No.54551

Criminal-クリミナル- 《始祖の原罪》【4】

ティアを無事奪還できたのも束の間、再度グリーズ盗賊団が襲撃してきた!ニクスとインフィは、ティアを守り抜けるのか?

2009-01-27 18:40:32 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:630   閲覧ユーザー数:564

 自己紹介を終えたところで、これからどうするのかをニクスに尋ねられた

インフィとティアは、しばらくこの街で落ち着きたいと提案したが、ニクスは却下した。

 「何故です?」

 「まぁ、街の奴等とも話しかけるのを憚ったくらいだから世情に疎いのは仕方ないかもしれねぇけど、

情報屋が居るからだな」

 

 「回りくどい。要点を話せ」

 相変わらずティアの物言いはきついが、ニクスは極力無視して話を続ける。

 「情報屋の事を知らないなら尚更危険だ。情報屋にとって、自身の組織以外は須らく"味方"のようなものなんだよ……インフィと俺がこの前会ったファクマって情報屋も、出来れば会うべきじゃなかったかも……まぁ、アイツのお陰でこいつの居場所が分かったんだけど」

 「もっと回りくどくなってどうする!」

 「あぁもう、うっせぇなぁ!」

 結局無視できなかった。

 「ティア、ニクスさんは説明してくれているのですから静かに聴くものですよ」

 インフィに宥められると、ティアは直ぐに大人しくなった。

 

 ニクスに対する険しい視線はそのままだが。

 

 「んで、情報屋に俺達の事が知られちまってる訳だから、さっきの盗賊団が俺達の居場所について

 情報を買いに行ったら一発で突き止められちまうって事」

 「ええー……せっかく逃げたのにか?」

 「確かに追撃は避けるべきところですが……」

 「ああ。インフィの想像通り、ファクマを始めとする情報屋ってのは一人一人化け物染みた強さなんだよな」

 先日会ったファクマは、満身創痍ではあったがインフィの振り回す大剣を片手で受け止めた人物だ。

強さなど、それ以上測る必要も無いだろう。

 つまり、先に情報屋自身を叩くのは実質不可能であり、巨大情報組織"GAT"の堅牢さを確たるものにしている要素の一つでもある。

 「お前の知り合いなら、情報売るの普通拒否しない?」

 「あまーい。テラナッツ並に甘味過ぎるぜお嬢さん。情報屋ってのはな、これがまた非常に冷徹な職業なんだよ」

 「つまり、その巨大情報組織のためなら身内の情報一つ簡単に売ってしまうと言うわけですね?」

 ニクスはインフィの答えを肯定する。

 「ああ。今頃ファクマの野郎……俺達の情報を売っちまってるかも」

 

 事実、ファクマは彼等の情報を売ってしまっていた。

 しかも、売却先は「一件」ではなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 突如、食堂の扉が乱暴に開かれる。

 「!!」

 そして瞬く間に、食堂に幾人もの男達が雪崩れ込んでいた。

言うまでも無く、ティアを奪還しに現れたグリーズ盗賊団である。

 食堂内は、丁度客足が無かったからだろう、混乱は起こらない。

店員や店主が無抵抗の体勢を敢えて取っているくらいか。

 

 「ティア、隠れてて下さい」

 インフィが静かに、且つ冷静にティアを促す。

 「インフィ……」

 テーブルの下へ潜り込むティアに、インフィはいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。

 「大丈夫です。もう二度と、貴女を見失ったりはしません」

 「ぜっ、絶対だぞ?」

 「はい」

 そう言うと、インフィはテーブルクロスを下ろしてティアを隠す。

 その成り行きを、ニクスは悲しげな眼で眺めていた。

 「あ~……俺の人生ここまでかも」

 

 補足しておくと、ニクスが見ていた成り行きは食堂が賊共で埋め尽くされていく様だった。

 

 食堂に犇(ひしめ)く様に雪崩れ込んだ盗賊団員の中には、ニクスと対峙したあの盗賊団長のハングレットの姿もあった。

 「ほぉ……情報屋と言うのは本当に便利なものだな。これほど早くに再会できるとは」

 そして一発でニクスを発見してくれた。

 「え?あはは、人違いですよ、旦那」

 誤魔化してみたが、そんな冗談が通じるようなら奪還になどやって来ないだろう。

 

