No.565884

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ十

更新しました!

両方を書いた時点で思ってはいたのですが、もう少しどちらかを引っ張って、話の時期をずらせば良かった。

シチュエーションが似通ってしまっていない気がしないでもない。

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2013-04-14 00:32:43 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:11971   閲覧ユーザー数:7936

 

 

 

 

夜半。戦勝に湧いていた街も今は静かに寝静まっている。

起きているのは交代制で警備をしている兵士達ぐらいのものだろう。

 

 

そんな中、俺は何をしているのだろうか。

なんで必死になって城の屋根の上へと登ろうとしているのだろうか。

 

いや確かに

 

 

――今夜、街の一番高いところで――

 

 

って言われました。うん、言われましたよ。

 

でも流石に城の屋根の上はやりすぎじゃないのかな!? いや確かに一番高いけどさ!?

 

 

華琳を探して空を見上げたら吃驚だった、最初見間違えかと思ったし。

屋根の上に人影、よく目を凝らしてみるとそれは覇王様でした。なんて正直、笑えない。

 

 

――笑えないが仕方がない。どこか他人とは違うそんな彼女の思考を懐かしく思いながら。

城の屋根の上へ登る、なんてかなりの重労働であるというのに、俺は苦笑を浮かべていた。

 

 

――ああ余計な文字は付いてるけど、今笑ってるな、俺。

 

 

やっとのことで、屋根の上へと辿りつく。

少しだけ切れた息を整えようと、天を仰ぎ見る。そして一瞬、言葉を忘れた。

 

もしかしたら、彼女はこれを見せたかったのだろうか。

一番高い場所だからこそ、一番近く見え、一番近くに感じることが出来る、この場所で。

 

 

別れの時とは違う、この場所で。

 

 

 

――そこには、満月。

 

 

 

別れの時と同じように、とても綺麗な満月が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議と、心は落ち着いていた。

視線の先には華琳の背中。彼女は悠然と屋根の上に立ち、月を仰ぎ見ていた。

 

その背中は、以前見たものとは違う。

月の光に照らされ、輝いていた金色は、艶やかな黒に。

 

その髪はあの外史にいた関羽――所謂、美髪公にも劣らない。

 

彼女のイメージカラーと言って差し支えなかった服は、紺と紫を基調としたものから黒へ。

 

全体的に黒一色になった彼女。しかし違和感は感じない。

 

どこか、彼女はこれで当たり前、と考える自分がいた。

 

 

月の光のせいか、華琳の艶やかな黒髪は輝いていた。目を奪われ感嘆の息を吐くほどに。

 

 

屋根の上を進む。華琳に近付いて行く。

あと数歩というところで、俺は足を止めた。

 

何を言われたわけでもない。ただ、この場所が適切な位置だと感じた。

それはもしかしたら、長く離れていた二人の、色々な距離を表しているのかもしれない。

 

華琳がひとつ息を吐くのが聞こえた。

 

そして月を見上げたまま

 

 

 

「綺麗な月ね……」

 

 

 

そう、口にした。

 

 

ドクン、と心臓が撥ねあがる。

あの時の言葉が、これほど胸に響くとは思っていなかった。

 

別れの会話なら、今でも鮮明に心に焼き付いている。

その声で、本人から再びそれを聞かされれば仕方のないことなのかもしれなかった。

 

 

「そうだな……。俺、こんなに大きな月、初めて見たかも」

 

 

あの時とまったく同じ台詞。だけどこれは事実だった。

本当に、こんなに大きな月を間近で見たのは初めてだった。あの時よりも、更に大きい月。

 

 

「そうね……私もここに来てから、こんなに落ち着いて月を見たことは無かったわ」

 

 

 

“ここに来てから、こんなに落ち着いて月を見たことは無かった”

 

 

 

あの時とは違う台詞。

そんなもの、当たり前だ。あの別れを繰り返しているわけではないのだから。

 

繰り返すわけにはいかないのだから。

 

 

「余裕、無かった?」

 

 

未だ華琳の真意も掴めない。

 

