No.567179

俺の瑠璃がこんなに可愛いわけがない To The Beginning

俺妹も始まったので今年仕様
4月20日は黒猫誕生日 つまり……


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2013-04-17 23:48:56 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2453   閲覧ユーザー数:2376

俺の瑠璃がこんなに可愛いわけがない To The Beginning

 

 

 2013年4月1日。先月無事に高校を卒業した俺は今月からいよいよ大学生になる。

「俺妹大学生編の始まりだぁ~~っ!!」

 大学生となり大人となった俺の新たな活躍を期待して欲しい。

 当然、大人ならではの活躍、シーンも当然増える。いや、増えて欲しい。

「フッフッフッフ。今までは門限だ、何だとうるさかったがこれからは違う。自己責任をもって大人のお付き合いのし放題だぁ~~~~っ♪」

 復縁した彼女の顔を脳裏に浮かべながらガッツポーズを作る。

 高坂京介18歳。今年は彼女ととても親密に過ごしたいと思いますッ!!

 

「って、さっきからギャーギャーうるさいってのッ! 妹ゲーもじっくりやれやしないじゃないのよッ!」

 俺の部屋の扉を文字通り蹴破って、怒りの形相の妹さまが入ってきた。

 その手に『アルたんの狂育 -金髪魔法少女妹陵辱調教-』というパッケージの同人ゲームを持って。俺の知り合いのリアル洋ロリ金髪少女のコスプレ姿とそっくりなのが気になる。だが、それよりもっと気になるのが……。

「お前、何で中学の制服着ているんだ?」

 桐乃は先月末に卒業した中学校の制服を着ている。中学生イメクラにでも勤めるつもりなのだろうか?

「ハァ? そんなのこれから部活で学校に行くからに決まっているでしょうが」

 蔑んだ瞳で俺を見てくれる。相変わらずだな、この妹さまは。

「いや、部活って、お前もう中学卒業しただろうが……」

 卒業したら部活に出てはダメという法はないだろう。OG訪問という形を取ればいい。

 桐乃は超が付く一流のアスリートだから、桐乃と一緒に練習できれば部員にとってはためになるだろう。でも、卒業したのに制服では単なるコスプレになってしまう。

「アンタ、さっきから何を言ってるの?」

「何って、中学卒業したのに中学の制服を着ていたらコスプレにしかならなくておかしいだろうが」

「エイプリルフールにしても笑えないわよ、それ」

「ネタじゃねえよ!」

 妹に大声でツッコミを入れる。俺は常識を説いているだけだ。

 モデル業のやり過ぎでその辺の感覚が麻痺しているんじゃないだろうか?

「あのねえっ! アタシは中学を卒業したのよ」

「だから、それは俺もよく知ってるっての!」

「そしてアタシは今月から中学3年生に進級するのよ」

「そうそう。桐乃は中学を卒業して中学3年に進級…………って、何じゃそりゃぁあああああああぁっ!?」

 絶叫の中に俺はもう、この世の理不尽を垣間見たね。

「何で中学を卒業したのに、また中学3年生になるんだよッ! おかしいだろ、それはっ!」

「アンタこそ何をフザけたことを言ってるんのよッ!」

 桐乃が俺に向かって指を突き刺す。

「アタシが中3になるのはこれで3度目でしょうがッ! 去年も同じようにして1年繰り返したんだからいい加減慣れなさいっての!」

「って、俺たちはやっぱりサザエさん時空にいるのかよ~~ッ!」

 世の中の理不尽さに涙が出た。

「大学生設定の作品はちゃんと冒頭部にそう説明されるから区別は簡単よ」

「メタ発言をありがとう」

「4月20日の黒いの誕生日記念とかはそれに当たるわ」

「別の世界の俺たちのことが分かるって便利な世の中だよな。うんうん」

 深く考えるのはやめる。そうだ。深く考えたって始まらない。この世界のメカニズムなんて俺には分かりっこないんだ。

 俺はこの1年を楽しくキャッキャウフフでいや~んエッチ♪に過ごせればそれでいい。

 って……もしかして、時間が巻き戻ったということは気楽には過ごせないんじゃ?

 

「俺、今月からどこに通うの?」

 恐る恐る尋ねてみる。考えたくない可能性がグングン頭の中で広がっていく。

「アタシが中3なんだから、アンタは高3に決まってるでしょ」

 桐乃のごく平然とした回答に俺は愕然とした。

「じゃあ、せっかく勝ち取った俺の大学合格は?」

「今回もまた合格できるといいわね♪」

 ……ご破産になったらしい。

 すごく、すごく悲しくなった。そして、この世の理不尽に体が怒りに震えた。

「なんじゃそりゃぁあああああああああああああああああぁっ!?!?」

 俺がこの1年、どんだけ頑張って受験勉強に励んだと!?

 それが、何でまた高3のはじめからやり直しなんだぁああああああああああぁッ!!

「そういうわけで今日からアタシは中学3年生の14歳、アンタは高校3年生の17歳ね」

「ねっ! じゃねえよッ!」

 高3の1年が、受験と必死で戦っていた1年がどれだけ大変だと思ってるんだっ!?

 また試験に受かる自信ねえよッ! 運もあってこその大学合格だったんだぞッ!

「大体中3の4月って言えば、お前、アメリカにスポーツ留学中じゃねえかッ! 日本にいちゃおかしいだろうがッ!」

 桐乃が帰ってくるのは6月の話だ。だから今高坂家でエロゲー片手に部活に行こうとしているのは絶対におかしいッ!

 JCがエロゲー片手に部活って時点でもう何がなんだか分からないが。

「あのねえ……アメリカ留学なんて2年前の話を今更持ち出されても困るんですけど」

 桐乃は再び蔑んだ瞳で俺を見た。

「2年前って言ったら、お前まだ中学に入学してもいない頃だろっ! そこんとこどうなってんだよ、14歳ッ!!」

「知識と経験は蓄積される。でも、社会的ステータスと肉体年齢は動かない。それがサザエさん時空ってもんでしょうが!」

 桐乃は偉そうにふんぞり返った。

「畜生ッ! 俺の大学合格を返せぇえええええええぇッ! 責任者出てこ~~いッ!!」

 俺の叫びが自室から窓を突き抜けて千葉の大空へと吸い込まれていった。

 

 

「京介ったら昼間っから部屋に篭って、妹と何をギャーギャー騒いでいるの?」

 絶叫していたら復縁した彼女が部屋に入ってきて俺を冷たい瞳で見ている。

「よっ、よう。瑠璃。これはだな……」

 何と説明しようかとても迷う。時間が巻き戻ったということは、瑠璃もまた高校1年生ということになる。俺の後輩として入学式の日にサプライズで現れる予定なんだが……。

「って、いきなり瑠璃先輩モードなのかよッ!?」

 瑠璃は黒い生地に赤いタイが目を惹くセーラー服を着て俺たちの前に現れていた。俺が通っていた高校の制服の時よりも3割増しでアダルティーな瑠璃先輩モードだ。ちょっとドキドキして思わず頭を踏んでくださいと言ってしまいたくなる。

「……瑠璃って、俺の高校に入学するんだよな?」

「勿論そうよ。他のどこに入れと言うの?」

 瑠璃はコクンと頷いてみせた。

「今日もここに来るまで、ゲーム研究会の部室に寄って赤城瀬菜と新作ゲームの開発に勤しんでいたのよ」

「まだ入学前って設定なのに既に部活入ってるのかよッ!」

 なんかもう世界観がメタメタだ。これだからサザエさん時空は困る。

「前の制服がどこにしまったのか分からなくなってしまったので、今年はこのセーラー服で通うようにするわ」

「やりたい放題っすね、瑠璃さん」

 同じ1年を繰り返す歪がこんな所で出ている。

「あらっ? 京介はまた私と学校に通えるようになって嬉しくないの?」

「えっ?」

 瑠璃の言葉にドキッとする。

「今度は入学初日から恋人モードで手を繋いだり腕を組んで通えるというのに……京介はそれを幸せとは思ってくれないのね」

 瑠璃が寂しげに顔を伏せた。

「いやいやいやいや。そんなことはないから。瑠璃と一緒にラブラブ登校できるなんて、大学生になっていたらできないことだから! スゲェ嬉しいからッ!」

 首をブンブン振って瑠璃の疑いを否定する。

「うん、そうだ。物は考えようだな。瑠璃とドキドキ高校生生活が送れるのなら、もう1年高校生やっても問題ない。何たってもう3度目だからな。あっはっはっはっは」

 ポジティブ・シンキング。そう生きることに決めた。大学生活と心の中で涙で別れを告げながら。

 

