No.54292

呉IF√another あさきゆめみし ~孫呉の未来~

呉楽さん

Ifの雪蓮生存√another。
エンディング後の呉の話です。

anotherの名の通り、一介の町人の子供視点で呉を描いてます。

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2009-01-25 23:59:54 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:25930   閲覧ユーザー数:15506

 

 

 

 

あさきゆめみし ~孫呉の未来~

 

 

 

 

大群衆の中を必死に前へと進む。

 

「すみません! 退いてください!」

 

僕の右手には彼女の右手。それを離すまいと泳ぐように人並みを掻き分け進む。

 

もう半刻もこうしてぎっしりと詰めかけた人々の間をくぐり抜けている。

けれどその人の壁は決して途切れることなく、こうして前に行けばいくほど動く隙間が少なくなる。

 

人と人の間に身体をなんとか滑り込ませ、後ろから彼女を引き寄せる。

普段あまり活動的ではない彼女は、すでに息が上がっているようだ。

 

なんとか二人が納まることのできる空間を見つけ出し、束の間の休息。

 

 

「もうちょっと、もうちょっとだから!」

 

後ろを振り向き彼女に叫ぶ。

この喧騒の中では、どうしても会話が大声になってしまう。

 

彼女は荒い息をつきながら、こちらに微笑みかける。

しかし、その顔に張り付く疲労の色は隠しようもない。

 

 

あと少しとは言ったものの、僕よりも大きい大人達に遮られて、前の様子は分からない。

彼女の体力もそう長くは持たないだろう。

 

 

もうちょっと。もうちょっとだ。

 

僕は自分に言い聞かせるように呟くと、彼女の手を握り締め再び人の壁に突撃した。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

「戦争終結記念式典?」

 

 

僕が尋ねると、彼女は頷き恥ずかしそうに開いていた本で顔を隠した。

 

 

 

戦争終結記念式典。

明後日に行われる予定の式典。有名なので赤子も知っている。

 

呉が曹操率いる魏軍と、劉備率いる蜀軍に勝利してから早四ヶ月。

魏と蜀を倒したといっても都を陥落させたわけではなく、両者ともに余力は十分に残している。

そして、どの国の兵たちも度重なる戦で疲労困憊していた。

 

そこで孫策様は「天下三分の計」の方針を打ち出し、各国と相互不可侵条約を電撃締結。

魏、呉、蜀の三国に分かれて政治を進め、お互いが国の政治に強く関与しないというものだ。

ただ、交流は今まで以上に活発に行うことを推奨。

 

戦争に疲労、辟易していた三国の民からは、天下争いで優位に立っていたのにも関わらず三国の立場を対等に戻すというこの条約は「賢策」として熱烈に歓迎された。

 

 

そして、条約を正式に締結してから一ヶ月。

三国同時に都で行われることになったのがこの式典だ。

 

各国の王が演説をして、戦争の終結を祝う大がかりなものになる。

魏の都、洛陽では「数え役萬☆姉妹」の記念ライブ (歌手が皆を一同に集めて歌う行事のことをこう呼ぶらしい) 、蜀の都、成都では「華蝶仮面参上!」の劇なども行われる。

 

でも、一番人気はやはり呉の国だ。

今回の条約締結の立役者、孫策様は民衆から絶大な人気を誇り、その演説には三国中の期待がかかっている。

 

 

 

「で、その式典がどうしたの?」

 

僕が尋ねると、彼女は隠していた本の上部から目だけを覗かせた。

 

 

「・・・・・・たいの」

 

「え?」

 

再び彼女は本に顔をうずめてしまう。

 

「・・・・・・・・・聞きたいの」

 

「ああ。孫策様の演説のことか。それならば街のあちこちに兵が立って代読するから、それを聞けば――」

 

 

彼女は首をふるふると横に振る。

 

 

「・・・・・・・孫策様の演説を聴きたいの」

 

 

僕は固まってしまった。

この呉の都、建業にはもの凄い数の人が押しかけると予想されている。

その数は数十万にも上るとも言われていた。

 

そんな中で演説をしても、孫策様の声が聞こえるのは本当に人混みの前にいる人々だけだろう。

そのための対策として、演説の内容と同様の文を、あちこちに呉の兵が立ち代読するのだ。

 

