No.555337

Sweet & Mint / Candypop tragedy

佐倉羽織さん

まどかマギカでバレンタイン。追加1つめ。マミさんとお菓子の"魔法少女"です。

2013-03-15 11:27:49 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:728   閲覧ユーザー数:728

○Candypop tragedy

 

その日は比較的調子がよくて。

わたしは病院の中庭、いつものベンチに座って、空に浮かぶ雲の形を絵に描いたりして遊んでいました。

 

この病院に来てからは、わたしにはあまりいい思い出がありません。ピアノの発表会の前日にものすごく疲れて眠った後、気がついたらここの病室に寝ていました。ママはわたしが一週間眠り続けていたのだと教えてくれました。わたしは寝坊をしたのでからかわれているのだと思いました。わたしは早くあのきれいなドレスを着てみんなに得意なあの曲をほめてもらいたい。そう思って起きあがろうとしました。でも実際には体は動きませんでした。もうそのときにはわたしの体はわたしのものではなくなっていたのです。

 

わたしは大嫌いな注射をいやがることも出来ないまま、大好きなシュークリームも食べられず、耳元ですすり泣くママの声を聞いて過ごしていました。

 

でも、神様はそんなに意地悪じゃなくて。わたしは誕生日を迎える前にはふつうに起きあがって、病院の中の小学校にも行けるようになりました。

 

だから、ときどき、こっそりと。こうしてベンチに座って、空を眺めたり、病院のお花のきれいな塀の上から顔をのぞかせて、少し離れたところにある海を眺めてみたり、そんなことがたまには出来るようになっていました。

 

だからその日も、看護婦さんがいる部屋の前を、目立たないようにしゃがみながら抜けていって、いつもあいているドアから中庭に出て。いつものベンチに座って、空に浮かぶ雲の形を絵に描いたりして遊んでいました。

 

わたしは絵を描くのが好きです。クレヨンはみんなきれいな色だし、思ったように塗れたときはものすごくうれしいし、できあがったのをみんなに見せるとほめてもらえるし。なにより思いついたときに思いついた場所ですぐにできるのがいいです。

 

その日の雲はお魚のような形をしていました。わたしはサンマがだいっきらいなので、もっとクジラさんのような雲が出てこないかなって思ってたけど、出てきたのはソフトクリームでした。わたしはチョコレートのが好きなので、こげ茶色で書きました。あと、イチゴの味がするとうれしいので、半分を赤く塗りました。

 

 

 

その日。私は隣町にある、蒼木大学医学部付属病院に定期検診に来ていました。

あれはもう四年も前のことになります。私の家族は小旅行に出かけるために、車に乗って出かけるところでした。母は妹をおなかに宿していましたから、ちょっと涼みに行くぐらいの小旅行だったはずです。さんざんだだをこねてお出かけをねだった私は、お気に入りの白いバッグを前日の夜から枕元に用意して、それはそれは楽しみにしていました。

 

けれど。

 

結局私にはその日の記憶がほとんどありません。その日、見滝原縦貫道西インターから四キロの地点、R400のカーブで、上り追い越し車線を走行していたコンテナトラックを、後続のスポーツカーが追い越そうとして、走行車線に強引に割って入った直後突然横転。割り込まれ、車間距離を縮められた観光バスは減速する暇もなく追突。勢いよく押し出されたスポーツカーが中央分離帯を越えて下り線に進入。私たちの目の前に突然現れた鉄の塊は一瞬にして下り線をも炎の海に変えた――おおよそそのようなことが起こったのだと、事故から数年後に聞きました。

 

死傷者六一名、重傷者だけでも一〇三名。未曾有の大事故の中心で、ほぼ無傷で生き残ったのは私だけでした。父は追い越し車線上から飛んできた積み荷をよけきれず、母は私を守るように多い被さっていたそうです。私は――私はその状況下において、かすり傷程度の本当に軽いけがしかしていない状態で、車を抜け出し、放心状態で父と母を呼び続けていたところを救助隊に保護されました。乗っていたワゴン車が出火しなかったこと。父が異常に気がついてすぐに路肩に待避したため後続車がいない状態である程度減速できたこと、私の体が小さくて、父と母に守られる形になり、あまり衝撃を受けることなく停止したこと。搬送先の大学病院での精密検査から導き出された、私が生還した理由は、おおむねそう言うものでした。