 「捕虜が、一人居なくなっていてね……君は捕虜みたいな大荷物を持っていた覚えは無い。となるとだ、君の傍らにいらっしゃるお嬢さんが連れ帰ったのかな?」

 ハングレットの視線がインフィへ移る。

 

 そのハングレットの言は、皮肉ながらもニクスの功労を証明してくれていた。

 

 「やっぱり……ニクスさんは、手伝ってくれてたんですよ」

 ティアに聴こえるように、インフィは独白する。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 (っ……聴こえてるよ)

 むっとしたように、ティアが小声で答える。

 

 「どうだね?」

 ハングレットが一歩詰め寄る。

 インフィは、盗賊の群れにその大空のような深い瞳を真っ直ぐに向け、言い放つ。

 「その通りです。ですが……あの子は絶対にお譲りできるものではありませんっ!」

 言いつつ、立てかけてあった大剣を掴む。

 

 同時に盗賊団員が身構えるが、ハングレットが手で制する。

 「俺達もこの街があるからこそ盗む物が出来る。ここで無為に暴れて街の心証を

 これ以上落とすのも考えものでな……」

 一瞬逡巡した後、ハングレットは提案する。

 「一対一の一騎討ち。これで手を打とうか」

 「一騎討ち?」

 インフィが訝しむとハングレットは笑みを浮かべる。

 「ああ。君か、そこのアンチシーフ君。どちらか俺に挑んで来な。それで勝てりゃあ、今回は見逃してやるよ。

 俺の部下は逃げ道を塞ぐために来てもらっただけだからな」

 「うっわ。マジかよ」

 ニクスが早速尻込みするも、インフィが受託した。

 「いいでしょう。私が行きます」

 「おっ、おい?」

 (ちょっとインフィ?)

 ニクスとティアが意見するも、インフィはそれぞれの意味を込めて申し訳なさげな笑みを作る。

 

 「ニクスさん……貴方にはもう十分助けて頂きました。ティア……貴女は、私が守り抜いて見せます!」

 そう言ってインフィはハングレットの前まで歩き、大剣を構える。

 

 (インフィ……大丈夫、だよね?)

 ティアはそれ以上、何も言わずに口を閉ざす。

 インフィが離れてしまった以上、ティアの小声は届かないだろうから。

 

 「インフィ……」

 ニクスは言えなかった。――「もう十分なんて言うなよ」と。

 

 彼女の痛みを知る為に、手を貸したはずなのに――自分はハングレットに気押されてこの体たらくだ。

 

 

 もっと関わる為には、彼女達の事情を完全に知るには、彼女達の痛みを知るには、

 

 

 

 この勝負、自分が引き受けるべきだったはずなのに。

 

 死を厭わない心なら、自分にも在る筈なのに。

 

 結局――インフィに背負わせてしまった。

 

 

 (このっ……臆病者っ!)

 職業病とも言える生の執着……生還の欲求が、無意識にニクスを安全圏へと

導いていた。

 

 "どうせ戦うなら、インフィにやらせろよ"と、自身に囁く声を否定できなかった。

 

 インフィには、それが無いのだろうか。

 

 それも真っ先に、ニクスにもティアにも相談せず、自分から。

 

 護るべきものがあるひとには――死など恐れない力があるのだろうか。

 

 所詮、一人で生きてきたアンチシーフ如きには、無理なのだろうか。

 

 誓いを守る事さえ、不可能なのだろうか。

 

 「――――っ」

 

 ニクスは、項垂れて歯を食いしばった。

 

 今も、インフィの戦いを撤回出来ずにいる。

 

 自分が戦う筈だった一騎打ちを、これ以上見る事は出来なかった。

 「アンチシーフの坊やは、戦意喪失か……?敵に囲まれた経験が無いとは思えないんだがな」

 ハングレットが一瞬訝しむも、直ぐにインフィへと向き直る。

 「まぁ、今はお嬢さんに専念する事にしますか」

 「……」

 インフィは、ティアとは違い"甘く見るな"とは言わない。

 インフィにとって、戦いとは生きる手段でしかなく――

つまり、そこには戦う相手への「敬意」など在りはしない。

 

