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フクロウの鳴く声が聞こえる。天上に締める星空が綺麗に闇を染め上げる。
既に夜は更け、エディ達の住まう女子寮も消灯の時間を迎えていた。
ベッドに横になっていたエディは体を起こし、カーテン越しの月明かりに目をやった。
今日は月に一度の満月の夜。ワルプルギスの夜とはいかないが、魔法使いにとっては魔力に満ちる特別な夜だ。規則で消灯とはなっているが、今夜ばかりは起きて魔術儀式や降霊会などを行っている者も多いだろう。しかしエディ達の部屋は行儀よく暗がりに包まれていた。
「……マリーナ、起きてる?」
部屋の対面に床を構えるルームメイトに声をかけるが、当然のように返事はない。月明かりにうっすら見える彼女のベッドからは寝息の気配だけがする。
マリーナ・M・クライスは太陽のシンボルを扱う付与魔術(エンチャント)を得意とする魔法使いだ。学園では魔法使い課程に在籍するものの、どちらかと言えば魔術師に近い。彼女にとっては満月の夜もさほど魅力的ではないのだろう、いつもの如く太陽と同じように早寝早起きを信条としていた。
「痛たたた……」
昨日の模擬戦で負った傷が痛む。とはいっても、エディの怪我は相手に攻撃されて出来たものではない。自分で魔法制御を失敗し暴走させて自傷してしまったのだ。
相手の魔力弾ごと巻き込む『炎』の暴走。自身を吹き飛ばしてしまった。理由はどうあれ、エディは昨日も負けた。その悔しさがにじむ。
眠れぬエディは話し相手すらいない夜の静けさにしばらく眼を閉じた。
床についても頭を巡るのは自分の不甲斐なさばかりだ。落ちこぼれという言葉が心身共に染みてくる。
本当に魔法学園に来て何をやっているのだろうか。ここは魔法を修練する場所である。それなのに何の上達もないエディには胸が張り裂けそうな心苦しさしかない。
このままでは眠れないのを悟ったエディは、音を立てぬよう慎重に魔道衣に着替え直した。それでも衣擦れの音が静かな部屋に広がる。
「今日も無駄な努力に行きますか……」
小さな独り言に、自分自身虚しくなる。
エディは練習量もおいて、他の生徒に負けない自負がある。毎日学校の講義が終わった後も、人知れず修練を重ねている。その努力は誰が何と言おうと恥じることはないと思っている。
しかしである。努力すれば誰でも報われるというのは幻想であり、現実は無情なのだとエディ・カプリコットも、最近日増しに実感させられている。
世界が優しくないという事実。そして自分に才能がないという現実。それでもエディは努力することをやめられないでいる。それは女々しい妄執なのだろうか。
「……行ってきます」
窓を静かに開けると。エディは二階の高さなど気にせず宙に躍り出た。
満月の夜に黒の魔道衣をまとった少女のシルエットがひるがえる。それは月明かりに照らされ、ほのかに光り輝いていた。
夜に溶け込むその瞬間、自分が魔女になったかのような気分になる。ただ現実は、『浮遊』の魔法を使えないエディは自由落下で地に墜ちるしかない。
両足に響く着地。一瞬の気分転換も済み、エディは駆けだしていく。
エディが去った窓辺。そこに寝間着のマリーナがいた。
「出て行くなら、窓ぐらい閉めてきなさいよね。いっつも、これなんだから」
どうやらマリーナはエディが抜け出すのに気付いていたようだ。そんな彼女もあくびを一つ。
「行ってらっしゃい、エディ」
そう呟くと、気優しいルームメイトは今度こそ眠りにつくのだった。
魔法に決まった形はない。
どんな手法、形式であれ、効果さえ発現すれば魔法と認められる。それは魔法が世界各地、それぞれの文化と密接に関わり合いながら、ある時は独自に、ある時は混ざり合い、多種多様に発展を見せたからであろう。
それはバストロ魔法学園内を見てもよくわかる。多種多様な人種民族が同じように学び、切磋琢磨する様は世界のるつぼ(サラダボウル)と言っていいだろう。
そんな魔法使い達が操る魔術の種類は一人として同じ物はないと言っても過言ではない。欧州で一般的な呪言(スペル)魔術や秘儀(ルーン)魔術以外にも類感魔術や巫術を使う者もいる。欧州の学園を中にして東洋の五行を扱う者までいるのだ。彼らは自分の信じる魔術を修練し、そして己が魔道を追い求める。
そんな学園内でエディ・カプリコットは標準的な呪言(スペル)魔術を使う。いや、使おうとしている。
いわゆる呪文により魔法を発現させる呪言(スペル)魔術は典型的な魔術だ。その呪言(スペル)魔術によって発現する魔法は「魔法の中の魔法」「最も魔法らしい魔法」と言ってもいいだろう。
エディは自分が魔法を使う様を思い描いて、肺に目一杯の空気を送り込む。
原初なる『素』を意志に描く。今は〈火(イグニス)〉、始まりの力、熱き世界の源。
意志とは脳に巡る一つの回路。それを意味ある形にするのが魔法使い。出来るのが魔法使い。
