No.551123

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ六


更新期間が空いてしまってすいません!!
丁寧とは言い切れない仕事になっているかもしれませんが、ご容赦を。
プライベートが忙しいというのも言い訳になってしまいますが、純然たる事実ですので隠しようもありません。

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2013-03-04 01:01:25 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:11097   閲覧ユーザー数:7749

 

 

 

 

――ホントに消えるなんて……なんで、私の側にいてくれないの……っ――

 

 

 

 

聞けなかった言葉。聞こえなかったはずの言葉が涙声と共に木魂する。

 

ただ暗闇の中、俺は浮いていた。ドロリとした闇の中。戻った現代で幾度となく見た夢。

 

何処とも付かない闇の中、腕だけは動く。腕を持ち上げ手を伸ばす。だが何を掴むこともできない。

 

ただ哀れにもがくだけの存在。それが夢の中の俺だった。

 

現代では幾度となく見た夢。この外史に来てからはまるで見なくなった夢。

 

それは何を意味していたのだろう。そして今見ている夢は何を意味しているのだろう。

 

 

曹氏が無い。それを聞いてからというもの、この夢は復活した。

 

 

言わばこの夢は、俺の心を映している鏡のようなものなのかもしれない。

 

ドロリとした濃密な闇。

 

もがいても出れず、もがくしかない、手など差し伸べられない底なし沼のような闇。

 

沈んでいく。沈んでいく。ただ沈んでいく。

 

その間にも声は間断なく辺りに響き渡っている。胸を抉り、俺の罪を再認識させるかのように。

 

こんな夢を見せなくても分かってるって、華琳。

 

俺の罪は俺が一番良く分かってるよ。でもさ、さすがに“曹氏”が無いってのは反則だろ?

 

どうにもポジティブな思考ができない。

 

こういう時に、春蘭の檄とか桂花の罵詈雑言が恋しくなるってのも考えもんだなあ。

 

意味がないと分かっていても、天に向かって手を伸ばし続ける。

 

天の御遣いが墜ちたもんだ、とか考えながら。

 

湖面なんてものがあるかどうかも分からない世界で。ただただ手を伸ばし続ける。

 

いつか、墜ちてきた何かを掴めるかもしれない。

 

いつか、誰かが手を指し伸ばしてくれるかもしれない。この夢を見る度にそう信じてきた。

 

でも、今日は違った。

そこまで考えて気付いたんだ。なんで俺は待ってるんだ、って。

 

待ってるだけで何かを掴めるか?

墜ちてきた物をただ掴んでなんになる?

俺はそんな殊勝なタマだったか?いいや、違う。案外、俺は貪欲で強欲だった気がする。

 

もしかしたら言いすぎかもしれないけど、少なくとも殊勝では無かった筈だ。

 

 

だから俺は今まで以上に手を伸ばした。

 

無理やりに、無我夢中に、湖面に届くぐらいに、なんて控えめなことは考えず。

 

湖面すら越え、天に昇るが如く。天の御遣い――その名を軽く見てもらっちゃ困る。

 

だってそれは、こことは別の外史で、曹孟徳という、大陸の覇王の、傍らにあった名前。

 

天の御遣い――北郷一刀。その名は俺の誇り。俺の矜持(プライド)。俺の覚悟。

 

 

天に掲げた手が、闇の湖面を突き破った。そう感じた。

 

その手が、柔らかい感触に包まれる。それは、なんとなく懐かしい感触。

開けた視界に、どこか優しさを感じられる闇。その闇の中に赤い月が二つ浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

――やっと、捕まえたわよ――

 

 

 

 

 

 

 

少女の嬉しそうな声を最後に、視界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これとこれとこれとこれと……っと。こんなもんでいいかい?』

 

「冗談。もう少しあるだろ、おっちゃん?」

 

『ったく……北さんには敵わないね。分かった、もう少し色付けとくよ』

 

「さすが、話が分かるね。これからもよろしく」

 

 

渋い声の半面、口髭を蓄えた商人は少しの笑みを浮かべていた。

 

それは商人の取引相手である一刀も同様。

人好きのする笑みを浮かべた彼は、ぐっと力強く商人の手を握った。所謂、握手である。

 

