口を開けば、いつだって悪口ばかりで。
よくもまあそんなに言葉を紡ぎだせるものだと感心して。
そして落胆する。
認めたくない、自分のこの気持ちを。
こんなにも好きなのに、好きになってはいけないのだから。
~Children's Desire~
「ったく、何処行ったのかね弥生ってば」
「いつもそうだけど、そのバイタリティはどこから出てくるの?」
「分からんかな~麻子は。登山家に何故山に登るのかって訊くくらい愚かだよ。尋ねられそこで私は答えるのさ、何かカッコ良いから!!!」
「いやいや、何も心揺れ動かないんだけど」
ちっちっちと指を振る少女。うわーウザい。声をかけるべきか本気で迷う。だがまあここは頑張ってくれ。
「まあ話はそれたけど、これを叩き台に言おうじゃないか。どうして揉むのか、そこに上記する頬がぁ」
「いや、お前ら何してんの」
昼休みの職員室前。廊下で何やら物騒な会話をしている女性徒たちに俺は我慢できず声をかける。つやのある黒髪を二つ結びにした彼女はうちのクラスメイトの『天地 麻子』、もう一人の眼鏡は確か看護科の『末詰 椎名』(すえつむ しいな)だったか。どちらも吹奏楽部員と言う事で覚えるのは早かった。
「おやおや、女の子同士のエロトークに殿方乱入ですか。どんな誘い受けですか通報しますよ」
「いや、むしろお前を名誉棄損で通報するから……で、あらかた椎名の悪ふざけだろうが、お前も止めてやれよ麻子」
「私は世話係じゃありませんから」
「おいちょっと待て。私は珍獣か」
「淫獣でしょ?」
下らない乱闘が始まりそうだったので、職員室前であんまり物騒な話すんなよと忠告だけしていそいそと立ち去ろうとした。が、思い出したかのように(ちょっとわざとらしいぞ)椎名が踵を返した俺を呼びとめる。
「あ、先生。此処に来るまでに、弥生見ませんでしたか?」
「いや、別に。何か用事か?」
「あ、いえいえ。別に大したことじゃないんですが」
「あ、じゃあ会ったら伝えといて下さい。お前の操は今日限りだと」
「いや言わねぇよ。俺が通報されるわ」
ちぇ、と舌打ちをする椎名をなだめる麻子。二人はまた活動に戻るようだ。さて、俺も昼休みが終わるまでに仕事を……
「あれ、弥生じゃないか」
「ひゃうっ!!!!!!!!」
廊下の曲がり角にぴったり背中をくっつけてさながらスパイ大作戦の如き体勢に俺は面食らったが、相手はそれどころじゃなかったらしい。初めてこんな可愛い悲鳴を聞いた。
「椎名と麻子が探してたみたいだけど……何かあったのk」
「先生!!!!!!!」
雨の中捨てられ三時間くらい経過した末に餌をちらつかせる人間を見た子犬のような純朴なうるうるとした瞳で、珍しく彼女は懇願した。
「何でもしますから、少しの間匿って下さい!!!!!!!」
……………
………
…
「おー、二人とも~」
「しぃちゃん、今日もこっちでお昼?」
「しゃあなし、うちのクラスのお友達は彼氏とイチャこらラヴ注入だし」
昼休み冒頭、窓際の陽光がきらきらと照らす区画を乗っ取り麻子と一緒に弁当を食べようとしていた弥生の元に、ゴゴゴゴゴ……と言う擬態語ひっさげて『奴』はやってきた。
中型と大型の巾着袋を二袋、片方は弁当が入った普通のタイプでもう一つには学園指定の体操着が入っている。この事象から『彼女は弥生達とご飯を食べ軽く、いや重度に談笑し、五限目の身体測定の為にわざわざ教室に戻るのもめんどいと言う事で一緒にお着換えに行く』と言う筋書きが弥生の演算結果としてはじき出されたのだが。
概ね間違いではない。今まで頻繁に繰り返されている事だ。物語が無限ループしていると言われても信じようではないか。
「今日のお弁当は手作り?」
「ん、頑張ってみた。どうせあんたら同じもんだろうから、彩りを添えたいな~と思いながらおかず交換を申し出たい」
麻子の予想通り手作りだった(寮のおばちゃんが作る物を買うこともできるが、女子力向上と銘打って彼女もルームメイトと一緒に朝食作りに励んでいる)。ん、いつものこれだよねと弥生は油揚げの巾着を椎名の弁当箱の蓋に取ってあげる(どうせほっといても取られるし)
「これ美味しいんだよね~、油揚げにハンバーグの材料入れて、しょうゆベースのタレに永いこと漬け込むんだっけ?」
「いや、そんな熟成するまで付け込んだりしないからね? せいぜい半日くらいかな。ね、弥生?」
「うちのお母さんが得意でさ。嫁入りの武器として一つはあっても悪くないってのを帰省のたびにちょいちょい教えてもらってるんだ」
「ん~、羨ましいなそゆの」
