No.540740

『夢のマウンド』第一章 第十一話

鳴海 匡さん

ようやく準決勝。でも箇条書きm(__)m
決勝戦は、頑張りますから!!

2013-02-06 16:49:51 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:812   閲覧ユーザー数:762

 

夏休み初日目。

翌日に準決勝を控えたパワフル高校野球部では、「今更ジタバタしても仕方がない」と主張する大波監督の意向で、練習は午前中に軽く汗を流す程度に留められた。

その空いたグラウンドでは、レギュラー陣以外の部員が、野球部部長の監督のもと自主練習に勤しんでいる。

「では、先に失礼する。みんなも怪我のないように、注意してくれ。そして、明日の応援もよろしく頼む」

「「「「「はい、お疲れっした―――っ!!」」」」」

「おい、杉村。テメーはダメだ」

「尾崎先輩!? いや、襟首掴まないでっ!! 絞まるっ、マジ、絞まってるッスからっ!!」

「だったら、さっさと着替えて帰って寝てろっ!!」

「いや、さすがにこの時間から寝るのは……いやっ、分かりましたっ。帰って休みますから、拳を振り上げないでくださいっ!!」

「まぁ、そこまでにしておくんだ、二人とも。それに杉村。お前がレギュラーとして上級生の分もと言う気持ちは分からんでもないが、それで怪我をして欠場となった方が、余計に合わせる顔がなくなるとは思わんか?」

「う、それは……」

「心配しなくても、お前はしっかりと結果を出して、それを皆も認めている。余計な気を回す必要はないぞ」

「……はい、わかりました。では、着替えてきます」

内心で案じていた事――上級生を差し置いて一年でレギュラーになった事への重圧を突かれ、恥ずかしさを隠すように駆け去って行く勇斗を、「やれやれ」と言った風で首を振って苦笑を浮かべる石原。

「ったく、すみませんね、キャプテンの手を煩わせまして」

「ん? 気にするな尾崎。お前がアイツと同じ立場だった時は、さも当然といった感じで堂々としたものだったからな。むしろ、杉村のアレは好ましい限りだ」

そう言って呵呵と笑う石原から、バツ悪げに視線をそらす尾崎。

そんな二人の耳に、野太い男たちの張り上げた声と吹奏楽の旋律が、聞き慣れた響きを伴って聞こえてくる。

高校野球の定番とも言える応援楽曲に乗せて、謡うように讃えるように、レギュラー陣の名前と活躍を紡ぐ。

「……それにしても、3回戦突破が目標だったオレたちが、まさかベスト4に進出するとはな。実の所、まだ信じられん気持ちだよ」

「まぁ、そうッスね」

「これだけの声援と期待を背負ってしまっているんだ。無様な試合は見せられんよ」

「だったら優勝するしか、ないッスよね」

ギラりと獰猛な眼差しを向ける尾崎に、尾崎は頼もしげに鷹揚と頷いた。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、お疲れ様でした」

石原、尾崎と別れた勇斗は、部室で着替えを済ませた後、歓談中の上級生に挨拶を交わして外に出た。

「さて、尾崎さんには帰って休めと言われたが、まださすがに早すぎるよなぁ。ま、帰って軽くランニングする分には構わないだろう。別にバレなきゃいいんだし」

「ほほぅ、それは良い事を聞いたわ」

「ひっ!?」

突如背後から聞こえてきた声に振り返ると、制服姿の三人の女子マネージャーの姿があった。

「せ、先輩方。それに舞も、い、今帰る所ですか?」

後ずさる勇斗の問い掛けに、彼の背後から声をかけた二年生の皆川優希が豊かな胸を「ずいっ」と張り、威嚇するような笑みで答える。

「えぇ。せっかく練習がないんだし、折角だから三人でお茶でもしながら、用具の買い足しでも行こうかって話になったのよ。そ・う・し・た・ら、何やら不穏な事をブツブツ言っている一年生を見かけたってワケ。もう、思わず指が滑っちゃったわよ」

そう言って手にしたスマートフォンを操作する。そこからは先程勇斗が呟いた一人言が一言一句途切れることなく、しっかりと記録されていた。

「えっと、まだキャプテンも竜介も、近くにいるわよねぇ。ま、あとでデータだけ送信しちゃえばいいんだけど。そうしたら、キミがこの後どうしようとも、間違いなくお説教よね」