 

『まあ確かに、このご時世じゃあこういうものは入用だろうけど……本当に大丈夫なのかい?いや、もちろん自分の身が一番なんだが。これがばれたら北さんもただじゃあ済まないだろう?』

 

「ばれなきゃ問題無しってね。あの太守がやらないんだ、仕方ないだろ?備えはいくらあってもありがたいし」

 

『備えねえ……まあ面倒なことが起こらなけりゃあいいけどよ。北さんも気を付けんだぞ?北さんは大切な取引相手だし、なにより俺はあんたのことが気にいってんだ』

 

「分かってるって。あくまで備え、だよ。辛辣だけど、あんな太守には備える価値もない。俺が備えてんのはもっと怖いものに関してだ」

 

『まあそうだろうけどよ。それじゃ、俺はこれで』

 

「ああ、ありがとう。またご贔屓に~」

 

『そりゃあ俺の台詞だよ。まあ頑張んな』

 

 

後ろ手に手を振りながら、商人は外の通りに出て行った。

 

 

「……さて、備えは取り敢えずこんなもんだな。あとは食糧と水、それから――」

 

 

ぶつぶつと呟きながら思案を巡らせる一刀。

 

その眼の前には、商人が置いていった大量の荷が鎮座していた。

 

とはいえ、今回が初めてではない。

何度かの取引を得て、ようやくここまでの量を蓄えるに至ったのだ。

 

思案を終えた一刀は何かを確かめるように一度頷き、荷をじっと見つめる。

 

天井が朽ちている為、パラパラと木端が落ちる。穴の空いた天井の隙間から差し込む光。

 

その陽光に反射して、荷の一部の鉄色が鈍く光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りで見慣れない集団か……賊じゃないのか?」

 

 

言いながら、眼だけは相手に据えたまま茶を啜る。

 

商人との取引を終え、次の仕事をしようと一刀が向かったのは、飯店の軒先だった。

 

なぜかそこは、少し小洒落たカフェテリアのような趣の場所。

 

もちろん、一刀が主導で考案したものだ。

しかしこの時代の文化には完全に溶け込んでいないのか、殆ど一刀の指定席化していた。

 

 

一刀の向かい側に座り、同じく茶を啜るのはこれまたここしばらくでお馴染みとなった黄忠。

 

その横の席では璃々が足をプラプラさせながら不思議そうに一刀と黄忠を眺めていた。

 

 

「あくまで噂ですから真偽のほどは分かりませんけれど、そういう集団を見掛けたと旅の方が仰っていました」

 

「う~ん、少し気になるな。まあ最悪、賊じゃなければそれでいいんだけど」

 

 

そう、一刀の次の仕事とは情報交換。というよりも情報共有と言った方が正しいだろう。

 

別になにかしらの対価を払って情報を交換しているわけではないのだし。

 

最近になってまた色々な仕事が増えた為、黄忠にも協力してもらっているというわけだ。

 

一刀は取引する商人から。

黄忠は街に来る旅人から。

 

前者はそれなりだが、後者はこのご時勢ではあまり多くない。

 

適材適所に動くしかないとはいえ、黄忠に仕事を小量とはいえ手伝ってもらっている事を心苦しく思っている。

 

しかし半面、黄忠は至極楽しそうだった。

 

何故かは分からないけど。

 

 

「そうですね。今のところ襲撃が無いとはいえ油断は出来ませんし」

 

「監視の人員を櫓に配してから数日で来るかと踏んでたけど、正直予想が外れたよ」

 

「それを抜きにしても、そろそろ皆さんの集中が切れ始める頃ですね」

 

 

黄忠が一刀の言いたい事を先取りし、相槌を打つ。

 

そうそれ、と自分の言いたい事を汲み取ってくれた黄忠に向けて人差し指を向けたものの、無意識下でのことだったのか礼を失した事に気付いて直ぐに手を降ろす。

 

バツが悪そうな顔をする一刀を見て、黄忠はただ微笑んでいた。

場を仕切り直すように、コホンと一つ咳払いをして一刀は話を再開させた。

 

 