「ねえ。そこのバカップル。いい加減にしてくんないかしら?」

 俺と瑠璃のラブなひと時を邪魔する無粋な声。言わずもがな桐乃だった。

「何かしら、義妹ちゃん? お兄ちゃんを盗られちゃって悔しいの?」

 瑠璃がムッとした表情で嫌味ったらしく桐乃に問い返す。

「これからお昼食べて部活に行こうって時に、お義姉ちゃんたちにチャついてられるとウザくてチョーやる気出ないんですけどぉー」

 桐乃の声もやはり尖っている。

「別に私は義妹が部活で成績がふるわなくても全然気にしないわよ」

「まあ、アタシほどのチョー優秀なアスリートになると、気合入れなくても成績は段違いに飛び抜けちゃうんだけどぉ~」

「なら、私が京介とイチャつこうがラブラブしようが貴方には何の関係もないわよね」

「ええっ! そうね。アタシの人生にアンタが影響及ぼすなんてあるわけないしぃ」

 2人の瞳が細まって、鋭い視線の火花が生じる。また、始まった。

「お前らも毎度懲りないよなあ」

 初めて出会った時からコイツら2人には今日まで色んなことがあった。だというのに、すぐに喧嘩が始まる関係は今も変わらない。

「仕方ないじゃんッ! だって、コイツ、お義姉ちゃんなんだしッ!」

 桐乃は『お義姉ちゃん』という部分に苛立ちを篭めて述べた。

「確かに仕方ないわよね。だって、この子、義妹なのだし」

 瑠璃もまた『義妹』という部分に苛立ちを篭めて述べた。

「まあまあ。ここは将来義理の姉妹になる者同士、仲良く行こうじゃないか」

 両手を振って休戦協定の仲介役に入る。

 これ以上、この2人に話をさせると俺の立場がヤバイと悟りながら。

「元はと言えばアタシの友達に手を出したアンタが悪いんでしょうがあッ!!」

「いつまでもシスコンが直らない貴方が悪いんでしょうがあッ!!」

 2人は同時に俺に食って掛かってきた。仲裁に入るのが遅すぎたと後悔せざるを得ない。

「まったく、妹の友達と、妹が知らない間にコソコソ仲良くなってデキちゃうなんて信じられないっての!」

「いつまで経っても頭の中は妹妹って、私は何ヶ月やきもきさせたと思ってるの!」

 左右からサラウンドにクレームを付けられている。意気投合して責められている。

 こんな時、俺と声がそっくりなマクロスFの主人公早乙女アルトなら

『お前たちが……俺の翼だッ!』

 堂々と二股宣言しても許されるのだろう。

 ただし、イケメンに限る。

 そんな前提条件があるので、俺としてはその台詞を述べるわけにはいかない。俺的には十分資格があるはずなのだが、桐乃も瑠璃もそれを認めてくれない。俺をNOTイケメンに扱う。さて、どうしたものだろう?

 

 グ~

 

 その時タイミング良くお腹が鳴る音が派手に鳴り響いた。

 桐乃のお腹から。

「チッ! 命拾いしたわね」

 桐乃は大きく舌打ちしてみせた。命拾いってどんな刑を俺に施すつもりだったんだ?

 ていうか、何の罪で裁かれなきゃいけないんだよ?

「今日のお昼は何かしら? って、そういえばお母さん、朝から出かけているような……」

 桐乃が難しい表情をしてみせた。

「今日の昼食を作るようにお義母さまに頼まれているわ。だから今来たのよ」

「あのおばはんは他人さまの家の娘を家政婦のように便利に使ってやがるな」

 家事を忌避する専業主婦め。遊び歩くために瑠璃を動員しやがって。

「他人さまの家の娘ではないわ。私は高坂家の嫁でしょ?」

 瑠璃の顔が真っ赤に染まった。

「お義母さまもそう認めてくれているし……」

「相変わらず自分が楽するために酷い腹黒ぶりだな。逆に感心するよ」

 オフクロは自分が楽できるなら、麻奈実やあやせが相手でもきっと同じことを言う。

 家事能力には多少劣っても加奈子にも同じことを言う。下手をすれば日向ちゃん辺りにもそんなことを言いかねない。

「とにかく、今日のお昼は私が高坂家の台所を任されたのよ。それとも、京介か桐乃が作ってくれるのかしら?」

 考えるまでもない簡単な質問だった。

「俺は毎日瑠璃の作った味噌汁が飲みたい」

「プロポーズは録音させてもらったわ。でも、もっとTPOを選んでやり直して頂戴」

 瑠璃は携帯プレーヤーを手に持って見せながら素っ気無く答えた。

「で、桐乃は?」

「アタシが昼食を作ったら……アンタたちまとめて病院送りにする自信があるわ」

 桐乃はふんぞり返った。今更言うまでもないが、桐乃の料理の腕前は殺人級。漫画のキャラレベルといった方が通りがいいか。食べたら多分死ぬ。

「桐乃も女の子なんだから、料理ぐらい少しは作れるようになりなさいよ」

 瑠璃は大きくため息を吐く。

「そんな男女差別的な発想は置いておいて……アタシは毎日黒いのの作った味噌汁が飲みたいのよ」

 桐乃は俺を見ながらドヤ顔を見せた。

 このアマ、俺の台詞をパクリやがった。

「そういう台詞は貴方が言ってもらえるようにしなさい。一応録音はしておいたけど」

「「録音するんだっ!?」」

 兄妹で声が揃った。

 瑠璃の奴、俺や桐乃のプロポーズを録音して何に使うつもりなんだ?

「それで、2人ともお昼は何が食べたいの? とはいえ、桐乃の部活の時間もあるでしょうから、あまり手の込んだものは無理でしょうけど」

 俺と桐乃は顔を見合わせた。普段仲が良いとは言えない俺たちだが、たまに通じ合う瞬間がある。今がまさにそうだった。

 どちらからともなく声が揃って出る。

「「カレー以外で」」

 面倒臭がりな母親のせいで俺たちの春休みの食事のメニューはやたら偏りをみせていたのだった。

 

「あ~美味しかったぁ~♪ 黒いのって料理だけは上手よねぇ~」

 桐乃は瑠璃が作ったツナマヨネーズパスタを皿まで舐めて綺麗に平らげてご満悦な表情を見せた。

「料理だけって何よ」

 ゆっくりと食事を続けている瑠璃はちょっと不服そうな表情を見せる。

「誉めてあげてるんだから素直に受け取りなさいっての」

「だったら素直に誉めなさい」

 瑠璃がため息を吐き出した。

「でもさ、あれだけの短時間でこんだけ美味いもんが作れるんだから瑠璃の料理の腕前は本当に大したもんだと思うぜ」

 俺は瑠璃のフォローに回ることにした。でも、おべっかを使っているわけじゃない。

 瑠璃は冷蔵庫と戸棚を開けてその中にある数少ない材料だけで昼食を作り上げてしまった。しかも10分かそこらでだ。

 部活に行く桐乃に配慮してのことに間違いなかった。

 そして、マヨネーズやツナ缶やノリだけであれだけの味を出すのだからその腕前は確かなものだ。さすがは長年五更家の台所を預かってきただけのことはある。

「長年貧乏暮らしをしながら料理の腕を磨いてきたのは伊達ではないわ。『安価な食材を最高級の味に』は私のモットーよ」

 瑠璃は少し機嫌を戻したようだった。

「貧乏臭っ!」

 桐乃が眉をしかめて嫌そうな顔をした。中学生にして何百万も稼ぐ金満少女さまには瑠璃の努力の方向性はよく分からないらしい。

「俺は瑠璃のモットーに賛成するぞッ!」

 瑠璃の手を握りながら熱く訴える。

 だって、将来、俺は桐乃みたいに沢山稼げるような気がしない。

 なら、だったら、倹約が身に付いている子がありがたいに決まっているじゃないかッ!

