ずらりと涼州の諸豪族、そして一刀に付き従う月の一派が揃い拝礼をした。
先頭に一刀、次席に馬騰と韓遂、涼州の各太守、県令と続き総勢は百にも届くほどであり。
その中、上座に腰掛けるのは張温、漢の司空その人である。
張温は豊かな髭を傭えた伊達男であった。
三公の一人とは思えぬほどに軍人的な体つきをしており、その顔には自信と自負が溢れかえる程である。
一刀は彼を要注意人物と判断した。自信のある顔つきとは、それまでに積み上げてきた何らかがなければ出来ないものだ。
よって張温は軍人として、政治家としてそれなり以上に優秀な人材なのだろう、と。
「此度の増援、誠にもって有難く……」
「よい。同じ漢の臣として当然のこと。貴様が高順、であるか?」
「はっ。涼州副従事が高北郷でございます」
「貴様のことは聞いている。楊司徒殿がよろしく言っておったぞ」
「司徒閣下が、ですか?」
思わず一刀が面を上げかけ、ぐっとこらえた
予想だにしないビッグネームの不意打ち程度に、非礼を働き隙を顕にするなど笑えない。
「董州牧とは古くからの縁があるらしい。以前の上洛の際に貴様の事も話題になったと」
「それはそれは、誠に光栄至極でございます。しかし、張閣下に伝令のまね事をさせてしまったことについては……」
「気にするでない。私用の一環である」
袖の下の要求がなかったことに、一刀はほんの少しまゆを下げた。
張温は宦官の曹騰に推挙された人物である。濁流派では無いのだ。
「感謝いたします」
「よいと言っておろうに……。まあいい、では高順、今後の行程を煮詰めるとしようか」
「御意」
名を呼ばれ、一刀はようやく頭を上げた。
そして振り返ると、最後尾で傅く一派の二人の名を呼ぶ。
「郝萌、韓胤」
「はっ」
「はいっ」
韓胤は涼州副従事になりたての一刀の家具の買い出しに同行した文官で、この度は縁あってか臨時の一刀付き秘書官として天水に派遣されていたのだ。
ともかくとして名を呼ばれた彼女たちは立ち上がると、退出する張温に追随する一刀の後ろに付き並んで歩きはじめた。
頭を下げたままの涼州豪族たちの間に無言のどよめきが広がる。
之ではまるで馬鹿にされているのではないか。発言する場さえ設けられぬとは。
韓遂がぎり、と歯を噛んだ。
それが果たして張温の耳に届いたのか。彼はふと振り返るとおもむろに、這いつくばる彼らへと言い放った。
「ああ、貴様らは来なくとも良いぞ、どちらにせよ天水の守護以上の役目は与えられぬ。
そうだな、そこから半分の者達は己の城へ帰ると良い」
あまりの非礼。
立場に物を言わせた無礼。
屈辱で言葉さえ忘れた豪族たちなど意にも介さず張温はゆるりと退出した。
「では、これにて。お守り騎兵の皆様」
一刀が扉の向こうへ消えると同時に、王国の額に浮き上がった青筋が、皮膚を突き破った。
屈辱の血が吹き出した。
**
「はっはっは、痛快爽快、貴様、なかなか言うではないか」
「いえ、張閣下には及びませぬ」
「私はこの涼州の田舎豪族が嫌いなのだよ。
税は納めぬ、羌の手引きをする、暇さえあれば反乱を企み、血族で固まった政治基盤へ介入することは皇帝陛下の勅使であろうと簡単には受け入れぬ。
そのくせ交易路を独占し不当に商人から税を巻き上げる。まさしく害虫よ。これを期に太平道と共倒れでもすればどれだけ楽なことか」
張温の涼州嫌いは筋金入りであった。
その涼州を纏め上げる一躍を担う一刀の横で言うのだから相当である。
「北郷殿、さすがにあれは……」
一連の流れを見ていた韓胤が思わず耳打ちをする。
「気にするな。……必要なことだ」
「……必要、ですか?」
「もう聞くな。どこに耳があるかも分からん」
「は、はいっ」
韓胤の言葉を無理矢理に打ち切ると、一刀は張温の相手を始めた。
どうも蟠りを感じて仕方ない韓胤は隣の郝萌へと耳打ちの相手を変える。
「さっきのどう思われますか?」
「……胸糞悪い、が……仲潁様の為に仕方ないことだと思えば我慢の一つもできる」
「仕方ない、のですか?」
「む、貴様は知らないか。……ならば聞くな」
そうなると韓胤は面白く無い。
自分だけがこの中で、どのような策略が行われているのか知らない、除け者として扱われているのだから。