 相手の気を引き締める言葉を放ち自身と護るべき者の首を絞めるなど、愚行も甚だしい。

 

 ――寧ろ、油断してもらっている方が奇襲を掛けやすいとも取れるのだ。

 

 インフィは自分が女性である事や物腰も含めて、全てを奇襲を掛ける事に長けていた。

そしてそれを活かす事で、今まで生き永らえてきたのだ。

 

 今回も、その例外に漏れることは、無い。

 

 ハングレットが向き直るや否や、インフィは己の大剣を既に振りかざしていた。 

 

 大剣が、餓えた獣の如く鎌首を擡げる。

 

 「おっと!」

 ハングレットが自分の剣を真一文字に翳し、インフィの大剣を受けようとするが、

インフィの大剣は、真下に振り下ろされはしなかった。

          ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「――!?」

 インフィの剣閃は、言って時の如く――変則。

 真一文字に剣を翳したハングレットの脇腹へ、吸い込まれるような軌跡を描いた。

 

 「っ……フェイクか!」

 ハングレットが後方へ飛び退く。

 しかし、ここでもインフィの奇襲はしつこく功を成す。

 彼女の得物は大剣だ。

 つまり、相手が体勢を変えたくらいでは逃がす事を許さない武器であり、

ハングレットは未だ彼女の剣閃の範囲内に食い込んでいた。

 

 「ちっ……!」

 

 ハングレットは、水平に構えた自分の剣を瞬時に垂直に立てる。

 

 ――刹那、凄まじい金属音が響き、ハングレットが右方へよろめいた。

 

 インフィはその機を逃さず、返す刃でハングレットを横薙ぎに斬りかかる。

 「――っの!」

 ハングレットはよろめいた体勢のままその必殺の刃へ剣撃を放った。

 

 再度、金属同士の衝突音が響き、両者とも傷を負う事は無かった。

 

 「っはは……見た目よりずっとお転婆なお嬢さんだな」

 余裕を取り戻したか、軽口を吐くハングレット。

 

 「少々はしゃいだ方が、手っ取り早く終わる事を知ってますので」

 対してインフィは、奇襲が失敗した事に苦虫を噛み潰したような心中を吐露する。

 「奇襲は良かったけどな」

 ハングレットは鼻を鳴らす。

 「詰めが甘くなるのは重装備の欠点だ。初撃で殺せなかった相手を追撃するのには向いてない。

……奇襲ってのは、大剣には合わない戦闘スタイルなんだよ」

 事実、インフィの追撃はハングレットにはじき返されてしまう程お粗末な剣閃になってしまった。

 大剣の重さが、インフィの思考に追いついた攻撃を放てないのがその理由である。

 「実際問題、暗殺にはナイフ、銃が用いられる。小回りが利いて攻撃が速い武器こそ奇襲に向いているのさ」

 

 ハングレットが構え直す。

 「大体……剣ってのは、正々堂々とやり合う騎士の得物なんだよ!」

 ハングレットが突進するようにインフィへと肉薄する。

 

 対しインフィは、大剣を構えるが対処できる余裕は無かった。

 

 全てに於いて大振りな大剣では、それよりも小回りの利く武器の攻撃を受ける程器用ではないからだ。

 

 「……っ!」

 インフィが怒号を放ち、向かってくるハングレットを薙ぎ払う。

 すると、ハングレットは予測していたのか、超低姿勢に屈みそれを凌ぐ。

 「なっ……!」

 「そらよっ!」

 ハングレットが、渾身の突きを放つ。

 それはインフィの肩部の鎧を捕え、そのままインフィの身体を後方へ吹き飛ばし、

食堂内の椅子や机を巻き込んで木材の砕ける派手な音を立てた。

 

 「ヤケクソか?お嬢さん。動作全部が見え見えだったぞ」

 ハングレットに追撃の気配は無い。

 「……っ」

 インフィは肩を抑えながら立ち上がろうとする。

 その双眸は、未だハングレットを刺すように向けられている。

 