 桐乃みたいな女を嫁にもらったら破産する自信があるね。へっ。

「貧乏が伝染るから寄らないでよ。チッ」

 桐乃は大きく舌打ちをしてみせた。コイツはどこまで金遣いが荒ければ気が済むんだ。

「まっ、貧乏性な嫁と、あんまり稼げそうもない夫でバランスが取れて丁度いいんじゃないの。アンタらお似合いよ」

 妹はそっぽを向いた。

 瑠璃と顔を見合わせる。どうも婉曲で分かり辛いが、今のは妹さまからの我々の仲に対する公認のお言葉であるらしい。

「あの子ったらどこまでツンデレなのよ……」

「最近思うんだが。桐乃は単に口が悪いだけじゃないか? ツンデレは二次元にしか存在しないのだし」

 瑠璃と同時に笑いが口から漏れ出た。

「と、とにかく。アタシは部活に行ってくる。せっかくお昼早めに食べたのに、バカップルに付き合っていたら遅刻しちゃう」

 桐乃はスポーツバッグを肩に掛けると俺たちに背を向けて台所を出て行く。

「おいっ! 自分で食べた分ぐらいは下げろっ!」

「兄夫婦の共同作業に任せるっ! じゃあ、行ってくるわ」

 妹は振り返ることなく家を出て行ってしまった。

 

「アイツにはもっと年長者を敬うって心がないのか」

 桐乃が食べた食器を洗いながら文句を述べる。だが律儀に洗ってやってしまっている所が俺の俺たる所以だろう。

「確かにあの女の人様を舐めきった態度は頂けないわね」

 俺の隣でガスレンジの周りを掃除している瑠璃が頷く。

「でも、あの子なりの気遣いなのでしょうね。私たちを2人きりにさせようという」

 瑠璃はガスをつけるレバーの部分に息を吹き掛けて磨いている。

「まあ、そうなんだろうな」

 洗い終えた皿に自分の顔を映して綺麗になっているか確かめながら頷く。

「桐乃は私たちには歪んだ気遣いしか見せないけれど」

「ははっ。そりゃ言えてる」

 桐乃は表の知り合いには過剰なまでに気を使って親切に接する。初めてその光景を見た時に俺も瑠璃も目を丸くして驚いてしまったものだ。

 そして同時に毒づいた。俺達にその10分の1でもいいから気を使って欲しいと。で、そこから理解した。

 妹にとって、裏の知り合いである俺たちには気を一切使わないことが最高のもてなしであるのだと。

「…………よくよく考えてみれば、あんまり嬉しくないな。傲慢に振舞われてるだけだし」

「…………親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったものだわ」

 俺も瑠璃も無表情になった。

 

「今日はこれからどうするか?」

 台所の掃除を終えてちょっと得意気な表情を見せている瑠璃に尋ねる。時間を見れば午後1時。

「そうねえ……」

 瑠璃は天井を見上げた。

「京介はこの後、予定はあるの?」

「ないな……っていうか、なくなったと言った方が正しい」

 来るべき大学生活に向けて今日は服だの何だのを揃えようとは思っていた。

 けれど、もう1年高校生をやるのでは買い揃えても意味はない。高校生はどうせ毎日制服だし、室内着に俺は神経使わないからな。桐乃じゃあるまいし。

「なら、うちに来てくれないかしら? 珠希と日向が京介に会いたがっているわ」

「珠希ちゃんと日向ちゃんがか」

 瑠璃の2人の妹のことを思い出しながら頬が緩む。2人とも姉に似て顔立ちが整っていて美少女三姉妹という表現がピッタリだ。日向ちゃんと珠希ちゃんがもう少し大人なら俺は本当にウハウハなのだが。さすがに2人とも小学生だからなあ。

「…………妹を変な目で見たら殺すわよ」

「見ねえっての!」

 鋭い視線をぶつけられてムキになって反論する。

 瑠璃は今でも俺をロリペドではないかと疑っている節がある。ひどい誤解だ。

「だって貴方はあの高坂桐乃の兄なのよ。疑いを晴らすことは不可能よ」

「そう言われると何も反論できねえ……」

 桐乃は日向ちゃんと珠希ちゃんを性犯罪者のような瞳と行動で狙っていた。いや、現在進行形で狙っている。

 そんな犯罪者な妹を持っては俺も同類に見られてしまうというもの。日向ちゃんが瑠璃そっくりなロリ猫に見えてドキッとする時はそんな多くないというのに。本当にひどい誤解だ。

「まあ、私も自分の夫を警察に突き出すような真似はしたくないわ。精々気をつけなさい」

「本気で信用ねえな。俺って……」

 ちょっと悲しくなる。

「……ばかっ。信じてるに決まってるじゃない」

 瑠璃は頬を赤く染めながら顔を背けた。

「……私だって京介から手を出すなんて思ってないわよ。でも、日向は油断ならないのよ。あの子は策士でもあるから何をしてくるか」

 瑠璃はブツブツ言っている。よく聞こえない。

「とにかく変なことは考えないで私の家に来なさい。いい、分かった?」

「へいへい。愛する彼女のお誘いじゃ断れませんよ」

 こうして俺は本日五更家を急遽訪れることになった。

 

「瑠璃は今、どっちの家に住んでいるんだ?」

 午後1時30分。俺たちは並んで往来を歩いている。気温も暖かくなって春めいた感じがすっかり周囲を包み込んでいる。住宅街の中を歩きながら色とりどりの花が咲いているのを目で追うことができる。ほんと、季節が一回りしたって感じだ。

……時間も戻っちゃったけどな。となると、今現在瑠璃はどこに住んでいるのかが気になってくる。

「私は京介の家の近くに住んでいるわ。その方が学校通うのも京介の家に行くのも近いし」

「そ、そうか。瑠璃は近くにいるんだな♪」

 思わず頬が緩む。

「いっ、いやらしいことを考えているのでしょう……この変態ッ!」

 瑠璃が白眼を俺に向けてきた。俺の手を強く握ったまま。

「今の家は……妹たちが部屋に簡単に入って来られるし会話も丸聞こえなんだから……きっ、気を付けてよね」

 瑠璃の顔が真っ赤に染まった。

「そんな風に俺が瑠璃にエロいことをする前提で話を進められても困るんだが」

「違うと言うの?」

「そ、それは……」

 返答に窮する。

「実は今日妹たちが後2時間は帰ってこなくて家には誰もいないのって打ち明けてみたらどう答えるかしら?」

「瑠璃。俺と今すぐに結婚してくれッ! そうすれば何の問題もないッ!」

 言うべきことは一つだった。

「時間が巻き戻っても貴方の言うことは変わらないわね。ちなみに録音したわ」

 瑠璃は空いている左手でプレーヤーを掲げてみせた。

「そんな録音なんてしなくても俺は瑠璃の隣にい続けるよ」

「そう。なら、行動でそれを示しなさい」

 瑠璃は往来の真ん中で立ち止まり顔を上向けて目を瞑った。

「人に見られたら……どうするんだっての」

 そう文句めいたことを言いながら俺は瑠璃の両肩を掴んでその桜色の綺麗な唇にキスをした。

 

「…………今のキス、何度目のキスになるんだろうな?」

 サザエさん時空のせいでその辺も曖昧だ。

「そうね。時間軸的に考えれば、私の高校デビュー時にはまだ貴方への想いを隠していた頃だものね。キスなんて遥か雲の上のこと。思えば私も桐乃に負けないツンデレだったわ」

