~聖side~
「……何故愛紗はそう思うんだ?」
俺を噂の主だと決め付けるほどだ……何かしらの理由があるのだろう…。
「理由は……ありません……。私の直感です。」
「…………。」
恋もそうだったが………武の極みにでも達すると勘が鋭くなるのかね………。
「分かった。仮に俺が『鬼の化身』と呼ばれている人物だとしよう…。だとしたら、何か問題があるのかい?」
「大アリです。もしあなたが『鬼の化身』であると言うなら、今すぐにでも同盟を破棄し、此度の話は無かったことにしてもらいたい。」
「………穏やかじゃないな…。どういう経緯か説明してくれるか?」
「『鬼の化身』は千人の賊を一人で殺したと言うのは先程申し上げましたよね?」
「あぁ。」
「その時の賊は武器と言う武器を持たず、ほぼ丸腰の状態だったそうです。つまり……。」
「『鬼の化身』は武器を持たぬ賊を血祭りに上げた殺人鬼ってか?」
「はい…。賊とは言え、元は農民…。武器を持たぬ彼らを自分の快楽のためだけに殺した行為は、許されるものではありません。」
「ふむ……。では、賊はほっとくのが良かったと言うのかな?」
「そうは言いません。放っておけば、村を襲い、旅人を襲い……今よりも酷い惨状になっていたと思います。」
「なら……。」
「ただ!! ……殺す必要は無かった……そう思います。」
愛紗は愁いを帯びた瞳で虚空を見つめる。
その姿は、自分の過去を思い返しているようであった。
少し踏み込んだ質問をしてみるか…。
「愛紗は黒髪の山賊狩りと呼ばれていたんだよな? ならば、君だって多くの賊を殺してきたのだろう?」
俺の言葉にびくっと身体を反応させ、硬直する愛紗。
しかし次の瞬間には溜息一つを零して、俺の方を物憂げな顔で見つめ返す。
「……その通りです。私は……この手を多くの血で染めてしまった…。先程の言葉は……『鬼の化身』に対してだけでなく、過去の私自身への諫言……。もう二度と、自分の矜持のために人を殺さぬように桃香様に誓ったあの日からの……。」
愛紗はそこまで告げてから、硬く強張った顔を少しだけ崩し、自嘲的な笑みを浮かべた。
その笑顔は何とも儚げで……この少女が戦場で勇猛果敢に戦い続ける関羽雲長ではなく、苦悩を抱える一人の……何処にでもいるような女の子なのだと、俺に感じさせるにはあまりにも効果的だった。
そんな彼女に当てられたのだろうか………俺は本音を話すことにした。
「愛紗。君の言う通りだ……。」
「えっ……!?」
「俺が『鬼の化身』その人だよ…。間違いなく、俺はこの手で千人近い賊を切り殺した。」
俺がそこまで述べると、愛紗は表情を一変させ、彼女の獲物を構え、俺と対峙する。
「さて、これで同盟も破棄かな……??」
「………何故、今話すのですか…。隠し通せば良かったものを……。」
「まったく持ってその通りだがな……。君が話してくれたように、俺も真実を話さなきゃいけないと思ってね…。」
「真実……??」
「あぁ……。あの日の真実を語ろう…。」
それから俺は、あの日の前日に村にお世話になったこと。朝その村を出発して旅に出たこと。ハプニングでその村に戻ってきたこと。その時の村がどのような状況だったのかと言うこと。賊の集団がどのような状態であったかと言うことなど……。
出来る限り、思い出せる範囲で全てを愛紗に告げる。
「………と言うのが、あの日の出来事だ。」
流石に長いこと話した所為で、喉がカラカラだな……。
愛紗の方を見ると、先程までの厳しい顔つきではなく、どこか困っているような顔をしている。
多分、彼女自身整理が追いついていないのだろうな………。
「あなたは………何故噂を否定なさらないのですか……??」
噂の否定ね……。
ふっと薄ら笑いを浮かべてから、愛紗の顔を見つめる。
「何故かって?? そりゃ当然、俺が人を殺したことは事実だからだよ…。」
「しかし!! あなたのした事は……!!」
「俺のした事は?? 村の人たちの敵討ちと言う名の虐殺だろ??」
「…………。」
「だがな、勘違いしないで欲しい。俺は殺したことについては悪いことだと思ってる。何か別のやり方があったかもしれないからな……。だが、今はそれを考える時ではない……。 俺は前を向いて進まなければならないんだ。今までの戦で犠牲になった人たちの為に……。そして、皆が手に手を取り合って生きていける世のために…。」
