No.554776

天馬†行空 閑話 拠点の四 交趾と雲南

赤糸さん

※今回の拠点は、時間軸的に汜水関で戦が行われていた頃の話です。
 更に今回は南の方の話になるので、一刀達の出番はありません。
 最後の注意ですが、今回は非常にカオスな展開となっておりますので、 心してご覧下さい。

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。

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2013-03-13 19:34:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6687   閲覧ユーザー数:4552

 

 

 

【雲南のとある雑記張】

 

 

 

 ――三十頁目の記述。

 

 明日から南蛮の調査に行く事になった。

 永昌の呂凱さん主導で行われる今回の探検は、風土や南蛮の人達の生活ぶりを調べる為らしい。

 あと、地図も作りたいと言ってたっけ。

 南蛮からはトラ、ミケ、シャムの三人が同行してくれると聞いている。

 大事な用事があるとかで美以がいないのは残念だけど、帰る前には会う予定だ。

 それはそれとして、向こうの気候は雲南よりも厳しいと聞いたから僕もしっかり準備をしておかなきゃね。

 東々亭にもしばらくは行けないし、今日のお昼は酢豚にしようっと!

 

(追記)

 

 輝森へ。竜胆が着いて来ないように抑えておいてね。

 ……万が一にでも暴走したら、僕では止められそうもないし。

 

 

 

 

 

 ――三十一頁目の記述。

 

 早朝に蓬命ちゃんが調査隊と一緒に出発していった。

 ミケちゃん達とは現地で合流するとの事。

 南蛮は毒を持った生き物が多いらしいので心配だが、調査隊には漢中で修行されたお医者様も同行するとか。

 ……無理をせず、無事に戻って来てね? 蓬命ちゃん。

 

 竜胆ちゃんが蓬命ちゃんに着いて行こうとしなかったのは驚いた。

 けれどそれ以上に驚いたのは、肩の上に猫を乗せたまま兵舎に現れた竜胆ちゃんにたるんだ様子がなかったことだ。

 訓練中、その真っ白な猫はおとなしく座って竜胆ちゃんが訓練を終えるのを待っていた。

 竜胆ちゃんがへにゃへにゃにならないなんて……あの猫は、一体?

 

 

 

 

 

 ――三十四頁目の記述。

 

 朝起きると、にゃんこがいなくなっていて、枕元に綺麗な石が置いてあった。

 青く光るそれは、あのにゃんこと初めて会った日の空の色みたいでとても綺麗だ。

 あいつは、ふっと現れて、ふらりと突然いなくなった。

 あいつはどこへ行ったのだろうか? 今どこにいるのだろうか? 

 

 …………うん。また会える、きっと。

 だって、"友達ならまたいつか会える"から。

 

 だから、その時まで……またね。

 

 

 

 

 

 ――カシラ。

 

(怒涛の勢いで書き込まれた追記)

 

 なんなんですかその名前はぁ!!!!!

 あんな可愛い猫ちゃんにそんな可愛くない名前をつけないで下さいっ!!

 

(追記の追記)

 

 あ、ごめんごめん間違えた。

 では気を取り直して。

 だから、その時まで……またね。

 ――シロ。

 

(太守の書き込み)

 

 お、猫の名前はわりと普通だな。

 と言うか、輝森の突っ込みに対して更にボケるかと思ったぞオレは。

 

 

 

 

 

 ――三十九頁目の記述。

 

 秋光(永昌太守、王伉)経由で蓬命と令狸たちから報告書が届いた。

 調査はうまくいってるみたいでひと安心だ、輝森達にも後で教えてやるか。

 ここしばらく劉焉がこっちに動く気配も無いみたいだし、今の内に色々と準備をしとかないとな。

 "あいつら"が、いつこっちに帰って来ても良いように。

 

 あの白猫が居なくなって、竜胆が元気無さそうにしていたが……どうやらまたどこぞで猫を見つけたらしい。

 あの脱力しまくった状態でも訓練は出来るようで、試しに手合わせしてみたんだが……いつも以上に動きが読めなくなってやがった。

 わりと本気でやったんだが…………まさか負けるとはなぁ。

 しっかし、ありゃあ酔拳ならぬ猫剣ってトコか? ……本当に謎の多いヤツだよ。

 

(追記)

 

 両足と尻尾、それに顔や耳が黒っぽくて、それ以外は白い猫だったな。

 さて、竜胆のヤツ、今度はなんて名前をつけるやら。

 

(追記への返事) 

 

 名前は白黒カシラで。

 

(猛然と書き込まれた追記)

 

 いくらなんでも名前が適当すぎますっ!

 あのネコさんも可愛いんですから、もっと可愛らしい名前にしてあげて下さいっ!!

 あと、カシラってつけないで竜胆ちゃん!!!

 

(控え目に書き込まれた追記)

 

 にゃんこの名前は、隊全員で案を出し合うことに決定。

 

(太守の書き込み)

 

 じゃあオレは「(りん)」で。

 あ、猫の名前のコトな。

 

 

 

 

 

 

 

【風雲?】

 

 

 

「いいか、これから難攻不落のハク丸城を攻撃する!」

 

 交州、交趾郡――の街外れ。

 そこには、異様な熱気に包まれた男達が集合していた。

 その数、実に千人。その内、交趾の正規兵は一割ほどで、大半が市井に暮らす者達である。

 集った男達に特色があるとすれば、独り身の者が多い点であろうか。

 意気軒昂たる男達の前で、小柄な女性が白い指揮棒を手に、声を張り上げていた。

 この女性、実は一刀がおかみさんと呼び慕う人物で、おやっさんこと藩臨の奥さんで、黄乱(こうらん)と言う。

 お団子にした桜色の髪と同色の瞳の黄乱は、"隊長"と書かれた勲章を胸につけ、白い軍装姿で男達の前に立っている。

 

「行く手には数々の難関が待ち構えているが全力を挙げて頑張って欲しい! いいなッ!!」

 

 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!

