No.54236

きみがため

絢風 悠さん

もう何番煎じになるか分からない
雪蓮生存√。
ヘタなりに頑張りました。

5月31日

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2009-01-25 22:00:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4477   閲覧ユーザー数:3420

 
 

呉の領地にある先代、孫堅文台の墓の近くに一人の少年が座っていた。

否、座らされていた。

その身に受けた毒によって。

少年―――天の御使いこと、北郷一刀は。

先程走り去って行った二人―――雪蓮と蓮華は彼を連れて行こうとしたけれど、彼は断固としてそれを認めなかった。

そんなことをする暇があるなら、さっさと行ってくれと、そう言って。

 

「はぁ・・・・・・まったく、あんな顔するなよな」

 

その時の二人の顔を思い出しながら、一刀は苦笑した。

そして、毒によって何時もどうりに動かない頭を使い、考える。

自分に残された時間はあとどのくらいだろうかと。

毒はじわじわと、確実に自分の命を削っている。

自分の体だからこそ、よく分かってしまう。

この先にある結末は―――死だけであることが。

生き残れる確立が、ほんの一%もないことが。

より確実に、より正確に―――理解してしまう。

もしかすると彼女たちが戻ってくる頃には、自分は物言わぬ死体になっているかもしれない。

そう思って、一刀は後悔した。

 

「やっぱり、連れて行ってもらえばよかったかな」

 

そうすれば、最期に会えたのに。顔を見たり、言葉を交わすことができたのに。

もう少し考えてから言えよ自分、と思った時だった。

そう、思った時だった。

一刀の心中に、ある疑問が浮上したのは。

―――何で自分は、こんなことしか思わないのだろう。

普通は―――死にたくないと、生きたいと、そう思うのではないのか。

その疑問を解くために、考える。

考えて、考えて、考え続ける。

思考回路に続き視界までぼやけてきた時、一刀は納得したかの様に手をポン、と叩いた。

 

「ああ、そうか」

 

そういうことか。

確かに北郷一刀の中には死にたくない、という想いはある。

ある、けれど。

けれど。

彼女が―――雪蓮が無事だった。

だったら、それならば良いのではないかという想いのほうが強かったという―――それ

だけの話。

それに―――死はもう別に、そんなに怖くはない。

この世界に来て死を間近に感じたせいだろうか。

それとも、別の理由があるかもしれないけれど。

一刀には、もうそれを考えるだけの時間はない。

呼吸はすでに浅く、五感はその役目をほとんど放棄している。

そんな中。

そんな状況だからこそ、一刀は想う。

もう二度と会えない、彼女たちのことを。

かけがえのない、仲間たちのことを。

 

―――雪蓮、蓮華、冥琳、穏、思春、祭さん、明命、亞莎、小蓮。

 

―――俺は、どうやらここまでみたいだ。

―――俺はここから先、一緒には行けないけど。

―――隣にいて、やれないけど。

―――いっしょには、いられないけど。

―――けど。

―――応援、しているから。

―――だから。

 

「・・・・・・がん・・・ば・・・・れ・・・よ  」

 

―――さようなら、みんな―――

 

そうして、彼の目蓋がゆっくりとおろされた。

そうして、彼の意識は閉じていく。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・その時聞こえた、野太い声は幻聴だろうと、そう想って。

 

 

 

□■□■         □■□■

 

 

 

その三人―――華陀、卑弥呼、貂蝉は森の中を走っていた。

いや、走っているという表現が合っているのは華陀だけかもしれない。

何故なら―――

 

「ブルァァァァァァァッ!」

 

「ぬっっふぅぅぅぅぅん!」

 

貂蝉と卑弥呼は木々を薙ぎ倒しながら進んでいるからだ。

森林には進むのに邪魔な、障害物。

あるいは、遮蔽物ともいえる樹木がある。

彼女たちはそれらを、時にはばきばきと、時にはめきめきと、時にはべきべきと音を立てて、

時にはほとんど音をたてずに、障害を無意味なものにしていく。

一見、森林破壊にしか見えないこの行動には、確固たる理由が存在した。

 

その理由を説明するために、時間を少し戻そう。

それは、つい先程のことだった。

華陀が医療陣地で戦に備えて医療器具を準備、点検をし、貂蝉と卑弥呼の二人もそれを

手伝っていた時だ。

彼女―――蓮華が駆け込んできたのは。

――― 一刀が毒を受けたから助けてくれと、そう言ってきたのは。

その後、彼女から詳しく事情を聞いた華陀はすぐさま医療道具一式と貂蝉と卑弥呼の二

人を連れて現場に急行すべく、この様な方法を実行しているのだ。

すなわち、卑弥呼と貂蝉が障害を薙ぎ払い道を作り、その後ろを華陀が駆けるという、

そんな無茶苦茶な方法を。

実際、その甲斐あって時間はだいぶ短縮できた。

できたの、だが。

 

「これは・・・・・・」

 

