No.563008

Baskerville FAN-TAIL the 7th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2013-04-05 21:51:57 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:363   閲覧ユーザー数:363

「……あ〜あ」

セリファ・バンビールは自分の家のドアに寄りかかってポツンと座り込んでいた。

自分が出かけた後に、姉のグライダ・バンビールと同居人(?)のコーランが出かけてしまったらしく、鍵を持って出なかった彼女は家に入れなくなってしまったからである。

よくこっそりと鍵を隠しておくパターンがあるが、彼女の家にはそのように隠せる場所はない。

すでに太陽も傾き始め、あと何時間かで日が暮れてしまうだろう。

「……おねーサマも、コーランも、ドコ行っちゃったのかなぁ?」

肌身離さず持っているグライダのぬいぐるみに話しかける。が、もちろん返事をしてくれる筈もない。

それがさらに彼女の悲しさをあおってしまう。

突然、寂しそうにうつむいていた顔を不意に上げて通りの先に目を向けた。

「おねーサマ!」

ひょこっと立ち上がり、とたとたと通りをかけていくと、向こうからグライダとコーランが歩いてくるのが見える。

「セリファ。帰ってたの?」

彼女の姿を見たグライダが声をかけると、セリファの方は一直線にグライダの元へかけこんで勢いよく抱きついた。

「おねーサマ。コーラン。ドコ行ってたの?」

抱きついたまま無邪気な笑顔でグライダの顔を見上げる。そんな光景を見て、コーランも呆れ気味の笑顔を浮かべている。

「相変わらずね、セリファ」

「この子が、例の……?」

コーランの後ろから聞き覚えのない男の声が聞こえた。セリファは抱きついたまま、首だけ出してその男の方を見る。

その男も、コーランと同じ金属光沢を放つマントを着込んでいる。魔界の住人だ。

パッと見は弱そうな優男。しかし、見た目で判断できないのが魔界の住人である。

薄い唇に塗った赤黒い口紅が少々気持ち悪く見えるが、魔界では男の人が口紅をつける事は別に珍しくないそうだ。

「この人を迎えに行っていたのよ」

コーランは彼の胸を拳で軽く叩いて、

「この人は、私の魔界の知人で……」

「やだ」

コーランの自己紹介が終わるより早く、セリファがその男をムッとした顔で睨みつけている。

「『やだ』って……まだ何も言ってないじゃない、セリファ?」

グライダも抱きついたままのセリファの頭を軽く撫でるが、

「その人……やだっ!」

パッとグライダから離れると、一目散に駆け出していく。

「あ。ちょっと待ちなさい。セリファ!」

だいたい十メートル程走ってこてんと転んでしまう。グライダは呆れつつも、

「大丈夫!?」

そう言って駆け寄ろうとするが、

「やだっ!!」

グライダの声にも耳を貸さずに起き上がると、そのまま走り去ってしまった。

「……嫌われちゃったみたいですね」

自己紹介を中断されたにもかかわらず、バツの悪そうな顔で二人に謝るその男。

グライダは「すみません」としきりに謝っているが、コーランの方は少々首を傾げるのみだった。

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば──どんな職種であれ──仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。

 