 

 ノリノリで男達に号令をかける黄乱に、居並ぶ男達は腹の底から響く大音声を上げた。

 

「我々の目の前には、竹や有り合わせの木材で作られたハク丸城第一の門があるッ!!」

 

 びしりと門? を指揮棒で指し示す黄乱隊長。

 そこには青竹と、家柱くらいの木材で作られた柵が有った。

 高さは大の大人三人分位はあるものの、お世辞にも門とは言い辛いものだ。

 

「これを突破すれば、初戦は我が方の勝利だッ! 準備は良いな! ……いけええぇーーーーーっ!!!」

 

 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!

 

 黄乱隊長が指揮棒を真横に振るい号令を下すと、男達は野獣のような雄叫びを上げながら第一の門へと突撃していった。

 

 

 

 

 

「う、うわわわわ!? ハ、ハク先輩、えらく人数多いですけど大丈夫ッスかね?」

 

「わははは、心配無い無い! 私、コウちん、ケイさんの三人で設計したハク丸城に死角は無いのだっ!」

 

「ハク君、城の名前はもうちょっと何とかならなかったのかい?」

 

「城の名前は子供達が付けてくれたものを採用しましたが何か?」

 

「……子供達が決めたのなら仕方がないね」

 

 守備側、ハク丸城。

 第一の門を見下ろす見張り台に、三人の女性の姿が有る。

 明るい黄の瞳を白黒させて、怒涛の勢いで眼下に迫る男達にたじろぐ瓶底眼鏡の少女――コウこと馬鈞。

 余裕の笑みで高笑いを上げる、青の短髪、藍色の瞳のボーイッシュな少女――ハクこと伯道。

 城の名前の由来を聞いて苦笑する、亜麻色の髪を結い上げた濃紅(こいくれない)の瞳を持つ洒脱な女性――ケイこと敬文。

 第一の門から彼女達が佇む見張り台の間には二つの関門があった。

 

「さ~て、ここまで来るのに何人のっこっるっかな~」

 

「ノリノリだね、ハク君」

 

「そりゃもう! ここまで大掛かりな催し物が出来るなんて思いもしなかったからね!」

 

「しっかし、向こうさん、ヤル気十分ッスねー。……ハク先輩、そういや向こうさんの"賞品"はなんなんッスか?」

 

 そう、今回のハク丸城を巡る攻防戦は太守公認のお祭りなのだ。

 そして、参加者は交趾郡に住む者であれば兵、領民の別なく参加可能であった。

 更に、この城攻めで最後まで脱落せず、見事勝利を掴んだ参加者には豪華賞品が出る事になっている。

 

「五つある中から選べるようになってるよん」

 

「へぇ……で、それぞれどんな賞品なんスか?」

 

「うし、まずは一つ目。一日限定! 給仕服を着たコウちんがお昼に付き合ってくれる権――」

 

「――ってちょっと待ったーーッス!!!」

 

 聞き捨てならない"賞品"内容に、馬鈞は絶叫した。

 

「――な、なななんなんスかそれ!!? オイラ、そんな話になってたなんて知らなかったッスよ!?」

 

「昨 日 私 が 決 め た」

 

「ハク先輩ーーーッ!!??」

 

 腕を組んでドヤ顔をするハクに、コウが頭を抱える。

 

「そして二つ目」

 

「……もう展開が読めたね」

 

「この大胆な切れ込み入りの旗袍を着たケイさ――」

 

「――予想していたよりも酷かった!!?」

 

 どこからともなくチャイナドレスを取り出したハクに、ケイが目をむいた。

 

「あ、大丈夫だよケイさん。コウちんと同じで一日限定、昼食だけだから」

 

「あんなに目が血走った男性達と食事を共にすると考えただけで、もう不安なんだがね……」

 

 ぱたぱたと手を振るハクをよそに、頭痛に耐えるような仕草をするケイ。

 

「三つ目! 同じく一日限定! 私と一緒に補修作業する権利っ! ちなみに私が着る服はコレ」

 

「ってハク先輩!? こ、こここれ、ほとんど下着みたいなモンじゃないッスか!!?」

 

「うん、"すくぅるみずぎ"って言うらしい。前に北郷がこっそり服屋に作って貰ってたのを押収した」

 

「北郷さん何作ってるんスかー!!?」

 

 チャイナドレスに続いて取り出された紺色の布きれを見、その作成元の名前を聞き、コウは都の方角を仰いで三度(みたび)絶叫した。

 

「どんどん行くよー、四つ目! 徳枢さんの特製手作り弁当! 一日おきに北郷がお昼に食べてたアレだね。これを三食分」

 

「そう言えば北郷君と徳枢さんは一日交代で自炊していたね。二人の料理は、趣が違えどなかなかに美味だったよ」

 

「えっ!? ケイ先輩、北郷さんの手料理食べたことあったんスか!?」

 

「何度かね。北郷君とは作業の進捗状況について何度か相談したことがあったのだけれど、遅くなると食事を御馳走になるのだよ」

 

「そ、そうだったんスか……」

(う、うらやましいッス――!)

