No.567295

真・恋姫†無双 真公孫伝 ~雲と蓮と御遣いと~ 1-39


誰か、インスピレーションとモチベーションをください(切実)


そろそろ、どういう話の構成なのか察せる人が出てくるかもしれませんね。ポイントは、タイトルにもある通り、星と白蓮と一刀、です。

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2013-04-18 11:19:08 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8567   閲覧ユーザー数:6272

 

 

「……あ、るじ?」

 

 

そう呼ばれた瞬間、酷い目眩が一刀を襲った。

 

心臓の鼓動が激しくなる。明らかに異常と分かる動悸。

 

痛みではない、妙な気持ち悪さと悪寒。全身から冷や汗が流れ出るのを感じた。

全身から湧き上がる形容し難い感覚に、上げかけていた腰は折れ、堪らず膝を付く。

 

 

断片的に脳裏を流れる映像。

 

 

 

今までにもあった/覚えていられなかった

 

時折流れた断片的な記憶/経験

 

 

 

その一部はノイズのような物で阻まれ見えない

 

 

――フラッシュバック――

 

 

そんな単語を思い出す。

でもこれは、心的外傷(トラウマ)から来るものではない気がする。

 

しかし、この感覚を上手く言い表せない以上、フラッシュバックとしか表現しようがないのも、また事実だ。

 

 

突発的な記憶の

 

 

復活/現出

 

 

それは何を意味しているのだろう。

 

 

 

場面は次々に移り変わる。

 

 

 

初めて会った時、彼女はたった一人で黄巾党が犇めく中、舞うように戦っていた。

 

 

その優雅さは蝶。

その苛烈さは龍。

 

 

飄々とした姿勢を崩すことなく、忠は示せど縛られない、その在り方。

 

 

 

あの世界で出会った彼女達と同じように――いや、待て。

 

 

 

彼女達って……誰だ?

 

 

 

 

記憶と映像の齟齬。

 

 

再び映り変わる数多の場面にノイズが走る。

 

混線した電波のように、それは脳の中で不協和音を奏でていた。

 

この世界で初めて会ったのは、白蓮と星の二人。しかし、混線する記憶はそれを否定する。

 

……最初に、出会った、のは、誰、だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

脳裏にフラッシュバックしていた映像は唐突に消えた。

 

残ったのは、いつかどこかで育んだ、星との記憶。そして記憶という映像の中にこびり付いたノイズ。

 

 

細部が異なる二つの記憶。歯車が噛み合っていないような言い知れぬ気持ち悪さ。

 

 

自分の吐く荒い息が、不思議と大きく聞こえた。

いや、大きく聞こえたと言うより、二重に聞こえているような――

 

 

「星!?」

 

 

 

顔を上げ、視線を戻せば、そこには布団をキツく握り締め、生気の抜けた顔で苦悶の表情を浮かべている星の姿があった。

 

慌てて立ち上がり、身を案じるように肩に触れる――熱い。

 

まるで先刻の自分のようだと一刀は思った。

 

 

布団をキツく握り締めながら小刻みに震える星。その身体は汗で濡れている。

 

 

どうすればいい、と混乱する状況下で必死に解決策を模索する。

しかし星の震えも唐突に、一刀と同じように止まった。

 

一度だけ、ゴクリと喉を鳴らし、星は深い息をひとつ吐く。

呼吸はまだ少し荒いものの、その顔には生気が戻ってきていた。

 

その様子を見て、一刀は安堵の息を吐く。

 

 

「大丈夫か、星」

 

「……あ、るじ?」

 

 

肩に置かれた手に眼をやり、そのまま焦点の定まり切らない眼で一刀を見上げた星。

 

少しして焦点が定まり、その瞳がしっかりと一刀を捉えた。

 

 

 

『主』という呼ばれ方に違和感を感じなくなったのは、この身に

 

 

戻った/現れた

 

 

記憶/思い出

 

 

によるものなのか。

 

