No.557573

冤罪と重症

さん

お題「笑顔の声」を頂き考えたショートストーリーです。

2013-03-21 16:22:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:167   閲覧ユーザー数:167

 

初めて見る教室の初めて見る人達の目の前、教壇の上ので声を出す新しい担任の横に私は立っている。目線は床で焦点は一階へ突き抜けるように。皆の目線が私に突き刺さって痛い、何か別の事を考えようとした。今日の朝食は何だったっけ?登校中は何か見たっけ?初めて見た校舎の感想は?新しい担任の印象は?新しいクラスメイトの印象は?どれも陳腐だけど答えは見つからない、いや、見つけたくないのかもしれない。

 

チョークが黒板を弾く度薄っすらと白い粉が舞う、どうやら新しい担任は筆圧が強いらしい。カッカッと音を立てて三日月 朱莉(あかり)と書いた、私の名前だ。

 

「はい、宮城の学校から転校してた三日月 朱莉さんです。最初は戸惑うだろうから色々教えてやってくれ。」

 

担任が言う、続けて。

 

「何か一言無いか?」

 

と前の席の数人に聞こえるくらいの声で私に聞いた。私は首を横に振るという小さな動きで拒否した。そうか、と小さく溢して1番後ろの窓際の席に座るように指示された。真っ直ぐそこへ向かい椅子に沈むと隣の席の名前は判らない薄っすら茶髪の女の子に声を掛けられた。「私、愛衣。木山 愛衣。よろしく。」眩しいくらいの笑顔でそう言われた。「朱莉…、よろしく。」とてもぎこちない笑顔が伝わってしまっただろう。すると前から変な紙が渡って来た。「はい、じゃあ、それアンケート。チャチャっと書いちゃって後ろから回収ー。」と担任が言った。シャーペンを取り出し書こうとするが2月の寒さは恐ろしい、未だ指先が凍えている。いつもの癖で読みもしないで全ての項目の「いいえ」に丸をした。

 

 

 

 

 

 

 

新しい高校生の初日は既に放課後になってしまった。各々部活動へ向かい始めてる。ぼんやり窓の外を眺めてると窓に複数人の影が映った、体を強張らせ振り返ると愛衣や他に3人程居た。

 

「ねえ、宮城のどこから来たの?」

 

1番左の子が声を掛けた、吃る私に気を遣ったのか愛衣が、

 

「あんた等自己紹介無しなの?」

 

と呆れた口調で言った。すると1番左の子が額を右手でペシンと叩き、

 

「おう!そっか!じゃあ、あたしから!名前は百瀬 希菜子!あだ名は餅!部活はバレーだけど今日は面倒だからサボってる、B型の乙女座で今朝のめざましテレビの占いは7位、好きな言葉は一日三食、嫌いな…」

 

「長い!」

 

愛衣に一喝されて目に見えてシュンとしている。愛衣は希菜子の隣のメガネの子に目配せをした。

 

「じゃ、じゃあ、次は私かな?名前は熊井 静華。はい以上。」

 

「…、短くないか…?」

 

「えー、そうだった?」

 

何やら不思議なテンポだ。

 

「最後はうちか、どうも!内田 加那です!嫌いな人はパスタ食べる時に皿とフォークがアレなってガリガリ音出す人です!」

 

「そして、私は朝も言ったけど木山 愛衣、よろしく。」皆に机を囲まれた。

 

「私は…、三日月 朱莉。よろしく…。」

 

8つの目のどれを見ていいか判らず机に目を落とした。

 

「ねえ。」

 

「宮城の何処から来たの?」

 

「部活どうすんの?」

 

「勉強の進度合ってる?うち馬鹿だし。」

 

「何でこっち来たの?」

 

4つの質問が同時に耳に入った。案外何を言ってるのは判るものだ。その全てに答える事ができる。仙台から来た、部活はとりあえず見学してから決める、進度はこっちがちょっと遅い、此処へは逃げてきた。だけど声にならなかった、声を出そうとすると私が囲まれているのが恐怖となり全てを弛緩させる、怖くないと自分でも判っていてもある種の刷り込みが発動する。私は今囲まれている…!

 

「…ご、ごめん!!放課後、担任に呼び出されてた…!すぐ行かなきゃ…!!本当にごめん!!」

 

私は嘘を吐いた、最低だ。

 

「そっか、転校してきたばっかだもんね、忙しいのに一方的にごめんね。」

 

そう愛衣が言うのを背中で聞いて私は直ぐに教室を出た。涙が滲んでた。

 

 

 

 

 

 

 

担任に呼び出しなど嘘だった、ただ彼女達から逃げたくて嘘を吐いた。私は距離感が完璧に欠如してしまっている。なんとかせねばと思っても長い時間で染み付いた感覚は直ぐには治せない。冤罪による軽症だ。何かの症候群と名付けたい。

 

職員室へは当然行かずに新しい学び舎を巡っていた。ホルマリンや日陰でじめっとした校舎裏、焼却炉やコピー機も見つけた。一回りしたが全てをザッピングできるわけもなかった。もう帰ろうか。そう思い窓の外を見ると粉雪が薄っすら舞っていた。風に吹かれヒラヒラと何処へ行くのか決めかねているようだ。

 

 

 

 

昇降口から続く足跡の上を歩いていた。足を雪で濡らさない為だ。この季節にブーツを履かずにローファーなのは明らかに自分が悪いが、誰かもしれない足跡の上を歩くのは少し嬉しく感じた。

 

 

 

 

