No.556564

真・恋姫†無双 ~雲と蓮と御遣いと~ 1-36


ホントにすいません。
まさか二週間以上の期間を空けてしまうとは……orz

季節の変わり目のせいか、体調不良が凄い勢い。

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2013-03-18 18:38:05 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8759   閲覧ユーザー数:6547

 

 

 

 

 

――冀州、安平の街にて――

 

 

そもそも帰還する幽州が冀州の向こう。

 

そして連合の際に糧食の七割を賄うという取り決めもあったことで、帰還の為の行軍を共にしていた公孫賛軍と袁紹軍。

 

冀州、安平の街に着いた一行はその場で別れることとなっていた。

 

しかし洛陽を発って既に二日と少し経っており、安平に達した時点で時は夜半過ぎ。

 

袁紹軍の顔良並びに文醜の配慮によって、公孫賛軍一行は安平の街で一夜を越すことに。

 

 

そして公孫賛軍大将、白蓮は

 

 

「うう……」

 

 

なぜか宿場の寝台の上で布団に顔を埋め、呻いていた。

 

それを見ながら呆れた様な表情を向ける星。彼女は視線を移し、舞流へと問い掛ける。

 

 

「……なにがあった、舞流」

 

「某にも分からないでござる」

 

「北郷さんに買い物の同行を断られただけですよ」

 

「わあああああ!!!!!」

 

 

燕璃による、はっきりと事実を突き付ける台詞を聞いて、白蓮は声を大きく上げながら足をバタつかせる。

 

その脚をむんずと、隣の寝台にいた華雄が掴んだ。

 

 

「ええい!いくら大将だからといっても、やって良いことと悪いことがあるだろう!怪我人が隣に寝ているのに暴れるな!」

 

「……ごめん」

 

 

枕に顔を埋めたまま、くぐもった声で謝る白蓮を見て、ひとつ溜息を吐いた華雄はその脚を掴んでいた手を離した。

 

重力に引かれ、脚はパタンと布団の上に落ちる。辺りに何とも言えない微妙な空気が漂った。

 

 

「それにしても珍しいな。一刀殿が買い物の同行を断るのも、ただ断られただけで白蓮殿がここまで荒れるのも」

 

「ええ、そうですね。舞流、何か知っているのでは?」

 

「む?むむむ……殿が軍師殿と二人きりで買い物に行ったぐらいの事しか知らないでござるが、流石にそれは関係無いでござろう?」

 

「……それだな」

 

「原因はそれですね、間違いなく」

 

 

したり顔で頷いた星と燕璃。ピンと来ないのか、舞流と華雄はキョトン顔で首を傾げていた。

 

 

「しかし……本当に珍しいな。まあ、奥手な雛里が一刀殿と二人でいることに耐えられるのかという話でもあるが」

 

「何か内密に話したいことでもあったのではないか?雛里は軍師、北郷殿は言わば公孫賛軍のもう一人の大将のような者だろう。ならば何の不思議も無い」

 

「だからこそ、だ。それなら、大将の白蓮殿に話を通すのも筋だろう?」

 

「そういえば……」

 

 

華雄の憶測に星が答えを返す横で、舞流が何か気付いた様な声を上げる。

 

 

「殿は洛陽を発つ前から何やら難しい顔をして考えごとをしていたようでござる」

 

「何か、とは?」

 

「う~ん……分からないでござる!!」

 

「ま、ある程度予想通りの答えではありましたが」

 

「それにしても舞流は北郷殿をよく見ているのだな」

 

「当たり前でござろう。某は殿に忠誠を誓った身、その御身がいつ危険に晒されても対処できるよう常に注意を向けているのでござる!!」

 

 

意気込んで拳を握る舞流を見た一同は、ツッコむまい、と思った。

 

なぜなら、絶賛彼女はその殿から眼を離している最中なのだから。

 

 

(だが、確かに華雄の言うことも一理あるかもしれんな……)

 

 

普段とは違う一刀の行動に星は一人、冷静に事を考えていた。

 

しかし、だとしてもここは冀州。内密に話を進めるには適さない場所だろう。

 

