――最初に蓮に声をかけたのは俺だった。
「俺、松戸朋久。トモって呼んでね」
「あ、うん。よろしく」
後ろの席に着いた蓮にそう声をかけると、ホッとしたように顔を綻ばせた。
小学四年の春――ゴールデンウイーク明け転校してきた時の蓮は、左目の泣きぼくろが印象的な、にこやかな笑顔の愛想のいいヤツだった。
印象通り、明るく人懐っこい性格の蓮はすぐにクラスに馴染んでいった。
「トモ君、昨日ゲーム買ったんだけど、うち来ない?」
「マジで?やるやるー!」
中でも席が近かったことと、引っ越してきた家も割と近所だった事で、俺と蓮は特に仲良くなった。
どうやら父親がいないらしい蓮の家は、母親が遅くまで働いているとかで、寂しいからと俺はよく家に誘われた。
そんな蓮の家庭の事情を俺の母親が知ると、世話好きの母親は積極的に蓮を家に呼び、夕飯を一緒に取らせたり、泊まらせたりするようになった。
蓮の家庭の事情など「大変なんだな」程度くらいの認識しかなかった当時の俺は、最新ゲームで遊べたり、ご飯を食べたりずっと一緒にいられる事が嬉しかったし、楽しかった。
そんな毎日で、ほとんど俺らは一緒にいた。
「小木っちゃんは来るかなー」
「あーどうかな。天気いいし、サッカーしに行っちゃうんじゃん?」
小木っちゃんとは、俺のオムツの頃からの親友・小木津隼人の事で、俺を通じて蓮も隼人と仲良くなった。だから俺を家に誘う時、蓮はいつも隼人の事を気にした。
「親友」として紹介したからか、隼人抜きで二人だけで仲良く遊ぶのは気が咎めたのかもしれない。
しかし、ジュニアのサッカーチームに入っているほどサッカー好きの隼人は、天気がいい日はほとんどグラウンドでサッカーをしている。
スポーツマンタイプの隼人とは真逆で、俺は運動は嫌いじゃないけど、どっちかというとゲームで遊んでいたいタイプ。
兄弟のように過ごしてきたら、誰よりも気が合う親友だけれど、天気のいい日に一緒に遊ぶことはあまりなかった。
「そっかぁ。じゃぁトモ君、帰ろう」
「おう」
だから蓮のような友達が出来て俺は嬉しかった。
蓮は隼人とも一緒に遊びたがったようだが、三人だけで遊ぶことはあまりなかった。
それでも、たまに一緒に混じってサッカーをしたり、隼人が試合の日には一緒に見に行ったりしているうちに、三人はどんどん仲良くなった。
毎日本当に楽しかった。
蓮とゲームをしたり、隼人も混じって三人で一緒に馬鹿騒ぎしたり、年に数回はお互いの家に泊まりに行ったり――。
その関係が――決定的に蓮が変わったのは、中学に入った時だった。
「お! 早瀬、俺ら一緒のクラスじゃん」
一年の時、偶然同じクラスになった蓮と隼人。しかし掲示されているクラス表を見て喜ぶ隼人とは対象的に、蓮は浮かない顔をしていた。
「いいなぁ。俺一人のけ者かぁー」
「……俺はお前の方が羨ましいけど」
そして、そう面白くなさそうに一言呟くと、蓮は一人でさっさと教室に向かって行った。
笑顔もなくそう言って去っていった蓮の背中を見ながら、その場に残された俺と隼人はしばらく呆気に取られていた。
「今のってさ。あれだよね。蓮、俺らと別のクラスだった方がよかったって意味だよね」
「……早瀬さ、なんかあったのか? ちょっと前からなんかおかしかった気がしてたけど。トモ、お前なんか聞いてる?」
一方的に決別宣言とも取れる台詞をぶつけていった蓮に、隼人が不満そうに言った。
「ううん。でも……」
俺は一度首を振ったが、もう一度蓮が去った方を見て呟いた。
「あの時から蓮、俺らの事避け始めてた」
「あの時って?」
「冬休みに蓮んチに泊まりに行ったじゃん。その後からなんか……」
原因はわからない。でも確実にあの時から蓮が変わったのは間違いない。
小学校卒業前の1月。
中学になったらそんなに遊べなくなるかもと、三人で蓮の家に泊まりに行った。
あの日は楽しく過ごした。夜遅くまでゲームをして、布団に入っても眠りに落ちる直前までずっとしゃべっていた。
六年の時は三人ともクラスが違っていたので、修学旅行も一緒に回れなかった。
だから余計に、いつまでも寝ないで色んな話をした。
好みの女の子の話から、男子同士ではでよくある性の話。
特に、何度も芸能事務所にスカウトされる位の美少年顔の、隼人の恋愛話はとても盛り上がった。
蓮を怒らせるような問題はなかったと思う。
でも、確かにその後から蓮の態度がよそよそしくなった。