 

でも、それは事実と異なります。

 

私は、実は事故発生後の比較的早い時点で、車の外に投げ出されていました。おそらくそこでいったん私は死んだのだと思います。私は全身を襲う痛みすら感じられないぐらいに麻痺した自分の、「いやだ、まだ死にたくない。助けて!」と叫ぼうとしても声のでない、自分の口を呪いながら、だんだんかすんでいく景色が、次に目覚めたときにはいつも一緒に寝ている、大好きなぬいぐるみの顔に変わっていることを願いなから、ゆっくりと目を閉じようとしたのです。そのとき、夢の中に耳から羽をはやした白猫の妖精が現れて、私を助けてくれました。私の体は急に軽くなり、すぐに動けるようになりました。足下には命の恩人――彼はキュゥべえと名乗りました――が確かに存在していました。君は今、生まれ変わったのだ。彼はそう告げました。

 

私は自分が先ほどまで乗っていた自動車を探し、変わり果てたその姿にショックを受け、その場にしゃがみ込み泣き出しました。そして突然毛布にくるまれて運び出されたのです。

 

だから、私は。あのとき確かに私は父と母とそして妹と共に天に召されたのだと思っています。私の今の体を動かしている魂(たましい)は、もはや私のものではなく、私を助けてくれたキュゥべえのものだと。

だから、彼が「君は魔女を倒す存在だ」というのであれば、そのように生きるべきだと、そう思ったのです。

 

けれども。

 

やはりこの病院に来ると、現場からあまり離れていないこともあって、あの日のことを思い出します。私がまだ父と母の子であり、名もなく召された妹の姉であった時のことを。

 

だから、三ヶ月に一回の検診の日は、魔女探しはせずに、病院の中庭から見える人造湖の風に当たって、日が沈むまで空を眺めて帰ることにしていました。

 

その日は検査が三時頃に終わり、売店で、今はもうほとんど食べなくなったけれど、あのときは大好物だった、大きな大きなチョココロネを買ってから中庭に向かいました。いつものベンチには小さな先客がいました。三、四歳ぐらいでしょうか。パジャマを着てカーディガンを羽織っていたから、入院患者なのかもしれません。私の妹がもし生きていたら、きっとあれぐらいの年だったのかな?私はそう思うとなんだか他人だとは思えなくなって、ゆっくり近づいて、隣に座りました。彼女は私が近づいても気がつかずに、熱心にソフトクリームの絵を描いていました。

 

 

「こんにちは。ソフトクリーム?」

 

突然隣から、女の人の声がして、わたしはびっくりしました。声がした方を振り向くと、きれいな髪のお姉さんがほほえんでいました。

わたしは、ちょっとむくれて、

「ソフトクリームじゃないよ、えみだよ!」

と答えました。

お姉さんは、口に手を当ててふふっと笑うと、

「えみちゃんが描いているのは、ソフトクリーム?」

ともう一度聞きました。私はなんだか恥ずかしくなって、うつむきながらうなずきました。よくばってメロン色も塗り足したりしなければよかったと思いました。

お姉さんは絵、うまいねと言って、私の頭をなでてくれました。勝手にのぞいてごめんなさいね、とってもおいしそうだったから。と言いました。

わたしはなんだかうれしくなって、絵を見せながら、

「おねえさんは、なに味が好き?」

と聞きました。お姉さんはすぐに「チョコレート!」と大きな声で言いました。だから私はうれしくなって「わたしも!」って答えました。

 

 

一番大きく描かれているチョコレートソフトの絵を見ながら、この子は本当にチョコレートが大好きなんだなと思いました。そして、その紅潮した頬とつぶらな瞳がとてもいとおしく感じました。そしてふと、私が持っている紙袋には売店で買ったチョココロネが入っていることを思い出しました。