幽州に入るまで待てなかったのか、と思う反面、冀州でなければいけなかったのだろうか、と推測も立てる。

 

普段は人をからかい、飄々とした様子で余裕を見せ付ける星。

しかし今この時は『趙子龍』という一己の良将の姿を垣間見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくしょんっ!!あー……」

 

「だ、だいじょうぶでしゅかっ!?あうう……」

 

「ああ、平気平気。誰かが噂してんのかな……というか雛里の方も大丈夫か?」

 

 

何の前触れも無く突然出たくしゃみ。

 

すん、と鳴らした鼻を押さえるようにした一刀に雛里が労わりの言葉を掛ける。

 

しかし結果として舌を噛んでしまい、逆に心配される始末だった。

 

 

「りゃ、りゃいひょぶれしゅ……」

 

「いや、全然大丈夫そうじゃないんだけど。どれ、見してみ?べーって」

 

 

一刀の提案に顔を真っ赤にした雛里はフルフルと凄い勢いで首を左右に振った。

 

一歩間違えればそのまま頭が取れて飛んで行くんじゃないかと思うくらいの勢いで。

 

そういえば、某ケーキ屋の前に立ってるマスコットキャラクターの女の子の頭がそんな感じだったなあ、と思い出す。

 

あれの頭部だけが空の彼方に飛んで行く、というシュール極まりない光景を想像して、ちょっと怖くなった一刀だった。

 

ということで未だに勢い良く首を左右に振り続けている雛里の頬を、両側から抑えに掛かった。

 

ふぎゅ、と小動物のような声を出して止まる雛里の首、というか頭部。

 

顔は赤いまま、今度は眼が点になっていた。

 

止まったことを確認し、一刀はパッと手を離す。

 

見れば、頬に残った感触を確かめるかのように、雛里は自分の両手を頬に当てていた。

 

柔らかいほっぺただったなあ、と呑気な事を考えている一刀。

 

彼は自分のやったことが一人のいたいけな少女の心に多大な影響を与えている事など微塵も自覚していない。

 

 

「んで、さっき話した件、雛里はどう思う?俺としては別に雛里が笑って一蹴してくれても構わないんだけど」

 

「ふえ?……あ、先ほどお聞きした件ですね」

 

 

話の内容が内容だっただけに、雛里が一瞬遅れて軍師モードになった。

 

スッと紅潮していた頬の色が引き、無表情に近くなる。

 

もっとも無表情に近いとは言うものの、燕璃が浮かべる無表情とはまた違う。

 

ここは、真面目な表情と言うべきだろう。

 

 

「正直、意外でした」

 

「ん?何が?」

 

「……お聞きした一刀様の考えは、どちらかといえば私のような、『軍師』という種類の人間が考えるべきことでしたから。その、言い方は悪いかもしれませんけど、一刀様も白蓮様と同じで、人を信じるということが、まず念頭にあるのかなって」

 

「はは、俺の考えは雛里が思ってるようなもんじゃないよ。……ただ、可能性があるなら、それに対しての手は出来るだけ打っておきたいってだけの話。後になって、ああしておけばよかった、なんて後悔しても遅いから」

 

 

特に、この世界では。それが人の死に直結しかねない。

 

 

「でもそっか。確かに、雛里の言う通りだよなあ」

 

 

天を仰ぎ見ながら思った。

 

確かに俺は、袁紹が白蓮を攻め立てるって事を確定事項として話を進めてる。

 

それは他者から見れば、ただの行き過ぎた猜疑心でしかないだろう。

 

雛里にそう言われても、そういう風に取られても仕方のないことだった。

 

 

「でも、間違ってはいないと思います」

 

「え?」

 

 

雛里が、柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「一刀様がその件を私に話してくれた時、伝わってきましたから。……その、そういうことを考えてしまっている自分を、責めている気持ちが」

 

 

一拍置いて、雛里は言った。

 

 

「……私もそうですから」

 

「雛里……そっか、そうだよな」

 

 

軍師という人種は政治や戦場での『もしも』を考えるのが仕事だ。

 

そしてそれに対応できるよう、最善の考えを練る。

 

そこにはやはり『人を疑う』という、本来は忌むべきことが必要になる場合が、多々あるだろう。

 

それを望んで行う者がいるのだろうか?

