No.566422

トトリのアトリエ ~若き双剣聖の冒険譚~ 第6章 決意の船出

紅葉さん

この小説は、『トトリのアトリエ ~アーランドの錬金術士2』の二次創作作品です。

2013年 4月15日……第23話 投稿

2013年 8月20日……第24話 投稿

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2013-04-15 15:14:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2695   閲覧ユーザー数:2464

 

第23話 成長の兆し

 

旅立ちを決意した日から、およそ1ヶ月が過ぎた。

俺達は、船の部材を作成する為の素材を求めて、アーランドから遥か東に存在するとある森に訪れていた。

陽光が差さず、常に闇に覆われている事から、『常闇の大森林』とも呼ばれているこの『ノイモントの森』で、俺達は現在、全力疾走の真っ最中だった。

その理由と言うのが――

 

「お、お兄ちゃん!ど、どうするの!?」

「どうするも何も、あんなモン投げられたら一溜まりもないだろ!一旦全力であいつを撒くぞ!」

「何だよ、たかが『たるリス』だろ?全然怖くねーじゃん」

「馬鹿!手に持ってるモン見てみろ!どうみても樽じゃないだろ!」

 

アランヤ村周辺にも数多く生息する『たるリス』と言うモンスターは、悪戯が好きな事で有名だ。

どこからか拾って来た樽を、通り掛かった人間にぶつける、と言うよく考えてみるとちょっと悪戯じゃ済まないような習性を持っている。

今俺達が追われているのもその『たるリス』なのだが、恐らく過酷な環境で育ったが故に凶暴化したのだろう。担いでいるのはどう見ても樽とはかけ離れた物だった。

端的に言うと、フラム。

そう、トトリがよくモンスターに投げているあのフラムだ。すなわち、爆弾である。

しかも、その大きさが尋常じゃない。『たるリス』――巨大なフラムを持っているので、さしずめ『テラフラムリス』とでも言うのだろう――本体とほとんど同じ大きさの代物だ。

そんな物を投げつけられては、冗談ではなく、文字通り木っ端微塵になるだろう。

とは言え、『テラフラムリス』自体の足の速さはそれほどでもない。

なのに何故、俺達がここまで奴を撒くのに手間取っているかと言うと……

 

「くそっ、邪魔するな!」

 

『うさぷに』と言う、頭に兎の耳のような突起物がついている真っ白なぷにが纏わりついてくるからだ。

この『うさぷに』が厄介で、ぷに族の中でも一、二を争う素早さを持っている。

全力で走る俺達を凌駕する速度で、四方八方から飛び掛ってくるので、剣で斬ったり杖で殴ったりと大忙しなのだ。

『うさぷに』に気を取られれば後ろからは爆弾が、爆弾に気を取られれば今度は『うさぷに』が、まさに泥沼状態だった。

 

「止むを得ないな……トトリ、魔法の鎖を使わせてくれ!」

「お、おい!それって確か、船の材料に使うんだろ!?いいのかよ!」

「そんな悠長な事を言ってられる状況じゃないだろ。幸い、魔法の鎖に使う素材はそこまで珍しい物でもないから、またすぐ集められるはずだ」

「だったら早く出しなさいよ!」

「分かってる。あっ、それとトトリ、フラムも一緒に貸してくれ」

「うん、わかった。はい、お兄ちゃん」

 

荷物の整理はしっかりとしていたのだろう。走りながらでも正確に魔法の鎖、それにフラムとマッチを取り出して、トトリは俺にそれらを渡した。

魔法の鎖は、鎖その物が勝手に動くので、それ自体が生きているのではないかと錯覚してしまうようなアイテムだ。

物に向けて投げつければ勝手に巻きついてくれるので、敵の拘束や、高所に登る際などに役立つだろう。

そう考えて、俺は自分に近づいて来た『うさぷに』に向けて、魔法の鎖を投げつけた。

予想は的中、まるで獲物を仕留めに掛かる蛇のように、魔法の鎖は『うさぷに』に縛りついた。

 

「喰らえっ!」

 

そのまま、『うさぷに』を鎖ごと『テラフラムリス』に投げつける。

突然の出来事で驚いたであろう『テラフラムリス』は、自分に激突した『うさぷに』と共に地面を転がっていく。

間髪容れずに、俺は導火線に火をつけたフラムを、未だにもつれて立ち上がれない『テラフラムリス』に投げつける。

狙いは勿論……誘爆だ。

 

「走れっ!」

 

短く号令をかけて、再び全力疾走を開始する。

急がなければ、俺も『テラフラムリス』達と共にこの森の肥やしとなってしまう。

少し先を行く仲間達を追いかけながら、俺は背後で響いた凄まじい爆発音を聴いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「ふぅ……危ない所だったな」

「全くね。まさかあんなモンスターがいるなんて思わなかったわ」

「けど凄かったよな!最後どかーんって爆発してさ!いやー、あの爆発しっかり見てたかったぜ!」

「あ、危ないよ、ジーノ君……」

 

