「まだっ、まだなのかい恩人?」
「もうちょっとよ…少しは落ち着きなさい」
「呉さん、そんなに織莉子さん?に会いたいんだねー」
あの土下座の後、私は呉キリカを無視してデートを続けようか本気で悩んでいた。というか、デートの後に会わせようかしら、と思っていたのに…。
「ほむらちゃん、私の事はいいから連れて行ってあげて?」
というまどかの言葉に、結局デートはご破談だった。これも美国織莉子を連れ込んだ自分の罪だとでも言うの…こんなのってないよ…。
まあ、救いがあるとするなら。
「でも、ほむらちゃんのお家に行くの初めてでちょっと楽しみかも。たくさん友達が居るんだよね?」
「友達というか…居候というか…まあ色々居るのは確かよ」
「その中に織莉子が居るんだよね! 早く早く!」
そう、結局デート中止後も予定が無かったまどかが我が家に来る事になったのだ。
まどかを家に誘うのなんて、どれくらい…何ループぶりかしら…というか、休みの日に魔法少女関係でもなく遊びに来てくれるのって、初めてじゃないかしら?
…これで二人っきりなら言う事なかったのに。家デートすら出来ないなんて腹立たしい。
「…あ、そこのアパートが私の住んでr」
「うぉぉぉ、織莉子ぉぉぉ!」
「どの部屋かあなた分からないでしょう!」
「そうだった!」
私が指差した建物に向かって猛進する呉キリカを全力で止める。万が一、他の人の部屋に突入しようものならご近所付き合いがまずい事になるじゃないの…まあそこまで周りと干渉があるわけじゃないけど。
そんなこんなで自宅前に。鍵を取り出してドアを開ける。
「織莉子はぁはぁ…」
「…面識があるならいいかもしれないけど、息くらいは整えた方がいいんじゃないかしら…あなた、思いっきり不審者よ?」
「私の中の織莉子が渇望しきっているんだ! お、織莉子を補充して織莉子を作らないと織莉子が居なくなるんだよー!」
「どうしよう…このわけの分からなさ、ほむらちゃん以上かも…」
「…私、泣いていい?」
「じょ、冗談だよ!?」
なんというか、まどかにそんな風に見られていたとか…これはもう家に入ったらこのネタで胸で泣かせてもらうしかない、と思ってドアを開ける。
「あら? 暁美さん、帰りは確か夕方くらいって」
そしてタイミングがいいのか悪いのか、美国織莉子は玄関まで私を出向かえに来る。いや、呉キリカからすればタイミングは良かったのだろう。知り合いを連れてきた旨を伝えようとした時には、もう呉キリカは美国織莉子に抱き付いていた。
…この女も時間停止が使えるの?
私が全く見えなかったという事は、瞬間移動でもしているようにしか映っていない。当然美国織莉子にも見えていなかったので、押し倒されるような姿になる。
「あぁぁぁぁぁ! 本物だ! 本物の織莉子だよぉぉぉぉぉ! 会いたかった、会いたかったよ織莉子ぉぉぉぉぉ!」
「え、え、え…あの、一体…?」
「…あなたに会いたいっていう人よ、わざわざ連れてきてあげたんだから」
「は、はい? わひゃし、このひひょとひゃめんふぃきは…」
「うおぉぉぉぉぉ! 織莉子の柔肌も無事だったぁぁぁぁぁ!」
話の途中から呉キリカが頬ずりを開始し、美国織莉子の言葉はとてもじゃないが通じない…
「えっと、『私、この人とは面識が…』じゃないかな?」
「…まどか、今ので分かるの?」
「てぃひひ、泣く弟をなだめる事もあるから、これくらいなら何とか分かるかな?」
いや、今のはそんな次元じゃ…とは思ったけど、美国織莉子が声も発せないくらいに頬ずり攻撃を受けながらも、まどかの方を見て必死に頷こうとしている。
…という事は、美国織莉子は呉キリカを知らない?
「ちょっとは落ち着きなさい」
「あいてっ!…恩人、いくら恩人でも私と織莉子の再会を邪魔するのは」
「ぜぇぜぇ、まって、待って下さい…あなた、どちらさまなんですか?」
「えっ…織莉子、私の事は覚えてないの…?」
まどかの言う通り、織莉子はどうやら本気で覚えていないらしい。そして肝心の呉キリカは織莉子が自分を知っているものばかりだと…ああ、なにこの面倒くさい連中…今からでも追い出すべきかしら?