座っていた一刀を見つけ、診察していた華陀の眉間にしわがより、声に苦いものが混じる。

思っていた以上に、悪い。

ひどく、きわめて、とても、かなり―――悪い。

もし、貂蝉たちがあんな方法をとらなければ。

もし、あと少しでも到着が遅れていたら。

目の前の少年は、もう永遠に目を覚まさなかっただろう。

とりあえず、華陀は一刀の服を脱がし、いくつかのつぼに針を刺して気を注入する。

これで幾許の時間はかせげるはずだ。

そして、華陀は治療を始める。

北郷一刀の命とそのまわりの人々の笑顔を護るために。

 

その様子を後ろから、彼の邪魔にならない様に貂蝉と卑弥呼は見守っていた。

 

「ねぇ卑弥呼・・・・・・ご主人様、助かるわよね?」

「・・・・・・だぁりんが治療しておるのだ、助かるに決まっておる」

 

そう断言しているが、その声にはいつもの様な力強さが無い。

 

「そうね・・・・・・」

 

貂蝉はそうとしか言えなかった。

自分たちが彼にしてやれることは―――もう、無いのだから。

 

 

 

 

そうして、もう一つの戦が始まった。

剣と剣、槍と槍、弓と弓、武と武をぶつけ合う―――命を奪う、戦いではく。

誰かの笑顔を護るための、誰かの世界を護るための―――命を救う、戦いが。

 

 

 

□■□■      □■□■

 

 

 

上も下も右も左も、東も西も北も南も―――重力さえもないかもしれない、

何も無い黒一面の世界に、彼はいた。

 

「・・・・・・どこだ?ここ」

 

そう呟き、一刀は自分の状況を―――思い出す。

 

「えーっと、確か俺は雪蓮を庇って、それから・・・・・・」

 

霞がかった視界。

朦朧とする意識。

動かなくなった体。

そこまで思い出して、ようやく一刀はここがどこなのか理解できた。

ここは―――

 

「あの世・・・・・・なのか?」

 

だとすれば、随分と殺風景だ。

有名な三途の河や花畑は影も形も無い。

世で語られていた臨死体験は、やはり嘘だったのか、と。

そんな、のん気なことを思った時だった。

 

「・・・・・・なっ!」

 

唐突に。

呆然としているような、驚いているような・・・そんな声が、耳に入った。

どこかで聞いたことがある、どころか。

聞き覚えがありすぎるそれに―――――目を見開いて、振り返る。

先程まで、何も無かったはずの空間。

そこに、いたのは。

 

「・・・・・・えっ!」

 

 

 

   □■□■      □■□■

 

 

 

扉の開く音を背中に聞き、華陀は振り返った。

 

「孫策か」

「一刀の具合はどう?」

 

相変わらずだ、という声に雪蓮はそう、と言葉を返した。

そして、寝台のすぐ近くまで椅子を引っ張っていき、そこに座った。

 

「・・・いいのか、王様が毎日仕事を抜け出して?」

「私一人抜けたところで問題ないわ。

それに、みんなも来てるんだから文句は言えないわよ」

 

そういうものなのかと、華陀は思う。

そして、二人は一刀の顔を眺めた。

寝台の上で一刀は安らかそうに眠っている。

声をかけるなり、体を揺らすなりすれば起きるのではないかと、そう思う程に。

 

「・・・・・・ね、華陀」

「なんだ、孫策?」

「一刀、いつになったら起きるのかな」

「それは・・・・・・」

 

分からない。本来ならもう目覚めてもいいはずだからだ。

 

「・・・無理に、答えようとしなくてもいいわ」

「・・・・・・解毒はできたし、他に異常はない。」

 

やれることはすべてやった。

 

「だから」

「だから?」

「必ずいつかは、目覚める。

だから今、俺たちにできる出来ることは、彼が目覚めることを信じてやることだけだろうと思う」

 

「・・・・・・そうね」

 

そういった雪蓮の顔を―――ここ数日の間で少しやつれてしまった顔を見る。

そして、目の前で寝ている青年に視線を戻し―――思う。

 

―――さっさと起きろ、北郷一刀。お前を待っている人がたくさんいるんだ。

 

 

 

□■□■      □■□■

 

 

 

永遠に続く――――暗黒の空間。

 

どんな言葉を使っても言い表せないような、暗い暗い闇の世界に彼らはいた。

同じ声、同じ服、同じ顔、同じ身長、同じ姿を持った―――同じ存在が。

北郷一刀が、二人いた。

最初こそ驚き、警戒していたが今では―――

 

「へぇ~、そっちでもやっぱ、大変なんだ」

「ああ、なんせまわりが・・・」

 

打ち解けていた。それもかなり。

だてに時間軸やら空間やらを飛び越えて、三国志―――それもほとんどの武将が女の子

になっている様な世界に飛ばされたわけではない。

状況適応能力が二人ともずいぶんと上がっているのだ。

人間ってすごいんだなぁ、と思う二人であった。

 

そして、いろいろなことを話し合った。

―――元の世界のこと。

話題が通じたのは嬉しかったが、あまり盛り上がらなかった。

 