 

「徳枢さんは特別に参加して貰ってるし、北郷にも悪いから野郎共と付き合うのは無しの方向で」

 

「オイラたちは良いんスか!?」

 

「勝てば問題無し!!」

 

 不公平だ! と言わんばかりに両手を振り回して迫る馬鈞に、ハクは胸を張ってそう宣言する。

 

「では最後の五つ目だっ! 士燮様が飲茶に付き合ってくれ――」

 

「――なに太守様まで巻き込んでるんですかアンタはッスーーーーーー!!!??」

 

 四度目、そして最大級になる大音声で突っ込むコウ。

 

「おおぅ、いいツッコミやんコウちん!」

 

「訛って誤魔化そうとするなッス! 流石に太守様まで無断で――」

 

「良いって言われたよ?」

 

「――へ?」

 

「いや、だから士燮様から了承はいただいてるよ? そういうことならば仕方ありませんね、って」

 

「……威彦殿は器が大きいね」

 

「いやいや、そういう問題ッスか!?」

 

 ハクの答えを聞いて、感心したように頷く敬文とは別に、コウは再び頭を抱えていた。

 

 ――うわはははははははははははははははははははっ!!!??

 

「――っと、始まった始まった」

 

「子供達が怪我をしないと良いが……」

 

「大丈夫ッスよケイさん。何度も練習しましたし、何よりあの子達は筋が良いッスから」

 

 第一の門から聞こえて来た悲鳴のような笑い声に、三人はそちらへと視線を戻す。

 

 ――視線の先には阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 

 

 

 

 

(モテ無い)男達の戦場から離れた場所に、幾つかの天幕が設営されている。

 そこには、大勢の領民(観客)と、その前に設置された机に座る数人の女性達の姿があった。

 

「さあいよいよ始まりましたハク丸城攻防戦! 実況はわたし、数え役満☆シスターズ! みんなの妹、ちぃこと地和(ちーほう)ちゃんと!」

 

 この時代にどうしてあるのか不思議でならないマイクを片手に、水色の瞳と、同色の髪をサイドポニーにした少女が声を上げる。

 

「解説は皆さんご存知このお方、交趾太守、士威彦さまでーす!」

 

「宜しくお願いしますね」

 

 柔らかな笑顔を浮かべて士燮は一礼すると、仮設の簡易天幕(観客席)に居たほとんどの男性達が頬を赤らめた。

 

「そしてもうお一方は、こちら! 現在遠距離恋愛中! 愛しい彼氏は噂の美形!? うらやましいぞコンチクショー! 程徳枢さんでーす!」

 

「……あの、私だけ紹介がおかしくないですか?」

 

 実況者の私情が入りまくりの紹介に、ポーカーフェイスのまま異議を申し立てる想夏。

 天幕に居た一部の男性から「うぉー! 徳枢ちゃーん!」とか「俺も徳枢ちゃんの手作り弁当食いてぇ~!」とか「北郷爆発しろ!」などの声が飛ぶ。

 

「以上の三名でお送りします!!」

 

(ええと、確かこういった場合、一刀はこう言ってましたね)

「……スルーですかそうですか」

 

 ――うわはははははははははははははははははははっ!!!??

 

「おおっと、早速何か起こったようです!!」

 

 静かに呟く想夏の耳に、第一の門へと殺到していた男達の悲鳴が聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 ――門前に悲鳴が響くより少し前。

 

「門っつっても扉が無ぇな?」

 

「ああ、これは乗り越えるか壊して進むかの二択だろうな」

 

 明らかに急造りと思える門の前まで走ってきた男達は、しげしげと目の前の柵を眺める。

 

「フフフ。ならば! ここは俺達の出番のようだな……!」

 

「な、なにッ!? ! ――お前達はっ!」

 

 さてどう越えたものかと頭を捻る男達の中で、異様な雰囲気を漂わせた作業着姿の一団が前へと進み出た。

 

「フ……そう! 我等は!」

 

『交趾郡街道整備隊ッ!!!!!』

 

 先頭に立つまとめ役らしき青年が口火を切ると、後ろに続く者達が高らかに自分達の所属を名乗る。

 

「フフフ……常日頃から、街道を塞ぐ倒木や大岩を処理している我々に掛かれば、この程度の柵など子供だましにも等しいわ!」

 

「おおっ! すげえ自信だ!」

 

「さ、流石はその分野の専門家集団だ。身に纏う空気が違うぜ……!」

 

 まとめ役の男から感じられる威風に、一歩引いた位置で見守る男達から感嘆の声が漏れた。

 

「よし、では皆! 作業開始だッ!!」

 

『応ッ!!!!!』

 

 先頭の男の力強い号令と共に、整備隊の面々は柵を固定する縄をほどきに掛かる。

 今回の攻防戦では参加者が武器の類を携行するのが禁止されている為、整備隊は軍手のみを装着していた。

 ちなみに、柵を登る為の綱や鉤縄なども(用意されている物を除き)使用不可である。

 

「フフ、この程度……って、こ、これはッ!!」

 

 真っ先に作業を開始したリーダーらしき男は、結び目に手を掛けると驚愕の声を発した。

 そう…………男の指先が捉えた感触、それは――。

 

「意外! それは油ッ!」

 

「って意外でも何でも無ぇー!!」

 

 真剣な顔で言い放たれた事実に、後ろで見ていた男達の内の一人が突っ込みを入れる。

 

「すっごい滑るよ!」

 

「す、滑る滑る、って、ふ、ぐ、ぎゃはははははははははっ!?」

 

「どうした――うひっ!? ふ、あはははははははははははっ!?」

 

「な!? こ、これは!」

 

 ツルツル滑る縄の結び目に苦戦している整備隊のメンバーが突然笑いだす。

 誰もが怪訝そうに様子を窺う中、被害を逃れた作業員――仮に、甲と呼ぶ事にする――は突然の笑撃をもたらした原因を発見した。

 

「――よっし! こうかはばつぐんだ! みんな、このまま続けるぞ!」

 

「こーちょこちょこちょこちょ!」

 

「そーれ、そーれい!」

 

「めねめねめねめねめね」

 

