小劇場其ノ七
「助っ人、だって……?」
未だに状況を理解できていない一刀は、キョロキョロ見回しながら口を開く。彼の盾になる覚悟を決めていた二人の少女は、構えを解かないまま呆気にとられていた。
助っ人だと紹介された三人は、そんな皆の様子を気に留めずに賊の男達を縛り上げている。
「ええ。自分で言うのもなんですが、僕と主任は腕の立つ方じゃないんです。それに、女性の護衛をするのには、女性がするのが都合が良い場合があります。ですから、武の立つ人員がこっちに来てくれるように……って」
心底嬉しそうに話すアキラは、その言葉尻に一刀に何か訴えるような表情になる。
「…………あっ」
一刀は何かに思い当たったのか、小さく声を漏らした。
「如何なさいました、ご主人様?」
「あ、ああ、いや何でもないよ……」
主の小声に反応した愛紗が疑問の声を上げたが、彼はそれをうやむやにした。
まるで触れられては困るように。
「……それで、この三人が?」
「はい。中でもこの三人は指折りの実力者なんで、安心して任せて下さい!」
自分を紹介するような言い方で、アキラは自分の胸を叩く。それを呆れたように眺めていたのは、賊を縛り終えた助っ人の女性二人だ。
「何ならアキラさんも、指折りの実力者にしてあげますよ?」
「うん! あたし達が手取り足取り鍛えてあげるよ?」
「イヤ、ホントに指が折れて、手も足もボロボロになるのが目に見えてるから、是非ともお断りさせて頂きます!」
二人の女性にからかわれながら、アキラは綺麗にお辞儀をする。
笑みを交わしながらのやり取りに、本当の意味で互いに遠慮をしない関係なのだと、愛紗達は察した。
しかし、その一連の流れに関して、一人だけ気になる事がある人間がいた。
北郷一刀である。
「ねえ、アキラさん。ホントに大丈夫なの?」
彼は、ほんの少し青ざめた顔でアキラに近付いて、小声で話しかけた。
「ああ、大丈夫っすよ。三人ともちゃんと考えてやってくれますって!」
「でも、今あなたから凄く物騒な言葉が飛び出したんだけど……」
「冗談ですって! そのくらいは察してくださいよ~!」
「いや、だって俺の周りの皆が皆だしさ……」
話の終わりに、一刀は後ろに待機している少女二人をチラリと見やる。
「……?」
愛しい男性の後ろめたそうな視線に、二人は揃って小首を傾げていた。
「くっ…………///////」
その可愛らしい仕草に、一刀は心を撃ち抜かれて真っ赤な顔になる。
そんなウブな反応の彼を見て、アキラは声を潜めて笑った。
「クククッ……今更あれで照れるんすか?」
「し、仕方ないだろ? 可愛いって思っちゃったんだから……」
「ま、そんなだから皆あなたを慕うんでしょうね……それでこそ、僕らの……」
「へ? 何か言った?」
「あ、いいえ。何でも……」
少し前の一刀のように、アキラは言い澱んだ。
「アキラさん。盛り上がっている所すいませんが……」
「そろそろ私達に、自己紹介させてよ~!!」
ほったらかしにされていた新参者の女性達は、若干うんざりした顔でアキラを眺めている。
「ああ、ゴメンゴメン! じゃあ、えっと……彼女達ですが、髪の長い方がアオイさん。で、髪の短い方がクルミちゃん……ってアレ?」
アキラが説明している最中、二人の女性はアキラと一刀の目の前を足早に通り過ぎた。
彼女達が立ち止まったのは、話にほとんど参加していなかった愛紗と鈴々の前だった。
「な、何だ、一体?」
「ど、どうしたのだ?」
いきなりやってきた人物に敵意は感じられなかったが、二人は一瞬得物を構えた。
だが、そんな様子の二人に対して、アオイとクルミは真面目な様子で片膝をついた。
二人の体勢は、主への忠誠を誓うそれとなり、予想外の行動を見せつけられた愛紗と鈴々は目を丸くした。
アオイとクルミはその反応に構わずに、静かに口を開いた。
「私はアオイと申します。関羽雲長様、貴女様を心の師と仰ぎ、同じようにこの長槍を得物としております。こうしてお会い出来たこと、身に余る光栄に存じます!!」
「私の名はクルミ。張飛翼徳様に憧れを抱き、生意気にも自分の風貌を貴女様に似せています。体術を得意としていますが、師は張飛翼徳様と決めています。以後お見知り置きを!!」
いきなりの宣誓に、言われた本人達は戸惑っていた。
「ハハハッ! 彼女達はそれぞれ関羽さんと張飛さんの武勇に心酔していましてね。いつかこうやって話してみたかったみたいなんすよ」
その流れを苦笑混じりで見ていたアキラが、口を挟んだ。
それを証明するように、二人は忠誠を誓う姿勢を解こうとしなかった。おそらく敬愛する少女達が良いと言うまで、このままの体勢を保っているだろう。
「な、なるほど。その……お気持ちは伝わりました。ですから、か、顔を上げて下さい……」
