俺たちがこの世界に来て何日かたったある日、軍義と称して招集がかかった。
庭園のど真ん中に。
「軍議って呼ばれてきたんだけど…なんでこんなところで?」
隣に座ってるおっとりした女の子、隠に問いかける。
この子と俺は年が近く、何かと便利だろうとこの時代の知識を教えてくれる教師役、兼お目付け役になっている。
こんな子があの陸遜と言うのだから驚きは尽きない。
「うーん…そうですねー。口で言うのは簡単なんですけど…メズールさんはなんでか分かりますか?」
ここでホイホイ教えてしまうのは思考の停止になってしまう。この世界…というか少なくともここではそれをよしとはしない。
一人が駄目ならもうひとりに聞いてみればいい。
「そんなこともわからないの、ぼうや?いい?ここなら部外者がのぞき見たり聞き耳をしたとしてもすぐにわかるのよ」
隠が「よくできましたー」とお菓子を一つメズールに渡す。
俺はなるほど、と頭の中で手を叩いた。
確かにこんなところで誰がいてもすぐに見つけることができる。
「ん?どうした?メズール」
メズールが少し苦々しい顔をしているのを見て聞いてみる。
「別に。ただ嫌な奴の顔を思い出しただけよ」
「ふぅん」
他人の人間関係を詮索してもろくな結果にはつながらない。
これも親父と暮らしてきて得た処世術の一つだ。
怪しい藪はつつかないに限る。
「雪蓮は?昨日から姿が見えないけど」
ふらふらと街に出かけることはあっても一日中見ない日はなかった。
その問いに冥琳がメガネをあげて答える。
「袁術に呼ばれて荊州の本城に向かっている。用件は十中八九黄巾党討伐のことだろう」
「黄巾党…」
現代の学生ならほぼ全員が知っている言葉だ。
まさか自分がその渦中に入るなんて思ってなかったけど。
「今この時の出頭命令ですからね。それ以外考えられないかと」
隠が冥琳の説明を補足する。
「それを見越して儂等は策殿と合流し、黄巾党討伐に向かう」
祭さんも話に加わる。
「あの子供の性格から考えるに、我々はまず間違いなく黄巾党本体にあたるだろう。それに際しての問題は三点」
冥琳が指を三本立て、一本一本折りながら説明する。
「一つは兵糧、一つは軍資金、最大の問題は兵数だ」
「なるほど」
戦争に必要なものがほとんどそろっていない。
黄巾党の規模は分からないけど、冥琳たちの口ぶりから察するにこのままでは五分の勝負がやっとなのだろう。
「用意できる兵の数は?」
祭さんが冥琳に聞く。
「五千…多くて一万と言うところかと」
その予想を聞いて祭さんは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「ふむ…ちと厳しいかの」
「ええ。そこでなのだが…」
ここで冥琳はちらりとメズールの方を見る。
「メズール、君は先日我々の目の前で異形の姿に変わったが、戦闘能力はいかほどのものだ?」
話を聞いているだけでもこちらの旗色が悪いのはわかる。使えるものは使っておこうという判断なのだろう。
メズールはちらりとこちらを見て、
「少なくとも普通の人間には負けないでしょうね」
「なら…」
「あら?いつ私が戦うと言ったのかしら。少なくともメダルが発生しない以上、私が出るメリット…利点がないわ」
そっぽを向いて答える。
「だが、お前はこの城で過ごしている、ならば…」
「生憎だけど、私は食べる必要が無いわ。もっと言えばどこでも暮らしていけるのだけれど…」
売り言葉に買い言葉で冥琳の言葉にメズールがいどむような目で返す。
このままでは埒が明かない、そう思った俺はメズールに提案する。
「メズール」
「なにかしら、坊や」
「俺にあの力を使わせてくれ」
「おーず?」
この場にいる俺とメズール以外の3人はぽかんとする。
あの力さえ使えれば、俺だって前に出ることができる。
「だめよ、あれは簡単には渡せない。使いすぎると暴走する危険があるもの」
「それでも…!俺はこの人たちの力になりたい」
俺の言葉にメズールは反論せず、ただじっと目を見つめた。
確かに、あの力は絶大だ。ともすれば力に溺れる危険性だってある。
でも、ここで俺が戦わなければ、この人たちを失ってしまうかもしれない。
もうそんなことはさせない。
もう己の力の無さを恨むのはたくさんだ。
「分かったわ。私は戦わないけど、このぼうやがあなたたちに力を貸すようよ」
根負けしたのか、メズールはため息交じりに力を貸すことを約束してくれた。
「ありがとう、メズール!」
「私ほどじゃないけど、この子も十分あなた方の戦力になるでしょうね」
これ以上の言い争いは不毛と察したのか、冥琳はメズールとのにらみ合いをやめ、
「分かった。火野、後で訓練場に来い。どれほどの力か私たちに見せてくれ」
「はい」
「だがメズール、お前は何をする?ただ飯ぐらいはこの城には置いておけんぞ」
終わってなかった。
メズールは鼻を鳴らして、
「ぼうやがオーズの力を使うとなった以上私の立ち位置は決まったも同然よ。まぁ、それもあとで教えてあげましょう」
「次は軍資金か…」
悩みの種は尽きない、と言わんばかりに冥琳がため息をつく。
「街の有力者に出させる手もありますけど、多くはつまらないでしょうね~」
その言葉に冥琳は瞼に手を当てる。
「火野の名を出してみては?」
祭さんが尋ねる。
「いや、火野の名前はまだ我々よりも力が無い。現状以上にはなりますまい」
「資金が無ければ、兵糧も調達できませんしねぇ。どうしましょう」
銀行のようなものもなく、カンパも期待できないならば、ここまでの話で可能性は一つしかない。
「ひとついいですか」
「なんだ、火野」
冥琳がこちらを見ずに答える。
「袁術にださせたらいいんじゃないかな」
「なに?」
冥琳が目をあけてこちらを見る。
「袁術が本体と当たりたくないならそれをダシにすればいいんじゃないかな」
「でも、拒否されたらどうします?」
「雪蓮と合流して分隊を撃破、その様子を荊州で喧伝すれば太守の面子がある袁術は動かざるをえない…かなって」
そもそも袁術がどんな人かわかってないから勘の部分がおおいんだけど。
俺の案に冥琳と隠が同時に思考を巡らせる。
「まぁ、火野の案を採用するしかないか」
「ですね~」
同じ結論に達したのだろう、二人合わせて口を開く。
「誰かある!」
その結論を受け、祭さんが兵士を呼ぶ。
「策殿に伝令をとばせ。内容は…」
祭さんが内容を伝えてる横で、冥琳がこちらをじっと見ていることに気付く。
「どうしたの?」
「いや」
冥琳はめがねをくいと挙げ
「これは雪蓮の言うとおり意外な拾いものだったなと思ってな」
「俺が?」
「そうだ、良い観察眼を持っている」
「……ありがとう」
どうやらあっちであの人にくっついていたことも無駄ではなかったようだ。
「方針は決まった。黄蓋殿、すぐに出陣の準備を」
「承った」
「隠は輜重隊の準備をしておけ、二刻後には館を出るぞ」
「はぁ~い」
「火野とメズールは私とともに来い。力を見せてもらう」
「分かった」
「では、皆各々準備を頼む」
冥琳の言葉とともにそれぞれの持ち場へと散って行った。
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モチベが高いのはきっと信長のシェフを見ているからかなーって