No.557373 そらのおとしもの 卒業2013-03-20 22:59:30 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:1304 閲覧ユーザー数:1264 |
そらのおとしもの 卒業
「なあ、会長たちっていつになったらこの学校を卒業するんだ?」
3月も後半に差しかかり、学校では入学式と並ぶ大イベントが数日後に迫っていた。
そしてそのイベントを直前にして俺は何年も何年もずっと疑問に感じてきたことを教室の中で口にしてみた。
即ち、3年生である会長と守形先輩はいつになったらこの空美学園を卒業するのかという疑問を。
この時はまさか、この一言があんな惨劇を生むことになるなんて予想もしていなかった。
「……うっうっう。マスター。私に、マスターの子どもを産ませてください」
最初に反応を示したのはイカロスだった。
イカロスはポロポロと涙を流しながら俺を見つめていた。笑わない珍獣が泣き崩れていた。
「何でいきなり子ども産ませてになるんだ? 何か悪いものでも食べたか?」
イカロスの思考回路は普段からとても分かり辛い。でも今日は特にだった。
「なあ。イカロスは一体どうしちまったんだ?」
泣かれてしまうと始末が悪いので救援を求める。
困った俺の肩に小さな手を置いたのはニンフだった。
「智樹がそこまで追い詰められていたなんて知らなかった。気付かなくてごめんね」
ニンフもまた泣いていた。
「私でよければ智樹の赤ちゃんを産んであげるから。智樹が生きた証はちゃんと残してみせるから」
「何でそんな話が出て来るんだ!?」
ニンフもまた意味不明な涙にくれている。
「そはらぁ~。この状況を何とかしてくれぇ~」
おりこうであるはずの未確認生物2人がアカン状態なので、同じ人間であるそはらに助けを求める。
「智ちゃん、エッチなこと考えるの大好きなのに……わたしが抑圧してばっかりだったから、あんなことを口走っちゃったんだよね」
……そはらも泣いていました。
「わたし、責任取るから。智ちゃんの残りの人生、わたしのこと、好きにしていいから。わたし、智ちゃんの子供だったら1人でも立派に育てられるから」
「頼むから3人とも俺にも分かるように話してくれっ!」
どいつもこいつも一体どうしたって言うんだ?
「……ですから、マスターの子どもを産みます。マスターの生きた証に」
「だから智樹の赤ちゃんを産んであげるって言ってるのよ。この世に何も残せないなんて寂しいじゃないの」
「わたし、シングルマザーでも大丈夫だから。だから、智ちゃんの赤ちゃん産むから」
「お前らおんなじ話ばっかするんじゃねえよっ!!」
コイツらには進歩がない。
頭にきた。
「どうしたの、桜井くん? 大きな声を出して」
最近俺のクラスに転入してきた明日れあが俺の机へとやってきた。
「いやさ。イカロスたちが何かおかしくなっちまったんだよ」
「おかしいって?」
れあが首を傾げる。
「……私はおかしくありません。ただマスターの子どもを産みたいだけです」
「私はおかしくないわよ。智樹の赤ちゃんが欲しいだけだもん」
「わたしはおかしくないよぉ。ただ、智ちゃんの赤ちゃんを産む覚悟を決めたから後は実践に移るだけで」
「……あははは。もう春だもんね。色々と夢は膨らむよね」
れあはさり気なく3人から顔を逸らした。
れあは平凡、というかとても普通な感性を持っている。
だからあの3人の異常性がよく分かるのだろう。
やっぱり持つべきは常識人の友達だよなあ。
「あの、どうしてイカロスさんたちは桜井くんの赤ちゃんを産みたいって言い出したのですか?」
れあは右手を挙げながら質問してくれた。
俺の聞きたかった質問を代わりにしてくれて助かる。
「……マスターが間もなくアストレアと同じ運命を辿るからです」
イカロスは再び大粒の涙を流しながら答えた。
「アストレアさんって確か……」
れあがとても曇った表情になった。
「ああ。もうこの世にいない……俺のバカ仲間だよ」
窓ごしに空を見上げる。
大空ではアストレアが笑顔で俺に向かって微笑んでくれていた。
アストレアは先日逝ってしまった。
れあをアストレアに紹介しようとしたその日のことだった。
アストレアは幼稚園児の乗った暴走三輪車に轢かれてそのまま帰らぬ人になった。
『……今、BL本の執筆に忙しいのです。アストレアの救命に労力を割くなんて不可能です』
『この12時間連続放送昼ドラを見終えたらデルタの怪我の様子を見てあげるわよ。だから後11時間59分待って』
『元気のない時は美味しいものを食べれば力が漲ってくるよね。はいっ、これ。わたしが作った特製目玉焼き~♪』
みんな必死にアストレアの救護を行った。
でも、その苦労が報われることはなかった。
アストレアは違う世界へと旅立ってしまったのだった。
「まるで……れあとアストレアは会っちゃいけないという世界の不文律が存在して、それに抵触したかのようにアイツはあっさりと急死しちゃったなあ」
アストレアとれあには何の関連もないはずなのに、とにかく悲しい事件だった。
「で、俺がアストレアと同じ運命を辿るってどういうことだ?」
イカロスの言葉の意味を考えてみる。
「アストレアと同じ運命って……大空に笑顔でキメってことか!?」
すなわち死。
「そうよ。智樹は今すぐか近未来か分からないけれど、必ず死ぬ。ううん、殺されるわ」
「だからわたしたち、智ちゃんには残り少ない人生を最高に楽しく生きてもらいたくて」
ニンフとそはらが同意してみせた。
つまり、俺の嫌な推測は間違っていないということだ。
「ちょっと待てッ! 何で俺が死ななきゃならねえんだ? 俺、何かしたか?」
心当たりはまるでない。
死刑に該当するような悪いことは何もしていない。
「……マスターの犯した失態は最強の戦闘力を誇るエンジェロイドである私をもってしても庇いきれるものではありません。マスターのお命を守れず申し訳ありません」
「私も色々と情報戦に乗り出しているのだけど……勝負になってないわ。もう智樹のお墓が発注されてしまっているもの」
「勿論智ちゃんは永遠にわたしたちの心の中で生き続けるよ。でも、生身の智ちゃんに会えるのは今日が最後かも知れないし……」
三者三様の悲しみを見せるイカロスたち。
ていうか、3人の中で俺の死はもう絶対らしい。
「桜井くん。そんな悪いことをしちゃったの?」
れあまで疑いの眼差しで俺を見てくる。
3人があれほどの白熱の振る舞いを見せてくれているからとはいえ、ちょっと悲しい。
「俺は全然悪いことしてないっての!」
俺はジェントル桜井。最近はクラスの女子にゴキブリ桜井扱いされるようなこともしていない。
「じゃあ、何で死んじゃうの?」
「俺が知りたいっ!」
一体、何なんだ?