三人は互いの弁当をぱくつきながら何でもない話に華を咲かせる。麻子が六限の数学の問題当たっている事だったり、椎名がこの前の介護実習で患者のじじいのベッド下のエロ本を発掘した話だったり(おいやめろと二人がかりで止めた)
「にしてもさ~お二人さん、今日の五限って身体測定じゃん?」
「そうだね~、太ってたらやだな~、弥生はその辺心配なさそうだから羨ましいよ」
「私そんなに食べないし太らないからね~、二人ともそんなに太ってる感じでは無いでしょ?」
「別に良いのだよ、太っても……あの部位なら、な」
椎名がチラッチラッと弥生を見ては視線をそらす。正確には弥生の顔の下を、だが。
「いやいや、もう三年目の付き合いだから慣れてるけど、いい加減にしないと警察呼ぶよ? お嬢様学校なんだから悲鳴一つでSPが馳せ参じるってのに」
「音に聞くが弥生女史、前回の測定時よりも幾分ふくよかになってはいないかい?」
「はっ……そう言えば、する必要なんてまるでないくせに、何か胡散臭いダイエット敢行して、ウェストが細くなっただけかと思っていたけど、まさか……」
「私の審美眼を舐めてはいかんよ。才能豊かな人材と豊かに育った豊穣の化身を見つける事に関してはあの勅使河原先生をも唸らせたと言う話だぜ?」
「勅使河原先生何やってんすか……って言う話だけどさぁ……どうなの?」
「え……ええ?」
普段なら止める立場の麻子が先に立ちあがり、じりじりと距離を詰めてくる。猫科の獣の襲い方だ。いつ飛びかかってくるやらわからない。
「ちょっ……いやいやいやいやそれはまずいから。人目人目!!」
「どうでも良いけど、(目人目!! )で何か顔文字っぽいよね。しかも何かエロい目つきだよ」
「偶然の産物!!? いやまずいから、これ文字じゃないと伝わらないから!!!」
「まあ良いではないか……と言う事でだ天地よ。身体測定によってあのエロい女保険医に同胞が凌辱される前に、救ってやるのも武士の情け」
「……共闘しますぜ。キミがっ、泣くまでっ、揉むのをやめないっ……と言う事で」
「「宜しい、ならば戦争だ」」
「いぃいいぃいいやゃあぁあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
……………
………
…
「……素直に助かりました」
「よっぽどだな、まあお役にたてて何よりだけど」
あの後俺は事務室に保護する形を取り、ひたすら各クラスに配布するプリントの印刷やら授業や自主学習の為に使うプリントの印刷を手伝ってもらった。先生方も何が何やらと言う感じだったが、『生徒をこき使う先生』よりも『先生を手伝う生徒』の方に目が行ってくれたようで、俺の処遇は安心な感じだろう。
「それにしても、大変ですねこれ。印刷するのは楽だろうし学級通信も先生が作るわけじゃないにしても、授業のプリントは先生が手描きだったりどっかから引っ張って来たりなんですよね?」
「まあな……ま、それくらい俺も問題を解きまくって来た訳よ」
「……引き出しは素直に負けを認めましょう」
「……ほう、まあ俺くらい簡単に越えてくれ。越えて損はないだろ」
生憎T大の物理の問題を解いて興奮していた高校生時代のある俺に死角はないのだが、それはまあまた次の話に。
「そういや最近また何か本番に向けて練習してるだろ。エル・クンバンチェロとかあの先生が振るのか?」
「今度のは学生指揮が指揮するんで、そう言う羽目を外した選曲が出来るんですよ」
エル・クンバンチェロ。何と言うか、聞きゃ分かる生粋の名曲。各パートの随所に見せ場が用意されており、目立ちたければいくらでも目立てそうなそんな曲。ただ遊び心だけで出来るほど簡単な曲でもなく、木管楽器は高音だろうと低音だろうと目まぐるしい連符に指を疲弊するそんな曲だ。
「他にも色々楽しい曲やるんで、客引きお願いします」
「何と言うか……意外とフレキシブルに活動してんのな、お前らの部」
「まあ顧問の先生は厳しい人ですが、この伝統は長いこと続けていく中で培われてますから、今更あの先生にも崩せませんよ」
「なぁるほど、ただあんまり歓迎はしてないって事だ」
「まあ……だから遊びではありますけど、しっかりした音色で音楽は作りますよ」
「……ん、良いじゃん。暇があったら見に行くわ」
「さてと……そろそろクラス別に身体測定ですね」
弥生は持っていたプリントをどさっと落とすと、事務室をすたこらと出て行った。
「では、失礼します」
……ん~、運ぶ所までやってもらうつもりでいたから、最初刷る予定だった倍近く刷ってしまったんだけどもなぁ。
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末摘さんは多分今回で退場しますw