~愛紗~
「……」
私は用意された天幕に入ってからもずっと考えていた。
あの……姜元と名乗る男の事を。
初めは生存者が居た事を素直に喜んだ。
激しい炎に包まれた邑に到着した時には、そのあまりの惨状に絶望的だと思っていたのだから。
だからこそ、そのような状況で誰かを庇うように必死に戦っている人物を見た時には、不謹慎な事だが、心が踊るような思いだった。
そう、私は喜んでいたのだ。無事に生きていてくれた者が居たという事実と、誰かを守る為にたった一人で千を超える賊と戦う気骨のある者に出逢えたという偶然に。
だが、逸る私の気持ちとは裏腹に、彼が――姜元殿が戦う姿は、私が思う程の物では無かった。
あれだけの怪我をした状態で武器を手放さなかった事には感嘆したのだが、戦う姜元殿の姿に軽く失望さえしていた。
今思えば随分と失礼な話だ。
あのような状況で勝手に期待しておいて、期待外れだと判ったら勝手に失望していたのだから。
もしかしたら私は心の何処かで願っていたのかも知れない。桃香さまの理想に共感し、共に戦ってくれる者との出逢いを。
今の我等はまだ弱い。これから先を生き残る為には少しでも力ある者が必要なのだ。
それ故に、妹を守りながら戦う姜元殿の姿を見て過剰に期待してしまったのだろう。
期待を裏切られたような気分にはさせられたが、彼等が無事であった事を嬉しく思った事に嘘は無い。
私は気持ちを切り替え、二人を助ける事に集中しよう……そう思った矢先に思いもよらぬ出来事が起こった。
姜元殿に振り下ろされる刃。
私の予想では避けきれずに受け止めるだろうと思っていた。
だが彼は身体を半身にするだけであっさりとその刃を紙一重で避ける。
前髪を掠める程のギリギリで絶妙な回避。それは、完璧な見切りを持ってしなければとても出来ないような芸当だった。
その直後に放たれる鋭い蹴りと斬撃。
流れるようなその連撃に、私は呆気に取られた。
正直に言えば、姜元殿が強いとは全く思えなかったのだ。
体格や武器を見て少しは戦えるだろうと思える程度だ。
そのような人物から繰り出されるあまりにも鮮やかで鋭すぎる攻撃。
そして賊を斬り捨てた時の、あの恐ろしく冷たい瞳。
よもや悪人かと思いきや、私に対して掛けてきた思い遣りのある言葉。
判らない……あの男の事が。
「……ちゃん……愛紗ちゃん?」
誰かの声で思考に落ちていた私の意識が無理矢理に現実に引き戻される。
見れば桃香さまがすぐ傍で心配そうに此方を見ていた。
「……え?あっ、な、何でしょうか、桃香さま?」
「何でしょうか、じゃないよ。さっきからずっと話し掛けてたんだよ?」
全く気が付かなかった。
どうやら随分と深く考え込んでいたようだ。
「す、すみません……少し考え事をしていましたので。」
「あっ、もしかしてあの姜元さんって人の事?」
「はい。色々と気になる事がありまして……」
「それなら私も気になるかも!私を助けてくれた時も何だか凄かったよね?
こう、おっきな剣がドッカーンって……」
桃香さまは興奮した面持ちで身振り手振りで語り始める。
それを眺めながら私もその時の事を思い出していた。
屍の下に隠れた賊を姜元殿はあの大きな剣を投げ付けて倒し、桃香さまを危機から救った事だ。
あの時は桃香さまの身を案じるばかりで気にはしなかったのだが、良く思い返してみればあれも何処かおかしい。
姜元殿と私は並んで立っていたのだ。当然、姜元殿が桃香さまを見ていた時には私も同じように桃香さまを見ていた。
だが、賊に気付いたのは彼だけだった。
私でさえ全く気付けなかったというのに、何故姜元殿はあの賊に気が付けたのだろうか。
それだけではない。
極めつけはあの大きな剣だ。
私は最初、軽い気持ちであの剣を持とうとしていた。何せあれだけの怪我をしていても持っていられた物だ。
それに姜元殿が強そうに見えなかったというのも理由の一つだろう。
だからこそ、剣の柄を持ち腕に力を入れた瞬間……私は言葉を失った。
幾ら気が緩んでいたからとはいえ、全く動かなかったのだ。
理解出来なかった。
純粋な力では確かに私は鈴々等に比べれば弱いだろう。
だがそれは我等のような真の武人と呼ばれる者達の中では、だ。普通の将等とは比べるべくもないほどに力の差がある。
それだけ我等のような武人は自身の武に誇りを持ち日々鍛錬に励んでおり、それ相応の気配や雰囲気を持っている物だ。
それらは普通隠せる物ではなく、戦いの場に出れば必ず何かしらの片鱗を見せる。
だが姜元殿からはそれが感じられなかった。
故に、直接戦うその姿を見た時に失望してしまった。
そう……彼からは全く武が感じられないのだ。
武の才が全く見受けられないと言い換えてもいいかも知れない。
そう思えるほどに、他の武人から感じ取れる筈のモノが姜元殿には存在しなかった。
驚愕に身体が震える。今までにこのような事は一度もなかったのだ。私はそれなりに修羅場は潜ってきていたし、経験も積んできた。
だからこそ、ある程度ならば戦わずとも対峙した相手の力量ぐらいは判る。だがそれが全く通用しない相手が現れた。これが驚かずにいられるだろうか?