だけど、今の言葉のニュアンスは、彼女が俺と同じようにこの外史へ降り立ったことを意味しているようにも取れた。

 

だから、言外に尋ねる。この外史はどうだ、と。

 

 

クスッ、と笑みから零れる声が聞こえた。

 

 

「……どうかしらね。在ったような、無かったような」

 

「珍しく、曖昧だな」

 

「そう?……そうかもしれないわね」

 

 

そこで、会話が止まる。別段、気まずいわけではない。

しかし、間に漂う空気は、どこかあの時と似たものがあった。

 

お互いに心(ほんね)を隠して、言いたいことを言わない。

そしてそのまま理不尽に、不条理に、別れた。満月が綺麗だった夜空の下で。

 

冷静になって思い返してみれば、あの時の俺はなんて馬鹿な事をしたのかとさえ思う。

 

君に会えて良かった? 帰りたくなくなる? 愛していた?

 

 

 

――ふざけるな。

 

 

 

真実、彼女の事を思うならそんなことは言うべきではなかった。

心の内にある想いを告げたかった、残したかった。それ自体はただの純粋な気持ちだ。

 

だがその結果はどうなった。言いたいことだけ言って消えた俺。満足したのは俺だけだ。

 

現代――いや、明確にはまた違う外史だったけど。

現代の外史で過ごした一年半と少しの間、ずっと思っていた。

 

あの時、俺が伝えた言葉は、より華琳を苦しめるだけの物だったんじゃないのか、と。

 

あの時の言葉は本心だ。それを今更否定する気は無い。

言わなければ良かったとは思わない。だが、愚かだったとは思った。浅はかだったとは思った。

 

 

結果として、華琳を泣かせてしまったのだから。

 

 

そこに、弁解の余地は無い。

 

だからこそ、俺は続く言葉を発せずにいた。

 

俺が知っているのは自身の感情のみ。

なら、華琳は?どう思っている?今、何を考えている?

 

心の中の弱い自分を叱咤する。今更何を言ってるんだ、と。

 

この弱音は、こちらに背を向け悠然と立つ彼女にとって不義にしかならない。

 

意を決し、口を開きかけて――

 

 

「……ねえ、一刀」

 

 

情けないことにそのまま固まってしまった。

どれだけ、その声で、その口調で名を呼ばれることを待ち望んでいたのか。

 

それが今、分かった。そして続く華琳の台詞。それは――

 

 

 

「あなたは、そこに、いる?」

 

 

 

根が生えたように動かなかった足を動かすのに、充分な言葉と、震えた声。

 

 

 

気付けば、華琳の手を掴んでいた。柔らかくすべすべした感触。

少しだけ記憶にある感触とは違っていたが、そこにある暖かさは変わらない。

 

俺は、その手の感触を知っている。

 

 

夢を、思い出した。

赤い二つの月と、漆黒の空。

 

そうだ。俺を捕まえたのは、彼女だった。

 

 

 

 

手を取った途端、一瞬だけ華琳の身体がビクリと震えた。

ゆっくりと、顔をこちらに向ける。交差する視線と視線。

 

 

 

――泣いていた。

 

 

 

記憶の中では蒼。だが今は、その紅い瞳から涙が流れていた。

 

堰を切ったように、感情が溢れだす。

駄目だ、一瞬自分が何をしているのかが分からなくなる。

 

 

ただ分かるのは、彼女をこのまま泣かせ続けるわけにいかないということだけ。

 

 

グッと華琳を引き寄せ、抱きしめた。

 

身長は、有り難いことに俺の方が高い。

でも少しだけ、華琳の身長も伸びている気がした。

 

 

応えよう。一人の少女の、涙を流した問い掛けに。

 

 

 

「――ああ、いるよ。ここに、いる」

 

 

 

刹那、華琳は声を上げて泣いた。

堰が決壊したかのように、止まらない嗚咽。

 

キツく、その身体を抱きしめる。もう二度と離さない。

 

涙は、俺の眼からも零れていた。

 

 

この涙は、悲しみの涙じゃない。

喜びか、と問われると少し違う気もする。そんな、少しだけ不思議な涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、そこに、いる?」