 

少なくとも、目の前にいる少女はそうではない……と思う。

 

未だそこまで付き合いが長く無い為、曖昧な言葉になってしまうけれど。

 

 

「雛里。正直に言えば俺はさ、この件を誰にも話さないで、一人で進めることも出来た」

 

 

ポツリ、と心情を吐露する。

 

言っている事の全容を掴めてはいないのだろう、雛里は可愛く小首を傾げていた。

 

 

「なんで雛里だけに話したんだと思う?」

 

「え、ええと……白蓮様や星さん、親しい人達に迷惑を掛けたくなかったから、ですか?」

 

「……ちょっと怒りたくなったな、俺」

 

「ふええっ!?」

 

 

本気で言ってるんだとしたら少しショックだ。

 

俺は雛里からどういう人間に見られているのだろうか。

 

慌てふためく雛里を他所に、結構真面目に考える、が今は保留としておこう。

 

なんか、すぐにアフターケアをしないと、雛里が大変っぽい。

 

 

「袁紹は白蓮の友達だ。いくらそういう可能性があったとしても、面と向かってそれを聞かされるのは結構応える。だから白蓮には言わなかった。もし、俺の予想が現実になったとしたら、その時に白蓮は決断をしなきゃいけない。……それは、今すぐにじゃなくてもいいからな」

 

「あ……」

 

「星に言わなかったのは、やっぱりなんだかんだ言ってあいつは、白蓮を大切な友達だと思ってるからだよ。あいつの性格上、この件を伝えたら多分、白蓮に話す。自分が泥を被る様な言い方をしてね。こんなことの為に、白蓮と星の仲を崩したくはない」

 

 

泥を被るのが俺なら、別に構わない。

 

 

「俺は一人で何でも出来るなんて思って無いし、そう思えるほど頭が良いわけでもない。一人じゃ何も達成出来ないんだ、進めることは出来ても。だから、誰かの力を借りたかった。信頼できる、誰かの力を」

 

「で、でもそれだったら燕璃さんや舞流さんでも……」

 

「燕璃に相談すれば、多分そのまま他の人を巻き込む形になる。舞流はまあ……言わずもがなというか。あいつの場合は緘口令でも敷かないと話が外に飛びかねないし」

 

「あはは……」

 

 

どこか遠くを見て苦笑する一刀を見て、雛里は乾いた笑い声を上げた。

 

苦笑していた一刀の表情が、一転して真面目なものへと変わる。

 

 

「そういう意味で、雛里が適任だと思った。もし、迷惑ならこの話を全部忘れて、断ってくれても良い。だけど、もし頼っても良いと言ってくれるなら、俺は君を頼るよ、雛里」

 

 

どうかな、と一刀は視線で問い掛ける。雛里に向ける真摯な瞳。

 

 

そういう理由で、そういう眼で、自分より数段上の存在と思っている相手、憎からず想っている相手に頼られる。

 

その時点で雛里の答えは決まっていた。

 

 

「……分かりました。軍師、鳳士元。一刀様の力になります」

 

「ありがとう、雛里。お礼とか、その代わりにってわけじゃないけど、雛里も何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいからな?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

そう言って雛里は、今日一番の素直な笑顔を見せた。

 

それを見てやっと普段の、自然な表情に戻った一刀は、よし、と手を叩く。

 

 

「んじゃ大方の買い物は済んでる事だし、個人的な買い物でもしますか」

 

「……?個人的な買い物、ですか?」

 

「ああ、と言っても俺のじゃなくて雛里のね」

 

「ふえっ?」

 

 

突然の言葉に思考が着いて行かず、抜けた声を上げてしまう雛里。それに構わず、一刀は続ける。

 

 

「付き合ってもらった代わりと言っちゃなんだけど、プレゼントでもしようかなって。何が良い?」

 

「……ぷれぜんと?」

 

「ああ悪い。えーと、贈り物、だな」

 

