第三十四話 ~ 黒猫たちと黒の剣士 ~
【キリトside】
「ハァ!」
俺の命を奪おうと振り下ろされたモンスターの両手剣を、右手に持った片手剣で真っ向から迎え撃つ。
逆袈裟斬りに振り上げられた片手剣は、普通なら重量で勝る両手剣相手では鍔迫り合いをするまでもなくへし折られるだろう。
しかし、片手剣と両手剣の刃が交わった瞬間、へし折られたのは両手剣の方だった。
「セイッ!」
両手剣を真っ二つに叩き斬った俺は、勢いを殺すことなく得物を失ったモンスターを斬り付け、そのHPを全て奪い去った。
「ふぅ……。まあ、こんな感じか?」
息を吐いて脱力した俺は、いまの動きを体に染み付けるように剣の通ったラインをもう一度剣でなぞる。
さっき俺がやったのは《
《武器破壊》は最近考案したシステム外スキルで、俺はそれが実戦で使えるかどうかを素材集めのついでに確かめていた。
「と言っても、ここで成功率が二割を下回ってるようじゃなあ……」
デスゲーム開始から五ヶ月経った現在の最前線は、俺が今居る階層の十も上の層だ。
そんな下の層で成功率二割未満なのだから、とても最前線で使えるような代物ではまだない。
「まだまだ改善の余地あり、だな」
そう締め括った俺は、血を払うように剣を振るい刃を鞘に収める。
「さて、あと何回出来るかな……」
一人呟きながら、俺はダンジョンの奥へと歩を進めた。
それから約一時間探索を続けたが、あれから《武器破壊》は一回も成功せず、素材を集め終えてしまった俺は最前線に帰るべく来た道を戻っていた。
《転移結晶》を使って帰ってもいいのだが、《武器破壊》が一回も成功しなかったのがなんか悔しくて、俺は敢えて自分の足で帰ることにした。
あわよくば、その道中に出て来るモンスターで一回は成功させてやろうと言う腹積もりだ。
《本題》と《ついで》が入れ替わっているが気にしない。
もしこのままモンスターがポップしなかった場合、この悔しさはどすればいいのだろうか。……帰ったら不貞寝しよう。
などと考えているとき、少し大きめのモンスター群に追われながら撤退して来るパーティを発見した。
五人編成のパーティなのだが、パーティ編成に明るくないソロの俺から見てもバランスの悪いパーティだった。
前衛が出来そうなのは盾とメイスを持った男一人だけで、他は短剣装備のシーフ型に、クォータースタッフを持った棍使い、そして、長槍使いが二人。
メイス使いのHPが減ってもスイッチして盾になる仲間が居ないため、ずるずると後退するのは必至といえよう。
全員に視線を合わせて残りHPを確認してみたところ、出口まで逃げ切れるくらいの余裕はあったが、途中で他のモンスターを引っ掛けたりしたらその限りではない。
助けるか否かを少し迷った俺は、アヤメやアスナ、シリカたちならどうするかを考え、パーティの方へ一歩踏み出した。
「ちょっと前、支えましょうか?」
脇道から飛び出してリーダー格と思しき棍使いに声を掛けると、棍使いは目を見開いて一瞬迷ったようだったが、直ぐに頷いた。
「すいません、お願いします。やばそうだったら直ぐ逃げていいですから」
頷き返し、俺は背中から剣を抜くと、メイス使いに背後からスイッチと叫ぶと同時に、モンスターの前に割り込んだ。
敵は、見慣れた武装ゴブリンの一団だった。
ソードスキルを放てばあっという間にに一掃出来るし、あるいは無抵抗で撃たれるままになったとしても、バトルヒーリングスキルの回復だけで相当時間耐えることも出来るだろう。
(丁度いい。《武器破壊》の練習台になってもらうか)
そう考えて片手剣を構えた瞬間、俺は恐怖した。
目の前の敵にではなく、後ろのプレイヤーたちの視線にだ。
一般的に、ハイレベルのプレイヤーが下層の狩場を我が物顔で荒らし回るのは、とても褒められたら行為ではない。
もし俺が全力で戦って、武装ゴブリンたちを瞬く間に消滅させたとき、助けたプレイヤーたちは俺に何と言うのだろうか。
恐らく礼を言うだろう。しかし、MMOプレイヤーは嫉妬深いヤツが多いから、その逆の事を言ってくるかもしれない。
こう言っては自惚れに聞こえるだろうが、一、二カ月くらい前に俺は最前線の攻略組の中でも頭一つ飛び出したレベルになり、他のプレイヤーから妬みの視線を向けられることが多くなった。
アヤメは「気にするだけ無駄だ」と言うが、俺はその視線が嫌だった。
そして、その視線を助けたプレイヤーたちから向けられるのが、怖かった。
迷った末、俺はこの層より五つくらい上の階層で通用する力で戦い、少しだけ時間をかけた。要は手加減したという事だ。
メイス使いと数回のスイッチを繰り返し、ゴブリン群を全て倒した途端、パーティの五人は俺が驚くほどの盛大な歓声を上げた。
次々とハイタッチを交わし、勝利を喜び合う。
内心で戸惑いながら、俺は笑顔を浮かべて差し出された手を次々と握り返した。