 

「ああ。……身体、大丈夫か?」

 

 

星の問い掛けに応え、改めて同じ質問を繰り返す。

しばらく逡巡した後に、星は一度だけ首を縦に振った。

 

 

そのまま、ゆっくりとした動作で、壁に背を持たれ掛ける。

何かを思い返すように、星は自分の頭に手を当てた。

 

 

「なんだったのだ、今のは。それに、これは……」

 

 

頭を押さえながら星は一人呟く。

 

自分と似たような症状。

それを目の当たりにしていた一刀は曖昧な予想に基づいて、星に問いを投げ掛ける。

 

 

「……星も、なのか?」

 

「星も、とは一体どういうことですかな、主よ」

 

「いや、俺も急に頭が痛みだしてさ、そしたら……」

 

「……別の記憶――いえ、前の記憶があった、と?」

 

「前……そう、かもしれない。でも変なんだ、俺は――」

 

 

 

一刀が自分の記憶の不可解さを、不完全さを、曖昧さを語ろうとした矢先。

 

コンコン、と不意に部屋の戸がノックされた。続いて聞こえ来る声。

 

 

「失礼、趙雲殿。朝の早い時間に申し訳ありません。少し気になることが」

 

 

于吉だった。

 

 

星と自分に起こっている、おそらく同じ不可解な現象。

とはいえそれを抜きにして考えてみれば星の、女性の部屋に男女二人きりという状況。

 

星となら問題は無いと思ったが、状況が状況だ。

 

 

これは部屋の主の意見を貰うべきだな、と判断した一刀が、一瞬思案するために下ろしていた顔を上げるのと、星が自分の部屋の扉目掛けて、龍牙を突いたのとが、ほぼ同時だった。

 

 

寝床から扉までの距離を跳んだことさえ気付かなかった。

 

 

まさに神速。

バキィッ!と凄まじい音を立てて壊れる扉。

 

扉の向こうにいた于吉は腕を前に出し、扉の破片を防いでいた。

 

突然の出来事に動じもせず、何故かその顔には薄ら笑いを浮かべて。

 

 

「星!」

 

「主!お止めくださるな、この男だけはっ!」

 

 

一刀の制止も虚しく、星は龍牙を手に、于吉に襲い掛かる。

 

憤怒とまではいかないものの、明らかな敵意を剥き出しに襲い掛かる星、そして龍牙を于吉は事も無げに避け続ける。

 

 

しかし一刀の眼から見て、星の動きは普段のキレを欠いているように見て取れた。

でなければ趙子龍の槍捌きを事も無げに避け続けられる人間は、そういないだろう。

 

 

「……なるほど。記憶が戻ったということですか。ふむ、しかしこれは――」

 

「余所見をしている余裕があるとは驚きだなっ!」

 

「……っ!流石に趙雲殿が相手では分が悪いですね」

 

 

服の裾を切り裂いた龍牙から眼を離さずに、于吉は呟く。

徐々に足元は覚束無くなってきているようにも見え、表情は真剣なものに変わっていた。

 

 

が、運命の悪戯か、はたまた運が悪かったのか。

後ろに下がり、距離を取ろうとした于吉は、足を踏み外し、よろけてしまう。

 

それを見逃すほど、趙子龍は甘くない。

 

一分の迷いなく、星は龍牙を突き出す。間違いなく当たれば致命傷の一撃。

その切っ先が胸に届く直前、 俊敏な動作で懐から取りだし、投げつけた于吉の符が星の周囲を囲んだ。

 

 

 

「『縛』」

 

 

 

身体の前で印を結び、一言。

瞬間、星の周りを囲んだ符が紫色の光を放った。

 

 

「むっ!?」

 

 

眉を潜め、声を上げる星。

 

 

見間違いか、と一刀は眼を見開く。

星の動きが、妙にスローに見えたのだ。しかし、反して于吉の動きは変わらない。

 