「おーい、織莉子いつまで…って、ほむら帰ってたのか?…おい、まさかこの見ない顔二人まで連れ込む気じゃ…」
「暁美さんがまた愛人を連れ込む気ですって!?…あら、鹿目さんじゃないの…ってこちらはどちらさま?」
「ほむらおねえちゃん、おかえりー…ありゃ、お客さま? お茶、用意しようか?」
「みゃあー?」
そして居間からはこの家に住みつく三人と一匹まで出てきて…これ、どう収拾をつけるのよ…。
「…ほ、ほむらちゃん、本当に色んな人連れ込んでいるんだね…マミさんは知ってるけど、他のみんなの事…紹介してもらえる?」
「…そうね、まずはそこからよね…」
狭いアパートには似つかわしくない人数に圧倒されたまどかは戸惑いながらも、事態の収拾にはうってつけの提案をしてくれた。それに従い全員居間へ。明らかに間取りから考えても過剰な人数だ。
(…魔法を使ってまた部屋を拡張しようかしら…)
いつぞやの資料だらけの殺風景で広さだけは十分な部屋が少しだけ、恋しかった。
「…というのが私と織莉子の出会いさ。あの時から君は輝いていた…」
「言われてみれば…そんな事がありました」
まどかへのみんなの紹介が終わった後、呉キリカと美国織莉子の出会いが語られた。
「えっと…呉さんがお金を落とした時に拾ってあげたのが美国さんで、美国さんはほむらちゃんに保護されているって事でいいんだよね?…それで、杏子ちゃんとゆまちゃんはほむらちゃんの家に居候してて…」
「私は暁美さんに救われて、ちょっとでも恩返しがしたいからここに来ているわけよ」
「そのわりには誰よりも遅く起きて誰よりも楽しそうに遊んでいる風にしか見えないのだけど」
「だ、だってぇ…一人ぼっちじゃないってこんなに居心地が良いんだなんて思わなかったんだもん…」
まどかが分かりやすく要点をまとめた直後に余計な補足をマミが付け足したので、しっかりと訂正してあげた。この人、家に来てから遊んでいるか寝ているか食べているかの三択なんだけど。
「…ま、マミさん、随分変わったね…のびのびとしているっていうか…」
「暁美さんが私を魔法少女の呪縛から解き放ってくれたのよ…今の私は正義の魔法少女である前に、暁美さんの戦いの代行者というべきかしら?」
「マミさん、わりと最近パトロールを面倒臭がってるけどね…」
「暁美さんが見てないとどうしても手抜きしちゃうのよね…」
「本人の前でそれが言える神経だけは褒めてあげるわ」
「あ、あはは…マミさんが元気そうで何よりです…」
今のマミは何と言うか、口を開く度にボロが出てくるわね…まどかも初対面の印象からの激変ぶりに、苦笑いを隠せなかった。
「まあそんな事よりも恩人」
結局歓談になりつつある流れを変えようと口を開いたのは呉キリカだった。
恩人って…私の事よね、多分。
一応名乗ったのにそう呼ぶのは果たしてどんな意味があるのやら。
「改めて感謝するよ。織莉子を保護してくれて、元気にしてくれてありがとう。私がもっと早く助けていれば良かったんだけど…不甲斐ない」
「…別に、偶然そうなっただけよ」
呉キリカは深々と頭を下げてくる。言動の端々から奇抜な人間である事は予想していたけど、変なところで義理堅いようだ。
「ほむらおねえちゃん、照れてるねぇ」
「からかわないの」
のんびりとゆまちゃんが私をからかってくる。全員分のお茶を用意してくれたのは当然この子だった。美国織莉子も手伝おうとしたが、呉キリカが離れなかったので無理だったのは言うまでもない。
「暁美さんは本当に優しい人ですよ。私に生きる道を示してくれましたし…感謝しきれません」
自分がいつでも殺されそうな立場にある事を黙り、美国織莉子は笑顔で私の方を見てくる。
魔法少女でも無いのだから、別に深読みする必要は無いんでしょうけど…この女の場合、それすら含みがあるんじゃないかとどうしても疑ってしまう。
いっそここで呉キリカに引き渡そうかしら?…いや、この二人を野放しにするのは危険よね。
「…むむ、さすがの私でも感謝よりも嫉妬が先立ちそうだよ」
「えーと、呉さん? その、私の事を慕ってくれるのは嬉しいんですけど…」
「そんな他人行儀な呼び方は止めてよ。もちろんさん付けも要らない」
「え、えっと…キリカ?」
「そうそれ! 君に名前を呼ばれた事で私の人生は始まった! さあ、今から私は君の手足であり心も捧げよう!」
「…さ、最近女の子同士って流行ってるのかしら?」
「何故それを私に振るの? そして意味ありげな流し目は止めてちょうだい」
「女の子同士? マミさん、それどういう意味?」
「きょ、杏子ちゃんは知らなくていい話だよ多分」
しかしまあ、呉キリカの美国織莉子への愛情は私のまどかへのそれと勝るとも劣らないというか…忠誠という意味では次元が違うのかも、などと思う。
それをよからぬ方に考えるマミから熱っぽい視線はとりあえず勘弁してほしい。変なところでお子ちゃまな杏子は分かってないみたいだけど、まどかがそれをフォローするあたり、彼女は意味を知っているんでしょう…まどかが興味があるかどうかは気になるところだわ。
「お茶のおかわりいる人ー」
「はい! ジャムを三杯に角砂糖三つ!」
「みゃー」
「え、エイミーが飲むと病気になるよ?」
「みゃうん…」
ゆまちゃんの呼びかけに反応したのは一人と一匹。そしてその一人はお茶というよりもシロップを注文していた。どんな舌をしてるのよ。
そしてまどかの膝でずっとゴロゴロしていたエイミーはまどかに止められ、再び眠り出した。元々まどかが名付け親だけあって、物凄い懐きようね…彼女の膝の上に乗ったまま離れようとはしない。
ちょっとだけ猫になりたかった。変な意味で捉えた人は職員室に来なさい。
「…それで、キリカ。私の為に何かしたいという事でいいのかしら?」
「もちのろんだよ! 私は織莉子と違って頭が良いわけでも無いし出来る事と言ったら多分魔女退治くらいしか無いけど、君がしろと言った事は出来るか否かじゃなくてやるさ!」
「…あの、気持ちは嬉しいのだけど…私は、今こうして暁美さんにお世話になっているだけでも十分で、特にしてほしい事とかは…」
「な、なんだってー!? それじゃあ私は要らない子なのかい!? もうだめだ、おしまいだぁ! さよなら私、短い人生だけど織莉子と出会えてよかった…がくっ」
「き、キリカー!?」
「どういうことだおい…こいつのソウルジェム真っ黒じゃねえか!」
「本当に面倒臭い人間ばかりね…」
「ほ、ほむらちゃん、早く助けてあげて!」
なんで私が…とは思ったのだけど、まどかの目の前で魔女化する人間を出したくはないし、何よりは彼女からのお願いだ。渋々私はグリーフシードを呉キリカのソウルジェムに当てた。
…なんというか、そりゃ確かに精神状態が強く反映するのは間違いないけど…あのやり取りで死にかけるなんて、前代未聞である。