 

 

 

そう口にした瞬間、表情が歪んだ。視界がぼやけた。

我慢していた涙が、堰を切ったように溢れだしていた。

 

グッと唇を噛んで嗚咽を我慢する自分を、心の中で嘲笑った。

 

何を今さら、我慢することがあるのよ。

 

街で再会した時、すぐにでもその胸に飛び込んで行きたかった。ただの少女のように。

 

でも、自分で自分に役割を課したのは私。

 

 

義勇軍の大将という役割を。ただの“吉利”という少女の役割を。

 

 

まだ日が沈みきらない時間。周囲の眼。

そんなこと、本当はどうだっていいのに。なのに、どうして私は、素直になれないの?

 

黄忠と行動を共にしている時ですら自重気味に笑ってしまったほどだ。

 

ああ、まだこの厄介な性分は治っていないのね、と。

これはもう一種の病とさえ思う。もしかしたら、不治のものかもしれない。

 

 

……そのせいで私はあの時、大切な物を取り零してしまったというのに。

 

これじゃ、またあの時の二の舞だ。……それだけは、嫌だ。

 

 

幸いにも今は、天秤に乗せた想いの重さが明確に分かる。

今度こそ、自分を偽ってはいけない。自分を騙してはいけない。

 

 

彼に対して、不義を働くわけにはいかない。

 

 

ふと会話が無くなって、言い知れぬ恐怖に駆られた。

まるであの時と同じ。気配はあれども、それを信じられない自分がいた。

 

振り返ったら、もう彼はそこにいないんじゃないかと思ってしまう。

だから、私は精一杯の願いと想いを込めて、背後の気配に問い掛けた。

 

 

 

――あなたは、そこに、いる?――

 

 

 

私はこの言葉を、しっかりと口にすることが出来ただろうか。それすら分からない。

 

頬を涙が伝っていく。それは次々と流れ出し、止まることは無い。

 

 

 

 

答えて、応えて、私の手を――

 

 

 

 

不意に、手が暖かな感触に包みこまれた。

女の私より、一回り大きい手。それは私が心の底から待ち望んでいた欠片の一片。

 

ゆっくりと振り向くとそこには、その(かけら)の主がいた。

 

心配そうな表情と、どこか泣きだしそうにも見て取れる表情が合わさったような、なんとも言い表しづらい表情。私は、それを、待っていた。長い間、待っていた。

 

 

容姿は少し大人びて見える。でも多分、根本は変わってない。

 

安堵した。ただ、安堵した。良かった、彼は、一刀は、変わっていない。

 

 

グッと身体が引っ張られた。

少し癪だけど、一刀の方が背が高い。

 

だから、私の頭はちょうど彼の胸に当たって、止まった。

 

 

ギュッと抱きすくめられる。

それこそ、少し苦しいくらいに。でも、今の私にはそれが有り難い。

 

 

 

「――ああ、いるよ。ここに、いる」

 

 

 

ああ、もう。本当に、不意打ちなんだから。

 

 

穏やかでいて、熱い響きを持ったその言葉。

もう、我慢なんてしなくていい。そう言われている気がした。

 

だからだろう。それ以外に理由がない。原因が思い当たらない。

気付けば、私は声を上げて泣いていた。一刀の胸に、顔を押し当てて。

 

更に力の篭る、一刀の腕。

キツいけれどそれは、腕に抱いたものを壊すような強さでは無かった。

 

 

本当に、こういうところは天然だ。

ここぞという時に、私がして欲しいことをしてくれる天然。

 

それも彼に惹かれた、多くの理由のひとつ。

 

 

もっと、もっと強く抱きしめて欲しい。

これが夢ではないのだと、実感させてほしい。

 

 

覚めることはないのだと、頭で、身体で、理解したい。

 

 

腕の力の強さ、感触。

聞こえてくる、感じ取れる一刀の鼓動。

 

紛れも無く、本物だ。本当の、北郷一刀だ。私の、愛した人だ。

 

 

いつともなく続く抱擁。

ああ、本当に私が手に入れたかったものはこれなのだ、と改めて思った。

 

