「うぉおおおおお!!!!み・な・ぎっ・てきたぁぁああああ!!!!」
5月も中ごろになり、例年より早く咲いた桜の花びらもいい加減散り始めた今日この頃。
ぽかぽかと心地の良い陽光が眠気を誘うのほほんとした空気の漂うこの公立風鈴高校第2校舎の屋上で、全く空気の読めていない酷く暑苦しい掛け声が響き渡る。
「ふぉおおおっ!!きたきたきたぁ!滾るっ、滾るぞぉっ!!」
屋上には人の影はほとんどない。というか、2人分の人影しかない。
まぁそれも当然。今の時刻は午前10時15分。普通の高校生なら教室にいて授業を聞きながらノートを取っている時間だ。
にもかかわらず、現在私たちは屋上でサボっている。
何故か?それは、私にも分からない。
「しゃぁぁあああっ!いくぞらぁぁああああ!!!!」
「おーいマサー。戻ってこーい」
「MRYYYYYYYYYYYYYYYY!!」
「いやムリ~じゃないよ。戻ってこいよ。いい加減にしないと私は教室に戻る。マサを置いて」
「何だ京子、ノリが悪いな……よっと」
倒置法で注意してようやく無意味に叫ぶのを止めてくれる目の前の男子の名前は、佐々木正臣【ささき まさおみ】。
男子にしては長くつややかな黒髪を頭の後ろで一つ結びにして、顎まである前髪をヘアピンでよけたその間から見える柔和に垂れた目元と高い鼻筋、シュッとした輪郭はまるで絵本の世界から出てきた王子様のように綺麗で、まぁカッコ良かった。
そして彼が京子と呼んだのは、私こと朝倉京子【あさくら きょうこ】。
陶器のように白い腰まであるストレートの髪。白兎のように真っ赤な赤眼。透き通るようなシミ一つ無い地肌。目元は少し三白眼気味になっていて、それ以外はとくに常人のそれと変わらない程度の風貌である。
止める私を不満そうに彼は見下ろすと、ため息交じりに柵から飛び降りる。
不足な部分の説明をさせてもらうと、まず私とマサの位置関係だが、マサは屋上を囲うように敷設された高さ3mほどの柵の上に仁王立ちしており、私はその下のベンチに日傘を差して座っていた。
そして、マサは上半身裸である。
「ねぇ、聞いていい?」
「何だ京子、俺に質問とは珍しい。いいぞ、何でも聞いてくれ!ちなみにスリーサイズは上から98・96・99だ!!」
「いや聞いてないし」
「そうか。なら、好きなものか!?俺に嫌いなものなど無い!強いて好きなものを挙げるなら、それはお前だっ、京子ぉ!!」
「だから聞いてないし」
「そうか。……っは!まさか、俺の想い人か!?プロポーズかぁ!?…………良いだろう、本当なら雰囲気の良いホテルの最上階高級レストランを貸し切りにしてサプライズ性を高めてからにしようと思っていたが……仕方ない。思えば、今日まで長いようで短かったな。だがっ!今日、たった今から!!俺、佐々木正臣は、一人の漢として、愛する京子にこの溢れ出る青春の風を全力でぶつけるよ!!!!」
「だぁから聞いてないって言ってんでしょうがこのバカオミ。ちょっと黙って質問させなさいよ」
片膝ついて私の手を取るマサの手を振り払って少し強めに言う。
そうすると、マサはやれやれといった風に頭を振って立ち上がり、柵に背を預けた。
そうやって柵にもたれて腕を組み、目を細めているその立ち姿自体は結構カッコいい。上半身裸でさえなければ。
「まず聞きたいことは、何で私たちは授業をサボタージュしてまで屋上にいるの?」
「決まっている。それは今日が晴れだからだ!」
「次に聞きたいのは、何でマサは屋上に来るなり上着を脱いで柵に上って奇声を上げ始めたの?」
「決まっている。それは今日が晴れだからだ!」
「最後に聞きたいんだけど、私はもう教室に戻っていいの?」
「決まっている。それは今日が晴れだからだ!」
「聞けよバカオミ!適当に返事すんなよバカオミ!ちょっとは真面目になれよバカオミ!」
「はっはっはっ。酷いな京子、俺はいつだって真面目だぞ?」
「真面目でそれならあんたは真性のバカよ!」
「そうだな。そんなバカでも頑張れば生徒会長になれたり、学年主席になれたりするかもしれないな」
「っぐぅ……」
笑顔でぬかすバカの言葉に、私は何も言えなくなる。
そう、こいつはこんなにもバカでアホでノータリンな顔だけ野郎なのに、なぜか成績は全学年でTOPという鬼才で、運動神経も抜群。その上人受けもよく、生徒会の会長なんかも務めているトンデモ野郎なのだ。
私がこの学校に入って1年とちょっとになるが、最初マサの事を知った時は完全に太陽を見ているような気分になった。
太陽は、天から光を降らせてくれるけど、こちらからは触れることはおろか見上げることすら難しい。そういった意味で、マサは私にとって太陽のような存在だった。
特に、私のような人間に、太陽なんてものは毒でしかないのだが……。
「…………むぅ」
「どうした、京子?俺の顔に何か付いているかい?」
「……ねぇ、何でマサは私に構うの」
「何故構うかって?そんなものはつい一月前に既に言ってあるだろう」
マサは柔和に微笑むと、そっと私の方に手を差し伸べた。
まるで、白馬の王子様が馬上からお姫様に手を差し伸べるように、力強く、優しげな動作で。
「もう一度言うぞ、朝倉京子。俺は、ただひたすらに、ただ単純に、ただ熱烈に、ただお前だけが欲しいんだ。俺と付き合ってくれ。そうすれば、俺はただひたすらに、お前だけを愛し尽くそう!」
その台詞と、笑顔と、仕草は。
一月前のあのときと、全く変わってはいなかった。
上半身裸だということ以外は。
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太陽は嫌いだ。私にとっての太陽は、毒を撒き散らす自然災害となんら変わらないのだから。 なのに、あいつは……あの太陽みたいなやつは、いつだって私に付き纏う。 私は、アンタみたいなやつが一番嫌いなのに……。