逆に織莉子が必要としたら浄化できるんじゃないかしら…ある意味では、この子は戦力としては破格かもしれないわね。
(捨てゲー周回でそれが分かってもしょうがないかもだけど)
『え、まだ捨てゲーするつもりだったの?』と思っている人、私は初志貫徹する女よ。そこをお忘れなく。
「ほっといてくれよ恩人…どうせこれが濁ったからってなんにも」
「あるのよそれが。あなた、どんな現実にも立ち向かえる強さはある?」
「どうだろうねぇ…織莉子に捨てられた今、現実なんてクソゲーもいいところだよ…早く中古ショップに売りに行きたいくらいさ…」
「買い取りを行っていない悪徳業者に騙されたのが魔法少女ってやつよ…まあ冗談は置いといて、美国織莉子」
「は、はい?」
彼女の膝でうなされている呉キリカは置いといて、私はとりあえず美国織莉子に耳打ちをする。
予防線というか、最悪マミのように錯乱するなら止めを刺すつもりだけど…まどかの前でそれは控えたいもの。試しの意味も込めて、美国織莉子に言葉を促した。
「えーと、キリカ?」
「なんだい織莉子…葬式の時は泣いてくれると嬉しいよ…ははっ、捨てられた身分でいい気になりすぎたかな…」
「…私は、あなたに生きていてほしい。元気で居て欲しい。笑って―」
「もちろんだよ織莉子!」
がばっと起き上がり、美国織莉子の手を握る呉キリカ。浄化途中のソウルジェムが一気に回復したわ…魔法少女は常軌を覆す存在というのも嘘じゃないのかもしれないわね。
「あ、あと…何があっても絶望しないで欲しい、でしたっけ?」
(私を見ながら言わないでよ…これだと意図がバレバレに)
「当たり前じゃあないか、織莉子が生きろと言えば私は魔女に囲まれても死ねる気がしないよ!」
(バレてないし)
美国織莉子の不自然な棒読みでも呉キリカには効果てきめんだった。まあ、これなら彼女に危害が加わる事が分かれば変な事はしないでしょう…。
「もう何も怖くないよ!」
「呉さん、それは何だか危険な臭いがするわ!」
「あなたが言うのそれを」
呉キリカのなんだか危なっかしさが溢れる一言にマミがツッコむけど、彼女がツッコむと違和感が抜群なので、私もツッコむ三重奏となる。
「…まあいいわ。今から、魔法少女の真実を全て話すわ。しっかりと聞いてちょうだい」
「どんとこい!」
そして私は胸を張る呉キリカに、魔法少女の全てを伝える事にした―
「へぇ、なるほどね…まんまと白豚にしてやられたってわけかい」
私が全てを話終えると、呉キリカは特に変わった様子も見せず、ただ一言そう言っただけだった…。
「…呉さんは、それを聞いて何とも思わないの? 私たち、騙されていたようなものなのに…」
私だって暁美さんが居なかったら今頃、とマミは当初を思い出して複雑な顔をした。最近のテンションがアレだったせいか、そんな素振りをすると逆に不安になるわね…って、私も随分毒されている気がするわ…。
それは置いといて、実際にこの場に居る人間は魔法少女の真実を話している最中は、魔法少女でないまどかと美国織莉子ですら神妙な顔をして聞いていたっていうのに…あまりにも、リアクションが薄い。安定感に定評がある杏子だって多少は取り乱したのに、この女はほとんど調子が変わっていない。
「何がだい? 牛さんは不便に感じた事があるのかい?」
「と・も・え、マミよ! 牛なんて一言も合ってないじゃないの!?」
「おっと、失礼…なんだかそう呼ばれている気がしてしまってつい」
「そんなわけないじゃない!?」
(いい感してるとしか思えないけどね)
呉キリカとは意外と話が合うかもしれない…などと、私はとりあえず彼女が錯乱して暴れる心配はしなくなった。
「まあそれはいいとして、私は別に今の体を不便とは思わないなぁ。ソウルジェムはどうせ手放せないし、逆に言えばずっと持っていれば人間と変わらないわけだし…ああ、普通の人間よりは頑丈か。これさえ砕かれなければ実質的に無敵だろう?」
「…キリカは、強いのね」
「もっと褒めて」
さながらキュゥべえのように、利便性だけを口にして呉キリカは自分の意見をすらすらと並べ立てる。演技をしている風には見えなかった。美国織莉子に頭を撫でられて心底幸せそうだ。
…この子、何とかして戦力に引き込めないかしら…。
なんというか、美国織莉子が関わる点以外では全くブレる様子を見せない。それはある意味では強靭な精神を持っている事の裏付けでもあって…強がるけど精神的に不安定な美樹さやかとは正反対ね。
出来るなら、次週以降では手駒にしたいけど…ああ、美国織莉子以外の言う事は聞かないだろうから、捕らぬ狸なんとやら、かしらね。
「…すげえな。アタシだって割り切ったつもりだけどよ、あんたみたいにすっぱりと便利な体って思い込むのにもうちょっとかかったもんだけど」
「あんこちゃんもなかなかナイーブなんだね」
「きょうこだ! あんた、アタシらの自己紹介聞いてなかったろ!?」
「もちろん聞いてたさ。でも織莉子が側にいて織莉子の事ばかり考えていたからそれ以外にメモリが割けないんだよ…私の脳はシングルコアなんだ」
「わけわかんねえ!」
つまりは同時に一つの事しか実行できない、それでいて織莉子の事だけなら十分な容量があるという事ね。うん、ダメなパソコンだ。仲間にするなら必然的に織莉子を陥落させないといけないという事か…無理ね、これは。
「とにかく、織莉子に出会えたんだ。魔法少女がどうとかなんて、あれだ、些細だ」
「…色んな人の反応を見てきたけど、あなたほど淡泊だった人は初めてね。それに関しては敬意を表するわ」
「恩人、君も似たようなものに見えるけど? 愛ゆえに戦う、そんな匂いがするよ。だからこそ、私は公園で君に話しかける事にしたんだ。愛のかけらも無い人間だったら、織莉子を殺したと判断してそのまま葬っていただろうし」
「こ、怖い事言うね…ほむらちゃんが優しい人で良かったよ」
「その結論に落ち着くのは何だか腑に落ちないけど…まどか、ありがとう」
「愛だねぇ」
まどかの言葉は何と言うか、何故か素直に喜べなかったけど…まあ、悪く思われるよりはマシよね。というか呉キリカ、黙ってなさい。
「暁美さん私も私も! らぶ、みぃー、どぅー?」
「杏子、パス」
いつも通りマミが食い付いてきたので杏子に丸投げすると「酷い、酷いわ!」という声と「前のマミさんに戻ってよぉ…」という声が聞こえたけど聞き流した。
「ええっと…それで、キリカ。あなたはこれからどうするの?」
「質問を返すようで悪いけど、織莉子はどうするんだい?」
私は…と質問返しに織莉子は返答に詰まり、ちらりと私を見てきた。
いや、私を見られても…とは思ったけど「ほむらちゃん?」と隣に座るまどかが助け船を要求するように、見てきた。
くっ、まどかにこんな事をさせるなんて…美国織莉子、あなたはやはり私の敵だと言うの?
