第三十六話 ~ 箱の中の猫 ~
【アヤメside】
【Congratualtion!!】
「よっしゃ!」
ササマルがカマキリのようなモンスターを槍で突き刺し、トドメを刺した瞬間、レベルアップを知らせるファンファーレが鳴り響いた。
飛び上がって喜ぶササマルに、キリトも含む黒猫団のメンバーが駆け寄りハイタッチを交わしていく。
「なるほど、ね」
「キュィ?」
小さく紡がれた俺の言葉に、キュイが疑問符で答えた。
「何でもない」と言いながら、その頭を撫でる。
仲間のレベルアップを自分のことのように喜び、そしてその努力を労う。やっていることは俺たちと変わりないが、確かにどこかが違った。
壁が無い、とでも言えばいいのだろうか。
「キリト、確か《月夜の黒猫団》は同じ高校の同じクラブのメンバーで構成されているんだよな」
「そうだけど?」
「そうか……」
キリトの言った、《アヤメたちとはまた違った暖かさ》の正体が、少し解ったかもしれない。
「なあなあ! 俺たち結構強くなってきたんじゃね?」
一人で納得していると、ダッカーがやや興奮気味にキリトに尋ねた。
キリトは少し引きながら、まあまあと両方の手のひらを見せて落ち着かせる。
それから、一つ咳払いして言葉を紡いだ。
「まあ、確かにこの層じゃ効率が悪くなってきたかもな」
「だろ? ならさ、もう一つか二つ上の層に行かねえ?」
「そうだな……」
ダッカーの言葉に、キリトは腕を組んで思案を始めた。
ダッカーの言うとおり、月夜の黒猫団の平均レベルは、キリト抜きでも十分やっていけるレベルには到達している。
ソロ狩りならまだ見込みはあるが、パーティだと効率が悪くなってくる頃合いだ。
「ええ……私は、もう少しこのままでいいと思うけど……」
しかし、サチは非難の色を示した。
最近、スキル構成を盾持ちの片手剣に路線変更したらしい彼女は、まだ熟練度が心配なのだろう。
それに、彼女に与えられた《盾になる》と言う役割を全う出来ているとは考え難い。
と言うか、向いていないんじゃないだろうかとすら思える。
「だいじょぶだってサチ。キリトが付いてるし、それに今日はアヤメもいるんだぜ」
「そこで俺を出すのはNGだぞ、ダッカー」
どうにかサチを説得しようとするダッカーに、一つ釘を刺す。
「こんな下層で俺が戦闘するのはノーマナー。それに、俺がやっちゃお前らの戦力アップにならないだろ」
そう言うと、ダッカーは頬を引き攣らせて「分かった……」と頷いた。
何故か、周りの皆まで苦笑いを浮かべている。
さすがに無責任かな、と思ったので、俺は「援護くらいはしてやるし、いざとなったらちゃんと助ける」と言いながら、ポーチから《スローイング・ナイフ》を一本取りだし刀身をチラつかせた。
「んん~……。ケイタ、あとは頼んだ」
「そこで僕に振る!?」
考えに考えを重ねた結果、キリトはケイタに丸投げした。
「いやほら、ケイタはリーダーだし、最終決定権はケイタに任せるべきだと思って」
「はあ……。じゃあ、ここは平等に多数決で」
多数決の結果、《上層に上る》が四票、《現状維持》が二票で《上る》に可決された。
【キリトside】
ダンジョンから一旦街に戻り、サチお手製の弁当を食べた俺たちは、メインで活動していた階層より二つ上の層に移動した。
結果から言うと、《上層に上る》という決定は当たりだった。
多少危ない場面はあったものの、上がりあぐねていたレベルはまた順当に上がりだし、さっきまでいた層ならソロでも行けるかな、と言うところまでになった。
想像以上の結果に、俺たちは少し興奮していた。
それからも狩りを続け、《回復結晶》が少なくなって来たころ、あの部屋を見つけてしまった。
「ラッキー。隠し扉だ」
「宝箱もあるぞ」
ササマルが壁に手を付けながら歩いていたとき、たまたま隠し扉があったらしく、突然、壁がズレて部屋が現れた。
中には宝箱が一つある。
ダッカーが率先して宝箱に駆け寄り、俺たちもそのあとに続く。
何となく嫌な予感はしたが、興奮気味だった俺はその予感を頭の片隅に放り投げ、ダッカーが宝箱を開けるのを待った。
「嬉しいのは分かるが、気は緩めるなよ」
最後尾を歩き、ゆっくりと宝箱に歩み寄るアヤメが、少しそわそわしながら言う。
「分かってるって」
そんなアヤメの言葉に軽く返答したダッカーは、「では」と一言入れて宝箱に手を掛ける。
そして、中身を見ようとアヤメが宝箱から二メートルくらいのあたりに踏み込んだ瞬間だった。
「キュキュキュッ!!」
今までずっと黙りっぱなしだったキュイが、声を張り上げたのは。
「ダッカーやめろ!!」
真っ先に反応したアヤメが、ダッカーに制止を呼びかける。
「え?」
しかし、その時には既に宝箱は開けられていた。
――ゴゴゴゴゴ!