話しかけても、なんだかんだと理由を付け、逃げるように離れていく。夕飯に誘っても来なくなった。
避けられているのかもしれないと薄々思っていたが、そうされる理由も思いつかず、俺はそんな蓮の異変に薄々気が付いていたが、どうすればいいか分からず、
何も対処が出来なかった。
次第に中学進学の準備が忙しくなると、わずかな会話もなくなった。
「蓮、どうしちゃったんだろ……」
それ以降、隼人から蓮の名前を聞くことはなかった。
「なぁ、蓮の様子どう?」
一度気になって隼人に蓮の様子を聞いた。自分も蓮を見かけるたび、積極的に話しかけていた。
「はぁ? 知らねーよ。あんな奴。ホントうざい」
しかしその頃には、隼人は蓮に腹を立てている状態だった。
俺には単に冷たい口調になっていただけだったが、会話は成立していた。しかし、隼人とはそうではないらしい。
蓮から話しかけてくるが、それがすべて挑戦的な言動で、隼人は辟易していた。
体育の授業や定期テスト、挙句は体育祭でも、いつも蓮は隼人の成績を気にし、勝てた項目があると嬉々として自慢してくる。
また、サッカー部に入って、ますます女子から注目され騒がれる隼人に嫌味を言ったり、隼人の彼女には心配する振りをして不安を煽り、仲を裂こうとしたと言う。
蓮のせいなのかどうかはわからないが、実際に隼人は付き合った彼女といつも長続きはしなかった。
「なんなんだよ。俺、お前になんかしたか?」
何度も彼女にちょっかいを出され、いちいち突っかかってくる蓮に、さすがに頭にきた隼人が文句を言っても、
「はぁ? 俺あの子の相談に乗っただけだし。自分の問題だろーが。ま、どーせすぐ彼女出来んだろ。モテモテだもんなー」
とにやりと笑って、背を向ける。
「おい、ちょっと待てよ! 早瀬!」
隼人が蓮に何度理由を聞いても答えなかった。
「蓮、いい加減にしろよ。どうしたんだよ。隼人となんかあった?」
俺も蓮の行動に疑問に思って問い詰めるが、
「……別に。アイツが嫌いになった。それだけ」
同じようにそう言って会話を切り上げようとする。
「なら無視すれんばいいじゃん。なんでわざわざ隼人怒らすような事してんの?」
しかしそう言うと、一瞬蓮の眉がピクッと動いた。
嫌いだったら声を掛けなきゃいいのに何故?――それがずっと不思議だった。
同じクラスだからと言っても、完全無視をしていればあのままフェイドアウトで疎遠になっていた。
「嫌いだったら、そんなちょっかいかけなきゃいーだろ? いちいちケンカ吹っかけるようなことしなくても……」
家は近所だが、お互い部活に入っているし、関わり合いもなくなっていたはずだ。
でもコイツは、あえて隼人に声を掛けている。
「なんかさ……ケンカでもいいから隼人と関わりたいって感じで――」
俺の目には、隼人が怒って蓮に声を掛けるのを待っているようにも見えた。
隼人にとっては迷惑な行為だけど、なんとなく好きな子にちょっかいを出す――分かりやすく言うと、そんな態度に思えた。
「は? バカじゃね?」
しかし、蓮はその考えを嘲笑うように一蹴し、
「……お前の目、穴だらけだな」
そう言って去っていった。
違う……そんな理由じゃねーだろ。違うだろ。
蓮の後姿を見つめながら、俺は眉を顰めた。
だってさっきお前、動揺したじゃねーか……。
嫌っているようにみえない――そう言った時に一瞬見せた、蓮の表情。
直感だ。根拠はない。
でも間違いじゃない。
たった三年だけど、でも転校してきた時から誰よりも近くで、誰よりも一緒の時間を過ごしてきた。
親友だとさえ思っていた。
だから、今の蓮の言葉は本気じゃないと確信できる。
蓮は隼人が嫌いなんじゃない――でも、じゃぁなんで? なんで変わった?
わざわざ険悪にならなくても、あのまま仲がいいままじゃ何でダメだったんだろうか――。
俺は隼人に対する蓮の言動の意味が、気になって仕方なくなっていった。
――しかし、それから蓮は隼人だけでなく、俺の事も露骨に避け始めた。
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お調子者のチャラ男と幼なじみの恋の話。
とても気が合い、毎日一緒にいた朋久と蓮。一番の親友だと思っていたのに、中学に上がった途端、蓮の態度が急変し避けるようになる。
ある日、朋久は蓮が親友に恋心を抱いている事を知って……。