#24
美羽たちと別れ、再び平原を進む事また数日間。これまたとある街に到着。今回は美羽の時のような出会いもなく、すんなりと街に入る。
「この辺りにすっかな」
食事処の立ち並ぶ通りの端で、俺は立ち止まる。荷車に積んでいた商品を地面におろし、木材やら何やらを荷車の上にまとめ始めた。
「なにやってるんですかー?」
「ん?屋台作ってんだよ。屋台のまま移動するのは大変だし、荷車じゃ店としちゃダサいからな」
「そうなんですか?器用なんですね」
「よせやい、照れるだろ」
掛けられる問いに適当に応えながら、部品を組み立てていく。10分もしないうちに大枠は出来上がり、料理の仕込を始める。
「何を作ってるの?」
「んー?簡単に言やぁ麺だが、俺以外は作らない麺物だな」
「そうなんですか!?出来たら食べさせてくださいっ」
「金さえ払えばな。俺のうどんは美味いぜ?」
「へーっ、うどんって言うんですね」
「ま、待ってな」
蕎麦と同じように、海の幸はないため鶏肉で出汁をとる。昼の飯時まではまだ少し時間があるので、出汁もたっぷりとれるはずだ。
「楽しみだなー」
「楽しみにしとけ」
「……ん?」
「……どうしたの?」
ここでようやく、俺は先ほどからの会話相手を見る。
「……あぁ、劉備ちゃんか」
「分かってなかったの!?」
いや、
「そんなぁ……」
「それで、鳳統ちゃんのお兄さんはこんな所で何してるんですか?鳳統ちゃんは一緒じゃないの?」
麺生地を伸ばし、打ちながら劉備ちゃんの話し相手。
「雛里が孫策さんのトコにいるのは知ってるだろ?雛里は軍師で、俺は商売人。仕事場が違うんだよ」
「そうなんですか。……あ、そういえば、お兄さんの名前を聞いてなかった!鳳統ちゃんのお兄さんだから、鳳なんとかさんだと思うんだけど……」
「あ、田中です」
息を吐くように偽名を名乗る。北郷ってバレたら関羽に見つかった時にうるさそうだし。
「鳳田中さん?」
「いやいや、田中です」
「あれ、姓が違う…?」
「父親違いでな」
「そうなんだ……」
おっと、重い雰囲気になっちまった。
「これこれ、お嬢さん。そんな顔をしてはいけません」
「え?」
「そんな昔の話より、今が大事だからな。俺と雛里はとっても仲良し。それで十分」
「……そうですよね。昔が辛くても、いまが素晴らしいなら、それでいいですよね!」
ま、嘘なんですけどね。
「それより、劉備ちゃんはなんでここにいるんだ?」
「あーっ、それ聞いちゃう?聞いちゃいます?」
「あ、別にいいです」
ぶっちゃけ興味がないので、麺打ちに集中する。
「お願いだよー。聞いてよー」
「俺は仕事で忙しいんだ。その辺の猫に向かって話しかけてればいいだろ」
「そんな頭の痛い子なんて、居るわけないもん」
1人知ってるけど。
「誰?」
「さてな」
黒髪猫フェチ娘の事を思い出しながら、適当に誤魔化す。その時だった。
「――――見つけましたよ、桃香様!」
「えっ?」
「ん?」
劉備ちゃんの真名を呼ぶ、凛々しい声。
やっべ……。
「今日は会議があると言ったではありませんか!またこのように抜け出して!」
「うー…だって、私難しい事わからないんだもん……」
「わからなければ、学べばいいのです!」
やって来たのは、かつて俺を追いかけ回した関羽ちゃん。劉備ちゃんは怒られているようだ。
スチャッ
「愛紗ちゃんが意地悪する……田中さんも黙ってないで助けてくださいよー」
「はて、誰の事ですかな?」
「あれっ?」
劉備ちゃんは俺に助けを求めるが、振り向いて変な声を上げる。
「どうかしたのですか、桃香様?」
「いや、さっきまで鳳統ちゃんのお兄さんがいた筈なんだけど……」
「鳳統の兄…あぁ、あの時の商人ですか。どこにもいないではありませんか」