「ふふっ、じゃあ、チョコレート大好きつながりで、えみちゃんにプレゼントをあげる」

私はそう言って紙袋からチョココロネを取り出しました。チョコレートが好きなら、きっと大喜びしてくれるだろう、そう思ってちょっと期待しながら。じゃーんと自分で擬音をならして大げさに取り出したそれを、彼女へのプレゼントを差し出しました。

えみちゃんは、目を丸くして喜んで、手を伸ばしました。でもすぐに何かを思い出したような表情をすると、寂しそうに手をおろしました。

「ごめんなさい……えみ、お菓子は食べないって約束したの。早くおうちに帰れるように、お菓子は食べないって約束したの」

 

その言葉を聞いて、私は何故そんな簡単なことも思い至らなかったのだろうと後悔しました。ここは病院です。彼女はおそらく入院患者なのです。彼女がお菓子を食べないと約束したのが、薬の禁忌にふれるからなのか、単なる願掛けなのかは問題ではありません。彼女のその決心をくじくような真似を私はしそうになり、彼女はそれを教えてくれた。単にそう言うことです。

でもそのとき、彼女がチョコレートを我慢すると言ったとき、どんな気持ちでいたのか。それを思うととてもやりきれなくなって、とても寂しくなりました。

「そっか。ごめんね。えらいね、えみちゃん」

私は何とか笑顔でそう答えることが出来ました。えみちゃんは名前のようにとびっきりの笑顔で喜んでくれました。

 

ところが、私がえみちゃんの笑顔に救われたその時、突然、私は強烈な魔力を感じました。周囲を見回します。私がみたのは、すでに結界に取り込まれつつある中庭の景色でした。木々がねじ曲がり、天がゆがみ、地が消える。私はとっさにえみちゃんを抱き抱え、大きくバックステップして、急いでベンチを離れました。ベンチはまさに今具現化した、クジラのような魔女の口に、音を立てて飲み込まれていきました。

でも私にはほっとする時間は残されていません。すぐさまあいている左手からリボンを取り出して、もはや魔樹となった樫の木に結びつけると、そこを支点に振り子の要領で大きく回り込み、勢いをつけて飛びました。

しばし跳躍している最中、再度周りを確認しましたが、もうすでに結界の中にいる私たちにとって、安全な場所などあるはずがありませんでした。

 

どこでも同じか。私はそう判断した瞬間、変身せず片手に女の子を抱えた状態でも扱える大きさの、つまりミニピストルサイズのフリントロックを召還し、都合三丁を打ち捨てて、その弾痕の近くに着地しました。私は、三つの小さな穴のちょうど中央にえみちゃんを座らせました。そしてとびきりの笑顔を作って、

「お姉さんが戻ってくるまで、ここを動かないでね」

とお願いをしました。もちろん彼女がその言葉を聞く余裕もなく、ただ目を見開いておびえているのは知っていました。だから正直言って何か反応があるとは期待していませんでした。ところが彼女は、えみちゃんは力強くうなずいたのです。もちろん状況を理解してうなずいたのではないでしょう。頭を上げた後も驚いて見開いた目を閉じることは出来ず、ただ呆然と遠くを眺めているだけでしたけれど、私は彼女が一生懸命うなずいてくれたことをとてもうれしく、そしていとおしく思いました。だから彼女の前髪をそっとかきあげて、おでこにキスをしたのです。

彼女の目から感情を失わせるほどの恐怖が消え去ったように見えました。私は、

「いい子」

と言ってから、三歩下がって魔力を込めました。そして、地面にあいた三つの穴からリボンがつきだし、三角柱を形成したのを見届けると、振り向き魔女の姿を確認しました。魔女はかつて地面だったものを波立てて、潮を噴きあげながら、周囲の樹木を次々と飲み込んでいました。

 

(安全地帯を作って、心の動きを抑えた。これで、動揺しなければいいけれど。エグいもの見せざるをえないし)

