第四話 刹那の抵抗
襲撃は突然だった。
上空からの狙撃、その初撃を皮切りに次々とインファイターが商店街の物陰から出てくる。
残念ながら、僕に勝てる者は居ない。
僕は軽く手を振って雷撃を落とす。
威力は弱めだから死にはしないがダメージはそれなりに入ってる、動く事はしばらく出来ない。
「ほら、僕らを襲撃する者が現れても、僕たちが負ける事は無い。」
「お、おお…」
彼は高振動電子刀を構えていたが、全くと言っていい程出番が無いというのを理解したらしい。
さて、今倒した奴ら以外にも気配はする訳だが…、どうしようか。
正直、答えは出ているが…。
「一度君も戦ってくれないかな?君の力を見たい。」
「俺の…?」
「君だって神様体質なんだろ?
今後の対応云々の為にも、君の力は必要になるから。」
「麒麟が戦えば済む話じゃ…」
「幾ら火力が強くたって、面制圧が大切な事もある。
つまりは強くても量じゃ負けるってことさ。」
「でも、負ける事は無いって…。」
「僕だって無敵じゃない、弱点はちゃんとある。
それを皆に言わないとフェアじゃないってだけで、僕だってそれをやられたらキツいんだ。
僕が一番得意なのは『一対一の速攻戦』。
何故一対一か分かる?」
「…さぁ?」
「いいかい、人類って言うのはね、一つの事にしか集中出来ないのが多いんだ。
僕は神獣人種だから違うと思ってるんだろうけど、僕だって一対一の方がやりやすい。
思考を二分化出来たら便利だけどねっ!!」
背後からの襲撃者に雷撃を落とす。
今度こそコレは後遺症が残るダメージだ。
「今みたいに、不意を突かれたら僕だって手加減は出来ない。
それで、こうして応急処置位はしておかないと僕だって困るんだよ。
その応急処置も面倒だし、不意を突かれのサイクルが始まっちゃったら僕もいつ倒されるか…。
だから要はさ、出来るだけ自分のみは自分で守ってね、って事。」
僕は応急処置の呪術を掛けて、麻酔針を撃った。
「多分大事には至らないよ、だから命を拾ったと思って大人しくしておいてね。」
「っく…」
その襲撃者はカクンと首をもたげ、眠った。
「なぁ見ろよ…コレ、生きてるんだぜ?死んだとしか思えないよな、あの眠り方_」
「確かに一気にガクンって倒れちゃったけど死んでないし、今ネタ言ってる場合じゃないよ。」
「じゃあ、君には苦だろうけど背中を任すよ。」
「うん…。」
「そんなションボリしてても励ましてやんないからな、自信もってやってくれ。」
って言っておきながら結局、彼女は励ましてくれるのである。
優しいなぁ…。
とか染み染み思いつつ、俺は飛んでくる銃弾やらナイフやらを剣で去なす。
一方の麒麟は自分の武器を引き出しもせず、ポケットに手を突っ込んだまま敵を倒してる。
雷撃は、的確だった。
それこそ衛星砲でも打ち下ろしてるかの様に。
「ホラ、余所見しない。」
「っわ!!」
で、こうして俺の事も助けてくれる。
なんと言うか…やっぱり支援してくれる奴なんて居なくても大丈夫じゃないんだろうか…。
「これで余所見十回目だけど、強制器具でもつけてあげよっか?」
「勘弁してくださいお願いします」
「フン…ならちゃんと背中は守ってよ、ヒヤヒヤするなぁ…もう」
「それと…一旦良い?」
「ん…?どうかしたのかい」
俺は一つ、さっきから思っている事があった。
「何かとてつもなく強い視線を感じるのですが…」
「へぇ…案外鋭いんだね。」
彼女は感心する様に言った。
俺としては軽くあしらわれるもの戸思っていたが…。
彼女は辺り一帯を雷撃で破壊する、威嚇のつもりだろうが十分だ。
さっきから麒麟の戦闘を見てれば誰だって戦いたくなんか無いだろう。
「その視線の本人からしたら驚いてるんじゃないかな。
その子はスナイパーだもん。」
「スナイパー?」
「うん。」
彼女は向こうのビル群を指差した。
「君が感じ取れるのはせいぜい視線じゃないかな。