「贈り物……お、贈り物りぇしゅかっ!!??」

 

「ああそうだけどっ――て、雛里!?今凄い勢いで舌噛まなかったか!?」

 

「りゃ、りゃいひょぶれしゅ……」

 

「いや、全然大丈夫そうじゃないんだけど……まいったな」

 

 

半泣きで、というか三分の二泣きぐらいな様子でうずくまる雛里を見る。

 

このまま連れまわしていいものか、と心底真面目に考える一刀の耳に

 

 

「とおぉぉぉぉぉぉのおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 

めっちゃ聞き覚えのある声が大音量で通りの向こうから響いてきた。

 

 

「……ああ、良いタイミングで適任者が来たな」

 

 

十秒と経たない内に、もの凄い土煙を上げて茶髪ポニテの巨乳っ娘が、一刀の前に急制動を掛けて止まった。

 

そして止まったと同時に即土下座。

 

……なんだ、この流れるような一連の動作は。

 

 

「殿、申し訳ないでござる!!この周倉、殿から一瞬でも眼を離すなど一生の不覚!!ここは責任をとって腹を!!」

 

「ああ舞流、腹切るのはいいから。その代わりに雛里を護衛して宿まで連れて行ってやってくれ。んで、月に雛里の舌を診てやってくれって伝言を」

 

「承知!では軍師殿、某の背に乗るでござる!!」

 

「ふぇ?え?え?」

 

 

バッ、と軽い人形のように浮いた雛里。

 

それも一瞬のことで、次の瞬間にはその身体はすっぽりと舞流の背に収まっていた。

 

 

「殿はどうされるのでござるか?」

 

「俺はもう少しぶらついてから帰るよ。宿に戻っても俺の護衛をしようとして戻って来るなよ?良い子は寝てなさい」

 

「むう……命令ならば仕方ないでござる」

 

「命令じゃない。お願い、だ」

 

「ならばもっと仕方ないでござる……主の意向を聞くのも、臣下の務めでござるゆえ」

 

「ほれ、これやるからちゃんと安全に雛里を送ってくれよ?」

 

 

そう言って、持っていた袋から果物を手渡す。途端に舞流の眼の色が変わり、口から涎が溢れ出た。

 

雛里がお姫様抱っこされてなくてよかった、と心底安堵しながら、ポケットから出したハンカチで舞流の口を拭う一刀。

 

代わりに、残っていた果物をその口に詰める。

 

 

「んじゃ、頼んだぞ」

 

「ふぁっ!(果実咀嚼中)」

 

「雛里、この埋め合わせは幽州に帰ってから必ずするからな。あと、左慈に手紙届くように手配しておいてくれ」

 

「は、はい……分かりましたぁっ!?」

 

 

一刀の言葉に頷き、言葉を返そうとした雛里。

 

しかし既に気付いた時には時遅く。舞流という名の人力車は発進していたのであった。

 

 

「口開くと舌噛むぞ~……つーか人間ってあんなスピード出せるんだ」

 

 

遠ざかっていく二人を、手を振って見送りながら、どこかズレた考えを持ち出す一刀。

 

 

「……んじゃま、前準備として潜伏に適した場所でもピックアップしに行きますかね」

 

 

そう言って一刀は踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

冀州、安平。

 

通りを歩く一刀の眼には人、人、人。とにかく人が映っている。

 

歩く人々の顔には、笑顔。少なくとも袁紹は悪政を働いてはいないんだな、と思った。

 

一見して、我が儘で傍若無人に見える彼女にも、自身が引く一線というものがあるのかもしれない。

 

ただ我が儘な領主の元だったなら、民はこんな表情は浮かべないだろう。

 

 

皆、それぞれに思い描く理想がある。反董卓連合で出会った人々、諸候達。

 

主に記憶に残ったのは、その中でも一際異彩を放っていた少女達ばかりだったが。

 

こればかりは男としての性だけでは無いと信じたい。

 

だが、彼女たちの生き方、理想。その片鱗を見て気付いてしまった。

 

今の俺には、明確な理想と言うべきものが無い。

 

普段そういうことをあまり語らない白蓮ですら持っているだろうものを、俺は持っていないのだ。

 

それは羨望では無く、奇妙な虚無感。あるべき筈の物がそこに無いような違和感。

 

 

これはいったい――?

