メズールが姿を変化させたと同時に、孫策さんと黄蓋さんの目は今までの好奇の色から戦闘態勢の色へと変わった。
孫策さんは俺たちの対面で座っていた公瑾さんの襟元を掴んで、そのまま後ろへと投げ飛ばした。
とっさのことにもかかわらず、尻もちをつくどころか受け身の態勢をとり、メズールと俺、そして孫策さんたちへと視線を移して冷静に事態を分析しようとしている。
「あなたはいったい何者?妖術か何かかしら?」
一瞬、余裕を無くしたように見えた二人は踏んできた場数は俺と比べても違うのだろう、メズールが戦闘の意思はないと見てとるや、すでに余裕はある程度回復している。
もし数時間前に怪物と戦っていなければ、俺なんかはすぐにパニックになっていただろう。
元の少女の体から幾分か女性らしさが増したメズールは腕組みをして三人の反応を見ているようだった。
「なるほど、この時代の人間は意外と豪胆なのね。この姿を見ても大して動じないなんて」
そう言うとメズールの体を先ほどと同様にメダルが包み込み、先ほどまでの少女の体に戻る。
「ごめんなさいね、戦う意思はないわ。ただ、言い伝えで聞く武将がどれほどのものか試してみたかったの」
数秒の間をおいて、孫策さんと黄蓋さんは警戒を解く。
先ほど公瑾さんが座っていた椅子を立て直して今度は孫策さんが座る。
軍師である公瑾さんは黄蓋さんにかばわれている。
「それで?あなたたちは何者なの?」
孫策さんが尋ねる。
「さっき言ったでしょう?私たちは2000年後から…」
「そうじゃない」
問いに応えようとしたメズールを手で制して言葉をさえぎる。
「そういう素性を聞いてるんじゃないわ。あなた自身のことよ、それと…」
孫策さんはメズールから隣でやや面食らってる俺へと視線を移す。
「この子は?」
そのあとは言わなくてもわかる。
メズールはこの場にそぐわない柔和な笑みを浮かべながら、
「このぼうやはあなたたちと同じ...と言っていいかわからないけど、同じ人間よ」
「ふぅん…」と俺をやや値踏みするような目で眺めた後、メズールに
「まぁいいでしょ。それで、あなたは?」
「欲望のカタマリ」
今度は孫策さんが面食らう番だった。
公瑾さんの眉間に皺が寄るのが見える。
まぁ、そりゃそうだよな。俺も体験してなけりゃ全く信じられないもん。
孫策さんは「なるほど?」と言いながら口の端がひくひくしている。
当のメズールはというと、すました顔をして
「冗談じゃないわ。私たちは人間の欲望から生み出されたのよ」
ん?私「たち」?
「メズール、お前みたいなやつがほかにもいるのか?」
「ええ、さっき戦ったやつは覚えてるわね?」
「ああ」
忘れたくても忘れられるわけがない。
色んなたくさんの場所を旅してきた俺でも、あんな体験は生まれて初めてだ。
「あれはヤミーと言って人間の欲望を叶える存在なの」
「欲望を叶える?」
出会って数時間しかたっていないが、孫策さんがこんなに真剣な目を出来るとは思わなかった。
それほどまでに今見せてる孫策さんの眼は鋭くとがって、相対した相手に嘘をつかせることを許さないような眼光だった。
「ええ。その代わり欲望をかなえた後はセルメダルに代えられるけどね」
「そう」
それっきり、孫策さんはその話に興味を失ったようだった。
「それで、冥琳。この子達どうするの?」
「ふむ…とりあえず客室にでも入っていてもらおう。二人もそれで構わないな」
公瑾さんは俺たちの方を見て同意をとる。
と言っても、拒否することができないのはお互いに分かっている。
「もちろんです。正直な話、牢屋にでも入れられるかと思ってましたよ」
公瑾さんはくすりと笑い、
「君たちが我々に仇なすつもりなら容赦なくそうさせてもらうが」
公瑾さんはここでいったん言葉を区切り、メズールの方を見て、
「そうするつもりはないだろう?」
メズールはため息をついて頷く。
彼女(?)が本気で孫策さんたちに敵意があるのならば、さっき変身したときに殺すことも可能だったろう。
そうせず、さらに手の内を隠しておくこともしなかったのは、メズールの考えなんだろう。
俺たちがどんな状況にいるのかまったくわからない現状、どこかに身をやつしておくのも一つの手だ。
それに、孫策さんたちに俺の変身を隠しておくという事は、まだ彼女たちを信頼できていない、という事なんだろう。
『またね~』
とのんきな声に見送られた俺たちは長期滞在用の客室に通される。
「やっぱりこういう所は昔も今もあまり変わらないな」
家の関係でこういう所に泊ることも多かったせいか、すっかりなれっこである。
俺はベッドに腰掛け、外を見ているメズールに話しかける。
「これからどうするんだよ。元の世界に戻る方法を探すのか?」
メズールはこちらを振り向かずに、
「私はどちらでも構わないわ。欲望さえあればどこにいようとやることは変わらないもの」
「そっか」
「それに、私がここにいるってことは十中八九他のグリードもこちらに来ているわ。ふむ」
メズールはこちらを振り向き、
「ぼうや、取引しましょう」
「取引?」
メズールは窓辺を離れ、俺の隣に腰を下ろす。
「ぼうや、さっきの男が襲われていたときに何も考えずに間に割って入ったでしょう?」
「ああ」
今考えても身震いする。しかし、バカなことをしたとは微塵も思っていない。
「私たちグリードがいる限り、これから先何度も同じことが起こると思ってくれていいわ」
「っ」
その通りだ。
さっきの話からすると、あれは敵の数にも入っていない。
『グリード』がいる限り、あんな奴らはいくらでも生み出せるようだ。
それでも、『あの力』を使えばあいつらと戦える...!
「力が欲しい?」
「え?」
そう言ってメズールが見せた手の上にはあのベルトが乗っていた。
「私はメダルが欲しい。あなたは力が欲しい。利害は一致してると思うけど?」
いどむような目つきのメズールの顔を見て、俺は迷わずベルトを手に取った。
「契約成立、ね」
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大変申し訳なかったっす。