生で初めてだ。

『ありがとう』としか言い表せないが、それでは足りない。

 

「あおーげば とおーとし 我がー師のーおんー」

真吾の歌声に、京が足を止め振り返る。

「おしーえの にわーにも はやーいくーとせー」

 

『真吾、焼きそばパン買ってこい。』

 

『一回しかしねぇからな。』

 

『あとは、いつものことながら炎ですよね?』

『炎ねぇ…』

 

『ほら、コレコレ!燃えたろ?…な~んて。』

『何やってんだか…。』

 

 

京との日常が思い出される。

それらはもう二度と交わされることのない会話。

戻らない時間。

そう思うとこみあげてくるものがある。

「おもーえば… ぃとーとし…っく、の…と…つき」

感謝の気持ちを表そうとすればするほど涙があふれてくる。

最後の歌詞は…歌えなかった。

 

京は頭をかきむしり大股で近づいてきた。

真吾はごしごし目をこすっている。

とてもじゃないが顔を上げられるような状態ではない。

「バカ。男がメソメソ泣くんじゃねえ。」

「だぁって、くさなぎさ…」

しゃくりあげて泣く真吾の頭をはたく。

そして軽く舌打ちした。

 

「たがーいに むつーみし ひごーぉろのーおんー」

とても小さい声だった。真吾にしか聞こえないような。

――草薙さん…!

胸が熱くなる。

涙がボロボロこぼれて止まらない。

 

「わかーるる あとーにも やよーわすーるなー」

真吾はもれそうになる嗚咽を奥歯をくいしばり拳を握りしめ

必死にこらえる。

京の声を一瞬たりとも聞き逃さず焼きつけておくために。

 

『草薙京さん!俺に技を教えてください!お願いします!!』

『はぁ?』

 

『お前にやるよ。』

『え!!本当ですか!!』

『あぁ、まさか正直ここまでやるとは思ってなかった。

 まぁ、褒美みたいなものだな。』

『ありがとうございます!!』

 

『草薙さーーーーーーーん!』

『…まったく。相変わらず変わってねえな。』

 

『お前も早く本当の仲間を見つけろよ。真吾!』

 

『……というわけで八神さんと

 エントリーしてください草薙さん!できたら快く!』

『バカも休み休み言え』

 

『いいですか、お二人の名前で

 エントリーしておきますからね!

 絶対に来てくださいよ!信じてますから!!』

 

在りし日のことが思い出される。

 

「身をー立て 名をー揚げ やよーはげーめよー」

共にすごした日々を、そこで学んだことを、

どうか忘れるな、と。

一人立ちして自己実現するために努力を怠るな、と。

 

それは師匠から、感謝を示した弟子への返歌。

紛れもない激励の歌。

 

「いまーこそーわかーれめー いざーさらーぁばー」

真吾が歌えなかった最後の歌詞。

とうとう別れのときがきた。

「っ…くさなぎさ……うああああっ」

こらえきれず真吾が声を上げて泣きだす。

「だから、泣くなって。

 俺は全てを教えきったなんて思っちゃいねえんだからよ。

 泣いてるヒマなんかねえぞ。

 俺が教えねえ分は、自分で見つけな。」

京の言葉を受け、真吾はゴシゴシと強く目をこすった。

「……はい!草薙さんが相手でも、今度は負けないッス!!」

しっかりと、京の目を見て伝えた。

「言ってろ」

軽く笑い、京は踵を返し歩き出した。

 

「ありがとうございました!!」

ガバッと頭を下げ、真吾はずっとその背を

いつか超えるべき目標を、見送っていた。

 

 

 

旅立ちの日に ~その足で~

 

京が去った方向を真吾は見つめていた。

昨日までまさか『草薙京の弟子』というポジションさえも

卒業してしまうとは、夢にも思っていなかった。

これからも草薙柴舟から定期的にアドバイスを受けることは

あるだろうが、これはいわゆる『ひとり立ち』である。

1999年から草薙京が行方不明となった時期があり

実質ひとり立ちした状態に近かったのだが、

本当にひとり立ちとなると、気持ちの重みが違う。

 

――これからは、ひとりで頑張らなきゃ…。

  悩んだり迷ったりしないように、

  もっと強くならないと。

 

どのくらい時間が経ったのだろうか。

 

不意に自分を呼ぶ声が近づいてきた。

「真吾く~ん??あ、やっぱりココにいた。」

「き、京子ちゃん。どうして…。」

「いつの間にか いなくなってたんだもん。

 クラスのみんな探してるよ。」

真吾のクラスメイトである京子が呼びに来た。

かつて草薙京の彼女 ユキが、彼を探しに

よくここを訪れていたように。

 

「真吾くん、ケガしてない?何してたの?」

先程まで京と手合わせをしていたのだ。

ところどころに軽い火傷や、すり傷がある。

「あ…さっきまで草薙さんと練習してて、それで…。」

「じゃあ、京さん来てたんだ。

 こんな時まで練習なんて、真吾くんらしいね。」

ふふっ、と京子が微笑んだ瞬間、真吾の心臓が大きく跳ねた。

 