「…………。」
「まぁ、ここらで一回休憩しようか…。ほれっ、愛紗の分だ。」
徳利とお猪口二つを用意し、片方を愛紗に渡して酒を注ぐ。
まだ戸惑っている顔の愛紗を尻目に、酒の入った杯をあおる。
カラカラだった喉に熱い液体が染み渡り、気分を高揚させる。やはり、酒は上手い……。
「かぁ……。酒は上手い……。愛紗は飲まんのか?」
今だ酒を見つめたまま何事かを考えている愛紗。
「よしっ……。」
掛け声とも取れる言葉の後で、愛紗は杯の酒を一気に飲み干す。
「決めました。私は桃香様の理想のため、これからも刃を振るい、賊を打ち倒します。その先に待つ平和な世のために……。」
愛紗は決意に満ちた顔をしている。
自分の過去との決別ができたと言うならそれは喜ばしいことだろう。
俺はその手伝いになれたのかな……。
「そうか………まぁ、頑張れ。」
愛紗は軽く会釈を一つして天幕から出て行った。
その後姿を目の端に捉えながら酒をあおる。
「………頑張れ愛紗……お前にしかその先は分からない……。」
残りの酒を一気にあおり、今日はそのまま寝台に突っ伏した。
~桃香side~
「えっ!! じゃあ、聖さんは………。」
「はい……。『鬼の化身』でした……。」
「やはり………そうでしたか……。」
私の天幕では、帰ってきた愛紗ちゃんから聖さんについての情報が報告されている。
「そんな………聖さんが………。」
あの優しそうな笑みを浮かべる男は…………殺人鬼であると言うの………??
「ですが………私たちの見識とは……少しばかり間違いがあるやもしれません……。」
「と………言いますと?」
「実は、あの噂ですが………。」
それから、愛紗ちゃんは私たちが得ていたあの噂――『鬼の化身』は武器を持たぬ賊千人を皆殺しにした。――と言うものの詳細を話してくれた。それらは全部、聖さんが語ったものだと言う。
「――と言うことらしいです…。」
「………っ!!」
「どうかしましたか、桃香様?」
「私、聖さんに聞いてくる!!」
「待ってください桃香様。話はまだ……。」
「話の続きは、本人に直接聞いてくるから大丈夫!!」
「と……桃香様!!!?」
愛紗ちゃんの言葉にいても立ってもいられなくなり、私は天幕を飛び出す。
確かに、人殺しは悪いことだ……。
私の理想とする皆が笑って生活できる世界には必要のないものだ……。
何故、聖さんは話し合いで解決すると言う手段を選ばなかったのだろうか……。
何故、千人近い賊を皆殺しにしたのか……。
そして何故、そこまでの事をしておいて今日のように笑えるのか……。
バッ!!!
「聖さん!!!!」
「はい!! すいませんでした!!!」
聖さんの天幕の入り口を乱暴に掻き分け、かの人物の名前を呼びながら入っていく。
どうやら彼は寝ていたようで、寝ぼけて私を誰かと間違えているようだ…。
「私は決してそんなことはしてません。神に誓ってそんなことはしてません。ですからどうかお怒りをお静めください。どうか、この力なき子羊に手厚い慈悲を…………って桃香か…。驚かすなよ…。」
誰と間違えているのかさっぱり分からないが………聖さんがあそこまで謝るくらいだ……きっと怖い思いをしたのであろう…。
「……で? どうしたって言うんだ?? もう夜も遅いって言うのに……。まさかとは思うが……夜這いにでも来たのか……?」
身体を手で隠すようにしながら彼は私に懐疑の目を向けてきた。
「なっ!!? 何を勘違いしてるんですか!! わ……私がそんなことに来るわけ無いじゃないですか!!」
「冗談だよ、冗談……。そんなに怒るなって……。」
カラカラと笑いながら蝋燭に明かりをともし、私に椅子を勧めてくる。
「立ったままで結構です。すぐに済みますので……。」
「まぁ、そう言うなって……。優しさを無碍にしたら、後でバチが当たるぜ…?」
彼は尚も何かを準備するようにいそいそとしている。
早く話を始めたかったが……彼の言うことも最もな気がしたので、とりあえず椅子に座っておく。
「話と言うのは、俺の事についてだろう?」
酒の入った杯を一つ私の方に置きながら、彼は話し始めた。
「愛紗から俺のことを聞いて、その真意を確かめに自分の目で、耳で確認に来た……そんな所か?」