最後に両手で俺の手を取った紅一点の黒髪の槍使いは、目に涙を滲ませながら何度も繰り返した。
「ありがとう……ほんとに、ありがとう。凄い、怖かったから……助けに来てくれたとき、ほんとに嬉しかった。ほんとにありがとう」
「えと……ど、どういたしまし、て?」
自分のとは全く違う柔らかい手と、慣れない女の子の涙にテンパった俺は、挙動不審になって何故か疑問符で返した。
そんな俺の様子を見て、目の前の女の子はクスリと笑い、他のパーティメンバーたちからも笑いが零れる。
そこには、アヤメたちと一緒に居るときとはまた違った暖かさがあった。
「あの……折角ですから、出口まで一緒に行きませんか? あ、まだダンジョンに用があるなら手伝いますよ」
だからだろうか、俺が自らこんな事を口にしたのは。
「心配してくれて、どうもありがとう。俺たちも帰る所でしたから、お言葉に甘えて、出口まで護衛頼んでもいいですか? え~と……」
「キリトです」
「じゃあ、キリトさん。よろしくお願いします。……あ、僕はケイタです」
ペコリと頭を下げた後、ケイタは思い出したかのように自分の名前を付けたす。
「俺はテツオです。さっきの戦いは凄かったです」
次に、前衛で俺と一緒に戦ったメイス使いの男が名乗った。
それに続けて、シーフ型の男がダッカー、長槍使いの男がササマルとそれぞれ名乗る。
「わたしはサチ。もう一度言うね。助けてくれて、ありがとう」
そして最後に、もう一人の長槍使いで、このパーティで唯一の女の子が名前を言った。
迷宮区から脱出し、主街区に戻った俺は、酒場で一杯やりましょうというケイタの言葉に頷いた。
「……あの、キリトさんはレベルどれくらいなんですか?」
酒場に入り、それぞれがやや高価な――俺にとっては高くないが――のワインを注文して乾杯したあと、場が落ち着いてきた頃合いを見計らって、ケイタが小声で言いずらそうに尋ねてきた。
それに対して、俺が口にしたレベルは、狙い違わず彼らの平均レベルより七くらい上で、本当の俺のレベルより二十近く下の数字だった。
「やっぱり、それくらいのレベルじゃないと、あの場所でソロ狩りはできませんよね」
「敬語はやめにしよう。まあ、ソロって言っても、いろんな人に助けて貰ってるけどね。この世界は一人で生き残るには難しすぎる」
「そうです――そうか。じゃあさ……キリト、急にこんなこと言ってなんだけど……よかったら、僕たちのギルドに入ってくれないか?」
「は……?」
突然の申し出に戸惑いの声を上げた俺に、ケイタは顔を上気させながら言った。
「ほら、僕ら、レベル的にはさっきのダンジョンくらいなら充分狩れるはずなんだけど、スキル構成がさ……君ももう分かってると思うけど、前衛出来るのはテツオだけでさ。回復が追いつかなくなってジリ貧になっちゃうんだよね」
言いながら、ケイタは苦笑いを浮かべ、俺も苦笑いでそれに返す。
「キリトが入ってくれればずいぶん楽になるし、それに……おーい、サチ、ちょっと来てよ」
ケイタは手を挙げてサチを呼んだ。
それに気付いたサチはワイングラスを持ったままやってきて、俺を見ると恥ずかしそうに会釈した。
ケイタはぽんとサチの頭に手を置き、続ける。
「こいつ、見ての通りメインは両手用長槍なんだけど、ササマルと比べてまだスキル値が低いんだ。で、今のうちに盾持ち片手剣士に転向させようと思ってるんだけど、なかなか修行の時間も取れないし、片手剣の勝手がよく分からないみたいでさ」
「それで、俺にコーチを任せたいと」
「そう言うこと」
「何よ、人をみそっかすみたいに」
ケイタの溜め息混じりの声に、サチはぷうぅと頬を膨らませてから、ちらりと舌を出して笑った。
「だってさー、私ずっと遠くから敵をちくちく突っつく役だったじゃん。それが急に前に出て接近戦やれっと言われてもさ……」
「だから、盾の陰に隠れてりゃいいんだって何度言えば解るのかなぁー。まったくお前は昔っから怖がりすぎるんだよ」
そんな彼らのほのぼのとしたやり取りは微笑ましく、俺は自然と優しい目つきになっていた。
そんな俺の視線に気付いたケイタは、照れ笑いを浮かべた。
「いやー、実はうちのギルド、現実ではみんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーなんだよね。特に僕とこいつは家が近所なもんだから……。あ、でも、みんないいヤツだから、キリトもすぐ仲良くなれるよ、絶対」
そう言うケイタを含め、このギルドのメンバーが全員いいヤツなのは、迷宮区からここまで来るまでに解っていた。
そんな彼らを疑った事に後ろめたさを、嘘をついた事に罪悪感を感じる。
「うーん……」
俺は腕を組み、わざとらしく悩むように唸った。
ふと頭に浮かんだのは、今日も最前線で頑張っているであろうアスナの姿だった。
