No.567090

ディレクトリダイバーズ ディジタルアナーキストの挑戦(1)

Studio OSさん

時は20××年。複雑化したコンピューター・ネットワーク社会におけるトラブル解決のエキスパート。人は彼らを『ディレクトリダイバー』と呼んだ。

2013-04-17 20:06:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:330   閲覧ユーザー数:330

 時は20××年。毎日、サラリーマンなオジサマ達が電車に揺られてよだれを

垂らしているうちにも、コンピュータとその環境は確実に進歩をとげていた。

 会社の各デスクには高性能の個人用の端末が設置され、義務教育からコンピュータと

戯れてきた世代が当然のごとくディスプレイの前で仕事をこなしている。

 彼らのいる建物には膨大なデータが蓄積された中央処理システムがあり、

発生する熱は熱交換システムを利用して社内のエネルギーに還元される。

 そんな時代になったのである。

 

 テラ・ラインと呼ばれる高速広帯域ネットワークが世界を結び、誰もがその恩恵に

あずかっていた。

 

 しかし、メリットだけではない。極めて肥大化したシステムでは、データの行方不明、

盗難、破壊、AI(人工知能)に対するいじめやセクハラ、失踪や誘拐事件の他、

前世紀から存在していたディジタルアナーキストらによる”ハイパーワーム”の被害が

問題になっていた。

 これらのトラブル専門の敏腕システムエンジニアが活躍を始めたのもこの頃である。

 

 人は彼らを「ディレクトリダイバー」と呼んだ。

 

 

***************

 

 

 「んじゃ、どーもねー」

 「あ、おつかれさまぁー」

 

 ここは某企業本社ビル。

 若い女性がシステムのメンテナンスを終えて出てきたところだ。

 赤いベレー、ライトパープルのジャケット、タイトジーンズにスニーカー。

 オフィスにはちょっと似合わないラフな格好の彼女の名前は”山岡なつき”。

世に「ディレクトリダイバー」と呼ばれる者の一人である。

 

 彼女を乗せたエレベータが地上階へと上昇する。

 

 「ディレクトリダイバー」とは、企業や個人、時には国のコンピュータシステムで

生じる様々なトラブルを請け負うフリーのエンジニアだ。緊急なトラブルが起きた場合

呼び出されるケースが多いが、契約した企業のシステムを定期的に見て回るサービスを

する事もある。彼女の今日の用事はそれ。

 

 ぽーん

 

 エレベータホールから玄関ロビーへ向かう廊下へ抜けようとしたその時だ。

 

 「きゃぁあああああああ!」

 

 若い女性の悲鳴。

 ぎくりとする、なつき。

 

 「あの声は!」

 

 大きめのショルダーバッグを抱え直し、勢い回れ右の彼女はエレベータの脇にある

階段を2段抜きで駆け上がり一気に3階へ。

 自動ドアが開くのももどかしく、ディスプレイのずらりと並ぶオペレータ室へ滑り込むと、

いつのまにか右手に握られていたハリセンを唸らせた!

 

 スパァァァアンッ!

 

 「いったぁぁい!ひんひん~」

 「おまーはいったい何時になったらその騒ぎ癖が直るんじゃいっ!」

 「あー、なつき先輩!」

 

 心がなごむ響きの一撃にべそをかくのは、一台の端末の前に座る若いOL。

三つ編みがソバカスの顔をいっそう幼く見せている。

 

 彼女は”橋本愛子”。なつきの大学の後輩である。なつきを慕って、ディレクトリ

ダイバーを目指し、彼女の相棒を勤めたのだが、持ち前のそそっかしさのため

失敗ばかり。しかたなく、彼女の口利きでこの企業のオペレータに就職した

経緯がある。

 もちろん、ディレクトリダイバーを目指したくらいなので、ふつーの女の子より

はるかに優秀であることは確か。会社もなつきのお願いに二つ返事ではあったのだが。

 

 「『あー』じゃないよ、まったく。いつもそうやって騒いでるんじゃない

 だろうねー」

 「ふるふるふる。そんなことない。今日、まだ2回目よ」

 コケる、なつき。

 

 「あう。たのむよ。会社にあんたの就職頼んだあたしの顔つぶすようなこと

 しないでよね。お願いだからー」

 「だって、これ見て、これ…」

 

 「あら、なつきちゃん来てたの?」

 「あ!桜子さん!」

 

 つややかなロングヘアーの美人がメモリパックケース抱えて立っている。

 なつきに”桜子”と呼ばれたこの女性は”高瀬桜子”。かつてディレクトリダイバー

であり、なつきの師匠でもある。

 

 3年前まで2人でコンビを組んでいたが、この会社の若社長に見初められ、結婚。

なつきも密かにそんな玉の輿を狙っている。桜子の美貌を考えに入れない身の程知らず

のなつきである。

 

 社長夫人でありながら、こうして前線で仕事をしたがるのもディレクトリ

ダイバーの血であろう。人柄と面倒見の良さで若いOL達には大変慕われている。

 

 「ひさしぶりね、なつきちゃん。元気だった?」

 「ええ、おかげさまで。愛子のことではお世話になりました」

 「いやねぇ、そんなこと気にしないの。それより、忙しいんでしょ?」

 

 「ねぇねぇ、なつき先輩~」

 

