「はぁぁぁぁぁぁぁ」
あたしは肺のメーターがemptyを指すまでの、深いため息をつく。
パジャマに綿入れ姿の私の吐息は、風にのって白い霧となり、消える。
サンダルを「シャラズル、シャラズル」言いわせて自分のアパートへ向かう。
友達はみんな、この星空を彼氏と見てるんだろうな。
そう思うとあたしの見上げる星はにじんで、いつもの3倍の数に見える。
部屋へ帰って、ベッドの上で膝を抱える。
独りぼっちのクリスマス。
おまけに年も暮れようとしてるのに、あたしは就職先が決まっていない。
反対する親に”うじうじ”ごねて東京の学校へ来たけれど、
こんな事では親にどんなに言われるか知れない。田舎より就職しやすいとか
なんとか言っちゃったけど、ここ数年はどこだって就職は大変。ましてや女は。
あたしがこちらへ来たのにはもう一つわけがある。
高校時代からずっとあこがれてた先輩がいたからだ。
先輩の近くにいたいばっかりに、ルールさえ全然分からないのに
ラグビー部のマネージャーになったり、そして、ただただ一生懸命勉強して、
先輩のいる大学に入った。
「はぁぁぁぁぁ」
も一ぺん、溜息。
(みんなあたしの性格が悪んだ…)
あたしは自他ともに認める内気な性格。面接でうまく行かなかったのも、
同じサークルに入っても先輩に告白できなかったのも、そのせいなんだ。
でも、いくら反省しても、もうだめ。
期限は目の前。
取り返しがつかない。
つい先ほど、ワインに酔った勢いでヤケになったあたしは、ハガキを書いた。
宛先は「セント・ニコラウスさま」
確か小さいころ聞いた話では北欧に住んでるハズだったから、ほじくりだした
切手をありったけ貼った。何だか見かけだけゴージャスになった。
それに対して、裏は実にシンプル。
「勇気と 仕事を下さい」
勇気さえあったら。
面接だって、先輩への告白だって。
あたしが言い出せないまま、先輩は外資系の会社へ就職し、どこかの国へ行って
しまったのだ。
窓からまた、空を見る。
刺さりそうな星がペカペカ光る。
ハガキを出すため外へ出たせいで、冷たくなった手足を暖めるため、
グラスにまた赤を注ぐ。
(当日、手紙を送ってまにあうのかな)なんて今頃になって気付く。
お酒の勢いでなんて馬鹿なことやっちゃったんだろうって、
可笑しいやら情けないやらで、また泣きたくなってきた。
そして、一気にグラスを空けた後、ベッドにもぐり込む。
いいんだ。二日酔いになったって。
介抱してくれる人なんていないんだ。
*
夜中、物音で目が覚めた。
驚いてベッドスタンドに灯をともすと、ローテーブルの上に赤い包装紙に
ピンクのリボンで飾られた箱が置いてある。
「?」
おそるおそる開けてみると、そこには昔絵本で見たことのある赤い色の衣装が
一そろい入っていた。
そして、紙切れが一つ。
「内定通知?」
「少し大きめかも知れないけど、しばらくそれで我慢してくれないか?」
突然の声にベランダを見ると、同じ衣装を着た男の人がソリに乗っている。
でもその人は、絵本と違って白いヒゲは生やしていない。
若くて背の高くて、そして、そして。あたしのあこがれていた。
「せ、先輩!どうして…」
「何ぽかんとしてるんだい、南さん。内定もらったんだからもう少し
嬉しそうにしたら?」
クスクス笑う、先輩。
「さ、早いとこ、その服を着ておいでよ」
言われるまま、パジャマの上からふかふかのその服を着ると、私はベランダに出た。
ふわりと浮かんだソリ。数匹の赤い鼻のトナカイが白い息を吐いてる。
「さ」
先輩の差し伸べる手。
普段のあたしなら、たじろいだだろう。
でも、ひとりでに、すっと手が出た。
初めて握る、先輩の手。
あったかくて、大きい
「それ!」
先輩のかけ声でソリは星空に舞い上がった。
「わあ」
眼下に広がる、街の灯。
きれい…
空の星にも引けを取らない。
あちらこちらの空に鈴の音がこだまし、他のソリが滑って行くのが見える。
「実はさ、オレも南さんと同じように採用されたんだ。切羽詰まっちゃってね。
この仕事、注文は多いけど、就職希望者は少なくて人手不足でたいへんなんだ」
頭をかき、照れながら話す、先輩。
(結構、土壇場でも人生ってやり直しがきくんだね)
空の星と地上の星の間をすり抜けて行くソリの上、
あたしは夢見心地でそんなことを思っていた。
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就職活動も、恋愛も、失敗。一人ぼっちのクリスマス。ワインに酔った勢いでサンタに手紙を出した彼女のところへやってきたのは…