僕はあの手前から三番目のビルの屋上だと思うけどね。」
「撃たれないん?」
「撃ったら僕が反応するさ、ここからの不意打ちじゃあ咄嗟の対応は難しいからね。」
「杭成さん、気付かれましたよ」
私はスコープから顔を上げて乙姫を折り畳んで担ぐ。
その横で杭成さんは残念そうな、それでいて嬉しそうな溜め息を吐いていた。
複雑な心情なのだろう、追う予定でなかった弟をこんな事になるまで追うなんて。
私にだって理解が出来ない、何故彼にここまでするのか。
落日の光に、彼女の眼光が黄色く、鋭く輝く。
その目は何に対する目なのか…。
「流石ね…やっぱり神様体質の子。
移動するわよ、もうそろそろ目標がポイントに入るわ。」
彼女は足早に踵を返し、ビルから飛び降りる。
私もそれに続き、呪術を使って壁を滑降する。
「倒せないなら倒さなければ良い…ですか。」
その途中、私は一人で呟いた。
「倒そうなんて、誰も思わないわ。
だから、分断させるのよ。」
彼女はそれを聞いていたらしく、呆れた笑みを浮かべる。
「出来るんですかね…?」
「さぁね…、特性所持者の中でも調教で最精鋭の道具になった子達よ。
出来ると思う。
けれど…、姉としては弟の健闘を祈りたいわね」
麒麟と彼の分断に投入されるのは同じく神様だ。
そして、分断後の捕獲に『使われる』のは…
暴力と恐怖で自我というものを完全に剥ぎ取られた精鋭部隊の少年少女達だ。
果たして…、彼が勝てるとも思えなかった。
「この先で多くの気配がするね、もしかしたら僕逃げる事になるかも」
「え?」
「言ったでしょ、僕だって弱点はあるんだ。
それにさ、相手が神様なんじゃあ分断されても仕方ないさ。」
俺は彼女の言葉に絶句した。
そして、直後天井のガラスを割って降りて来た二人には絶望した。
「ほーら…、僕が苦戦しそうな神様が来たよ…。」
「久しぶり、何年ぶりかしらね無矢」
「…ひっ!!??」
足に力が入らなくなる。
痺れと感じるぐらいに、体の全身が震えていた。
「流石上のお人、やる事が汚い。」
「何の事かしら?麒麟」
「要求は聞き入れられ無かった様だ。
無矢君、残念だけど僕が協力出来るのはここまでだ。」
「…え?…へ、へへ?」
「悪い、少し眠っててもらうよ」
項に強力な手刀を入れられ、必然的にブラックアウトする。
しかしその瞬間俺は聞いた。
「ここからは僕の自律判断で君を助けさせてもらう」
麒麟は飽くまでも、俺を救ってくれる様だ。
「さっき君は何の事か?って言った。
でもしらばっくれても無駄さ。」
僕の真後ろに、降りて来た完全フル武装の三人。
僕はそれ自体に彼女達の汚さを感じた。
「彼女らだよ、彼女ら。」
その三人は命令を受けない限り動かない。
派遣された先の司令官は彼女か、その横の水野ちゃんか。
どっちにしろ、優れた者が『優れた物』を扱うのだ。
「まだ少し位話したって良いよね?
僕をボコボコにするのに時間なんて関係ないでしょ?」
「そうね、戦闘前のリラックスとでも思っておくわ」
「そう言ってもらえると助かる。
しかしさ、そこの三人も抵抗力を削がれたんだよね、無矢君以上にさ。
人として生まれたにも拘らず、自身の持つ特性一つだけで酷い目に遭わされてるんだ。
ルルシィ、クレア、ファナティック…。
僕の知る限りじゃこんなお人形じゃなかったと思うけどね?」
僕はこの三人を知ってる、僕の大切な教え子だ。
それをこうも台無しにされちゃ、怒りが抑えられる筈も無い。
「警備用お人形の需要が無くなる事は恐らくこれからも無いわ。
彼女達は求められてこうなったのよ、名誉な事じゃない?人の為にこうなったんだもの。」
彼女の発言は僕の怒りを逆撫でし、逆鱗に触れた。
周囲のものが雷撃によって弾け飛ぶ。
僕はその雷撃の一つを引き寄せて、武器を展開した。
「君は素直じゃないな…、君のお父上にでも言って止めさせたらどうなんだい?