――こちらでのこと。

これは大いに盛りあがった。所属していた国が魏と呉という風に違っていたからだ。

 

―――そして、ここに来る原因のこと

彼は言った。雪蓮―――孫策の命を護ったからだ、と。

彼は言った。華琳―――曹操の夢を叶えたからだ、と。

 

後悔してるか?、と彼は聞いた。

していない、と彼は答えた。

俺もだ、と彼は頷いた。

 

心残りはあるか?、と彼は聞いた。

それならある、と彼は苦笑して答えた。

だよなぁ、と彼も苦笑した。

 

―――そう、二人とも後悔はしていない。

この結末は自分で、心で選んだものだから。

けれど、それでも、やはり―――心残りは、ある。

数えきれないくらい、たくさん。

 

 

 

 

二人はその後話題を変えて、また話をした。

お互いの話を聞き、時に笑い、時に同情し、時に共感しあった。

 

そろそろ、話のネタが尽きようとしていたときだった。

 

『あっ・・・・・・』

 

お互いがお互いの足を見て、そんな声を出したのは。

先ほどまで確かに確固たる実体を持っていた足が、消えていっている。

つま先から足首へ。

足首から膝へ。

膝から腰へ。

全身が足の様に消えるまで、あまり時間はかからないだろう。

 

「どう、なるんだろうな」

「俺が知っているわけないだろう」

「ははっ、それもそうだ」

 

このまま消えるのか、元の世界に還るのか、それとも―――。

気づけば、首より下の体がなくなっていた。

 

「もう少し話したかったな」

「俺もだよ」

 

残っている部分が頭だけになった。

 

「じゃあな。」

「ああ。」

 

―――さようなら、北郷一刀。

 

そうして、意識が暗転した。

そうして、意識は闇に消えていった。

そうして、空間は再び静寂に包まれた。

 

 

 

□■□■      □■□■

 

長い間眠っていたのだろうか。

体がやけに重い。

目蓋をあけることすら重労働に感じられる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ん」

 

それでもゆっくりと、目を開ける。

顔を照らす陽の光がまぶしい。

最初に目に入ったのは、見慣れた天井だった。

長い時間をかけ、なんとか体を起こす。

そして、ぐるりと部屋を見回して―――

 

「・・・・・・還って、きたのか?」

 

ぼそりと、そう呟いた。

確かに心臓は脈打ち、自分が生きていることを教えてくれる。

体は相変わらず重いが、特に問題はない。

意識の方も、はっきりしていて問題は無さそうだ。

だが、やけに現実感が薄い。

もう一人の自分と会うなんて強烈な体験のせいだろうか。

何が現実なのかさえ、曖昧になっている。

案外、これは夢ではないのだろうか、と。

そう、思った時だった。

唐突に、扉が開いたのは。

 

「かず、と・・・・・・」

 

特徴的な褐色の肌と鮮やかな桃色の髪、そして空か海を思わせる蒼の瞳。

顔は、少しばかりやつれている。

我ながらおかしいと思う。

彼女の姿をみて、これは夢ではない現実だと、そう思えたんだから。

泣きそうな表情をしている雪蓮に微笑みかけ、

 

「おはよう、雪蓮」

 

そんな、当たり前の言葉を口にした。

 

 

 

 

その日、城が泣き声や笑い声、それから少々の怒声につつまれたのは言うまでもないことかもしれない。

 

 

 

 

 

おまけ 

 

 

 

魏、呉、蜀の三国による同盟が成されてから早3年の月日が経つ。

その3年間、まったく変わっていないものが1つある。

魏の城内にある空き部屋だ。

主が居なくなってから、その部屋の時間は凍っている。

そこで華琳は一人、酒を飲んでいた。

あれから、三年。

同盟が成されてから。

呉、蜀に勝利してから。

―――彼が、いなくなってから。

 

「まったく・・・・・・」

 

いったいどこにいったのだろうか、あの馬鹿は。

人の物語を勝手に終わったと勘違いして消えた男のことを思う。

あれは終わりではなく、新たな始まりだというのに。

天へと帰ったのか、それともあのまま霞の様に消えてしまったのか。

それを確かめる術はない。

どちらにしても、おそらくもう二度と自分と少年の物語が重なることはない。

 

―――コンコン

 

扉を軽くノックする音に華林は顔を上げる。

 

「誰なの?」

 

そう問うても答えはない。その代わりに扉が開く音と。

 

「ごめん、遅くなった」

 

そんな、懐かしい声がした。

 

「ただいま、華林」

 

最後にあった時とまったく変わらぬ姿で―――北郷一刀がそこにいた。

言いたいことも聞きたいことも星の数ほどある。

ひとまず、それらを心中にしまって。

代わりに、満面の笑顔を浮かべて。

 

「おかえりなさい、一刀っ!」

 

彼の胸に飛び込んだ。

 

 

 

 

その日、城が泣き声や笑い声、それから少々の怒声につつまれたのは言うまでもないことかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 
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