 柵の隙間、そこから交趾の子供達が伸ばす細い棒状の何か。

 先端が箒のようになっているそれで、子供達は作業中の整備隊の脇や脇腹などをくすぐっていた。

 

「な、なんたるうひっ!? や、やめぅひひひひひひひひひひひひっ!?」

 

『うわはははははははははははははははははははっ!!!??』

 

 呆然としていた作業員甲(二十二歳、彼女いない歴:年齢と同じ)も目敏く子供達に狙いを付けられ、笑いの坩堝(るつぼ)に巻き込まれる。

 それを皮切りとして、柵の前が笑いの悲鳴で埋め尽くされた。

 

「怯むなー、突っ込めーー!」

 

「…………なにこの状況」

 

 攻撃部隊のすぐ後ろで声を上げる黄乱。

 その隣で状況の把握に当たる紫色の短い髪と浅葱色の瞳、上半分が桃色の縁取り眼鏡の少女は、目の前で繰り広げられる笑い地獄にただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 ――解説席。

 

「――ここで人和(れんほう)ちゃんから情報が入りましたっ! 悲鳴の原因は、なんと子供達によるくすぐり攻撃とのことです!」

 

 どこからともなく紙片を取り出した地和がそれを読み上げる。

 

「これはキツイ攻撃です! 相手は子供なので本気になって抵抗する訳にもいきません! えげつない! 実にえげつないっ!」

 

 マイクを握り締め、机から身を乗り出すようにして実況する地和。

 

「柵から離れれば逃れられますが、それですと先には進めません。どのように突破するか……思案のしどころですね」

 

 あくまで穏やかに所見を口にする威彦。

 

「まず街道整備隊の大半が参加している事実を憂うべきかと」

 

 表情を変えぬままに突っ込む想夏。

 

 ――結局、第一の門は破壊する事も出来ず(意外と丈夫だった事に加え、すぐ近くに子供達がいるので門を破壊した際に怪我をさせるかもしれない為)、挑戦者達が五人がかりの肩車"漢雲梯(おとこうんてい)"を編み出して越える事に成功。

 しかしながらくすぐり攻撃を受けての腹筋崩壊による疲労、肩車失敗による打ち身などで戦線を離脱したものも多く、第二の門にたどり着いたときには千人が七百人にまで減っていた。

 

 

 

 

 

「次なる難関は第二の門こと、蜘蛛(くも)巣堀(すぼり)である!」

 

 第一の門を突破し第二の門を目前にした男達へ、黄乱隊長は目前に広がる多数の小さな池と、その間を蜘蛛の巣のようにはしる細い道を指し示す。

 

「この道を抜けて門へと辿り着けば、二戦目は我が方の勝利だ! ……なお、道が細い上に足場が悪い為、一度に出発する人数は十人とする!」

 

 道幅は大人一人分ほどしかなく、ぬかるんでいてかなり滑り易そうに見えた。

 

「この戦いでは池に落ちた者は失格となる。また、諸君らが出発してから十数えた後に、後方より"鬼"が追い掛けて来る」

 

『鬼っ!!!!??』

 

 突然出てきた物騒な単語を聞き、男達がざわめき立つ。

 

「そうだ、故にゆっくり進む事は出来ない。どの道が抜け易いのかを見極める目が必要となるだろう!」

 

「了解しました隊長! ……それで、鬼と言うのは一体何なのでしょうか?」

 

 隊長の激に拱手で応えた兵士らしき男が代表して挑戦者達が一番気になる事柄について尋ねた。

 

「――それについては、私からお答えしよう」

 

 兵士の問いに答えたのは、いつの間にか蜘蛛の巣堀の中央の道に立っていた女性。

 突然現れた敵将――敬文――に、男達はざわめいた。

 

「とは言え、説明するよりは見て貰った方が早いだろうね。第二の門の番人――出ませい!」

 

 芝居がかった仕草で、ケイは右手を高々と掲げる。

 それに呼応して、男達の後ろからどすどすと重い足音が聞こえて来た。

 

「な、なんだ?」

 

「第一の門の方から……!?」

 

 男達は敬文の視線の先に目を遣り、第一の門の上を見る。

 そこには――

 

『げえっ!? おやっさん!!!!??』

 

「オウ」

 

 背丈は七尺余、赤銅色の肌に盛り上がった筋肉。

 男達が驚愕する中、藩臨が門の上から飛び降りた。

 

「それでは始めるとしようか。黄乱どの、合図を」

 

 混乱する挑戦者達を尻目にケイは第二の門へと歩きながら、黄乱を促す。

 

「うむ! 一組目、準備は良いな! ……行けぇーっ!!」

 

 黄乱が指揮棒を振り、一組目の十人は動揺しながらも走り出した。

 

「くっ! こうなればやるしかない! 俺が安全な道を探るっ!!」

 

「よし! 他の奴はあいつに続いて全力で走れ! 距離を稼げば逃げ切れるぞ!」

 

 その内の二人は現役の兵士らしく、普通の領民らしき他の八人に活を入れる。

 

「――一、二」

 

 先頭の兵士が走り出すと同時、ケイはカウントを始めた。

 ぬかるんでいる上に細い道を転びそうになりながらも先導役は駆け、その後ろに続いて八人、最後尾をもう一人の兵士が走る。

 

「……おわっ!? くっ、気をつけろ! あまり急ぎすぎると足を取られる――」

 

『うわあっ!?』

 

 先導役がつんのめりながら後方に警告の言葉を発した瞬間、三人の男達の体が傾ぎ、池にダイブした。

 

「――っ! 遅かったか……皆、無理はするな! おやっさんも怖いとは思うが、まずは落ちないように注意しろ!」

 

『お、おうっ!!』

 

 一度その場に止まり、先導役は残り五人となった一般市民の足を止めさせる。

 それで少し落ち着いたのだろう、五人は気合を入れなおし、急ぎながらも慎重に走り始めた。

 