 

 

空には満月が輝いているだろう。あの時と、変わらずに。

 

憎らしくもあり、一刀を想う為の物でもあった月よ。

 

今はそこで見ていなさい。曹孟徳――いえ、この吉利と北郷一刀を。

 

これから私達が歩む、道の行く末を。もう阻ませはしない。これから往く道は、進む道は、彼とで無くては意味がない。

 

でも今は、この幸せに身を任せよう。そのくらいの贅沢は許されるだろう。

 

 

 

 

――今、私はこの上なく幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……華琳、でいいんだよな?ええと、その、呼び名も」

 

 

 

どれだけの間そうしていただろう。

 

長い抱擁が終わり、どちらともなく求めた長い口づけが終わり、俺と華琳は屋根の上。肩を寄せ合って座っていた。

 

 

少しだけ遠慮がちに問い掛けると、それを聞いた華琳は苦笑する。

 

 

「当たり前でしょう?というか、それ以外で呼んだら――」

 

「首を刎ねる?」

 

「……いいえ、刎ねないわ。やっと会えたっていうのに、そんなことをするわけないでしょう?」

 

 

冗談混じりの言葉にに柔らかく微笑んだ華琳。初めての切り返しだった。

 

何かと言えばすぐに『首を刎ねる』が彼女の代名詞だったのに。

 

なんというか、うん。新鮮だ。

 

 

涙も止まり、華琳は天を見ながら微笑んでいる。

それは本当に穏やかで、いつまでも見ていたくなる表情だった。

 

 

「その髪と眼って……」

 

 

 

会話の糸口を探そうと、取り敢えず、気になっていたことを口にする。

途端、穏やかに微笑んで夜空を見上げていた華琳の頬が少しだけ紅くなった。

 

ぎこちなく顔をこちらにむける。少しの間、口をパクパクさせていたが

 

 

「へ、変じゃない?」

 

 

やっとのことで、それだけを絞り出した。

どうやらかなり気にしているらしく、ツインドリルのクルクル部分を弄っている。

 

 

……なんだろうか、この可愛さは。

 

 

あれか?

しばらくの間、こういう類いの事と関わって来なかったせいで、俺の耐性が低くなってるだけか?

 

 

「いや、少し驚いたけど変じゃない。むしろ、なんか新鮮だよ」

 

「……」

 

 

なんでそこで顔を真っ赤にして黙るんですか華琳サン!?

 

 

「な、慣れてないのよ!」

 

 

どうやら口に出してしまっていたらしかった。

 

 

 

――曰く、人はこういうものを『ギャップ萌え』という。

 

 

 

華琳は自分を落ち着かせるように胸に手を当て、ひとつ溜息を吐いた。

 

今度は改めて、真面目な表情でこちらに向き直る。

 

 

「この髪、変じゃない?眼は?怖くない?」

 

 

問う声に混じる少しの震え。同時に眼には怯えが見て取れた。

どういう意図の元に問われているのかは分からない。分からないが、俺の答えは単純だ。

 

 

「別に。華琳の蒼い瞳も好きだったけど、紅い色っていうのも悪くない。なにより、その綺麗な黒髪と合ってるよ。というか、おかしなこと聞くな。なんで綺麗なものを怖いって思う必要があるんだ?」

 

「――」

 

 

何故か、華琳は呆気にとられた表情になった。そして途端に――

 

 

 

「ふふっ……あはははははははは!!!!!!!!」

 

 

 

 

弾けたように笑い始めた。

本当に愉快そうに、目尻から涙まで流して。

 

……おかしなことを言ったつもりはないのだけれど、どうやら今の答えがお気に召したらしかった。

 

華琳のこんな笑い方は初めて見た気がする。

 

笑う時すら自分を押し隠していた少女が今、本当の意味で笑っていた。

 

 

「そうね、そうだったわ。あなたはそういう人間だったわね。 ふふっ……」

 

 

目尻に残った涙を指で拭いながら、華琳はまだ笑みを納めない。

いや、納められないのかもしれない。どちらにしても大変愉快そうに、華琳は笑っていた。

 