 一方、ニクスは自身の不甲斐無さに意気消沈して顔を伏せていたものの、

聞こえてくる音がその情景をはっきりと彼の頭に浮かびあがらせていた。

 洞窟で会ったあの盗賊団長の強さは既に実証され、インフィと同じく逃げる事を前提とした

戦いをしてきた彼は余計に今までとは異なる状況を前に手が出せないようになっていた。

 

 しかし――このままでは、彼女が護ろうとしたティアは必ず連れていかれるだろう。

インフィも、どうなるか分かったものでは無い。

 

 俺が――俺が代わりに……

 

 (おい)

 

 「ん……」

 足元を見ると、テーブルクロスの陰からティアがニクスに話しかけて来ていた。

 

 (インフィを助けて)

 「……」

 ニクスは、目を伏せる。

 (ねぇ、早くしないとインフィが殺されるんだ!私じゃ、どうにもできないんだよ!)

 「俺は……インフィより弱いんだ。俺が行ったってどうしようもないだろが」

 (そんな結果聞いてんじゃない!私はお前の事なんてどうでもいいって思ってたけど!)

 ティアの語調の異変にニクスは気づく。

 (本当に助けてくれたんだって見直したんだ……お前、助けた私に疑われたのに、

 そんなに怒らないしさ。今でもまだ疑ってるんだけど)

 「疑ってるんなら……」

 いいじゃねぇかと言おうとしたニクスの耳に、予想の斜め上を行く提案が飛び込む。

 (だから、今度インフィを助けてくれたら、信じてやる。)

 「あ?」

 (私を助けてくれたんなら、今度はインフィを助けてみろ。私達二人とも助けてくれるなら、

 私はお前を……その、信じてやらん事も……無い)

 

 ニクスは、吹き出しそうになった。――自分の命と、他人の信用

 

 ……勝算も無い、そんな条件……

 

 

 

 「チェックメイト、だな」

 仰向けに倒れ込んだインフィの喉元に剣を突き付け、ハングレットは笑む。

 「……私、は」

 インフィは決して屈しないその蒼穹の瞳をハングレットに向ける。

 「それ以上立とうとするもんじゃ無い。喉に風穴が開く」

 しかしハングレットの警告も聞かず、インフィは起き上がろうとする。

 剣の切っ先が軽く喉を突き破り、血が滲み始める。

 

 「私は……あの子を、護らないと、いけないんです」

 インフィの気迫にハングレットは動じる事は無い。

 「そう言って死んでいく意志だけ強く力無き輩を……俺は、死ぬ程見てきたつもりだよ」

 「……」

 非常に徹したハングレット自身が、剣に力を込めると同時――

 

 「っせい!」

 

 

 ニクスの剣が――ハングレットの剣を弾いていた。

 

 弾かれた剣をニクスに向け直し、ハングレットは面白そうな笑みを浮かべる。

 

 「こうなると思っていたよ、少年」

 「そりゃぁ、待たせたな。団長さんよ……今度は俺が相手してやらあ」

 

 「ニクス……さん」

 インフィが、喉と肩から血を流しながらニクスを見る。

 その眼には、涙が止めどなく溢れ出ていた。

 「悪いインフィ。ちょっと焦らし過ぎた」

 「私……ごめんなさい……」

 「いいって。俺がティアを連れてかせは――」

 「いいえ……ニクスさんを……また巻き込む羽目になってしまって」

 

 その時――ニクスは先と同じ様に、いいってと言い返す事が出来なかった。

 「まき……こむ・・・はめ?」

 「ニクスさんが、先に向かわないように私が先に出向いてこれじゃあ……

 格好、つかないですよね……」

 

 今、この娘は、何と言ったのだろう。

 

 ニクスを、俺を?先に戦わせない為に?――先に自分が、申し……出た?

 

 ウソだろ、おい。

 

 なんだよ こいつ。

 

 

 ティアだけじゃない……俺まで?

 

 

 

 俺も……護ろうと してくれてたのか?

