No.56163

北郷一刀の本気 ―孫呉と―

altailさん

大分遅くなりましたが、どうにか製作できました。祭に間に合わなかったのは少し悔しいですが、今回もフルスロットルで行きます!

2009-02-05 12:36:44 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:19610   閲覧ユーザー数:13376

俺が目を覚ますときには、すでに次の戦いが―赤壁の戦いが行われようとしていた。

 

史実通りならば、本来蜀と呉が同盟を結び、魏を迎え撃つ―はずなのだが、どうやら、今回の俺の行動がイレギュラーらしい。

 

俺と孫策が呉の本陣へ搬送された後、魏は撤退。呉の勝利で幕を引いた。

今回の戦いの勝敗にあまり意味は無く、それ以上に問題なのが俺が取った行動。

 

名目上では俺が孫策と相討ちに成り、その後、呉に捕虜として捉えられたとなっている。

 

普通は情報漏洩を恐れて、俺を暗殺しようとするぐらいはするはず…なのだが、ここで重要に成ってくるのが俺の世間からの風評である。

 

 

天の御使い―平和の使者。

 

 

天の御使いが捕虜とはいえ呉に飲み込まれたのだ。世間は呉に天命があると思ってしまうだろう。その為、その天の御使いを暗殺しようとすれば、華琳の風評が一気に地に落ちてしまうのだ。

 

問題なのはこれからだ。魏が呉を攻めることをやめ、蜀に侵攻し始めたのだ。

兵力の差は圧倒的。

呉が介入する余地がない戦いのため、援軍も何も望めない状況。

そんな中、戦いの地を赤壁に選んだのも、天才軍師孔明の機転と言えるのだろうが、呉が参戦しないのであれば、火刑も使えない。勝ち目が無い戦いだ。

 

 

俺が殺されない、そして、一触即発の世界の中で微妙な立場を保っていることを理解していただいたところで、物語を再開しよう。

 

 

―俺が目を覚ます3日前から、物語は再び動き出す。

 

 

 

目を覚ました孫策が一番に確認したのは一刀の存在と、魏の動向。

恩を押し付けられた状態とは言え、命を救われた孫策は、一刀の扱いに悩んでいた。

 

「雪蓮、こいつはどうするつもりだ?」

 

「…わからないわ。こいつが何を考えているのかもわからないのに…」

 

珍しく歯切れが悪い雪蓮に対し、冥琳は内心戸惑っていた。

 

「私はこやつとお前の関係を知らない。戦場で何があったのかは聞いたが、それだけだ。お前が何を思い、何を感じたのか、私はわからないからな」

 

「わかってる…わかってるのよ、そんなこと…っ」

 

「言われなくても…か?だったら、前を見ろ。何を迷っている?」

 

「迷ってなんか―」

 

言葉に詰まってしまった。それだけで迷っていると言っているような物である。

 

 

冥琳は私の心をわからないと言った。

そんなの当たり前だ。他人が私の心を理解できるわけが無い。

だが私も…私の心がわからない。

迷いとも何とも言えない感情が頭の中を駆け巡っているのだ。

 

 

―君に死んでほしくない。

 

 

敵として対峙したあいつは私にそう言った。

 

 

―呉を知り、平和の道を探すよ。

 

 

敵として対峙したあいつは私にそう言った。

 

 

私は、どうすればいい…。

一度は魏に忠義を尽くした者が、私の元へやってきた。真の平和の道を探すために。

天の御使いだからなのか…。

だがそんな物は曹操が世間からの風評を勝ち取ろうとした虚であると私たちは考えていた。

 

ならなぜこの男は私の元へ?

 

もう何度と考えた疑問。

答えが出ない。焦燥感が募る。

 

「魏は蜀に対し侵攻している。我々はこの戦いは傍観する。万に一つも蜀に勝ち目が無いが、魏が敗北したとしたら、それは私たちの好機でもある。この戦いの尻馬に乗ればいい。」

 

「…いざとなったら、魏が蜀を狙ってる隙に、城を狙う?」

 

「それもありだが、…今はやはりこやつの扱いを決めるほうが優先だ。元魏に居たのだ。我々に下ったのならば、何か有益な情報をもたらすやもしれん」

 

「………」

 

「…私は穏と今後について話し合ってくる。結果は後ほど伝える。傷がまだ回復してないのだ、しっかり休息を取っておけ」

 

「…わかったわ」

 