「…約束を忘れないなら、好きにすればいいと言ったはずよ」
でもまどかなのよね…私は譲歩せずにはいられない。
まどかはこの奇妙な同居人たちにも人見知りをする事無く、自然に会話に加わっている。クールに見えてコミュ障な私と違い、おどおどしている風に見えて順応が早いまどかは、私と真逆だ。
そこにしびれる、あこがれる。
「ありがとう、暁美さん…キリカ、私はもう少し暁美さんのお世話になるわ。暁美さんに信用してもらえた時、自分が生きられるようになった時…その時、どうするかを本当に決めようと思う」
「なるほど。よく分からないけど分かったよ」
(どっちなのよ)
まあ一応は美国織莉子もこのままだろうし、監視下における状況には変わらないという事よね。最悪ワルプルまでここに居れば良い訳で…まあなるようになるでしょう。
「恩人、そういうわけだ。織莉子共々世話になるよ」
「…共々? ちょっと待ちなさい」
なるようになると思った矢先に、不穏な言葉が呉キリカから口をついて、実に自然に出てくる。
「? 織莉子はここに居るんだろう? なら私もここ居るのは自然な流れさ。織莉子が居ればどこだって都だよ。むしろ全世界の首都とも言える場所だね」
「いや、何であなたがここに住む流れになっているの? あいにくうちには」
「そうよ呉さん! 私だってまだ居住権をもらってないのに、そんなにすぐに発行されるわけないじゃない!」
「あなたのも発行される事は無いから安心しなさい」
「暁美さんがいじめるぅぅぅ!」
「いつものマミさんに戻ってよぉぉぉ!」
「キョーコ、ゆまにはこれがマミおねえちゃんのいつもに見えるよ?」
相変わらず無駄に合いの手を入れてくるマミを一蹴すると杏子に泣きつき、杏子はそんな姿に悲痛な叫びを上げた。部屋が狭いだけあってうるさいのも倍増してるわ…。
「…とまあこのように、うるさいのもすでにたくさん居るのよ。これ以上住みつかれるのはね」
「えー、そんな事言われても織莉子の側に居ないと即刻私は安らかでない絶望に包まれて、恩人を呪う魔女になってしまうよ!」
「なによその脅し…そうなったら退治するまでで」
「あ、暁美さん!」
正直呉キリカに魔女になられても、私と杏子とマミが居れば十分打倒は可能だし、これ以上の面倒は…と思っていたら、美国織莉子は
「ちょ、美国織莉子…何のつもりよ」
「お願いします! キリカを、何とかして置いてあげて下さい!」
土下座をして、私に嘆願をした。
…この二人、土下座がそんなに好きなのかしら?
ここに呉キリカを連れてくる時よろしく、当時の光景を思い出す。
「織莉子!…お願いだ、恩人! 私を、ここに!」
「な、何よあなたまで」
「織莉子が私の為にここまでしてくれている! ならば私が頭を下げない理由は無い! いや、私が真っ先に下げるべきだった! 織莉子、君は頭を上げてくれ!」
「これは私のわがままなんです! 私は本当はお願いなんてできる立場じゃない…でも、諦めたくないんです! 私を織莉子と呼んでくれたのは、あれ以来キリカが初めてだったんです!」
(な、なんなのこいつら…ここまで面倒だったの…?)
私は唖然としていて、この二人の言葉の意味までは深く考えなかった。
美国織莉子を助けたのは本当に気まぐれで、暗殺を監視に切り替えただけ。
呉キリカをここに連れてきたのは、あのままだと人目に付き過ぎるからであって。
私の本意というわけじゃ…ない。全部、流された私が悪い?
そうだ、これ以上流されるわけには…!
「…ねえ、ほむらちゃん…」
「!」
ただ、流されたといっても、流された意思の根底は同じだった。
私を見つめるまどかの表情。とっても不安そう。
―あなたの中で私は、とても良い人なんでしょうね。だから、そのままで居てほしいのよね?