演説は明後日だというのに、既に多くの人々が建業入りして場所取り合戦が始まっているのだ。

 

 

「えっと、・・・なんで?」

 

思わず僕が聞き返すと、彼女は途端に俯いてしまった。

 

 

「だ、だって、孫策様のお声を拝聴したいし・・・歴史の一部を体験してみたいと、いう、か・・・・」

 

彼女の声は尻すぼみ小さくなっていき、

 

「やっぱり、無理、だよね・・・」

 

しまいにはそう言って、泣きそうな顔をする。

そんな彼女の顔は見ていられなくて、

 

 

 

「・・・じゃあ、僕が連れて行ってあげるよ」

 

 

 

僕はつい、自信たっぷりに言い放ってしまったのだった。

 

・・・すぐに後悔したのは言うまでもない。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

ぶつかられて怒る大人。

ぶつぶつと文句をいう大人。

笑って許してくれる大人。

 

色々な人がいたけれど、誰にも止められることはなかった。

きっと、皆、僕たちが親の元に向かっていると思っているのだろう。

 

胸にまとわりつくような息苦しさを覚えながら、前へ、前へ――。

 

 

 

「待って・・・」

 

今日何度目かになる休憩を終え、再び前へ進もうとしたとき、彼女が僕を止めた。

 

「ちょっと・・・疲れちゃった」

 

えへへ、と微笑む彼女の顔はとても辛そうで、限界が近いことを示している。

僕も相当疲れた。まして、いつも本ばかり読んでいる彼女はこんなに歩くのは初めてだろう。

 

 

「しょうがないなあ・・・」

 

 

だから、僕は彼女の前にしゃがみこんで背を向ける。

 

「乗りなよ」

 

僕が振り向くと彼女は頬を染めて首を振る。

 

 

「そんな・・・だ、大丈夫だよ」

 

「大丈夫じゃないって。孫策様の演説が聴けなくなっちゃうよ?」

 

 

僕は前を向き、赤くなる顔を見られないようにした。

 

「うう・・・」

 

 

彼女は戸惑いながらもゆっくりと僕の背中に負ぶさる。

立ち上がると、思ったよりずっと彼女は軽かった。

 

背中から伝わる温もりに、なんだか力が湧いてくる。

 

 

「あの、重くない?」

 

「・・・・・・重い」

 

ふざけてそう言うと、彼女は怒って僕の背中をポカポカと叩く。

 

 

先ほどよりは幾分ゆっくりと、僕たちは再び前へと向かった。

 

 

 

 

しばらくして、前へと向かう僕は足を止めた。

無言で、ゆっくりと彼女を地面へと下ろす。

 

 

視線を上に向けると、そこには僕らが追い求めてきた孫策様の姿。

 

 

大量の群衆より高くに置かれた舞台。

そこで行われている演説は、今まさに最大の山場を迎えようとしていた。

 

 

雰囲気を感じ取ってか、先ほどまで騒がしかった辺りが波を打ったように静まりかえる。

 

壇上の孫策様は辺りを見回し、そしてゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

「―――今日というこの日を記憶に残そう。我らがどれほど長く旅をしてきて、ここまでたどり着いたのかを。野盗に怯えながら、飢えと寒さに震えながら、祖先はこの地に根を張った。朝廷から見捨てられ、黄巾党は増大し、大地が血に染まった」

 

 

「だが、皆は諦めなかった。この江東の地を見捨てず戦い続けた。友人を、恋人を、家族を失った。その怒りを、憎しみを、哀しみを、我々は力に変えた。高位の者の技量や考え方に頼ることなく、人民が祖先の理想に忠実に行動してきたからこそ、我らが呉はここまでやってこられた。・・・・・・そして今日、ようやく待ち望んだ平和が成ったのだ!」

 

 

孫策様はゆっくりと刀を抜き放つ。その先が指すのは、晴れ渡る青空だ。

 

 

「孫呉の民よ! 我々は未だ、危機のまっただ中にある。度重なる戦で疲弊した世の中は乱れている。だからこそ、希望と夢を胸に抱き、凍てつく流れに立ちはだかり、強い風にも耐えてみせよう!」