私はそう、心の中でつぶやきました。けれども私には一瞬でも尻込みする事は許されません。もちろん祝福(キス)の効力がつきる前に事をすませなければならないと言う事情もあります。でもそれ以上にこの場所が病院の中庭であることの方が問題でした。このまま周囲の生命エネルギーを吸い取られ続けたら、とんでもない事態になる。とにかくすぐにしとめないと。私はそう考えていました。

「まったく、私、今日はお休みなんだから。ちょっとは自重してほしいわ」

いつものように軽口をたたきながら、私はソウルジェムを召還して変身しました。

 

 

お姉ちゃんがそっとおでこにキスしてくれたとき、なんだかお風呂上がりのお母さんのような、洗い立てのタオルのような、とってもいい香りがしました。そして、心が軽くなって、いままで怖くて怖くてしょうがなかったのは、なぜだったのだろうとわたしはおもいました。

 

「チョットワジチョウシテホシイワ」

 

そうお姉ちゃんが呪文を唱えたとき、お姉ちゃんの体がきれいに光って、見たこともない服に着替えていました。わたしはおねえちゃんは、てんし様なのかな、って思いました。さっきチョコパンを見せてくれたとき、えみはちゃんとがまんできたので、てんし様は助けてくれたのかなと思いました。

てんし様は、ラジオ体操のようにうでを大きく振りました。そして両手の先から光る棒をいっぱい出して、そこからひかる粒をいっぱい出しました。わたしはまぶしくて目をつぶってしまいました。何か大きな音がして、そして静かになりました。わたしはゆっくりと目を開けました。

目の前にはお姉ちゃんの顔がありました。

 

「私はマミって言うの。ねぇ。今日のことは、秘密にしておいてもらっていいかな?えみちゃんと、私の」

 

マミ姉ちゃんはさっきチョコパンを取り出したときと同じ笑顔でわたしにそう言いました。

 

 

結局、結界の外の私は『突然雨が降ってきて、入院していた女の子を連れて屋根のあるところに運んでくれた親切な中学生』だったようです。私たちが結界を抜け、病院の通用口にたどり着いたとき、外の世界はちょうど雨が本降りになったところでした。ナースステーションからあわてて階段を下りてきた看護師さんに私の方からほほえみかけました。彼はすぐに微笑み返して、雨に濡れたら大変でした、ありがとうと私に言ってくれました。私の鎮静魔法が利きすぎたせいか、えみちゃんはとても落ち着いていて、確かに傍目から見たら生死の境目から戻ってきたようには見えなかったと思います。

 

わたしはそのまま看護師さんに彼女を引き継ごうと、抱き抱えていたえみちゃんを降ろしました。でもえみちゃんはすぐに私の手をぎゅっと握り、離そうとしませんでした。仕方なく、ひとまず病室までは、と、一緒に階段を上がっていくことにしました。

 

病室のベッドに戻ったえみちゃんは、改めて私の手を握りなおすと、本当にもう楽しくて楽しくてしょうがない様子で、いろいろな話を私にしてくれました。私は、その小さな手をずっと握っていたら、なんだかえみちゃんは結局出会えなかった私の妹の生まれ変わりだったのではないかと、思えてきて出来ればずっとここでお話を、彼女と一緒にいたはずの時間の出来事を聞いていたいと思っていました。

 

もう何時間も彼女の話を聞いていたでしょうか。小柄に見えた彼女が実はもう小学生だったこと。得意な教科はさんすう。体育はちょっと苦手、だけど去年の運動会では借り物競走で三位だったこと。お絵かきが大好き。そんなことをいろいろ聞いて、私はもう、えみちゃんのことは何でも知っているような、そんな気持ちになっていました。

クラスで人気の足の速い男子の話をしている途中で、彼女は急に話をやめて、入り口の方をみました。そしてぱっと表情を明るくして、そこにいる人物に話しかけました。

 

「ママ!えみ、お友達出来たの!」

 

私は立ち上がって、えみちゃんのお母さんに丁寧に頭を下げました。

 

 

少女はナースステーションで聞いていたとおりの、とても優しそうな顔立ちの、上品なお嬢さんでした。

 