冥琳の背中を目で追っていたが、いつの間にかその視線は下を向いていた。

 

「何だってのよ……っ」

 

 

 

 

その頃、蜀は赤壁の地へ物資、兵力を運び戦いに供えていた。

魏は呉に対しまったく警戒している様子もなく、全武将が出張っていた。

 

斥候からその情報を聞いた冥琳は、すぐに軍議を開き、今後について再度話し合った。

 

結果は変わらず、戦いの傍観。兵力の充実化である。

 

雪蓮もその提案には賛成を示した。

 

―今の気持ちでは戦えないとわかっていたから。

 

 

それから2日が過ぎた夜。

 

 

「んっ…うぅん……っ?」

 

目を開けると見知らぬ天井に寝心地がいつもと違う寝台があった。

 

「あれ…こ、ここは……っいた!」

 

記憶を掘り起こそうとした時、左腕に激痛が走った。

その痛みで、孫策と対峙したことを思い出した。

 

「そ、そうだ孫策は!?」

 

もちろん部屋には誰も居ない。外に2人警備のものが立っているようだ。

 

じっとしていても始まらないよな…。

 

「す、すみません…」

 

「何だ?…おっ、起きたみたいだぞ」

 

「本当か、なら俺は誰か呼んで…あ、孫策様!」

 

孫策!?

 

「何…どうかしたの?」

 

「はっ、どうやら捕虜が目を覚ましたようです」

 

「そう…なら、あなたたちは少し席を外してて」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「いいから。何かあったらまた呼ぶわ」

 

「了解です」

 

ガチャッと孫策が扉を開け部屋に入って来た。

 

「どう、具合は?」

 

「まだ少し痛む場所はあるけど、気分はいいぐらいだよ」

 

「…そう」

 

…何故だろう。今の孫策からは何も感じない。

覇気も威厳も何も。むしろ…

 

「どうかしたのか孫策?浮かない顔してるけど」

 

「…まさか怪我人に心配されるとは思ってもみなかったわ」

 

「い、いや…だって俺が傷つけたんだし…」

 

「ならあなたは、私と合間見えたことを後悔してるの?」

 

「…正直よくわからない」

 

「…私もよ」

 

「えっ?」

 

孫策が俺が寝ている寝台に腰掛け、酷くやつれた表情で俺に聞いてきた。

 

「あなたは…誰?」

 

聞きたいことは山ほどあるが、何を聞けばいいかまとまっていないと言ったところだろうか。

なら俺はその質問一つ一つに答える義務がある。

 

「俺は北郷一刀。天の御使いなんて呼ばれてる」

 

「北郷は、本当に天から来たの?」

 

「天…というか、別の世界かな」

 

「別の…世界?」

 

華琳のときもそうだったが、やはりこのことを説明するのが一番苦労する。

おっと…呉に下ったのだから、もう華琳とは呼んじゃいけないよな。

 

ひとまず俺は、この世界にやってきたときのことを孫策に説明した。

 

「…なら、何故あなたは曹操に付き従っていたの?」

 

「俺はこの世界で生きていく術が無かったからな。曹操に従うしかなかった」

 

孫策が何を聞きたいのか、核心が何所にあるのかはわからないが、俺は本心で孫策と向き合う。

 

「でも…それじゃダメだと思ったんだ。ただ曹操に従ってるだけじゃ」

 

「どうして?あなたは曹操を認めたのではなかったの?出なければ忠義など…」

 

「確かに、俺は曹操を認めていた。いや、尊敬さえしていた。…だけど、それが本当に正しいかどうかなんて誰にもわからない。それこそ、天のみぞ知るってやつだ。だから俺は、この眼で見て、この耳で聞いて、この手で触れ合い、考えたいんだ。何が正しいのか。いや、正しさなんてないのかもしれない。みんなそれぞれに『正しさ』を持ってるんだ。そうだな……、俺は俺の『正しさ』を探したい。そう思ったから、孫策の元へ来たんだ」

 

「そう……そうなの」

 

「あぁ。俺は孫策と切りあってわかったよ。曹操とはまったく違う『正しさ』があるんだって。俺はその『正しさ』を知りたいと思った」

 

誰かを護るために、力を求めた俺は、さらに知を求めた。

 

―自分の『正しさ』に、迷いが生まれたから。

 

「だったら!」

 

「っ!?」

 