星の動きがスローになっている間、于吉はバックステップで更に距離を取った。

 

 

「……まさか溜めて置いた力がこれほど少ないとは……予想外でしたね」

 

 

何かを呟きながら于吉は額から落ちる冷や汗を拭っている。

 

 

星の攻撃を避けた動き、バックステップ。

それらはおよそ文官の動きではない。少なくとも、身体能力が人並み以上にある者の動きだった。

 

しかし、星の動きが鈍ったのも束の間。

妙な感覚から解放された星は、再び龍牙を構え直し、于吉に肉薄しようと足を踏み出す。

 

そして、一歩前に踏み出した足が唐突に止まった。

 

 

「……主」

 

 

自分と于吉との間に、一刀が割って入ったからだった。

 

 

「ちょっと待った」

 

 

その声に、血が上り、熱くなっていた頭が急速に冷えていくのを、星は感じた。

 

一刀の背後にいる于吉は、当面の危機は去ったと判断したのか、何かを思案しているような素振りをしている。

 

 

「主、なぜお止めになられるのですか!奴は――」

 

「いや、ごめん。ちょっと待ってくれ」

 

 

星の台詞を、手を前に出し、遮る一刀。

何かを図りかねているようなその表情に、星は違和感を覚えた。そして

 

 

「 星、取り敢えず、何で于吉を襲うのか説明してくれないか? 」

 

 

星にとって、予想外の言葉が、その口から放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……何を言っておられるのだ主よ!其奴は我らにとって無二の仇敵。それをお忘れか?」

 

 

一瞬、呆気にとられたものの、星はすぐに持ち直し、一刀へ抗議の声を発する。

 

しかしそれを受けても、一刀の表情は変わらなかった。いや、むしろその表情は余計、混乱に彩られる。

 

 

「……取り敢えず、今は槍を下ろしてくれ、星」

 

「それは主としてのご命令か?」

 

「不本意だけど、命令でしか今の星が止まらないなら、命令だ」

 

「……なれば仕方ありませぬな」

 

 

少しの問答の末、星は構えを解き、槍を下ろした。

 

 

「ありがとう、我が儘を言って悪いな、星」

 

 

それを見て緊張を解いた一刀は、星に礼を言い、今度は改めて背後の于吉に向き直った。

 

 

「于吉。まずはひとつだ。これ、何した?」

 

「これ、とは?」

 

「惚けるなよ。これ、だ」

 

 

そう言って一刀は手で周囲を示す。

ただ静かで何の異常も無い周囲の風景。異常と言えば壊れている扉くらいのものだが。

 

だからこそ、これは異常だった。

 

 

 

「静か過ぎる、だろ。扉が壊された時、それなりに派手な音もした筈だ。星の声も結構大きかった。なのに、なんで誰も人が来ない?それどころか、ひとつの物音すらしない。朝早いからって言っても、これは流石におかしいだろ。ってことは、誰かが何かをやったとしか思えない」

 

「それが私だと?」

 

「状況的に見て、だ。さっき星の動きが鈍くなった時、お前なんかしたろ?しかもあんまり普通とは思えないことを、だ」

 

 

追求する一刀の鋭い眼。

それを真剣な顔でじっと見つめていた于吉の表情が、不意に緩んだ。パチパチパチ、と手を叩く。

 

 

「やあ、なんでしょうね。本当に面白い。状況から見て、記憶が現出して間もないと思うのですが、それほど混乱せずに自我が確立しているとは、いやはや驚きです。では、お答えしましょう。……確かに、この静けさの原因は私ですよ」

 

「……お前は一体何者なんだ?」

 

 

幾つもの疑問を新たに誘発するような、于吉の口から語られた言葉の羅列。

 

 

真剣な表情で一刀は問う。

しかし于吉は、そんな一刀の様子と台詞に眉を潜め、訝しげな視線を投げ掛けた。

 

 

「先ほどから少し気にはなっていたのですが……まさか、私達の事を覚えて――いえ、思い出していらっしゃらない、と?」

 