「――七、八」

 

 第二の門の前、ケイは静かにカウントを続ける。

 

「よし、良いぞ……半分まで来た。この調子で確実に――」

 

 殿(しんがり)を務める兵士が、少々危なっかしくはあるが先程よりも安定して走る前の五人を見て呟いた――その時。

 

「――九、十っ!!」

 

 運命のカウントが終わりを告げ、

 

「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

 鬼が雄叫びを上げる。

 

 

 

 

 

「さあ! ここで"鬼"が解き放たれまし――おおっとぉ! 鬼の雄叫びに驚いた挑戦者が一人、沼に落ちたようです!」

 

「ここからは多少無理にでも急がなければいけませんね。藩臨さんは城壁補修など高所での作業に慣れた方ですので、細く足場の悪い道も苦とされないでしょうから」

 

「ですが、後方から迫る藩臨殿の重圧に冷静でいられなくなったであろう彼等が、果たして無事に走り抜けられるでしょうか?」

 

 かなりテンションが上がって来ているらしく、マイクにかじりつきそうな勢いでまくしたてる地和。

 威彦と想夏が冷静に状況を見る中、

 

「ああ~っとぉ!? 一組目が全滅しました! 鬼が速い! あっという間に追い付いて全員を池に叩き込みましたっ!!」

 

 その見掛けからは想像もつかない速さで集団に追い付いた藩臨が、残り六人を池に(かなり優しめに)投げ入れていた。

 

 ――第二の門、蜘蛛の巣堀結果報告。

 固まって行動すると一網打尽にされる為、四方八方に散りながら門を目指す作戦に切り替えた挑戦者達。

 だが、驚異的な速度で迫る藩臨の猛威は止められず、多数の脱落者が出た。

 それでも、軽業で生計を立てていた者や街道整備隊の生き残りが奮戦したのと、後半になって流石に疲れが見え、動きにキレがなくなった藩臨の隙を衝いて突破する者達が出る。

 そして六百人にも上る脱落者を出しながらも、百人が無事に第二の門を突破したのである。

 

 

 

 

 

「第三の門、これを突破すればいよいよハク丸城に到達する! 諸君、もう一息だ! 気を抜かず頑張って欲しい!」

 

『おおおおおおおおっ!!!!』

 

 見た目よりもしんどい柵越え、足場の悪い場所での鬼ごっこを切り抜けた漢達に疲れの色は見えるものの、その闘志はますます燃え上がっていた。

 

「良い返事だ! では今回、君達が挑む試練はこれだ!」

 

「ど、どーもッス……第三の門に向かうには、こちらの(つら)ね水車を渡って行って貰うッスよ」

 

 ため池を挟んだ向こう岸で、コウこと馬鈞がぺこりと頭を下げて試練の説明をする。

 池の上には、大小あわせて七つの水車が人間二人分くらいの間を開けて設置されていた。

 水車とは言っても水に浸かってはおらず、水面から三尺(約九十センチ)は離して設置されている。

 

「三番目の試練は連ね水車の上を渡り、向こう岸までたどり着けば合格だ! 当然、途中で落下すれば失格となる!」

 

「ちなみに今回妨害は無しッス! 精々頑張るといいッス!」

 

 向こう岸の馬鈞が、来れるものなら来てみろッスと言わんばかりに胸を張った。

 

「なお、渡るのは一人ずつだ。最初の者、位置につけ……よし、行けぇーっ!!」

 

「フフフ……では行くぞ!」

 

 黄乱隊長の号令が響き、先陣を切った交趾郡街道警備隊のリーダーは気合の声と共に水車へと飛び乗る。

 

「フフ……上に乗ったところで回転の遅い水車。その上を渡るなど、この私には造作も無い事ッ!」

 

『おおっ!?』

 

 一つ目の大きめな水車に飛び乗ったリーダーは二つ目の小さな水車にひらりと飛び移り、続けざまに三つ目、四つ目と飛び移っていく。

 水車が回転を始める前に飛び移って行くリーダーの姿は誰の目から見ても華麗で、後方で出番を待つ挑戦者達は感嘆の声を上げた。

 

「フ……もう半分か。どうやらこの試練、私には役不足のようだな徳衡さん!」

 

 整備隊のリーダーは、飛び移りながらも向こう岸にいる馬鈞へと余裕の笑みを見せる。

 

「――そんな簡単なモンじゃ無いッスよ?」

 

「フッ――負け惜しみををおおおおおおっ!!?」

 

 馬鈞の言葉を整備隊リーダーが鼻で笑いつつ、五つ目の水車に飛び移ったその瞬間、

 

『なっ!?』

 

 水車が勢いよく回転を始め、リーダーの体が大きく傾いだ。

 

「くっ!? ――こ、こここここの程度ッ…………のわあああああああああぁぁ~っ!!?」

 

 回転に逆らい、必死に走りながら体勢を立て直そうとするリーダー。

 しかし数秒と保たず、リーダーはえびぞり状態で池に落下した。

 

「……甘いッスね。オイラが全部同じ水車を設置したと思ってたッスか? ……調子に乗りすぎて油断してるからそうなるッスよ」

 

 池から顔を出した整備隊リーダーを見下ろすコウの眼鏡の下の瞳が鋭くなる。

 

 

 

 

 

「さあ、実況席から飛び出してやって参りました第三の試練場! 解説の威彦さま、早速一人目が失格となりましたがこれは?」

 

「徳衡さんの言われた通り、油断が招いた必然の失格でしたね。ですが続く挑戦者方の注意を喚起出来ただけ無駄な犠牲ではなかったかと」

 

「解説の程秉です。念の為に説明しますが、ため池はそれなりの深さがあるので勢いよく落ちても怪我をする心配はほとんどありません」

 