セリファは脇目もふらずに大通りをひた走る。しかし、ちょっとした大通りの段差に足をとられてまた転びそうになる。

が、前に立っていた戦闘用特殊工作兵・シャドウが、転びそうになった彼女をそっと抱きとめた。

ゆっくりと立たせてやると、シャドウは彼女を見下ろしたまま、

「何か在ったのか?」

背の低いセリファを高い位置から見下ろしているシャドウ。セリファは顔を伏せたまま何も言わない。

ロボットであるために、人間の「感情」というものが「知識」としてしか存在しない。その「知識」を総動員し、できるだけ「優しく」声をかけてみた。

「……言いたくない事なのか?」

「…………」

それでも反応はない。しかし、このまま放っておく事もできずに立ち尽くしていると、

「ちょっとあんた」

いきなり後ろから声をかけられた。シャドウのメモリーが瞬時に誰かを判別する。

「確か、お嬢ちゃんが良く行く菓子店の主人だな。何か用なのか?」

振り向いたシャドウの前には、細みの中年女性が立っていた。セリファに連れられてその菓子店には何度も行っているので面識はある。彼女はセリファの前にしゃがみ込むと、

「どうしたんだい、セリファちゃん。何かあったのかい?」

セリファは少しだけ顔を上げると、ようやく悲しそうに拗ねた表情を浮かべた。

「こういう時は、相手と同じ目線になるもんだよ。そんな風にしてたら怖くてしょうがないよ」

彼女はしゃがみ込んだままシャドウの方を見て諭した。シャドウの方は、

「自分は、お嬢ちゃんに危害を加えるつもりは無いが?」

「そうじゃないよ。わかってないね、あんたも」

セリファをぎゅっと抱き締めたまま立ち上がると、

「子供っていうのはね。自分より大きい大人を怖がるもんなんだよ。あんたみたいにでかい図体のやつが見下ろしてたら、それだけでびびっちまうよ」

「……そう云う物なのか?」

シャドウの無機質なマスクのような顔に、困惑の表情が浮かんでいるようにも見える。

「そういうもんなんだよ。さ。セリファちゃん。これから神父さまの所に行くんだろ? こいつに連れてってもらいな」

そう言って抱き締めたセリファをシャドウに渡す。まだセリファは何も言っていないのに主人はそう見抜いた。

「……そうなのか、お嬢ちゃん?」

セリファはまだ沈んだ表情ではあったが、ようやくこくんとうなづいた。

 

「……それで、ボクの所まで来たというわけですか、セリファちゃん?」

オニックス・クーパーブラックはシャドウに肩車をしてもらって自分の教会までやってきた彼女を、いつも通りの笑顔で出迎えた。

セリファの方も、出されたジュースをストローで吸いながら、彼に向かって、

「やだったんだもん」

と、ポツリと言うばかり。

「ただ単に『嫌』というだけでは……」

事情は理解した。きっと、コーランが迎えに行ったという人物から、何か良からぬ気配でも感じたのだろう。

「……シャドウは、どう思いますか?」

彼の隣にじっと立っていたシャドウは、クーパーの問いに少し間を置いてから、

「人間は幼い頃に、遙かな昔に持っていたとされる、通常を超越した感覚や能力を発揮する事が有ると云われている。お嬢ちゃんの場合、生活年齢は十九歳でも、肉体的な年齢はまだ十歳くらいだ。そういった感覚や能力を発揮したとしても、(あなが)ち荒唐無稽とは言い切れまい」

「……確かに、そういった研究結果もあるにはありますけど」

クーパーは黙々とジュースを飲んで、クッキーを頬張っているセリファを見て尋ねてみる。

「セリファちゃん。その人の、どんな所が嫌だったんですか? 例えば、身なりとか、言葉遣いとか……」

「……わかんない。でも、やだったの」

少し言葉に詰まってから、ぶすっとした顔で短く言い切る。

すっかりジュースを飲み干してしまったセリファは、名残惜しそうにストローの先をしゃぶっていた。

「……弱りましたね。それでは何もわかりませんよ」

さすがの彼も「お手上げ」といった感じだ。

「とにかく、もう日が暮れます。ボクも一緒に謝ってあげますから、今日は家に帰りましょう」

クーパーの申し出に、しばらくうつむいていたセリファだったが、

「……うん」

と、ぽつりと小さくうなづいた。

その時、部屋の窓ガラスが勢いよく開いた。

「お〜い、クーパー。いるか?」

窓を開けた人物は返事を待たずにそこからひょいと部屋に入ってきた。クーパーは「またか」といった感じで、

「バーナム。いい加減、窓から入って来るのはやめて下さい」

小柄の少年、バーナム・ガラモンドは彼の言う事など完全に無視して、セリファのついているテーブルの空き椅子に座ると、持っていた大きな包みをドスンと置いた。

「いやはや。人助けってのは、やってみるもんだね。お礼だってこいつをもらったよ」

そう言いながら包みを広げると、それはダンボールの箱で、その中には様々な干した果物が一杯に詰まっていた。

「珍しいな。最近では、こんな物まで干しているのか」

「こんな物って……果物を干すと云うのは、昔からありますけど……?」

箱の中をのぞき込むシャドウにクーパーが説明する。が、シャドウはかまわずに箱を持ち上げ、そのままくるりとひっくり返した。

ドサドサドサッ。

テーブルの上に干した果物が散乱し、その山の中に異質な黒い塊が。

「……あ、ビデオテープ」

セリファがそれを手にとった。その途端、彼らは理解した。

仕事だ、と。

 