「あれー?」
首を傾げる主を放置して、関羽ちゃんは俺に向き直る。
「そこの髭の者。ここに、別の男は居たのか?」
「いえ、朝からあっししかおりやせんぜ」
関羽ちゃんが来た瞬間から、俺はヒゲ眼鏡で変装していた。これで通せるとは思っていなかったが、まさか気づかないとは……劉備ちゃんも頭がちょっと弱い娘なのかもしれない。
「ほら、桃香様。なにをおかしな事を仰っているのですか。さぁ、城に戻りますよ」
「あれー?」
狐につままれたような表情のまま、劉備ちゃんはずるずると引き摺られていく。
「……城って言ってたけど、まさか領地でも貰ったのか?」
黄巾党の時の成果を考えると、それもあり得るのかもしれない。
昼飯時。
「――――毎度っ!」
午前中に用意していた麺と汁で、うどん屋を展開する。初物が珍しいのか、売れ行きはなかなかだ。
「残り5杯分だな」
あれだけ準備していた食材も、残すところあとわずかとなっていた。1~2人分は俺の昼飯にあてられるし、3人くれば、今日は店仕舞いだ。そんな事を考えていれば。
「あーっ!まだやってた!よかったー」
「桃香様、お待ちください!」
デュワッ
「おやおや、朝の御方ではありませんか。お仕事は休憩で?」
「そうなんですよー。やっと難しい話から解放されたの」
「今日は何の会議で?」
「んっとー、農業に関する政策と、徴兵の話です」
「桃香様、民に政治の事をあまり話しては――」
「もー、愛紗ちゃんは相変わらずお堅いんだから。この人にだって関係のある事だし、知る事は大事だと思うな」
「それはそうですが……」
どうやら、朝の推測は当たっていたようだ。太守にでもなったんだろう。此処は……徐州のどこかだったか。
「それより、また来てくれたって事は、お昼は此処で?」
「はいっ。おうどん2人前、お願いしまーす」
「仕方がないですね…」
「卵はつけますかぃ?」
「あ、私はいいです」
「貰おうか」
「かしこかしこまりましたかしこー」
湯を沸かしていた鍋に麺を2玉入れ、ゆで卵の殻をむいていく。
「初めての匂いだねー」
「えぇ、そうですね」
こっちの汁物といったらラーメンのように味が濃いか、粥のように薄味かのどちらかだ。このくらいのものは、珍しい。
「生姜は入れますかぃ?精が着きますぜ?」
「んー、匂いが強そうだから私はいいかな」
「私も、今日は鍛錬もないから結構だ」
「あいよー」
そんなこんなで麺が茹で上がる。水気を切り、汁の入った丼に投下。刻んだネギを乗せ、関羽ちゃんの方には半分に切ったゆで卵も追加する。
「お待ちぃ!」
「わぁっ、美味しそう!」
「ほぅ…いい匂いだ」
さぁ、たんと喰らいやがれ。
そんなこんなで、お食事開始。
「――それにしても、田中さんは何処に行っちゃったのかなぁ?」
「見間違いだったのでは?この者も知らぬと言っておりますし」
「会話もしたのに!?」
「まぁ、桃香様ですし…」
「どれだけお馬鹿さんなの、私って?」
そのくらい馬鹿でも、可愛ければ許されるのがこの世の中だ。あぁ、理不尽。
「美味しいね、愛紗ちゃん」
「えぇ。悪くないですね」
ちゅるちゅると麺を啜りながら劉備ちゃんが問えば、お上品に食べていた関羽ちゃんも頷く。
「おやおや、劉備様と関羽様にお褒め頂けるとは、ありがたいですね。喧伝してもいいですかぃ?『劉備様と関羽将軍も絶賛!』って」
「やめてくれ……」
小難しい顔しちゃって。
「……む?私はお前に名乗ったか?」
そして、意外と鋭い。劉備ちゃんは相変わらずうどんを啜っている。
「いえいえ、有名ですよ?見目麗しい新領主の劉備様に、劉備軍一の武・美髪公の関羽将軍といったら」