 

「……や、今の発言に笑うところってあったか?俺としては至極真面目に答えたつもりなんだけど」

 

「真面目だからこそ、よ。まったく……私の厄介な性分が治ってないと思ったら、一刀の方もそうだった、なんてね」

 

「はあ……」

 

 

なんだか釈然としない。まあ、いいけど。

 

 

「正直ね、少しだけ怖かったのよ」

 

 

ぽつり、と華琳が言葉を漏らす。やはり、らしくない弱音。それに黙って耳を傾ける。

 

 

「あなたは外見だけで人を量る人間ではない、それは分かっていたのよ?それでも、少し不安だった。あなたが、外見の違う私を受け入れてくれるかどうかが」

 

「……どんなに変わろうが、華琳は華琳だろ?」

 

 

月並みな台詞だけど、それが紛うことなき俺の本心だった。

 

 

「乙女心、とでも言うのかしら、私には似合わない言葉だけど。そんな単純なこと、と思う?でもね、そういうことでさえ気になってしまうものよ、女というものは。……特に、好きな人相手じゃ、尚更ね」

 

「なんとなく分からないでもないよ、それは。……にしても、随分と素直になったもんだ。華琳、性格変わった?」

 

 

外見が変わったことと内面が変わったことに因果関係があるかのかは分からない。

 

でも、明確に華琳は変わっていた。

 

 

……いや、というよりは本当の『地』が出ているということなのかもしれない。

 

華琳という一人の少女が元々持っていた少女としての『地』。

 

それを引き出せたのが自分なのだとしたら、それは少し誇らしいことだった。

そうやって少しだけ胡坐を掻き、穏やかな雰囲気の心地に身を任せていたせいだろうか。

 

 

それ(・・)は突然やって来た。何の気負いも無く、華琳はそれ(・・)を口にした。

 

 

 

 

 

 

「ふふ、この外史で十年以上過ごしていたのだから、性格も少しは変わるわよ」

 

「え――」

 

 

 

 

 

酷い不意打ちだった。

一瞬、思考が動きを止める。理解が出来ない――いや、理解をしたくないのか?

 

今、華琳は何と言った?

 

 

 

 

――この外史で十年以上過ごして――

 

 

 

 

それはいったい……どういうことだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

つい、驚きに腰を上げてしまう。

いきなり立ち上がった俺を、華琳は憮然とした面持ちで見つめた。

 

まるで、雰囲気がぶち壊しとでも言わんばかりに。

こっちはもう、雰囲気とかそういうことにまで頭が回っていない。

 

微かに震えている口を開く。

 

 

「じゅ、十年以上って……?」

 

 

やっとのことで絞り出した問い。

華琳はなんというか、他人事のように、ああ、と小さな声を上げた。

 

 

「転生、とか言うらしいわね、私の身に起きたのは」

 

「転生?」

 

 

オウム返しのようにそれを聞く。今の心理状態じゃ、それしか出来ない自分に苛立った。

 

 

「于吉――私をこの外史に送る手助けをした怪しい男がそう言っていたわ。厳密には少し違う、みたいなことを言っていた気がするけれど」

 

 

正直そんなに詳しくは覚えていないわ、と華琳は肩を竦める。

 

そしてそのまま、あり得ないことを口にする。

 

 

「そんなに気にすることじゃないわよ」

 

 

「気にしないわけないだろ!!」

 

 

ぶつけどころが分からない怒りを、吐きだしていた。

 

華琳に、じゃない。俺自身にぶつけるべき、という思いもあるが、それも少し問題を履き違えている気がする。

 

本当に、ぶつけどころが分からない。なんなんだ、これは。

 

 

「十数年って……俺は、俺が待ったのはたったの一年半だ!!そんなのって……ないだろ……くそっ」

 

 

なんでこんな歳月の差があるかが分からない。

つまり華琳はその十数年の間、待ち続けてたってことか?

 

ずっと?言いたいことだけ言って勝手に消えた俺を?