もしも姜元殿が敵として私の前に立っていたら、私は彼の力を見誤り敗れていたかも知れない……
私は震える腕に更に力を込めて剣を引き抜こうとした。
この剣を持てば彼の事が判るかも知れないと思ったから。
けれど少しずつ力を強めて行っても剣が抜ける兆候はない。
身体の震えが大きくなり動揺に染まって行く心。乱れた心のせいで腕に力が入らず、もどかしさに苛立ちを覚える。
必死に表情には出さないように注意をしながら、ならば全力でと思ったところで姜元殿に声を掛けられてしまい私は仕方なく場所を譲るしかなかった。
そして姜元殿は大した力を込めた様子もなくあっさりと剣を引き抜いてしまう。
その光景を信じられず、私は呆然と姜元殿を見る事しか出来なかった。
最早混乱の極みに達していた私に何か勘違いでもしたのか、
彼は私に気を遣い感謝の言葉を述べてから今まで黙って此方を心配そうに見ていた妹の居る場所に向かって行った。
それから暫くの間、私はただ姜元殿の背を眺める事しか出来ないでいた。
あの大きな剣はどれほどの重さなのか。
姜元殿はどれだけの強さを持っているのだろうか。
……知りたい、彼は一体何者なのかを。
「……もう、愛紗ちゃんってば!」
「は、はい!?」
またもや考え事に耽っていたようだ。
流石に桃香さまも僅かに不機嫌そうになさっていたが、すぐに心配そうな表情に変わる。
「さっきからぼーっとしてばっかりだけど、本当に大丈夫?
何だかいつもの愛紗ちゃんらしくないし……もしかして、具合でも悪いの?」
「そのような御心配などなさらずとも、私なら大丈夫です。」
「むぅ~、本当かなぁ……」
「そんなに私は信用出来ませんか?」
「そういう訳じゃないんだけど……あっ!
ねねね、愛紗ちゃん。もしかしてまた姜元さんの事を考えてたの?」
歯切れの悪い返事をしていた桃香さまだったが、突然何かに気付いたように声を上げると何やら楽しそうな笑みを浮かべて此方に迫ってくる。
何故だか嫌な予感がするのは気のせいだろうか……
「は、はい。まだ確証がありませんのでお話するほどの事ではありませんが、やはり気になるというか……」
「そっかぁ……うん、そうだよね。」
桃香さまは何か納得したように一人でうんうんと頷いている。
私は意味が判らずに首を傾げた。
「あの……桃香さま?何を頷いているのですか?」
もしや私と同じ結論に達したというのだろうか?だとしたら流石は桃香さまだ、正しく我等の主に相応しい!
私が桃香さまに対する忠誠心を一層深め感動に我が身を震わせていた時、不意に顔を上げた桃香さまが物凄い剣幕で私の肩を両手で掴んできた。
「……へ?あ、あの、桃香さま?」
「何も言わなくて良いよ、愛紗ちゃん。姜元さんって結構カッコイイもんね!
愛紗ちゃんが気になるのも分かるよ!」
「そうで……って、ええっ!?ちょっ、桃香さま、急に何を言い出すのですか!」
危なくつい頷きそうになってしまった。いや、それよりもいきなり何て事を言い出すのであろうか。
流石にこれは黙っていられないと思い私は慌てて桃香さまを諌める。
「またまた~、別に私には隠さなくても良いんだよ?姜元さんに会ってから愛紗ちゃんの様子が変だったのは判ってるんだから!