 ハク丸城に近付くにつれて現場が離れてゆく為、実況と解説の三人は水車前までやって来ていた。

 ちなみに人和は出番の無かった天和(てんほう)と共に、解説席に戻ってお茶をすすっている。

 

「――ってお姉ちゃんの出番これだけー!? ちーちゃんばっかり目立ってずーるーいー!」

 

「どこかから何か聞こえてきたようですが空耳でしょう! ……っとぉ! そうこうしている間にも挑戦者がまた一人脱落しましたっ!!」

 

「いえ実況の地和さん、解説席の女性が何やら叫んでいたようで――」

 

「――おっとまた一人が落下しました! 未だに誰も突破出来ていません! ふがいないぞ挑戦者達ー!!」

 

(スルーですか。ひょっとして触れてはいけない話題だったのでしょうか……)

 

 解説席でぶんぶん手を振って抗議している桃色の髪の少女を見遣りながら、想夏はこっそりと溜息を吐いた。

 

 ――第三の門、連ね水車結果報告。

 五つ目の水車から回転速度に変化が現れ(初めの四つが楽な訳ではない、整備隊リーダーは健闘していた方なのだ)、多数の挑戦者が苦戦を強いられた。

 それでも半数の五十人が脱落してからは、水車の回転速度を注意深く観察していた数人が突破に成功。

 九十二名が脱落、残った僅か八名の勇者が最終決戦への場と駒を進めたのだった。

 

 

 

 

 

「良くぞ生き残った、我が精鋭達よ!」

 

 開始からここまで三つの試練を潜り抜けてきた八人の勇者達はいずれも顔や服が汚れてはいたが、寧ろそれを誇るかのように黄乱隊長の賛辞に胸を張っている。

 

「残すは本城を攻略するのみである! いよいよ最後の戦いだ、全ての力を振り絞って頑張って欲しい!」

 

『おおーーーーっ!!!!!』

 

 力強く拳を天に向かって突き上げる八人の男達。

 

「ふふふははははは! よくここまで来たな、無謀なる挑戦者達よ!!」

 

 挑戦者達の耳に響く笑い声。それは城壁(煉瓦積み)の上から聞こえて来た。

 

「現れたなハク!」

 

「黄乱隊長、性懲りも無く手勢を連れて攻めて来たようだが……今回も我々の勝利は揺るがないぞっ!!」

 

「いや、この催し物自体、今回が初めてなのだがね」

 

 城壁を見上げる黄乱とそれを見下ろす伯道はお互いに睨み合い、敬文が静かに突っ込みを入れる。

 

「最後の戦いは、当然攻城戦だ! 先ずは城壁の上を見て欲しい!」

 

 伯道が指差す城壁の上には、弓の練習で使われるような的が準備されていた。

 

「四つあるな…………あれを全部射抜けってか?」

 

「だけど俺、弓なんか使え無えぞ?」

 

「心配御無用! ――挑戦者である君達の為、特別に用意したアレを見よ!」

 

 八人の男達は城壁を見上げて設えられた的を見ると、何人かが不安を口にする。

 その様子を見たハクが指差す先には、三角形の屋根が取り付けられた荷車が四台あった。

 車輪は六輪、前面と背面は吹き抜けになっており、屋根の左右には白い布が貼り付けてある。

 車の中には鏃に布袋が被せられている矢が三十本、弩が十丁用意してあった。

 

「挑戦者諸君はその戦車一台につき二名で乗り込み、城壁まで進軍して弩で的を撃つ。矢の先に付いている袋には色つき粉末が入っており、これで的を染める訳だ。こちら側は諸君らの戦車の屋根についている的(白い布)を泥弾で撃つ。二つの的全てに泥弾を当てられた戦車は失格となる。これを繰り返してどちらかが先に勝利条件を達成すれば、その時点で決着である!」

 

「丁度良い具合にこちらは四名が兵士だ。それぞれが攻撃役として別々の戦車に乗り込み、弩が扱えない残りの四名は戦車の操作を担当せよ!」

 

『応っ!!!』

 

 勢い込んで四台の戦車(と言う名の改造荷車)へ走り出す八名。

 

「ケイさん! コウちん! 戦闘準備だ!」

 

「了解したよ」

 

「一日とは言え、賞品になるなんてまっぴら御免ッス! 必ず勝つッスよ!!」

 

 一方のハクは城に入り、しばらくするとケイ、コウと共に城壁の上に現れた。

 

「よっし! こっちは準備完了だぜ!!」

「ここまで来たんだ! 絶対勝つぞ!!」

「応! 勝って敬文さんと…………う、うへへ」

「徳衡ちゃーん! 今行くからねー!!」

「途中で失格した隊長の為、街道整備隊の名に賭けて、必ず勝つ!!」

「太守様とお茶太守様とお茶太守様とお茶……」

「ここで勝って、ハクさんと仲良くなる切っ掛けを――!」

「徳枢どののお弁当、これを食せば交趾有名人手作り弁当を制覇出来る……この勝負、勝たせて貰うぞ!」

 

 挑む八人は、各々気炎をあげつつ、戦闘開始の合図を待つ。

 

「それでは…………最終戦、開始ッ!!!!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!!!!!!!!』

 

 挑戦者達の戦車を前に、黄乱隊長が最後の号令を発し――戦車が城壁に向かって動き始めた。

 

 

 

 

 

「いよいよ最終決戦です! 攻めるは、熱い思いを胸に生き残った八人の精鋭! その勝利を阻まんとするはハク丸城、城主ハクとその配下達!」

 

 城の間近に移動してきた観客を前に、地和は両軍が上げる鬨の声に負けじと声を張り上げる。

 

「弓を載せた戦車を城壁前まで移動させ、城からの攻撃をかわしつつ城壁の上にある的を撃ち抜く攻城戦! ――おっと! 早くも城からの攻撃が始まりましたっ!!」

 

 誰もが注目する中、初手の攻撃は城側から始まった。

 

 

 

 

 

「オイラ特製、改造大型弩の射撃を受けるッス!!」

 

 一メートルはありそうな大型の弩を木製の台に載せて構え、一番突出していた戦車目掛けて打ち込むコウ。

 

 ひゅおんっ! ――どっ!!