「うん、それが今一番の懸念事項だ。緊張が解(ほぐ)れて来るからなぁ、良い意味でも悪い意味でも。一応、後で喝を入れて来ようとは思ってるけど」

 

 

慣れというのは良い意味もあり、悪い意味もある。

特に警戒任務ではそれが如実に表れてしまうのだった。

 

しかも警戒に当たっている兵士は今までに警戒任務の経験がない者。

 

それが黄忠と一刀の頭を悩ませている原因でもあった。

 

もちろん真面目にやってくれていることに文句は無いけれども――

 

 

「お母さんと一刀お兄ちゃんお仕事の話ばっかりで璃々つまんない……」

 

 

――唐突に、璃々が小さい声で呟いた。

 

 

「璃々。それは――」

 

「ははっ、そりゃそうだよな。璃々には何の話か分からないだろうし、つまらないのも無理ないか」

 

 

黄忠の窘める声を手で制することで遮り、真面目な顔から一変、一刀が璃々に柔和な笑顔を向けた。

 

 

「うん。よくわかんない」

 

「はは、正直だな。正直なのは良いことだ。特に子供の時は」

 

「一刀お兄ちゃん、璃々はね?」

 

 

少しだけ頬を膨らませた璃々を見て苦笑する。

 

そのまま椅子から立ち上がり、執事のように仰々しく頭を下げた。

 

 

「『大人の女』だろ?分かってるって。それでは『大人の女』の璃々さん。このお兄さんと一緒に遊んでもらえますでしょうか?」

 

 

その言葉に、璃々は目を見開いた。

 

 

「ホントに!?遊んでくれるの?」

 

「ああ、ここ最近忙しくて遊んでなかったろ?なんだったら友達も呼んできな」

 

「うん!ちょっとまっててね、すぐに呼んで来るから!」

 

 

勢い良く椅子を降りて走り出す璃々。

 

転ぶなよー、と声を掛けながら、一刀は微笑ましくその背を見つめていた。

 

 

「……一刀さん」

 

「これが重要な話し合いってのは分かってるよ。でもな、黄忠。こういうときだからこそ、息抜きってのも必要だよ。俺達にも、子供たちにもな」

 

「いえ、その……袖が」

 

「え?うおっと!」

 

 

シリアスチックな空気が一変する。

 

黄忠の台詞に服の袖を見ると、卓に置いてあるお茶に袖が入る一歩手前だった。

 

それを見てというか、コロコロと表情が変わる一刀のことを思ってクスリと黄忠は笑う。

 

本当に不思議な人だと思った。真面目な表情、弱気な表情、無邪気な表情、慌てた表情。

 

 

(……胸元を見て頬を赤らめる表情とか、かしら)

 

 

なにかある度に、自然にその表情は変わる。さっきみたいに、唐突に突然に。

 

 

「そうですね。私達にこそ息抜きが必要なのかもしれません。毎日難しい顔をして難しい話をしてばかりでは、街の皆も不安がってしまうかもしれませんし」

 

「そういうこと。……あー、少し浸かっちゃったか」

 

「あとでシミ抜きでもしましょうか?」

 

「え?できるなら是非お願いしたいんだけど」

 

「分かりました。では夜にでも」

 

 

いきなり会話の内容が変わり、ものすごく日常的な、争いとは無縁な空気感へと変わる。

 

心のどこかで

 

 

 

『一緒にいられる口実が増えた』

 

 

 

そう何かが囁いた。

何か――自分の心の声に苦笑する黄忠だった。

 

 

空気が和やかなものになったからなのか、それとも自分の心が浮ついていたからだろうか。

 

 

「何か良いことでもあったのですか?」

 

 

気が付けば、黄忠はそんなことを口にしていた。

 

それは一刀の浮かべる笑みが前と違い、自然なものへと戻ったからこそ出た言葉だった。

 

突然の質問にキョトンとした表情を浮かべる一刀だったが、その表情は虚空を見つめ、何か遠くを思う様な表情へと変わる。

 

 

「良いこと……なのかは分かんないかな。あんまりよく覚えてないから」

 

「と言うと?」

 

「夢を見たんだ」

 