それに、私もちょっと良いなぁ、って思ってたし……」
「お、落ち着いて下さい桃香さま!姜元殿とは初対面で、しかもほんの少し話をしただけなのですよ!?」
「私は落ち着いてるよ。
それにね、最初は怖い人なのかなって思ってたんだけど、少し話をしてみたらすぐにそうじゃないって解ったの。
しかもあんな状況で自分の事よりも他の人の心配が出来る人なんだよ?」
だが、桃香さまの眼差しは真剣そのものだった。
それに言っている事は私にも判る。
「そ、それはそうかも知れませんが……」
「愛紗ちゃんは姜元さんの事をどう思ってるの?」
「私は……」
桃香さまに言われて少しだけ考えてみた。流石に好意を抱いている訳ではないが、姜元殿は私よりも背が高く、顔も整っていると思う。
何処か陰のある雰囲気が気になるが、寧ろそれが彼の魅力をより引き立たせているのではないかとさえ思えてしまう何とも不思議な男だ。
そこまで考えてからふと、自分が姜元殿に懇意している姿を想像してしまった。
あまりの似合わなさと恥ずかしさに顔が真っ赤になっていくのが判る。
「う、うぅ……」
「あはは、愛紗ちゃん照れて真っ赤になってる♪やっぱり姜元さんの事気にしてるんだぁ……
何だか妬けちゃうな。」
「あっ、ち、違っ……こ、これはそういうのではなくてですね……って、
そんな事よりもこのような場所で変な話をしないで下さい!もし誰かに聞かれて誤解でもされたら――」
「……何と言うかだな、その……すまん。」
「……え?」
不意に何処かから声を掛けられた。その出処を探すと、桃香さまの背後にある天幕の入り口でとても困ったような表情を浮かべた姜元殿が居心地悪そうに立っている姿が見えた。
その隣では妹の姜維が凄まじい殺気を孕んだ瞳で私を睨んでいる。
視線で人を殺すとはこういうのを言うのではないだろうか?いやいや、そんな事を考えている場合ではない!
(ば、馬鹿な!?全く気配を感じなかったというのに……はっ!も、もしやこの二人は五胡の妖術使いなのでは!?)
「はわわ、ご、ごめんなさい!」
「あわわ、わ、私達も聞いてしまいました……」
「なっ……!?」
姜元殿の隣から二人の小さな軍師、朱里と雛里が申し訳なさそうに顔を出した。
これにも全く気が付かなかった。
……つまり、私はそれだけ動揺していたという事か。
「い、いつから居たんですか!?」
「あ~、少し前からだな。別に盗み聞きするつもりはなかったんだが……
この二人――諸葛亮と鳳統に案内を頼み此処に着いたら偶然話が聞こえてしまった。」
「兄さん、それって庇ってるつもりなんですか?完全に逆効果ですよ。」
「そうなのか?……というよりも何をそんなに怒っているんだ?」
「何でもありません!」
「あ、あはは……」
目の前の会話は私の耳には全く入って来なかった。頭の中が真っ白になったかのようで何も考えられない。
だがこれだけは判る。何か言わなければ、このままでは誤解されてしまうのだと。
「こ、これは違うのだ!!そ、そう、桃香さまの勘違いというか、誤解なのであってだな!
皆が思うような事は、その……」
必死に釈明するが、あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。
もしこの場に鈴々まで居たら私は立ち直れなかったかも知れない。
私は考えの纏まらない頭で必死に皆に事情の説明を始めた。
皆の会話が進んで行く。
それを私は一人ぼーっと眺めていた。
先程は少し……いや、かなり取り乱してしまった。
私とした事が、きちんと釈明するつもりが動揺してしまい、ま、まさかあのような事になってしまうとは……
思い返すのも憚られるほどの事をやらかしてしまった。
出来ればもう二度と思い出したくはない。
天幕の隅で自責の念に囚われている私に気を遣ってか、誰も目を合わせてはくれなかった。
どうやら先程の事は皆の中で無かった事にされたようだ。
失ったモノは大きかったが、それをどうこう言えば話が拗れるのは目に見えている。此処は素直に流れに乗った方が良い。
私はそう自分に言い聞かせて、無理矢理にでも納得する事にした。
「……ごめんなさい。他に生存者の方は、居ませんでした。」
「そうか……いや、其方が気に病む必要はない。わざわざすまなかったな。」
皆は既に簡単な自己紹介を済ませたらしく、今は現在の状況を話し合っていた。