 

『うおおっ!?』

 

 やや太め矢の先に付いた握り拳サイズの泥弾が唸りを上げて飛び、戦車の屋根に命中した。

 思った以上の衝撃を受け、戦車を引いていた男達がよろめく。

 

「くっ! 一つやられちまったか!」

 

「なに、まだもう一つ残ってる。向こうも次の射撃までは――」

 

 ひゅおんっ! ――がっ!!

 

『…………』

 

 続けざまに飛来した泥弾が、屋根のふちに当たってばらばらに飛散した。

 同じ場所からの連続した射撃に、男達の顔が青くなる。

 

「ちっ……外したッスか」

 

 苛立たしげに舌打ちしたコウは、弩本体に取り付けられた木製のレバーを下に引いた。

 軽い音と共に、上部に取り付けられた木の箱――中に三本まで矢が入れられる――から次弾が装填される。

 

「最後の一発……今度は外さないッス!!」

 

 気合の声と共にコウがレバーを押し込むと、三発目が勢いよく発射され――。

 

 ――どんっ!

 

「よっし! 当たったッス!!」

 

「な、なんだとぉッ!?」

 

「ち、畜生! まだ何もしてないってのに!!」

 

 最後の弾丸は狙い過たず白い的に命中し、先陣を切らんとした戦車は攻勢に出る前に沈黙した。

 

 

 

 

 

「あ~っとぉ!? 開始早々一台目が脱落しました!」

 

 いきなり一組が失格となり、騒然とする観客を代表するように地和が驚愕の声を上げる。

 

「威彦殿、確か弩の使用許可は威彦殿が…………あの、まさかとは思いますが」

 

「今回限りと言う事で、許可を出しました」

 

「……そ、そうなのですか」

 

 威彦からにこやかに答えられた想夏は、それ以上突っ込んで聞く事無く城壁に視線を戻す。

 先程の射撃で第一波が打ち止めになったらしく、残り三台が速度を上げて城壁へと迫っていた。

 

 

 

 

 

「ハク君、戦車が射程に入ったようだが?」

 

「う~ん……もちっと引き付けようか。確実に潰すにはちょっと遠いよ」

 

「了解」

 

 竹竿の先に投石器を取り付けたもの(スタッフスリング)を携えたケイは、眼下を見下ろしながら横目でハクを見る。

 ケイの問いにハクは目を細めて先頭の車両を見つめた後、僅かに頭を振った。

 

「そう、もっと近付いて…………良し! 撃てぇっ!!」

 

 戦車と城壁の距離を目測していたハクが、手に携えた奇妙な小型の弓――弦の中央に弾丸を弾く為の革片がある――を構え、泥弾を放つ。

 

 ――ど、どっ!!

 

『なっ――!?』

 

 素早く二射放たれた泥の塊は、旋回しつつ城壁前に横付けしようとしていた戦車の的二つ、その中心に叩き付けられていた。

 

「ハイ終了。さあて、お次はっと」

 

 足元の弾丸を拾い、青髪の射手が次の目標へと照準を合わせる。

 

 

 

 

 

「どうした挑戦者達! このまま一矢報いる事無く敗北してしまうのか!? いくらなんでもそんなつまらない勝負は観客の皆も私も望んでいないぞー!」

 

「とは言うものの……予想以上に城側の攻勢が速いですね。このまま完封も――――と、地和さん、やっと反撃が始まるようですよ?」

 

 一台目の沈黙から然程間を置かず、二台目の戦車が沈むと観客席からは溜息や野次が飛び、実況者がそれを煽り立てた。

 静かに戦況を見つめたまま、威彦が解説を入れる。

 残る二台が屋根についた的を隠す為、城壁に腹を見せるように止まり、攻撃役が弩を撃ち始めた。

 

 

 

 

 

「勝負はまだ終わってはいない! 整備隊魂を見せてやるぞ!!」

 

「お弁当制覇の為、ここで負けるわけにはいかぬのだよ!!」

 

 戦車の陰に隠れながら、残り二台の攻撃役が弩を射掛ける。

 それぞれが、用意してある十丁を次々と持ち替えつつ撃ち始めると、三射目と五射目がそれぞれ的を赤く染めた。

 

「よっしゃ! さっすが整備隊の生き残りだ、このまま残り二つも頼むぜ!」

 

「太守様とお茶太守様とお茶太守様とお茶っ!」

 

 戦車操作係の二人も立て続けの戦果に歓声を上げる。

 

 

 

 

 

「まあ、そうくるとは思っていたよ。ケイさん! 前面はお願い出来るかな?」

 

「あまり自身は無いが、やってみるよ」

 

 歓声に沸く観客席と戦車を見る伯道は苦笑しながらも次弾を準備し、弓を斜め上に向けて引く。

 そのハクの横で敬文は竹竿を振り回し、泥弾を投擲した。

 戦車は止まっている上、城側からは屋根についた的が丸見えだった為に、敬文が放った弾丸は一番近くにいた戦車の的に命中し、再装填が済んだコウの弾丸がもう一台の的に命中する。

 

「おっと、中ったか。じゃあもう一つもやらせて貰うよ」

 命中させた事に自分で驚きながら、ケイが次弾を用意している最中、

 

 ――どっ!