「それじゃあ、今日はこれで失礼します」

玄関でペコリと頭を下げる男。その男は、セリファに開口一番「やだ」と言われた彼である。

「済まなかったわね。あの子があんな事言っちゃって」

彼に向かって一応の笑顔を浮かべて応対するコーラン。男は苦笑いをして、

「無理矢理訪ねてきたこっちにも非はありますよ。……セリファちゃん、でしたっけ? あの子によろしくお伝え下さい」

そう言って家を出ていった。その姿を見送って戻ってきたグライダが、

「あの人……ブラッシュさんだっけ? どうしてセリファのトラッドカードを見たい、なんて言ってきたんだろう」

「仕方ないわよ。あの子の使う魔法を編み出したの、彼の遠い先祖なんだから。普通は五枚くらいしか持たないけど、あの子の場合は二十六枚全部持ってるから、珍しいのよ」

トラッドカードとは、こちらでいう占い用カード。タロットカードの様なものだ。

占いに使う物と魔法で使う物は見た目は同じだが、魔法で使う物は魔術的な処理が施してあるのが普通だ。

その魔術的処理を施したカードを触媒に様々な術を使う者が、世間一般でいう「カード魔術師」なのである。

一口にカード魔術といっても様々だが、その殆どはカードに描かれたものを実体化させるか、カードの意味そのものを具現化させるものだ。

セリファの使う魔法も例外ではなく、カードに描かれている物を実体化する魔法だ。

慣れた者ならば精神集中だけで行えるので呪文を唱える必要すらないし、使い方によっては下手な術よりも効果的で威力も高い。

他の神や精霊等の力を借りない分制御も難しく、魔界の住人はもとより、人間の中にもそれほど多くの使い手はいない。

もっとも術者によって得意不得意があるし、使いやすいカード・使いにくいカードと使用頻度に差が出るので、一人の術者がたくさんのカードを持つ事はまずない。

「でも、それならどうして彼に見せなかったの? あの子、確か机の引き出しにしまってる筈よ。知ってるでしょ?」

「……ちょっと、引っかかる事があったの。単なるカンだけど」

夕食の準備の手を休めずコーランが言った。

「……そろそろセリファがオニックスと一緒に戻ってくるわ。お皿を『四つ』出しておいて」

セリファはグライダやコーランと些細な事で喧嘩した時、いつもクーパーの所に行く。

そして、彼にたしなめられて戻ってくる。毎回そうだった。

今回もそうだった。ただし、二つばかり違う所があったが。

「バーナム。あんたの分なんてないわよ」

一緒に来た彼を見るなりグライダはそう言って席に座った。セリファとクーパーも席についている。

「わーってるよ。オレはこいつをかじってるから」

バーナムはダンボールに入った干した果物を適当に掴み、かじりついた。

その途端、いかにも不味そうに顔をしかめると、

「……なんじゃ、こりゃ。酸っぱくて食えたもんじゃねーや」

慌てて吐き出し、蛇口に吸い付いて水をガブガブ飲んでいる。

「バーナム。それは煮込み料理の調味料に使うのよ。そのまま食べたら大変よ」

コーランは、彼の抱えているダンボールの中から何種類かの果物を取り出し、

「これならそのまま食べられるわ。その代わり、これ、家で使うからもらうわよ」

そう言ってしわしわの紫の粒だけをいくつか彼の手に落とす。仕方なくその粒をぽいと口に放り込んだ。

「それにしても、バーナムやシャドウまで来るなんて、何かあったの?」

グライダは、パスタが絡まりすぎて団子になったフォークを見つめたまま二人に問う。

「そのダンボールの中からビデオテープが出てきた。間違いなく『仕事』だろう」

シャドウがその問題のビデオテープを取り出した。

食事が終わり、皆がグライダの部屋のテレビの前に集まる。それほど広くない彼女の部屋が一杯になる。セリファはシャドウに肩車をしてもらっている有様だ。

クーパーがビデオデッキにテープを入れ、再生ボタンを押す。画面に浮かび上がったのは、綺麗に並べられた何冊もの本だった。

『……これは「運命の本」と呼ばれている魔道書だ』

ドキュメント番組のような雰囲気のナレーションが入る。凝らなくてもいい所に妙に凝ってくる所に呆れつつも、皆口を挟まなかった。

『無論、これは本物ではなく、皆ごく一部のみを記した写本だ。いや、本物は、本来ならもう今の時代には「殆ど残っていない」筈なのだ』

そこで一端ナレーションが途切れ、間を置くと再び語り出した。

『運命の本は、神が使う言葉で書かれていた。人はそれを読む事で神の知識を知る事になる。しかし、人の身では知識そのものですら身体が耐えられず、精神崩壊が元で発狂してしまう者もいた。それほどの力を持った本なのだ』