何とか難を逃れた俺達は、『ノイモントの森』付近にあった廃墟に身を隠していた。

廃墟と言っても、そこまで大規模な物ではなく、荒野に1軒だけ、朽ち果てた小屋がぽつんと残っている程度で、地図では『世捨て人の家』とされている。

周辺には、実の中に幅広い燃料となるオイルが詰まっている『タールの実』や、以前俺が採取依頼を受けた『湖底の溜まり』と酷似した成分を含む泥状の素材など、割と珍しい錬金素材が数を揃えていた。

『タールの実』の中のオイルは、船の部材を作成するのに使用する為、『湖底の溜まり』共々、採れるだけ採っておく。

 

「トトリ、『ひかる円盤』は集まったのか?」

 

『ひかる円盤』は、『タールの実』同様に、船の部材に使用する素材だ。

俺達が『ノイモントの森』を訪れていたのも、その『ひかる円盤』を採取する事が目的だったのだ。

 

「ううん、あとちょっと足りない。だから今から『ノイモントの森』に戻って、その後木材を集めに『古き樹木の地』へ行きたいんだけど……」

「了解だ。それじゃみんな、もう少しだけ付き合ってくれ」

「いいぜ!冒険が出来るなら俺は何でもOKだ!」

「別に構わないわ。そのつもりで着いて来てるわけだし」

「悪いな」

 

と言うわけで、俺達は来た道を戻って、一旦『ノイモントの森』へ戻る事にした。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

突然だが、最近ジーノと共に冒険をしていて、気づいた事がある。

今までは力に任せて大きな一撃ばかりを狙うのがジーノの戦い方だったが、最近では小刻みに、相手の動きを見ながら徐々にダメージを与えて行く戦い方に変わっているように思える。

しかしそればかりではなく、そうしてダメージを蓄積させて相手に隙が見え始めたら、今度は大きな一撃を狙う、と言う非常にバランスの良い戦い方だ。

余りにも劇的な変化だったので、思わずジーノにその事について聞いてしまったのだが、返って来たのはちょっと予想外な答えだった。

 

「あぁ、おっさんに教わったんだよ。このやり方。それから何か少し強くなった感じがする」

 

初めは、『おっさん』と言うのが誰の事だか分からなかったが、『馬車を襲われた時に助けてくれたおっさん』と言う注釈で、何となく誰の事だか分かった気がする。

恐らくはステルクさんの事だろう。おっさんと言うような年齢ではないと思うが。

しかし、ステルクさんから教わった、と言うのは意外だった。

アランヤ村で、何度かジーノがステルクさんに詰め寄っているのを見かけた事はあるが、それはきっと『俺に戦い方を教えてくれ!』とかそんな内容だったのだろうと、我ながら納得する。

それにしても、ジーノは何と言うか、天性の才能でもあるのだろうか。

以前、俺が少し問題点を指摘しただけですぐにそれを改善していたのを思い出す。

これは少しやばいかもな、と言う危機感と共に、子供が一人前になっていく姿を見る親の気持ちが分かったような気がした。

最も、ジーノは俺の子供ではないが。

 

「何にやにやしてるのよ。気持ちが悪いわね」

「うわっ、見てたのか」

「見られたくないなら隠れてやって頂戴」

「それはごもっともな話だけど……何となく、子供の成長を見守る親の気持ちが分かったような気がしてな」

「……トトリが?」

「いや、トトリもそうなんだけど……主にジーノかな。最近戦い方上手くなって来てるな、と」

「……まぁ確かに、最近動きがよくなってるわよね。以前のような、まるで猪かと思うような動きは全くしないし」

「ああ。それにたまに、気づいたらこっちのフォローに回ってくれてる事も多いんだ。俺もそうだが、ミミ、お前もぼやっとしてられないぞ」

「ぼやっとしていた憶えはないのだけれど」

「ははっ、悪い悪い。お前も成長してると思うよ。この間モンスター3体を同時に薙ぎ払った時は何事かと思ったよ」

「人を筋肉馬鹿みたいな言い方しないで頂戴!」

「何だよ、冒険者には器用さだけじゃなくて力も必要だろ。むしろ、ミミはもう少し力をつけた方がいい」

「わ、分かってるわよ、そんな事!」

「なら結構。ほら、2人に置いて行かれるぜ」

「う、うるさいわね!今行くわよ!」

 

いつもながら、こいつをからかうのは妙に楽しい。

まっ、トトリもジーノもミミも、みんな成長している事は火を見るより明らかだ。

そんな状況なので、自分は成長しているのだろうか、とか、負けていられない、とか、色々と考える事は山積みだった。

せめて、俺が自分で自分を一人前だと認められる日までは、あいつらに追い抜かれるわけには行かない。

心の中でひっそりと自分を叱咤激励して、先を行く3人に追いついて先を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第24話 夢、そして、自信

 