「そうなのか? てっきり素で俺を蔑んでいたのだとばかり」

「あっ、貴方がいたからあの学校を選んだのよ。それぐらい察しなさいよ、ばかっ!」

 瑠璃が顔を真っ赤にして照れ怒った。

「でもお前確か『べ、別に貴方がいるから入学したわけではない』と入学式の日の朝に割と冷淡に述べてたじゃないか」

 丸2年前にして、時間軸的には1週間後の朝に交わされた会話を思い出しながら喋る。自分で言っていてわけが分からない時間の流れだけど。

「だからそれがツンデレだって言うのよ。ずっと間に受けていたなんて……呆れたわ。どうりでこの地位に辿り着くのに長い年月が掛かるはずだわ」

 大きくため息を吐き出されてしまう。

「まあ、京介が鈍感すぎるせいで他の女に盗られずに済んだのでもあるのだけど……」

「言いたい放題言われたい放題だな」

 俺の彼女の俺評価は果てしなく厳しいです。はい。

「とにかく、今回の時間軸では最初から……こ、こ、恋人ラブパワー全開でいくわよ。バカップルってすぐに呼ばれてやるんだから」

「そんな顔を真っ赤にするのなら、言わなければ良いのに」

 瑠璃は大胆だったりウブだったりがやたら両極端な娘だ。

「そ、それから私、今日はエイプリルフールということで一つ嘘をついたわ」

「嘘?」

 大学合格がチャラになってしまったことが嘘だったらいいなあと思いながら聞いてみる。

「家族が後2時間帰って来ないって言ったのは嘘よ。本当は3時に帰って来るわ」

「えっ。それって……」

 時刻は1時37分。

「はっ、早く家に行きましょう。ケダモノな貴方のことだから、一刻も早くそうしたいのでしょうし」

 瑠璃は俺の手を掴んで早足で歩き始める。

「受験が終わった貴方が私にどれだけのハレンチ行為を働いてきたかを思えば、貴方が望んでいることぐらい分かるわよッ!」

 瑠璃は首まで真っ赤にしながら遂に走り始めた。

「ついでだから答えてあげるわ」

「何を?」

「一昨日だけで51回よ。このいやらしい牡犬がっ!」

 瑠璃は俺を振り切ろうと必死に速度を上げる。でも、体力なら負けない。しかもコイツは桐乃と違って運動音痴だ。追いつくのは難しくない。併走しながら話を続ける。

「あの日は1日中瑠璃の部屋でイチャイチャラブラブしてたからなあ。それにしても、よくカウントしてたな」

 瑠璃はいつも緊張してマグロ状態なのだが……脳はちゃんと働いているらしい。

「だっ、だから……私だって、期待しちゃうじゃないの。私だって……年頃の女の子なのだから」

「高坂京介。ご婦人のご期待には沿わなければなりますまい。というわけで、全速力で瑠璃の家に向かうぞ。1分1病でも長く瑠璃とのラブいひと時を楽しむために」

「…………ばか。エッチ」

 瑠璃は頷いて走るスピードを上げた。

 2人並んで走る。俺たちの関係はやっぱり2年前とは違う。着実な積み重ねを見せている。それが分かるだけでもとても嬉しい。

「よっしゃっ! たぎってきた。たぎってきたぁあああああああぁッ!!」

「…………私、誤った判断をしてしまった気がしてならないわ」

 瑠璃を引っ張る形となって俺は恋人の家へと急いだ。

 

「あっ。高坂くん。こっちの家で会うのは随分久しぶりだねえ♪」

 既にこの状況に適応しているらしい日向ちゃんは俺の顔を見るなり笑った。

「おうっ。こっちで会うのは久しぶりだな」

 よく分からない挨拶をして返す。時間軸的にはまだ瑠璃の家の位置も知らないはずなのだが。まあ、今更気にしても仕方なさそうだ。

「ルリ姉と一緒に何をして……」

 日向ちゃんが目を細めながら近付いてきて俺の髪の匂いを嗅いだ。

「ルリ姉。高坂くんには違うシャンプー貸さないとお母さんにバレるって何度も言ってるでしょ。お父さんは気付かないだろうけどさ」

 日向ちゃんは唇を尖らせて瑠璃を非難した。

「……だってこの家に京介専用となりそうなシャンプーとかボディーソープは準備してないわよ」

 瑠璃は俯いて小声で反論した。顔は真っ赤に染まっている。俺はというと気まずくて仕方ない。針のむしろです。現況は。

「高坂くんも高坂くんだよ。彼女の家でラブラブしたいのなら、そのための準備は彼氏の方がしなくちゃ。これは人付き合いが下手な典型例なんだし」

 日向ちゃんは自分の姉をこれ呼ばわりして指差しながら俺に注意した。

「その、すんません」

 小学生に向かって頭を下げる。

「お母さんは2人の仲がどんなものだか知ってるし、止める気もないみたいだけどさ。でも、お父さんは2人がまだ清い交際だと思ってるんだし、過保護だからどうなることやら」

 日向ちゃんは両手を広げてヤレヤレと首を振ってみせた。

「以降、気をつけます」

「これからは気をつけるわ」

 2人揃って将来の義理の妹に向かって頭を下げる。

 まったくもって日向ちゃんの言う通りなので反論できない。

 瑠璃のお父さんの相手をするのは今でも大変なのだ。気を使わなければならない大人ナンバーワンなのは間違いない。

「2人の交際が順調に進んで結婚秒読みとなった段階で、高坂くんは真に愛している女の子があたしだと気付く。そしてルリ姉をあっさりと捨ててあたしをお嫁さんに選ぶTrue Routeを進んでもらわないといけないんだから」

「「おいっ!」」

 俺と瑠璃の声が揃った。

 本気かどうかは知らないが日向ちゃんは油断のならない子だった。

 いや、俺に小学生に手を出す趣味はないからな。恋人の妹に手を出すなんてそんなことは……いや、俺には妹の友達に手を出すという前科があるのだけど。

「まったく、日向は油断も隙もないわね。泥棒猫は不幸な末路を辿るわよ」

「ビッチさんの知らない所で高坂くんにこっそり近付いて彼女の座をゲットした真泥棒猫なルリ姉に言われたくないよ」

 姉妹は静かに、けれど激しく視線の火花を散らしている。

 

「わぁ~~♪ きょうすけにーさまですぅ♪」

 姉妹喧嘩が始まってしまいどうしようかと思っていたその時だった。

 五更三姉妹の末っ子、とびきりの癒やし系担当の珠希ちゃんが部屋の中へと入ってきた。

 珠希ちゃんは嬉しそうに俺に抱きついてきた。

「はっはっは。珠希ちゃんの大好きな京介お兄さまだぜ♪」

 珠希ちゃんの頭を撫でながら将来の義理の妹の愛情に応える。

 こんなギスギスした空気の中だとマジ癒されるわ。つうか姉2人怖い。

「「チッ! このペド野郎め」」

 瑠璃と日向ちゃんの声が揃った。どうして瑠璃と桐乃といい、瑠璃と日向ちゃんといい俺をなじる時だけこんなにも息が揃うのだろう?

「珠希ちゃんの頭を撫でているだけなのに、ひでえ……っ」

 昨今の冷淡すぎる社会の風潮は大人が子供に愛情を示すことさえ犯罪とみなす。ギスギスしすぎて嫌だ。

「貴方は妹という存在をあまりにも特別視するのだから、警戒するのは当然よ」

「高坂くんは小学生であるあたしがストライクゾーンなんだから、当然たまちゃんもストライクゾーンに入っているでしょ」

「ちょっと待て。日向ちゃんの理屈は明らかにおかしい」

 確かに日向ちゃんのことは可愛いと思うし好きだ。だが、恋愛対象として見ているわけじゃない。そこの所の線引きはちゃんとしてもらわないと、今後二度と女子小学生たちと会話できなくなってしまう。

 犯罪者にされるかもと恐れて少女たちと会話することさえも躊躇ってしまう社会を作ってはならないんだッ!!

 そんな社会では、少女に危機が迫った時でも見てみぬフリをしてしまいかねないッ!!

「たまきはにーさまのことがだいすきです♪」

「俺も珠希ちゃんのことが大好きだぞ~♪」

 目を細めながら珠希ちゃんの頭を一段と丁寧に撫でる。

 俺のことをすぐにロリペド犯罪者のフレームに入れて見たがる姉2人のようにはこの子にはなって欲しくない。心の底からそう思う。

「たまきはおおきくなったらにーさまのおよめさんになります♪」

「はっはっはっは。珠希ちゃんがお嫁に来てくれるなら、一生独身で過ごす心配はなくなっていいなあ~」

 無邪気な珠希ちゃんの頭を更に撫でる。そう、これだよ。幼女ってのは下心なしに純真にお嫁さんになりたいという夢を語る存在じゃなくっちゃ♪

「京介のお嫁さんは私でしょう? 浮気は……厳罰よ」

「高坂くんのお嫁さんになるのはあたしなのに。浮気は……おしおきだよね」

 2人は手に手にバールのようなものを振り上げた。

「たまきのおむこさんをいじめちゃだめです」

 珠希ちゃんは身を呈して俺をかばう体勢を取る。ええ娘やなあと思うと同時にどうして俺は瑠璃や日向ちゃんにこんなに信用がないんだろうなあと悲しくなる。

「珠希……冷蔵庫に入っているプリン食べていいわよ♪」

「わ~いですぅ~♪」

 珠希ちゃんは笑顔を綻ばすと部屋を出て行った。フッ。無邪気すぎるぜ……。

「京介……何か言い残すことはある?」

「珠希ちゃんにはお姉さん2人のような凶暴性は持たない子に育って欲しいなあ」

「高坂くんの遺言……叶うといいね♪」

 瑠璃と日向ちゃんの笑顔と共に俺の記憶はプッツリと途絶えた。

 

