何も見えない漆黒の闇。ただ、その息苦しさからそこが比較的狭い、閉じた空間であることが感じとれる。例えるなら狭い洞窟に居るような……湿った感じは微塵もしないが。
その何もなかった空間に突然何者かが身じろぐ様な気配が生れる。
それに……微かに聞こえる息づかい。そして血の臭いがする。
そこには誰かいるようだ、耳をすませば苦しそうな息づかいが聞こえる。
「我々はとんでもないことをしてしまったようだ……いや、我々ではなく私かな……」
静かな声で話し始めた声の主はどうやら老人のようだ、声がしがわれている。
「おまえの言う通りだったな……後悔しても仕方がないが、悔やんでも悔やみきれん」
「……勝手なことを」
呟くような、それでいて吐き捨てるような声、もう一人居るようだ、こちらは声がかなり若い。
「すまん、許しを請うつもりはない、ただ、死ぬ前に謝っておきたくてな……そろそろ駄目らしい」
「貴方はそれで満足かもしれないが、巻き込まれた人たちはどうするつもりです?私よりも先に謝るべき相手がいるでしょう!?」
言葉こそ丁寧だがそこには怒りが含まれている、声が震えている。が、相手には声は届いていないようだ。
「嗚呼、我々は滅ぶのだろうか……いや、もう我ら以外は滅んでいるのやもしれんな……すまん」
「…………」
老人の言葉に無言を以て答える青年。しかし、あまりの静かさに異変を感じて思わず声が漏れる。そういえば辛そうな呼吸が聞こえない。
「…………お祖父さん?」
尋ねてみたものの事態は容易に推測できた。さっき本人も言っていたではないか。
「確かに私達二人は終わりでしょう。しかし、人類はまだ分かりませんよ。私に出来るだけのことをしておきました」
既に聞く相手は居ないことは分かっている。だがそれでも老人に向けて静かに言い放った後、ひと呼吸おいて独り言のようにーー実際に一人なのだがーー呟いた。
「…………止められなかったのは私も同じです……いや、止めなかったのだからなお罪が重い、か……」
暗闇に低く響く声に答えるものはもう何もない。しかし青年は語り続ける。自分の生を確認するように。
「これでもおじいちゃんには感謝しているんですよ、今回のこと以外に関しては。貴方が居なければ当然私は存在していないでしょうし、それでなくてももっとつまらない人生を送っていたことでしょう」
はあはあと苦しそうな息づかいが次第に大きくなっている。
「……もう空気がないな……」
カチッ
と、急に暗闇に光が点り青年の姿を淡く切り出す。コンパクトのような物が手にあり、それがほのかな光を発していた。だが、それは青年の望んだものではなかったようだ。
「……壊れたのか……仕方無いな……」
もう片方の手で懐から四角い紙を取りだし、眺めるが明かりが弱すぎてよく見えない。が、青年は見えるように写真らしき物に向かって最期の言葉を発した。
「どうか生きてくれ……全てを押しつけてゴメン……。僕に出来ることはもう、何もないんだ。君に幸多からんことを……」
パチン
再び其処は闇の支配する空間となった。今度は完全な死の匂いを含んで。
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処女作、オリジナル、登場人物多数の長編小説という無謀な試み。
果たして書き上げることが出来るのか、乞うご期待。