さすがに自惚れで無いというくらいの自信はある。でも、問題はそこじゃない。

 

否が応にも思い知らされた。俺が色々な物を抱えて過ごしていた一年半という年月。それは、華琳の十分の一にも満たなかった。

 

 

……年月の差に苛立ってるんじゃないんだ。ただ、思う。

 

それは、その年月は、俺という人間に相応しい年月だったのか?

 

十数年過ごした。

つまりそれは、その間の華琳の人生の一部を奪っていたことと同義だ。

 

それじゃあ、華琳が報われない。華琳が救われない。

 

 

俺はまた、知らない内に華琳を苦しめていたのか。華琳の人生を縛っていたのか。

 

そんな自問や自答が脳内をグルグルと駆け巡る。

 

 

「そう……あなたは一年半も待ったのね」

 

 

沈痛な面持ちで華琳が言葉を漏らす。それは、心に刺さる台詞だった。

 

 

「“も”って……華琳に比べたら俺が過ごした年月なんてちっぽけなもんだろ」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 

即座に、切り返された。

叱責する声と、強い意思の宿った瞳で。

 

 

「私は、あなたが天の世界に戻るということを短絡的に受け止め過ぎていたのよ。……于吉から聞いたわ。『北郷一刀は天の世界に戻りました。ですが、彼は自分の身に起きた出来事を誰にも話せないでしょう』って」

 

「それは――」

 

 

確かな、事実だ。

 

その于吉という人物の事は知らない。思い当たるのは三国志の登場人物の一人、于吉仙人。

 

多分、俺をこの外史に送った左慈と同じように、外史の管理者なのだろう。

 

それなら、俺の事を知っているのも多少は頷ける。

 

 

でも、それがなんだ?

それは別段、華琳が気にすることじゃない筈だ。

 

俺の様子から、続く言葉を肯定と受け取ったのか、華琳の言葉は続く。

 

 

「天へ戻った貴方と自分の外史に残った私。その最大の違いが分かる?」

 

「……ごめん、分からない」

 

 

答えと言うより、問いの意味するところすら分からずに早々に降参する。

 

しかし華琳はそれに眉を顰めることは無かった。どこか暗い、沈痛な面持ちで話を続ける。

 

 

「思い出を共に(ともに)語れる人間がいたことと、いなかったことよ」

 

「思い出……」

 

「私には皆がいた。だからこそ、貴方を失った喪失から、徐々に立ち直ることも出来た。でも、貴方は違ったのでしょう?」

 

「……ああ。もしかしたら、話せば信じる人間もいたかもしれないけどな」

 

「それでも、その相手と思い出の共有は出来ていないのだから、同じことよ。……私は于吉からそれを聞いた時、足元が崩れそうになったわ。そして自分を取り巻く環境がどれだけ幸福だったかを知った」

 

「幸福って……俺があれだけの悲しい思いをさせたのにか?」

 

「それは貴方も同じことでしょう?……それとも違うの?」

 

「いや、悲しかったよ。悲しかったし、辛かった」

 

 

少しだけ華琳が、満足気に笑んだ。

その笑みにはどこか、安堵の感情も交じっている気がしたのは気のせいだろうか。

 

 

「幸いなのかは分からないけど、私はこの外史に於いても、理解者に恵まれたわ。思い出を共有することは出来ないけれど、否定をせずに話を聞いてくれる人間にね」

 

「む……」

 

 

少しだけ、その『理解者』とやらのことが気になった。

 

 

「だから、貴方は気にしなくていい――いえ、気にするべきではないのよ。だって問題は、年月じゃないもの」

 

「年月じゃない、か」

 

「ええ、だから謝るならそれはむしろ私の方よ」

 

 

そう言って、華琳は突然頭を下げた。

 

 

「一刀、ごめんなさい。私は、貴方を知らない間に傷つけていた。天に戻った貴方を、知らずに縛っていた。――本当に、ごめんなさい」

 

 

――ああ、そうか。華琳も俺と同じことを考えていたのか。

 

俺と同じように悩み、背負い、傷つき、そして苦悩していた。

そうか、これは俺一人の問題じゃ無く、俺一人の徒労でもなかったんだ。

 