「えへへー、麗しいだってー」
「なっ…そのような不埒な事を言うな!」
「すいやせんねぇ。でも、あっしみたいなおっさんからすりゃぁ、こうでもしなきゃ若くて、しかもとびきり美人のお嬢さん方と会話する機会なんて、そうないもんで」
「とびきり美人だってー!えへへへー」
劉備ちゃんは素直で可愛いなぁ。簡単に悪い男に騙されそうだけど。
「ふんっ、どれだけの女を口説いてきたのやら……生憎だが、私は武人だ。どれだけの男が来ようとも、なびく事などない」
「おやおや、やっぱりあっしみたいなおっさんじゃぁ駄目ですかね」
「愛紗ちゃん酷ーい」
「そういう意味ではないっ!」
「じゃぁ――」
このまま話してても面白いけど、もうちょっと盛り上げてみるべく、俺はヒゲ眼鏡を取り外す。
「――俺みたいな若い男ならどうだい、関羽ちゃん?」
「あぁーっ!田中さんだぁ!」
「いい
「わーい」
素直で可愛いなぁ。
「ところで、関羽ちゃんは固まっちゃってどうしたんだい?麺が伸びるぜ?」
「あ、あぁ…そうだな……いやいやいや。鳳統の兄ではないか。どうしてこの街にいるのだ?」
喜んで丼を差し出す劉備ちゃんに鶏肉を追加してやれば、関羽ちゃんも正気に戻る。
「だってほら、俺って商売人だし」
「確かにそうだが……いやいやいや。呂蒙と言ったか?孫策軍の将とも仲が良かったではないか」
「あぁ、アイツも俺の妹だ」
「何人妹がいるのだ!」
「いまんトコ、5人だな」
「変動するのかっ!?」
「まぁ、当たりが出れば」
可愛かったら増やしてもいいかも。
「田中さんって凄いんですねー」
「凄いの方向性が違いますよ……はぁ」
おっと、関羽ちゃんはお疲れのようだ。
「お前の所為でな」
「そうか。だったらお詫びにおろし生姜を山盛り入れてあげよう」
ドサドサドサっと、関羽ちゃんの丼に擦り下ろした生姜を投入。麺が見えなくなった。
「多すぎだ!麺もほとんどないのだぞ!?」
「いいじゃん。元気になるよ」
「どうしろと……」
溜息をつきながらも、関羽ちゃんは真っ黄色に染まった丼に箸を突っ込む。
「ズズッ…ゴホっ、ゲホッ!……かっらぁ」
「ごちそうさまー」
「食った気がしないのは何故だ……」
「またどうぞー」
2人は食事を終え、城へと戻っていった。
あの後もしばらく話していたが、やっぱり太守になったんだとさ。黄巾党の時に関羽ちゃんが頑張って、曹操が口利きしたらしい。雪蓮も言ってたが、領地を貰えたようで何よりだ。
「さて、残り1杯だけど、もう閉めちまおうか。客も来そうにないし」
太陽も少々位置を変え、昼飯というには少し遅い時間となった。客も期待できないしと、俺は閉店の準備を開始しようとする。
「まだ開いておるか?」
「らっしゃい。お客さんは1人かい?1人前なら準備出来るよ」
「ならばそれを貰おうか。あとメンマを」
そんなもんねーよ。
「なんと!?……まぁ、よい。面白いものも見る事ができたしな。では、最後の1杯をもらおうか」
「毎度。卵と生姜は?」
「マシマシで」
「かしこかしこまりましたかしこー」
やって来たのは、白い服に青い髪の映える、これまた美人のお嬢ちゃん。
「――へい、お待ちぃ」
「うむ、頂こう」
さっと準備をし、生姜とネギ、それから卵をたっぷりと乗せ、客席に出す。
「……ふむ。これは初めての味だ。なかなか気に入ったぞ。これでメンマが入っていれば、申し分はないな」
「メンマメンマうるせぇよ。メンマを食わないと死んでしまう病気なのか?」
「あぁ、そうだ」
なら仕方がない。
「それより店主よ。お主は、桃香様や愛紗と知り合いなのだな」
「ん?……あぁ、劉備ちゃん達か。昔ちょいとね」
「なるほどな。愛紗があれほど取り乱すなど、そう見られるものではない。なかなかの強者のようだな、店主は」