「……夢」

 

「うん、夢。笑えるだろ?でも良いことがあったっていう心当たりがあるとしたら多分その夢なんだよなー。あんまり覚えてないけど、きっと良い夢だった気がする」

 

 

虚空を見つめたまま、覚えていない夢を思って一刀は微笑む。

 

黄忠の眼にはその微笑みと、先日の笑みが重なって見えた。

 

一刀が先日、想い人を想った時と同じような微笑み。それは、とても眩しく見えた。

 

 

本人は気付いていないようで、苦笑しながら肩を竦める。

 

何を言ってるんだかな、といった表情で。

 

 

「でも残念ながら、覚えてんのは二つの月と暗闇だけ」

 

「なんだかよく分からない夢ですね。月が二つというのもそうですけれど」

 

「月が二つってことを除けば、夢じゃなかった光景に一つ二つの覚えはあるんだけど。でもその心当たりと明らかに違ったのは――その月が赤かったこと」

 

「月が赤……ですか?何かの凶兆でしょうか」

 

 

一瞬だけ黄忠の瞳に不安の色がよぎった。

それを見逃さなかった一刀は思った。ここも俺のいた外史とそう変わんないんだな、と。

 

 

魏にいた時も感じたけど、この時代の人達って結構、縁起というかそういうのを気にするんだよなー。

 

史実の黄巾党の根本も、大平道っていう宗教組織だった気がするし。

 

他に知ってるのは五斗米道。あれは益州の張魯って人だっけか。

 

まあこれらは縁起うんぬんと言うか宗教だけど。

 

 

 

――お米食べろ!!――

 

 

 

……なんか某動画サイトにアップされてる熱い人の動画を思い出してしまった。

 

頭の中の消しゴムを使ってそれを乱雑に消していく。

 

俺は真面目な話してんだって。今は出てこないでください、松なんとかさん。

 

 

「でも、俺の中の認識だとその夢は良い夢だったってことになってるから、凶兆じゃないと思うよ。むしろ――」

 

 

現代でも時々ある、月が赤くなったりする現象。

 

この時代ではそれが時に凶兆を表す。だが、一刀はまったく正反対のことを思っていた。

 

 

 

もっとも、ある種の凶兆であるのは間違っていなかったのかもしれないが。

 

 

 

 

「一刀お兄ちゃーん!!」

 

 

だが、それは今の一刀達には知る術もなく。璃々の大きな声が一刀と黄忠の思考を遮るのだった。

 

 

『遊んで遊んでー!!』

『今日は何して遊ぶのー?』

『この前はかくれんぼしたからー』

『でも面白かったからもう一回かくれんぼもいいよねー』

『し、仕方ねえから遊んでやるよ』

 

 

璃々の声を起点にし、一刀の周囲にワラワラと子供達が群がる。

 

 

「おおっと!こりゃまたいっぱい来たな」

 

「うん!一刀お兄ちゃんが遊んでくれるって言ったらこんなにいっぱい!」

 

「そっかそっか。じゃあ今日は何して遊ぼうか?」

 

「一刀お兄ちゃんが決めて?」

 

「俺が?」

 

「うん。一刀お兄ちゃんが教えてくれる遊びって璃々達が知らないのいーっぱいあるから、教えてほしいの!」

 

 

子供ながらに小さい身体を使って、大きく手を広げることで、いっぱいを表現する璃々。

 

 

『うん。だって兄ちゃんの教えてくれる遊びすげえ楽しいもん!な?』

『私達の知らない遊び教えてー!』

『教えて教えてー!』

 

 

璃々のオーバーなリアクションに頷き、同意する子供達。

その一刀を見る目は期待にキラキラと輝いていた。わっ、眩しっ!