今日は元々仕事が遅くまである日でしたから、笑美が寂しい思いをしていないかと病院に来るまで、とても心配でした。

病棟で、今日はずっと高校生ぐらいの女の子が付き添ってくれていると聞いたときは、いったいだれだろう。そう思いました。日光浴のため、病室を抜け出させて、中庭で遊ばせているときに、突然振った雨から娘を守ってくれた少女が、ずっとそのまま付き添ってくれている。そう聞いても思い当たる子はいません。

 

私は病室の入り口で、少しの間だけ、娘と少女の様子を見ていました。彼女は隣町の有名な中学校の制服を着ていました。彼女は確かに高校生のような落ち着きと物腰、でも端々に見える中学生っぽい雰囲気もある、なんだか不思議な感じのする女の子でした。もちろん私は知らない子です。けれども娘はもうずいぶん前から知っているようで、彼女にとてもよくなついていました。私は彼女が何かボランティアをしている子なのではないか、そう思いました。

そして、私の姿を娘が見つけて声をかけたとき、少女はすっと立ち上がって、きれいにお辞儀をしました。

 

 

えみちゃんのお母さんは、窓際から折り畳み椅子を持ってきて、私の隣に座りました。

「ママー、今日は早いね」

えみちゃんがそう言うとお母さんは少し驚いた表情をして私をみました。私はその表情の意味は分からなかったのですが、驚かなくても大丈夫ですよと声を掛ける代わりに微笑み返しました。お母さんはすぐに顔をえみちゃんに向けて、

「えみちゃんに早く会おうと思って、急いでやってきたのよ」

そう答えました。そして今度は私に向かって笑顔を向けて、

「娘がずっと引き留めてしまって……。ごめんなさいね」

とお礼を言いました。

「いえ、私は妹が――いないので。えみちゃんとお話しできてとてもうれしかったです」

私はついに会うことが出来なかった妹の姿を、えみちゃんに重ねていました。だから正直に、今日はとても楽しかったことを伝えたかったのです。でも、私が『いない』と言ったとき、お母さんの口元がほんの少しだけ寂しそうに動いたことに私は気がつきました。だから私は悟りました。えみちゃんは……。

 

気まずい沈黙が少し続いたとき、不意にえみちゃんが私の右手の袖を引っ張って寂しそうに言いました。

「お姉ちゃん、もうあえないのかな?」

えみちゃんは、私たちがお別れの挨拶をしていることに、気がついたようでした。

「うん。でもまた病院にきたときにはここによるからね」

私は体をえみちゃんの方に向けなおし、左手で頬をつつきながら、そう答えました。でも彼女は悲しそうな表情を変えずに私の右袖をさらに引き寄せて、

「次っていつ?あした?らいしゅう?」

と聞いてきました。私はあまりにもまじめに聞いてくるので、はぐらかすことも出来ず、ちょっと考えました。そして、

「うーん、おねえちゃん隣町に住んでいるから――」

「もし、マミさんさえよければ」

答え始めた私の言葉を遮るように、お母さんの声がしました。振り向くと、真剣な顔で私を見ています。

「マミさんさえよければ、水曜日にこの子に会いに来てもらうことは出来ないでしょうか?」

「水曜日に?」

「水曜日は。私も毎週抜けられない仕事があって、どうしてもお見舞いにくるのが遅くなっちゃうの」

がんばってほほえんでいるお母さんの表情を見ていると、何故か心が締め付けられる思いがしました。

「今日知り合ったばかりの人にこんな事お願いするのは何か不思議な気がするのだけれど、でも、もし。よければ――」

「マミお姉ちゃん、きてくれるの?」

口調と裏腹に心配そうな表情のえみちゃんを見て、私は決心しました。

「うん。いいよ。おねえちゃん、水曜日に遊びに来るよ。だからまた、さんすうを教えてね」

えみちゃんはぱっと目を見開いて、元気よく答えました。

「わかった!えみ、さんすう得意だからいっぱいいっぱい教えてあげるっ!」

 

