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恋姫†異聞譚 EP.2
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「生まれ変わり……ですか」
「そう書いてテンプレ、とも読むけどな」
あまりにも突拍子もない言葉に、どう反応していいのか分からないという顔をする一刀に対し、陳到はそう苦笑混じりに笑ってみせる。
今、彼らが居るのは、新野の町中にある陳到の屋敷である。ただ屋敷とは言っても、家主である言っても陳到の私室に客間、応接室とこの屋敷唯一の使用人が住み込む部屋と、合計で四つしか部屋のないこじんまりとしたものである。さらにいうと、元は荒屋同然に放置されていたところを格安で買い取ったものなので、休みの合間を縫っては、陳到自身が地道に現在も修繕を続けて居たりする。
それはさておき、陳到が一刀ただ一人を自らの屋敷に招いたのは、先の街中での騒動の折、一刀が口にした『三国志』という言葉、それをこの世界において自分以外の者が発したことが、陳到にとってはとても衝撃的なことだったからだ。何しろ、それは自ら以外には、『平成』も含む『未来』の世の者にしか、“この時点”においてはけっして、口にしようのないものだからだ。
それゆえに、下手に外に知られれば厄介なことになることは想像がついたため、陳到は密かに一刀の話を聞くためにここへと招いたのである。そして、一刀がこの世界に突然放り込まれた異邦人であることを知ると、自分の素性、平成の時代から生まれ変わって来た転生者であること、を語って聞かせたのであった。
「まあどういうわけか昔の、元の世界の頃の名前こそ思い出せんが、それ以外の知識は全部覚えてるよ。けどさすがに、この世界の名だたる武将のほとんどが女性化しているって知ったときは、困惑したけどな」
「女性に?あ、じゃあここの太守の劉備さんも、やっぱり女性なんですか?」
「ああ、そうだ。史実の劉備ってーと、肩まで垂れるくらい耳が長かったそうだけど、この世界じゃあそれは胸に適用されているらしい。……デカイぞ」
「……福耳ならぬ福胸ですか」
セクハラではないか、という一刀のその後のあきれ声に、陳到は本人が目の前にいなければいいんだよと、そうからからと笑いながら悪びれることなく返して見せる。
「とまあそういう冗談はさておき、だ。北郷、だったな。お前さんは先日突然、元の、平成の時代からこの時代に飛ばされて、本来なら黄巾に属さなければいけないはずの波才たちを口説いて諭し、その彼らの邑を救うための算段をするためここに来た……で、いいんだよな?」
「……ええ。歴史に介入してしまうのは正直どうかとは思ったんですけど、だからって、苦しむ人たちを見捨てるのもできなくて。……自己満足、ですね」
「いいんじゃないか?自己満足からだろうがなんだろうが、それで彼らの邑は救われるわけだしな。……で?これからどうする?」
「これから、ですか?」
「ああ。このまま、波才たちに協力して彼らの邑に行って、そこで今後一民人として過ごすのか。それとも、ここで玄徳どのの庇護下に入るか。もしくは、他の勢力の所にでも身を寄せるのか。俺としては、ここに残って玄徳どのの力になって欲しいところではあるんだがな」
陳到から見て、一刀の腕っ節はなかなかのものと思えた。実際に手合わせせずとも、その一挙一動に、相応のに鍛えられた猛者の雰囲気を、この目の前の青年はかもし出している。新野県において、武が立ち将と呼べる力量のあるのは、陳到自身と主君の劉備ぐらいである。優れた人材はのどから手が出るほど欲しいのが、彼と主君の現在のその共通した想いである。
それゆえに、一刀がこのままここで客将なりでもなってくれるなら助かるのと、そういう心持で陳到は一刀に今後の身の振り方を尋ねたが、一刀の返事は彼の期待に応えるものではなかった。
「……彼らの運命、それを変えた責任もあります。だから、波才さんたちにしばらくは助力しようかと思ってます。だから、すいませんが仕官の方は」
「……そうか。ふっ、律儀だな、お前さん。……しかしそうなると、連中の邑は確か北の、南陽の領内に位置していたんだっけな。……苦労するぞ?何しろあの土地を治めているのは袁術だからな」
「袁術……たしか史実だと、後に皇帝を僭称して自滅した」
「そう、その袁術だ。この世界の袁術とはまだ面識がないが、噂によればやはり女性、いや、まだ幼い少女だってことだけど、あんまり良い為政者ではないようだ。政なんかは配下の官吏達に投げっぱなしで、本人は毎日蜂蜜のことしか考えてないそうだ。腹心の張勲とかってーのも、それを糾す事をまったくしないで、主君を色んな意味で愛でる事しかしないらしい。そのうえ」
「……まだ何かあるんですか?」