『ノイモントの森』の探索から帰還した俺達は、早速父さんに船の部材の作成を依頼した。

今回頼んだ部材は、『防食甲板』、『百木船体』、『動力操縦桿』の3つだ。

必要な部材は全部で6つ。今回でその半分が完成する事となる。

と言うわけで、俺達が次の目的地として選んだのは、『魔石の巣』と言う場所だった。

理由は主に2つ。1つは、トトリの新作爆弾の素材集め。そしてもう1つが、残りの船の部材を作る為の素材のいくつかが、ここで手に入ると言う情報を掴んだからだ。

この『魔石の巣』と言う場所、アーランドにいた冒険者に話を聞いた所、何でも、色とりどりの水晶が至る所に点在する、とても神秘的な場所なのだそうだ。

しかし、そんな様相とは裏腹に、凶悪な強さを誇る精霊とやらが棲み付いているらしい。

従って俺達は、爆弾や薬剤など、もろもろの装備を十分に用意して、『魔石の巣』へと向かったのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「うわぁ……綺麗……」

 

『魔石の巣』に着いて早々に、トトリがこんな言葉を漏らした。

しかし、それには俺も同意せざるを得ない。

アーランドで話に聞いた通り、所々に神秘的な光を発する水晶があり、まるで洞窟全体がライトアップされているかのような様相を呈していた。

 

「そうね、確かに綺麗だわ」

「ああ、そうだな。けど、この光景に見とれて、本来の目的を忘れたりするんじゃないぞ?」

「わ、分かってるよ」

「よし、んじゃ、早速行こうぜ!」

 

そして俺達はそこから、トトリとジーノ、俺とミミ、の2組に分かれて、探索を開始した。

探している素材の形状や特徴は、事前にトトリから聞いているので、恐らく俺とミミだけでも発見できるだろう。

 

「それにしても、本当に綺麗な場所だな。まさか生きている間にこんな神秘的な場所に来れるとは思わなかったよ」

「生きている間に、とは言うけど、天国とやらが華やかな世界とは限らないわよ」

「そう言う意味で言ったんじゃないよ。冒険者なんてやってなかったら、こんな所に来る事もなかったんだろうなぁ、って意味さ」

「まぁ、色々と穏やかじゃない噂もあるみたいだけれど」

「まぁな。ミミもこう言う景色、憧れたりしないのか?一応お前も女の子なんだし」

「一応は余計よ!……まぁ、綺麗だとは思うわ。雰囲気も、静かで何だかロマンチックだしね」

「ははっ、そうか。俺も好きだぜ、こういう静かな場所」

「別に同意を求めているわけではないのだけど」

「分かってるって。ほら、さっさと探し物を済まそうぜ。(くだん)の精霊とやらに見つかる前にな」

「ええ、そうね。えっと、必要なのは確か、『星のかけら』と『謎の宝石の原石』だったかしら?」

「そうだ。一応、その他の珍しい宝石や鉱石なんかも、持ち帰ってくれたらありがたいとの事だ」

「了解。それじゃ、早速探しましょうか」

 

俺とミミは、お互いに別々に探索を開始した。

成果は中々の物で、トトリから預かった2つのカゴがいっぱいになる程だった。

 

「これだけ取れれば上々だろう」

「そうね。そろそろ2人も戻ってる頃かしら」

「かもしれないな。入り口まで戻ってみよう」

「ええ」

 

探索を終えたら、洞窟の入り口で集合する事になっている。

なので俺達は、2人と合流するべく、『魔石の巣』の入り口へ足を運んだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

おかしい。

俺達が入り口に戻って来てから、もう10分は経つ。

トトリがいる以上、俺達より探索に時間がかかるとは考えにくい。

何かあったに違いない……そう考えた俺は、ミミに自分の考えを伝え、2人を探しに行く事にした。

 

「確かに変ね。何かあったと考えるのが妥当かしら」

「俺はそう考える。早い内に2人を探しに行かないとまずいんじゃないか?精霊の話もある事だし」

「……そうね。急ぎましょう」

「ああ!」

 

俺とミミは、トトリとジーノが進んだ方向へ走り出した。

足場が悪い洞窟内を、途中何度か躓きながら走っていると、突如、前方から眩い光が見えた。

背中を汗が伝うのが分かる。どうやら、悪い予感が的中してしまったようだ。

光が見えた場所まで辿り着いた時、俺とミミは奴の姿を目の当たりにした。

純白の衣を纏った女性のような姿、その体全てを覆いつくしてしまいそうな巨大な翼、背後には宝石のような物が浮遊してる。

明らかに、これまで相手にして来たモンスターとは、存在感から既に違っていた。

ふと視線を移すと、トトリを背にして、傷だらけになりながら精霊と対峙するジーノの姿を見つけた。

 

「ちょっとアンタ達、大丈夫なの!?」

「お兄ちゃん!ミミちゃん!わ、私は何とか大丈夫だけど……ジーノ君が……」

「へっ、俺だって、こんなの全然へっちゃらだぜ!」

「馬鹿言うな!傷だらけじゃないか!トトリ、後ろに下がってジーノの手当てをしろ。ここは俺とミミが引き受ける!」

「う、うん、分かった!」

「お、おいライナー!俺は大丈夫だって!」

「いいから言う通りにしろ!トトリ、ジーノを頼むぞ」

 

トトリは頷いて、ジーノを連れて岩陰に身を潜めた。

それを見届けてから、俺は改めて精霊と対峙する。

確かに、姿はこれまで見て来たどんな物よりも美しいと思えた。しかし、ジーノのあの怪我を見る限り、それもただの見せ掛けに過ぎないのだと感じる。

たったそれだけの事でも、自分の闘争心を刺激するには十分だった。

 