 

「な、なんだってー!!? どうしてそこから中てられるんだよハクさん!?」

 

「――無念ッ! 整備隊の底力、見せる事も叶わぬとは――!」

 

 上向きに弓を射たハクの泥弾が、放物線を描いて反対側の屋根に付いた的へと命中した。

 

「――まだだ! まだお弁当への夢は終わっていないっ!!」

 

「太守様とお茶太守様とお茶太守様とお茶太守様とお茶ッ――!!!」

 

 ――ぼふっ!

 

 最後の一台が城に腹を見せたまま左右に動き始め、揺れる荷台に座した射手は狙いを定めて一矢報いる。

 赤い粉を撒き散らしながら放たれた矢は、城壁に設置された三つ目の的を赤く染めた。

 

 

 

 

 

『わああああああああああああああああああっ!!!!!!!』

 

 互いの射撃が、互いの的を撃ち抜き。

 的が残り一つとなった瞬間、観客席から大きな声が上がった。

 

「絶望的な状況から一転! 挑戦者側の猛攻が守備側を追い詰める! だが守備側も負けていない! 城主ハク、鮮やかな腕前を見せて戦車は残り一台にしたーっ!!」

 

 完全に実況にのめり込み、手の甲の血管が浮くほどマイクを握り締めて声を張り上げる地和。

 

「面白い展開になって来ました。これでこそ勝負、といった雰囲気ですね」

 

 腕組みをして、興味深そうに試合に見入る士燮。

 

「街道整備隊は普段どんな仕事をしているのですか…………」

 

 別方向に突っ込む程秉。

 

「さあ泣いても笑っても次で勝負が決まります! 残す的はお互いに後一つ!! 決着の瞬間を見逃すなッ!!!」

 

 

 

 

 

 ――誰もが見つめる中。

 

 先手を打ったケイの泥弾が、

 

「……駄目か」

 

 屋根を大きく越えて飛んで行った。

 間髪入れず、挑戦者が弩を構え、

 

「今! お弁当を我が手にッ!!!」

 

「太守様とお茶ぁッーーーー!!!!!」

 

 雄叫びとともに放たれた矢が的へと飛ぶ。

 

「決まっ――」

 

 最早命中は必至、地和が決着を宣言せんとしたその時。

 

「――させるかッスーーーーー!!!」

 

 ――ぼふんっ!

 

『何ぃいいイッ!!?』

 

 コウの執念の弾丸が挑戦者の矢を相殺した。

 

「――さっすがコウちん。じゃあ、後は私が決めるよ」

 

 既に弦を引いていたハクが泥弾を弾き、宙に放物線を描いたそれが的へと吸い込まれるように落下し――

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 

「決ッ、ちゃああーーーーーくぅッ!!!!!!」

 

 どん、と戦車の屋根で音が鳴り。

 一拍置いて観客の大歓声と、地和の声が辺りに轟いた。

 

 

 

 

 

「今回は惜しくも力及ばず敗北となった。――だが、いつの日か我々は力をつけ、再びハク丸城に挑むだろう!」

 

 決着が宣言されると、黄乱隊長は敗れた隊員を引き連れて、観客席へと退却していく。

 

「よっしゃーーー!! 賞品回避ッスーーーー!!!!」

 

「ふう、やれやれだね……お疲れ様、二人共」

 

「ケイさんもお疲れ! いやー、終わってみれば結構ギリギリだったねー」

 

 一方のハク丸城では、三人がお互いに健闘を讃えあっていた。

 

「これにてハク丸城攻防戦終了です! 両軍共に素晴らしい健闘でした! 解説の威彦さま、一言お願いします!」

 

「挑戦者の方々、惜しくも勝利は逃しましたが、難関に挑むその姿は皆さんの目に焼きついた事でしょう。素晴らしい健闘でした」

 

 地和に促され、士燮は柔らかな口調で挑戦者を讃える。

 

「また、城を守る伯道さん、敬文さん、徳衡さん。藩臨さんに街の子供さん達も、少ない人数でよく頑張られました」

 

 そして、城から戻って来た三人と疲れ果てて休憩している藩臨、観客席でハク達を応援していた子供達も健闘が讃えられた。

 

「威彦さま、ありがとうございましたっ! では、最後の締めは徳枢さんにお願いしましょう!」

 

「ここで私ですか!? ……その、え、ええと。さ、参加して頂いた全ての皆さん、ありがとうございました」

 

 行き成り締めを任され、一斉に注目された想夏は赤面してどもりながらも締めの言葉を言い終える。

 

「はい拍手ーー!!」

 

「うぅ……恥ずかしいです」

 

 その場に集った誰もが笑顔を浮かべて拍手喝采する中、夕焼けと共にハク丸城攻防戦は大盛況のうちに終了した。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 閑話 拠点の四 交趾と雲南をお届けしました。

 今回、「交趾と雲南」と題していますが交趾メインとなっております。

 では前回同様、簡単なコメントをば。

 

【雲南のとある雑記張】

 ・竜胆さんはやっぱり平常運転。

 ・三十九頁目の猫はシャム猫です。

 

【風雲?】

 ・やっちまった……(色々な意味で)

 ・交趾郡街道整備隊は皆さんの若い力を必要としております。

 ・第一の門で敗退した参加者の中に作者が混じっています。

 ・最終戦で黄乱隊長が参戦しなかったのはパワーバランスを考えた結果です。

 ・士燮は、お遊びでこのお祭り騒ぎに開催許可を出した訳ではありません。理由は次回で明らかに……。

 ・何故か居る張三姉妹。彼女達の目的は勿論……。

 

 次は各諸侯の戦略フェイズと、一刀達が南へと出立する場面になるかと。

 

 次回、二十八話目でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 


 
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