そう、まどかに優しいと言われてしまった。だから美国織莉子を殺せなかった。
まどかに案内してあげてと頼まれた。だから、呉キリカをここに連れてきた。
そして、今も同じだ。また、私の意思は簡単に流される。
私は、まどかの望む私でありたい…そんな脆弱な意思。
「…顔を上げなさい、二人とも」
「暁美さん…」
「恩人…」
顔を上げた二人の顔に、不安そうな表情。
ああ、もう…まどかを好き勝手しているつもりなのに、結局振り回されているのは、私なのかもしれない。
「…呉キリカ、一つだけ約束をしなさい」
「な、なんだい?」
「…美国織莉子を絶対に魔法少女にしないで。それが守れるなら、彼女の監視役代わりに置いてあげてもいい」
そもそも監視役は杏子で間に合っているんだけど…二人の土下座に呆気にとられている杏子たちは特にツッコんでこなかった。
「! も、もちろんさ! 白豚の燃料にされるのが分かった以上、愛する織莉子にそんな役目はさせないよ! 私の目が黒いうちは織莉子に近付こうものなら、八つ裂きならぬ十つ裂きだ!」
(どんな日本語よ、それ…)
私の条件に二つ返事で呉キリカは返事をし、顔を輝かせて織莉子に抱き付く。
「きゃっ!」
「織莉子、これからは私が君の監視役だ! 二十四時間君を見守る織莉子専用の監視カメラとは私の事だ!」
「…なあに、それ。ふふっ、学校にはちゃんと行くのよ…それと、暁美さん」
「…何よ」
まどかとのデートで疲れなんかなかったはずなのに、どっと肩が凝るような重みを感じて、私は心底げんなりしながら返事をした。
「…本当に、ありがとうございました。私は、きっとあなたの役に立てるように努力しますから」
「…そうしてちょうだい。期待せずに待っているわ…」
これでまた騒がしくなるわね…気楽な周回にするはずなのに、私は心底泣きたくなってきた。
「ほむらちゃん」
「なに、まど…かぁ!?」
「あー! 鹿目さん、ずるい!」
「マミさん、その反応は何か違う気がするけど!?」
疲れ切っていっそ不貞寝してやろうか、と思っていたら、まどかにぎゅっと抱き締められた…!?
柔らかくてわけがわからなくて、良い匂いでわけがわからなくて、気持ち良くてひたすら気持ち良かった。
頭の中がクリームヒルトしてグレートヒェンしてしまいそうな…ああもうわけがわからないくらい嬉しくなっていた。
「ほむらちゃん、お疲れ様。やっぱりほむらちゃんは優しいね」
「も、も、も、もちろんでひゅ!」
そのまま頭をなでなでされ、私は舌を噛みながら返事をする。「暁美さん、私も私も!」という声や「愛だねぇ」という声はどこか遠くの声のように感じた。
休み明け。
結局私とまどかのデートは叶わなかった…あの時抱きしめられただけで心底満足してしまったけど、改めて考えると…呉キリカへの怒りが沸々とこみ上げてくる。
ちなみに呉キリカは見滝原の三年らしいけど、今日は堂々とさぼりを宣言していた。
『織莉子にようやく会えたのに学校なんて行ってらんないよ。しばらくは自主休校さ。あ、もちろんキュゥべえ…あ、ここでは白豚だっけ?の見張りはちゃんとするよ!』
との事。
一応織莉子が学校に行くように促していたけど、まあ私としては白豚を追っ払ってくれる方が助かるのも事実。
(…ゆまちゃんに危害を加えないか、とも考えたけど…まあ彼女に何かあれば、杏子が激怒するだろうから心配要らないわよね)
ここまで他人を家に連れ込んでおいて今更…とは思うかもしれないけど、家探しされて困るほどの物は置いていないし、考えないようにしよう。
「ほむらちゃん、お待たせ! 行こっか?」
「ええ」
私はまどかと少しでも登校時間を長く過ごしたいので家で待ち構えていたのだけど、出てきた直後に私が居てもまどかはすっかり驚かなくなっていた。
「何と言うか、そんなに経ってないはずなのに、ほむらちゃんが側に居ない光景の方が珍しくなってきてるんだよね…」
「ふふ、嬉しい事を言ってくれるわね」
「…ほむらちゃんが喜ぶならそれでいいけど、他の人にしたらダメだよ…(間違いなく通報されるもんね…)」
こ、これは伝説のやきもち…!?
まさかまどかのヤンデレ化フラグ!?
今までにない未来に私の心は躍りっぱなしだ。おかげで心配事はもう無いのも同然
「あ、さやかちゃんだ」
…と思ってたけど、そう言えばそんな子も居たわね。
「はぁ~…」
(朝から辛気臭いわね)
まどかは美樹さやかや志筑さんと登校している都合上、出会うのは不思議では無いんだけど…せっかくの爽やかな気分を台無しにするような、いかにも『私は迷ってます』的なため息は止めてほしいわね。
「さやかちゃん、おはよう…何だか元気がないね」
「あ、まどか…と、うげっ、転校生…」
「うげっとは何ようげっとは。私はそんな苗字じゃないわよ。朝からしけた顔しないでちょうだい」
「誰のせいだと思ってんのさ…」
私の姿を認めるとさらに美樹さやかは不景気な顔をした。このままでは大恐慌が引き起こされてしまいそうな勢いね…しかも何故か私のせいのような口ぶりだし。
「はぁ…あんたが居なければ、今頃恭介は…でも、それじゃあたしが…ぶつぶつ」
「?」
(…えっとね、さやかちゃんはわりと魔法少女に乗り気だったんだけど、ほむらちゃんの忠告以来なりたいけどなれない状態になってるんじゃないかな…)
(なるほど)
美樹さやかの独り言のような愚痴に詳細を理解して首を傾げていると、まどかはひそひそと私に小声で教えてくれた。
というか、むしろそれには感謝されても文句を言われる筋合いはない。
―だって、他人の為に願って破滅していくなんて、苦手な相手とはいえ見ていて良い気分じゃないもの…。
心底美樹さやかの事はどうでもいいし、最悪まどかと私の邪魔をするなら始末も考えたくらいで…でもまあ、死ぬよりかは生きていてほしいというのも事実と言えなくもないようなそうでもないような。
ぶっちゃけ、美樹さやかが死ねばまどかが悲しむから…という部分が大きいのよね。
この際私の今までの、そして(あればだけど)これからの奇行は全部まどかのせいにしていこう。
そうでもしないと精神衛生上良くない気がするわね…。
「さやかちゃん、大丈夫? 何か嫌な事でもあったの?」
「別に…ちょっとだけ、恭介が…ね」
「あ…うん、ごめんね?」
なんであんたが謝るのさ、と美樹さやかは本気で心配しているまどかの顔を見て、ちょっとだけ笑顔を浮かべた。
ぐぬぬ、まどかのあんな顔を向けられるなんて…なんて贅沢なの美樹さやか!