なんだか少し、力が抜けた。気負っていたものが、少し薄れていくのを感じた。

 

そう、“薄れていく”だ。

抱えていた物をすぐに無かったことには出来ない。当たり前の事だ。

 

 

「華琳、顔を上げてくれ。なんかこれじゃ、華琳だけが悪いみたいだ」

 

 

俺の言葉に、顔を上げた華琳。それを確認して、頭を下げた。

 

 

「俺の方こそ、ごめん。別れの最後に憮様を見せて、傷つけて、想いと一緒に心への重みを残してしまった。――本当に、ごめん」

 

 

そこで一度、言葉を切る。

もうひとつだけ、伝えておきたい言葉があった。

 

これからは一緒にいられるのだから、いつでも伝えることは出来るだろう。

でも、今言いたかった。今言うべきだと思った。今言わなければならないと思った。

 

言わなければ、伝わらないこともある。

 

 

 

 

「――それと、ありがとう。俺の事を、待っていてくれて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を上げる。

 

穏やかな表情をしていた華琳だったが、俺が顔を上げるや否や、憮然とした面持ちになってしまった。まるで『してやられた』といった風情の表情だ。

 

 

「まったく……本当に卑怯ね、あなたの不意打ちは」

 

「え?……したつもりはまったくないんだけど」

 

 

華琳の言葉に、首を捻りながら、その場に座り直した。

 

 

「ふふ……本当に、貴方は変わらないわね」

 

「自分じゃ実感できないな、そればっかりは。……なあ、華琳」

 

「何?」

 

「変な事聞くけどさ。その、十数年過ごした間に少しでも好きになったやつとかって……いた?」

 

 

これはこれで結構、意を決した質問だった。

それこそ、告白するくらいの度胸を使った質問だ。

 

しかし華琳は、何を言うかと思えば、とでも言いたげな、呆れが混じった表情で答える。

 

 

「何を言うかと思えば……」

 

 

本当に言った!?

 

 

「幸いなことに一人もいなかったわよ。顔はともかく、性格やら考え方やら生き方やら、有象無象ばかりだったわ」

 

「……」

 

 

なんだろうか、この覇王様。根本はまったく変わっていない気がする。

 

いやまあ、あまりに変わっていられるとこっちも困るといえば困るのだが。

 

 

おそらく華琳に言いよる男はそれなりの数がいたのだろう。取り敢えず、その男性諸氏が、かなり辛辣な断り方をされたであろうことは想像に難くない。自ら命を絶ってなければいいなあ、と結構本気で思った。

 

だって、華琳の一言ってたまにナイフだもん。いやマジで。

 

 

とはいえ、一応安堵する。

その有象無象諸君には悪いのだが、彼らが華琳の眼鏡に敵わなくて本当に良かった。

 

 

 

安堵の感情から漏れる溜息。

ス……と、こちらを見ていた華琳の眼が細められた。

 

 

「それじゃあ今度は私の番ね?」

 

「え?」

 

 

嫌な予感がした。

そんな手前勝手な予感など構わず、華琳は続けた。

 

 

「――黄忠とはどこまでいったのかしら?」

 

 

……もの凄い笑顔だった。

笑顔に物理的な攻撃力が無くて良かった。本当に良かった。

 

 

「……ええと、なんでそんな話に? つーか手を出したこと前提で話してません!?」

 

「あなたが手を出していないなんて考えられないもの」

 

「ひどい言われようだ!」

 

「日頃の行いを呪いなさい」

 

「俺こっちに来てからは褒められるようなことしかしてないよ!?」

 

 

多分。

 

 

「信用できないわね。あなたの事だから、どうせ自覚していないだけでしょう」

 

「……いや、それってさ、俺が何を言おうと駄目じゃないか?」

 

「何を言っているの、当たり前でしょう?」

 

 

……当たり前なんだ。

確信した。華琳の根本は変わっていない。そのまんまだ。

 

 

「なにがおかしいのかしら?」

 

 

知らない内に、口角が上がっていたらしい。

華琳の眉間に皺が寄っていた。あー……ヤバい。これは機嫌を損ねたか?