「……孫策というか、孫家は当然分かるよな?」
「ええ」
「その孫策を始めとした孫家の面々をな、袁術が客将って立場で囲ってるんだ。史実よりも幾分か早いこの時期に、な。ちなみに、両者の関係は最悪。庇護下に置いてるって状態を良いことに、体の良いパシリみたいな扱いをしてる。……子供でも、この先どうなるか分かるってもんだ。猫が虎を飼ってるようなもんだからな」
「……ですね」
「それでも波才たちのところに行くなら止めはしない。その権利もない。俺に今言える事は一つだけ。万一の時は遠慮なく頼ってくれ」
「はい」
とりあえず、これで話すことは話したかな、と。陳到が話を切り上げようとしたが、そこで何か忘れていたことをを思い出したように、ぽんと軽く自らの手をたたき合わせ、陳到は再び一刀へと言葉を向け始める。
「あ、そうそう。あと一つだけ、言っておくべきことがあった。北郷お前さん、『真名』のことはもう聞いてるか?」
「まな、ですか?いえ、初耳ですけど。……なんですか、それ」
「真の名、と書いて真名。それをな、姓名字、それ以外にこの世界の人間の大概が持ってる。親兄弟を始め、特に親しい人間以外が口にしてはいけないもので、たとえ聞いたことがあって知っていても、本人の許し無しに口にした瞬間、首から上が胴とおさらばしても文句の言えない、初見殺しのトンでも設定だ」
「……こわ。あ、じゃあ陳到さんもその真名を?」
「もちろんあるさ。ふむ、そうだな。同じあの世界からの来訪者同士だし、お前さんには教えておいてもいいか。俺の真名は漢字一文字で『狼』、読みは“ロウ”。よければこの真名、受け取ってくれ」
「……分かりました、貴方の真名、受け取らせてもらいます。……あ、俺はどうしたら」
「下の名前を真名扱いってことでいいんじゃないか?何ならこの世界風の名前でも使って見るのもいいかも。まあ真名もちじゃないのも中には居るし、無理して着けることも無いとは思うが」
「そうですね。すこし考えておきます」
「さて。それじゃあ玄徳どのにも面通しぐらいしておこうか。一応、万が一の保険用に、な」
「分かりました」
そして今度こそ話を終えた二人は、劉備の居る政庁へと赴くため屋敷を出た。その際、陳到の屋敷に住み込んでいる使用人の少女が、外出していく家主の後ろに続くその青年のことを、忸怩とした想いの篭もった瞳で見ていた。もちろん、背に目の無い以上、その視線を向けられた本人がそれに気づけるはずも無く、なにやら悪寒めいたものだけを、その時の一刀は感じ取っていただけであった。
陳到たちが政庁へと向かうために屋敷を出た頃、その政庁内にある謁見の間にて、劉備は一人の人物と対峙していた。
「貴女が、荀家八龍と名高い方々の内の一人である荀緄殿のご息女、荀文若どのですか。私が、この新野の県令を務める劉玄徳です」
「姓を荀、名を彧、字を文若にございます。まずは本日の目通り、お許しいただきありがとうございます」
パーカー付のジャケットのようなそれを羽織る、茶色をした短髪の少女が、謁見の間の玉座に座る劉備に対し、恭しく床にひざまずいて礼を取っている。顔も下に下げているため表情ははっきりとしないが、かなり緊張の心持で居るようである。
「仕官をお望みとの事ですが、なぜ、他の諸侯ではなく私に?自分で言うのもなんですが、私はまだ県令に就任して間もない若輩者。領はこの新野一県のみの、吹けば飛ぶような弱小勢力です。……貴女がどれほど才をお持ちかは分かりませんけど、ここではその才、宝の持ち腐れになるかも知れませんよ?」
「仕官の理由はいたって単純にございます。盧老師がわが母を通じ、私をこの地に推薦なされました」
「え?盧老師が?」
「はい。母の若かりし頃の恩人だそうで、その老師の推薦となれば無碍に断ることも出来ませんゆえ、私としては乗り気ではありませんでしたが、老師のあまりに褒め讃える劉備様のその器、一度見てみるのもよしと思い、こうして参上いたしました」
「……はっきり言いますね。あ、お顔のほう、もう上げてくださって結構ですよ?」
「……では」
劉備の勧めにより、それまで下げていた顔を上げる荀彧は、その時点でようやく、劉備の容姿、その全体を目の当たりにした。そしてその彼女の視線が真っ先に向いたのは、他のどこでもない、劉備のそのふくよかな二つの丘であった。
「……」
「?え……っと。文若、さん?どうかしました?なんか、目線がすっごく怖いんですけど。……この胸が、どうかしました?」
「……いえ、何でもございません……大変失礼しました……っ」
「そ、そうですか……」
なんでもない。そう本人は言ったものの、劉備にはとてもそうは思えなかった。何しろ、荀彧の視線には明らかな敵意すらも通り越した殺意が込められているようにしか、彼女には見えなかったから。そしてその後も自分の胸に突き刺さり続ける荀彧の視線に、劉備は困惑げな表情をその顔に浮かべつつも、話を無理やり本題へと進めていく。