私もこの周回だと良い目を見させてもらっているつもりだけど、まどか分の補充はいくらあっても足りない。まどか分は年中全量買い取り中だ。
(さやかちゃん、ちょっと上条君と色々あったみたい…)
(なるほむ)
またまどかが小声で話しかけてくる。何と言うか、私を頼りにしてくれているみたいで嬉しいわね。ひそひそと耳に当たるまどかの吐息がもう…たまらない。内心顔を整えるので必死だ。
「おはようございます、皆さん…あら、さやかさんだけ元気がありませんわね?」
「あ、仁美…おはよ。あたしなら大丈夫だからさ、ね?」
「そうですか…お話があったんですけど、元気が無いようなら後日にいたしますわ」
「そう? ごめんね」
むぅ、これは芳しくないわね。
美樹さやかが魔法少女になっていないのは良いとして、志筑さんがあの調子だと恒例のさやか負け犬コースに一直線だわ。
…でもまぁ、魔法少女になってないし、青春の苦い思い出程度で済むでしょう、ええ。
私がまどかに振られたら? そんなのさっさと次の周回に行くに決まってる。
「…ねえ、ほむらちゃん」
「何かしら…あっ」
くいっ、と制服の袖を掴まれてまどかに足を止められる。私たちの前を歩く負け犬と志筑さんは私たちが足を止めた事に気付かない。
というか足の止め方が可愛すぎて辛いです、はい。思わず声が出ちゃったじゃないの。
「ほむらちゃんの家に行ってつい忘れちゃったけど…私、相談したい事があったの覚えてる?」
「ああ、そうだったわね…ごめんなさいね、騒がしい家で」
そう、結局呉キリカも家に置くようになってから、まどかの来訪はただの歓談に終わってしまった。かく言う私もまどかに抱きしめられて有頂天になってしまい、その後の会話やゲームもノリノリで楽しんでしまっていた。
…とりあえず、美国織莉子にチェスで負けたのはとても悔しかった。私、そこそこ自信があったのに…あの女は常に選択肢を五つは用意していそうな先読みだったわ。
とまあ、そんな事があって、相談はうやむやになっていた。
「ううん、私も楽しかったから…それでね、今日の放課後はいいかな?」
「えっ、今日もデート?」
「…じゃあそれで…今日こそ相談、よろしくね?」
「(ツッコミが無いのって意外と辛い…)ええ、分かったわ」
この前を上回る真剣さに私は圧されてしまい、今日こそ真面目に相談に乗らなくちゃ、と意思を改めた。
放課後、私とまどかは二人でファーストフードのチェーン店に座っていた。お手ごろなお値段で食事が出来る、学生御用達の店だ。
「あのね、さやかちゃんの事なんだけど…」
「美樹さやかが、何?」
私に茶化されるのが嫌なのか、まどかは席に着いた早々に会話を切り出してきた。
私だってまどかが真剣ならちゃんと話を聞いているのに…いや、さすがにこの周回だと説得力が無いわね。
というか、このやり取りっていつぞやの周回でもしたような…。
(そうだ、あの時は美樹さやかが魔法少女になってからだから…一緒に戦ってくれっていう相談?)
いや、美樹さやかが魔法少女じゃない以上、そんな話は出ないはずだけど…正直、ループしててあらゆる事象を見てきたつもりだけど、見てない事に関しては私は、弱い。というか落ち着かない。おふざけで逃げられる空気じゃないし…こんな時に限って空気ブレイカーのマミも居ないし…。
「さやかちゃんの事も、ほむらちゃんは知ってるんだよね?」
「…親友のあなたよりも知っている自信は無いわね」
「ううん、そうじゃなくて…さやかちゃんのこれから、とか」
「…まどか?」
これから、というのはつまりは未来…と捉えるべきでしょうね。
(まさか、私が繰り返した事を知ってるの?…やっぱり、まどかに私の魔法を見せたのはまずかったかしら…)
とはいえ、あの時はそれが最善だったでしょうし…。
(そもそも捨てゲーなんだから悩む事なんてないでしょう、私)
でも、まどかを見ていると…やっぱり、いつもの悪癖というわけじゃないけど、割り切れないものがこみ上げてくる。もしも割り切ったとしたら、またおちゃらけた調子ではぐらかすなりすればいいのに…。
「あのね、ほむらちゃん」
ずいっ、と身を乗り出すように顔を近づけてくるまどか。
(ああ、その顔を止めてちょうだい…直視できないのに逃げれなくなる…)
とても真剣で、誰かの事を想っている時のまどかの顔。
こうなると、ダメだ。まどかの意思を最優先してしまう自分が居た。
「さやかちゃんの事…助けてあげて!」
「え、ちょ…」
まどかはそこで唐突に頭を下げた。お下げも一緒に揺れて可愛い…じゃなくて、美樹さやかを助けろって、どういう事なの…?