 

 

「本当に自覚していないみたいね。まあ、いいわ。……どうせ時間の問題だろうし」

 

 

ありゃ、向こうから話を切るなんて珍しい。

というか追求の手を緩めるなんて華琳らしくないな。それに『時間の問題』ってどういう意味だ?

 

 

 

 

 

 

 

「――っ」

 

 

ゴウ、と音を立てて吹いた突風に華琳が身を抱いて震える。

二人の世界に入り浸っていたせいで(……なんか恥ずかしい)気付かなかったが、どうやらそれなりに時間が経っていたらしい。月も少し傾いていた。

 

 

「ほら」

 

「あ……」

 

 

立ち上がり、制服を華琳の肩に掛ける。

うん、俺はそんなに寒くない。いや、ホントに。Tシャツ一枚だけど。全然寒くない。

 

 

「……ありがとう」

 

「ん、そろそろ戻ろうか。もう遅いし、少し冷えてきたしな」

 

「もう少し話していたいけれどね」

 

「話せるさ、これからはいつでも」

 

「ふふっ、そうね」

 

 

欲を言えば俺も、もう少し話していたかったが、華琳の笑顔と自分の言葉でその欲を相殺する。

 

よくこんなとこ登って来たなー、とか考えながら歩き始める――と服の袖が後ろから引っ張られた。背後にいるのは一人、華琳だけだ。首を傾げながら後ろを振り向く。

 

俺が掛けた制服を胸の前で、片手で押さえている華琳。

ただ羽織っている状態なので、そうやって押さえていなければ風に飛ばされてしまうからだろう。うん、それは分かる。

 

しかし、だ。なぜ顔を赤くして少し俯いてらっしゃるのですか覇王様?

 

華琳が、顔を上げた。その口が小さく動く。幸いなことに、聞き取れてしまった。

 

 

 

 

 

「……今日は、一緒に、いたい」

 

 

 

 

 

――ああ、本当に不意打ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<The ATOGAKI>

 

 

 

さて、なんとか書けました。

完全に納得できる出来だったかはともかくとして。

 

まあ、完全に完全で完全なものって容易くつくれるもんじゃないですけどね。

 

さて、気付いている方々もいらっしゃるとは思いますが。

 

この華琳様、ここTINAMIで華琳の絵を書かせたら右に出る者はいないという

和兎(ユウサギ)さんが書かれた【 黒華琳 】を元にしております。

 

和兎(ユウサギ)さんとのショートメールのやり取りにて、使用許可を頂きました。

 

あくまでビジュアルイメージとして

使わせて頂くだけのつもりでいたのですが、和兎(ユウサギ)さんより

 

 

「キャラの設定などはお気になさらず、ご自由にお使いください」

 

 

との温かいお言葉を頂きました。

 

この先追々、というか次の話辺りで

華琳の設定を載せるつもりではありますが、逸脱しない程度に頑張りたいと思います。

 

と、いうことでビジュアルイメージを知りたい方は和兎(ユウサギ)さんの

黒華琳へのページリンクを張っておきますので、そちらからどうぞご覧下さいませ。

 

 

 

次の話と一緒に、現状の登場人物紹介(一部)を載せたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

※つぶやき※

 

 

自分でこの話を書いていて、ひとつ疑問。

 

――私の頭は彼の胸にちょうど当たって――

 

の辺りを書いている時。

 

あれ?そういや華琳と一刀の身長差ってどれくらいだ?と思いました。

 

んで、調べた結果。公式だと華琳は140cmくらい。

一刀はCGなどの絵から推察されるに180cmくらい。

(↑ 背の高い愛紗よりも一刀は頭一つ分くらい背が高いとかなんとか )

 

おいおい、と思いました。

思いましたので、この作品に出て来る華琳の身長、多分少し弄ります。

 

まあ、元々その気でしたが。

華琳の成長をお楽しみください。正確な数字( cmみたいな )は出しませんがね。

 

あまりにも正確過ぎると、矛盾が生じやすくなりますので。

 

 

さて、それでは次の更新までお元気で。頑張りまーす。

 

 


 
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