 

「せっかく高坂くんが家に遊びに来てくれてるのに寝てばっかりでつまんないよぉ~」

「まったく、妹たちの遊び相手も満足に務められないなんて。とんだ駄犬ね。更なる調教が必要だわ」

「俺をボコって気絶させたくせに言いたい放題言ってくれますね、おふたりさんっ!」

 午後4時30分。瑠璃に膝枕されながら、俺をこの状態に追いやり、なおかつクレームを付けてくる2人に反論を評した。ていうか耳元でグチグチ言われるとさすがに堪らない。

「あら? 私に膝枕されて頬を終始緩ませている貴方に文句を言う資格があって?」

「その前にあたしに膝枕されてる時もチョー幸せそうな顔してたよねぇ~」

 この姉妹、相変わらず痛い所をピンポイントで突いてきやがる。しかも、日向ちゃんは桐乃の影響を悪い方向に受けている。

「たまきもきょうすけにーさまにひざまくらしたいですぅ~」

 珠希ちゃんが近付いてくる。

「珠希にはまだ早いわっ!」

「身長145cm未満のお客様は安全のためにご遠慮くださいなんだよ」

 俺への膝枕はジェットコースター搭乗と同じなのだろうか?

「でも……たまき。きょうはきょうすけにーさまとぜんぜんあそべてないですぅ」

 珠希ちゃんが泣きそうな表情になってしまった。

「ちょっと、京介のせいよ。何とかしなさいよ」

 瑠璃に肘を突付かれる。

「あ~あ。これは京介くんに明日どこかに連れて行ってもらわないとたまちゃん泣いちゃうねえ」

 ニッヒッヒッヒと笑いながら日向ちゃんが付け足す。どうやらそういう話らしい。

 とはいえ、そんなに金銭的な余裕はない。

 受験期間中はバイトどころではなかったし、大学に入学してからバイト探せば良いと思っていたので受験が終わってからも経済活動はして来なかった。

 遊園地やその他お金の掛かる施設に連れて行くのは厳しい。となると……。

 寝た姿勢のまま窓の外を見る。庭に名前をよく知らない綺麗な花が何輪か咲いているのが見えた。その黄色や白い花を見た瞬間にパッと思いついた。

 

「そうだ。明日はみんなで花見に行こうぜ。季節限定イベントだ」

 

 我ながらいいアイディアじゃないかと思った。

「花見ってこの近所で?」

「どうせなら東京見物も兼ねてさ。上野辺りに行ってみようぜ」

「でも、場所取りが大変なんじゃないの? 全国区の名所なのだし」

「俺たちにとっては春休みでも、大人たちにとっちゃ平日の昼間だからな。そんなに混まないだろう。それに歩いて回るのをメインとするつもりだから腰を下ろして座れるスペースがあればラッキーぐらいの感じで行こうぜ」

 頭の中で明日の計画が喋りながら練り上がっていく。みんなで桜の園の中を回るのはそれだけで楽しいことなんじゃないだろうか。

「でも、それだとお昼のお弁当をどれぐらい作れば良いのか困るのよねぇ……」

 瑠璃が天井を見上げながら難しい表情をしてみせた。確かにシートを敷いてどっしりと腰を下ろした状態でワイワイ食べるのと、最悪立ったまま食べるのではお弁当の消費量は段違いだろう。

「なら明日瑠璃は家事を休業ってことで、どっか店入って食べようぜ。勿論俺の奢りでな」

「でも……いいの?」

 瑠璃はちょっと心配そうな表情。

「ランチセットはどこの店にもあるだろうから大丈夫さ」

 昼食ぐらいは元々俺が持つつもりだったし、さすがにそれぐらいの余裕はある。何より俺が提案したお花見で瑠璃の負担ばかり増やすのは本意ではない。

「たまきはきゅあはっぴーせっとがたべたいですぅ~♪」

「たまちゃんはプリキュア大好きだもんねえ。おまけ欲しいよね♪」

 珠希ちゃんが笑顔で手を挙げて日向ちゃんが笑顔で応えた。

「そうかそうか。珠希ちゃんはお兄ちゃんの財布に優しいいい子だなあ~♪」

 マグロナルドでの食事(伏線)なら俺の腹も痛まない。実に心地いい提案だ。

 さて、残るは瑠璃だが……。

「う~ん」

 難しい表情をしながら唸っている。マグロナルドでの食事が引っかかっているようだ。

 別に瑠璃自身はファーストフードに抵抗はない。桐乃や沙織たちとよく一緒に行っている。俺とのデート中にも立ち寄る。

 だが、妹たちの健康にうるさい長女さまは特にまだ幼い珠希ちゃんがファーストフードで食事することを快く思っていない。

「ねえさま……だめ、ですか?」

 珠希ちゃんのウルウルお目目が瑠璃に向けられる。

「…………ハンバーガーは月に1度だけよ。約束できる?」

「わ~いですぅ~♪」

 瑠璃はあっさりと陥落した。

「……俺のことを散々シスコンだ妹に甘すぎるだの何だの言っておいて瑠璃も立派なシスコンじゃねえか」

「妹が可愛いは正義だから仕方ないのよ」

 瑠璃はわずかに俺から視線を逸らした。

「俺は恥ずかしがる瑠璃も可愛いと思うけどなあ」

「…………ばかっ」

 瑠璃の顔が真っ赤に染まった。

 

「チッ。幼い妹たちの前だってのに、盛ってやがるよコイツら」

 日向ちゃんが蔑んだ瞳で俺を見る。うん。さっきの桐乃と同じ目だ♪

「じゃあ、あたしがなすべきこととしては、明日の花見にビッチさんを召喚してルリ姉と高坂くんのラブラブ空間創出を阻止することだね」

 日向ちゃんは瑠璃の携帯を手に取ると電話を掛け始めた。

「ひっ、日向っ!? 貴方、トチ狂ったの? 桐乃を呼ぶなんて正気っ!?」

「日向ちゃんっ! 止めるんだ。バルズは時と場合をよく選んで唱える呪文なんだっ!」

 日向ちゃんと珠希ちゃんの前にあの妹萌えのケダモノを差し出すなんて危険すぎる。

 血迷ったか、日向ちゃんっ!

「フッフッフッフ。ルリ姉と高坂くんがあたしたちをビッチさんから守るのに手一杯になれば、桜の園の中でもいい雰囲気になってはいられないはず。毒を喰らわば皿までだよ」

 日向ちゃんは壮絶な覚悟を決めていた。花見ってそんな悲壮な覚悟で挑むイベントだったのか?

 

『もしもし、黒いの? 部活終わってこれから帰ろうって時に何の用よ?』

 部活が終わったらしい桐乃の面倒臭そうな声がスピーカーを通じて聞こえてきた。

「あっ、ビッチさん。あたしあたし」

 日向ちゃんは受話器に向かって楽しそうに笑いかける。

『その呼び方は……もしかして日向ちゃ~~ん♪』

 桐乃の声が急にデレた。受話器越しに聞いていても気持ち悪い。多分今、部室にいる陸上部員たちは桐乃から大きく引いているに違いない。

『日向ちゃんから電話が掛かってきたぁ~~♪ うっひゃぁ~~~~っ♪』

 何がうっひゃぁ~~だ。お前の周りで変態と化したその声を聞かされている子たちこそがうっひゃぁ~~~~だ。

『で、何々? 何なの? アタシにプロポーズだったりするのかなぁ~? だったら、アタシ、今すぐ受けちゃうよぉ。それで今夜から日向ちゃんと……グッヘッヘッへ』

 どう聞いても犯罪者の声で犯罪者の発生です。

「これが貴方の妹よ」

「すみません……」

 膝枕されたまま神妙に謝罪する。

「未成年の妹の教育は年長者の家族の義務ではなくて?」

「本当にすみません……」

 冷たい瞳で淡々と語る瑠璃に反論できない。桐乃が小学生だった時に、もっと優しくしていてやれば。ラノベやエロゲーに登場する典型的お兄ちゃん大好きっ娘に育っていてくれたなら。こんな妹の醜態を聞かされることも彼女に怒られることもなかった。