「行くぞ、ミミ!左を頼む!」

「了解よ!」

 

2人で左右に散開し、両側から精霊に斬り掛かる。

上手く刃が通る。しかし、精霊はさほど動じた様子はない。再び斬り込もうと腕に力を込めた時、精霊の背後に漂う宝石が、高速で俺目掛けて飛来した。

 

「ぐぁっ!」

 

衝撃。

そのまま、俺は後ろへ吹き飛ばされた。

どうやら、ミミも同じく今の攻撃を喰らったらしい。精霊から離れた場所で倒れていた。しかし、彼女もすぐに起き上がる。

攻撃を再開しようとした矢先、精霊は無数の宝石を作り出し、上空へ向けてその全てを放った。

何のつもりだ、と思った次の瞬間に、俺はその意図を察した。

上空に放たれた無数の宝石は、俺達のいる場所目掛けて、まるでスコールのように降り注いで来たのだった。

 

「ミミ!」

 

上空からの攻撃に気づいていない様子だったミミに、横から跳びつき、抱きかかえるようにして、スコールの射程外へ出る。

飛び込んだ勢いのまま、近くにあった岩陰に隠れる。

今まで俺とミミが立っていた場所に、無数の宝石が降り注いだ。回避できていなければ、一溜まりもなかっただろう。

 

「大丈夫か?」

「アンタのお陰でかすり傷よ」

「なら結構。にしても……かなりの強さだな」

「ええ。今までとは桁が違うわ。とてもじゃないけど、2人じゃ勝ち目なんてないわね」

 

その通りだった。

ジーノの回復を待ち、あの2人が戦闘に復帰できない限りは、勝ち目のかの字も見えないだろう。

 

「とりあえず、有効打を与える事を考えるのはやめよう。2人が戻るまでは、ひたすら牽制して時間を稼ぐんだ」

「分かったわ。それじゃ、行きましょうか」

「ああ」

 

そうして、俺とミミは岩陰から飛び出し、再び精霊に斬り掛かる。

しかし、今度は深くまで斬り込まない。精霊の背後へ走り去りながら、浅く剣を潜り込ませる。

大したダメージにはならないだろう。しかし、精霊は俺達の姿を目で追おうと身を反転させる。

その瞬間に、俺は再び精霊の背後へと走りながら、剣で斬り付ける。

精霊は俺を目で追うが、今度はミミが、長大な槍の穂先で精霊を突き刺し、斬り付けた。

二方向からの、タイミングをずらした攻撃に、精霊はどちらを優先するか戸惑っているように見える。

牽制としては、十分な結果だった。

ミミに合図を出す。それに応じたミミは、今度は大きな一撃を精霊にお見舞いした。

俺に気を取られていた精霊は、突然背後から深く突き立てられた槍に注意を奪われる。

その隙を狙って、今度は俺が両手に握った愛剣達を、精霊の背中に何度も叩き付ける。

段々と苛立ち始めたのか、精霊は自分の周りを漂う宝石を高速で回転させて、俺達を薙ぎ払おうとする。

しかし、それも既に織り込み済み。ミミは既に回避に転じているし、俺も間一髪ではあったが、それを後ろに跳び退ってかわした。

 

「でやぁぁぁぁっ!!!」

 

そうしている内に、聞き覚えのある気合に満ちた雄叫びが俺の耳に届く。

復活したジーノは、怒涛の勢いで精霊に斬り付けた。

その手数は、俺の二刀流ともいい勝負だった。

 

「ジーノ、油断するなよ!一発入れたらすぐ回避するのを忘れるな!」

「オッケー!任せとけ!」

 

案の定、精霊はジーノに向けて宝石を飛ばしたが、身軽な動きでそれをかわしたジーノは、再び精霊に斬り掛かって行った。

トトリは後ろから爆弾を投げている。俺達全員の立ち位置を考え、巻き込まないように投げているのだから、トトリもよく成長した物だ。

と、呑気な事を考えている場合ではない。強敵を相手にする時には、雑念を捨てなければ。

心をクリーンな状態にして、再度攻撃を開始する。

二方向が三方向に増え、おまけに爆撃まで追加された精霊は、ついに痺れを切らし、上空へ飛翔した。

何か仕掛けて来る、と悟った瞬間、精霊の手から眩い光が発せられる。

光が消えると同時に現れたのは、巨大な弓だった。

精霊はそれを握り、光で作り出した巨大な矢を、その弓に番えた。

俺の第六感が危険信号を発する。急げ、と。逃げろ、と。

 

「みんな!散らばれ!」

 

俺の声に反応した3人は、お互いにかなりの距離を取って岩陰に隠れた。

俺もそれに(なら)い、手近な場所にあった岩に身を潜める。

恐らく、精霊が矢を放ったのだろう。弓矢の物とは思えないほど凄まじい風を切る音、そして、洞窟全体に響き渡る轟音、激しい地響きと閃光。

一瞬、体が震えた。あれが直撃していたら、一体どうなっていたのか、と。

間もなく、洞窟に静寂が戻る。それを皮切りに、俺は恐怖に(おのの)く己の心を叱咤して、再び戦場に飛び出した。

精霊は地面まで降りて来ていた。

そして、みんなも岩陰から出て、こちらへ走り寄って来る。

 