「さっきの遣り取りか?見てたのかよ」
「『面白いものを見る事が出来た』と言ったではないか」
「あぁ、そういう意味ね」
なかなか性格が悪いのかもしれない。
「それで、何が目的だい?」
「わかるか?」
わからいでか。わざわざタイミングをずらして飯を食いに来たんだ。何かしら意図があるに決まってる。
「頭も回るようだ。ますます気に入ったぞ」
「はいはい、ありがと。それで?」
「あぁ、某の目的だったな……実は、頼みがあるのだが」
「言ってみろ。金次第では引き受けてやる」
「実はな――」
お嬢ちゃんは空になった丼を置き、真面目な表情となる。
さぁ、商売の時間だ。
「先程お主がつけていたヒゲと眼鏡とカツラがあるだろう?」
「あぁ、これか?」
俺は、懐からヒゲ眼鏡とヅラを取り出す。
「そうそうそれだ!それをだな……譲ってはくれまいか?」
「……なんだと?」
「某にも理由はわからぬ。だが、その変装道具を見た瞬間、背筋がまるで雷に打たれたかのような錯覚に陥ったのだ。まさに僥倖。天啓。運命の出会い!それがあれば、某はまた新たな高みに昇れるような気がするのだ!」
「……」
また変わった女だ。確かにこれ以外はこの大陸に存在などしようもないが、そんなに欲しいのかね。
「どうだろう?」
「ま、これをあげる事もやぶさかではないが……」
「本当かっ?」
「まぁ待ちな。俺にとっても、コイツは大事なものだ」
嘘だけど。
「相応の対価ってものがあるんじゃないのか?」
「そうだな…お主の言う事も至極当然だ。そして某にも当然、対価を払う気構えはある」
「そうか。じゃ、交渉成立だな」
「うむ」
俺は調理台越しに手を差し出し、嬢ちゃんもそれを握る。
「気に入ったぞ。某の名は趙雲子龍。よろしく頼む」
「あぁ。俺は北郷。よろしくな、趙雲ちゃん」
「こちらこそ。では、これがその対価だ」
言って、お嬢ちゃんは腰に提げていた壺を渡してくる。壺に金を入れてんのか。変わった奴だ。
「これ、全部いいのか?」
「あぁ、それが、いま某が差し出せるすべてだ。受け取れ」
「そうかい。あんがとよ」
言葉通り受け取ってみれば、それはずっしりと重く。中身が詰まっている事がわかる。布でしばられた口からは、得も言われぬ芳香が……えっ?
「では、某にも仕事があるのでな。これにて失礼する」
「ちょいと待て。コイツはなんだ?」
「む?」
その口布を解いてみれば、壺の中には茶色く細い物体。適度に捩じれたそれには縦に線が入り、まるでメンマのようで――
「うむ、メンマだ」
「メンマかよっ!?」
――そのまんまメンマだった。
「先程も言ったであろう。某はメンマを食べなければ死んでしまう病なのだ。その薬とも言える極上のメンマを、ヒゲ眼鏡の対価として差し出す。うむ。等価交換であろう」
「おいおい、本気で言ってんのか?」
「なにが?」
本当にわからないという顔をしてやがる。
「あぁ、わかったよ」
「そうか、理解してくれたか。某も嬉しいぞ」
「お前が馬鹿だって事がな!」
「なっ!?人を指して真性のキ〇ガイなどと、なんと酷い事を言う奴だ!」
そこまで言ってねぇよ。
「つーか、本当に金はないのか?もしかして、このうどんの代金も払えねぇのか!?」
「はっはっは!何を言っている。そのメンマさえあればお釣りが来てもよいものを、北郷の気概に感心してくれてやろうと言っておるのではないか。どうした。喜びに咽び泣くがいい」
「……」
こらまたカチンと来ましたよ。そうかい。そういう事かい。よく分かったよ。
「……おいおい。その手に持った鍋をどうするつもりだ?」
「金がねぇなら、テメェはただの食い逃げ野郎って事だ」
