じっくりと、一振りに10分20分をかけ、理想の剣筋に滑らせる。
俺の手には素振り用の木刀、爺ちゃんの手には通常の木刀だ。
俺と爺ちゃんは、この動作を型を変え、剣筋を変え、ひたすら数時間繰り返していた。
何故速く振らないのか。
遅く振ることに意味はあるのか?
俺は確かに"ある"のだと思う。
これは俺がそうだと思っているだけのものだが、特に大事なものは二つ。
剣筋と刃筋、だ。
剣筋は剣の通る軌道、刃筋は対象と刃の角度と考えてくれればいい。
身体に理想の剣筋を染み込ませる事によって、一切の無駄なく剣速を上げ、いかなる隙間にも打ち込める。
手首を鍛え、揺ぎ無い角度を維持することにより、僅かな刃筋の狂いすら許さない。
特に刃筋、これは多分、日本刀を使うか否かによって、重要度がかなり変わるのではないだろうか。
日本刀、こと接近戦用の武器の中では最強と名高い武器である。
使い手によっては鉄さえも切り裂く脅威を秘めているのだ。
逆に言えば、使い手がヘボでは威力を全く発揮しない武器ともいえる。
どんな名刀も、素人が使えば人を一人切れば刃毀れし、例え鈍らでも、達人が振るえば十人を斬ってなお切れ味が衰えない。
いわんや名刀を達人が振るったならば、刀身には血脂すら残らない。
日本刀とそれを扱う剣術とは、力ではなく、技をこそ威力に昇華させる術(すべ)なのだ。
そして俺は、あの世界にいた頃から、英雄といわれる彼女達に力では絶対と勝てないと悟っていた。
片手で数十kgの得物を振り回し、素手で岩すら打ち砕く。
俺には絶対にその領域に届かない。
これは多分、どうしようもなく、絶望的なまでの真実だ。
だが、思い出して欲しい。
チンピラ数人と戦うのが精々だった俺が、一振りで数人の敵兵を切り捨てる春蘭と、真正面から十合足らずとはいえ打ち合えたということを。
力ではなく、剣術の技をもって、魏武の大剣の攻撃をいなしたことを。
技を鍛えれば春蘭に勝てる、とは言えない。
だが、春蘭達英雄と戦おうとするならば、俺には技を磨くという選択肢しか ありえない。
故に振るう。
この緩やかな一振りこそが、技を磨き、かの英雄達に追いつく唯一の術であることを信じて。
ちなみに、今俺が振っている素振り用木刀と、実戦用(まあ、相手は巻き藁とかだが)の木刀は、赤樫でもって作られている。
赤樫は黒檀などに比べれば、見た目はだいぶ劣るが、硬度は並び、粘りは遥かに凌ぐという代物だ。
腕に自信が無いのなら、下手に真剣を持つより、この木刀の方がよっぽど良かったりするかもしれん。
逆に黒檀は世界で一番硬い木だとも言われているが、粘度が足らないので打ち合いには向いてない。
見た目は綺麗だから、木刀に使うなら観賞・贈答用だな。
ちなみにこの事実、俺はあの世界に行く前から知っていた。
特に本腰入れて、鍛錬の為に調べたという訳ではない。
じゃあ、昔の俺が真面目で、分からない事はすぐ調べるいい子だったから知っていたのか?
ノン・ノン☆
どっちかというと、何も考えずに遊びまわるようなガキだったね。
じゃあ、何で知ってたのかって?
それはね、中学一年の頃にまで遡るのさ。
道場の奥に飾られた、鈍く輝く漆黒の木刀。
爺ちゃんからは、触ってもいいが乱暴に扱うなって言われてたわけよ。
小学生の時まではそれで満足してた。
黒く艶やかな輝きと、ヒンヤリと硬質な手触り。
それに感動して、精々軽く素振りするに止めていたわけ。
でもね、調子に乗っちゃったんだろうね。
どんな美しい武器も、使われなければ意味が無い、とか。
この漆黒の輝きは俺にこそふさわしい、とか。
少し早い厨二病の発症ですよ。
で、巻き藁にね、
「はあぁぁぁ!」
とか言いながら叩きつけたわけ。
カッシィィーーン!!
ジンジン痺れる硬い手応え、これが最後の引き返すチャンスだったね。
でも、魔剣士カズト・フォン・ホンゴウ(注:北郷一刀)はもう止まらない。
嵐のような連撃を永遠のライバル、魔界騎士ヒュエルド・リ・ミカエル(注:巻き藁)に叩き込んでいくわけ。
「くらえぇえ!! 必殺……」
ビキィッ!
やっ・ちゃっ・た・ZE☆
漆黒の刀身に、先端から中央付近までバッチリとでかい皹が入ってた。
その後の展開は、もう説明要らないよな?
当然のように爺ちゃんにバレて、ボッコンボッコンのケッチョンケチョンのペランペランにされたというわけさ!
ちなみに後で母さんに聞いた黒檀の特上大刀のお値段
¥126,000(税込み)也
うん、ゴメンヨ爺ちゃん、本気で悪かったよ……。
それからしばらくは、爺ちゃんの背中がやけにションボリとして小さく見えたのを覚えてる。
まあ、そんな事件があった後、木刀の値段を調べたりする過程で性質についても知った、という訳だ。
必死で貯めた小遣いと貯金を合わせ、数万円の黒檀木刀を誕生日に贈ったりしたのだが、その木刀は爺ちゃんの部屋にしまわれて、この道場にお目見えしたことは無い。
そんな事をふと思い出しながら、ちらりと、横で黙々と木刀を振るう爺ちゃんを見る。
おそらく俺のような雑念など抱かずに、ただひたすらに型をなぞる姿……。
うん、余計なことは考えず、もう少し素振りを続けるとしようかな。
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物語が全く進展しないのは何故なのか。
そして推敲してたらギリギリ間に合わなくて泣いた orz
じっくりと推敲しなおして投稿する事に決定。