画面が切り換わり、今度はトラッドカードのセットが写る。

『その為、人はその本の内容を一枚の絵にする事で威力を弱め、そこに書かれた知識のみを活かす事を思いついた。それこそが「トラッドカード」の原点なのだ』

画面は再び本の山になる。

『しかし、ここ近年になり、魔術用のトラッドカードに術をかけ、この運命の本へと変えてしまう術者の存在が確認されている』

画面には一人の男の写真が写っている。

「あっ!」

グライダとコーランが驚きの声を上げる。

『その男の名はブラッシュ・エクストラ。魔族ではあるがその魔力は決して高いものではなく、これだけの術が使えるとは思えない。何かある筈だ。充分注意してほしい』

画面はそのままで、ナレーションは続く。

『今回の任務は、この術の行使を永遠に止める事。この運命の本は、人界にあってはならないのだ』

ブン、と音を立てて画面が真っ暗になる。

…………。

静まった部屋の中、クーパーがゆっくりと動いてテープを取り出した。その後もしばらくの間、誰も口を開こうとはしなかった。

人間を精神崩壊にまで追い込んでしまう書物の存在は、確かに放っておけるものではない。

本の流出ならば、是が非でも防がねばならない。

しかし、術者を捕まえるくらいならば、別に自分達でなければならない理由などない。そこいらの普通の腕利きで充分だろう。

確かにその辺りが引っかかるが、それでも仕事は仕事。やらなければならない。が……。

「なんっか、気がのらねーな」

バーナムが大きく溜め息をつく。

「そうねー。これくらいなら、別にあたし達でなきゃってわけでもないし……」

グライダも、今回はあまり乗り気ではないようだ。

「ですが、運命の本を広めてしまうわけにはいきませんよ」

クーパーがそう言うものの、彼にも「よし、やるぞ」といういつもの雰囲気がみんなにない事はわかっている。

「セリファ、もうねるー」

場違いに眠そうな声でトコトコと自分の部屋へ帰るセリファ。グライダは多少呆れつつも「しょうがない」と思ったのか、何も言わなかった。

「ああ——————————————っ!!」

突然のセリファの叫び声に、皆が彼女の部屋へと向かう。部屋をのぞき込んだ一行も、叫んだ理由を理解した。

部屋の引き出しという引き出しが出されたままで、中はグチャグチャに荒らされている。

ベッドマットをひっくり返したり貼っているポスターを剥がした形跡まである。

どう見ても誰かが何かを探した後だ。それも、徹底的に。

「……やったのは、ブラッシュという男に間違いなさそうだな」

部屋の中をグルリと見回したシャドウが、床に落ちていた紙切れに書かれたメッセージを見て、そう言った。

グライダ達にその紙切れを見せる。

 

「トラッドカードは私が戴く。

              ブラッシュ」

 

とだけ書かれた物だ。

セリファは大急ぎで机の引き出しの中を見てみる。

「あれ? ちゃんとあるよ?」

そこには確かにケースから出されたままのトラッドカードが。セリファはそれらを手にとって枚数を数えている。

二枚足りなかった。詳しく調べてみると、

「『誕生(バース)』のカードと『死亡(デス)』のカードだけない……」

セリファの目から涙がこぼれる。

「おじちゃんと『だいじにする』ってやくそくしたのにー」

ついにペタンと床に座り込んでワーワー泣き始めた。

「おじちゃんって?」

「お隣のメインナール王国の国王陛下。元々はそこの宝物庫にあったんだけど、色々あってね。十歳の時セリファがもらったのよ」

バーナムの問いに、グライダが答える。

「……なんか、こみいった事情があるみてーだな」

ペタンと床に座り込んだままのセリファを見下ろして、

「ギャーギャー泣いてんじゃねぇよ。泣きゃいいって思ってんじゃねぇだろうな?」

バーナムはそう言いながらしゃがむと、セリファの頭をコツンと叩き、

「……おい。盗られたモン、大事なモンなんだろ? 取り返しに行かねぇのか?」

しかし、肝心のセリファは、泣く声が小さくなっただけで、まだ泣き続けている。

「大事にするって約束したんでしょ? あたしも手伝うから、行こ」

グライダが彼女の涙を拭いてやる。セリファは、残ったトラッドカードを揃えて持つと、

「……うん」

小さいが、泣くのをこらえてしっかりとうなづいた。

「よしっ。……行くか」

バーナムがすっくと立ち上がり、部屋を出た。他のメンバーもそれに続く。

「コーラン。あいつの居場所はわかってんだろうな?」

「……一応ね。この町のメインストリートのビジネスホテルに泊まるって言ってたわ」

コーランが彼に向かって答える。

「……おねーサマ。クーパー。セリファ、やくそくやぶっちゃったよぉ」

クーパーは、彼女の頭を優しく撫で、

「大丈夫ですよ、セリファちゃん。大事にするという約束を守るために、取り返しに行くんですから」

「そうそう。ついでにふんじばって警察に突き出してやればいいのよ」

出来るだけ明るくグライダが言う。

「それにしても、バーナム。あなたが他人を励ましてあげるなんて、珍しいですね」

クーパーが、一番後ろを歩くバーナムに向かって尋ねる。

「……別に理由なんてねぇよ。ギャーギャー泣かれたんじゃ、うるせーからな」

吐き捨てるようにそう言うと「関係ない」と言いたげに大あくびをした。

 