……やっぱり凄い。
悉く私の行動の先を読んでいる…。それでいて、私の訪問を邪魔しなかったのは……彼としても話したいことがあるからだろうか……。
「はい。単刀直入にお聞きします。あなたは、本当に『鬼の化身』なんですか?」
その時、一陣の風が陣内を吹き抜け、天幕の入り口を捲り、蝋燭を消し、空に輝く月の光が彼の顔を不気味に照らした。
「……あぁ。間違いなく『鬼の化身』だろうな。」
彼の言葉は私の頭の中を真っ白に染め上げていく。
そんな……ばかな……だって……聖さんは広陵の太守さんで………あんなに凄い町を作った有能な人で……尊敬できる人だった……はず……。
それなのに……彼は言った……自分は『鬼の化身』であると……賊千人を切り殺した殺人鬼であると……。
「………何で…??」
「ん??」
「………何で殺したんですか…??」
「あのまま生かしておいてどうする……。また別の村を襲っていたかもしれないじゃないか…。」
「話し合って解決すると言う選択肢もあったはずなのに、どうして殺したんですか!!!?」
初めて私は、怒りのまま……感情のままその思いの丈をぶつけている。
それ程、憎らしいのだ。
この殺人鬼が………。
彼はポカンとした顔をしてしばらく動かなかったが………急に笑い出すと、そのまま腹を抱えるように笑い続ける。
その様子が更に私を怒らせる。
「何がおかしいんですか!!!?」
「はははっ……。可笑しいね……。可笑しすぎるよ…。」
「何処が可笑しいって言うんですか!! そもそも、人殺しに可笑しいとか言われたくありません!!」
私がそう言うと、彼は笑みを浮かべながら言った。
「あぁ、そうさ。俺は間違いなく人殺しだよ……。人殺しってのは悪いことだよな?」
「その自覚があるなら、どうして人を殺すんですか……。」
「じゃあ、逆に聞こう……。お前達は何故今戦っている?」
「理想を目指すためです。」
「理想とは?」
「皆が笑って暮らせる……そんな平和な世界を作ることです…。」
「ほう…。良い世界じゃないか…。じゃあ、その為には多くの犠牲が必要だってことも分かってるよな?」
「犠牲なんて…!! そんな……。」
「何甘い事言ってんだかしらないが……これから先、お前のその甘い理想論だけで相手が降伏してくれるわけじゃないことぐらい、分かってんだろうな?」
「でも………皆だって平和な世界を望んでるはず……なら、ちゃんと話せば分かって……。」
「ちゃんと話せば……ね……。戦場でどうやってまともに話を聞いてもらうって言うんだ?」
「それは……。」
「それは、自分達の力を相手に示し、相手が降伏した後でなければ無理なこと……だろう??」
「………。」
「そして、当然戦って勝つということが力の示し方に当たるのだから、犠牲者が相手にも自分達にも出てくる。」
………ズキッ
「………て。」
「ほら見ろ……。犠牲なしで理想を目指すことなんて無理なんだよ……。」
…ズキッ……ズキッ……。
「………めて。」
「それに、今日のお前達の戦はどうだって言うんだ?? お前達だって多くの賊を殺している。そうだろう??」
ズキン……ズキン……ズキン……
「やめて!!!! もうやめて~!!!!!!」
「やめてじゃない!!!! 確りと現実を見ろ!!! 理想だけに目が行って、浮世離れしたその思考を今一度現実に引き戻せ!!!! 良いか!!! これが理想を追う為の戦い……お前の選んだ道だ!!!!!」
頬を自然と涙が流れ、座っていたはずの身体は地面に膝をつく形となっていた。
…………分かっているはずだった……戦いに犠牲はあるものだと…。
でも……その面を見たくなくて……私は目を背けて……そして、人がそれを行うことを批判していた……。
私も……同じことをしていると言うのに……。
「人を殺すと言うことは………自分の理想の追求のために行うことだ…。だが、決してこれを正当な権利と奢ってはいけない……。あくまで人殺しは悪いことだ……。それだけは忘れるな……。」
彼の言葉が胸に突き刺さる……。
殺すことは……悪いこと……でも、悪いことをしなきゃ……この世界を平和に出来ない……。
「……私は……私は……どうすれば良いの……??」
自然と口をついて出た質問は……私の求めていた答えへの質問なのかもしれない…。