 

マミさんを見送ると言って病室を出た後、お願いをして少しロビーでお話をさせてもらうことにしました。

マミさんは、本当に先ほど初めてあったはずなのに、なぜか昔から知っているような、そんな不思議な雰囲気を持った子でした。だから、本当なら赤の他人に話すような事ではない、と思いつつ、きちんと説明をした上でお願いしたい。そう言う気持ちが強くわき出してきたので、ちょっとお時間をもらうことにしたのです。

 

私はまず、本当に無理を言ってごめんなさい、とお詫びをしました。私もえみちゃんと会いたいですから。そう言ってにっこりほほえんでくれました。

「笑美は。進行性の病気で。実はあまり長く生きられないのです」

私はおもむろにそう切り出しました。

「やっぱり、そうでしたか」

彼女は視線を落としてそう答えました。

「夫を同じ病気で失っているので、たぶん遺伝なのだと私は思います。現代の医療では進行を遅らせることは出来ても、止めることは出来ないそうです」

私は気がつくとすすり泣いていました。

「奇跡でも起こらない限り、あの子は……」

そう言うのが精一杯でした。でもマミさんはそれまで伏せていた顔をぱっと上げると、強い視線で訴えてきました。

「奇跡は。起こりますよ」

力強い返答。マミさんは私を強く見つめながら続けます。

「奇跡は。奇跡は望めば起きるんです。お母さんがあきらめてどうするんですか」

「でも――そんなことは」

私は彼女のあまりに純粋な主張を、思春期の心が産んだ儚い幻想なのだろうと思いました。でも彼女の強い視線は、まるで運命の女神のように確固とした信念に支えられているようにも見えたのです。私は続く言葉を言い出せずにいました。そのとき、私を見つめる彼女の表情が一瞬ゆがみ、そしてすぐに元に戻りました。

「四年前の――見滝原縦貫道多重事故を、覚えていらっしゃいますか?」

彼女は慎重にそう言いました。

「私はあの事故の生き残りです。お疑いなら、第四外科の新房先生に聞いて下さい。私は彼の患者で、今日は定期検診にきましたから」

 

 

病院を出た私は、あの親子のために、私の小さな新しい妹のために、いったい何が出来るのだろう。そう考えました。

小さな命がゆっくりと揺らめくそのそばで、私のやはり大きいとは言えない手のひらが、炎を風から守ることが出来るのだろうか、そう自答しました。

そして、それはもはや、見滝原の町を守ることと同じぐらい大事で、私にとってはかけがえのない、大事なことなのではないかと思いました。あのとき守れなかった家族を今度こそ守りたい。そんな不思議な感情と共に必ず望むべき結末へ歩むべき出来事なのだと思いました。

私が奇跡を信じている事。私が奇跡から再び生まれた事。それを伝えられてよかったと思いました。

だから、きっとこれから長い間、あの親子と私は、一緒に歩んでいくのだろうなと思いました。

そう思うとなんだかうれしくて。

私はまだホンの少しだけ、私の人生をあゆんでいいのかなと。笑美ちゃんのそばにいる時間は、魔法少女であることを忘れてもいいのかなと、そう思いました。

 

 

「ママ、今日はマミお姉ちゃんとお夕食を食べたよ」

点滴の針を刺した看護師さんが病室を出た後、笑美は半分目を閉じながら、でも笑ってそう言いました。巴さんから聞いてはいたけれど、私は驚いて見せました。

「あら、巴さんと一緒に食べたの?」

「ううん。マミお姉ちゃんに手伝ってもらって、一人で食べたよ」

「そう。笑美、がんばったね」

いつもは点滴が始まるとしばらくはむずがるのに、今日はずっとしゃべっていて疲れたのか、笑美はもう半分寝ていました。だからもう半分寝言のような声で続けました。

「マミお姉ちゃんはね、秘密だけど、てんし様なの。二人だけの秘密だけからママにも言えないけど、てんし様なの」

そう言い終わると、笑美は静かに寝息をたてて、眠り始めました。

その言葉を聞いて、私も巴さんは本物の天使なのかもしれないな、と思いました。

だから、

巴さんの言った言葉。奇跡は存在するということを、信じていいのではないか。私はそう思うことにしました。

 