このワケの分からない状況は?
「じゃあさ。イカロスさんたちがこうなったきっかけを思い出してみてよ」
「イカロスたちがこうなったきっかけねえ?」
「ニンフさんたちの態度が急に変わる前に発した一言って何だったの?」
「う~ん」
頭を捻って思い出してみる。
イカロスたちがこうなったのは放課後に入ってからだ。
すなわち、そんなに時間が経っていない。
俺が放課後に発した言葉といえば……。
『なあ、会長たちっていつになったらこの学校を卒業するんだ?』
「卒業に関してちょっと喋っただけだぞ」
思い出してみても話題にしたことなんてそれしかない。
「なんかKYなことを言ったんじゃないの?」
「いや、会長たちって今年卒業するのかなあって疑問を口に出してみただけだぜ」
「会長って3年生なんでしょ? だったら卒業するのが普通じゃないの?」
「いや、理屈の上ではそうなんだが……」
常識人であるれあにこのサザエさん時空についてどう説明するべきだろうか?
俺たちはもう何年も同じ学年を繰り返している。
今までの記憶の蓄積を積み重ねていくと、俺やそはらはもう20歳越えているような気さえもする。
「……れあさん。それ以上質問してはいけません。あなたまでマスターと同じ運命を辿ってしまいます」
「死ぬのは智樹だけで十分よっ!」
「れあさんまで死んじゃったら、わたし、もうどうしたら良いのか分からない」
「「ええっ!?」」
れあと声を合わせて驚く。
それかられあと顔を合わせて見つめ合う。
「えっと。何だか全然分からないけれどじゃあ……私、黙ってるね」
れあは両手で口を閉じた。
「一般人的な日和見だぁ~~~~っ!!」
普通の一般人は賢く、そして悲しい存在だった。
「何でだよっ!? 何で会長の卒業について語っちゃいけないんだよ!?」
ストレスが頂点にまで高まってイカロスたちへの糾弾に走り出す。
「……マスター。その話題はタブーです」
「タブーって、魔法天使こすもすは6年後のお話だろうがっ! あっちの作品じゃあ守形先輩大学生になってるだろうがッ!」
「智樹、落ち着いてよ」
「守形先輩も会長も空美町の隣の花美町にある高校の卒業生だって出てるじゃねえか」
「智ちゃん、それ以上はっ!」
「守形先輩は6年後の世界でその高校に通っている甘木そよかぜとどう見てもフラグ立ててるじゃねえか。会長は6年経っても相手にされてないぞ。金貸しなだけで」
「……マスターッ!!」
「会長と守形先輩が高校に行く世界も確かに存在するんだ。そして守形先輩が胸の大きな頭の弱い女子高生にラブを向けられる展開も。だから、会長の卒業話を俺がしてもいいはずなん……えっ!?」
何が起きたのか分からなかった。
急に世界が真っ白な光に包まれた。
意識がどんどん薄らいでいく。
『智樹……いらっしゃい』
羽の生えた金髪巨乳な天使が俺に向かって手を指し伸ばしてきた。
『本当はね、智樹と再会するのはもう何十年後なんだって思ってた。でも……早い再会になっちゃったね』
アストレアは困った表情を浮かべた。
『こんなに早く出会っちゃダメなのに……嬉しがっている私がいて。私ってやっぱりバカなのかも』
『俺は、アストレアにまた会えて嬉しいぞ』
アストレアの手を掴む。
『色々納得行かないことは多いけど……意地を張り通した結果であることは間違いないからな。ただ当惑の内に殺されるよりは良かっただろう』
『智樹ってば、随分落ち着いているのね』
『散々イカロスたちに警告されていたからな。この結末ぐらいはさすがに見えるっての』
白い空間を見上げてみる。どこまでも白く光った空間が続いている。
『アストレア。お前に案内を頼む。ここじゃあ文字通りに右も左も分かんねえ』
『うん。そのつもりできたからね。とりあえず空美町の大空まで智樹を案内するわ』
アストレアが俺の手を握ったまま宙へと飛び立つ。すると、俺の体もつられて浮かび上がった。
『すげえな。ここ』
『智樹もじきに慣れるって♪』
『ここまで来ちゃった以上、こっちの世界も堪能させてもらうか。アストレアも一緒だし、きっと楽しいに違いないぜ』
俺とアストレアは真っ白な空間へとその全身を吸い込ませていったのだった。
空美町の大空に智樹とアストレアが笑顔でキメていた。
了
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