しかしその様な内心など気にもとめず、皆黙り張温に用意された客間へと向かい歩き続けた。
一行は朱に彩られた艶やかな扉を抜け、客間へとたどり着く。
一刀は侍女に茶をもつようにと指示を出すと、張温を上座へと誘った。
「では、今後どうするかを決めるとするかの」
「はっ。韓胤」
「こちらに」
韓胤が地図を広げた。
それには涼州の全体図が描かれており、並の豪族では到底手に入らぬ程の価値ある品である。
一刀はす、と天水と金城に駒を置いた。
「太平道の残党は、昨日打ち破った者が主力であり、組織的な反抗を行うほどの地力はもはやありません」
「ふむ」
「しかし数が数だけに、既に数百規模で集結し里を襲った一派もあると報告に上がっております」
小さな駒が天水近郊の郷里の上に重ねられた。
「金城の首尾は?」
「董州牧以下の軍勢に打ち破られ、再び反抗する兆しも見えないそうです」
「……すると、残党狩りか」
張温の拳が、金城の上にあった駒を握り砕く。
はらはら、木屑が地図の上に落ちた。
「はい。尤も、数百名規模の装備も整わぬ、老人や子供まで多く混じった団体です。四日もあれば壊滅は必須でしょう」
「ふむ、では騎兵を用いるとするか」
「現状ではそれが最良の選択かと」
「相分かった。我が指揮下の兵と、郝萌殿、貴殿の兵を用い残党狩りをするとしよう」
「はっ、御意!」
郝萌が拝礼をひとつ。
それに、うむと張温は頷いてみせた。
「ふむ、中央では苦しめられたが涼州まで逃げ出す様な一団ではこの程度か」
「閣下の見事な采配故にございます」
「持ち上げずとも良い。老兵に女子供、食うことにさえ困り移動は全て徒歩、などといった有様ではどんな軍勢といえどまともに戦えるはずがなかろう」
「ご尤も」
「……もう下がっても良いぞ」
「はっ。鈴を鳴らせば侍女が参ります、あとはどうぞご自由にお過ごしくださいませ」
穏やかに媚び諂う一刀に飽きを感じたのだろう。
張温は鈴を片手で弄びながら適当な調子で頷いた。
「そうさせてもらおう。ところでその、韓胤、で合っておるか?」
「え、あ。はい」
「ふむ……」
嘗めるような視線が、韓胤の文官服の上を這った。
厚手の文官服の上からでも凹凸の感じられるその体型は唆る、と形容しても過言ではない。
「ひっ……」
思わず、胸元を両の手で覆い一刀の後ろに隠れる。
張温は不快だと露骨に眉をしかめ、一刀は"なってない”部下を冷たく見据えると一言言い放った。
「韓胤」
ぶるり、背筋が凍り震えた。慌て横へ出ると、ぺこりぺこりと繰り返し頭を下げる韓胤。
そこには明確な畏怖の情が、張温からは見て取ることが出来た。
それで合点が言ったのだろう、彼は、ははあと手をうち口元を歪める。
「ご、ごめんなさい……。張閣下、ご無礼のほど、お許し下さい」
「ふむ、なるほどのう。その歳で上り詰めた訳だ」
好色な笑みがそこにはあった。
もう一度視線を韓胤の腰へ向けると、にやり、一刀へと笑いを向ける。
郝萌がひっそりと眉をしかめた。
「これは、部下の見苦しい様、申し訳ありません」
「気にするでない」
「しかし、閣下に対する非礼……」
「気にするなと言っておろう」
ぎろりと視線を走らせる。
月に比べれば児戯の様な威圧がふわりと頬を撫でるから、一刀は仕方なくたじろいて見せた。
「有難うございます。私もいつか閣下の如く器量の優れた壮士となりたいものです」
「はっはっは、部下であれ妻であれ女を繋ぐのに“これ”に優るものなどあるまいて」
「仰るとおりで、ははは」
卑猥な手の動作に、一刀も追従して笑みを浮かべる。
もう一度だけ露骨な視線が韓胤の胸元へと注がれると、張温は再び侍女を呼ぶ鈴を手に取り持て遊びはじめた。
「下がれ。明日は明朝迎えにこい」
「御意」
揃って一礼、一刀達は部屋を後にした。
ぎぃと軋み客間の扉が閉まる。
「今夜部屋へ来い。郝萌もだ」
「は、はいっ!?」
「御意」
「あ、その……わかりました」
りりりん。
侍女を呼ぶ鈴が鳴った。
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・短いですが
・生存報告も兼ねて
・結局この話に出てくる男は皆下衆って、はっきり分かるね