 全ては……俺のせいだ。

「あたしがビッチさんにプロポーズなんて100回生まれ変わってもありえない与太話は置いておいて~♪」

 日向ちゃんは強かった。桐乃の変態言動を何とも軽くスルーしてしまった。

「妹は……姉や兄が知らない間に強く、大人になっていくのね」

「ああ。まったくだ」

 自分が酷く年寄りになった気分だ。瑠璃ばあさんと老後をひっそりと生きようか。そんな気分になってくる。

「ビッチさん。明日あたしたちと一緒にお花見行かない?」

 そして日向ちゃんはあっさりと本題を切り出した。あれだけの変態ぶりを聞かせられたのに勇気がある子だ。

『えっ? 明日…………?』

 一も二もなく了承すると思っていた桐乃が戸惑いの声を出した。

『明日、以外の日に変えられないかしら? ほら、明後日もお花は綺麗だと思うし……』

 桐乃の困った声を聴いた瞬間、俺と瑠璃は顔を見合わせた。そして同時に頷きあった。

「「お花見は必ず明日決行だ(よ)ッ!!」」

 日向ちゃんは俺たちを見ながらクスッと大人の笑みをみせた。

「年長者がお花見は明日必ず決行だって」

『…………じゃあ、行けない。ごめん。無理』

 先ほどと打って変わってテンションが地に落ちた妹の声が聞こえてきた。

『明日はね。明日はね……聖地でリアル洋ロリちゃんのコスプレショーがあるの』

 意訳すると明日は秋葉でブリジットちゃんがメルルイベントに出るということになる。

『リアル洋ロリちゃんの陵辱監禁調教ゲームをプレイしたアタシとしては、ゲームと同じことがしたくて堪らないの。だから……ごめん。うっうっうっ』

 桐乃の涙声が聞こえてきた。

 言うまでもなく犯罪者の理屈だ。知ってるか。俺たちのオヤジって警察官なんだぜ。

『アタシには…アタシには滅多にお目にかかれないリアル洋ロリちゃんを明日お持ち帰って部屋の中で飼うという大切な使命があるの。だから、行けないのっ!』

 部活仲間が気を利かせて警察に訴えていないかちょっと心配だ。まあ、そうしたらオヤジの出番だけどな♪

「チッ! 肝心な時に役に立たないよね。これだから妹キャラってヤツは薄い本要員でしかない」

 日向ちゃんは大きく舌打ちを鳴らすと電話を切ってしまった。

 そして息つく間もなく桐乃からの電話を着信拒否にしてしまった。

 俺はかつて、女子中学生あやせからの着信拒否を知って泣いたことがある。桐乃もまた女子小学生からの着信拒否を知れば泣くことになるに違いない。

 自業自得とはいえ……哀れだな、妹よ。

 

「というわけで、明日は4人で上野にゴーだね♪」

 日向ちゃんは桐乃とのやり取りを完璧になかったことにして笑顔を見せた。

「じゃあ、もう夕方になることだし、高坂くんは今夜この家にお泊りってことで決まりだね♪」

「ちょっと何を勝手に!?」

「それで高坂くんには夜中たっぷりとお父さんと親睦を深めてもらうの。ほらっ。あたしと高坂くんの将来のために絶対に必要な過程だから」

「だからそれ、俺にとっては針地獄にいるのと変わらないんだってば!」

 まだ結婚してない、しかも高3に戻ってしまった俺が瑠璃のお父さんと何を話せと?

「ちなみに……断ったら髪の匂いが同じ件をお父さんに言っちゃうから♪」

 日向ちゃんは極上の笑顔を浮かべた。

「瑠璃さん……今日、泊めてください」

 俺は居ずまいを正して瑠璃に土下座した。

「夕飯の買い物に行くから京介には荷物持ちをしてもらうわ」

 こうして俺は五更家にお泊りすることになったのだった。

 

「京介さん……こっちの方が桜の花が満開で綺麗ですよ。早く来てください♪」

 愛しい彼を手招きしながらわたしの元へと誘います。

「ああ、今行くぜ。あやせ」

 この度婚約を結んだ彼はゆったりとした優雅な足並みでわたしの元へと歩いてきます。

 真っ白いタキシード姿が凛々しいです。

「……綺麗だな。本当に」

 京介さんはわたしの正面に立つと静かに、けれどしみじみと告げました。

「はいっ♪ この周辺で一番綺麗な桜なんじゃないかと思います♪」

 京介さんに頷いて答えます。

 今日のこの桜の園はまるで貸し切りのように人の姿がありません。

 だから、綺麗な桜を二人占めし放題です♪

「違うさ。俺が綺麗だと言ったのは……」

 京介さんの右手がわたしの頬に触れました。

「お前のことさ……あやせ」

 京介さんの白い歯が光りました。

 

「あやせ……」

 先ほどより1オクターブ高い京介さんの声。

「はい。何でしょうか?」

 頬に手を当てられたままうっとりした表情で彼に尋ね返します。

「お前を見ていたらムラムラしてきた。さっそく今から子作りしようぜ♪」

 京介さんは笑顔で提案しました。でも、その内容は普通ではありません。

「えっ? 今から? ここで、ですか?」

 京介さんのあまりにも突拍子もない提案に動揺してしまいます。

 幾ら、わたしたちが婚約を結んだ間柄とはいえ……。

「いっ、今。昼間ですよ!? ここ、屋外ですよっ!? だ、男性との初めての体験がそんな、あ、青何とかだなんて、恥ずかし過ぎて無理ですってばぁ~っ!」

 わ、わたしにだってプランというか妄想はあります。

 京介さんと初めて結ばれるシチュエーションについてです。

 それは窓の外に見える湖が綺麗な静かなペンションで、お酒の力も借りてムードを盛り上げたわたしたちは永遠の愛を確かめ合うというものです。

 男女の愛の営みに対してわたしには具体的な知識も経験もありません。だからその時がきたら全部京介さんにお任せしようと思っていました。

 でもまさか、こんなタイミングで求められてしまうなんて……。

「あ、あの、その。わ、わたしは京介さんとの結婚がもう決まっています。わたしの人生は全部あなたのものです。ですから、その、急ぐ必要もないので、そういうことは…後日にしていただくわけには……」

 京介さんのことは大好きです。愛しています。

 でも、わたしの心の準備はまだできていません。

 今日のお花見では、キスができれば上出来かなと自分では考えていました。でも、そんな感じだったので、体を求められているという事態に対してどう対応していいのか分かりません。でもそんなわたしの弱気な提案を京介さんは受け入れてはくれませんでした。

「ダメだ。俺は今すぐあやせが欲しいんだ」

 京介さんの返答に迷いは一切見られません。その真っ直ぐな瞳はわたしを本気で欲しているのです。

 それを理解してしまった瞬間、わたしには相反する2つの感情が発生しました。

 一つは愛する恋人のために彼の願いを叶えてあげたいという気持ち。そしてもう一つは未知の体験に対する怖さです。

 どちらもわたしにとっては重要なことでした。京介さんに嫌われたくない。でも、幾ら好きな人でもこんな場所で初めて身を任せるのは怖い。

 揺れ動くわたしの心。けれど、京介さんはわたしが答えをきちんと出すまで猶予をくれませんでした。

 