「ま、まどか、いきなりそんな事を言われても…何がなんやらさっぱりで」
「ほむらちゃんならこれからさやかちゃんがどうなるか分かると思うの…ううん、私でも分かるくらいだもん、誰でも分かるかもしれないけど」
「わ、私の話を…」
ダメだ、これは良くない。
いつものまどかの頑固モードだ。こうなるとワルプルギスが訪れてもまどかの進路は変えられない。私の話なんて聞いてくれない。
「…このままだと、きっとさやかちゃんの恋は実らないって、本当は予想が出来てるよね? それとも、知ってたとか?」
「な、何を根拠にそんな…私はしがない魔法少女よろしく魔法ニートほむら☆マギカでして…」
「違う、ほむらちゃんは無気力なんかじゃないもん。マミさんが死のうとしたら全力で止めるし、美国さんが思い詰めていたら助けてあげてたみたいだし…それに、杏子ちゃんとゆまちゃんだってほむらちゃんに感謝してる。ほむらちゃんはみんなを助けたいんだよね?」
「まどか、それは本当に勘違いなの…杏子とゆまちゃんは話し相手が欲しかっただけで、マミは…その…なるようになれ、と思ったらあんなのになってしまっただけで…美国織莉子に至っては、ちょっと監視しないといけないから連れてきてしまっただけで…」
「ほむらちゃん、私の目を見て。本当の事を話して。ほむらちゃんの事信じてるけど…今の言葉は信じられないの…」
「…ホワイ?」
おかしい、おかしすぎるわこの状況…。
私は今まで隠していた真意を伝えただけで、むしろまどかに軽蔑されてもおかしくないくらいなのに…なのに、どうしてまどかは頑なに信じてくれないの…それに直視できないのはそんな顔を見てると心臓病が再発してしまいそうになるだけで。
(真剣なまどかの顔やばい。可愛いのに凛々しくて、それでいて私を追い詰めるような何か…プレッシャーが鼓動を加速する…!)
…私、Mに目覚めそうかも。
「ほむらちゃんがこんなに困った人を的確に助けられるなんて、きっとその人の事をたくさん知ってるから出来ると思うの。どうして知っているのか私には分からないけど…でも、だからほむらちゃんには、さやかちゃんも助けてあげてもらいたくて、それで…」
「えぇー…私が美樹さやかをー…?」
いやまあ、魔法少女にならずに死にもしないならそれに越した事は無いとは考えたけど…意図的に助けるっていうのは…ねぇ?
「だからお願い! さやかちゃんの力になってあげて! 仁美ちゃんだって大切なお友達だけど…でも、私はさやかちゃんを応援してあげたいの!」
「まどか、志筑さんが上条恭介の事を好きなのを知っていたの?」
これは新発見というか…いや、やけにクールなまどかだと思っていたけど、もしかしてこの周回のまどかは聡いの?
クールで聡いまどか…これはレアまどね。写真もうちょっと増やそう。
「何となく、だけど…仁美ちゃん、さやかちゃんが上条君の事話すと、たまに複雑そうな顔してたから、まさかって…でもこの前ほむらちゃんと一緒に四人でお話しした時ね、確信しちゃったの。勘違いならそれでもいいけど、勘違いじゃなくてさやかちゃんが振られるのなんて、嫌なの!」
「お、落ち着いてまどか…」
まどかは一気に吐き出すように私に伝える。後になるほど語気が荒くなり、興奮しているのが分かる。
…というか、美樹さやかがこの危機感を少しでも感じ取っていれば全て解決なんだけどね…。
今はまどか自身の問題に見えるくらい、彼女は自分の事のように焦燥感で包まれている。
「あなたの話は分かったけど…でも、どうしてそこまで美樹さやかの事を? 言い方は悪いけど…過剰に恋の世話の焼くっていうのは、その…下世話になるかもしれないわよ?」
「…うん、ほむらちゃんの言う通りかもしれないよ…でもね、さやかちゃんは小さい頃から上条君を見てきたんだよ? それなのに、勇気が出せなかったからって誰かに取られるなんて…そんなのあんまりだよぉ…」
「え、あ、まどか、泣かないで? ほら、私は別に協力しないなんて言ってないし」
あ、しまった…私は馬鹿だ。
まどかに流されやすいのは知っていたけど、結局美樹さやかの面倒まで引き受けるつもり?
