小劇場其ノ四
妹の佳乃は良くも悪くも天然な部分があったりする。裏表のない性格と言うか、少し内向的な点もあって保護欲に駆られやすいらしい。
この世界にやってきて、それが顕著に現れている。
立場上、佳乃は俺の妹だから、将来的には皆の妹となる。というか、何人かはそんな認識だったりする。
佳乃もそれを理解していて、律儀に皆の真名に“お姉ちゃん”を付けて呼んでいる。ここら辺の感覚は母さんと似ている。
その呼び方に対して、優越感を覚えたり新鮮な気持ちになる面々がかなりいて、かなり大事にされている。
特に…………お姉様方に。ハイ、お姉様方です。
他には、こんな事もあった。
佳乃と母さんが作った料理を、おすそ分けとして華佗にも持って行った時……
「ごめんくださーい……」
「華佗さん、いらっしゃいます?」
「やあ、どうも……」
「もしかして、お仕事中だったかしら?」
「いや、大丈夫だ。どうかしたか? どこか体の調子でも……?」
「いいえ。あの、これ。佳乃ちゃんと作りまして、おすそ分けに……」
「お口に合うと良いんですけど……」
「おお! 丁度食事にしようと思っていたんだ。ありがたく頂くよ!」
「今日もお忙しかったのかしら?」
「いや、今日はそんなに診ていないな。だが、医者としてはその方が喜ばしい事だけどな」
「……凄いですね、華佗お兄ちゃんは」
「本当ね。カズ君とそんなに歳は違わないのに、しっかりした考えを持っていて……」
「……………ウゥ……ありがとう、二人とも」
二人の言葉に感動した華佗は、その後邑でばったり会った俺に、“お前の家族は本当に良い人達なんだな!!”と、目の幅涙で力説していた。
そんなに気にする程、歳食ってるようにも見えないんだがなぁ……
そんな佳乃は、この世界で何をしているのか。
実は、特に決まっていない。と言うより、相応しい仕事が思い当たらないのだ。
佳乃自身が、どこか儚い印象を周りに与えることもあってか、皆ほとんど仕事を頼まないようにしている。
かといって、他の俺の家族が仕事を押しつけられている訳ではない。皆ほぼ自発的に仕事は無いか、と申し出ている。
客人ではあるが、不意の来訪に気まずさがあるのか、何か役に立てることは無いかと、聞いて回ったりしていた。
佳乃も同じようにしていたが、結局誰も仕事を依頼せずに、比較的ゆっくりしていた。
その待遇に佳乃自身が耐えきれなくなったのか、自分から“警邏に行きたい”と言い出した。
その言葉には、俺も他の皆も驚いた。
佳乃は勉強は結構出来る方だと思うけど、運動が出来る方では無かったハズだ。
ここに来た時に速く走れたのも、家族の皆に逢いたい気持ちがあったからだと思う。火事場の馬鹿力みたいな感じで。
他の皆もそんな感じで、体力があまり無いだろうと認識して、それとなく申し出を断ろうとしたが……
“私だけ何も出来ないなんて嫌です! 私だって皆さんの力になりたいんです!!”
涙を浮かべながら叫ぶ佳乃の姿に、もう誰も口出ししようとはしなかった。
結果、民や邑の状況を理解したり交流を深めていくのは、今後何かに役立てるだろうという事で、佳乃に何人かの護衛が就く事を前提として警邏(と言うよりは視察に近い)をする事となった。
今日がその初日。今回の護衛には季衣、明命、翠の三人を選出してみた。
朝早く、城門に集まった三人と向かい合って、佳乃が深々と頭を下げている。
「皆さん、宜しくお願いします……」
「はいっ! お任せ下さいっ!!」
「あたし達が付いてりゃ安心だって!!」
「じゃあ、兄ちゃん! 行ってきまーす!!」
「ああ、みんな気を付けてなー……」
手を振りながら、一刀と残る家族三人は四人を城門から見送った。
「……全員、無事に帰ってきてくれよ」
四人の姿が見えなくなると、俺は小さく呟いた。
「大丈夫だ。皆を信じてあげよう……」
心配そうな俺を見た父さんは、俺の肩を軽く叩いた。
今回の護衛は、あまり接点の無さそうな組み合わせだ。だからこそ、皆が佳乃を気にかけてくれると踏んでの選出だ。
果たして上手くいくだろうか……
「たっだいまー!!」
しばらくして日も高くなり、出かけていった四人が戻ってきたのを、季衣の元気な声で察した。
同時に、佳乃の警邏が問題なく完了した事も理解したが、俺の身体が声のする方へと素早く反応した。
「お帰り! どうやら無事に済んだよう……だな…………?」