「もう、我慢できねえっ!」

 京介さんはわたしの右手を引っ張って体を引き寄せました。

 わたしの上半身が京介さんの胸の中へと入っていきます。そしてお兄さんの左手がわたしの背中へと回されて強い力で抱き寄せられたのでした。

「きょ、京介さん……く、苦しいですっ」

「ああ~いい匂いだ。さすがはあやせ。俺の嫁となるに相応しい女」

 京介さんは鼻を鳴らしながらわたしの頭の匂いを嗅ぎ始めたのです。

 スンスンと鼻から空気を吸い込む音が……獣を連想させました。

 わたしには選択を提案できる時間がもう残り少ない。それがハッキリと予見できました。

 だから、今選べる最善の提案を早く述べてしまおう。そう事態を把握しました。

「あ、あの、せめて、ここじゃなくて……ほ、ホテルに場所を移してくれませんか? こ、こんなお外で初めてなんて……はっ、恥ずかしいです」

 自分からホテルに男性を誘う。新垣家の娘として貞淑なレディーに育つように躾けられたわたしとしては死んでしまいそうになるほど恥ずかしい提案でした。

 でも、このまま京介さんのペースに乗せられてこんな所で初体験を迎えたら……比喩でなくわたしは羞恥心で死んでしまう。それをハッキリと悟ったのでした。

 だから、どんなに恥ずかしくても、京介さんの将来の妻として愛を確かめ合うためにホテル行きを提案したのでした。でも……。

「やだね」

 京介さんはわたしの死ぬ覚悟での提案をあっさりと蹴ったのです。

「どっ、どうしてですか?」

「俺が今ここであやせをモノにしたいって欲情しているから」

 京介さんはとても意地の悪い笑みを浮かべたのです。

「モノにしたいって? 欲情しているって?」

 京介さんの口から突如飛び出た下品な言葉に呆然とします。

 でも、お兄さんの粗野な言葉はそれだけに収まりませんでした。

「そうだな。より正確に言えば俺は今からあやせのことを滅茶苦茶に犯してやる。そう表現した方が誤解が少ないだろうなあ」

「おっ、犯すって!?」

 急に身に危険を感じて京介さんの体から離そうと全身に力を篭めます。でも、抱き締められているこの体は少しも動きません。

 京介さんはか弱い少女のわたしでは振り解けない強い力で抱き締めていたのでした。

「はっ、離してくださいっ!」

 声を張り上げて必死に抵抗します。でも、まるで意味を成しません。

「やだね。俺はもうあやせをモノにするって決めたんだから。逃がすわけがないだろ」

 京介さんは邪悪に顔を歪めて笑ってみせました。

「ど、どうしてなんですか? わたしは、京介さんの婚約者なんですよ。こ、こんな乱暴なことをしなくても、わたしのことは…その、後で幾らでも好きにできるのに……」

「だからだよ」

 京介さんは両腕でわたしを強く抱き締めました。

「俺が一番燃えるのは……女を無理やりモノにする時なんだよ。従順で初心なお嬢さまを相手にするなんてのは、俺にしてみればダッチワイフ相手にしてんのと変わらんねえんだよっ!」

 京介さんが無理やり唇を押し付けてきました。

「うっ…………ウプッ!?」

 キス自体は初めてのことではありません。京介さんとは既に何度か済ませています。

 でも、こんな風に荒々しく、もっと言えば無理やり唇を奪われたのはこれが初めてのことでした。

「プハァ~♪ やっぱり女の唇は無理やり奪っている時がゾクゾクして堪らないよなぁ~っ♪」

 京介さんは実にご満悦な表情を浮かべています。その表情を見て、わたしはひどい失望を抱いたのでした。

「きょ、京介さんがこんな男性だったなんて……」

 知的で優しくて紳士的で親身になってくれて。理想の男性だと思っていたのに。実はこんな女を弄ぶことに愉悦を感じるような男だったなんて……。

「男に対してまるで無知なお嬢さまがようやく俺という人間の本性に気付いてくれた所で……」

「えっ?」

 京介さんはわたしの体を桜の樹の幹に強引に押し付けると、両手を右手で押さえつけて抵抗を封じたのでした。

「さてさて。お待ちかねのメインディッシュ。あやせたんの純潔を料理する時が来たようだな」

 京介さんは紳士の仮面を捨て去って、欲望に満ちた下品な表情でわたしを見下ろします。

「そ、そんなの嫌ですっ! わたしは、あなたになんかこの身を捧げたりはしません!」

 体を左右に振って必死に抵抗します。

 京介さんの裏の下衆な面を見せられてしまい、わたしはもう京介さんと人生を共にする気が失せてしまっていました。当然、この身をゆだねる気持ちもです。

「そうそう。この表情♪ 信じていたものに裏切られて憎しみを向けるこの表情♪ この状態の女を無理やり滅茶苦茶にしてやるのが最高の快楽なんだよなあ~♪」

 京介さんはあまりにも下卑た思考の持ち主でした。

 そしてそんな彼の策略にわたしはまんまと嵌ってしまったのです。

「わ、わたしはあなたには屈しません!」

「そう強がっている女が泣き叫びながら俺に許しを請い、やがて快楽に堕ちていく様を見るのが俺には最高のご馳走なんだよ」

 京介さんの左手がわたしの胸に向かって伸びてきます。

 その手にはわたしに対する思いやりの色はまるで見えず、手を操るその瞳にはわたしに対する愛情が一欠けらも見えません。

 わたしは、わたしは……。

「嫌ぁあああああああぁあああああああああああああぁっ!!」

 心の底からの絶叫を放ちました。

 でも、その心の叫びが誰かに聞こえることはありませんでした。

 そしてわたしの苦痛に満ちた悲鳴は1日中止むことはありませんでした。

 

 

……

………

 

 

「春一番を利用してスカートが捲れ上がった瞬間にお兄さんの野獣が目覚めるという展開の方が荒々しさが表現できて良かったかも知れませんね~~♪」

 今日の目覚めは爽快でした。

 とても良い夢を見ていた気がします。どんな内容だったのかはほとんど覚えていませんが、お兄さんと甘いひと時を過ごした内容だったと思います。

 

「さて、4月になりました。わたしもいよいよ中学3年生。今年は勝負の年なんですっ!」

 拳をグっと握り締めながら立ち上がります。

 そう、今年は勝負の年。絶対に負けられない年なのです。何故なら──

「お兄さんのハートをゲットして、中学卒業と共に同棲。そして16歳の誕生日にはゴールイン。そのデスティニー・レコードを達成するために残された時間は後1年しかないんですっ!!」

 わたしは昨日、4月1日に今後の人生プラン(デスティニー・レコード)を作成してみました。

 その結果、高校には進学しないことが決定しました。代わりに家庭に、お兄さんのお嫁に行くことが既定路線になったのです。人生プランに記してしまった以上もう変えられません。

「これでわたしは受験とは無縁の存在になりました。ですが、代わりに花嫁修業にはこれまで以上に気合を入れなければなりませんね」

 鼻息荒く新学年の抱負を語ります。やることは今年もたくさんあります。

「そして、わたしが目標を達成するに当たって邪魔になっているのは……あの泥棒猫の存在ですよね」

 大きな舌打ちが鳴り響きました。

「あの女さえいなければ、お兄さんがわたしをお嫁さんにするのはもう決定事項であるのにぃ…………っ!!」

 泥棒猫の人を小馬鹿にする笑顔が脳裏に思い浮かんで頭にきます。

「でも、黒猫さんが笑っていられるのも今の内です。わたしがお兄さんを寝取ってみせますから。先に赤ちゃんを宿した方が勝ちなんですっ!!」

 右手を天井に向かって突き上げます。

 わたしの見た所、あの2人は付き合っているといっても、まだ清い交際に違いありません。だってお兄さんは筋金入りのヘタレですから。そして黒猫さんは極度の恥ずかしがり屋ですから。

 つまり、2人が少年誌な恋愛ごっこを営んでいる間に、わたしが少女漫画な現実を突きつけてやります。

 そして、京介さんそっくりな男の子を抱きながら黒猫さんに向かって

『わたしと京介さんの愛の結晶なんです。黒猫さんと京介さんの間にはどうやら愛はなかったようですね。プススス』

 と勝ち名乗りを上げたやるのです。そして、その時は刻一刻と近付いているのです。

「この春休みを利用して動かない手はないですよね」

 今日できることは今日やる。

 わたしの長年の信条である『悪・即・斬』に従って早速行動に移りたいと思います。

 

「さて、問題はどうやってお兄さんと遭遇していい雰囲気に持ち込むかですが……」

 頭を捻ります。

 というのも、口惜しいですが現在お兄さんは泥棒猫さんとお付き合いしています。

 以前のようにわたしの方から連絡を取っていちゃもんを付けながら2人きりの時間を楽しむというわけにはいきません。

「あの女……彼氏の携帯の履歴をチェックしているんですよね」

 思わず舌打ちが出てしまいます。

 お兄さんも最近は黒猫さんがいない時にはわたしたちに気軽に会ってくれません。

「となると、やはり必然という名の偶然を使うしかありませんよね」

 お兄さんが現れそうな場所に予め張り込んで、みつけたら偶然を装ってお話を開始。そして一気に略奪愛。わたしに取れる最も効果的な戦略です。

「そうなると、お兄さんがどこに現れるかですが……」

 今は4月2日。春休み中。

 これから高校3年生に上がるお兄さんがどこに外出するかですが……。

 

⇒ メルル3期。キタキタキタァ(*゚∀゚*)(*゚∀゚*)キタァ~~~~~~っ!!