そういう定義からいえば、エディは確かに魔法使いだ。そう、ここからが彼女にとって問題なのだ。このままでは『魔法』は起動しない。
エディの内なる魔力を一点に集めようと圧縮する。ここまではまだいける。エディは躊躇いつつも一気に魔法の起動にかかる。
圧縮された魔力が宿る自身の幽星体(アウストラル)に『素』をくべる。すると、体内の魔力が一気に〈火(イグニス)〉の色に染まる。この変換もエディは上手くないが、今回は問題なく〈火(イグニス)〉の力が回った。これも毎日の特訓の成果かもしれない。
魔法の燃料である魔力、その方向性を決める『素』はそろった。最後は魔法として世界を変える為の魔術式さえ問題なく組めれば。
エディは腹に溜めていた空気を呪言(スペル)と共に一気に吐き出す。
〈我が炎よ!〉
意味ある呪言(スペル)こそ魔術式の一つ、魔法を使用する際には「魔法構成」とも呼ばれる魔法の最大要素だ。
エディはどのように魔力を変換するのかを決める呪文を唱えた。
最も簡単な『炎』の魔法。〈火(イグニス)〉の属性を持った魔力たる幽星気(エーテル)を炎に変えるだけのもの。これが出来なければ他の魔法だって扱えるはずがない。
それがわかっているのに、そう知っているのに『炎』は生まれない。エディが炎を作りだそうとしていた手の平の上は静かなまま。
エディは恐怖に歪む。経験が警鐘を鳴らす。生まれるはずの炎が現れないということは、そのエネルギーが他に回っているということ。先程、手の平に集めたはずの魔力がうねるのを感じたエディは、直ぐに魔力を拡散させる。
だが既に遅い。案の定、耳元で嫌な音が聞こえた。
本来なら手の平で発火制御されるはずの炎が、エディの肩口で爆燃する。
昼に聞いたのと同じ轟音。
それはもう基本的な魔法である『炎』と呼ぶには生温い、業火と言うべき火柱だった。
「熱っ! 熱い!」
肩に起こった魔力の炎は腕にまで燃え広がる。魔法耐性のある魔道衣越しにでも感じる灼熱。エディは転げ回ってやっとのことで消火する。
「はぁ、はぁ……。熱い……」
当たり前だ。自身の腕が燃えたのだ。熱くないはずがない。しかし一方でエディは冷静だ。こんな失敗には慣れっこなのである。まだ全身が燃えなかっただけでも上手く制御出来た方だといえる。
無惨に焦げた魔道衣の袖。マリーナに耐火付与の魔術をかけてもらっているお陰か、焼け落ちる程には至っていない。
「……どうして」
エディには何が悪いのかわからい。わからないから成功しない。
エディは魔力の流れを操るのは比較的得意だ。魔力量も充分にあるはず。その証拠に燃えた腕に感じた熱量はかなりのものだった。直ぐさま魔力を遮断したのと魔道衣を着ていたお陰で大事には至っていないが、魔法としては充分な威力だった。それに、火が起こったということは原初の『素』たる〈火(イグニス)〉が作られているのも間違いない。
ならば呪言(スペル)による『炎』への変換過程がおかしいのか。しかし、それは教わった通りにやっているつもりだ。なのになぜ魔法の制御が出来ないのか。エディにはやはりわからない。
「はぁ、疲れたぁ」
その場に倒れ込んだエディは足を投げ出した。
そこはバストロ魔法学園の闘技場。昼にエディが負けた場所だ。生徒同士の模擬戦を行う為に作られた試合場はどれだけ魔法を使おうと、結界が外へと漏らさないようにしてくれる為、魔法の練習には最適の場所だった。
試合場に寝転がるエディの前には、天に浮かぶ望月が南中を終えて傾き始めていた。どうやら時は過ぎ、日付も変わってしまったようだ。深夜の特訓を始めて三時間はたっただろうか。その間、エディは一度も、魔法の制御に成功していない。
それは今晩に限ったことではない。エディ・カプリコットは学園に入学してから、ただの一度も魔法制御を行えたことがないのだ。
それはあまりに異常。魔法素養がなく、魔力を現界に呼び込めない者ならそもそも魔法が発動しない。しかしエディは『炎』なら火を出すことは出来るし、『光』なら光源を作ることも出来る。ただ、その魔法の発現を上手くコントロール出来ないのがエディの症状である。
魔法を発動出来るのに、ただの一度も成功しないのはあまりにおかしい現象だ。どんなに下手な魔法使いでも百回やれば一回ぐらいまぐれの成功があってもいいはず。なのにエディにはまぐれすらないというのか。
「私って、本当に才能ないんだね……」
言ってしまっていいのか、躊躇(ためら)いすらあった独り言だ。人と話をするとき、自らをそう評価することはあっても、一人でいるときにその言葉を口にすると、本心からそれを認めたことになりそうで怖かった。自分は魔法使いになれない。それが決まってしまいそうで、エディはその言葉を口にしたことを後悔した。
目尻に涙がにじむ。普段どれだけ落ちこぼれと罵(ののし)られようとも、慣れているからと気丈に振る舞ってみせるエディだが、本当はそんなに強い人間ではないのだ。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の15