 

 

深い思考に耽りながら歩く一刀。少しだけ視線を下げている弊害か、注意は散漫になっている。

 

そして彼が歩いているのは人々が行き交う通り。

 

 

「あっ…!」

「っと…!」

 

 

そんな状態なら、誰かとぶつかるということは必然であったのかもしれない。

 

 

身体、というか肩に受けた衝撃。一瞬後に、肩が誰かにぶつかったんだと気付く。

 

よろけた身体を脚を軸にして立て直し、反転させた。

 

反転した視線の先には、自分と同じように体勢を立て直した少女がいた。

 

いや、少女とは言ってもどこか大人びた雰囲気を感じさせている。

 

孫策や周喩といった、少女から女性へ移り変わる時期の年頃とでも言おうか。

 

まあとにかくひとつ言いたいことは。うちの女性陣に引けを取らないぐらい、美人だった。

 

 

お互いの間の距離は歩数にして五歩無い。

 

その間の道に、何かが落ちていた。一見して髪留めのような物。少なくとも自分の物では無い。

 

ということは、ぶつかってしまった彼女が落とした物か、と結論付ける。

 

不注意だったのはこっちだし拾わなきゃな、と歩いて行く。

 

その髪留めに手を伸ばす――と、髪留めの上に翳した俺の手に、別の手が触れた。

 

柔らかながら少し骨ばった感触。少し驚くも、ああ、美人さんの手か、とすぐに納得する。

 

 

(そりゃ自分のものだし、当たり前だよな)

 

 

余計なお世話だったかな、と思いつつもせめて謝罪はしようと思い、顔を、上げた。

 

目の前には長く、黒い髪。整った眼鼻立ち。灰色というよりは銀に近い色の左眼。

 

ぶつかった時の衝撃で、髪留めが止めていた右の前髪がばらけたのだろうか――金色の右目がそこにはあった。

 

 

少女と眼が合う。その表情が瞬間、驚愕のものへと変わった。

 

彼女の行動は速かった。伸ばした手で落ちている髪留めを拾い上げ、もう一方の手で俺の胸倉を掴む。

 

呆気に取られている俺を他所に、少女は俺を引っぱって行く。

 

俺は俺で引き摺られては敵わない、と必死に足を動かす。しかし彼女の足は止まらない。

 

 

「ちょっ……!」

 

「黙れ」

 

 

絶対零度。そう表現してもいいような声色で告げられた。

 

寒気と同時に、奇妙な違和感を感じていた。

 

何かその声、その言葉、その声色には大切な物が欠けているような奇妙な違和感。

 

 

「痛っ――!」

 

 

それを明確化する前に、俺の体は路地裏の壁に叩きつけられていた。

 

身体、特に背中に痛みを感じ呻くも我慢できない程の痛みではなかった。

 

俺を引っ張って来た彼女に事情を聞こうと顔を正面に向けた刹那――首元に抜き身の短剣が当てられていた。

 

 

(あ~……これってもしかしなくてもピンチかな?)

 

 

愛想笑いを浮かべるも、少女の硬い表情は変わらない。

 

というか改めてよく見ると、眼のやり場に困ることに気付いた。

 

胸元がはだけている衣服。

少し視線を下に降ろすと大胆にスリットの入った脚。

しかも服の色は黒です、隊長!!近くで感じてみると、色気がヤバいです!!