「……どういうことだ?悪いけど、俺がさっき――」

 

 

とお互いに疑問符を浮かべながら会話を続けている最中、一刀の後ろで、何かそれなりに重量のあるものがドサッ、と倒れる音がした。

 

続けて、金属音が響く。

 

振り返るとそこには――

 

 

「――っ!? 星!!」

 

 

星が、柱に寄り掛かる様に倒れていた。

于吉の事が一瞬頭から吹っ飛び、星の元へ駆け寄る一刀。

 

はあはあ、と息も荒く苦悶の表情を浮かべる少女の姿がそこにはあった。

触れる身体は熱く、眼は閉じている。普通で無いことが明らかに分かる状態だった。

 

 

「失礼」

 

 

横合いから掛けられる于吉の声。

自然に身を引いてしまったのは単に、その声の真剣さからだった。

 

 

しばらくの間、于吉は星の額に手を当てたり、脈を計ったりと、おそらくこの状況に合っているであろう的確な行動を続ける。

 

そして、一通りの見立てが終わったのか、星から視線を外した。

 

 

「おそらく、記憶が戻ったことによる副作用のようなものですね。脳に掛かった負荷のせいで、一時的な熱暴走を起こしているとでも言いましょうか。私も初めて経験するケースですが……とにかく命に別状は無いでしょう」

 

 

于吉の言葉に一刀はホッと息を吐く。

しかし、于吉に対する新たな疑問が浮かび上がっていた。

 

 

「于吉、お前本当に何者だ? よく分からない、ええと……術?とか使ったり、医者みたいなことしたり。何より、今お前『ケース』って……」

 

 

于吉が使った言葉の中には『ケース』という単語があった。

それは言わば現代語。つまりは英語だ。それをこの時代の人間が使える筈も無い。

 

そして于吉の口にしている『記憶』という単語。

それは今、自分と星が共有している不可解な現象と関係があるのだろう。

 

 

この于吉という人間は、一体何者だ――?

 

 

続けて追求しようとした矢先、辺りにけたたましい音が響き渡った。

一刀はその音に一瞬だけ身を竦め、于吉の表情は固まる。それはまるでガラスが割れるような音。

 

 

しかし、それにしては妙に長く響く音だった。

 

 

少しして、風の音や鳥のさえずりが妙に大きく耳に届く。

そういえば風も吹いて無かったし、鳥の声も聞こえて無かった、と一刀は思った。

 

 

何故か、ふと気になって于吉を見る。

額からは冷や汗らしきものが流れ、その表情は引き攣っていた。

 

 

「……失念、していましたね」

 

 

ポツリ、と零される言葉。

初めて聞いた于吉の弱音染みた声だった。瞬間、于吉は立ち上がる。

 

 

「お、おい于吉!」

 

「今のところはこれで失礼します。趙雲殿は部屋で安静にさせていれば特に問題は無いでしょう。都合が付けば今夜にでも、また」

 

 

そう早口で言い残し、于吉は一刀が止める間もなく走り去って行った。

まるで何かから逃げるように、脱兎の如く、壁や柱を辿って遠ざかって行く。

 

そういえば現代でああいうのをやっている人を見たことがあった。

 

あれは何と言っただろうか?

障害物を最小限の動きで飛び越えたりして行く技能……だった気がする。

 

そんな、今はどうでもいい筈の、どこかズレた考えを、思考の隅でしていた一刀の前に『それ』は振って来た。

 

 

『それ』は着地し、その場でスッと立ち上がる。

 

なんてことは無い。文官服に身を包んでいたのは、よく見れば左慈だった。

 

脅かすなよ、と声を掛けようとした瞬間、鋭い眼光に睨まれる。

 

 

 

“左慈じゃない”

 

いや、少なくとも

 

“昨日までの左慈じゃない”

 

そう感じた。

 

 

 

「おい北郷一刀。あいつはどこに行った」

 