「これで終わりにするぞ!」

 

反応はしないが、みんなに俺の声は届いたのだろう。

みんなの攻撃の手が早まった。怒涛の勢い、と言う表現ではまだ足りないような凄まじい勢いだ。

間もなく、精霊が苦しそうな呻き声を発し始める。終わりが近い。そう感じた。

トドメを刺そうと、俺は両手に力を込め、精霊に斬り掛かった。

……しかし、直後に俺は、自らの判断が誤りであったと悟る。

最後の最後まで、慎重であるべきだったと後悔する。

精霊は、先程とは比べ物にならない速さで、再び弓矢を構えていた。俺が斬り付けた時には、既に矢を番え、その発射体勢を整えていたのだ。

 

「「ライナー!」」

「お兄ちゃん!」

 

みんなの、俺を呼ぶ声が聞こえる。

同時に、燃えるような激しい痛みが、俺の全身を襲った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

夢を見た。

目の前を、母さんが歩いてて、それを、トトリが追いかけようとしている。

夢の中の俺は、トトリを引きとめようとして、でも、トトリは俺の手を振り払って、母さんを追いかける。

俺はそんなトトリを追いかけているつもりだったけど、トトリに追いついても、俺は走るのを止めようとしない。

いつの間にか、トトリと一緒に母さんを追い掛けていた。

走って、走って、そして、ついに、母さんの手を――。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

不意に、目に映る景色が変わる。

母さんの姿はもうなく、見えたのは一面の灰色だった。

恐らく俺は今仰向けに寝ているのだろう。背中がいやにごつごつする。

そして俺は気付いた。ここは『魔石の巣』なんだと。俺は精霊との戦いで、あの光の矢を至近距離で喰らい、意識を失ってしまったのだろうと。

起き上がる。俺の周りで、岩壁に寄りかかってすやすやと眠る3人の姿があった。

俺達が今いる場所は、ちょっとした洞穴(ほらあな)のようになっているらしく、入り口もある程度塞いであるので、魔物に襲われる心配はなさそうだった。

あの後、精霊はどうなったのだろう、と気になったが、わざわざ寝ているみんなを起こす事もないかな、と思い、俺は考えるのをやめた。

さっきの夢を思い出す。

妙にはっきりとした夢だった。

本当に夢だったのかと疑う程だ。未だに、母さんの手を掴んだ時の感覚が残っているのだから。

けど、夢の中と言えど、母さんの手を、掴む事が出来た。

それだけで、俺の心には自信が満ち溢れて来た。

手遅れ、なんて事はない。

またさっきのように、母さんの手を握れる日が来る、と。

間もなく、トトリが目を覚ました。

 

「あっ、お兄ちゃん!大丈夫!?」

「ああ、もう大丈夫だよ。それで、精霊は一体どうしたんだ?」

「うん、倒したよ。って言うより、お兄ちゃんの最後の攻撃で、もう限界だったみたいで、お兄ちゃんが気を失った直後に消えちゃった」

「そうだったのか。じゃあ、相打ちって事か」

「ううん、お兄ちゃんはこうやって目を覚ましたんだから、私達の勝ちだよ!」

「……はは、そうだな。ところで、素材の方は大丈夫なのか?」

「うん。1つだけ見つからないのがあったんだけど、さっきの精霊がそれを落として行ったみたいで、欲しい物は全部手に入ったよ!」

「そうか。それはよかった。……2人も、随分と疲れたんだな」

「みたいだね。お兄ちゃんをここに運び込んで、私も2人も、すぐ寝ちゃったみたい」

「じゃ、今日はここで野宿だな。帰るのは明日にしよう」

「えへへ、そうだね。あっ、お兄ちゃん、お腹が減ったら、私のカゴの中にご飯入ってるから、食べてね」

「ああ、頂くよ。トトリは?」

「私は……もうちょっと寝ようかな」

「そっか。お休み」

「うん。お休み~」

 

そう言って、再びトトリは目を閉じた。

言われた通りに、トトリのカゴを探ってみると、ちょっと形は崩れてしまっているが、美味そうなサンドウィッチが入っていた。

それをかじりながら、俺は心の中で、3人に「お疲れ様」、と労いの言葉をかけておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第25話 求めるは、強き心

 

『魔石の巣』から帰還した俺達は、早速持ち帰った素材で父さんに船の部材を作ってもらった。

今回作ってもらったのは『神秘の船首像』と『超重碇』、そして『疾風の帆』の3つ。

ようやく、これで全ての部材が揃う事になる。

あとは、出来上がった部材を組み上げるだけだ。

 

「よし、これで全部だな。よくやったぞ、トトリ!ちょっと待ってな!」

 

と言うと、父さんは意気揚々と船の組み上げに着手し始めた。

流石の父さんでも、船を組み上げるにはおよそ1日近く時間が掛かってしまうらしい。

 

「さて、俺達はどうしていようか、トトリ」

 

