日本の地方都市の中に…冬木という街がある。
以前、殺人鬼の大量殺戮に加え、当時街のシンボル出会った高級ホテルの倒壊、挙句の果てには街中でいきなり起こった大火災によってかなりの数の死者を出した血ぬられた土地だ。
その十年後には集団昏倒という事件まで起こったが、衰弱はしている物の死者は出なかったため前者に比べれば扱いは低く報道された。
前者と後者の共通点は原因不明という点だ。
大勢の人を無残に殺した殺人鬼は特定されず、火事の原因は未だに不明、今冬事件に関しては謎のガスが原因とされている。
しかも、空を駆け抜ける馬車を見ただの、街の境である川で巨大な怪物が現れ、眩しいほどの光がそれを消し去っただの…都市伝説が好きな者には聞き捨てならないうわさも流れた。
だが…それも全ては昔の話だ。
人が世代交代をし、時間が過ぎれば記憶は風化していく。
今や当時の全てを正しく覚えている者は少ない。
若干名は事の真相を知ってはいるが、それは決して表には出ない話である。
同時に…冬木の街の郊外にある一軒の家についても、そしてそこに住む一人の老人について知る者もまた少ない
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「……」
リビングで睡魔の誘いを受けながら、座る安楽椅子の動きに合わせて夢と現を行き来している男の名をウェイバー・ベルベットという。
狭くて広い世界…秘匿される魔術師の世界に置いてはロード・エルメロイⅡ世の名で呼ばれる有名人だ。
彼の弟子、あるいは孫弟子がこの時も魔術師達の中枢に当たる時計塔に置いてその力を振るっている。
本来ならこんな極東の島国の、しかも否かと呼ぶべき場所にいるような人間ではないが…彼がこの場所に来たのは自分の意志でだ。
決して誰かに強制されたわけではない。
「……」
そんな彼が浅い眠りで見ているのは昔の記憶……自分が関わった戦争の思い出だ
戦争といっても、教科書や公式の記録に残る物ではない。
冬木の街を舞台に行われた、おそらく世界最小の戦争……聖杯戦争と呼ばれるそれが数十年前、冬木の街に大きな犠牲を強いた事件の真相だ。
七人のマスターと七人の英霊によるバトルロイヤル…当時のウェイバーはそれに参加していた。
師に対する反抗という理由で…今から思い返せば愚かとしか言いようがない軽挙だ。
聖杯を手にいれ、自分を正当に評価しなかった師と周りの人間を見返すなどと…それによって命を落とす事さえ覚悟の内だと、当時は本気で思っていたのだ。
…アレが若さという物か?
今から思えば羞恥と無謀さに本気で寒気が来る。
確か…日本で言う所の黒歴史というのだったか?
そして、そんな無謀の塊であった自分を、成長し、経験を積んだ自分が夢として見ているというわけだ。
夢と自覚して見る夢…確か明晰夢というのだったか…特に最近、よくあの時の夢を見る。
今もまた…若い、まだロード・エルメロイⅡ世ではない、何者でもない自分が夢の中で聖杯戦争を駆け抜けている。
我が事ながら、よくぞこんな未熟者が聖杯戦争を駆け抜ける事が出来たものだ。
…自分より強いマスターがいた。
…自分より魔術を巧みに扱うマスターがいた。
…自分より頭の良いマスターがいた。
…自分より魔術師らしいマスターがいた。
なのに、彼等はもういない。
聖杯戦争に負けて死んでいった。
ウェイバーは生き残った…それが四回目の聖杯戦争の結果だ。
残ったのはウェイバーの他に後二人、魔術師殺しの衛宮切嗣、教会所属の言峰綺礼…あとの二人に関しては、生き残ったのは実力だろう。
当時のウェイバーが彼等と同等の実力を持っていたなどとうぬぼれるつもりはない。
それどころか、今現在の自分があの聖杯戦争に参加して生き残れるとも思えない。
未熟なマスターであったウェイバーが生き残れたのは運と…サーヴァントのおかげだ。
「…ライダー」
ウェイバーに生きろと…生きて王の生きざまを語れと言い残して逝ったサーヴァント…ライダーの言葉に従い、生き残ったウェイバーは聖杯戦争後にイギリスに戻り、師であり敵でもあったケイネスが死んだ事で没落を始めたアーチボルト家の復興に尽力することになる。
