No.565275

すみません。こいつの兄です58

妄想劇場58話目。そろそろ書き始めて一年経ちます。継続して読んでくれてる皆さん、ありがとー。別に結末とか考えて書いてません。
 今回は、ちょっと間が空いてしまいました。お待たせ?待っててくれた?待っててくだされ。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2013-04-12 01:11:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1101   閲覧ユーザー数:1013

 冬休みは短くて、あっという間に終わる。

 三学期が始まる。

 また、真奈美さんと学校に行く毎日が始まる。最近は、市瀬家の最寄り駅や学校の最寄り駅で待ち合わせて、一緒に行くことが多くなった。一緒に登下校するのは、今は保護者としてではない。友達だからだ。真奈美さんは、俺の友達で一緒にて心地いいからだ。

 真奈美さんの学校生活は、今度こそ本当に復帰完了である。

 そんなある日のことだ。

「きょ、今日ね…か、帰るの遅くなるかも…」

そんなことを真奈美さんが言った。珍しい。というか、初めてだ。俺以外に友達が出来て道草をするのだろうか。ちょっと感動。

「…佐々木先生に呼ばれてる…から、進路指導…だって」

友達作りは、もう少し先のステージだった。

「あ、そうなんだ。じゃあ、待ってるよ。図書室で本を読んでる」

こくり、と小さく頷く真奈美さんを確認して、図書室に移動するついでに進路指導室に立ち寄ることにする。

「あら、直人くん」

指導室の前で、佐々木つばめ先生とでくわす。冬コミのときのあれやこれや、具体的にはバスタオル巻き姿を思い出して、ちょっと顔に血液が上昇する。一部の血液は、とある部分に降下する。

「直人くんも、一緒に真奈美さんの進路聞く?三者面談的に」

「俺、真奈美さんの親じゃないです」

「保護者かもしれないじゃない」

「んー。上野は『お兄ちゃん状態』だと言います」

「あら。妹あつかいで真奈美さんハートブレイクしちゃわない?」

真奈美さんは、そういうんじゃない。たしかに、わりと最近ずっと一緒に居るけどさ。一緒に寝ちゃったりしたけど。睡眠しかしなかったから、よけいにそういうんじゃないことの証明になっていると思う。

「?」

真奈美さんも、首を少し傾げて、前髪の間の目をきょとんとさせている。ほら見ろ。

「…ふふ。二人ともかわいー。次の本のネタにしちゃいたいわー」

「それはやめてください」

美人女教師がエロ漫画のモデルに生徒を使ったら、たぶんニュースなると思う。しかも痛いニュースだ。スレが伸びる。

「進路の話なんですね。じゃー、俺はもう行きますから」

「そうよー。真奈美さん、進路の調査票出さなかったから、来年のクラス分けができないのよ」

「あー。そっか。そうですね。じゃあ、真奈美さん、また後でね」

真奈美さんは小さく頷いて、進路指導室に佐々木先生と一緒に入る。

 そっか。来年のクラス分けは、進路別になるんだった。俺を含めて二年生は全員夏ごろに調査票を提出させられた。俺は、すごく適当に「進学」「理系」となにも悩まずに書いた。悩むまでもなかった。未来を考える俺の目の前で真奈美さんが現在と戦っていた。未来は襲ってこない。不安なだけだ。未来はだれも傷つけない。危険なのは現在だ。現在は現実であり、リアルに傷つき、苦しむ。

 真奈美さんは、それを俺に教えてくれた。だから、俺は未来を恐れずに適当に書いた。

 未来の不安は、現在そこにある危機に比べれば恐ろしくなどない。

 しばし進路指導室のドアを見つめて、図書室に向かう。

 

 図書室の椅子を引いて、カバンからカバーのかかった文庫本を取り出す。冬休み中に読んでいた《眼鏡生徒会長は、電気ウナギの夢を見るか》は読了した。読後感はなにも残らなかったが、楽しかった。