「食い逃げ野郎とは失礼な!歴とした、可憐な少女だぞ!?」
「そして、テメェが人を馬鹿にするのが大好きなどうしようもない奴だって事もな」
「そのような気など、毛頭ないと言っておろう。というか、待て。なぜ鍋を振りかぶる。まだまだ湯がたんまりと入っているであろう。そんなものを人に向かって振りかぶり、あまつさえそれを浴びせようなどぎゃぁあああああああああああああああああああああああああっ!?」
安心しろ。かろうじて火傷しない温度にまで冷めてるからな。
「なぁ、北郷よ……」
「……」
「確かに、某が悪かった」
「……」
「だが、この扱いはないのではないか?」
熱さにのたうち回っていた趙雲をとっ捕まえてふん縛り、城へと連行する。
「ほら、服が濡れているから、どんどんと汚れていってしまうではないか」
「……」
両手両脚を縛らないと暴れ回られそうなので、その通りに。
「それにホラ、たまに股の縄が喰い込んでしまう」
「……」
ちなみに亀甲縛りで引き回し。そんな趣味はないが、辱めという意味で。
「……はっ!そうか。お主は
「さっきからうるせぇよ!」
「っ!?」
グチグチとうるさいので、縄を思い切り引っ張る。趙雲の身体がビクンと跳ねた。
「くっ……某も経験は多いが、このような趣向は初めてだ。まさか、お主最初からそのつもりであのヒゲ仮面をっ!?」
「黙れ、真性処女」
「な、何を言う!?某は、それはもう何処に行こうとも口説かぬ男がおらぬほどで、1晩に50人を相手取った事も――」
「はいはい。そういう見栄とかいいから。どんな嘘吐こうが、こっちには匂いで分かるから」
「なっ!?」
「生娘とオンナは匂いが違う。もっと男を惹きつける
「……グスン」
ふん。粋がった小娘にはいい薬だ。
という訳で、お城にやって来ました。これまで道すがらに何人もの人間がジロジロと見ていたが、俺の棲み処じゃないし、別にいいや。
「お邪魔しまーす」
「ちょっ、本当にこのまま行くのか!?」
「だって、食い逃げ犯だし」
「ヒドイ…」
そんなこんなで城内を進む。
「貴様、趙雲様になんてこtぐはぁっ!?」
「そんな羨ましい事をしやがはっ!」
「俺に代われ!むしろ縛ってください趙雲将ぐふんっ!?」
時々兵が斬りかかって来るが、すべて撃退。
「おいおい、やり過ぎではないか?」
「向こうが話も聞かずに斬りかかってくるんだ。正当防衛だろ」
「確かにそうだが……」
そんな感じで相変わらずスリズリと引き摺っていれば。
「関羽将軍!こちらです!」
「任せろ!お前達は、念の為、張飛を呼んでこい!」
「はっ!」
なんとも大物が出て来たものだ。
「見つけたぞ、賊め!って田中ではないか!」
「久しぶり、関羽ちゃん」
「久しぶりではない!星を捕らえて、どうしようというつもりだ!?」
「すまぬ、愛紗よ…捕らえられてしまったうえに、このような辱めを……桃香様の臣下として情けない」
「いやいや、勘違いすんなよ。俺はこの食い逃げ野郎を提出しに来ただけだ」
「はぁ!?」
すっとんきょんな声を上げやがって。
「騙されるな、愛紗!」
「いや、お前は黙ってろ」
「……田中よ。私は桃香様の義に心を打たれ、臣下となったのだ。お前の事は嫌いではなかったが、桃香様一の家臣が、その義を捨てる訳にはいかない。私は星を信じる!」
「愛紗…感謝するっ!」
「という訳で、いますぐ星を解放しろ」
「いやいやいや」
「頼む、愛紗!某の恨みを晴らしてくれ!こいつは、衆目の中で私を縛るだけでなく、服を脱がしてあんな事やこんな事を…ううぅぅ……」
頼むからお前もう黙ってろ。
「ぷぎゃっ!?」