「え、あー……あっち?」

 

 

初めてフルネームで呼ばれたことに少なからず驚いたが、それ以上に驚いたのは、質問する声に敵意が篭っていた事だった。

 

 

 

とはいえ聞かれている事には応えよう。

 

 

“あいつ”

 

なんとなくだが、それに該当する人間は一人しかいない気がして、仕方なく于吉の去っていた方向を指し示す。

 

 

 

 

だが左慈は、一刀が指し示した方向には見向きもせず、柱にもたれかかったままの星をじっと見ていた。

 

 

「……その女はどうした」

 

「え、いや。それが……」

 

 

かくかくしかじか、于吉からの受け売りに近かったが、取り敢えず事情を説明する。

しばらくの間、眉間に皺を寄せていた左慈だったが話を聞き終わり、フンと鼻を鳴らした。

 

 

「そういうことか……あとはあいつから直接話を聞くしかないな」

 

「左慈?」

 

「五月蠅い、喋るな。いいから貴様はその女を早く連れて行け。いい加減目障りだ」

 

「目障りってお前っ……!!」

 

「俺に突っかかっている暇があるなら、その女を早く休ませろと言っているんだ。そんな柱にもたれ掛けさせているより、寝床にでも寝かせた方がマシだろう」

 

 

左慈のぞんざいな台詞に一瞬、頭に血が上り掛けたが、続けられた台詞によって、それが急速に下がって行く。

 

なるほど、もっともすぎる。むしろ何故そうしなかったのか、愚鈍な自分自身に腹が立った。

 

 

すぐに星を抱きかかえる。

ぐったりとしていて、熱を発している身体。そのまま左慈に背を向けた。

 

 

「左慈、ごめん。悪かった」

 

「貴様に礼を言われる筋も、謝罪を受ける筋も無い。さっさと連れて行け、馬鹿が」

 

 

それだけ言い残して、左慈はその場を去って行った。おそらく、于吉の消えた方向に。

 

それをキチンと確認する間も惜しく、一刀は急いで星の部屋へと駆けた。

出来るだけ、星の身体に負担を掛けないように。気を使いながら。ゆっくりと、急いで。

 

 

 

 

 

 

 

「――何度見ても思うけど、派手にやったなあ、星のやつ」

 

「白蓮」

 

 

扉があった空間から、ひょこりと顔を出した白蓮。

今はとても風の通りが良い。端的に言えば、壊れたまま放置されていた。

 

既に時は夕刻。

窓と、扉のあった場所から入って来るオレンジ色の光が辺りを彩っていた。

 

 

「星、どうだ?」

 

「まだ寝てるよ。二、三度眼は覚ましたけど、すぐに寝ちゃったし」

 

「そっか……にしても珍しいな。私、星が熱出したのなんて見たことないぞ?」

 

「疲れが溜まってたんじゃないか?連合の時も、常に前線だったし」

 

「それもそっか。うん、休むにはちょうど良かったのかもしれないな」

 

 

疑う様子も無く頷く白蓮を見て、少しだけ一刀の心は痛んだ。

今の星の状態が、疲れから来たものではないと知っているから。

 

 

「悪かったな、今日、俺の仕事任せちゃって」

 

「良いって、気にするなよ。いつもは私が一刀に手伝ってもらってるんだからさ」

 

 

白蓮が笑って返事を返す。

 

星が熱を出し、倒れたという報を聞いて真っ先に駆け付けたのは白蓮だった。

 

寝ていれば大丈夫、という言葉を聞いた白蓮は何を追求するわけでも無く、星の様子を見ていて欲しい、とその場にいた一刀に頼んだ。

 

一刀の仕事は自分達で手分けをするから、と。

 

既に今日、白蓮がここに来るのは三度目。一回目は朝。二回目は仕事の合間に。三度目は今、夕刻だ。

 

 