 

だがその期待には答えねばなるまい。それが年長者の務めだ!(キリッ)

そんな意味の分からない気合いを心の中で入れた一刀は、頭の中にある遊びを検索し始める。

 

 

(できるだけ物を使わない遊び……かくれんぼはこの前やったしな。じゃあ鬼ごっこ……ってのもあんまり芸が無い。高鬼!高鬼はどうだ!……いや待て、子供の動きを甘く見るな北郷一刀!とんでもなく高いところに登り兼ねないから!いや、マジで!んじゃ何かを缶に見立てて缶蹴り……待て待て待て!何を考えてんだ俺は!缶蹴りなんて公式のイジメみたいなもんだぞ!?泣く子続出だよバカヤロー)

 

 

子供との遊びに真剣に頭を悩ませる一刀の背後で、黄忠はクスクスと忍び笑いを漏らしていた。

 

ある程度の年齢になって、子供達と遊ぶ事にここまで真剣に頭を悩ませる人も珍しいだろう。

 

子供たちにもその真剣さが伝わっているのか、一刀が何か言うのをじっと待っていた。

 

そしてそれから少し経ち、一刀がパン!と手を叩く。どうやら決まったらしい。

 

 

「よし!じゃあ今日は――」

 

 

カン!カン!カン!カン!カン!

 

 

街の中に、鉄を叩く音が響き渡った。

 

それは、凶兆を知らせる鐘の音。

 

警戒に当たっていた兵が、敵襲を知らせる鐘を鳴らした音だった。

 

 

 

 

 

――ここに、仮初の平穏は終わりを告げる――

 

 

 

 

 

 

 

 

街の東側、設置された櫓にて。

 

 

「規模は七百ってとこか?」

 

「いえ、もう少し多いと思います。大雑把な目測で――八百弱といったところでしょうか」

 

 

櫓の上で眼を細め、遠くの砂煙を見る一刀。

 

その口から出た敵の規模を、黄忠が補足する。

さすがは弓将。視力が常人よりも良いことを改めて再認識できるやり取りだった。

 

 

黄色い布を巻いた賊――黄巾党。

 

始まりは何だったのだろう。

 

 

 

――蒼天巳死・黄天當立――

 

 

 

この外史でその文句が使われているのかは分からない。

 

少なくとも正史ではそうだったはず。最初は漢王朝の腐敗を正すのが目的だったはずだ。

 

強者を討ち、弱者を救済する。民の安寧が最たるもの。

 

なんて理想的なお題目だろう。だがそれも形骸化しては意味が無い。

形骸化した綺麗な理想は、最初から悪辣な理想より質が悪いのだから。

 

 

「さすが弓将だな、黄忠がいてくれて助かるよ」

 

「お役に立てたようで光栄ですわ」

 

 

砂煙を上げる敵を遠目に見て青冷める見張り兵を横に、黄忠と一刀は軽く笑いあう。

 

余裕すら感じさせるその様子。どちらも半分は実、半分は虚だった。

 

下手に慌てて、周囲を不安にさせない為の措置。

 

将として必要な素養の一つ。黄忠は改めて一刀に感嘆していた。

 

自分は将軍だった。しかし一刀は一見してただの青年。

 

穏やかな雰囲気にそぐわない殺気を発したり、市井の人間とは思えない知識や考え方――と、そこまで考え、思考を止める。

 

今は、一刀への興味よりも優先すべき事態が起こっている。

 

好奇心旺盛という、新たな自分の一面を知った黄忠は一度眼を閉じることでその好奇心を押さえる。

 

再び眼を開ける頃には『曲張比肩』の異名を持つ弓将、黄漢升の思考に成っていた。

 

 

「こっちは街の男達全員合わせても三百弱。しかも実戦経験なんてほぼ皆無だ。……正規武官だった人の意見を聞きたい。何か手立てはある?」

 

「そうですね……私としては一刀さんの意見も聞いてみたいです」

 

 

そう言われ、一刀は微妙に眉間に皺を寄せた。

 

 

「いや、質問に質問で返されても。……俺の意見って素人意見だぞ?」

 

「それでも、です」

 

 

なぜかいつも以上に強く感じる黄忠の、期待を含んだ視線。

 

気恥ずかしさ、というよりは釈然としないその様子に頭を掻きながら、肩を竦めた。

 

 

「……まあいいけどな。街の外は平地。数で劣ってるのに野戦は不利だ。手としては街に誘い込むに一票。でもこれには――」

 

「幾つか問題がありますね」

 

「――そういうこと」

 

 