目の前で、小さな少女が泣いていた。

顔をくしゃくしゃにしてじっとうつむき、涙を流している。

その少女と同じ背丈の自分がそこにいた。

 

 『バーナム様ぁ。わたくし、あの石、あの子にとられてしまいましたぁ〜』

 『とられたんなら、取り返せばいいだろ?』

 『でもぉ〜。わたくしにはできません〜』

 『……ねーちゃん! とっとと決めろ! 取り返したいのか!?』

 『でもぉ……』

 『このままでいいのか、はっきりしろっ!』

 

「……ったく、嫌なモン思い出しちまった」

不意に思い出した昔の情景に、ブツブツ悪態をつきながら頭をボリボリかいているバーナム。

「嫌なモンって、何が?」

自分の世界にいる所に、いきなりグライダの声で現実に引き戻される。

「こっちのこった」

不機嫌を隠そうとしない態度のまま、彼はコーランに何やら尋ねている。

「持っていった奴、どんな奴なんだ?」

「……ブラッシュの事? 私も、昔の仕事上の付き合い以外はあまりなかったわね。魔術は結構達者。体術はそこそこ。重宝するけどそれ以上の価値はないタイプって感じね」

「……」

結構キツイ言い方をするコーランに、みんなが呆れた顔をしている。

「……着いたわ。ここよ」

大体十階建てくらいの地味な建物の前で立ち止まる。

「シャーケン・シーサイド・ビジネスホテル」。

そう書かれた看板の前に一行が揃った。

「……で、何処にいるのかわかってるの?」

グライダがコーランの後ろに立ったままそう尋ねる。

ホテルのカウンターで聞いた所でそうそう教えてくれる訳もない。さすがに彼女も「しまった」という表情を隠しきれない。

「……そうですね。ダメでもともとです。カウンターで聞いてみて、呼び出してもらえるかどうか頼んでみましょう」

クーパーは、ホテルのずっと上の方を見つめている。彼も視力は良い方だが、外から中にどんな人がいるのかまではさすがにわからない。が……。

「……皆さん、屋上を見て下さい」

クーパーが、遙か上を指さした。しかし、普通の人には暗いだけで何かはわからない。

「成程。確かにあの男が立っているな。それもトラッドカードを持って。あれでも挑発しているつもりの様だ。しかし……」

シャドウもすぐに暗視用モードに切り替えて上を見ている。コーランも何とか確認した様だ。

「行くわよ、セリファ」

じっと立ったままのセリファの背をポンと叩き、グライダが促す。しかし、

「……あっち」

セリファはクルリと後ろを向いて、ホテルの向かいのデパートに向かって歩き出した。

「ど、どこ行くの、セリファ!」

グライダが慌てて彼女を捕まえようと手を伸ばす。

「待って、グライダ!」

コーランが彼女達を制し、注意深くじっと見つめている。

「……あれは幻影のようね。デパートの屋上に行くわ」

コーランも向かいの建物に向かって走り出す。首をかしげつつも彼女に習って閉店間際のデパートに入る。

「何であの子にわかるのよ?」

不思議がっているグライダに、コーランがそっと近づく。

「あの子の体には、ほぼ無限大の魔力があるの。その副作用らしいんだけど、自分にとって良い人か悪い人かがサーモグラフィみたいに()()見えるみたい。気持ち悪がられるからって、あなたにも話してなかったでしょうけど」