それは好ましくはないとは言え師であったケイネスの弔いでもあったし、他に特にする事が思いつかないからでもあったかもしれない。
ただ何かをしたいという思いが先に在り、アーチボルト家の再興という無理難題が合致した結果かもしれなかった。
結果的にアーチボルト家は立ち直り、いつの間にかウェイバーはロード・エルメロイⅡ世を名乗ることを許されたが…あれほど求めていた権力と名声という最終目標が、気がつけば何時の間にかただの通過点になっていたのは皮肉に過ぎた。
すでにウェイバーの目はその先に向いていたのだ。
…そんな中、生き残りの内の一人である衛宮切嗣が死んだと風の聞いたのは聖杯戦争から数年後だった。
感慨というほどの物は感じなかった。
幸いな事に、顔を合わせる機会はなかったし、やはり殺し殺されるという関係だった相手だ。
むしろほっとしたのを責められるいわれはないだろう。
そさらに数年後…異様なまでの速さで行われた第五回聖杯戦争に置いて…マスター候補である聖痕が再び現れる事はなかった。
強い望みを持たない者にマスターの資格はない…聖痕が現れないのも当然だっただろう。
たとえ現われていたとしても、参加はしなかったはずだ。
ウェイバー・ベルベットにとっての英霊はただ一人…仮に同じ英霊を呼び出したとしても、それは同じ英霊であってもウェイバー・ベルベットの英霊では…王ではないのだから…。
…その戦いの中で、言峰綺礼が戦死した…監督役のくせにマスターとして参加していたらしい…と聞き、第四回聖杯戦争の生き残りが自分だけになったと聞いた。
少しだけ…少しだけ寂しさを感じた気がしないでもない。
あの戦いの生き証人が、語る事の出来る人間が自分以外にいなくなったことに…勿論そんなセンチメンタルを外に出す事はしなかったし、数年後にはそれどころではなくなった。
…遠坂とエーデルフェルトが同じ年に入学してきたからな…。
あの二人の相性は最悪だ。
第三者から見れば、似た者同士の同族嫌悪というのが一目で分かるが、本人達がまず認めない。
しかも二人そろって、頭に血が上ると周りが見えなくなるという悪癖がある。
尋常じゃない魔術の才能の持ち主である事は言うにおよばず、肉弾戦までやらかす二人を止めるのに、単位を盾に取り、不意打ちで沈め、それでも足りなければ罠にはめてでも抑え込んだ…魔術師としては連中の方が上なのだから仕方がない…あの二人が時計塔を卒業するまでの数年は、ウェイバーの教員人生の中で最も長い数年間だった。
充実していたとも言えるが、おかげで自分(ウェイバー)がいなければ数回の退学処分は免れなかったであろうという自覚のある二人に関しては生涯頭の上がらない恩師のポジションを確保でき、副産物的に教授への昇格便宜を他の教師や教授から貰ったのはまあ…正当な報酬と思う。
何時の間にかあの二人の仲裁担当にさせられていた時には本気で心臓が止まるかと思うほど驚いたのだ。
「…ん…?」
そして、記憶は現在に追いついた。
しっかりと視点を結んだ目に映るのは、この数年で見慣れたリビングの光景…自分の家だ。
ウェイバー・ベルベットが年齢を理由に時計塔の職を辞したのは二年前、その足で日本に渡り、この家にやって来た。
大分手を入れて改装はしたが、家自体は元からここに在ったものだ。
元の持ち主の名前はマッケンジー…以前、ウェイバーが参加した聖杯戦争で暗示をかけ、拠点とした老夫婦の持ち家だった。
夫妻がなくなった後、売りに出ていた家をウェイバーが購入、手を加えて住めるようにしたものだ。
母国であるイギリスに居を構えなかったのは、ここにはそろそろいい歳なのに若さゆえの過ちが尾を引いて自分に頭の上がらない遠坂凛がいる事もあるが…やはり思い出すからだ。
マッケンジー夫婦と自分…そしてもう一人…今更残り香でもあるまいが、あの男の気配が一番残っていそうなのがここだった。
「…歳をとると感傷的になっていかんな…」
自嘲の苦笑が漏れる。
魔術師とは言え老いには勝てない。
最近、あの時の夢をよく見るのもその辺りが理由だろう。
苦しくて悔しくて…命の危機にさらされていながらも…それでも、ウェイバー・ベルベットにとってのこの家での時間は思い出深いものだったと、そう言える物だったという事になるのかもしれない。