直後、唯一の出入り口が閉まり、不安を掻き立てるアラームが鳴り響いた。
「な、なに!?」
サチが声に怯えを含ませた声で身を縮めた。
この現象を、俺は知っている。
「《モンスタートラップ》だッ!!」
俺が叫んだ次の瞬間、猛烈な勢いでモンスターがポップを始めた。
【サチside】
「急いで離脱するぞ!」
焦った様子のキリトの声に、呆然としていた私は弾かれたようにポーチから《転移結晶》を取り出し使用した。
しかし、転移結晶は一切反応を示さなかった。
「うそ? どうして!?」
焦った私は、もう一度使用してみたが、結果は同じだった。
それは他の皆も同じようで、私同様に焦っていた。
「《結晶無効化空間》だと!?」
その原因に気付いたキリトが、驚愕の声を上げる。
「取り敢えず全員落ち着け!」
その中で唯一冷静だったアヤメさんが叫んだ。
「焦ったところで何もならない。まだトラップ起動中で攻撃してくる気配が無いから、今のうちに体制を立て直す」
「……そう、だな。悪かった」
頭を振って焦りを振り払った様子のキリトが頷く。
「指揮はアスナの方が上手いけど……取り敢えず、散るのだけは辞めよう。今のうちに壁際に移動して防御に徹した方がいいか?」
「それが妥当か。皆、壁際に移動して攻撃に備えるぞ」
『わ、分かった』
キリトとアヤメの指示に従い、私たちはまだ攻撃を始めないモンスターたちの間をすり抜け、部屋の隅っこの方に移動した。
「壁に背を付けて攻撃方向を一方に絞らせろ。乱戦で怖いのは、後ろからの不意打ちだからな」
「盾持ちのサチとテツオが前に出て、他の三人を守ってくれ。ケイタとササマルは、盾の隙間からモンスターたちの攻撃をしてくれ。牽制程度で十分だ」
雰囲気の変わった二人の捲し立てるような指示に、私たちは戸惑いながらも言う通りにしていく。
出来上がった形は、世界史で習った李成桂の《亀甲船》のような感じだった。
「お、俺は?」
自然と一番奥になったダッカーが、アヤメに尋ねる。
「ダッカーは皆のHPを良く見ててくれ。回復が必要になったら、俺を呼べ」
「おう」
「キリトはどうするんだ?」
続けて、私とテツオの盾の内側にいないキリトに、ケイタが不安げな目を向けた。
「俺は――――」
「キリト後ろ!」
どうやらトラップ起動が完了したようで、斧を持った小柄なゴブリンが、背後から襲いかかってきた。
しかし、ゴブリンの斧はキリトに届く前に、そのキリトによって斬り伏せられてゴブリンごと消滅した。
「………」
ソードスキルも使っていない、ただの剣戟。その一撃で、ゴブリンは消滅した。予想外に事態に、私たちは言葉が出ない。
「皆、黙っててごめん」
背中越しに謝るキリトの雰囲気は濃密で、明らかに今までのキリトと違った。
同時に、段違いに頼もしかった。
【キリトside】
こんな事になるくらいなら、初めからレベルなんて誤魔化さなければよかった。
本当のレベルを教えていたら、もっと上層でレベル上げが出来て、この状況も難なく捌けるくらいに強くなっていたかもしれない。そもそも、この部屋を見つけることもなかったかもしれない。
「キリト」
「分かってるアヤメ」
後悔はあとだ。これが終わったら皆にちゃんと謝る。そのためにも――――
「――――今は守る!」
直線上約4メートルのところにいたゴブリンに狙いを定めた俺は、助走無しの踏み込みでその距離を縮め、袈裟懸けに切り裂く。
ゴブリンは、斧を体と剣の間に入れ、俺の攻撃を防いだ。
その一瞬あとには、俺は膝を曲げて体を捻り、体術スキル《スウィープ・フット》でゴブリンの足を払い転倒させた。
生まれた回転力を維持したまま、剣を振り上げゴブリンを両断する。
休むことなく次の敵に狙いを澄ませ、剣を振るい続ける。
水平二連撃ソードスキル《ホリゾンタル・パラレル》を使い、三体を同時に切り捨てた直後、背後でモンスターが一体飛び掛かってくる気配がした。
スキル使用直後の俺は、硬直で動くことは出来ない。
来るべき衝撃に備えて身構えていると、横から跳んできたアヤメがモンスターを跳び膝蹴りで蹴り飛ばした。
今度は、膝を着いて硬直するアヤメに向けて、カマキリ型のモンスターが鋭い鎌を振る上げるが、硬直の解けた俺が振り向きざまに攻撃する。