父さんの手伝いをするのも悪くないが、まるで素人の俺達が下手に手伝うのも、少し迷惑じゃないかと思ってしまう。

俺は特にやりたい事もないので、トトリに判断を仰ぐ。

 

「うーん……どうしようかな」

「採取にでも行くか?」

「そうしようかな。お兄ちゃん、手伝ってもらってもいい?」

「お安い御用だ」

 

と言うわけで、トトリと共に採取に出かけようとしたのだが、不意に、背後から聞きなれた渋い声が投げかけられる。

 

「ライナー、ここにいたのか」

「あれ?ゲラルドさん。どうかしましたか?」

 

と聞き返して、俺はゲラルドさんが何やら神妙な面持ちでいる事に気づいた。

 

「いきなりで済まないが、南西に『ローリンヒル』と言う丘陵地帯がある事は知っているよな?」

「ええ。確か、ぷに族が住処にしている場所ですよね。南西半島の最端だったと記憶してますけど」

「そうだ。その『ローリンヒル』で、他のぷに族とは一線を画す、巨大なぷに族の姿が確認されてな。どうやら、そいつが南西半島を北上して来ているらしい」

「早い話が、俺にその巨大ぷにを討伐して来い、って事ですか?」

「単刀直入に言うとそうなる。メルヴィアともう1人、ステルケンブルクと名乗る剣士が護衛を名乗り出てくれたから、彼らと共に現地へ赴いてくれ」

「分かりました。メル姉達はどこに?」

「村の出口で待つように言ってある。頼んだぞ」

 

そう言うと、ゲラルドさんは踵を返して、丘を下って行った。

 

「そう言うわけみたいだから、悪いが俺は付き合えそうにない。ごめんな、トトリ」

「ううん、仕方ないもんね。ジーノ君やミミちゃんが手伝ってくれるかもしれないし」

 

と話していると、タイミングのいい事に、ジーノが坂を駆け上がって来た。

 

「おっ、ここにいたのか、2人とも!船は出来たのか?」

「いや、まだだ。あと、ジーノ。済まないがトトリを手伝ってやってくれないか?俺は今から出かけなきゃいけないんだ」

「そうなのか。あっ、そう言えば村の出口に、メル姉とおっさんがいたな」

「そう言う事だ。それじゃ、頼んだぞ」

「おう!任せとけ!行こうぜ、トトリ!」

「ちょ、ちょっとジーノ君!待ってよ~!」

 

ものすごい速さで坂を下って行くジーノ、それを多分全力と思われるダッシュで追いかけるトトリ。

 

「ははっ、ったく、元気なモンだよ」

 

俺は少し呆れ気味に微笑しながら、ゆっくりと坂を下り、村の出口へ向かった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「あっ、ライナー!こっちこっち!」

「久しぶり、メル姉。ステルクさんも、お久しぶりです」

「ああ、暫くぶりだな。それはそうと先程、君の妹達が飛び出して行ったが、付き合ってやらなくてよかったのか?」

「ええ。それより今は、巨大ぷにとやらの方が先決でしょう」

「違いないわね。と言うか、この3人で行動するのって、何気に初めてよね。何度か顔を合わせてはいたけど」

「そうだな。しかし、お互いに相手の力量も把握し合っている。十分に連携は執れるだろう」

「そうですね。それじゃ、時間も惜しいですし、早く行きましょうか」

 

久方ぶりの再会ではあるが、今は談笑に華を咲かせている場合ではないので、俺達は早々にアランヤ村を発った。

アランヤの西に広がる草原を超え、寂れた林道を通り抜け、俺達は『妖精の踊り場』と呼ばれる森へ辿り着いた。

『妖精の踊り場』は、森の中一帯を謎の光が舞っていて、とても神秘的な光景である事が、一部の冒険者の間で語られている。

どうやらその話は嘘ではないようで、鬱蒼と茂る森の中で、一際輝く数多の光の球に、俺はしばし目を奪われている最中だった。

 

「へぇ~、本当に綺麗ねぇ。話には聞いてたけど」

「あれ?メル姉もこう言う景色好きだったの?」

「まあね……ってライナー、アンタそれはちょっと失礼なんじゃないの?」

「いや、そう言う意味じゃないよ。メル姉の口からそう言う話聞いた事なかったから……ステルクさんはこう言う景色好きですか?」

「私か?ふむ……そうだな、こう言った心が安らぐような景色は、私も嫌いではない」

「うわぁ、ステルクさんが言うと全然らしくないわね~」

「その言葉、そっくりそのままお前に返させてもらう」

「あら、失礼しちゃう」

 

2人の会話に相槌を打とうと口を開いたその時、俺はある異変に気づいた。

揺れている。

地面が、一定の間隔を置いて、振動している。

 

「2人とも、静かに」

「どうした、ライナー……どうやら、おでましのようだな」

「みたいですね。この振動からして、相当の大物のようです」

「へぇ、腕がなるじゃない。この所、骨のある相手がいなくて退屈してたのよ」

 

と言うと、メル姉は自慢の巨大な斧を担いで戦闘体勢を執る。

それに(なら)ったわけではないが、俺とステルクさんもそれぞれ自分の得物を構えた。

振動はどんどんと大きくなる。恐らく、もうすぐそこまで来ているのだろう。

俺が息を呑み、両手に構えた愛剣を強く握り締めた、その時――

 