 

私の週間スケジュールが変わってから、数ヶ月がすぎていました。でも笑美ちゃんはこのところあまり調子がよくなくて、一緒に中庭には出られなくなっていました。

私はいつものように、彼女が食べられるものをさしいれに買って病室に行きました。私が部屋に入ったとき、笑美ちゃんは悲しそうな表情で窓の外を見ていました。

「こんにちは」

「あ、お姉ちゃん」

笑美ちゃんは、振り向くとつらそうに、でも、できる限りの笑顔で迎えてくれました。

「お外、みてたの?」

「うん」

「じゃあ、ベッド起こそうか?」

「うん」

再び窓に顔を向けた笑美ちゃんは、短く返事をしました。私はベッドの下のハンドルを回して、上半身部分をゆっくり少し起こしました。

「わたがし」

そう教えてくれた彼女の視線の先には青空に一つだけ浮かぶ雲がありました。

「うん、かわいいね」

私はそう言っておでこにかかる前髪を優しくなおしました。

「お姉ちゃん」

「なぁに?」

「また、怖い怪物が。えみを連れにきたら――守ってくれる?」

わたしは現実に連れ戻されたように、急に頭から水をかけ垂れたように、驚きました。

もしかしたら、彼女はあのとき襲ってきた魔女は死神で、自分がもうそんなに長くは生きられないと、再び死に神が迎えに来るのだと思ったのかもしれません。

わたしは本当は「守ってあげるよ」とすぐにいってあげるべきだったのかもしれません。でもそのときの私は、なぜか彼女に嘘をつきたくないと、守れない約束をしたくないと強く思っていました。

「どうかしら。近くにいる時なら守ってあげられるけど、私は普段遠くにいるから――」

「私のてんし様」

私の言葉を遮って、彼女は言いました。

「どうかわたしのそばにずっとずっとずっと居て下さい」

私は悲しい微笑みを返すことしかできませんでした。

 

 

『君は』

枕元から声がします。

『マミとずっと一緒にいたいんだね』

わたしの体はもう眠っていて、顔を動かすことは出来ないのだけれど、閉じた瞼の先に、何故か声の主、白い大きなウサギさんのようなネコさんのような、そんな不思議な生き物の姿が見えました。

『本当にそれを君が望んでいるのなら、方法がないわけじゃないよ』

わたしは、わたしが本当に望んでいるその答えを、声に出して、まるで呪文のように、告げました。

「えみはマミお姉さんとずっと一緒にいたいです」

 

 

その日は水曜日ではなかったけれど、ICUに移動する笑美ちゃんと最後にふれあえる日だったので、魔女探索をあきらめて、授業が終わるとすぐに病院に向かいました。世の中は来週頭のバレンタインデーに向かって、ハートと赤とチョコレートブラウンに塗りつぶされていました。でもわたしは、そんな気分にもなれず。毎年用意していた手作りチョコも作らずに居ました。私には小さな小さなお友達のために、きっともうそんなには長くない時間を過ごすことの方が大切だと思えたのです。

 

病室について、私が声をかけてもだれも答えませんでした。

私はゆっくりベッドに近づきましたが、そこには誰もいませんでした。

 

「笑美ちゃん?」

私はなかば呆然して、つぶやくように名前を呼びました。でもだれも答えません。

「笑美ちゃん!」

「ハイ!」

私が耐えきれず叫んだとき、私の後ろ、入り口の方からとても元気のいい返事が返ってきました。驚いて振り向いた私がみたのは、ピンクのコートに包まれて、頭に大きなリボンをつけた笑美ちゃんと、お母さんの姿でした。

 

 