 「いえ、そんなことありません。ここの所、平和で…」

 「じゃ、こんど一緒に食事、行かない?ほら、二人でよく行ってた新宿のイタリア

 料理のお店。最近、場所を移して新装開店したのよ」

 「わあ!嬉しいなぁ。あたし、しばらく行ってなかったんです、あのお店」

 

 「先輩ってばぁ~!ねぇねぇ!」

 

 「明日の夜でもどう?主人、ちょうどニューヨークだから寂しかったの」

 「うー、ヤケちゃうの、ヤケちゃうの!まだ新婚気分なんだからー」

 

 「先輩先輩先輩っ!!!!!!!!」

 

 「だー!!!うるさいっ!いったい何なのよっ!」

 「これ見てってばぁ!」

 

 「!?」

 

 

 べそをかきっぱなしでディスプレイを指さす愛子。

 そこには、

 

       Now, I'm sleeping. But I'll awake soon.

 

 の表示と、古代エジプトのツタンカーメンの棺に似た顔が目を閉じており、

時間がカウントダウンされている。

 

 青ざめるなつき。

 

 はじかれるようにディスプレイから離れると、壁際にある非常用ボタンの

プラスティックシールドを叩き割り、力任せに押す!

 

 グイーム!グイーム!

 

 エマジェンシーシグナルが響き、それぞれの端末に座っていたOL達の表情が凍る。

 

 「なんですかぁ?これ」

 ぽかんとしている愛子。

 ディスプレイをのぞき込んだ桜子は表情を固くする。

 

 「もしかして、これ…」

 「そう、AI搭載のハイパーワームですよ。あいつの、ね」

 戻ってきたなつきがポソリと呟く。

 

 「まだ、生きていたの?」

 「そうらしいわ…」

 

 

 各部署の端末にエマジェンシーサインがともる。

 地下の情報処理センターでは、小型モーターの唸りと共に、一斉に記憶ユニットの

物理遮断と交換が行われているのだろう。

 

 「ハイパーワーム」とはシステムを破壊したりデータを盗む事を目的に作られた悪性

プログラムで、前世紀に”ウイルス”と呼ばれたものとは比べ物にならない

高機能の物だ。時にはAIを搭載したワームがシステムに潜入し、全てを

乗っ取ってしまうこともある。

 

 有名なところでは、201*年に起きた棒翼社の757システム

乗っ取り事件がある。この事件は3日に渡る攻防の末、説得プログラム

”お袋さんは泣いているゾ バージョン3.2”によって、AIワームが投降し、

解決を見たが、この説得プログラムを組んだのが初期のディレクトリダイバーであった。

 以後、ハイパーワームとディレクトリダイバーの戦いは続いている。

 

 「ひんひんひん」

 なつきに問いつめられ、べそをかく愛子。

 

 「いったいどうしてあんたの端末にこいつが出てくるのよ!」

 「ひっくひっく。だって、あたし、自分用に新しい端末もらって、嬉しくて、すぐ

 初期化して、センターに登録しようとしたら出て来ちゃったんだもん~ひんひん」

 

 有頂天から一気に地獄へ。発車ギリギリにかけ込みで間にあった電車が、実は回送で

 あったりするケース。世の中にはよくある話である。

 

 「こらこら、あんまり愛子ちゃんをいじめちゃダメよ。この子が悪い訳じゃ

 ないんだから」

 取りなす桜子。

 

 「でも、おかしいわ。さっきあたし、全ての端末にチェックかけてきた

 ばかりなのに。信用問題だわ」

 「そうすると、やはり、新しく登録しようとした愛子ちゃんの端末から?」

 「そうとしか思えない…」

 

 ぼろぼろぼろ

 

 盛大にこぼれる涙で床がベショベショだ。

 とうとう本泣きになってしまった、愛子。

 

 「ひっく、あたし、悪い事してないのに…い、いっつもこんな目ばっかりぃ~

 え~ん」

 

 なつきは初期化プログラムの入ったディスクパックを手に取る。

 「やぱ、これか」

 「でも、ここでのプログラムパックの管理は万全よ」

 「見て桜子さん。これ、偽物です」

 「…ホントだわ。識別ホログラムシールがわずかだけど、違う」

 元ディレクトリダイバーだけあって桜子の目はするどい。

 

 「このパックをセンターから受け取ってここへ入るときに一度シールで

 チェックを受けているハズよね」

 

 ブンブン

 

 お下げを振り回す勢いでうなずく愛子。

 

 「と言うことは、ここで彼女が作業をしている間にすり変えられた」

 「じゃあ、今このオフィスにまだ、犯人が…?」

 端末から離れ、集まってきていた女の子達がざわめく。

 

 「とりあえず、この棟だけでも封鎖していただけますか」

 「わかったわ!」

 

 警備に連絡を取る桜子。

 女の子達は皆一様に肩をすぼめ、口元に両手こぶし状態。

 

 「みんな、怪しい人は見かけなかった?!」

 

 ふるふるふるふるふるっ!

 

 一斉に首を横に振る女の子たち。

 

 なつきはオペレータ室の中を注意深く見渡す。

 そしていきなり、メモリケースをポケットから取り出した。

 

 「そこだっ!!!」

 

 スナップを利かせた彼女の手から、手裏剣のごとくケースが放たれる。

 

 

               -つづく-

 


 
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