孫策が急に立ち上がり、決意を固めた鋭い眼差しで射抜くようにこっちを向いて言った。

 

「『一刀』に私の…私たちの『正しさ』を見せてあげる!孫呉の絆を!私たちが求める平和を!」

 

もう迷いは吹っ切ったと言わんばかりに、大声を張り上げる孫策に、俺は内心で苦笑し、笑いながら言った。

 

「…あぁ、見せてもらうよ。俺が自分の中の『正しさ』を見つけるためにも」

 

「なら、私の真名をあなたに預けるわ。性は孫、名は策、字は伯符、真名は雪蓮よ」

 

「よろしく、雪蓮」

 

右腕を差し出し、雪蓮と握手を交わす。

 

 

その手は、熱く、柔らかく、たくましかった。

 

 

 

 

その後、俺は孫呉の皆に挨拶をし、雪蓮にも話した俺の考えを打ち明けた。

雪蓮はすべて納得してくれていたので、何も口出しはしないと言った。

 

冥琳は、俺の考えに異を唱えた。

 

「貴様、一度仕えた主を裏切る行為がどういうことかわかっているのか?」

 

「裏切ったんじゃない。俺は、曹操のためだけに動く人形じゃない。俺には俺の意思が、曹操には曹操の意思がある。主に仕えるものって言うのは、その意思に同調した者のことを言うんじゃないのか?」

 

「確かにな。だが、裏切りは裏切りだ。信頼を断ち切ったのだから」

 

「…それでも、俺は曹操に従っているだけじゃ駄目だって思ったんだ」

 

「言ってることとやってることが支離滅裂だぞ…」

 

「わかってる。でも、自分の心が見えないのに、曹操に従うなんて俺にはできない」

 

例え明確な道理が無くても、俺は今の気持ちを正直に周瑜にぶつけたい。

 

「根本はみんな平和を望んでるのに、それぞれ道が違う。それは何でなんだ?それぞれに信じるものがあるかだ。だから俺は、俺の信じるものを探す。それだけだ」

 

「ならば、私たちは貴様に利用されると言ってもいいわけだな?」

 

「あぁ。その代わり…って捕虜の俺が言うのもなんだけど、俺を利用してくれて構わない。周瑜たちがこれからやる全てを俺は見届けたいから」

 

この場から逃げずに、目線も逸らさず真正面から周瑜を見つめる。

 

「…まったく。雪蓮が気に入るわけだ」

 

「…へっ?」

 

「この状況で私に取引を持ちかけるなど、相当の馬鹿か愚か者だけだ」

 

「いや…両方悪いのでは…」

 

「ならば我は『北郷』を信じよう」

 

「あ…」

 

始めて周瑜が名前で呼んでくれた。少し感動してしまった。

 

「はぁーい、それじゃあ他に異論のある人は?」

 

雪蓮が周りに目配せをする。皆それぞれ思うところがあるのか、困惑しているのか、誰も口を開かなかった。

 

「それじゃあ、皆には一刀に真名を預けてもらおうと思うんだけど」

 

『えぇぇっ!!』

 

俺も皆と一緒に驚愕の声を上げた。

 

「お、おい雪蓮っ!そんなほいほい真名を預けろって…」

 

「だって、真名さえ預けちゃえば、一刀は私たちをなかなか裏切れなくなるでしょう?」

 

「うっ……」

 

そりゃそうだ。ただでさえ魏を出たというだけでとてつもない罪悪感が残っているのだ。

その上、呉まで裏切ったら俺の心が押し潰されてしまう。

 

もちろん皆も渋っていた。祭や穏は快く教えてくれたのだが、蓮華や思春は最後まで拒んでいた。

 

「…俺を、信じてもいいと思ったときに、真名を預けてくれないか?」

 

そう言ったら、少し顔を赤らめて、

 

「…そ、そんなこと言われたら……ぅっ……」

 

最後の方は小声過ぎて聞こえなかったが、まだまだ不満があるらしい。

 

「なら、今日の軍議はここまで!解散!!」

 

「お待ち下さい」

 

涼しい、それでいて迫力がある声が響き渡る。

思春が、俺を見ながら言った。

 

「北郷、私と手合わせ願おう。この様な下賎な輩に雪蓮様が遅れを取ったとは思えん」

 

「ちょっと思春…何気に酷いこと言ってくれるわね…」

 

「い、いえ、決してそのような…」

 

「でも確かに、私も思春と一刀の手合わせは見たいわね」

 

「お、おいっ!」

 

止めてくれよ、まだ左腕痛むのに!