振るった剣はアヤメの頭上を通り過ぎ、昆虫型Mob特有の節目を正確に捉えて切断した。
「背が低くてよかったな」
「こういう利点があるから、悔しいんだよな」
アヤメと背中合わせに立ち、軽口を言い合う。
「アヤメ、そろそろHPが!」
その時、悲痛なダッカーの声が耳に届いた。
目を向ければ、俺たちをターゲットしていないモンスターが二桁近く群がっていた。
「皆!?」
「待て。――――キュイ」
俺がケイタたちのところへ駆けだそうとすると、アヤメが腕を掴んで引きとめる。
策があるのかとアヤメに視線を送ると、アヤメはキュイを呼んだ。
「キュゥ……」
すると、キュイがアヤメのポケットから顔した。
顔を出したキュイは、ぐるりと周りを見渡すと、ビクビクと怯えだしてとても何か出来そうには見えなかった。
「大丈夫だよ」
「……キュィ!」
しかし、アヤメの優しい声をかけられたキュイは、決意したように一声鳴いた。
「キュィ―――――――――――――ッ!!!!」
キュイのアラームにも負けないほどの大音声が部屋中に響き渡り、部屋の全モンスターが一斉に俺たちの方を向いた。いや、正確にはアヤメにのみ注がれている。
「ポーションは持ってきてるだろ? 今のうちに回復しろ!」
「ありがとう!」
アヤメの言葉に、ケイタを始めとした全員が返す。
「アヤメ。それって……」
「話してる余裕なんて無いなッ!」
全てのモンスターのターゲットをその身一つで受けたアヤメは、それでも臆することなく左手の短剣で斬りかかり、手近なモンスターから挑んでいった。
「セアァ!」
だったら、俺は少しでもアヤメの負担を減らそうと思い、攻撃を再開した。
一体何分経っただろうか。五分かもしれないし、十五分かもしれない。いや、それよりも長いかもしれない。
肩で息をしながら床に座り込み、その隣では、同じく肩で息をするアヤメが心配げに見つめるキュイの頭を撫でていた。
「全員、無事か……?」
「ああ。全員、生きてる」
そう言って俺が視線を向けた先には、疲労困憊ではあるものの、誰一人として欠けていない《月夜の黒猫団》の姿があった。
「そうか……よかった」
その事実に安堵の息を漏らしながら、俺は大の字に寝転がった。
「……皆、本当にごめん」
正方形の天井を見つめながら、俺は誰に対してでもなく謝った。
「謝る必要なんて無いよ」
しかし、俺の謝罪に対してケイタはそのように答えた。声音に無理をしている様子は無く、心の底からそう思っているようだった。
「キリトがレベルを隠した理由は何となく分かるし、こうして僕たちを守ってくれたんだから十分だよ。……だよな、皆?」
「もちろん」
「そうだな」
「むしろ俺の方が謝りたいくらいだよ……」
「そうだよ、キリト」
ケイタの確認に、ササマル、テツオ、ダッカー、サチの順で頷く。
『ありがとうキリト』
そして最後に、全員が一斉にそう言ってくれた。
「……だから言ったろ?」
「キュィ」
「はは、そうだな。ほんと、いいヤツらだよ」
オリジナル剣技
《スウィープ・フット》
・体術スキル
・単発の足払い攻撃
・相手を転倒させることがある
《ホリゾンタル・パラレル》
・片手直剣スキル
・水平に切りつけたあと、一回転してもう一度切りつける水平二連撃
・一撃目とニ撃目では攻撃の高さにずれがある
【あとがき】
以上、三十六話目でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
無事です! 皆無事です! 誰一人として欠けていません! 《月夜の黒猫団》は永久に不滅です!
頑張ったキリト君に盛大な拍手を!
さて、次回は《月夜の黒猫団》編のもう一つのイベントです。ストレートに言うとサチ失踪のはなしになります。
それでは皆さんまた次回!
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三十六話目更新です。
《月夜の黒猫団》と行動することにしたアヤメ。
彼らに何が待ち受けているのか……。
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