彼女ら以外にも、今この時苦しんでる子が居るだろ?」
そして、彼女だってこの状況を望んでいる筈が無い、そんなジレンマで更にイライラする。
「止めさせる気はないわ、そう言う子達が必要な世界よ。
で、この子達の他にもたくさん居るわよ?」
僕は思い切り大剣[タケミカヅチ]を振り下ろした。
一発で沈める。
その意思を含め、僕は叫ぶ
「そんな世界は僕が修正してやるッ!!」
商店街が深紅の光に包まれた。
雷撃の麒麟、彼女の異名である。
そしてそれだけではない。
マテリアルクリエイター、物質生成者。
その名が示す通り、あらゆる物質を作り出し自在に操れる能力だ。
ある筈も無い物質や、彼女の想像した全てが実体化する。
つまり、何でも作れるのだ。
これが麒麟の恐れられるもう一つの理由。
だが今では麒麟も落ち着いていて、その物質生成の一面は滅多に見られなくなった。
しかし、起こってしまったのだ。
麒麟の赤い雷撃が。
彼女は赤い目を一層鋭くし、赤い紋章を光らせ銀色の髪を輝かせる。
「鴉谷…いいや神薙アマテラス!!」
怒りで埋め尽くされた声で呼ばれ、思わず身震いする。
「君の弟への思いは優しさだと思ってた。
君は本気で、この弟君と仲直りしたいんだなって思ってた。
けど違うんだな、彼の二の舞を止めないんだから彼と仲直りなんて出来ないな。
同じ事を平然とスルー出来るんだ、そんな奴がこの子と仲直り出来る筈無い!!」
「可奈ちゃん下がって!!」
私はヤタノカガミでその雷撃と物質生成によって作られたレーザーキャノンの砲撃を防ぐ。
「君は僕を怒らせた!!
今僕は君を灰にして土へ還したい位だ!!
君はアマテラスと名乗って良い様な奴じゃない!!
何かを諦める奴が天から全てを照らせる筈が無いじゃないか!!
君は何も分かっちゃいない!!
彼の様な悲しい存在を生み出す事がどれだけ罪な事か!!
君はッ…、君はッ…!!
僕の敵だ!!」
「ぐッ!!」
ついにビクともしなかったヤタノカガミが押され始めた。
だが、これは二つの事を意味する。
彼女が正面への攻撃しかしてない事。
そして、怒りに身を任せて攻撃してる事。
「カッコいい事言ってたって…、冷静じゃなきゃ出来ない事もあるわよ…!」
ヤサカニノマガタマを使って、受けた攻撃を全て反射させる。
「ふんッ…!!」
彼女は勿論それを素手で跳ね返す。
「反射素材を作り出したのね…、化け物だわ…」
「君は人でなしだけどね!!」
一瞬で懐に入られた私はタケミカヅチで商店街の端まで吹き飛ばされる。
そしてこの距離でも的確且つ高速で雷撃は行われる。
頭上からの雷撃を避けて大弓[マガツイリノオオユミ]を撃つ。
幸い、可奈ちゃんの射撃で牽制された麒麟に私の放ったそれが当たる。
しかし、それがダメージになる訳が無い。
奪わなければ意味が無い。
そして、それで彼女を切らなければならない。
「君は死のうか?
もう相手をしてる時間もないから。」
捉えた彼女は雷撃となって消え、再び懐から現れる。
「叩き切ってあげる。」
思い切り上に蹴り上げられた。
(くッ…、内蔵をやられたか!!)
だが最早手遅れだ。
彼女の不可避の速攻は私ですら避ける事が出来ない。
地面に付く事も無い様な目紛しい乱撃。
そして最後の一発で、私はブラックアウトした。
だが…終われるか!!
「主神様の良いとこ見せなきゃね…ッ」
「っ…!」
タケミカヅチの刃を掴む。
所詮は武器、私の本気だったら止めるに容易い。
「悪いけど、弟とは一回話しておきたいからね…。」
「やらせない、絶対に」
動いたのは彼女からだった。
彼女はタケミカヅチを離して私を蹴り落とす。
そしてどこからか雷撃の音。
可奈ちゃんだ、彼女が雷撃を受けた。
最早まともに彼女を叩けるのは私だけだ、撤退を知らせる音爆弾を投げた。
「懸命だね、僕に勝てる者は精々君位だ」
「近接戦挑んで来て良い訳ッ?」
奪ったタケミカヅチを構えた。
「問題ないさ!!」
物質生成による高振動電子刀を武器に、彼女はタケミカヅチを弾く。
だがまだだ。
その電子刀を瞬時に蹴って斬撃を回避。
宙返りをして下から麒麟を切り上げる。
「次っ!!」
動けない彼女に横回転からのぶん回しを食らわせる。
これで二撃。
タケミカヅチには雷撃も、彼女のマテリアルクリエイトも通用しない。
彼女からしたら正に諸刃の剣である。
「ぐッぅぅぅ…!!」
うめき声からしてダメージはかなり与えている。
「約束は果たすんだ…、彼を守る。」
来るか…?。
「君は何かを忘れてる。」
「…?」
「僕や無矢君を分断させる為に用意した大部隊。
それがこの商店街の向こうの広場で待機してる事。
一カ所だ、一カ所。
そこに敵が集まってるんだ、片付けない手は無い。」
「あぁー…、集中してて忘れてた。
お互い勝ち負け無し、って所かしらね」
麒麟は、やはり一筋縄では行かない。
ここで未来の種である学生達を潰すわけにはいかない。
ここで彼を逃しても、麒麟の要求は『彼の安全な生活』である。
決して私的占有ではない。
だから、会おうと思えば会える。
だからここで彼女に広場の全員を潰させるわけにはいかない。
「今、彼らの逃げ道になるであろうルートは全て壁で塞いだ。
その壁を支柱として天井を付けた。
その天井には毒ガス噴出器と、大口径レーザー照射器が複数付いてる。
もう僕の要求をの呑まない訳には行かないでしょ?