「あの……怪我は大丈夫ですか?」
「ん?ああ、右手はあまり動かないがおそらく問題はないだろう。他は大した怪我ではない。
心配されるほどの事じゃないさ。」
「うぅ……それでも心配なんですけど、判りました。
朱里ちゃん、逃げ出した賊の人達はどうなってるの?」
「今は鈴々ちゃんが義勇兵を率いて追撃に出ています。
敗走した賊の数自体はそれほど多くはなかったので問題が無ければそろそろ戻ってくると思いますけど……」
「そっかぁ……それじゃあ鈴々ちゃんが戻ってくるまでは待機だね。
朱里ちゃんも雛里ちゃんも、本当にお疲れ様。」
「「あ、ありがとうございましゅ!」」
「はわわ!」
「あわわ!」
朱里と雛里は揃って噛んでしまい、はわあわと慌てている。
そんな二人の姿に微かに張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいくのを感じた。
「あ、あの……」
皆が一様に肩の力を抜き身体を休めていた時、今までビクビクとしながらも興味深げに姜元殿を見ていた雛里が彼に話し掛けた。
「……何だ?」
「ひっ!?ご、ごめんなさいぃ……」
姜元殿の低く無愛想な声に驚いた雛里はガタガタと怯えて帽子で顔を隠してしまう。
「兄さん、鳳統さんが怖がってるじゃないですか。」
「いや、俺は怖がらせるような事は何もしていないんだが……何か用か?」
姜維の諌めるような言葉に困り果てながらも優しく雛里に声をかけようとしている姜元殿に苦笑が漏れる。
そんな姜元殿の姿に少しは安心したのか、雛里はおどおどしながらも再び話し始めた。
「せ、背中のその剣って重くないんですか……?」
雛里の言葉に私は反応する。それは私が何より気にしていた事だ。
流石は雛里、実に的確な質問をしてくれる。
「ん、これの事か。今は特に重いと感じはしないな。
流石に初めて持った時には満足に持ち上げられなかったが。」
「それだけ大きな剣は初めて見ました。なんだか凄いでしゅ……」
雛里から見れば余計に大きく感じるのだろうから仕方ないが、何やら凄く感動しているようだ。
鈴々の蛇矛の方が長大だとは思うが、剣と限定するならば確かに見た事がない。
とりあえず聞きたい事は聞けたのだが、もう少し詳しく知りたい。
先程の言葉が本当ならば……
「へぇ~……ねえねえ、姜元さん。
そのおっきな剣、ちょっと見せて貰っても良いですか?」
もういっその事彼に直接聞いてしまおうかと思っていた時、興味深々といった様子で姜元殿の剣を眺めていた桃香さまがとんでもない事を言い出した。
「それは構わないが……別に珍しい物という訳ではないぞ?」
「大丈夫です!実は助けて貰った時から気になってたんですよ。」
「そうなのか?まあ良い、ほら。」
「ちょっ、それはダメです兄さん!」
「危険です、桃香さま!」
事態に気付いた姜維と私は同時に叫ぶ。だが声を掛けるのが僅かに遅かった。
姜元殿は背中に背負っていた剣の留め金を外して、鞘ごと桃香さまに渡してしまったのだ。
「わぁ~、ありがとうございまひゃう!?」
ニコニコとお礼を言いながら受け取ろうとした桃香さまが、言葉の途中で手渡された剣と共に一瞬で前のめりに落ちる。
大きな音を立てて剣が落ち、私は急いで桃香さまに駆け寄った。
「……へ?な、何?何が起きたの?」
凄い音がしていたが、どうやら怪我はしていないようだ。
それにホッと胸を撫で下ろし、状況が判らずに呆然としている桃香さまの傍に屈み込む。
それを姜元殿は剣を手渡した格好のまま驚きの表情を浮かべ固まっていた。
「兄さん!あれほど危ないから他の人に武器を渡したらダメだって言ったじゃないですか!」
「いや、あの時は一般人には渡すなとの話だった筈。
彼女は仮にも軍を率いる者だ。問題は無いと思ったんだが……」
困惑した表情で姜元殿は姜維に説教されている。
彼とはまだ知り合ったばかりで詳しい事は何も知らないが、今の反応で判ってしまった。
彼は本気でこの状況が理解出来ていないのだと。本当に桃香さまなら大丈夫だろうと思い、武器を渡したのだ。
これは鈍いと言えるのだろうか?
それとも人を見る目が無いか、考えが足りないのか……
寧ろ恐ろしいほどに謙虚なのかも知れない。
「あれ?何で私はこんな地面に這うような格好になってるの?