コーランがグライダも知らなかった事を耳元で囁く。

「じゃあ、どうしてコーランが知ってるの?」

「……私が子供の頃、セリファと同じような症状の子を見た事あるのよ。それでカマかけたら大正解って訳」

エレベーターに乗って屋上に着くと、セリファとコーランの言った通り、一人の男が悠然と立っていた。ブラッシュに間違いない。

「……さすがですね。幻影には引っかかりませんでしたか」

ブラッシュは持っていたカードをポケットにしまいこみ、一行を出迎えるかの様に軽く頭を下げる。

「すごいカードですね。持っているだけなのに疲れてしまいましたよ」

「……セリファがあなたを拒否した時に気づくべきだったわね」

先頭に立つコーランが、彼を睨みながら言った。その後ろには他のメンバーがいつでも飛びかかれるよう待機している。

「おじちゃーん! セリファのカードかえしてよぉっ!」

グライダの後ろから首だけ出して、彼女は彼に向かって叫ぶ。

「誰が返すかっ!」

彼女の声に過敏な反応を示して怒鳴る。コーランの後ろに隠れたままのセリファをビシッと指さしたまま長い台詞をマシンガンの様にしゃべり続けた。

「だいたい魔術用のトラッドカードという物はとても貴重な上に高価な代物。それをボロボロになるまで使いに使い込むというのならまだしも、自分に使う能力がありながら総てを他人にやってもらって自分は何もできないままという怠慢な態度に我慢ができなかったのだ! だいたい自分の力で勝ち取ったというならともかく、他人から一セット二十六枚丸々もらうなどというタナボタ式に力を得た者など、将来的に見ても決してロクな人間になれるわけがない!」

さすがにこれだけ連続してしゃべれば息も切れる。ゼーゼー言いながらも指をさした姿勢はそのままというのは感心できる。

「確かに。こいつはグライダに甘えてばっかりだしな」

腕を組んだままうなづくバーナム。

「頼り頼られる関係は良いが、ただ頼っているばかりでは人間として成長は出来ない」

シャドウも冷静に意見を述べる。

バーナムの方には間髪入れずツッコミを入れたいグライダだったが、言われている事は事実の為グッとこらえている。

「でも、どうして『誕生(バース)』と『死亡(デス)』の二枚のカードだけを盗んだのよ? そこまで言うんなら二十六枚全部持っていくもんでしょ、こういう場合」

グライダがブラッシュに向かって尋ねる。 確かにもっともな意見だ。彼は懐にしまっていた分厚い本を取り出して返答をする。

「その二枚のカードだけなかったのだ。その二枚で二十六枚総てのトラッドカードを『運命の本』にする事ができる。それが私のライフワークなのだ! 想像してみてみなさい。神の知識が総て己の物となるんですよ。すばらしいとは思いませんか?」

「他人の持っていたものを盗んでおいて、何がライフワークよっ!」

頭にきたグライダが彼めがけて走り出す。

同時に右手に神経を集中させ、右手に黒い光の塊が現れた時だった。

「! ダメです、グライダさん、剣を出してはいけません!」

クーパーが気づいた時にはもう遅かった。

右手に現れた黒い光の塊は彼女の手を離れ、ブラッシュの元へと飛んでいく。彼が手にしていた本のページがひとりでにめくれ、光の塊は本のページの中に吸い込まれてしまった。