 

このときばかりは男の性というものを呪いたかった。

 

戦場だと恐怖でアレが縮こまるとか絶対嘘だよ。だって元気になり掛けてるもの。

 

何がとは言わないが。

 

 

「見たか?」

 

 

そんなことを考えられているとは露知らず、少女は冷えた声で問うてきた。

 

見たか?と言われましても。多分胸の事とかじゃ無いよなあ。

 

問われている事が分からないという意味合いも込めて、首を左右に振った。

 

 

「ならなぜ、私の顔を凝視していた」

 

 

確かに初対面の女の子の顔を凝視するのは失礼かもしれない。当然、胸元も然り。

 

とはいえ、勘でしかないが、そういうことを言ってるわけでは無い気がした。

 

 

「……っ!」

 

 

戸惑う反応を察したのか、少女は俺をもう一度壁に叩きつけ(さっきよりかは優しく)、胸倉を掴んでいた手を離した。

 

同時に首筋に突き付けられていた短剣も引かれる。

 

 

無言。俺は俺で楽になった呼吸を整えている最中で、少女は少女で背を向けたまま。

 

なんとも奇妙な状況。怒ってもいいことなのかもしれないが、不思議とそういう感情は抱かなかった。

 

 

「……滑稽か?それとも恐ろしいか?」

 

「え?」

 

 

再度、問われている意味が分からずに聞き返してしまう。

 

それが勘に触ったのか、少女は振り向き、嗚咽するかのように吠えた。

 

 

「見たのだろう私の眼を!左眼と右眼の色が違うだけで貴様等は私を化け物だなんだと蔑む!!なんなんだ貴様等は!!そんな眼で私を見るな!!その眼を止めろ!!」

 

 

なんだろう。怒りより先に、悲しみが伝わって来た。そして、恐怖も。

 

それと同時に、やっぱりさっき見たあれは見間違いじゃなかったのか、と悟る。

 

 

銀色の左眼。

金色の右眼。

 

つまりそれは

 

 

 

「いや、ジロジロ見てごめん。気に障ったんなら謝るよ。でもその……それってオッドアイってやつだろ?」

 

 

 

確か正式には『虹彩異色症』とか言うやつだ。

 

動物、特に犬とか猫とかに多いって話を聞いたことがあるけど。

 

もちろん、人間にも少なからず。

俺の知ってるのはえーっと、キーファーなんちゃらっていう外国の俳優さんぐらいしかいないが。

 

とはいえそんなに気にするほどの事じゃ無いと思う。

 

少女が、キョトンとした顔を向けた。

 

 

「……おっど、あい?」

 

「うん。そう、オッドアイ。あーでもそっか、こっちだと珍しいのかな?よく分かんないけど」

 

「……変だとは思わないのか、君は?」

 

「珍しいとは思うけど、変では無いと思うよ?にしても……」

 

 

戸惑っている少女。今は場の流れを、完全に一刀が掴んでいた。

 

何かを考えるかのように顎に手を当て、少女に近付いて行く一刀。

 

ペースを乱され、今まで自分の人生の中にいなかったタイプの人間を相手にしている少女は、近付いてくる一刀に対し、後ずさりをする他無かった。

 

しかし、少女が一刀を連れ込んだのは狭い路地。

 

今度は少女の背中が、壁にぶつかり、止まった。一刀は止まらない。

 

背丈が同じくらいなので、顔と顔が徐々に接近して行く。

 

通常事の一刀なら、美人と顔が近付いただけで赤面するのだが、なぜかこの時だけは興味の方が勝っていた。

 

失礼だと分かっているのにも関わらず、一刀は少女の顔をジロジロと見続ける。

 

そして頷き、一言。

 

 

 

「うん。普通に綺麗な色してるよ、その眼。全然変じゃ無い」

 

 

 

凄く素直に、自分の感じた印象を言い放った。

 

 

 

 

 

再びの静寂。そして

 

 

「……くくっ」

 

「ん?」

 

「くははははははははっ!!!!!!!」

 

 

何かが決壊したかのように、少女は笑いだした。

 

心底愉快そうに。たまらなくおかしくて。上機嫌に、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっは!先ほどは済まなかったな。ほら侘びだ、好きなだけ飲むといい!」

 

 

なぜか俺は、屋台にいた。居酒屋みたいなとこだ。

 

さっき会ったばかりの少女が上機嫌で背中をバシバシと叩く。すんません、正直ちょっと痛いっす。

 

少女の前髪は整えられ、上手い具合に髪留めで止められているので、銀の瞳しか見えない。

 

 