「……じゃあさ、サチが片手剣の勝手が解るまで、って言うのはダメかな?」
気付いたら、無意識のうちに言葉を紡いでいた。
どうしてこんな中途半端な条件を付けたのかは、自分でも分からない。
しかし、そんな俺のわがままを、ケイタは「頼んだのは僕たちだから」と言って認めてくれた。
テツオもササマルもダッカーも、そしてサチも、構わないと言った。
つくづくいいヤツらだなと思う。
「それじゃあ、仲間に入れさせて貰おうかな。――――改めて、よろしく」
こうして、一時的ながらも、俺は《月夜の黒猫団》のメンバーとなった。
【アヤメside】
「知ってるカ、アヤ吉。キー坊のヤツ、ギルドに入ったんダ」
最前線にある、とあるダンジョンのマップデータをアルゴに渡したあと、俺はアルゴの口からそう告げられた。
《情報の代金として情報を提供する》というこのやり方は、キュイの《マッピング》スキルに目を付けたアルゴが提案してきた方法だ。
その方法に賛成した俺は、最前線の出来る限り詳細なマップデータをアルゴに最優先で提供し、その代金として、俺はアルゴからそれに見合った誰にも教えていない最新の情報を貰っている。
そして、今回の情報が《キリトのギルド入隊》の話だった。
「へえ。そうなのか」
「あまり驚かないナ。……イヤ、顔に出てないだけカ?」
「本当に驚いてない」
からかうようなニヤけ顔を俺に向けるアルゴに、俺は溜め息をついて返した。
「それに、その情報なら知ってる」
「なん……だト……!?」
驚かない理由を教えてやると、アルゴは眼を見開いて驚愕した。……頬の三本ヒゲがピンと伸びたのはたぶん気のせいだ。
「誰から! 誰から貰ったの!?」
「キュキュ!!」
情報屋のプライドに障ったのか、アルゴは半ば噛みつくような勢いで身を乗り出してきた。
それによって、ポケットの中でうたた寝していたキュイが飛び起きて非難の声を上げる。
しかし、アルゴはかなり興奮しているらしくそれに気付いた様子は無かった。
口調に、いつものふてぶてしさが無いから相当なショックだったのだろう。と言うか、なんかヘンだ。
「落ち着けアルゴ。……あとキュイ、服越しに噛むな」
左手を前に出してアルゴを制し、右手でポケットの中で布越しに脇腹を噛むキュイを突っついてそれぞれなだめる。
すると、アルゴは肩で息をしながら暴れるのを止め、キュイは右手人差し指をはむはむと甘噛みした。
なにはともあれ、二人とも落ち着いたようなのでよかった。
「くぅ……。それで、誰から貰ったんダ?」
俺を睨みながら尋ねるアルゴを見て、「あくまで、気になるんだな……」と俺は溜め息混じりの前置きを入れてから口を開いた。
「アスナだよ」
「アーちゃん? ……あぁ、それなら納得だナ」
そう言うと、アルゴは得心が行ったようで、うんうんと頷いた。
「まさか、ほぼ毎日キリトの事をマップ機能で追……おっと、これは言うなって頼まれてたな」
二か月ほど前に見た、涙目で懇願しながらもどこか迫力のあるアスナの姿を思い出し、続きを無理やり切る。
そのことはアルゴも重々承知してるので、問いただすようなことはしてこなかった。
「キュゥ?」
キュイだけはよく分かっていないようだ。うん、お前は分からなくていい。
「じゃあ、キー坊がどのギルドに入って、今何層に居るかは知っていカ?」
対価として釣り合わないと判断を下したらしいアルゴは、その話題をさらに一つ掘り下げた情報を知っているかと尋ねる。
俺が首を横に振ると、アルゴはニヤリと、いつものアルゴらしい大胆不敵な笑みを浮かべた。
「んじゃあ、話すヨ。気になったら見に行ってみナ」
オリジナルスキル
《マッピング》
・《使い魔》が所有するスキル
・一度にマッピングできる範囲を拡大して効率を上げる
・隠しパラメーター《なつき度》によって範囲の広さが変化
【あとがき】
以上、三十四話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
前半は微シリアス。後半はコメディな感じですかね。
《ビーター》と言う単語が存在していない、アスナさんがツンツンしていないなどの理由でキリト君の心の動きが微妙に違います。
そして、アルゴに(ある意味アスナも)よってアヤメ君が介入していきます。
アスナさんのは、ほら、あれだよ。ストー(ここから先は赤黒いインクのようなもので読めなくなっている
次回はアヤメ君が介入していきます。
それでは皆さんまた次回!
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三十四話目更新です。
春休み中に出来る限り進める所存であります!
素材集めに下層に下りたキリト。そこで彼は、五人組みのパーティと出会う。
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