「な、何をしたの!?」

グライダは慌てて突進をやめ、後ろに飛びのいた。ブラッシュの方は満足そうな笑みを浮かべ、

「さすがに少し熱いですね。炎の魔剣・レーヴァテイン。確かに戴きました」

言いながらパタンと本を閉じた。

「何言ってるのよ。あれはあたしの剣よ。そんな簡単に……」

「いえ、グライダさん。もうレーヴァテインは出せません。あの本に食べられてしまいましたから」

クーパーがブラッシュの本を指さした。

「あの本は『魔法喰らい』という名前の本で『持ち主の近くで発動した』あらゆる魔法を吸収する事ができる本なんです」

「ほう。さすがは神父。物知りですね」

ブラッシュが感心した様にうなづく。

「でも、もう一つの力は知らないでしょう? もう一つの力を見せますよ。ほら」

ブン、と低い音がして、彼の手に黒い剣が現れる。

「レーヴァテイン!?」

グライダが驚きの声を上げる。無理もない。

つい今まで自分が持っていた剣が、彼の手の中にあるのだから。

「この本が吸収した魔法の力は、本の持ち主がそのまま使えるんですよ。もっとも、威力の方はだいぶ落ちますがねっ!」

そう言って二言三言短い呪文を唱えた後、鋭く剣を振り下ろした。

「わあああっ!」

剣から生じた炎を慌てて交わす一行。グライダはすかさずセリファを抱えて逃げる。

「おいおいクーパー。グライダにはどんな魔法も効かねーんじゃねーのかよぉっ」

「仕方ないですよ。あの本はグライダさんではなく、レーヴァテインの方を目標にしていたんですから」

バーナムの文句にクーパーが言い返す。コーランは炎を見て、

「グライダは魔法が使えないからできないけど、レーヴァテインには魔力を込めれば火を出す力があるしね。……威力はかなり落ちてるけど」

「威力は落ちてたって、こんだけできりゃ充分だろ!」

バーナムはひょいひょいとかわしながらコーランにも怒鳴る。

「バーナム。まだ望みはある。あの男とて、無限に力を持っている訳ではない。疲れが出た一瞬がチャンスだ」

シャドウが冷静に状況を判断する。

「……そうか。魔法の力で動くシャドウが動けるという事は『既に発動している魔法』なら、あの本でも吸収はできないという事か」

クーパーの言葉を聞いたグライダはこの場から離れてから剣を出そうとエレベーターへ向かう。

しかし、ブラッシュもそれをさせるほどバカではない。すかさず剣を消し、今度は床に手をおいた。

「……汝の双脚。地に根を張るべし!」

「わあっ」

いきなり皆の足が吸いついたかの様に床から離れなくなってしまった。

「……こんな魔法聞いた事ないわ」

懸命になって魔法を打ち消そうと頑張っているコーラン。ブラッシュはその様子を見て、得意そうに小さい声で笑っている。

「古代の『戒めの術』だ。現代の呪法では解けんよ」

どんな魔法も打ち消す術もあるにはあるが、それを使うには少々時間がかかるし、準備もいる。昔の魔術は、やはり昔の魔術でなければ解く事はできない。いくら魔法でも万能ではないのだ。

無事なのは魔法の効かないグライダと、彼女が抱きかかえていたセリファの二人だけ。皆の異常を見て、彼女の足も思わず止まる。

「さ、空しい抵抗などしないで下さい。できる限り穏便に、且つ、合法的にするのが私の主義。それとも、誰かを殺されてみないとわかってもらえませんかね……」

いくらそれなりに鍛えているグライダでも、素手で敵を倒せるほど拳闘に長けているわけでもない。魔法が効かない体でも、魔法で魔獣などを呼ばれたらまず勝ち目はない。

そんな中、セリファが口を開いた。

「……おねーサマ。セリファがやりますっ」

彼女にしては珍しく怒った表情を見せる。

「セリファちゃん、魔法は総て吸収されます。トラッドカードを使ってはダメです!」

クーパーが彼女に叫ぶ。

「そうだな。二十六枚同じ銘柄の方が良いかもしれないな」

ブラッシュは余裕の表情で本を持ったままその光景を眺めている。

「セリファ、やめなさい!」

「セリファがやるっ」

静かだが強い意志のこもった声に、グライダもそれ以上何も言えなくなった。

グライダに下ろしてもらったセリファはポケットにしまっていたケースを取り出した。ゆっくりとケースから残る二十四枚のカードを出す。

セリファは持っているカードを扇のように広げ、高らかに叫んだ。

「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」

瞬時に二十四枚のカードに描かれた人物や物体が、次々と彼女の頭上に姿を現わす。しかし、それもやはり次々と「魔法喰らい」に吸収される。

「……ったく、あいつの頭何が入ってんだよ。学習能力のねー奴だな」

魔力は無限でも、それを制御する体力や精神力にはやはり限りがある。白目を向いて倒れてしまったセリファを見て、さすがのバーナムも呆れ顔だ。

「……そうか! バーナム。これから面白くなるかもしれないわよ」

しかし、セリファのやろうとしている事を見抜いたコーランが意味ありげに呟く。

だが、そんなコーランに気づいた様子もなく、ブラッシュの顔には何かをやり遂げた満足そうな表情すら浮かげて、ページをパラパラとめくっている。

「フフフフ。

 生命の『誕生(バース)』。

 停止の『死亡(デス)』。

 創造の『(ゴッド)』。

 欲望の『魔神(デモン)』。

 崇拝の『天使(エンジェル)』。

 誘惑の『悪魔(デビル)』。

 幸福の『楽園(エデン)』。

 罰責の『地獄(ヘル)』。

 支配の『(キング)』。

 支持の『女王(クイーン)』。

 権力の『王子(プリンス)』。

 寵愛の『王女(プリンセス)』。

 指導の『聖職者(ビショップ)』。

 反逆の『盗賊(シーフ)』。

 知識の『賢者(ワイズマン)』。

 感情の『狂者(マッドマン)』。

 勇気の『聖戦(ジ・ハード)』。

 混乱の『終戦(アーマゲドン)』。

 向上の『(タワー)』。

 困惑の『迷宮(ラビリンス)』。

 象徴の『英雄(ヒーロー)』。

 零落の『堕落者(ディジェネレイト)』。

 開始の『挑戦者(チャレンジャー)』。

 傀儡の『愚者(フール)』。

こうして総てが揃うとは……。あなたのトラッドカード。確かに頂戴いたしました」

そう言ってパタンと本を閉じた時だった。

ブラッシュの手に異常があった。手だけがカラカラに乾燥したミイラの様になっていた。まるで急に年老いたように。

「なにっ。これはどういう事だ!?」

さすがに彼自身も驚きを隠せない。そう言ってる間にも乾燥は手から肘、そして肩へとどんどん拡がっていく。

「それがトラッドカードの副作用よ」

コーランが「やれやれ」という顔で言った。

「あの子の貰ったカードはね、常に持ち主の生命力を吸い取り続ける、呪われたトラッドカード。魔法の使えない人間なら、たった一枚持っただけで数十分でミイラになるくらい強力なカードなの」