「あ、あんた鬼かぁっ!!」

「ほう、勇斗クン。キミはまだ、自分の立場が理解できていないと見える」

そう言って手にしたスマートフォンを、データ送信画面を開いたままヒラヒラと左右に振る。今にも間違えて送信ボタンを押しそうで、危なっかしい事この上ない。

「ぐ……むぅ、わ、分かりましたよ。もう本当に、帰って休む事にします。それならいいでしょう? だから早く、そのデータを消して下さいよ」

完全に立場が確定し、肩を落とす勇斗。

ニンマリと勝利を確信した優希は、傍らでニコニコと推移を見守る三年生の原崎梓と視線を交わし、頷き合う。この間、舞は完全に蚊帳の外。

「そうねぇ……どうしましょうか、梓先輩。監督とキャプテンの指示に従えない、悪~い下級生の言葉を、どこまで信じましょうか?」

「ん~、そうねぇ。あ、そう言えば、舞ちゃんは杉村君と同棲しているのよね」

「どうっ!? 誤解されるような言い方はやめて下さいっ!! 同棲ではなくて、同居ですっ、ど・う・きょ!!」

「ま、この際、どっちでもいいわよ、そんな事。つまり、四六時中彼を見張っていられる立場にあるわけよね。だったら都合がいいわ。ね、梓先輩」

「そうね。じゃ、舞ちゃん。後はよろしくね」

そう言って梓は、買い出しの品名が書かれたメモを舞に手渡す。

「で、杉村君。家主の娘さんが、とても一人では持ち切れない分量の買い出しに行くのに、それをまさか黙って見送るなんて真似、しないわよねぇ」

その流し目は、見る人によればゾクリとする程に妖艶な眼差しに映ったであろう。が、今の勇斗にとってそれは、獲物を前にした捕食者のそれに、相違なかった。

 

 

 

 

 

 

 

梓と優希の視線の先では、肩を並べて正門を出て行く後輩たち――勇斗と舞の背が、徐々に遠ざかって行く。

何やら舞の手元を覗き込んでいるのは、買い出しメモの中身をチェックでもしているのだろう。

「まったく。何だって一人者の私が、明らかに両想いの後輩の仲を取り持ってやらないといけないのやら」

「ふふ。本当にお疲れ様、優希ちゃん」

「ええ、まったく、世話の焼ける事ですよ。さて、それじゃあ私たちはどうしましょうか。予定、空いちゃいましたけど」

「そうねぇ……」

勇斗と舞の姿が完全に見えなくなる頃を見計らい、連れ立って歩き出す。と、そこに声が掛けられる。

「お、優希に梓さんじゃないか。まだ残っていたのか」

「確か二人は、今日これから備品の買い出しに行くと聞いていたのだが……栗原を待っているのか?」

グラウンドがある方角からやってきた尾崎と石原に、優希が先ほどの経緯を説明し、それで午後をどうするか話し合っていた事を告げる。

「ったく、杉村のヤツ」

「まぁ、いいじゃないか。取り敢えず今日の所はお目付け役がいることだし、見逃してやろう。それよりも、これから暇なら二人とも、オレたちと一緒に昼でもどうだ?」

「え、りゅ、竜介も行くの?」

「ん? 当たり前だろうが。元々はオレとキャプテンで、最近できた評判のお好み焼き屋に行こうって話だったんだからな。何か、不満か?」

「う、ううん、不満なんて全然っ、こ、これっぽっちも!!」

「お、おう、そうか。なら別にいいんだが……梓さんは、どうします?」

尾崎の言葉に、頬を染め、トレードマークのポニーテイルが揺れる程に首をブンブンと振って否定する優希。

その動作に驚きつつも、彼女の隣でニコニコと微笑んでいる梓にも声を掛ける。だが、その笑みに何やら凄みのような気配を感じ、声が震えてしまったのは決して気のせいではないだろう。

「ええ、もちろん、ご一緒させていただくわ(優希ちゃんに抜け駆けはさせられないもの)」

「えっ、梓先輩?(私は、別に……)」

「では、早速出発しよう。あまり遅くなって、店が混んではいかんからな」

そう言って皆を先導する石原の隣で歩きながら、尾崎は一人、背後の女性陣から感じる禍々しいオーラに身を固くしていた。

 

 

 

 

 

 