 

「…はぁ。やるなら中庭でやってよ」

 

「俺に拒否権は無いのか」

 

「当然じゃろう!漢なら正面から堂々と立ち会えばよいのじゃ!」

 

「い、いや…俺は男ですから……それより、俺の武器は」

 

「ここにあります」

 

そう言って、明命は俺の剣を渡してくれた。

 

鞘から抜いてみるが、おかしなところは無く、むしろ孫策とやりあう前の状態に戻ってるぐらいだ。

 

「私の剣とよく似ていたので、手入れしておきました」

 

明命は背にある長刀に手を伸ばしてみせる。

確かに、すごく良く似ている。だが、長さが圧倒的に違った。

小柄な明命が振り回すには分不相応な気がしたが、言うのはやめた。

この世界で、外見と武が関係ないことはすでに知っているから。

 

「武器も持ったところで、早速―」

 

「わぁああ!待て待て!わかったから中庭に連れて行ってくれ!」

 

 

移動してる間に心の準備をしておこう…

 

 

 

 

中庭に来ると、思春は剣を抜き、殺る気満々。嬉々としているかのようにこちらにさっきを放ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺だって病み上がりなんだ。少しウォーミ…勘を取り戻させてくれ」

 

「…いいだろう。5分やる」

 

怪我人だからといって譲歩する気もさらさら無いようだ。

 

少し離れた場所で、小鳥丸を抜き、正眼に構える。

 

「―――ふっ!」

 

上段からの振り下ろし、横払いから袈裟切り、返しの逆払い、突き…。

一連の動作を1つの流れであるかのように、力に逆らわず、利用し、力を込め振る。

 

「はっ!…せい!うりゃ!」

 

見えない敵の攻撃を防ぎつつ、反撃。全てのイメージが鮮明になってきたところで、5分が経過した。

 

 

「…少しは勘が戻ったか?」

 

「まだ左腕は痛むんだがなぁ」

 

「言い訳をしておこうという魂胆か?生憎、容赦はしないぞ」

 

「あぁ、もちろ―!」

 

答えようとしたところで思春が消えた。もちろん本当に消えたわけではなく、すさまじい速さで俺の死角に入り―

 

「っ!」

 

「くっ!」

 

いくら気配を殺せても、切る瞬間の殺気、武器から漏れでる威圧感だけは消せない。

身の毛がチリチリと逆立ち危険を知らせる。

俺の斜め後方から迫ってくる思春の剣を、背中越しに剣で受ける。

 

「隙だらけだな」

 

「なっ!?ぐぅっ…!」

 

両手を肩越しに背に回し攻撃を防いだため、がら空きになった腹部に思春の蹴りが放たれる。

 

「ハァ…ハァ…っふ」

 

息を整えつつ、思春に向き直り、剣をもう一度正眼に構える。

 

「いいだろう。正面から打ち合ってやろう」

 

「そりゃどうも…はぁ!」

 

二歩で距離を詰め、腕全体を曲げ、伸ばし、突く。

一瞬の動作だったはずだが、思春はいとも容易く受けてみせる。

 

「はっ!せいっ!たぁ!」

 

脇を占め、力を乗せることよりも速さで翻弄しようとするが、俺が混ぜたフェイントすらもあっさり見抜き、逆にこちらに重い一撃を放ってくる。

 

「甘い!」

 

「っ!!」

 

右腕一本を全力で振り下ろし、剣を弾く。

 

 

マズッ…手が痺れて…。

 

 

あまりの剣戟に握力が弱まり、剣を落としそうになる。

それを必死に堪えているところに、さらに追い討ちをかけられる。

 

「はあああッ!」

 

振り上げた剣を、地を砕く勢いで振り下ろす。

俺は横に転がり回避。

しかし転がった先で脇腹に蹴りを貰う。

 

「がぁっ…」

 

 

―圧倒的。

 

こちらの攻撃は読まれ、捌かれ、返される。

 

なのに相手の攻撃を読むことすらできず、受け止めることもまま成らない。

 

単純な問題で、筋力が違う。

そして何より、場をくぐってきた実践の数が違った。

 

だが、ただ負けるわけにはいかない。

 

 

「―――っ」

 

「何だ…貴様、剣を取らない気か」

 

「………っ」

 