だからこそ、ウェイバー・ベルベットはこの場所を“終の住み家”に選んだのだ。
「もうすぐだな…」
魔術師という生き物は普通の人間に見えない物を見、聞こえない物を聞く人種だ。
老いたとはいえ、ウェイバーもその例に漏れない。
彼の魔術師としての感覚は、普通の人間よりも明確に死期を感じている。
人間は生まれたときから平等ではない…場所、時間、両親…色々な差が生まれる前から付きまとう。
死も同様に、なかなか満足のいく死に方は出来ない。
唯一、誰もがいつかは死ぬという一点に置いてのみ平等だ。
例外がないわけではないが、それは人間ではないかすでに人間ではなくなった何者かである。
そんな者になる気も目指す気もウェイバーにはなかった。
…故に…後悔はない。
やるべき事もやりたい事も、大体の事はこなしてきた自信はある。
死んだあとの事に関しても、家の処分も含めて遠坂に任せてある。
憂いは可能な限り取りはらい、その時に備えて来た。
心残りはない…はずだ
「がはは!!本当にそうかの!?」
「え?」
聞き覚えがある…所ではない。
この数十年、片時も忘れた事の無い声に、ウェイバーがとっさに反応して前を見る。
「よう、久しぶりだな坊主!!」
奴は…この男は変わらない。
記憶の中と同じ…いや、むしろ鮮やかさを増した赤い鬚と髪に愛嬌のある笑顔…それを忘れるわけがない。
見覚えのある同よろいの赤いマントをなびかせるその姿を、他の誰が忘れても、ウェイバー・ベルベッドが忘れる事はない。
「私はもう…坊主じゃないのに…」
気がつけば、顔の皺を伝って熱い滴が流れていた。
それが涙と気付く余裕も、拭う気もない。
目を閉じた瞬間、この幻が消えてしまう事を恐れて瞬きもしない。
「夢…じゃない…のですか?」
「さぁ、どうだろうな?」
第四次聖杯戦争のライダー…イスカンダル王がニヤリといたずらっぽく笑う。
「ようやく追いついたようだの?上出来だ」
「え?」
ウェイバーの疑問より早く、ライダーがその大きな手を差し出してきた。
自分に向けられた手に対し、どうしていいか分からないウェイバーが困惑する。
「何…を…」
「あん?迎えにきたに決まっておろう?」
「迎えに…」
その言葉はまさに魔法だった。
ウェイバー・ベルベットだけに聞く魔法の言葉…老いた肉体の中で心臓が跳ね、血のめぐりがよくなる。
興奮しているのだと、そう自覚した。
しかし…。
「…できません。“王”よ」
ウェイバーの口から洩れたのは…拒否の言葉だった。
「ほう、余の申し出を断るとは何事だ?」
手を出したままライダーが問う。
ただし、その顔に浮かぶのは不快ではなく、面白い物を見るような目だ。
その反応に、ウェイバーはライダーが全く変わっていないのだと改めて理解する。
「私は…歳をとり過ぎました」
ライダーは本当に変わらない。
変わったのはウェイバーだけだ。
追い抜き、そしてそれ故についていけなくなった。
「この足では王に追いかけられません…この腕ではロクに物を持ち上げる事もできません…すぐに息が切れてついていけないでしょう」
「がははは!!そんな事か~」
ウェイバーの告白を、ライダーは笑い飛ばした。
更にはウェイバーに近づいてきたかと思えば背中を叩く。
それもまた昔と変わらないが、若くない老体には当時より強く響いた。
「歳?そんなもんで止まる余と思うてか?」
「い、いえ…王では無くてですね…」
「構わん構わん!!」
「“僕”が構うんだよ!!」
とっさにウェイバーは言い返していた。
口調も、当時のそれに戻っている。
現在の彼を知る人物、尊敬している人間がここにいたなら、初めて見る彼の取り乱した姿に目を丸くしていただろう。
「お前相変わらず人の話聞かないな!!こんな歳くった僕が何の役に立つって言うんだ!?分からないならはっきり言ってやる!!お前の足手まといになるのは嫌なんだよ!!何も出来ないで見ているだけなんて耐えられ…な!!」
皆まで言わせずにライダーがウェイバーの頭に拳骨を落とした。
これまた懐かしい痛みだが…この野郎、相手が老人でも手加減なしか?