――そうか、こうやって京子ちゃんと話せるのも

  最後かもしれないんだ…。

 

今まで色々話したりメールする仲ではあった。

しかし友達の域を脱しているかといえば微妙だ。

このまま自然に連絡がとれなくなっても全く不思議ではない。

「京子ちゃん…」

「なに?」

京子の顔を見つめたまま言葉につまる。

彼女とは進路が違っているのだ。

――今から離れる俺よりも、これから出会う人の中に

  京子ちゃんを幸せにしてやれる人がいるかもしれない…。

 

――だけど。

 

今、必要なのは一歩ふみだす勇気。

逃げ出さないための、ほんの少しの力。

 

真吾は正面から京子と瞳をあわせた。

震えそうになる手を強く握りしめた。

指先からだんだん冷たくなっているのに汗ばんでいる。

鼓動がどんどん速くなってくるのを感じた。

 

「俺、京子ちゃんのことが、好きです。

 俺と、つきあってください。」

 

「ほ、ほんとに…?」

京子の瞳がゆれる。

真吾は力強くうなずいた。

 

「…うん、私も、好きです。

 よ、よろしくお願いしますっ。」

京子はぺこりとお辞儀した。

「え、ホントに!?こっこちらこそ!!」

がばっと真吾も頭を下げる。

次の瞬間元の体勢に戻して言った。

「あの、会う機会は今より少なくなるかもしれないけど、

 俺、時間作るから!会いに行くから!」

「うん。私も時間作る。

 だけど私、真吾くんなら離れてても不安じゃない。

 信じられるよ。」

 

京子の言葉に真吾は少しだけ怪訝な顔をした。

「だって、京さんへのご執心ぶりを見てきたんだもん。

 一途な人なんだなあって、わかってる。」

「き、京子ちゃん…。」

真吾が思わず苦笑いをすると、彼女は続けた。

「だから大丈夫。たくさん会える方がもちろん嬉しいけど…。

 真吾くん、あんまりガンバりすぎないで。」

 

にっこりと笑う。

その瞬間風が吹き抜けた。木の葉がざあっと音をたてる。

春一番。

緑の香りとともに暖かい空気が運ばれてきた。

真吾の胸があたたかくなる。

彼女はこういう娘なのだ。

握りしめていたはずの手からいつのまにか力が抜けていた。

 

直球しか投げられなくて、いつも全力で突っ走っている。

そんな真吾がふと、休める場所。

それが京子なのだ。

 

京が去り、先刻真吾は決意を新たにした。

そのことで力みすぎている真吾の心から

余分な力が抜けていく。

――俺は…やっぱり、強くなりたい。

  でもそれは悩みや迷いを無くすためじゃなくて、

  壁にぶつかったとき、それを壊して進んでいける力が

  持てるように…。

 

迷うこと、悩むことだらけ。

それは思春期が終わっても変わらない。

ならば、たまには立ち止まって寄りかかっても、

人に頼ってもいいのではないか。

これからも一緒にいたい相手なら尚更。

 

そして、立ち止まったら振り返ろう。

がむしゃらに突っ走ってきた軌跡が

自分の納得いく形を描いているかどうか判る。

走り続けている内に自分を見失っていないか考えられる。

もしも軌道修正が必要になった時、彼女は

必ず力を貸してくれるだろう。

 

「京子ちゃん…ありがとう。」

「いいえ。

 そういえば、もう戻らないと。みんな待ってるよ。」

「そっか。じゃあ行こう。あっ!」

 

真吾は中庭へ向き直った。

「ありがとうございました!!」

一礼。

格闘の世界へ足を踏みいれた象徴であり、

想う相手に一歩近づく勇気をくれた場所に別れを告げた。

 

「京子ちゃん、急ごう!」

「うん!!」

若者は駆け出した。思い出を胸の中にたたえて。

大空の如く広がる未来へ。

 

 

あとがき

矢吹真吾卒業式。草薙京からの独立、京子とふみだす新しい一歩。

 

モチーフになったのは中学校の卒業式で歌った「旅立ちの日に」です。

卒業式の歌の中で、いちばん好きでした。

検索したら歌詞がでてくるので、興味のある方はどうぞ♪

 

前半の格闘シーンですが、モトになってるのはKOF11です。

京の九傷と八錆のあいだにオズの超必を入れられたりしてたんで

錵研ぎも入るかなぁと思って(^^:)

いや自分の入力が遅いだけだと思いますがww

 

ちなみに京子ちゃんが真吾とクラスメイトなのはオリジナル設定です。

もともと友達の卒業祝いに捧げた作品なので

その友達のオリジ設定を拝借しました。

 

 

長いんですが、二つで一つの作品なのでまとめて投稿させていただきました。

読んでいただき、ありがとうございました。


 
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