俺は何も言わない。ただ神経を研ぎ澄ます。

この技が通じるのは恐らく一度。

一度見られてしまえば、剣線を読まれて避けられるだろう。

 

「…一刀」

 

雪蓮の呟きが耳に届いた。それと同時に、不思議なぐらいの高揚感が襲った。

 

この感覚は…雪蓮と戦ったときの感覚に近い…。

 

死の瀬戸際、とまでは行かないが、圧倒的な敵を前にリミッターが外れたと表現するのだろうか。

 

周囲の音が、手に取るようにわかる。

思春の息遣い、まわりの木々の音。すべてが鮮明。

 

「ならば、これで終わりだっ!」

 

もう一度思春は地を蹴り、俺の視界から消えた。

目で追えたのは最初の一瞬。次の一瞬には切りかかってくる。

 

 

逃すな。一瞬の音。一度の好機。

 

 

 

――ッ

 

 

 

「―ハアァアアッ!」

 

「なっ!!?」

 

完璧な背後から思春が最小限の動作で中段から切り落とそうとしていた。

 

右足を軸に、全体重を右半身に乗せ、左足を滑らせ、一回点しながら、抜き放つ!

 

「させんっ!」

 

咄嗟に左手で剣の軌道を制御し、俺の居合いの軌道に合わせてくる。

 

重心を移動させつつ、軌道を逸らし、切り上げる。

 

「はぁあ!!」

 

そのまま全力で袈裟切り。

 

「くぅっ!」

 

「まだまだあぁあ!」

 

左足を突き出し、体重を乗せ突く。

上に逸らされたため、再び俺の腹部ががら空きになる。

 

「学習能力が無いのか貴様はっ!」

 

さっきと同じ容量で蹴りを俺の腹部に放つ。

 

「焦ってるんじゃないのか、思春!」

 

さっきとは違う点。それは、突きを右腕一本で放ったこと。

 

放たれた蹴りを左腕で受ける!

 

「ぐあぁっ!」

 

思っていた以上の激痛が俺を襲う。

 

「一刀!あなたまだ左腕の傷がっ」

 

霞との戦いの応用のつもりだったが、あまりの痛みに手が続かない。

だが、今はその痛みを無理やり押さえ込む。一泊遅れて再び攻撃。

 

「ぐぅ…そらっ…お返しだ!」

 

残った左の軸足に向けて、蹴りを放つ。

 

「っ!!」

 

態勢を崩し、左手を着いた思春に向けて、小鳥丸を―

 

「くっ、させんっ!」

 

思春は左手を着くと同時に、自分を支えるのではなく、そのまま倒れる流れに合わせて左に転がる。

振り下ろした小鳥丸は空を切り、地面を叩く。

 

「はぁ…はぁ……ぅっ」

 

渾身の一撃を避けられ、疲労感が頂点に達した。

そのおかげで、左腕の痛みがまたぶり返してきた。

 

「…甘いな、詰めが甘い…っ!」

 

起き上がりざまに剣を振るう。それを必死で受ける。

もう握力が持たない。

 

思春も肩で息をしているとは言え、まだまだ切り合える体力は残っているだろう。

 

「……はっ!」

 

思春の剣が俺の首を捉える。それと同時に宣言する。

 

 

「…参った。降参だ」

 

 

小鳥丸を鞘に収め、地面に投げ捨てる。

 

「…何?まだ決着は―」

 

「着いてるよ。それに、もう左腕あがらねぇんだよ…」

 

冗談でもなんでもなく、本当に力が入らない。

ただでさえ一度筋が切れたのだ。アレだけ動けた方が奇跡だと言える。

 

「…ふんっ」

 

不満そうに剣を鞘に収め、俺に背を向け去っていく思春。

 

その後姿を見ながら、俺は地面に倒れた。

 

「ちょ、ちょっと!?一刀!!」

 

雪蓮が心配そうに俺のほうに駆け寄ってくる。

雪蓮に何か言葉をかけようとも思ったが、そんなことより―

 

「あぁ、疲れたぁ……」

 

そう言って、俺の意識は落ちた。

 

 

 

 

「あの男……何者だ?」

 

あんな太刀筋見たことが無い。

鞘からの抜刀も、目が追いつかなかった。咄嗟に構えた場所に偶然当たっただけだ。

 

「まったく…。私も精進が足らないか」

 

右腕を左手で押さえている姿を誰にも見られないように、城を後にした。

 

 

 

 


 
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