 最近はすっかりラノベ風味官能小説にはまっている。

 今日は、《あおかん! お嬢様とお外でシましょ?》だ。

 心を落ち着けて、本を開く。

「あら。二宮?」

緊張をみなぎらせて、本を閉じる。

 忘れてた。図書室にはこいつが棲息してるんだった。

 ヴェロキラプトル三島由香里、登場。

「なにかな?三島」

「……」

三島の切れ長の目が、俺の頭のてっぺんからつま先まで観察する。目を逸らした瞬間に食われる。ごくり…。

「少し痩せたわね。どうしたの?」

「よく気がついたな」

「…ん。まぁね…隣、座っていい?」

「やだ」

「なんでよ」

「こわいもん」

正直に言う。

「なんでよ」

「胸に手をあてて考えてみよう」

「理由がないときは殴らないわ」

理由を見つけたら容赦なく殴るという意味である。抑止力の使い方が分かってる三島は、許可をうやむやにしたまま俺の隣に座る。ふわりと石鹸と花のような香りがして、どきりとする。吐息がとどく距離というほど近くない。それでもパンチとキックのとどく距離だ。射程内。どきりとする。恐怖で。

「ベッドの下になかったわ」

「はて?なんの話」

「盗聴器」

「あー」

忘れてた。そういえば、美沙ちゃんが文芸部室に盗聴器をしかけて三島を監視してたのを誤魔化したんだった。美沙ちゃん、俺が三島に階段の踊り場で殺害されそうになっているのを見て、勘違いしたんだよな。

 おっけー。思い出した。

「なんで、市瀬さんの妹をかばって殴られたりするの?」

「なんで、美沙ちゃんが出てくるのか分からないし、なぜ殴るのかも聞きたい」

主に後者が聞きたい。三島の攻撃率は明らかに俺に対してだけ高い。

「市瀬さんをかばうのが面白くないから殴ったのよ。盗聴器は…今は、別にいいかなって思うわ」

盗聴器いいのか?ダメだと思うよ。俺は。

「だから、美沙ちゃんをかばってないってば」

「…まぁ、それはいいわ。もう…。それより、二宮。やっぱり進路は進学理系にしたの?」

そう言って三島が目を逸らす。珍しい。

「ああ。英語苦手だし」

「私は、進学文系にしたわ。来年は…」

そこで一旦、言葉が切れる。ほんの少しの沈黙。

「…来年は、別のクラスね」

「そうだな」

「姉が言ってたの」

職業BL漫画家のお姉さまだな。俺をモデルに作画してた…。あ。思い出した。あの雑誌、まだ真奈美さんの部屋に置きっぱなしだ。回収すべきだろうか。

「高校を卒業するとき『連絡するね!』『一緒に遊びに行こうね!』って言ってた友達と遊びに行ったことないって…」

「へ?そ、そうなんだ」

冷たい友達だな。三島の姉ちゃんが、ぼっちだった可能性もあるけどな。

「別に、うちの姉がぼっちってわけじゃないみたい。たいてい、そういうものみたいよ。大学に入ったら、大学の友達とばかり一緒にいて、そして大学を卒業した頃には高校のときの友達とは連絡も取らないって…」

「へー。そうなのか」

なるほど。四年間、連絡を取っていなかったら、あらためて電話したりするのが躊躇われるというのもわかる。なんか気まずいしな。

「私はイヤだわ」

目を逸らしていた三島が不意にこちらを見る。眉根を寄せ、睨むような上目遣い。普通なら、恐怖するべき状況だ。でも、なんだか三島が妙に女の子みたいに見える。ヴェロキラプトルなのに。

「私はイヤだわ。三学期が終わって、二宮と別のクラスになって、卒業して、連絡もなくなっちゃうなんてのは…」

ふせた睫毛が軽く震えている。なんなの?この女の子っぷり。三島が似合わないか弱いオーラを出している。対応に困る。

「えと…三島?」

そこで、三島の言葉が一旦途切れ、また続く。

「…別に、二宮だけじゃないけど…ほら、いやでしょ。連絡もなくなって、どこで何をしているのかも分からなくなって、まるで世界から居なくなっちゃったみたいになるの…二宮からも私が世界からいなくなっちゃったみたいになるなんて…いやだわ」