「いやまあ、もう充分飲んでるけど」

 

「なんだなんだ、少年は酒に弱いのか?そんな調子じゃあ女人を酔い潰して××することなど夢のまた夢だろうに」

 

「ぶふっ!?」

 

 

吹いた。

隣に座る、爆弾発言をした少女は、ああもったいないことを、なんて呑気な事を言ってやがります。

 

 

「なっ、なに言ってんだアンタは!」

 

「はっはっは!冗談だよ、少年。だが酒を多く飲めるに越したことは無かろう?それこそ共に飲みに行った女人より先に潰れてしまっては男が廃るというものだ」

 

「冗談って言ってるけど、わりと本気に聞こえたよ」

 

「うん、本気だったからな」

 

「はい?」

 

「はっはっは!所詮は言葉遊びだよ、少年。気にせず飲め飲め」

 

 

上機嫌で笑っている少女。完全に遊ばれていた。

 

勧められた酒を口に運びながら、上機嫌で杯を傾ける少女を見る。

 

あの路地裏での印象が強いせいか、別人のようだと思った。

 

ここに来る途中、『忘れてくれると有り難い』と、わりと本気な眼で頼まれたので、意図的に話題には出していないが。それにしても

 

 

「うん?どうした、少年」

 

「いいや、なんでも」

 

 

やはり、眼のやり場に困る。

屋台のおっさんもチラチラと視線をそこに向けている。分かる、分かるよ、おっさん。

 

しかも酒が入って頬がほんのり紅く染まり、吐息が若干エロい。なんか色んな意味で規制が掛かりそうな人だった。

 

 

「ふふ……久しぶりに旨い酒だ」

 

「俺はあんまり酒の味とかよく分かんないんだけど」

 

「私が言っているのは単純な美味い不味いの話ではないよ」

 

「はあ」

 

「気分が楽しければ、不味い酒も旨くなる。反面、気分が沈んでいればどんなに美味な酒でも不味くなる。まあもっとも、気分が沈んでいる時には酒など飲まないがな」

 

「確かにそう考えると、そうだな。んで、今飲んでる酒が旨いってことは?」

 

「もちろん、君と飲むのが楽しいからだよ、少年」

 

「そりゃ良かった」

 

「む、なんだ少年。お姉さんと飲むのはつまらんか?」

 

 

いや、つまらなくはないんだけどね。

アルコールが入っている時点で、自分の理性を必死に押さえているわけでして。

 

そんなに余裕が無いわけなのです、これが。だって、結構ハイペースだよ?

 

 

「酔いに任せると色々と大変だからねえ」

 

「おや、その物言いは過去に何か失敗談があると見たが?」

 

「無いよ、多分」

 

「ふむ、つまらんな。過去の失敗談を肴に酒を飲むというのは世の常だろうに」

 

「んじゃ、お先にどうぞ」

 

「無い」

 

 

えー。

 

 

「どうした少年。ほらほら、失敗談だぞ、失敗談」

 

「俺も無いよ。そんじゃ次どうぞ」

 

「無い」

 

「……」

 

 

もう嫌だ。なんだろう、もの凄く自由奔放と言うか、一筋縄ではいかない人だった。

 

ほら、こんなしょうも無い四方山話の間にも相当速いペースで酒かっ喰らってるし。

 

つーか、妙に絵になっているというか。

 

艶のある黒髪。愛紗にも引けを取らなさそうな艶がある。

 

前髪で隠れていない左眼は銀色。

彼女の持つ雰囲気とは少しだけ違うそれが逆に、彼女を際立たせている。

 

極めつけは服と、妖絶ともいえる色香とスタイル。なんというか、色々とヤバい。

 

さっきからそればっかり言っている気がするが、ヤバいもんはヤバいんだから仕方が無い。

 

 

……色々とヤバい、で思い出したがそろそろ時間もヤバいんではないだろうか。

 

雛里と別れてから既にそれなりには時間が経っている。心配を掛けるのもあまりよくないだろう。

 

お開きの話を切り出そうと少女の方を向くと、

 

 

「……」

 

 

なぜか少女がこっちを凝視していた。

 