踏み続けていた足跡はバス停の前で止まりその先へは続いてはいなかった。雪を踏みしめ新しく足跡を刻みながら、家に帰ったら靴下を変えなければと思った。帰り道は長い田舎道を抜けると住宅街に入る。イヤホンからはエモーショナルバンドとよくTwitterで宣伝される大好きなバンドの曲が流れてい。リズムを取りながら歩くというのは雪道では少し難しい、転ばぬように一生懸命なのだから。初めての下校は少々疲れるものになってしまったな、と溜息を漏らすと息が白くなりやがて消えていった。きっと何処に消えるのかなど気にせずに吐き出し続ける人が殆どなのだ。息にとっては大変迷惑な話だ。

 

住宅街は様々な家が建ち並んでいる。屋根に雪を積もらせ、日が傾き溶けることもなくなった氷柱は心臓を突き刺せそうなほど鋭利だ。街灯は付き始めた。それに気がつくと辺りの暗さが一層際立った。寒い。そう口に出して早足で家へ向かった。街灯が影を作っている、私の影を。真っ暗なそれに怯えて駆け出した。ひたすら、ただ、ひたすらに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転校から次の日も、私はクラスに馴染めてはいない。転校して直ぐに馴染めるものだとは思っていないが、皆が気遣って話し掛けている事がハッキリと分かった。ただ木山愛衣は違う様に感じた。勘違いして愛衣なんて呼んでふざけないでと言われそうで怖かったが、本人から愛衣と呼べと言われた。

 

 

 

 

休み時間、百瀬希菜子と廊下で会った。向こうが教室から出て私は教室に入ろうとした時に百瀬が現れ

 

「ねえ、部活どうするの?」

 

そう聞かれて、

 

「まだ決めてない…。」

 

「そっか、じゃあうちのバレー部おいでよ!」

 

と勧誘されてしまった。

 

「ありがとう百瀬さん。考えとく。」

 

「百瀬さん、なんてかったい言い方しないでモチって呼んでよ!あ、モチってのは名前が希菜子だからきな粉餅って意味でモチね!」

 

…さいですか。

 

 

 

 

 

 

 

放課後には熊井静華に

 

「ねえ、学校探検した?よかったら一緒に図書室行かない?」

 

断る理由もなく行くことにした。

 

 

 

 

図書室には内田加那がいた。

 

「おっす、転校生。うち図書委員だからさ。探検してんの?」

 

図書室に会わない大きな声で喋り出した。すると、

 

「図書室では静かに。」

 

と熊井にいなされている。図書委員は熊井の方が良いのではないのだろうか。

 

 

 

 

帰ろうかと思ったその時、廊下で愛衣に希菜子、加那に静華に会った。会ってしまった。

 

「ねえ、家どこ?一緒に帰らない?」

 

ああ、どうしようか。

 

「ごめん、今日も担任に…。」

 

また、嘘を言ってしまった。

 

「そっか、じゃあまた明日ね。」

 

「うん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、1人で住宅街を歩く。強い夕陽が雪の上に標識の影を作り出していた。その影を踏みしめようと足を出したがどういうわけか足が影に入っていってしまった。影の所が穴である、それが当たり前だというように影に足は入り込んでいる。

 

「え…?どうして…?」

 

太腿まで入った足を手を雪に沈む程力を入れて抜き出した。何が起きているのかさっぱり分からなかった。 影の中には真っ黒な別な世界が広がっているのだろうか。試しに雪玉を作って標識の影に投げ入れてみた。すると、どこまでも落ちていき音も無く消えてしまった。不思議な事もあるんだなぁと呑気に考えていたのも束の間、やがて何か忘れている事が頭に浮かぶ。何だろうなと思い、標識の影が少し自分に近付いている事に気が付いた。ハッと顔を太陽に向ける。日が傾いている、夜になってしまう。夜になればどうなるのだろうか…?…ヤバいな…。道の先は建物の影で埋まってしまってる。後ろはまだ交差点になっている。踵を返して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

走り出して、逃げ出して。辿り着いた先は公園だった。遊具からも影が伸びている。逃げ場などもうないんだと気付いた。なんだか懐かしいなぁ。自然と影に向かって歩きだした。このまま影に沈もう、そう思った瞬間、影の中から何かが出てきた。ゆっくりと現れたそれは、自分がよく知っている、私のベッドだった。中学に上がった時に両親と一緒に家具屋で買ったベッド。いつも怖くなった夜はこのベッドの上で毛布に包まっていた。泣きたくなった昼間は、このベッドの上に寝転び天井を見つめて泣かないように必死だった。

 

今、とてもこのベッドの上に上りたい。そして夕焼け空を見ていたい。暗くなったら毛布に包まって眠りに落ちたい。もうこの欲求は止めることは出来なかった。ただひたすらに夕焼け空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

懐かしくなって、あの頃を思い出していた。笑顔の声で嘘ばかりを吐いていた頃を。嫌になって逃げ出した弱い自分を今でも嫌いな事を。

 

 

 

 

気が付くともう夜だ。辺りは影で埋め尽くされている。試しにリュックからルーズリーフを一枚取り出し、ベッドの下に落としてみた。すると、どういう事かルーズリーフは地面に落ちるだけでそれ以上何もなかった。恐る恐る地面に足をつけると、いつも通りのただの地面だった。ゆっくり立ち上がって、後ろを振り返るとベッドは既に無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ろうかと思ったが、しまった。慣れない地で走り回ったのだからここが何処かすらわからない。iPhoneを取り出しマップを開くが、それでもわからない。とりあえず学校を見つけ出して、そこに向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

学校へ着いたのは21:00ちょうどだった。此処からなら家への帰り道が分かる。歩き出しては雪に足を取られて、歩くこともただ大変だと思った。そしてiPhoneの充電が切れてしまい。車も通らない田舎道は寂しいなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、愛衣と希菜子と加那と静華に

 

「一緒に帰ろう…?」

 

と笑顔の声で言った。

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択