「三島。お前、どうしたの?なんだか一年早い卒業式みたいになってるぞ」

「来年、二宮と違うクラスだと思ったら、怖くなったのよ」

俺は同じクラスだと思うと怖くなるんだ、と冗談を言える空気ではない。

「三島。お前、誕生日いつだっけ?」

「え?十一月三十日よ」

いて座。別名人馬宮。三島らしい。うん。

「俺は、五月三十日なんだ」

「知ってるわ。前に教えてくれたでしょ」

「そうだっけ?まぁ、いいや」

ポケットから携帯電話を取り出して、電話帳を開く。

「誕生日にはメールするよ。年賀状かあけおめメールも出すよ…それで、少なくとも年に二回は連絡つくだろ。世界から消えたりしないよ。…一緒に遊びに行こうとかは、守れないかもしれないけど、メールくらいならウンコしながらでも出せるしな。ウンコだけに」

誕生日を登録しながら言う。我ながらナイスな駄洒落だと思うんだが、どうだ?

「わかったわ。私も出すわね」

三島がふわりと笑う。爬虫類っぽくない笑顔だ。なんだ。こんな笑顔も出来るんじゃないか。たまにそうやって笑ってたら、おまえモテるぞ。スタイルいいし。ってか、なんでこいつリア充してないんだろう。美人の範疇に十分入るのに…。

「そうだな。ウンコも出したほうがいいぞ。便秘は身体に悪い」

 

 結局、その日も殴られた。三島がリア充していないのは、粗暴だからだ。考えるまでもなかった。

 

 図書室では、俺の斜向かいを三島が陣取り警戒を怠らなかった。おかげで、《あおかん! お嬢様とお外でシましょ?》を読むのをあきらめ、スタニスワフ・レムの《ソラリスの陽の下で》を開く。

 意外と面白くて、五十年近くも昔のSFにのめりこむ。

「二宮…」

三島に呼びかけられる。なんだよ邪魔するな、と思いながら顔を上げると三島の顔も少しばかり青ざめている。

「市瀬さん、来てるわよ」

「え?」

横を見ると、真奈美さんが椅子の上に体育座りしていた。魔眼じー。

「市瀬さん、いつからいたの?」

三島も気づかなかったのか。真奈美さんのステルス性能はB-2スピリット並みだ。

「…十分くらい前」

そうか。日本が平和でよかった。真奈美さんが少年兵とかになって、非情な殺人マシーンとして育てられていたら、インビジブル・キリング・マシーンになっているところだった。

「進路相談、終わったの?」

こっくり。

「んじゃ、帰るか…三島、またな」

そう言って、本をカバンにしまって立ち上がる。真奈美さんと連れ立って、図書室を出る。ドアのところで、振り返ると本をふせて顔を上げたままの三島と目が合った。

 

 なにあいつ、フリーズしてんだ?

 

 真奈美さんと駅まで歩き、電車に乗り、一緒に降りる。一緒に歩いて市瀬家へと向かう。

「にーくん、おかえりっすー」

居間から、妹の元気な声が迎えてくれる。言っておくが、ここは市瀬家であって、俺の家ではない。妹の家でもない。

「おじゃまします」

なるべく礼儀正しく挨拶して居間にお邪魔する。居間では妹が、カーペットの上で寝転びながら、クッキーをボロボロこぼしつつ、携帯ゲーム機でゲームをしている。ここは市瀬家であって、妹の家ではない。

 踏んづける。

「ふぎゅぎゅぎゅぎゅ。あにするっすかー」

「しつけ」

足の下で、罪人がジタバタする。

「わかったっすー。わかったっすー。ごめんっすー」

解放。

「よそのお宅では、もう少し礼儀正しくしとけ」

「へにゃー」

カーペットの上に座りなおした妹が、ちまちまとクッキーくずを拾い始める。どこから持ってきたのか、ステルス真奈美さんがコロコロカーペットクリーナーを持って現れる。

「真菜、いいなぁ」

クッションの上で、女の子座りをしていた美沙ちゃんがそんなことを言う。今のストンピングのどこにうらやましがる要素があったのか知りたい。でもこらえる。最近の美沙ちゃんにうかつな質問をすると大変な事態を引き起こすリスクがあるからな。