酒が入っているとは思えない、真剣な眼差しで。

 

射竦められたとは違う。しかし魅了でもされたように、視線を外せなかった。

 

少女の口が開く。そして――

 

 

 

「あーっ!!!!!」

 

 

 

――その雰囲気は第三者の大きな声によってぶっ壊れた。

 

 

ガラガラガッシャン、と屋体内の何かをぶちまける音がする。

 

どうやら店主が、自分の視線を見咎められたと思ったらしい。一応、後ろめたかったんだな。

 

というか、その第三者の声には聞き覚えがあった。向かい合っていた少女が、その肩をびくりと震わせる。

 

声のした方向を見てみると、そこには鎧では無く普段着?に身を包んだ顔良さんがいた。

 

ズンズンとこちらにむかって進軍して来る。

 

 

「も~、やっと見つけた。こんなところにいたんですね!速く帰りますよ」

 

「い、いや待て斗詩。もう少し飲みたいんだが――」

 

 

呆気に取られているうちに、少女は顔良さんに手を引っ張られていた。

 

抗議の声を少女は戸惑い気味に上げるが、顔良さんは聞く耳持たず。

 

 

「あれ?」

 

 

屋台のおっさんに代金を払おうとして、初めて俺に気付いた様子だった。

 

 

「ども」

 

「ええと――あ、そうだ。白蓮様のところの、北郷さんでしたっけ」

 

「そ、北郷一刀。顔良さんはここに何をしに――って、何もおかしか無いか。ここは袁紹さんの領内だもんな」

 

 

というか、街の宿を手配してくれたのは顔良さんだし。すぐに袁紹軍本隊と共に、出立したかと思ってたけど。

 

 

「私はこの人を捕まえに来たんです」

 

「おいおい斗詩。人を捕まえて罪人のような扱い方をするのは止めてくれないか?それは流石におねーさんも不本意だぞ」

 

「仕事を放り出してどこかに行っちゃう人は充分罪人です。さ、行きますよ!あ、北郷さん、慌ただしくてすいません、私達はこれで」

 

「あ、ああ」

 

「少年。機会があったらまた飲もう」

 

 

いやまあ。引き摺られながらそんなカッコよく言われても。

 

代金を置いて嵐のように去っていく二人を、一刀は呆然と見送った。

 

顔良さんが連れていくってことはあの娘も袁紹軍なんだろうか。

 

そこまでは考えれるものの、アルコールの所為で上手く思考が回っていなかった。

 

奢りの事を聞いていなかった顔良さんは、一人分の代金しか置いて行かなかったので、自分の呑んだ分は自分が払うことに。

 

まあ、別にいいんだけどね。

 

屋台のおっさんに、ごちそうさまと告げて歩きだす。

 

正直なところ、俺も結構酔っていた。故に、この夜の記憶はここまでしかない。

 

 

 

意識を取り戻すと、そこは幽州へと帰る道中の、馬の背中で。俺はその背中に縛り付けられていた。

 

聞いた話によると、俺は宿の前でぶっ倒れていたそうな。

 

 

屋台から宿までは結構離れていたので、よくそこまで辿りつけたもんだ、と関心はしたが。

 

どうやら皆様には多大な心配と多大な迷惑を掛けてしまったらしく。

 

……いや、ホントにすいません。取り敢えずこの件で俺の得た教訓は

 

 

 

――酒は飲んでも呑まれるな――

 

 

 

そんな当たり前な教訓だった。

 

しばらくの間、酒は控えようかな……うっぷ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~あとがきと言うか補足と言うか~

 

・今回出てきた謎のおねーさん。キャラがよく分からない、いきなりなんだ、急に錯乱した、一刀に突っかかった時と飲んでる時で性格違くね?、などの疑問は多々あるかと思いますが、これは小説の説明部にも書いてある通り、今後への前準備のための演出です。

こういうものだと、無理やり納得していただければ幸いです。

 

※結構、酷いトラウマとかってこうなるらしいですよ。

そのトラウマに関することだけに錯乱して、あとは普通、みたいな。

 

 

 

 


 
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