ここで君が僕と無矢君を見逃して、僕の要求を受け入れてくれるのであれば彼との接触の機会も設けよう。
広場の学生も無事だ。
だがもし君が僕を討たんとするなら、僕は広場の全員を殺し、全力を持って君を倒す。
つまりは、バッドエンドってことさ。」
不適な笑みを、麒麟は浮かべた。
「…良いわよ、その要求呑んだ。」
「ふん、当然だね」
最初から勝てるとは思ってなかった。
確かに、タケミカヅチを奪い攻撃出来たのは奇跡に等しい。
だが、やはり二撃では彼女を討つ事は出来ない。
「やはり君も神様だものな、これくらいは出来なければ」
「貴方はまだピンピンしてる様ね…。
私は連撃食らったときの蹴り上げで内蔵と骨が数本天に召された気がするわ。
けど…安いものね」
「本当なら僕はもうちょっとボロボロにしたかったけどね。
君の弟、やはり中々の精神力じゃないか。」
「!!」
気がつくと、彼女の肩に弟は居なかった。
「ついさっき、言伝を僕に頼んでお家に帰ったさ。
僕も回復したら向かうつもりだけどさっ…」
彼女は疲れた様に地面に座る。
そして深呼吸して空を見上げていた。
どうやら気分を落ち着けている様だ。
「お願いだから、ああいう存在を僕の前に登場させないでくれ。
確かに、ああいった存在は必要なのかも。
けれど、やはりやり方が間違ってるよ…。
自我を失くす程の調教だろ?それは人道を反しているよ。」
「…貴方と私の違いは抵抗するかしないかね。」
「一緒にしないだけ許してあげるよ…、これからも仲良くしようか。
あと、言伝なんだけど君にだよ。」
ボロボロの足取りで立ち去ろうとした私を、彼女は引き止めた。
私はすぐさま振り返る。
今何て言った?
私に、無矢から言伝?
話し掛けただけで気絶する彼から…?
驚きで表情が固まっていたのだろう、麒麟はそれを軽く笑った。
「あまり驚いて欲しく無いな、良いかい?言うよ。」
「も、勿体振らずに教えなさいよ」
「ふふ…。
直接対話は勘弁してください、ってさ。
それだけ残して急ぎ足だったよ、相当嫌われる事をしたんだね。」
麒麟はそう言うが、そうでもしなきゃ…。
均衡は崩れる、文字通り。
「じゃあ、彼の対堕ち人役職優先学級への手続きは頼んだ。
保護者は僕の名前にしておいてくれ、君じゃ少し心配。」
僕は彼女からタケミカヅチを返してもらい、その場を立った。
「貴方こそ、彼の所持してる特性を理解してるの?
敵に回せば全てが終わるわ。
貴方や、神様ですら、危ういかもしれない。」
彼は、全ての神の中で、おそらくは一番危ない存在だ。
彼女達のした事はやり過ぎかもしれないが、そうでもしなきゃ全ては終わってたかもしれなかった。
「主人公はチート性能を保持していても、悪には奔らないさ。
もっとも、僕に懐いちゃったらその為に特性を発動させちゃうかもしれないけど。」
僕はそう信じて彼女に踵を返す。
彼女も反対方向に歩く。
「大丈夫、その際は貴方を恨んだりはしない。
恨むのは、仲直りすら出来なかった自分よ」
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徹底抗戦を決意した無矢は、麒麟と共に外へ向かう。
一方で、杭成達は監視をしていた。