 

  京介さん……こっちの方が桜の花が満開で綺麗ですよ。早く来てください♪

 

「そう言えば桐乃が今日はメルルのイベントだって言っていましたね。確か、加奈子とブリジットちゃんがメルルとアル役で出るはずの」

 秋葉原で行われるイベントの存在を思い出しました。

 ちなみに桐乃というのはお兄さんの妹です。わたしと桐乃は強いて言うなら想い人の妹という間柄です。

 加奈子は同じ事務所に所属しているモデル仲間です。ブリジットちゃんはわたしの大切な妹分です。

「桐乃がお兄さんに付いてくるように命令する可能性は高い。お兄さんも加奈子やブリジットちゃんに会えるなら断れないはず。つまり、今日お兄さんは秋葉のイベントに参加するので間違いありませんッ!」

 答えは得ました。

「フッ。お兄さんが現れるということは加奈子もまた燃え上がるはず。わたしは黒猫さんにも加奈子にも桐乃にも負けるつもりはありませんよ。あっはっは。あっはっはっはっはっは」 

 千葉市の午前6時前の空にわたしの大笑いの声がこだましたのでした。

 

「かなかなちゃん。何か元気ないように見えるけど大丈夫?」

 メルルイベント1時間前の楽屋の中、ブリジットはやたら心配げな瞳であたしの顔を覗き込んできた。

「そんなダメそうな顔をしているのか、あたし?」

 鏡に映っている自分の様子を確かめてみる。

 白くて派手な衣装にランドセル。髪はどぎついピンクのウイッグ。

 どっからどう見てもメルル。言い換えれば小学生の少女。

 それが今のあたし。

 鏡のあたしはとても嫌そうな表情であたしを見返している。

 何でそんな顔をしているのか原因は明らかだった。

「いやさ。あたし、来週から高校生じゃん。なのに、小学生のコスプレがこんなに似合うってどうなんよって思ってさあ」

 あたしはモデル事務所でもロリキャラ、色物キャラとして売ってきた。そのポジショニングのおかげでこういう特殊なイベントではそれなりの需要はある。

 中学3年の時はそれでいいと自分に言い聞かせてきた。アイドルスターにのし上がるための通り道と。でも、高校生に上がろうという今になるとそれでいいのか迷ってしまう。

「でも、日本で、ううん、世界でかなかなちゃん以上にメルルがよく似合う女の子っていないと思うよ」

 ブリジットは幼いなりにあたしのことを励ましてくれている。

 その心遣いは嬉しい。でも、でもだ……。

「ロリキャラを売りにしてたんじゃ……あたしはアイツに、瑠璃に勝てないんだよ」

 京介の隣にいつもいる少女。あたしがなりたい京介の彼女というポジションにいるのが五更瑠璃という存在。

 アイツに勝つには、ロリキャラなんてポジションではいられない。あたしもアイツ以上の大人の女にならなくちゃ……。

「かなかなちゃんはまだ京介お兄ちゃんのことを諦めてないの? 京介お兄ちゃん、もうとっても仲良しな彼女さんがいるのに」

 ブリジットの一言はあたしの心を抉った。

「まっ、オメェの言う通りなんだけどな……」

 天井を見上げながら息を吐き出す。

「そんな簡単に諦められねえんだよ。なんせ、生まれて初めて本気で好きになっちゃった奴だからさ……」

「未練たらたらなんだね」

「もうちょっとオブラードに包んで言ってくれ。泣けてくる……」

「あわわわわ。ご、ごめんね。日本語って難しいから、まだ表現よく分からなくって」

 当惑するブリジット。その落ち込みぶりを見ていると逆に申し訳ない気分になる。

「あたしが言っておいてなんだが、あんまり気にするな。オメェは何も間違ったことは言ってねえし」

 ブリジットの頭を撫でてやる。

 イギリスからやって来た少女は必死になって日本語を勉強して未練たらたらなんて表現を使った。その上達ぶりを褒める所だよな。

 あたしは、この子の姉貴分なのだし。

 

「かなかなちゃん。前と変わったよね」

 頭を撫でられて気持ち良さそうな表情を見せながらブリジットは呟いた。

「そうか? なんか変わったか?」

 自分の姿を見てみる。

 あまり考えたくねえが、あたしの成長期は終わってしまったような気がする。

 身長は去年からほとんど伸びてない。150センチの大台には届きそうにない。

 それに伴って……体型の方もな。残念ながら幼児体型という言葉があたしにはピッタリだ。そんなあたしがブリジットの目には変わったように見えるのだろうか?

「うん。かなかなちゃん。何だかとってもお姉さんになった気がするの」

「そうか?」

 ブリジットの言っていることが上手く飲み込めなくて首を捻る。

「あたしは前からずっとブリジットの姉貴分だっただろう?」

「うん。そうなんだけどね……」

 ブリジットはモジモジと体を揺らして恥ずかしそうに顔を伏せた。

「そのね。前はかなかなちゃんのことを……本当は同い年ぐらいのお友達に思ってたの。背もわたしの方が大きいし、かなかなちゃんの行動ってあんまりお姉さんっぽくなかったから」

「………………まっ、ガキだったのは確かだからな」

 目を瞑ってブリジットの意見を受け入れる。

 逆ナンとかして得意になっていた自分を今にして思えばぶん殴ってやりたい。

「でも今のかなかなちゃんは……すっごくお姉さんって感じがするの」

「そっか……」

 天井を見上げる。別に何かが見えるわけじゃない。でも、何となく見上げてしまう。

「少しは大人に近付いているって思っていいってことなんかなあ?」

 大人になるってどういうことなのか自分じゃよく分からない。

 でも、ブリジットが認めてくれたということは、少しは前に進めていると思っていいってことだろうか。

「まあ、京介のことを諦められねえ以上、頑張るしかねえよな」

 来週、あたしは京介が通う高校に入学する。

 それは京介と瑠璃の仲の良さを見せ付けられる毎日を過ごすことを意味している。

 でも、それでもあたしは京介がいる高校に進学したかった。それ以外の進路は考えられなかった。

「うん。頑張るっきゃねえな」

 多分あたしの努力は徒労に終わる。

 それは分かっている。理解している。覚悟している。

 でも、それでもその艱難辛苦の道を歩こうってあたしは決めたんだ。

 

 

「加奈子ちゃ~ん。ぶりじっとちゃ~ん。そろそろ最終打ち合わせだから準備してね~」

 今日マネージャーの仕事をお願いしている田村麻奈実師匠が入ってきた。

 スーツ姿の師匠はあたしと違って本物の大人の雰囲気をよく醸し出している。

 それはそうだ。師匠は後数日で大学生になるのだから。

「よっしゃっ! 気合入れていくぞ、ブリジットっ!」

「うんっ!」

 勢いを付けて椅子から立ち上がる。

「気合入っているね~加奈子ちゃ~ん」

「あたしは前に進むって決めたからな」

 師匠からの問いかけに拳を握り締めながら返す。

「そうだね~。加奈子ちゃんだけは進むを選んだんだもんね~」

 師匠はニコニコして嬉しそうだ。

「そういう師匠こそ進むを選んだじゃないっすか」

 師匠はこの春から大学生。

 すなわち、京介がいない大学生活をスタートさせるルートを選択した。

「わたしは別にきょーちゃんのことを諦めたわけじゃないんだよ~」

 以前より伸ばした髪を触りながら師匠は照れ臭そうに言った。

「麻奈実から麻奈姉にジョブチェンジしようと思ってね~。わたしはわたしなりのきょ~ちゃんとの向き合い方を模索し続けるんだよ~♪」

「毎日一緒にいられる同級生のポジションを蹴って、姉キャラに転向……やっぱ師匠はパネェっすね」

 笑いが漏れ出た。

「わたしはいつだって自分にできることを一生懸命やるだけだよ~♪」

 師匠も釣られて笑った。

「かなかなちゃんも麻奈実お姉ちゃんも楽しそう~♪」

 ブリジットも一緒になって笑った。

 

 あたしや麻奈実師匠が進んだ道は多分あたしたちを満足させてくれるほどの結果は生まない。

 でも、それでも歩み出さずにはいられない。歩み出したかった。

 

 そう、これがあたしと麻奈実師匠の選択。

 

 あたしたちが選んだ道だった。

 

 

 

 了

 

 

 


 
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