確か姜元さんから剣を手渡されて、えっと、それから……
わわっ、もしかして落としちゃったのかな!?ご、ごめんなさい!!」
桃香さまは目をしぱしぱさせながら状況を確認していくと、やっと思い出したのか大きな声で姜元殿に謝り目の前に落ちた剣に手を伸ばした。
「むぅ~……な、何これ!?重くてちょっとしか持ち上がらないよぉ!」
桃香さまは顔を真っ赤にさせて必死に持ち上げようとしているみたいだが、僅かに刀身が浮くだけで全く持ち上げられなかった。
その光景に漸く自身の疑問が解消すると逸る気持ちを無理矢理に抑え、私は出来る限り冷静に桃香さまに声を掛けた。
「と、桃香さま。此処は私の任せては貰えませんか?」
「うん、お願い……はふぅ~、何だかすっごく疲れたよぉ……」
「では……失礼。」
深呼吸をしてから、ゆっくりと柄に手を掛ける。
そのまま見極めるように少しずつ力を掛けていき、自身の半分以上の力でやっと刀身が持ち上がった。
隣で桃香さまから歓声が上がるが、私にはそれを聞いている余裕は無かった。想像していたよりも遥かに重かったからだ。
これを軽々振り回せるのだとしたら、力では間違いなく鈴々よりも上だろう。
持ち上げた剣を更に視線の高さまで持っていく。この時点で既に全力に近い力を使っている。
何とか振る事ぐらいは出来そうだが、武器の重量に足が支えきれず身体が流れてしまって満足に扱う事は出来ないだろう。
出来る限り冷静に把握していたつもりではあったが、やはり衝撃が大きい。
何せ目の前の相手からは未だに武の欠片すらも見い出せはしないのだから。
私は動揺を隠し姜維に説教をされ続けている姜元殿の横に剣を置きながら考える。
もし彼が私や鈴々と同等の強さを持っていたら、と。
妹を守る為に一人賊に立ち向かう姿は桃香さまに通じるモノがある。
まだこの男を完全に信用する事は出来ないが、もしも我等に力を貸してくれたら……
私は心の中で密かにそう願っていた。
桃香さまは私が剣を持ち上げた事を大喜びしてくれている。だが私はそれに応えながら全く別の事を考えていた。
実は先程の一連の流れで気になった事があったからだ。
私が姜元殿の剣を持った事で、密かに表情が変わった者が居た。
先ずは朱里と雛里だ。
先程の桃香さまの様子からこの剣の尋常ではない重さに気付き、私の表情から姜元殿の異常さに感づいたのだろう。
表情を軍師の物に変え険しい瞳を姜元殿に向けている。当の本人は私が剣を持てた事がさも当然であるかのように頷いていたが。
そして次は、姜元殿の妹である姜維だ。
彼女はずっと姜元殿の説教を続けていたが、剣を持ち上げた瞬間に感じた一瞬の視線を、私は見逃さなかった。
まるで心を見透かすような、何かを探るような視線だった。
一体何が目的だったのか、それは判らないが……妙に背筋が凍るような瞳であったのを覚えている。
尤も、気になる事は多いが彼女はまだ少女だ。おそらく警戒しているのであろう。
この若さで領主をやっていたというのだから意外と強かなところもあるのかも知れない。
そもそもあのような出来事があった直後であり、我等は初対面なのだから仕方のない事でもある。
何にせよ、この兄妹が普通ではないという事だけは判った。今はこれで満足するしかない。
「ほら、彼女は持ち上げられただろう?」
「だから兄さん、これが普通だみたいな言い方は止めて貰えませんか?
そもそもどうして普通だなんて思うんです、何でそんなに頑固なんですか?」
「何故って……俺は普通に鍛錬をしていたら扱えるようになった。
なら慣れれば誰でも出来るに決まっているだろう。」
「出来る訳ないじゃないですか!!」
「む……」
二人のやり取りについ苦笑が漏れてしまう。鈴々が戻ってくるまではこの兄妹喧嘩を眺めているのも悪くない。
先程の視線は気に掛かるが、今は随分と微笑ましい物だ。
目の前で繰り広げられる光景に、私は桃香さまと二人でクスクスと笑い合いながら眺めていた。
あとがき
どうも、月影です。
段々前書きがはっちゃけてきました。実はああいうの考えるのが大好きなんです。センスがあるかどうかはともかくとして……
蛇足のような気がしますが、問題が無ければ今後の伏線からどうでもいい小ネタも交えて書いて行きたいと思ってます。
他に前書きって何書けば良いか判らないですし;
色々考えた挙句に原作キャラはこんな感じになりました。あまりキャラ崩壊していない事を祈るばかりです。
途中考えすぎて愛紗さんが天元突破したりもしましたが、漸く落ち着いてくれました。
それから一つお知らせが……只今仕事がとても忙しくなってしまい、更新頻度が落ちてしまうと思われます;
この小説を読んで下さっている皆様には大変申し訳ないのですが、少しでも早く投稿出来るように頑張りますので今後もどうかよろしくお願いします。
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私は迷う。
それは何に対して?
私は悩む。
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