感極まったまどかは急に涙混じりに話出して、私は大慌て。それまで全く乗り気じゃなかったのに、まるで協力を承諾するような言葉が口を付いて出てしまった。
「…ほんと?」
(し、しまったァー! これは『ほむらちゃんの協力ゲットだぜ!』の流れだわ! どこでどう間違ったの私…)
「…ええ、もちろんよ…他ならぬまどかの、涙のお願いとあってはね…出来るだけの事はさせてもらうわ…うん…」
もちろんここで「そんなつもりで申したのではない(キリッ」と政治家みたいにはぐらかす選択肢も…いや、無いわね。
私のせいでまどかを泣かしてしまうのは…少なくともこの周回ではこりごりだ。
別の周回で涙目のまどかを後にして姿を消した後なんか、あまりの腹立たしさと悲しさにアスファルトの道路を殴りまくったもの。それでヒビ入れさせてしまい、挙句粉砕するまで止まらなかったせいで、一時通行止めの道路を作ったのは私です。ごめんなさい。
「よかったよぉ…ほむらちゃん、本当にありがとう。ほむらちゃんは私の最高のお友達だったんだね…ウェヘヘ」
「ええ、そうよ…ところで、まどか」
「ん?」
友達と言われて嬉しかったけど、それどころじゃない。
私は協力すると言った以上、出来るだけの事は本当にするつもりだ。
ただ、そうするにしても、今回はあまりにも…。
「美樹さやかと上条恭介をくっつけるのって、どうすればいいの? 私、まともな恋愛経験なんて皆無で、むしろそういうの考えるの苦手なんだけど…」
そう、自慢じゃないけど、私は恋愛沙汰には皆無だ。
魔法少女になる前は女の子相手すら仲良く出来ず、異性の縁なんてあるはずない。
魔法少女になってからは…まどかの為に繰り返すので精いっぱいだ。男子を見ている暇なんて微塵も無い。
「…え? ほむらちゃんってすごくクールで美人さんだから、今まで告白したりされたりとか…(そりゃ話すとちょっとアレかもしれないけど…)」
「美人って言ってくれるのは嬉しいけど、全然ね…恋愛なんてアニメや漫画、小説くらいでしか触れてないわ。まどかは?」
「わ、私は男の子って苦手で…パパとたっくんは平気なんだけど」
男は苦手? それは朗報だわ…。
まあそれは私にとって有益な情報ではあるけど、美樹さやかの恋愛を成就するのには使えないわけで…。
「…ねえ、まどか。私たちだけじゃ、この問題を解決できないんじゃないかしら…やっぱり諦めた方が」
「だ、ダメだよそんなの! だってさやかちゃん、このままじゃ魔法少女になってやさぐれている上条君の怪我を治しちゃいそうな勢いだもん! それだと『あたしはもう人間じゃないから恋なんてやめるぞー! まどまどー!』とか強がって大変な事になりそうだよ!?」
「…まどか、もしかして私よりもあなたの方が美樹さやかがどうなるかについて詳しいんじゃないかしら…上条恭介がやさぐれているのなんて、私は初耳なんだけど…」
「さやかちゃんが元気が無くて上条君が関係しているのなんて、どうせ上条君に八つ当たりされた時くらいだもん! 仲直りした翌日なんかすぐにデレデレしてるし!」
「…それは、察するわ」
恐らく美樹さやかの事だから、仲直り直後なんかのろけ話のようにまどかに聞かせているに違いないわね…どこまで愚かで単純なの、美樹さやか。
「…だとしたら、まずはさやかちゃんを魔法少女にしないのが先決、かなあ」
(私みたいな事を言い出した…それが出来れば苦労はしないのに…)
魔法少女阻止の先輩として言わせてもらうなら、美樹さやかは特に厄介な物件というか、とにかく面倒臭い。今だって契約してるんじゃないかとひやひやしてるくらいだわ。
「それだと、さやかちゃんがならなくてもいいようにするしかないかなぁ?」
「でも、上条恭介の怪我は現代の医学では無理なんでしょう? クローン技術だって実用化までにどれくらいかかるか分からないし…」
「…やっぱり奇跡や魔法でも無いとダメなのかな…」
「まどか、残念だけど魔法はあっても奇跡というのは相応の絶望が」
「あっけみさーーーん!」
するとあとちょっと早く来てほしかった空気ブレイカーの声が聞こえ、今となっては役立たないただの乳牛が私たちの席に突撃してくる。
「ちょっと暁美さん、今日も鹿目さんとデート!? 私には放課後も用事があるって言っておいて…何で内容を伏せるのよ! やましい事でもあるの!? 不潔だわ!」
そして第一声がこれである。
お馴染みになりつつあるパターンとは言え…飽きもせずに続けられるわね、この人。冷ややかな目で見る私と違い、優しいまどかは唖然としつつも声をかけた。
「ま、マミさん…あの、一応ここ、お店の中…」
「鹿目さん、あなたもあなたよ! 暁美さんに最優先で相手をしてもらっているのに、放課後まで独占するなんて…暁美さんはわたs、いえみんなのものよ!?」
しかも何言ってんだこの人。
みんなのものってどういう事よ…まさか私はアパートの人間たちの共有アイテムか何かと思っているのかしら。
「人をモノ扱いしないでちょうだい…大体、何の用よ?」
「え、暁美さんを探して街をフラフラしてたから…迷惑だった?」
何急に不安そうな顔をするのよ…大体この空気で「迷惑だった?」とかむしろ迷惑以外の何物でも…。
…待てよ? そう言えば、確か。
「マミ、あなたの魔法って確かリボンが本体だったかしら?」
「攻撃は銃でしてるけど、初めはリボンしか無かったわ。リボンというより、私の魔法は『繋ぐ』魔法らしいけど…」
そうだ、まだ一緒に戦っていた頃…私はそんな話をこの人から聞いた事がある。
…あの時の面影は全然ないけどね、お互い…。
「…マミ、あなたを待っていたわ!」
「!?…そそそ、そんな、いきなり!? 暁美さん、わた、私、そういうのはもうちょっとロマンチックなところでごにょごにょ!」
もうマミに余計なツッコミは無用だ。まどかと約束した以上、出来る事をする。それに、私の為にもなる事だ。
「まどか、もしかしたら何とかなるかもしれないわ!」
「そうなの!? もしかして…急に来て妄想一直線のマミさんがカギだったり?」
「ご名答よ…マミ、行くわよ」
「ど、どこに!? そ、そりゃ私の家は一人暮らしだけど、準備ってものが!?」
「病院に決まってるわ」
「………え?」
妄想ばかりしていたマミに現実を突きつけると、急に凍り付いて動かなくなったので、そのまま連行する事にした。
そう、どうしてもっと早く思いつかなかったんだろう、という事を今から試しに行く。
次週以降にも役立つデータになるかもしれない…そう思うと私は急に乗り気になっていた。
続く!
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ほむら「捨てゲーするわ」第四話 (http://www.tinami.com/view/541699 ) の続きです。
おりキリの絡みをまとも(?)に書いたの始めてかも!
毎度の事ですが一部にキャラ崩壊や設定無視が発生している可能性があります。でもそれは見逃してもらえたらって。