「えーっと。そ、それより、文若さんはしばらくの間、こちらで文官の方、務めていただけるということで良いんですか?」
「はい。玄徳殿のその器量、お傍にて拝見させて頂きたく」
「分かりました。それじゃあ」
『失礼いたします!陳将軍、客人をお連れにてお戻りにございます!』
とりあえず、この地にて暫く劉備の下で働くことを言明した荀彧に、劉備がその職をあてがおうとした時、外から陳到の帰還を告げる兵士の声が響いてきた。それに対し、劉備はすぐ中へと通すよう返し、荀彧には少し横に控えるよう言い、彼女から見て右側に荀彧が下がると同時に、謁見の間の大扉が静かに開かれて、陳到と、そしてその彼に引き連れられた一刀と波才が姿を見せた。
「玄徳どの。陳叔至、役目よりただいま戻りました。それと、先に報告を送らせた件の当事者たちのうち二名、お目通しのため連れて参りました」
「はい、ご苦労様です、叔至さん。こちらも今、仕官希望者との面談が丁度終わったところでしたから、えっと、たいみんぐ……でしたっけ?それ、丁度よかったです」
「そうですか、仕官希望者が。それは重畳、ですね。何しろ本気でうちは人手不足ですから。で?どのような人がこちらに?」
「そこに控えている人がそうですよ。豫州荀家の出の方で、荀文若殿。ただ、正式な仕官ではなく、暫くは……客将としての採用試験のような感じで、文官として働いてもらおうかと思ってます」
「は?荀……文若って、“あの”ジュンイクさんですか?!」
「っ?!あ、あんた!な、何でまだ直接名乗ってもないあたしの
「あ。……しまた」
陳到からすれば驚きで思わず、と言った感で出てしまったそれを聞き逃せるほど、新野の政庁の謁見の間は広くなく。彼らの横で控えていた荀彧は、劉備以外にはまだ名乗ってもいない自らの諱、“彧”を含めた自らの名を陳到が口にしたことでたまらず仰天の声を上げた。
陳到は陳到で、自分の思わずな失言にしまった、と思ったものの時すでに遅く、どうしたものかと思いつつ、“事情”を“すべて知る”主君へとその顔を向けて助け舟を請う。
「……あー、玄徳どの?」
「……うん、まあ。今のは、叔至さんの完全な手落ち、だね。文若さん、それについては、後で私も一緒に説明しますから、この場はちょっと置いておかせてもらって良いですか?まずはお客人のことを優先しないといけませんし」
「……分かりました」
劉備のその説得を受け、荀彧も渋々ながらにその場は矛を収める。そうして再び傍らに下がり、沈黙の人となった荀彧を横目で見ていた陳到はというと。
(……荀彧が新野の県令をしている劉備の下に仕官とか……もう、ほんとに訳分からんぞ、この世界。……こりゃ下手すると、他の勢力の所の人材関係も、かなりカオスってそうだな……)
と。改めて、自身が転生したこの世界の特殊性というか、異様さを感じ取っていたのだった。
~つづく~
PC逝った( ´;ω;`)
と言うわけで、最近家でまったくssが書けない状態に陥っている作者です。
仕方なく、以前のように近所のネカフェでちまちま書き書き。
そしてこれを今回うpとなりました。
さて、今回の異聞嘆は、陳到と一刀の話、そして新野にやってきた桂花と桃香の話、そのあたりをメインにおいての回です。
で。
陳到の真名w
これまでその他某外史に出ていた龐徳に続く、もう一人の作者の分身でございます。一刀と違い、平成の現代から、病気で死んで後生まれ変わった転生者の一人ですが、この世界が恋姫の外史だと言うことは知りません。
桂花のことも、正史の荀彧としては知ってますが、恋姫の桂花としては知りません。もちろん、桃香のこともです。
さて一刀ですが、作中で本人が語っていたように、この後、桃香との会談が終わった後で、波才、つまり、アニキ・チビ・デクの三人と一緒に、彼らの邑へと向かうことになります。その後、彼らがどういう運命を辿るかは、この先の展開をお待ちください。
桂花は暫く、客将扱いとして新野にて働くことになります。彼女が正式に桃香に臣下の礼を取るのはも少し先のこととなり、その切欠となるのは・・・・・・まあ、今の時点では秘密、と言うことでw
最後に。
EPの0から1を通して募集した、登場人物への参加希望は、これにて打ち切らせていただきます。
たくさんのご応募、ありがとうございました。選考のほうはまだお一人しか出来ておりませんが、この後随時選考し、ショトメにてご連絡させていただきます。
それでは今回はこれにて。
再見ww
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(本人は)生きてますw
でも。
PCは逝かれました(泣
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