「ごめんなさいね。笑美がどうしても驚かせたいって聞かなかったから」

「いえ。もくろみ通り本当に驚きました」

巴さんはまだ半分呆然とした表情で、紅潮した頬に手を当てて私たちの方を見ていました。私は笑美をパジャマに着替えさせながら、続けました。

「もっとふつうに驚かせたいだけだったのだけど、買い物に時間がかかってしまって――はい、いいわよ笑美」

数日前とは比較にならないほど血色がよくて、表情も生き生きしている娘は、私の許可がでると大きな口をあけて笑い頭を下げました。そして紙袋をテーブルから取ると小走りで巴さんに駆け寄って、差し出しました。

「お姉ちゃんに、バレンタインプレゼント!笑美はチョコレート食べられないから、おいしいかどうかはわかりません!」

巴さんは笑顔で涙を流しながら、ありがとう、ありがとうと何度もお礼を言ってくれました。私はまるで二人とも自分の娘なのではないか、そう錯覚して、二人のやりとりを微笑ましく眺めていました。

 

 

『笑美。君が魔法少女になったこと、まだマミに伝えないのかい?』

「うん。笑美がもっと強くなって、お姉ちゃんのお手伝いが出来るようになったら、一緒に戦えるようになったら。お姉ちゃんの町に行って仲間にしてもらうの」

『そうかい。それじゃあ、君が次にマミにあったとき、マミに君が見分けられる事を祈ってるよ』

「え?」

 

 

あれからもう一年になるのだな。私は笑美ちゃんにプレゼントしてもらったチョコレートに一緒に入っていた、プラスチックのペンダントを見て思いました。

 

あの日、登校しようと家を出たとき、私は突然悲報を聞かされました。驚き、全ての予定を投げ捨てて病室に駆けつけた私がみたものは、ベッドに横たわり、すっかり血の気が引いた笑美ちゃんの姿でした。

「朝、姿を消した笑美を看護師さんが探してくれて……中庭のベンチに横たわっていたそうです。急性心不全でした。せっかく病気は治って、もうすぐ退院だったというのに……」

そこまで言ったお母さんは笑美ちゃんの手を握りしめながら、声を出さずに泣いていました。

「奇跡は起こるなんていってすみませんでした……」

私はうなだれて、ただそう謝罪するので精一杯でした。

「いいえ。奇跡は起きましたよ」

お母さんは一生懸命に笑顔を作って答えてくれました。

「笑美が今日まで元気に生きられたことが奇跡なのですから」

 

私はそんな会話を思い出しながら、ペンダントを布にくるみなおしてポケットにしまいました。そして制服から部屋着に着替える為、ダイニングから部屋に移ろうとしたとき、玄関を激しくノックする音が聞こえてきました。

 

ドアモニターに写っているのは、鹿目まどかさんでした。なぜチャイムをならさないのだろう?そう思いつつドアを開けようとすると、ドアが開くのすらもどかしい様子で鹿目さんが半身を乗り出して私の手をつかみました。

「マミさん!早くきて!さやかちゃんとキュゥべえが!」

「どうしたの。ね、落ち着いて」

「市民病院に魔女が!助けて!」

 

 

「あ!マミお姉ちゃんだ!わたしを探しにきてくれたんだ!うれしいな!わたし、お姉ちゃん捜してたら迷っちゃって……」

「そうだ!マミお姉ちゃん、えみ、悪い子をいっぱいこらしめたよ!ほめて!ほめて!」

「え?マミお姉ちゃん、私に銃を向けるのやめて!いたい、いたいよ!やめて!」

「なんで?なんでなの?マミお姉ちゃんも私をいじめる悪い子になっちゃったの?そんなこと無いよね!お姉ちゃんはわたしのてんし様だもん!」

「あ、そうか!マミお姉ちゃん、きっとあのときのわたしみたいに怖くてなにがなんだかわからなくなっちゃったんだ!うん、大丈夫だよ!えみ強くなったもん!えみがあのときのお姉ちゃんみたいに、おでこにキスしてあげる!そうしたらまた一緒に遊べるね!うれしいなあ!」

「ちゅっ」

 

 

『早く願い事を決めるんだ!そして今すぐ僕と契約を!まどか!さやか!早く!』

「その必要はないわ」


 
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