 

 

「子孫に言い伝えさせよう。真の平和への試練を迎えたとき、それを我々は正面から受け止めたのだと。振り返ることも、たじろぐこともなかったのだと! そして未来を一心に見据え、平和という名の贈り物を次の世代へ送り届けたのだと!」

 

 

 

言い終わった後一瞬の沈黙。

そして、割れるような大歓声が大地を震わす。

 

 

「孫策様万歳!」「天の御使い様万歳!」

 

 

「孫呉に栄光あれ!」「江東の地に永久の栄光あれ!」

 

 

そんな中、僕と彼女は呆けたように立ち尽くす。

不思議な感覚に包まれていた。

 

 

 

終わった。

 

戦続きの時代が、終わったんだ――。

 

 

 

 

それから兵達が多数やって来て、人混みを分け、真ん中の道を開けるように指示した。

パレード (華やかな行進のことを言うらしい) なるものを行うそうだ。

 

もちろん、僕たちは子供の特権を使って中央の道に最も近い場所に位置した。

そばには綱が張られ、それ以上前に出られないようになっている。

 

それにしても、人が多い中を王様が行進するっていうのはちょっと不用心ではないだろうか。

側には三国一とも謳われる武将陣が控えているだろうし、一定の距離をおきながら兵が見張っているから大丈夫なのかもしれないけれど。

 

 

「すごかったね・・・孫策様の演説」

 

まだ夢見心地なのだろうか。いつもよりぼんやりとした口調で彼女が呟く。

 

 

僕も実感した。

間違いなく、歴史的な一瞬に居合わせたのだと。

 

あれほど高揚はもう二度と味わうことは出来ないかもしれない。

 

 

パレードの列が徐々に見えてくる。

 

先頭には猛将と名高い甘寧将軍と周泰将軍。

そして、馬に乗った孫権様と孫尚香様。孫策様と天の御使い――北郷一刀様。

その後ろに知将、周瑜将軍が控えている。

 

孫策様は馬から降りて気さくに周りの人々に話しかけ、将軍達に注意されている。

・・・・・・あの笑い方からすると、きっと聞き流しているのだろう。

 

 

 

そんなことを考えていると、突然、彼女がよろけて僕にぶつかってきた。

何が起こったか理解する暇もなく、そのまま綱を乗り越え、彼女はゆっくりと道の真ん中に。

 

―――倒れた。

 

 

人混みが一気にざわめく。

 

 

「無礼者!」

 

 

側に居た兵士が叫び、一緒にいた僕を捕らえるべく腕を伸ばす。

それより一足早く、僕は道の真ん中へと飛び出していた。

 

 

彼女に駆け寄る。

だが、辺りにいた兵士が一気に僕らに群がる。

 

気がつくと視界が何度も反転し、僕はうつ伏せに押さえ込まれていた。

首筋にひやりと冷たい金属が押し当てられる。

 

視線を必死に左側に流すと、同じような体勢で彼女も押さえつけられている。

だが、その目は閉じられて、身体は脱力し、打ち付けた額からは血が流れ出している。

 

 

彼女は身体が弱く、病気がちだ。

倒れた時は命に関わるかもしれない――。

 

 

彼女の父親が冗談半分で言っていた台詞が今になって脳裏をよぎる。

自分の不甲斐なさに吐き気がした。

 

必死に身体を捩り上に乗る兵士を振り落とそうとしたが、力が足りない。

暴れたせいで刃が首を幾度もなで、生暖かい液体が首筋を伝う。無力感に歯がみをする。

 

 

 

 

「止めなさい!」

 

 

その時、鋭い声が頭上から降る。

その声と同時に、身体を押さえつけていた力が抜け、僕と彼女は再び地面に倒れた。

 

慌てて彼女に駆け寄る。脈もあり、息もしている。

・・・・・・どうやら、ただ気を失っているだけのようだ。

 

 

「大人ならまだしも、こんな子供に・・・真面目すぎるのも過ぎると馬鹿が付くわよ」

 

 

呆れたような声に見上げると、そこには孫策様が立っていた。

しっしっ、と辺りにいた兵を追い払う。

 

 