「うーん、鈴々はそういうのは苦手なのだ……お兄ちゃんと、お兄ちゃんの家族を守りたいって気持ちは同じなのだから、愛紗も鈴々も、アオイもクルミも、皆仲間なのだ!!」
「はい。了解致しました!」
「ありがとうございます! これから宜しくお願いします!!」
不意を突かれて困惑する愛紗、ニコニコ笑いながら友好的に接する鈴々、反応は違えど目の前にいる自分達を受け入れてくれた事を理解して、アオイとクルミは元気良くその場で直立する。
その様子を少し離れた所で眺めていた一刀は、少し寂しそうな顔になる。
「嬉しそうだなー、あの二人……」
「ヤキモチっすか? だとしたらどっちに?」
「言わない。余計寂しくなりそうだから」
「……何かおかしいっすよ、北郷一刀さん。聞いた話だと明るい性格の男性だって……」
眉間に皺を寄せたアキラは、ジロジロと一刀を眺めた。
「心配しなくても俺は俺だよ。ただ、ね…………」
「ただ、何すか?」
「この一件で……俺は、俺の大切な何かを失うんじゃないかって、つい思ってしまってさ……」
溜め息混じりで話すその言葉に、アキラは一瞬息が止まった。
「……それは、どっちですか?」
「それも言わない。自覚してしまいそうだから……」
「……すいません、僕らのせいでこんな事に……」
「アキラさん達のせいじゃないさ。たぶん、これは誰のせいでもないんだと思う……」
「止めましょう、こんな話……」
「そうだね。じゃあ、話は変わるけど……」
「ハイ?」
「リンダさんはさっきから何やってるの?」
「……つまりですね。あなた方がかかった罠は、僕がこの森の動物を捕まえる為の物だったんですよ」
「はい……」
「何の為かと言いますと、食事の材料として使う為なんですよ」
「は、はい……」
「……で。この罠を仕掛けるのって凄く時間が掛かります。だからその分空腹も増す訳なんですよ」
「…………はいぃ」
「僕が何が言いたいのか解りますか?」
「わ、わわ解りませんっ!!」
「では教えてあげましょう……あなた方に……代わりに……っ!!」
「止めんかいっ!!」
-バシッ!!-
「何ですか、先輩? 今一番良い所だったのに……」
縛り上げた弓兵に話しかけていたリンダは、アキラに叩かれた後頭部を撫でながら抗議をした。
悪びれた様子の無いリンダに、アキラは深い溜め息を吐いた。
「何やってるんだよ。てか、何を言おうとしてたんだよ」
「別に大した事じゃありませんよ?」
「大した事じゃなくて、賊がこんなに怖がってんのか?」
アキラの言葉通り、賊は皆顔面蒼白で震えていた。
「おかしいですねぇ。僕はただ、この人達に食事の代金を出して貰えるか訊こうとしていたんですが……」
「…………お前なぁ」
「おやおや。先輩も何か違う事考えていたようで……?」
「てかよくよく考えたら、金銭せびるのも酷い話だぞ。相変わらず意地悪な奴だな……」
「お褒めに与りまして」
胸の前で手を仰ぐリンダの仕草に、アキラは呆れ顔を一層強くした。
「ほら。お前も皆さんに挨拶しろよ」
「ああ、そうですね……。では皆様、お初にお目に掛かります。僕はリンダと申しまして、このように罠を張る事や諜報活動を主としています。暴きたい秘密があれば、何なりとお申し付け下さい」
先程よりも一層仰々しく手を仰ぐ仕草で、一刀たちに深々と頭を下げる。
「ああ、宜しく。……それにしても、男性なのに“リンダ”なんて珍しいな」
「ご主人様、それはどういう意味ですか?」
「ああ。俺のいた世界じゃ、“リンダ”ってのは普通は女性に付ける名前なんだよ」
それを聞いたリンダ本人は、何故か心底嬉しそうな顔になる。
「それが良いんですよ。任務で派遣された先で、女性が来ると思っていたであろう男性はガッカリして、女性はビックリする。その顔を見るのは爽快ですよ!」
「そ、そうですか……」
「そして彼らはこの僕の優秀さに更に驚愕する。それはまさに極上の快楽っ!!」
「……よく解らないのだ」
恍惚とした表情と大袈裟な身振りで自分に酔うリンダに、愛紗も鈴々もひきつった笑いを見せるのが精一杯だった。
彼女達を見た一刀は、またアキラに話しかけていた。
「アキラさん、流石にこれは大丈夫じゃないでしょ!?」
「大丈夫っすよ。確かに性格はアレですけど、実力は折り紙付きですので……」
そう話すアキラも、やはりひきつった笑いを浮かべていた。そしてアオイとクルミも、うんざりしたような顔になっていた。
-……何か不安がどんどん増してきた-
騒々しい森の中で、ただ一人木々の隙間に見える空を見上げながら、一刀は盛大に溜め息を吐いた。
そして、新参者三人組を連れ帰った一刀の不安は、城内で見事に的中する事になる。
-続く-
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新参者三人組。果たして役に立つ人材なのか!?