挿み込まれた黄忠の意見。途中で言葉を遮られたが特に気にせず、黄忠の意見に肯定の意を示した。

 

その場にしゃがみ込み、指で適当な図を描いていく。

 

 

「野戦が無理なら街に誘い込む。まあ誘い込まなくても入って来るだろうけど。その為に攻めて来ているわけだし。方法としては街の各所に障害物を配置して足止め」

 

 

一刀の口は淀みなく言葉を紡いでいく。

それはまるで、自身の策を語り聞かせる軍師のよう。

 

 

「その後は四方を包囲して屋根の上とかに伏せた隊が矢を射かけるってのが安全で効果的だと思う――」

 

 

――けど、と前置く。

 

 

「如何せん敵の数とこっちが動かせる数が違いすぎる。障害物も壊されたらそれで終わり。しかも相手が正規軍じゃ無いってとこも不確定要素の塊だ。正直な話、半分以上が出たとこ勝負だ」

 

 

櫓の床に視線を落したまま、一刀は語るのを終えた。

しかし未だにその瞳は忙しなく動き、より良い考えは無いかを探り続けている。

 

 

少しの間が開き、黄忠が口を開いた。

 

 

「そうですね……今、私とてそれ以外の方法を思いつかないのも事実ですし、一刀さんの言う通り、数で劣っている場合の野戦は策か援兵がないと覆すこともままなりません。ですが――」

 

 

一拍置き、黄忠は笑みを浮かべた。

 

 

「――戦の勝敗は兵家の常、と申しますから。例えそれが間違っていたとしても一刀さん一人にその荷は背負わせません」

 

 

それは励まし。それは叱咤。黄忠は一刀の声に混じった弱気を見抜いていた。

 

正規の将軍職に着いていた人間からの肯定の意と言外の叱咤激励。

 

心の中で感謝をしつつ、否定されなかったことにひとまず胸を撫で下ろして顔を上げた。

 

 

「考えが間違って無くて良かったよ。残念だけどこの街は劉表の支配を受けて無い。今回はそこが悪い方向に働いた。援軍が来るかもっていう可能性すら無いし、どこかの街へ逃げることもままならないんだからな。……街はまた直せばいい。でも命は無くなったらそれまでだ。できるだけそういう面で安全な方法を取りたいと、俺は思ってる」

 

 

だから、野戦をやるぐらいなら街中で迎え討った方がいい。そう一刀は判断し、黄忠はそれを認めた。

 

街中に誘い込み戦ったとしても、勝算は薄いと知りながら。

少なくとも野戦を行うより、街ぐるみで逃亡するより、明日へ繋がる道を求めて。

 

絶対に犠牲は出る。多からず、少なからず。

そう理解していながらも、二人は選択するしか無かった。一番、リスクの少ない方法を。

 

 

「……街の皆さんには後で謝るしかありませんね」

 

「ああ。前回の襲撃からやっと立ち直った矢先にこれだからな。街を犠牲にする様なこのやり方は反発されるかもしれない。でもこれが一番、安全だ。誹(そし)りは甘んじて受けるよ」

 

 

そんなことぐらいなんでもない。

そう言うかのように、一刀は苦笑しながら肩を竦め、おどけて見せる。

 

しかし既に、その言葉は心を動かすものだった。

 

 

『……謝ることなんてありませんよ、北さん、黄忠様』

 

 

二人の横で顔面蒼白になっていた兵士の力強い、何かを決断した様な声が割って入った。

 

眼を向ける一刀と黄忠を余所に、彼は続ける。

 

 

『もともとこの街の人間じゃ無い貴方達が、この街のことをまるで自分達が生まれ育ってきた街のように考えてくれてる。街の皆のこともだ。そんな人達が俺達を思って考えてくれたことを責めるなんて出来ませんよ。……街はまた作りなおせばいい。でも命はそうはいかない。北さん、あんたの言う通りだ』

 

 

 

 

そんなことを言われるとは思ってもいなかった。

 

誹(そし)りや罵りは覚悟の上。誰だって自分達の住む街を壊されたくは無いだろう。

 

もしこの戦いの結果、皆から負の感情が湧き出て、ぶつける先を求めるのなら、それを受けるのも役目だと思った。

 