「そこの子、ごめんなさいね。それと安心して。ちょうど今、うちには三国一腕のいい医者が来てる」

 

そう言って、僕に向かって微笑む。

そして手を伸ばし、立ち上がるのを手助けしてくれた。大きくて、とても柔らかな手だ。

 

倒れた彼女のそばにはすでに甘寧将軍と周泰将軍が来て、彼女を運びだそうとしていた。

 

 

「・・・彼女を、どこに連れていくの・・・?」

 

掠れた声で尋ねる。

 

 

「安心して大丈夫よ。ただ医者のところに連れて行くだけ。多分気を張っていて、気が抜けちゃったんじゃないかしら。」

 

 

そう言って孫策様は手から綺麗な布を取り出し、それで僕の首の血を拭いた。

美しい布を血で濡らしてしまうことになんだか申し訳なさを感じた。

 

その時、遅れて一人の青年が孫策様のもとへ駆け寄ってくる。

 

 

「雪蓮・・・何かあったら真っ先に飛び込むその癖はなんとかならないか?」

 

天の御使い、北郷一刀様だ。近くで見るとやはり不思議な服を着ている。

きらきらと光り輝く服だ。これが天界の服なのだろう。

 

雪蓮、とは孫策様の真名なのだろう。

 

 

「あら、何かあったら一刀が守ってくれるんでしょ?」

 

そう言って悪戯っぽく孫策様が微笑む。

それは僕たちは見たことがない表情だ。

 

天の御使い様は苦々しく頭をかいている。

天から来た方でさえ、孫策様に翻弄されている。やはり孫策様はすごい。

 

 

 

 

「それにしても、格好良かったわよ。倒れた女の子を守ろうとして道の真ん中に飛び出すなんて。

きっとあの子にとって、君は王子様なんでしょうね」

 

頭を撫でられる。間近で見る孫策様は優しさに溢れていた。

 

「私にも君よりずっと小さい子供がいてね。孫紹っていうんだけど。君みたいな勇気のある子になって欲しいわねー」

 

孫策様は膝の埃を払って立ち上がり、天の御使い様の手を取る。

天の御使い様は彼女がいるという救急棟の場所について詳しく説明してくれた。

これだけの人手なので、結構な人が訪れているという。

 

 

「さて、そろそろ行くわね。あんまり長いこと話していると冥琳が怒るから。また機会があったら会いましょ」

 

そして僕の耳元に囁く。

 

「・・・彼女可愛いから、他の子に取られないようにね。後で貴方も行ってあげなさい」

 

真っ赤になって頷く僕をみて孫策様は笑い、あんまりからかうなよ、と天の御使いさまに頭を軽く叩かれる。

 

 

そして、二人は僕に背を向けた。

 

 

「一刀、私が男の子と話をしていて嫉妬した?」

 

「・・・・・・いや、流石にしないよ」

 

「えー、嫉妬してくれないの? 私そんなに魅力ない?」

 

「あー、はいはい。しましたしました」

 

 

「何よその返事ー!」

 

 

孫策様が天の御使い様の腕に抱きつく。

きっと、天の御使い様はまた目を白黒させていることだろう。

 

 

その時、僕は大事なことを言い忘れていることに気づいた。

 

 

「孫策様、あの・・・あっ、ありがとうございました!」

 

 

 

そういって二人の背中に深々と頭を下げる。

孫策様はこちらは振り返らず、肩越しに手をひらひらと振った。

 

気にするな、ということらしい。

 

 

 

何て魅力的な王様なんだろう。

呉は、こんなに素敵な人たちが治める国なんだ。

 

なんだか嬉しくなった。

 

 

夕日に向かって、身体を寄せ合って歩く二人を見つめる。

きっとこうやって二人は助け合ってこれから生きていくんだろう。

 

 

少しだけ羨ましい。

そろそろ目を覚ます頃かもしれないから、僕も彼女に会いに行こう。

もしかしたら、見知らぬ人に囲まれて不安がっているかもしれない。

孫策様とは逆の方角へ僕は走り出す。

 

 

       ――今日、僕は輝かしい呉の国の未来を垣間見たような気がした。

 

                                              ~Fin.~

          

 

 

 

 
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