 

 笑えない。

 

 これじゃあ、自分は、本当の馬鹿野郎だ。

 

 俺が命を天秤に図る事に感けてた間……彼女は即答しやがったんだ。

 

 

 ティアだけじゃなく、俺も護るって事を。

 

 

 

 だから相談の必要なんて、無かったってか。

 

 

 

 「悪い……今はゆっくり寝とけ」

 ニクスが振り向きもせずにインフィを強引に押し寝かす。

 「あっ……ニクス、さん」

 

 「あとよ、もう"さん"付けやめろな」

 「え?」

 

 インフィは、訳が分からない。

 

 「いいから……っ、もう休め」

 「はい……有難う、ございます」

 

 ハングレットは、黙してニクスを凝視していた。

 これから剣を交じ合わせるであろう決闘相手を。

 

 ニクスは――脇見も振らず泣いていた。

 

 涙を流す事は、視界を濁す致命的なリスクを負う事関係なく。

 

 彼は、泣かずには居られなかった。

ニクスは構える、涙はそのままに。

 「勝負は一回きり……のはずだったんだがな。ここは少年の意志を汲んでやらにゃならねぇか」

 ハングレットも、そう呟いて応じるように自分の剣を構えた。

 

 「インフィの為にも、負けちまう事はできねぇ……」

 ニクスの独白をハングレットが拾う。

 「良い心掛けだな。うちの盗賊団も団結力がモットーだから否定はしない。が、勝負は勝負だ。

悪いが黒髪の子は売り飛ばさせてもらう」

 生活が掛かってるんでねと言い残し、ハングレットはニクスに突進し、

畳掛けるような剣撃を放った。

 

 「……!」

 「分かってるだろうが、剣技の上じゃ俺が上だ。力も、速さも――経験もな」

 ニクスはかろうじて自分の剣で防ぐが、間に合わない剣撃の軌道は容赦無くニクスの身体に傷を創り上げる。

更にハングレットは決定打となる一撃を敢えて放っていない事にニクスは気付いた。

 

 防戦一方――攻撃にすら移れず自らのダメージは蓄積されていくばかりだ。

 

 しかし、それは互いの力量のみを鑑みた場合である。

 ニクスは後方へ大きく跳ね、グリーズ盗賊団アジトで見せた剣――レガシィの力、浮遊能力を発動した。

 

 そのまま勢いを保ちながら後方へ飛び退がり、壁を強く蹴り一直線にハングレットへ飛翔する。

 

 多くの取り巻いていた盗賊団員は驚きの声を上げるが、ハングレットは既知の代物である。

 「奇を衒う事は叶わないぜ?アンチシーフの少年」

 ハングレットが迎え撃つよう剣閃を振るう。

 

 が、その剣閃の目と鼻の先でニクスが九十度右へ方向転換した。

 「む!」

 方向転換先の壁を蹴り、更にその先の壁を蹴り、急襲の気を窺う――不規則な三次元のフェイント。

 

 「なるほど、面白い戦い方だな……だが」

 ハングレットは素早く飛翔をして壁を蹴り続けるニクスを目で、耳で、そして実践における殺気を感知する。

 (同じ手を使う時点でもう勝ち目は薄いってモンなんだよ、少年)

 

 インフィがハングレットに敗れたのは、単純なこれまでの体力と経験の不足によるものである事に対し、

ニクスの剣技はインフィよりも劣る事は先程のハングレットの剣の連撃で実証できる。

急所を狙わない剣撃くらいなら、インフィであれば活路を開くだろうからだ。 

 

 なら、浮遊できるからと言って勝機はできるのか――それも否だろう。

 奇を衒うならまだしも既知の戦闘条件の上、更に奇襲に対する反撃など、実戦経験の豊富なハングレットには造作も無い事だからだ。

 

 (――来る)

 ニクスが思い切り壁を蹴り込んでハングレットに肉薄する。

 「読めてたよ、少年」

 絶妙のタイミングを以って、ニクスの進行方向へハングレットの剣が薙ぎ払う。

 

 ハングレットには、ニクスが斬り飛ばされると言う未来が幻視出来ていた。

 

 

 

 ――しかし、手に伝わってきた感触は、虚しく空を切るものだった。

 

 

