夜天の主とともに 38.託す思い
意識が海の底から上がるかのように浮上していき、クリアになっていく。そして視界が鮮明になり健一は目覚めた。
〈お気づきになりましたか?〉
声の主はジェナだった。両腕のコアが明滅させながら尋ねる。
〈何があったか覚えていますか?〉
「……おぼろげだけど覚えてるよ。俺が…何をしてしまったのか、何をやろうとしてたのか」
二人の仮面の男を蹂躙し殺そうとしたこと、それを止めてくれた高町さんたちをも同じようにしようとしたこと、世界を壊そうと思ったこと。
「………すまない」
〈マスターのせいではありません。暴走した私の機能がマスターを狂わせたのであって決して……〉
「いや…それでもだ。抑えきれない怒りと絶望に身を委ねて俺はお前に……歪んだ願いを願った。どんなことを言おうとも俺自身が願ったことに違いはない。それがジェナをさらに暴走させた、許されるようなことじゃない」
〈マスター……〉
健一は拳を固く握りしめる。口からは唇を噛んだことで血が滲み出ていた。それらは自責の念から来るものでジェナは何も言えなかった。
「だけど……それじゃいけないんだよな」
〈マスター?〉
その声にジェナが確認すると俯かせていた顔を上げた健一の眼には光が宿っていた。何かを決意した強い光。
「まだ何も終わってない。あいつを……はやてをまだ助けられてない。身勝手だけどあいつを救うまでは罪悪感を感じるのも罪を償うのも全部あとだ」
ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。体を動かそうとすると体中に痛みが走ったがそれも無視して健一は動かす。
「でもさ……きっとそれは俺だけじゃ無理なんだ。だから、さ。もう一度俺に力を貸してくれないか、ジェナ」
時間をかけて何とか立ち上がった健一は肩で息をしながらジェナを見る。それに応えるように明滅した。
〈もちろんです!!〉
相棒の力強い返事に弱弱しくも微笑むと健一は自分の状態を確認するように拳を開閉し、軽く腕や脚を動かしてみた。やはり痛みは感じるようだったが、動けないことはなかった。
暴走時の負傷で行動することができないのではないかと危惧していた健一にとってこれは嬉しい誤算だったがそれでも不可解ではあった。
おぼろげな記憶とはいえ戦闘は激しいものだったはず。
〈ナリン・ノーグルが応急処置程度ではありますが治癒魔法を施してくれたようです。落下する私たちを受け止めてここまで運んだのもあの方のおかげです〉
健一の様子に気付いたのかジェナが補足するように答えた。
〈あと言伝を一つ。『あとはワイらがやるからそこで大人しくしときぃや!』とのことです〉
「俺たちがまた暴走するかもわからないのに拘束もせずにか?」
〈そのようですね〉
「…………あいつはお人よしなのか、それともただの馬鹿なのか?」
〈どちらもではないでしょうか〉
「……ふふふっ、そうだな。そうかもしれない」
思わず笑ってしまう健一。そしてすぐさま気を引き締める。
「状況はどうなってる?高町さんたちは?」
〈現在、書の管制人格と交戦中のようです。戦況は……芳しくないようです。主はやての魔力量、そして管制人格が表に出て動くことでその強さは計り知れないものになっているようです〉
ジェナが言う通りであった。ジェナとの戦闘を終えた三人ははやてが球体に包まれた場所まで戻ったのだが、それと同時に管制人格が現れたのだ。
いかに三人がかかりと言えどもあらゆる魔法で防御され、それを返され、攻撃されることで攻めあぐねていた。
そうか、と健一は一人考える。いかに、治癒魔法を受けたとはいえあくまでそれは応急処置程度のものだ。その状態でできることはおそらくサポート。それを理解した上で何ができるかということだった。
しかし、そんなものを考える時間は与えられなかった。
〈マスター!!〉
突如切羽詰ったような声でジェナが叫ぶ。
〈管制人格より高魔力反応!これは……高町なのはの収束砲撃!?〉
「あれか!?」
その報告に健一は心底あせった。思い出されるのはなのはたちと初めて戦闘したあの夜。ヴィータが張った結界をありえないぐらいの威力の砲撃で破壊したという事実。
「俺の姿が成長したままだが、この状態はいつまで続く?」
〈しばらくの間はそのままかと。成長に伴った魔力量の増加、防御魔法の強化などの性能もそれまでは〉
「……行くぞジェナ。やることはわかってるな?」
〈もちろんです〉
「ねぇ!!なんでこんなに離れるの?」
「至近で食らったら防御の上から落とされる!!これでも回避距離が足りとるかどうか……」
「そやで!あないなもん食らったら完全にアウトや!!」
なのは、フェイト、ナリンは管制人格から逃げるように必死で距離を取っていた。主に必死なのはフェイトとナリンだったが。
そしてようやく十分に距離を取れたはずと三人は降り立った。確認するように県政人格がいる方向に振り向く。そこで一つの違和感。
「……なんか収束率がやばいことになってへん?ヴィトル」
〈収束率90、95、100……未だ上昇中!!〉
「広域系も付与されてるとしたら……着弾時の衝撃威力も桁違いにッ!!バルディッシュ残り時間は?」
〈猶予がありません〉
「くっ!!なのは、ナリンすぐに全力で防御!!」
〈着弾確認。みなさん余波がきます〉
レイジングハートの声に障壁を張った三人は待ち構えた。ゴゴゴッと地鳴りが鳴り響き近づいてくるにつれてそれが大きくなっていく。
(これ防ぎ切れるんかいな!!)