そう考えていたからこそ、彼の発言は心に染み、また心強かった。

 

 

「……そっか。ありがとう」

 

 

一刀は深く、心から感謝をして頭を下げた。

 

そして再び顔を上げた一刀の顔に迷いは無く。

 

そこには確固たる意志と覇気を帯びていた。

 

 

 

別の外史で彼の主であった――覇王にも似た覇気を。

 

 

 

自分や黄忠と同じく覚悟を決めてくれた兵を、再びその眼で見据えた。

 

 

「頼みたい事が一つ。太守殿のところに行って、この作戦の伝達を。細部は俺が直接説明するから、街に誘い込んで敵を迎撃するっていう概要だけでいい」

 

「一刀さんは?どうされるのですか?』

 

「俺は少し別の準備があるんだ。できれば黄忠にも着いて来て欲しい。他にも数人、兵を連れてな」

 

「分かりました」

 

 

黄忠の問い掛けに対し、既に答えを用意してあったかのように滑らかに言葉を紡いだ。

 

黄忠も何の迷いも見せずに頷く。

 

それを肯定と受け取り、再び兵に視線を合わせると、その肩に手を置いた。

 

 

「それと、女子供を城に避難させたい。その旨も伝えてくれ。俺が他の兵にも伝えて、すぐに避難は始めさせる。使い走りさせて悪いと思うけど、頼んだ」

 

『分かりました。では!』

 

 

兵が櫓を降りて行く。

 

残された黄忠と一刀は、徐々に近付いてきている黄色の軍勢を今一度見つめた。

 

 

「城なら全員を収容できる。まずは女子供の避難を優先。この櫓にも何人か兵を詰めなきゃいけない」

 

「そちらは私が手配を」

 

「頼んだ。璃々はどうする?」

 

「ふふ、私は璃々の母親ですよ?今度こそ眼を離しません」

 

「その意気だ。お母さんから絶対に離れるな、って言わないとな。俺が言えば少しは効果あると思うから」

 

「ふふ、自信たっぷりですね」

 

「それぐらいの自信はあるよ。懐かれてる自信はね。……よし、そこまで時間があるわけじゃない。早速動こうか」

 

 

無言で黄忠は頷いた。

そこにあったのは余裕とはまた違う表情。

 

眼に見えるところまで敵が迫っているというのに、それはある種の安堵の表情。

 

それは、自分以外にも娘を護ってくれる人、気に掛けてくれる人、何より娘が懐いている人がいるということからの安堵だった。

 

 

「そういえば……」

 

 

と、安堵の表情から一転して焦った様な、少し不安そうな表情を浮かべる。

 

何かしらの懸念事項だろうか、と櫓を降りようとしていた一刀は少し緊張して振り向いた。

 

 

「どうした?」

 

「……軍備を増強することを頑なに拒んでいる太守殿が武器や防具を確保しているのでしょうか?防具はともかく、武器が無ければそもそも戦にすらなりません」

 

 

当然と言えば当然の疑問。

人数がいても、策があっても、単純な話、武器が無ければ戦えない。

 

この作戦にはそれなりの弓数と矢数も必要になる。

少なくとも弓将の黄忠にとって、矢は必須だった。

 

それに弓兵とて、最終的には接戦になるかもしれない可能性が高い。剣もそれなりの数が必要になるだろう。

 

 

だが、それを聞いて一刀はニヤリと笑う。

その笑みは決して黄忠のことを安心させる類いのものではなく、どこか悪戯めいていた。

 

 

「ああ、それは心配ない。今から行くところ、黄忠に着いて来てほしいところにその答えはあるから」

 

 

悪戯で済まないことをしていた北郷一刀という青年は言いきった。

今朝方、商人が一刀に向け言っていた、『ばれたら洒落にならないこと』。

 

それは鈍く光る銀の光。戦いの光。戦乱の象徴とも呼べるもの。

名を付けるとするなら呼び方は数多くあるが、端的に言うとすればそれは

 

 

 

 

 

――至極簡単に人の命を奪うことができるもの――

 

 

 

 

 

 


 
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