ブラッシュの手に力がなくなり、ボトリと「魔法喰らい」が床に落ちる。が、それでもミイラ化の進行は止まらない。

「いくら威力が落ちているとはいえ、全部のカードを手にしたら、例え神でも無事には済まないんじゃないかしら」

足にも力が入らなくなったらしく、背後の金網にもを預け、そのままずるずるとしゃがみ込む。

ブラッシュは何か聞きたそうに口をパクパク動かしているが、もう言葉を発する事もできない状態だった。

「本の能力と自分の力量を把握できなかったあなたの負けよ」

冷たいが、悲しげに呟くコーラン。

ブラッシュは、そのまま生きながらミイラと化し、そのまま横に倒れ込んだ。その衝撃で体がバラバラに崩れていく。後には「魔法喰らい」が一冊残るのみだった。何事もなかったように。

 

ブラッシュが死んだ為に術の効果が切れ、ようやくみんなが元に戻った。

クーパーが慎重に「魔法喰らい」に近づいていく。

「……それで、取り戻す方法はわかってるの、クーパー?」

一刻も早く取り戻したいと思っているグライダが彼の背中をつついて催促する。彼は回復したばかりのセリファに本を持ってくるように言うと、

「実は、とても簡単なんですよ。ページを切り取ればいいんです。それで元に戻ります。さ、セリファちゃん。お願いします」

それを聞いたセリファは本をペラペラとめくり、必要なページを慎重に切り取り始めた。生命力を吸い取るトラッドカードを「喰って」いる以上、この本に触れても生きていられるのはセリファだけだ。

「でも、大の大人がミイラになるってのに、何でこいつは平気なんだよ?」

バーナムがコーランに尋ねる。

「平気じゃないわよ。今も、セリファの生命力は吸い取られているもの」

「は?」

一所懸命ページを切り取っているセリファ以外の皆が唖然とする。コーランはその顔を見渡して台詞を続ける。

「ただ、セリファに備わったほぼ無限に近い魔力がミイラになるのを防いでいるだけ。それで、生命力が普通の人間よりも少なくてね。その結果充分な成長ができなくなったの。だから、十九歳の今でも、見た目は十歳くらいしかないという訳なのよ」

ほお、と皆が感心する。

「まあ、体が成長してないから、術を維持するだけの体力がどうしても欠けててね。ちょっと無理すれば白目向いて倒れるのよ。だから、あんまりポンポンと魔法を使われてもね……」

「普通の人間に、この仕事はできない、か」

小さく悲しそうに呟くグライダ。

「普通でない者に対抗するには普通でない者。それだけの事だ。気にする問題ではない」

シャドウの言葉に腕を組んでうなづいているコーラン。

「おねーサマ。ちゃんとぜ〜んぶ切ったよー」

セリファがレーヴァテインの吸収されているページをグライダに渡す。すると、それが黒い光の塊になって彼女の手に吸い込まれた。

セリファの方もちゃんと二十六枚のカードを持っている。きちんと端を揃えてケースに入れ、ポケットにしまいこんだ。

「ねーねークーパー。のこったのはどーするの?」

「そうですね……。このままにしておくというのも物騒ですね。でも、魔法喰らい自体は貴重な古代の書物ですし、骨董的な価値もありますから、このまま燃やしてしまうのも惜しい気がしますね」

「冗談じゃないわよ! こんな危ない本野放しにしないでよ」

グライダが慌てて否定する。

「それにしても相手を自滅させるとは、とんでもない方法を思いつきましたね」

「クーパー。それは手当り次第にやったら、たまたまそうなっただけだって」

感心するクーパーにバーナムが水を差す。

「ちがうもん。セリファ、ちゃんと考えたもん」

プイッと横を向いて頬を膨らませる。そんなセリファを見たグライダが、

「ちゃんと考えたと思うわよ。この子、行動パターンは子供だけど、頭はいいもの。これでも魔術教員採用試験の受験資格持ってるもの」

「え!?」

バーナム、クーパー、シャドウが驚きのあまり動きが止まっている。そんな中のシャドウの呟きが、はたして聞こえただろうか。

「『能ある鷹は爪を隠す』というが、見事な隠し方と言うべきかな」


 
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