趙雲の顔を踏みつけて黙らせる。痛みにもがき苦しむが、縛られてるその状況では血を拭う事も出来ない。ま、ギャグパートだからすぐ元に戻るんだけど。
「いや、こいつを放すのもやぶさかではないのだが……その前に、俺の話を聞いてくれないか?」
「貴様のような暴漢の話を聞く気など――」
「これ、なんだかわかる?」
関羽ちゃんの言葉を遮って、俺は腰の物を上げて示す。
「そんな壺がなんだと言うのだ!……って、その壺は」
「気づいたようだな。趙雲ちゃんの大好物のメンマだ。関羽ちゃんなら、俺なんかよりもずっと、この娘のメンマ好きは知ってるだろ?」
「あぁ…病気なのではないかと疑うほどだ……」
そんなにかよ。
「じゃぁ、わかるんじゃないか?どれだけ相手が強くても、この娘なら、命に代えてもメンマを守る筈だと。メンマを奪われるくらいなら、死を選ぶだろうと」
「……確かに。では、何故そのような事を?」
「さっきも言った通り、こいつは食い逃げだ。飯代をコレで支払おうとしやがったからな」
「何も払わぬよりは、マシなのでは……?」
「質問で返すけど、関羽ちゃんが仕事の給金をメンマで支払われたらどう思う?」
「最高ではないぱぎゃっ!?」
だから回復早ぇよ。
「……私が間違っていた」
「わかってくれたか」
「あぁ。こやつが食べた分の代金は、私が立て替えて置く。だから星の縄を解いてやってくれ」
「愛紗ぁ…」
「それと星。その分はお前の給料から引き、そして武官の癖に食い逃げ未遂という事で減給しておくからな」
「オゥフ…」
ま、金さえ貰えりゃ文句はないけど。
「――身体中に縄の跡がついてしまったではないか」
「うるせぇ。自業自得だ」
趙雲ちゃんの縄を解き、立ち上がらせる。
「さて、身体も自由になった事だし」
「ん?」
立ち上がったお嬢ちゃんは、俺から返してもらった槍を構える。
「先程の恨み、いまここで晴らさせてもらうぞ、北郷っ!」
※※※
ここで、少々補足しておこう。
一刀が大人しく趙雲を解放したのは、ただ料理の対価を、関羽からとはいえ支払わせたからである。ある程度の労力は浪費したものの、損はなくなったのだ。
だが、忘れてはならない。彼は商売人である以前に、1人の人間である。どれだけ金儲けの気があり、仕事の対価を得ようとも、1度その対価を踏み倒そうとしたばかりか、さらには謂われなき暴力を受けようともなれば、当然己の身を守り、その怒りを防御から攻撃に乗せ変えて返す事もある。要するに。
※※※
「――――ずびばぜんでじだ」
まぁ、こうなる訳である。趙雲といやぁ、五虎将としても有名で、その武も当然凄まじい筈である。あるのだが、こうしてボコボコにやられる辺り、いまがまだギャグパートの渦中である事がうかがえる。
「自業自得だ、星」
事の成り行きを黙認してくれていた関羽ちゃんが、溜息交じりに諦めの視線を同僚に向ける。
「それよりも」
「ん?」
かと思えば、俺を振り返った。
「さきほど星が、『北郷』と言っていた。田中ではなく」
「あー…そうだっけ?」
んー、何かヤバい事があったような気がするけど……思い出せない。なんだったっけ。
「お主はやはり、孫策軍の北郷殿であっているのか?」
「いやいや。軍を手伝ってたのは、黄巾党の討伐が落ち着くまでだ。いまはただの商売人だぜ?」
「逆を返せば、以前会った時は、確かに孫策殿の軍で働いていたのだな?」
「まぁ…そうなるけど」
「そうか」
何かを納得したと言う表情で、関羽ちゃんは偃月刀を俺に向けてくる。え、どういうつもり?
「孫策殿が言っていたではないか。北郷殿の武は、孫策殿ですら手も足も出ないと」
「あー…」
思い出してきた。つーか思い出した。なんであん時のフラグを今回収してんだよ。最初から回収するつもりなんてなかったのに!?