「……何て大きさだ」

 

――奴は、現れた。

この場で最も身長の高いステルクさんをも超える体躯の青いぷにが、そこにいた。

表情こそ、通常のぷにのように愛らしいが、しかし、それを凌駕する程の威圧感を放っている。

 

「面構えは随分と弱そうじゃない。あんまりがっかりさせないで……よっ!!」

 

メル姉が渾身の一撃を、ぷにの頭上から叩き付ける。

しかし、それに対してぷには、まるで動じた様子がない。

 

「……へぇ、根性だけはあるみたいね。気に入ったわ!」

「メルヴィア、油断するな!並みの強さじゃないぞ!」

「一撃入れりゃそれぐらい分かりますよ。気合入れて行きましょ」

「……じゃあ、そろそろ本格的に行きましょうか。ステルクさんはメル姉と一緒に側面から奴を叩いて下さい。その間は僕が正面で奴を引き付けます」

「ふむ……この中で最も俊敏な君なら適任だな、任せよう。メルヴィアは左を頼むぞ!」

「了解!ライナー、ぬかるんじゃないわよ!」

「そっちこそな!」

 

メル姉とステルクさんはぷにの側面へと回り込む。それと同時に、俺はぷにに正面から斬り付けた。

有効打を与えようとは思っていない。あくまで、側面への注意を逸らすための攻撃だ。

ぷには俺に狙いを絞ったようで、勢いを付けてその巨体で突進して来る。

流石に迫力があったが、焦らずにそれを横に飛んで回避。

どうやら、行動パターンは通常のぷにのそれと大差ないらしい。

突進を外したぷには、再び元いた位置に戻る。と同時に、左右からメル姉とステルクさんの重い一撃が襲い掛かった。

突如、左右から襲来した衝撃に、ぷには咄嗟にどちらを優先すべきか判断できずに、左右をキョロキョロと見回し始めた。

その仕草は実に愛らしい物だったが、油断は出来ない。俺はすかさずぷにの脳天に向けて剣を突き出した。

手応えは十分。しかし、ぷには全くと言っていいほど動じてはいなかった。

 

「……くっ」

 

一抹の焦燥感が俺を襲う。こんな相手は初めてだった。

今まで相手にしてきたモンスター達は、いずれも攻撃をすれば何らかのリアクションを見せていた。

傷の痛みに苦しんだり、もしくは己に傷を負わせた者に対して激昂したり。

そう言った物が、このぷにには全く見られない。

本当に攻撃が効いているのか、そんな不安が俺に圧し掛かって来た。

 

「臆するな、ライナー!己の剣を信じろ!」

「ステルクさん……」

「あんたらしくないわよ!さぁ、双剣聖様の実力、見せてみなさいよ!」

「……ははっ、だから、俺のガラじゃないって」

 

ステルクさんとメル姉に叱咤激励され、下がり始めていた俺の士気は再び高揚し始めた。

そうだ。生物である以上、体を傷つけられ続ければ、いずれは力尽きるはずだ。

既にメル姉とステルクさんは、ぷにの背後で追撃の体勢を整えている。

気持ちを新たにした俺は、両手の剣を握り直し、再びぷにに斬り掛かる。

しかし、その刃がぷにの体に深く抉り込もうとした直前。

ぷにの姿が、消えた。

いや、違う。正確には――

 

「上よっ!!」

 

――その巨体が小さく見える程の高さまで、大きく跳躍していた。

直後に、ぷには重力に従って俺達目掛けて落下を開始する。

 

「2人とも、下がれ!」

 

後方へ飛び退りながらステルクさんが発した号令に従い、俺とメル姉もぷにの落下予測地点から大きく距離を取る。

まもなく、その巨体が地表へと到達する。

その振動は落下した箇所の土を大きく抉り、まるで台風のような風圧として、俺達を襲った。

 

「うわぁっ!!」

 

体ごと吹き飛ばされた俺は、激しい痛みを自覚した。恐らく、背後に立っていた木にでも激突したのだろう。

意識が朦朧として、ぷにが跳ねる振動を感じ取る事はできたが、メル姉の声も、ステルクさんの声も、俺の耳には届かない。

そうして俺は、意識を手放した。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「……ナー、ライ……、ライナーっ!!」

「うっ……?」

 

聞き覚えのある渋い声に、自分の名前を呼ばれているのが分かる。

目を開けると、そこには俺の顔を覗き込むステルクさんの姿があった。

 

「目が覚めたか。体に違和感はないか?」

「ステルクさん……はい。まだ若干痛みはありますが、問題ありません。メル姉は?」

「周囲の警戒をさせている。それより、先程の巨大ぷには、どうやら北上を再開したらしい。急いで追跡するぞ」

「了解です」

 

立ち上がり、メル姉と合流して、俺達は来た道を引き返した。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

『妖精の踊り場』を後にし、来た道を引き返した俺達は、特に名称もない林道で、再び巨大ぷにの姿を捕捉した。

しかし、予想を裏切ってぷには、移動はせずに何かを見据えて身構えているようだった。

そしてすぐに、奴が何を敵視しているのか気付く。

 