(このままじゃ落ちる!!)
(よくわからないけどあれはヤバいなの!!)
三人が戦慄したその時、漆黒の光を放ち風を吹き荒らす何かが降り立った。それは三人が全く予想しなかった人物だった。驚きのあまりなのはは思わず叫ぶ。
「健一君!?」
「動ける状態じゃないはず」
「そや、応急処置した言うても無理があるで!」
口々に言われるそれらをすべて無視して健一は告げた。
「あれは俺が全部受ける。だからあまり障壁に魔力を使わないでほしい」
そう言うと健一は背を向けて三人の一番前に陣取り構える。
「……はやてを助けてくれるんだろ?だったらこんなとこで魔力を使い果たしちゃダメだ。あの人には全力じゃないといけないと思うから」
健一が話している間にもジェナが次々とカートリッジを両腕から排出している。それも全弾使う勢いで。
「ジェナ……いくぞ!!」
〈Robust shield・Multi-layer〉
両手をつきだすと、健一の眼前に分厚い障壁が現れた。それと同じものが数十枚現れた。
そして展開した数瞬後、ドッというという衝撃波と余波が障壁と激突した。展開された複数の分厚い障壁はその威力に耐えようとするも一枚ずつゆっくりとしかし確実に健一へと迫っていった。
そしてついに健一自身が直に支えている最後の一枚へと到達した。凶暴的その重圧に一番強度が高い最後の障壁も亀裂が次々と入っていく。
両脚は地面にめり込みはじめ、両腕はミシミシギシギシと骨が軋む嫌な音と激痛が走る。ジェナにも限界が来ようとしていた。外装フレームから次々に亀裂が入り時間が経てば経つほどその損傷を広げていく。
暴走時のダメージ、加えてこの威力により健一の意識は薄れそうだった。背後で三人の静止の声が聞こえたがそれに答える余裕もない。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それでも健一はあきらめない。獣のような咆哮を上げながらひたすらに耐える。死力を尽くす、まさに言葉通りであった。そして一際強い衝撃が来た瞬間辺りに砂塵が舞った。
管制人格が放ったSLBの余波が収まり砂塵のカーテンを少しずつ晴れていく。そこに健一は立っていた。
肩で大きく息をしながらも、足が震え限界に達していたが立っていた。
「……ジェ、ナ」
〈……………〉
相棒に問いかけるも弱弱しく明滅するだけで返事はない。外装フレームはかなり瓦解し、コアも損傷していた。形を保っているのが不思議なほどである。
「…我が主の幼き騎士か」
健一が見上げるとそこに管制人格がいた。何かを思っているわけでもないような無表情であるのにもかかわらずその眼からは涙が溢れていた。
「なぜ邪魔をする。愛する騎士たち…奪った者たちだ。」
「はや、てがきっと悲しむ…から」
健一は絞り出すかのようにか細い声で話す。
「あいつはこんな結末は……望んでないんです。あいつは、優しいから。俺以上にあいつの…そばにいたあなたなら……わかるでしょ…う?」
「………あとは私がやろう。お前も我が内で、穏やかな夢の中眠るといい」
管制人格が闇の書を開き健一にかざした。すると健一の体が淡く発光しはじめた。やがて足下から魔力粒子になっていき闇の書へと吸い込まれていく。
その行為に健一は特に抗うことはしなかった。そもそも話すのもつらい状況で、余力はすでに残っていなかった。
(まぁ……これでも仕方ない…か)
「―――――ッ!!」
声のする方へ頭を向けるとなのはたちが何かを叫びながら健一の方へ向かっていた。健一は残る力を振り絞り三人に向けて言った。
―― はやてを、頼む ――
その言葉を最後に健一は闇の書へと吸収された。健一は闇に包まれた。
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今回は早めに投稿できました。それではどうぞ