「お兄さんは私のことは調教してくれないんですね。なんでですか?」

さらさらとボブカットを揺らす美沙ちゃんが、リスキーなワードを駆使して質問を投げかける。その隣のソファでは、美人のお母様がハードカバーの本を広げながら微笑んでいる。

 うかつな質問もしてないのに、なんでこんな事態になるのか。自動イベントなのか。なんの罰なのか。

「美沙ちゃんみたいなパーフェクトにプリティでエレガントで、ワンダフルでシャイニーな女性にそんなことをする理由がありません」

美沙ちゃんが、ちょっと首を傾げて眉根を寄せる。ちょっと悩んだ表情もかわいい。

 ああ。本当に美沙ちゃんはかわいいなぁ。

「じゃあ、なにをしたら叱ってくれます?」

やばい。

 流れがやばい方向だ。俺にはわかる。背中を汗が伝う。

 どう答えたらいいのか、正解が分からない。

 へるぷみー。

「美沙…」

ソファの上のお母様が柔らかな声で語りかける。おお。さすが市瀬姉妹のお母様。

「だめよ。まだあなた十五歳でしょう?まだ、行動起こすには早いわよ。せめて十八歳まで待ちなさい。そうしたら、私がお父さんをゲットした必殺技を教えてあげるわ」

あれ?

「十六歳になったら、結婚できるんだよ。お母さん」

「んー。私が、お父さんをゲットした方法は十八歳未満の未婚女子だと違法だと思うわ」

「おかーさん、なにをしたっすか?!」

妹が立ち上がってお母様に詰め寄る。おまえ、おかーさんとか言っちゃって本当にこの家の子になってるぞ。

「あら。だめよ」

「なんでっすかー。分からないと怖いっすー」

うん。俺も怖い。

「語り聞かせは、十八歳未満禁止コンテンツとか適用されるのかしら?万が一違法だといけないからやめておくわ」

お母様が可愛らしく人差し指をアゴに当てて考えて、すぐににっこりと笑う。くそぉ。市瀬美人遺伝子すごすぎるぞ。お母様の年齢でも可愛い。どうなってんだ。ちょっとだけ、市瀬お母様の十八禁コンテンツを想像して、血液が下降しちゃったじゃないか。ちょっとだけだ。ちょっとだけ。

「お兄さん」

美沙ちゃんが、少し身体を前のめりにして俺に話しかける。タートルネックのぴったりした白いセーターが美沙ちゃんのスタイルのよさを強調していて、どきどきする。この家は、本当に男子高校生に毒だな。

 視線が胸付近に落ちないように、ローマ法王ですら感嘆するほどの精神力を奮い起こす。

 顔もかわいいにゃあ。

 だめだ。精神力では、美沙ちゃんの女子力に勝てない。とろける。

「お兄さん。叱ってくれないと、叱ってくれるまですごいことしちゃいますよ」

すごいことか!

「おねがいします」

「はい」

「あっ!ちがう!違うよ!だめ!ちゃ、ちゃんと美沙ちゃんと付き合えるようになって、さ、最初は指の先がちょっと触れて、びくって手を放して、二人で真っ赤になるところから始めないと!」

いかん!あまりの可愛さに、一瞬理性部分がバイパスされた。脳の働きで言うなら大脳新皮質ではなく、大脳基底核部分で返事をしていた。大脳基底核は、本能的な情動をつかさどるよ。

「…お兄さん…」

「…にーくん…」

美沙ちゃんと妹が、信じられないものを見る目で俺を見る。なぜだ。

「…触手とか…」

「…姫騎士調教とかのゲームやってるくせに、急に少女マンガみたいなことを言い出したっすよ」

 

 俺は、ちゃんと現実とゲームの区別がついているんだよ。

 

 

(つづく)


 
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