「トトリ!ジーノ!」

 

ぷにの正面には、見慣れた姿の少年少女が立っていた。

ジーノがトトリを自分の背中に隠す形で、巨大ぷにと対峙している。

しかしどうやら、俺の声は届いていなかったようだ。

 

「どりゃぁぁぁぁっ!!」

 

それは最近のジーノからは想像も出来ないような、無謀とも言える突進だった。

ぷには真正面からの愚直な突進を、自らの巨体をぶつける事で無力化した。

 

「うわっ!!」

「ジーノ君っ!!」

 

最初のポジションよりも更に後ろへ弾き飛ばされたジーノ。

しかし、トトリは焦りながらも冷静にポーチから爆弾を取り出し、ぷにに向かって投げ付けた。

 

「ステルクさん、俺達も!」

「無論だ!」

「決めるわよ!」

 

それに続いて、俺達3人もぷにへ怒涛の攻撃を開始する。

流石にぷにも堪らなくなったのだろう。俺達の追随を許さない速度で、今まで辿って来た道を逃げ帰って行った。

 

「くっ、逃げられたか……!」

「深追いは禁物よ、ステルクさん」

「……分かっている。一度、体勢を立て直そう」

 

話がまとまったと見て、俺はジーノの元へ向かった。

 

「ジーノ、大丈夫か?」

「……」

 

しかし、ジーノは応えない。

 

「おい、ジーノ?どこか痛むのか?」

「うるさいっ!!俺の事は放っておいてくれ!!」

「えっ……あっ、おい!ジーノ!?」

 

ジーノは喚き散らしながら、どこかへ走り去ってしまった。

 

「ステルクさん、この場をお願いします。俺はジーノを追いかけます!」

「任せろ。早く行け!」

 

ステルクさんに後の事を一任して、俺はジーノの後を追った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

『シュタイン丘陵』。

そこは、遺跡がある程度形を残して点在している丘陵地帯で、所々に巨大な石柱が乱立している。そんな場所だ。

ジーノは、その内の1本の石柱の上に寝転がって、空を見上げていた。

 

「ジーノ」

「……何だよ」

 

明らかに不貞腐れたような声音で、ジーノは返事をした。

何となくではあるが、俺はジーノが何故あんな態度を取ったのか、心当たりがあった。

 

「ジーノ、さっきの事を気にしているのか?」

「……」

 

無言。恐らくは図星だろう。

さっきの事と言うのは言わずもがな、巨大ぷにとの戦闘の事だ。

 

「……俺は」

 

やがてジーノは、重々しく口を開いた。

 

「俺は、何も出来なかった。俺がトトリを守らなきゃいけないのに、一番最初にやられて……でも、トトリはちゃんとアイツを追い払った」

 

心底悔しそうに、ジーノが独白を続ける。

 

「強くなれたと思ってた!なのに……俺は、トトリを守るどころか、さっきはむしろ、トトリに守られるみたいになっちまった!それが悔しいんだ!」

「……さっきの戦闘は見ていたが……ジーノ、何故あんな突っ込み方をしたんだ?最近のお前では考えられないような動きだったぞ?」

 

俺は率直に、疑問に思った事を問い正した。

 

「俺にも分かんねーよ!でも、今トトリを守れるのは俺だけだ、って思ったら、いても立ってもいられなくなって……!」

 

なるほど、と俺は納得した。

今までは、俺やミミも一緒に冒険していた。

ジーノがある程度遅れを取っても、俺達でカバーする事も出来た。

しかし、今日は違った。

誰でも一目見ただけで強敵だと分かる、あの巨大ぷにを相手に、自分1人でトトリを守らなければならない。それが、ジーノに大きなプレッシャーを与えていたのだろう。

しかし、ジーノは強い。それは俺の目から見ても断言できる。

先日の『魔石の巣』で精霊と交戦した際のジーノの腕前には、俺も思わず心の中で感嘆の声を上げたものだ。

一刀流でありながら、圧倒的な手数。そして、狙いはよく洗練されていた。

しかしどうやら、ジーノには実戦経験が不足しているようだ。

先程戦意を喪失しかけた俺自身にも言える事だが、どんなに強大な相手を目の前にしても、冷静に戦況を把握する心を、ジーノは身に付けなければならない。

その為になるかはわからないが、俺はジーノに、ある提案を持ちかけた。

 

「ジーノ、久しぶりに、俺と勝負してみないか?」

「えっ、ライナーと?」

「ああ、だが、今回は棒っきれじゃない。……自分の剣で、文字通りの真剣勝負だ」

 

俺の言葉に、ジーノは目を丸くした。

しかし、その目に、恐怖の類の感情は見られなかった。

 

「えっ、でも……」

「お前は、戦いの中でも冷静に状況を分析する為の心を磨く必要がある。今までは、俺がお前達に指示を出していたが、今日のように、いつでも俺がいるとは限らないからな」

 

俺の言葉に、ジーノも何か思う所があったのだろう。

少しの間俯いてから、ジーノは――

 

「ああ、頼む、ライナー!」

 

――真剣な面持ちで、俺の誘いを受けた。

 

 
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