 「!?何」

 ハングレットがニクスを視界に納めた時、彼はハングレットの剣閃の外へ逃れるように急カーブを描いて飛翔していた。                                          ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「そらよっとぉ!!!」

 ニクスがハングレットの脇腹を擦れ違い様に斬り払う。

 「ぐっ!」

 ハングレットが横倒しに倒れ、ニクスは着地する。

 ハングレットの脇腹からは、軽傷では無いと言える量の血が流れ始めていた。

 「団長!」

 「だっ団長!」

 「よっしゃ!」

 盗賊団員達が次々と騒ぎ出す。

 

 その光景を横目に、ニクスは安堵の息を漏らす。

 

 「あー、気付かれずに済んでたみたいでよかったぜ」

 「何?」

 ハングレットは膝を立て、再度立とうとするが傷が痛んで動きが鈍くなっていた。

 

 「俺、空中で一回方向転換したからさ、気付かれたかなとか思ってたんだわ。

それができるって事は、別に壁を蹴らなくても空中でも方向修正できるんだぜ?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「――!」

 

 ニクスはハングレットにそれを留意される前に次々と壁を蹴りながらの飛翔を繰り返し、「壁を蹴らない限り飛翔の方向転換は出来ない」と思いこませ、一直線上の攻撃のみを注意させておき、実際に曲線上の奇襲を掛ける事でニクスはハングレットに手傷を負わせたのだ。

 

 「成程……フェイントと同時にもう一つの罠を張っていたか……」

 「剣技で埋められない分は、ここを使うんだよ」

 ニクスは得意気に頭をトントンと叩く。

 

 「そうか……だが勝負は一対一の引き分けだ」

 何気にハングレットの大人気無い発言にニクスはたじろぐ。

 「な、何今更な事言ってんだよ!」

 「そう。確かに勝負の延長をしてお遊びを始めたのは俺だな……」

 「お遊びだとぅ!?」

 ニクスがもの申すがハングレットが手で制する。

 「そう思って油断していたんだ。見ての通り、結果がこのザマじゃないか」

 「じゃあ、ティアにはもう手を出さねえよな?」

 ハングレットは苦笑しながらも頷いた。

 

 「やった……本当にやった、アイツ……」

 ティアが驚嘆すると同時、盗賊団員からはブーイングが次々と上がる。

 「私とインフィを、護った……」

 ふとインフィを見てみるが、彼女は気を失っているようだ。身じろぎ一つしていない。

 

 「アイツなら……」

 ティアの淡い期待は、儚く輝きを持ち始める――

 

 

 そこへ、ハングレットから嘆息が漏れた。

 「しかし、骨折り損以外の何物でも無いなこれは……」

 「じゃあもっと得易い仕事をするんだな」

 ニクスがからかい交じりに言い捨てると、ハングレットはニクスを見やる。

 

 「そもそも、俺達は何故あの黒髪の子を捕らえたと思う?」

 「あ?珍しいからだろ」

 ハングレットの苦笑に影が増すのを、ティアは感じた。

 「じゃあ、その珍しい子を誰に売れば一番儲かる?」

 「何だそりゃ?」

 ハングレットは訝しげな顔をするも、直ぐに合点する。

 「ん、少年は依頼されたんじゃないのか?」

 「何を」

 「アンチシーフなのに単独で動いていたのか……どれだけの利益を生めるとも知らずに?」

 「だから、何の事を言ってんだよ!」

 ニクスが声を荒げると、ハングレットは再度苦笑する。

 「いや、済まない。余りに話がかみ合わなかったものだからな」

 「馬鹿にされてるような気がしてならねぇんだけど」

 「俺が勝手に想定してただけだよ……少年も、どこかの利益目当てで黒髪の子を俺達から

 奪い取ろうとしているのかってな。俺達があの子を売ろうとしていたのは、国だよ」

 「国?国家にだぁ?」

 

 ティアは不安に駆られた。

 ハングレットの発言もその一端を担っていたが、大半はニクスが何の事情も知らない事にあった。

                               ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 淡い期待が、どす黒い不安に侵食されていく――

 