「人を殺すことに……責任を持て。戦いと言うのは理想と理想のぶつかり合い……どちらの理想が残るかをかけた戦いだ……。人の命を奪ったことに後悔せず、その人の分まで生き抜き、理想を叶えろ…。それが、死んでいく者への供養となる。」
「私に………人を殺せと……??」
「そうだ……。それが、君の理想のためだ……。」
人を殺すことの責任……その人の分まで生き抜くことの意味……。
甘い考えは……甘い考えのまま……でも現実は……残酷で…非常で……。
「とっても………辛いです…。」
私は俯くしかできなかった……こんな風に……真剣に死について考え込んだことはなかったから…。
そんな私の頭に重みがかかり、髪の毛をゴシゴシと撫でる。
「ちょっ…!! 聖さん!!!」
「そうだな、桃香。この世ってのは世知辛い世の中だよ…。だからな、早く天下統一してこの世を平和にしなきゃいけないんだよ…。」
彼は微笑を浮かべたまま私の顔を覗き込み、手を髪に置いたままそう言った…。
その笑みは…………儚く悲しげで……触ったら壊れそうなほどなのに……その奥に熱い思いが感じられる不思議なものだった。
………理想を持つと言うことは……死を意識すること……人を殺すことに責任を持つこと……。
そんな世の中を変えるために私は立ち上がったんだ……早くこの世を笑顔で一杯にするために…。
「……聖さん。ありがとうございました。」
「俺はお礼を言われるのか、貶されるか……どっちかにして欲しいものだね…。」
「貶しはもうしません……。あなたのその思いを私は受け止めたつもりだから……。」
「そうかい……。俺のことを理解せずに来たわりには、一丁前なことを言うじゃないか…。」
そんな皮肉めいた発言をする彼は……それでも何か嬉しそうだった。
「そりゃ、あんな噂の真意なんてこうして話さないと分かんないもん。」
私がそう言うと、彼はきょとんとして目をぱちくりさせていた。
「……桃香……愛紗から話を聞いたんじゃなかったのか……??」
「そりゃ勿論聞いたよ~。だからここに来たんだもん。」
「……全部聞いてか??」
「……えっ??」
「……愛紗にはさっきみたいに全てを話してはいないが……彼女には俺の真意が伝わったと思ったから帰して報告するようにさせたんだが……。」
「………そう言えば愛紗ちゃん。出て行く前に話はまだって……。」
えっ……?? ってことは……??
「………桃香。お前の先走りかもな。」
「え~!!!! そんな~~!!!!!」
何とも恥ずかしいことをしてしまったのだろうか……。
仲間の報告を確りと聞かず、感情のまま行動した結果がこれだなんて……。
恥ずかしさで顔が茹蛸のように真っ赤になる。
「ううぅぅ~~~~……。」
「まぁ有意義な話し合いだったよ。明日からもよろしくな、桃香。」
笑顔のまま差し出された彼の右手に、自然と自分の右手を重ねて握手する。
「はい!! よろしくお願いしますね。」
恥ずかしさを消し去って、顔に出来る限りの笑顔を浮かべて、私は彼の顔をみた。
………ほらっ、やっぱり彼は悪い人じゃなかった♪
後書きです。
今回はシリアス回にしてみました。
この二次小説を書くにあたって、必ず書いておきたかったのが桃香の甘さですね。
原作をやっていて思ったのが、やっぱり桃香の考えは甘いなと言うことです。
戦争の無い世界で育った聖でさえ、犠牲無しにこの世界を変えられるとは思っていません。
あれだけ甘い理想を語るだけの君主は、聖にとっては敵でしかありません。
今の内にその考えを変えさせる必要がある……そう思い聖は今回のように接しています。
つまりは桃香を成長させたかったってことですね…。
さて、愈々戦闘か………と思いきやもう数話戦闘以外の話が続きます…。
この七章中で黄巾の乱は終わらそうとしていますが……果たしてどうなるか……。
次話はまた日曜日に……。
それでは、お楽しみください。
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どうも、作者のkikkomanです。
第七章第二話の投稿です。
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