星の熱は既に下がり、呼吸も安定している。

白蓮が、星の額に手を当てた。少しだけ身を捩る星。白蓮の手が冷たかったのだろうか。

 

純粋な興味の元、所在無さげにぶらりと下がったままの白蓮の左手を触る。

 

 

「にゃっ!?」

 

 

「え?」

 

 

触った途端、白蓮が妙な声を上げて飛び退いた。

手を押さえて、泳いだままの眼で、一刀を見据える。

 

その表情は不機嫌とも、ご機嫌とも見て取れるものだった。

 

 

「……今さ、『にゃっ!?』って言った?」

 

「い、言ってない!絶対言ってない!」

 

 

何故か赤い顔でブンブンと首を横に振る白蓮。

……まあいいか。怒っているわけじゃないみたいだし。

 

 

「と、とにかく!せ、星のこと頼むぞ?」

 

「ああ、それは任せてくれていいよ。……あ、そうだ」

 

「うん?」

 

 

足早に部屋を出て行こうとした白蓮が止まり、振り向く。

 

 

「于吉と左慈ってどこにいるか分かるか?」

 

 

一刀はふと、そんなことを聞いていた。

特に意味は無く、なんとなく気になっていただけだが。

 

 

「于吉と左慈? えーと確か……あれ?そういえば今日は見てないな。仕事だけは、いつの間にかやってあったけど」

 

「もし見掛けたら、俺が呼んでたって伝えといてくれ」

 

「ああ、分かった。逆に星が起きたら私に教えてくれよ?人を使ってもいいからさ」

 

「んー、了解」

 

 

意図の分からない質問に律儀に答えた白蓮は、どこか心ここにあらずな一刀の返答に首を捻りながら、そのまま部屋を出て行った。

 

 

「……悪いな、白蓮」

 

 

その背中を見ながら、ポツリと一刀は呟く。

多分、星が起きても、それをすぐには伝えられないということを自覚して。

 

 

 

――今夜にでも、また――

 

 

 

頭の中で、于吉の言葉が木魂していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……」

 

 

眼を開ける。少し気だるいが、頭ははっきりと起きていた。

視界に入ったのは、窓から見える夜の帳と、唯一無二の存在である、主の心配そうな表情。

 

ああ、相も変わらずこの方は、何かある度にそんな顔をする。

 

 

「星、大丈夫か?」

 

 

優しい声音。

それが自分にだけ向けられるものではないことに、しばらくの間は苦悩したものだ。

 

表には出さないだけで嫉妬もした。

愛紗、鈴々、翠、紫苑、その他の少女達――仲間達に。

 

だけど、誰か一人を愛するのは許せないとも思った。

同時に、ただ一人を愛そうとするのは、この人の在り方では無いとも思った。

 

そう思ったら、存外あっさりと受け入れることが出来た。

 

愛紗達ほどの付き合いの長さでは無かったからなのか、自分の性分なのかは最後まで分からなかったが。

 

とにかく、私は受け入れた。

自分が主と見定め、愛し愛されようと決めた相手の、その在り方を。

 

 

「ええ、私は大丈夫ですよ、主」

 

 

何に対して大丈夫なのかを、頭で理解する前に口は勝手に動いていた。

 

 

「そっか。うん、安心した」

 

 

主が、そう言って笑う。

本当にこの方の笑顔は、心を和ませてくれる。それは天性の才といっても過言ではなかろう。

 

知らぬ間に人との垣根を越えて行く才。

それは得ようと思っても得られない、尊いものだ。

 

 

多少、少し、ちょっと。

贔屓眼が入っている気がするが、それは仕方がない。現に贔屓しているのだから。

 

心の中で少しだけ白蓮殿に詫びを入れながら、今はこの一時の安息を――と、幸福と感慨に眼を閉じたのも束の間。

 

 

「失礼しますよ、お二人とも揃っているようで何よりです」

「……ちっ」

 

 

二人の邪魔者が窓を越え、部屋に侵入して来ていた。

 

 

 

 


 
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