 「何も……知らない?」

 ティアは脳裏に浮かんだ思いを復唱してみるが、頭が理解してくれない。

 「助けたのも、護ったのも」

 核心を諳んじるも、やはり分かりたくない。

 「何も知らなかったから?」

 

 「じゃあ……知ってしまった時、アイツは……」

 その先を綴るなんて、出来る筈が無い。

 

 その先にあるのは、冷酷な視線、無感情な殺意、当然の如く翻る……裏切り――

 不安は膨張し、ティアの心情を、視界を真っ暗にしていく。

 

 「い……言うな」

 

 「そうだ……国が挙(こぞ)って莫大な懸賞金を掛けている」

 「懸賞金って、あいつ賞金首かよ!?」

 

 「言うな……言うな……」

 

 「ただの賞金首が、国を挙げて捜索されると思うか?」

 「じゃあ、一体何なんだよ?あいつが大犯罪者か何かって言いたいのか?」

 

 「言うな……言うな……言うな、言うな」

 

 「そうだ……な。比喩的にはそうなるかもしれん」

 

 「言うな、言うな、言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな」

 

 「あの子は――」

 「言うなあああぁぁぁァ――――!!!!!!」

 

 テーブルの下で、耳を塞いで、泣きじゃくる子供の様に、ティアは金切るような悲痛な叫びを上げた。

 ティアの悲鳴に盗賊団員が驚きの嬌声を上げるが、ハングレットは想定していたかのような落ち着きぶりで

言い放つ――

 

 

 「――"黒髪の凶児"と呼ばれる、今まで三回世界を壊滅させた記録がある隔離・抹殺対象者だ」

 

 ティアは目も閉ざした。瞼に押し出されて涙が零れる。

 もう、この先を見たくも聞きたくも無かった。

 

 淡い希望は、完全に恐怖の底に呑まれた。

 今まで、その事実を知った人は、掌を返したように捕まえるか殺そうとしてきた。

 中でも狡猾な者は今まで出してくれていた食事に毒を盛った事もあった。

 背後からの闇討ちなど常套手段。何度も死線をくぐる羽目になった。

 

 そして残ったのは、傷だらけになりながら自分の手を引くインフィのみ。

 

 

 彼女以外は――皆、裏切って裏切って……何もかも失った。

 

 

 また繰り返すのか、こんな暗闇を。

 

 もう、嫌だ。

 

 インフィも、私の所為で身も心もボロボロだ。

 

 これ以上裏切られてたら、もう生きる意志も擦り潰れて消えてしまう。

 

 

 目を開ける事も、耳を塞いでる手を退ける事も、怖くてできない。

 

 

 

 「黒髪の凶児……」

 ニクスが独白する。

 「そうだ。大規模な破壊能力を秘めた危険な存在だと聞く。俺達の先祖から代々現れては駆除してきたんだそうだ」

 ハングレットの説明に、ニクスは鼻を鳴らす。

 「駆除、ね。まるで害虫のような物言いだな」

 「実際に害を為している。世界を三度壊滅させると言う蛮行を繰り返してな」

 「事実なのかよ」

 ハングレットは嘆息する。

 「ああ。情報屋が取り仕切ってその破壊の爪痕が残った地域を確保して記録しているらしい……実在する脅威だからこそ、生きる為には殺さなければならない存在なんだそうだ」

 ニクスがハングレットに冷淡な視線を投げる。

 「本気で言ってんのか」

 「だから売ろうとした。俺なりに、世界を救ってみたかったんだよ」

 ニクスは怒声を放つ。

 「綺麗事言ってんじゃねぇ……お前が見ていたのは単なる目先の金だろうが!」

 ハングレットは自嘲と嘲笑を半分にしたような笑みを浮かべる。

 「人の出来る事には限界があるんだ。少年にはまだ早い世界だが、な……理想じゃ人は救えない。例えば、俺を退けた所でこの場の俺の部下どもの包囲をお前達全員で脱出できるのか?」

 「手前ぇ、諦めたんだろうが!」

 「単なる例えだ……約束通り諦めると言ったんだ。曲げる事はしないが、俺達じゃなくてもこう言う状況は幾らでも作り出される。その時、理想なんかが罷り通る隙間は絶対に無い」