「是非、手合せ願いたい」
「いやいや、さっきも言ったけど、俺商人だぜ?」
「だが、こうして星を軽々とあしらえるのはどういう事だ?商人などという器に収まるものではない筈だ」
「……本気?」
「当然」
そんなに真剣に見つめないでくれ。〇起するじゃん。
「孫策殿にお主の事を教えられて以来、お主の事を考えない日はなかった。おそらくだが、私と孫策殿はほぼ互角。なれば当然、お主の方が私よりも強いという事になる。その事を考えるだけで私の身体は震え、闘いたいと叫んでいたのだ」
だから、そんな風に言わないで。我慢〇が出て来ちゃうじゃん。
「……仕方がないなぁ」
「では!」
「あぁ。ただ、少し時間を貰えるか?」
「なにかあるのか?」
「ほら、コイツを引き摺ってきただろ?だから屋台やら何やらを置きっ放しにしちまってんだ。念の為、それを取りに戻ってもいいか?」
「そういう事か。かまわない。それでは、此処に戻ってきたら、練兵場に来てくれ。そこでなら、存分に闘えよう」
「ん、わかった」
という訳で。
「さて、次は何処に行こうかな」
俺は街を出ていた。
「いや、関羽とか武神なんて言われてんじゃん。俺が勝てるわけないじゃん」
誰にともしれず言い訳をしつつ、俺は荷車を引く。せめて1泊くらいはしたかったんだけどなー。
「ま、適当に野宿するか。肉とか木の実とかも手に入りそうだし」
買うよりも安いしな。つか無料だし。
「つーか黒麦買ってないじゃん。……あのおっちゃんは青州って言ってたっけか」
青州ってどっち?
「適当に進めば見つかるだろ」
そんなこんなで、俺は街を後にするのでした。
おまけ
「あー、痛かった……」
誰もいなくなった廊下で、趙雲は身体を起こす。同僚の武人は練兵場に行き、かの男は城を出ていったという経緯は、倒れながらも耳に入っていた。
「それにしても、おもしろい男だ」
楽しそうに喉をくつくつと鳴らしながら、伸びをする。ずっと縛られていたため、身体が硬くなっているのだ。と、そこで腹の辺りに違和感。
「何か入っているな…って、これは……」
そこに手を差し入れ、取り出したそれを見て趙雲は目を開く。
「これは…北郷が持っていたヒゲヅラ眼鏡っ!」
そう、それは彼女が強く望み、その所為でこうして痛めつけられた元凶。
「ふふっ、あの男……なかなかと粋な事をする」
だが、その存在に趙雲は身体の痛みも忘れて微笑む。
「気に入ったぞ、北郷。これは、大切に使わせてもらう」
数日後、徐州のとある街に、『ヒゲ仮面』なる正義の味方が現れるが、それはまた別のお話。
おまけ その2
「――あれ、愛紗ちゃん?何やってるの?」
深夜。篝火の焚かれた練兵場にて、劉備は義妹の姿を認める。
「北郷殿を待っているのです」
「北郷さん?」
誰だっけ。劉備は心の中で首を傾げる。
「なにするの?」
「えぇ。北郷とこれから仕合をする約束をしておりまして」
「そっか。頑張ってね」
「はいっ!」
敬愛する主の激励に、関羽は気合を入れ直さんとばかりに、偃月刀の石突を再び大地に打ち付ける。
「私は寝るけど、愛紗ちゃんも無理はしちゃダメだよ?」
「お気遣いありがとうございます。おやすみなさいませ、桃香様」
「うん、おやすみー」
騙されたと関羽が気づいたのは、槍遣いにその事を指摘された翌朝の事だった。
あとがき
愛紗たんとの戦闘フラグを華麗に回避したよ!
やったね、たえちゃん!
今日は夕方から仕事で、夜も投稿できそうにないので、この時間に。
来れたら前回のコメント返してく。
ではまた次回。
バイバイ。
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前回のあらすじ。
ベッドシーン?(ページの)中に、何もありませんよ……?
どぞ。