「いった…何するんだよライダー!!」
「黙れチビ、お主のような糸瓜くらい背負った所でどうという事はないわ!!」
非常にヘチマに失礼な事を言っている。
「お主も変わらんな~、歳を食ってガタイはちっとばっかしでかくなったようだが、小さいのは相変わらずか?」
「小さい事は関係ねぇ!!お前と比べたら大抵の物が小さく見えるだけだ」
「大人ぶって諦観するでない!!そんな者に何の意味があるか?重要なのは行きたいか行きたくないかであろう!?」
「あ…」
「それに対してお前は行きたいと言った。そうだな?ならばどこに問題がある?」
それはとても単純すぎるように思えた。
だが、ウェイバーはとっさに反論できなかった。
「間違うなよ未熟者、夢や大望は決して人を裏切らん。自分に言い訳をして裏切るのは何時だって人の方よ。それにな…」
ライダーの顔に浮かぶのは男臭い愛嬌のある笑み。
この男はとんでもない事を言うとき、やらかす時には必ずこの笑みを浮かべていた。
「余はもうすでに、お主を連れて行くと決めているのだ。拒否などさせるものかよ」
熱い…熱い何かがウェイバーの老体を駆け抜けた。
背中に受けた物とも、拳骨を頭に落とされた時とも違う、そしてそれ以上の何かがウェイバーを見の内から焼く。
「さあウェイバー・ベルベット、呑気に老いている場合ではないぞ!!」
気がつけば、ウェイバーは自分の足で立ち上がっていた。
自分の両足でまっすぐに立ち、ライダー…イスカンダル王と対峙している。
「お前は十分に王について語り、余の疾走を語ったと認める。ならばここからは新しい門出だ。ついて来い。ウェイバー・ベルベッド!!」
ライダーはウェイバーに背を向けると、一歩を踏み出した。
それに慌てたのはウェイバーだ。
「はい!!」
その声は、歳経た老人の物ではなかった。
その手は、年月によって刻まれた皺がなくなり、若々しい物になっている。
その足は、力強く地面を蹴り、活力に満ちていた。
いつの間にか…ウェイバー・ベルベットは在りし日の姿へと戻っていた。
ライダーに小突かれ、反発し、それでも最後にはこの王について行くと誓ったあの日の姿のままに…ウェイバー・ベルベットは王の背中を追いかけて駆けだした。
遠く…世界の果てを目指す長い長い旅へと…。
――――――――――――――――――
翌日…魔術師として感じる物があった遠坂凛が、ウェイバー・ベルベットの家を訪ねて来た。
自分の感じた物が何なのか、確信があった彼女は挨拶もなく家に入り、リビングで安楽椅子に腰かけ、眠るようにして亡くなっている師を見つける。
当日の内に、遠坂凛の口からロード・エルメロイⅡ世の訃報が各所に伝えられ、そこから更に伝言ゲームのようにして広がっていった。
彼の葬儀は弟子であり、自分が亡くなった後の一切を任されていた遠坂凛の手によって冬木教会で挙げられる事になったが…葬儀にはウェイバーの死を知り、急遽来日してきた多くの弔問客…魔術師達が集まることとなる。
駆け付けたものの、あまりに数が多かったため、教会に入りきれない人数に関しては教会の外での参列となり、故人の人望と、弟子の多さが伺えた。
式は日本式の火葬ではなく、彼の母国であるイギリス式にのっとって土葬となったが、参列者たちが最後に見たウェイバー・ベルベットの死に顔は満ち足りたものであり、生前よりも若く見えたと言う。
まるでここから新しい人生が始まるのだと…そう言うかのように…見る者に、自分もこんな顔で死にたいと思わせる、そんな顔だった。
冬木墓地に埋葬された彼の墓標には、一つの言葉が刻まれている。
――――彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)――――
ここではないどこか遠く…今ではない何時かに…荒野を渡る熱い風の中で世界征服を目指す王と勇壮なる軍勢の中…そこに一人の小柄な青年魔術師の姿があるのかもしれない。
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コンビニのFateの一番くじで、イスカンダルとウェイバーが並んでいるのを見て何となく書きました。
考えるな、感じるんだ!!…な話になった気がします。