 「……」

 ハングレットは追い打ちを掛ける。

 「少年、まさか稚拙な考えで世界中の命と彼女一人の命を同等に見てるわけじゃあないだろうな?」

 「!」

 「命の価値は、当然多ければ多いほど護るべき価値は上だ。その命一つ一つに、繋がりがあり家族が居るからな」

 

 「ニクスさん……」

 インフィが目を覚ましていた。どうやらティアの悲鳴で覚醒させられたようだ。

 覚束無い足取りで立ち上がり、大剣を取る。

 

 その顔は、憔悴しきったように影が差している。

 

 何も言えず、ニクスはインフィの言葉を待った。

 

 「知らなかったんですね……」

 「ああ」

 

 インフィは、酷な質問をニクスに言い放つ。

 「どうして、助けてしまったんですか」

 「え……」

 

 インフィの脳裏には、救出時にティアが激昂したときに自身に言い放った言葉が過(よぎ)る。

 

 (し、しかし……ニクスさんは裏のありそうな人じゃ無いですよ。私達の素性を知っても)

 (それだって……っ、嘘かも知れないんだ!忘れたの?インフィ!今まで……何度も信用して……その度に、私達がどんなに掌を返された様に裏切られて殺されそうになってきたかをっ……!)

 

 インフィは、惜しむように口を開く。

 「"何もしない"って言ってくれたから、私は嬉しかった……でも、それはニクスさんが何も知らないからで……いざ知った時に裏切られたら、私は……っ」

 

 伏せられたインフィの顔には暗い影が増し、ニクスはその表情を窺い知る事は出来ない。

 「ニクスさんを――」

 

 その瞬間、インフィの肩に手が置かれた。

 インフィが顔を上げると、ニクスが暖かな笑みを浮かべて言った。

 「その先は言わなくてもいいんだ……ってか言うな、却下だ」

 「ニク……スさん?」

 

 ニクスはハングレットに向き直り、啖呵を切りだした。

 「命の価値はそうかもしれねぇ。けど、それ以前の問題だって事を忘れてるな」

 「ほぉ?」

 「命に、優先順位なんてねぇんだよ。世界中の命と、ティアの命、順位なんざつけてる時点で間違ってんだ!価値どうこうで問題をすり替えてんじゃねぇ!」

 「ほぉ……それが少年の出した答え、か」

 ハングレットは一笑に付したが、そこに嘲りは見られなかった。

 

 「まあ、確かにその通りだ……しかしそれはやはり稚拙な理想でしか無い」

 「矮小な現実しか見ねぇ大人が。俺ぁ、やりたいようにやるだけだ」

 「そうか」

 安らかに応えたハングレットの顔が急な苦痛で歪む。

 「ッ……話し過ぎたな。そろそろ限界に近い……」

 引き揚げるぞと言うハングレットの指示に基づき、盗賊団員は潮が急速に引くように食堂を出て行った。

 

 

 後に残るは、散々荒らされた食堂の残骸と、ハングレットが置いて行ったティアの秘密。

 「ニクス……さん」

 「これで分かるよな」

 「え?」

 怪訝な表情をするインフィに、ニクスは答える。

 「インフィの痛み。ティアの痛み。何も知らなかった俺には分からなかったからな」

 「ニクスさん……」

 そんなものを知る必要など、何処にもないのに。

 「何故、知ろうとするんですか?」

 半ば眼に涙を溜めたインフィの頭をトントン指で叩く。

 「バ~カ」

 

 

 行こうぜ と手を翻したニクスが背中越しにインフィに告げた。

 「知らない方が、ずっと痛いからだよ」

 

 

 もう動けない暗闇の中――

 

 ティアの頭を、誰かが小突く。

 

 

 インフィだろうか。でも違う。

 

 

 

 インフィはこんな悪戯めいた事はしない。 じゃあ――

 

 

 

 

 目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた少年が覗き込んでいた。

                          ちいさなきせき

 

 

 塞いだ耳を退けると、明るい声が耳朶に響く。

 

 

 「よっ、お目覚めか?お姫様っ」

 


 
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