四人の姿を城門で確認した俺は、一同の身なりに疑問符を浮かべた。
行きの時は佳乃は手ぶらで、他三人は各々の愛用する武器を持っていただけなのに、今目の前にいる四人は、大小様々な風呂敷包みを背負ったり抱えたりしている。
ぱっと見、昔懐かしい“実家に帰らせて頂きます”スタイルだ。
しかも季衣に至っては、背負っている荷物の他に両手一杯の肉まんの袋を持ち、尚且つ満面の笑みでその中身を頬張っていた。
さっきの声が元気だったのは、これも原因か。
……なんて冷静に判断している場合じゃなかった。
「一体どうしたんだ? こんな一杯荷物持って……」
「いやぁ、それが邑の皆がさー…………」
「おや、皆さんお揃いで。どうしました?」
「ああ。ご主人様の妹さんが警邏に当たるから、その護衛さ」
「おお。北郷様の御家族がいらしてたのは本当でしたか!」
「ハイッ! こちらが一刀様の妹であります、佳乃様です!」
「ほお、こちらが……」
「……初めまして。兄がいつもお世話になっております。妹の北郷佳乃と申します。色々分からない事ばかりで何かとご迷惑をかけるかもしれませんが、宜しくお願いします……」
「……若いのになかなか出来た娘じゃないですか。こちらこそ宜しくお願いします……ああ、そうだ! これを持っていって下さい。出来たてですから美味しいですよ!」
「えっ……いえ、そんな……」
「遠慮なさらずに! 北郷様にはウチもお世話になってるんですから。今度は御家族全員でお越し下さい。ご馳走しますから!」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。それでは、警邏頑張って下さい!」
「……戴いちゃいましたけど、こんなに良いんでしょうか?」
「良いんじゃないか? あそこの主人は気前良いから、大丈夫だよ」
「ねえ、それボクも食べて良い?」
「あ、はい……どうぞ……」
「ワーイ!!」
「おや、皆揃って買い物かい?」
「あ、おばちゃん! あのね、今ボクたち警邏中なんだ」
「おや、そうかい。……そっちの子は誰だい? 初めて見るけど……」
「ご主人様の妹さ。今日初めて警邏するから、あたしらはその護衛なんだ」
「初めまして、北郷佳乃と申します。兄がいつもお世話になっております……」
「……随分礼儀正しい子だね~。本当に北郷様の妹さんかい?」
「まあ、ご主人様とは性格が違い過ぎるけど、妹なのは本当だよ」
「ヘェ~……(ジロジロ)」
「あ、あの……はい……」
「……良しっ! 気に入った! これ、持っていきなよ」
「えっ、そんな……」
「遠慮するこたぁ無いよ。あんた真面目そうだけど、もうちょっと食べて元気出さなきゃいけないみたいだしねぇ」
「す、すみません……」
「謝んなくてもいいさ。また来なよ、今度は北郷様と家族皆でさ。贔屓にするよ」
「あ、ありがとうございます……」
「頑張んなよー!」
「……って感じで、どんどん貰っちゃってさー」
「そりゃ凄いな……」
「佳乃様の人徳が、民の皆に伝わった証拠ですね!」
「ねえ、またボクと一緒に警邏行こうよ!」
「って、季衣の目的は佳乃の護衛じゃないだろ」
「エヘヘ~、バレたか」
そんな感じで、佳乃の初任務は和やかな雰囲気で終わった。
佳乃自身は、結果に少し納得いってなかったみたいだったけど、そうやって差し入れを沢山貰うというのは、民が豊かな証拠であり平和である証拠だ。佳乃はそれを証明してくれたのだと説明すると、少し嬉しそうになっていた。
“人に好かれやすいのは、兄妹揃って似ているな”とか、冗談混じりで言われて少し困っていたけど。
今後もやっていきたいと言っていたから、佳乃の為にも何回か機会を設けていこう。
おまけ
「ここ数日、警邏の道順が似通ってるらしいけど……本当か、佳乃?」
「うん……同じ所を通ってる事がある……」
「愛紗、佳乃の警備は最近誰が担当になっている?」
「お待ち下さい…………あ、ありました…………ハァ…………」
「どうした?」
「雪蓮殿、祭殿、星、桔梗、霞が交代で担当しています」
「あー…………」
「あ、あの、どうかしたの……?」
「佳乃、次にこの中の誰かと行く時は紫苑か冥琳にも頼んでくれ」
-続く-
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ふと気付けば、一刀の母親が一番出ています……