翌、試合当日。

準決勝第一試合に登場するパワフル高校の対戦相手は、極亜久工業高校。

近隣でも荒っぽい学生が多い事で有名だが、運動部での実績も決して捨てたものではない。

野球部こそ、あかつき大附属の後塵を喫しているが、都大会では常にベスト4常連のシード校だ。

その試合運びも、内角ギリギリの際どいコースを狙い、腰が引けた所を外角で切って取る、荒々しさと緻密な計算を織り交ぜた絶妙なものだった。

この試合、3番サードの勇斗と4番ショートの尾崎は、徹底的に勝負を避けられた。

あからさまな敬遠はないものの、内角と外角を使い分け、あわよくばデッドボールでの負傷欠場なら御の字といった危険な内容だった。

「予想していたとは言え、こいつはなかなか厄介だな」

「そッスね。だからと言って、ビビってもいられませんけど……」

以後の打者が打ち取られ、守備に移るわずかなタイミングで言葉を交わす尾崎と勇斗。

ベスト4進出をかけた準々決勝。

極亜久は対戦相手校の4番でキャプテン、さらにはキャッチャーというチームの大黒柱を徹底的にマーク。

内角への厳しいコースを徹底的に攻め立て、腰が引けたところで外角にて仕留める、荒々しくも頭脳的な組み立ててで封じ込めた。

そして試合も終盤に差し掛かろうとした6回裏の攻撃時、事件が起きた。

それまでランナーを塁上に置きながら、極亜久バッテリーの前に3凡退を続けていた4番が、4度目のチャンスを迎えてバッターボックスに立つ。

此度も内角を攻められながらも、仕留めにかかるアウトローを予測し、勇気を持って大きく踏み込んだ。が、放られたボールはまたしても、内角。

強烈なストレートを左肘に受け、しかし、ホームベースに覆いかぶさるように踏み込んでいたため、三振アウトと不運な結果になってしまった。

以後は精彩を欠いたプレーを見せるようになり、それがチーム全体に影響を及ぼした結果、終盤に大量得点を許しての敗退となった。

「とにかく、相手は何ら、卑怯な事はしていない。オレたちは、オレたちの出来る事をしっかりやろう」

石原の檄が飛んだ矢先の6回表。極亜久の三年生でキャプテン、4番でファーストの外藤のソロホームランで、パワフル高校は先制される。

その後も勇斗と尾崎は徹底的に勝負を避けられ、試合は「1-0」のまま9回裏。パワフル高校最後の攻撃を迎えた。

この回、先頭打者の勇斗がフォアボールで出塁。同様に尾崎も出塁。

よもやサヨナラのランナーを許してまで、徹底して3・4番を歩かせた事に、騒然とする球場内。

歯ぎしりを覚えてバッターボックスに立つも、5番、6番ともに三振に切って取られる。

その間にダブルスチールを敢行するが、送球が逸れるのを恐れたのか、極亜久ナインは完全に無視。

そしてツーアウトランナー二三塁で迎えたのは、7番キャッチャー、キャプテンの石原。

この日は完全に抑え込まれ、ノーヒット。

2ストライク2ボールから、ファールで粘った6球目。外角を意識して踏み込んだ石原の読みに反し、投じられたのは内角高めのストレート。

それを腕の力でバットの根元に辛うじて当て、ファールに逃げる。

その際、右手の人差し指と中指を強打するも、意に介さず打席に立つ石原。

普段の温厚な彼からは想像できない、鬼気迫る表情でマウンドを睨みつける。それに臆したのか、次に投じられたのは外角やや低めの力ないストレート。

と、金属バットの乾いた甲高い音が響き、ボールは左中間を抜ける。

ピッチャーの投球モーションと同時にスタートを切っていた勇斗が帰還し、同点。

直ぐ様、二塁ランナー尾崎も本塁を踏み締め、逆転。そして、サヨナラ。

キャプテン石原の意地の一発で、パワフル高校は今大会最初で最大の危機を乗り越え、そして遂に決勝へと駒を進めたのだった。

試合後のインタビューでは、興奮冷めやらぬ様子の石原が、こんな言葉を残していた。

「パワ高は、尾崎と杉村だけのチームではない事を証明したかった」

それはまるで、決勝で相対するであろう、最大のライバルへの挑戦状であると取れた。

 

 

 

 

 

 

「さて、これから第二試合が行われるわけだが、どうだろう。オレは見ていこうと思うのだが、皆はどうする? 当然ビデオも撮るし、あとでミーティングもするから、無理強いはしないが」

部員たちにとって、初の決勝進出。それも劇的なサヨナラ勝利だっただけに、未だに余韻に酔っている所だが、そこに石原の冷静な声が響いてくる。

「レギュラー陣、特にピッチャーの奥寺は、9回まで投げたからな。休みたいというのなら、こちらは構わない」

「いや、もう、ここまで来たら、あとは出来る事をトコトンまでやるよ」

エースの言葉に、「オレもオレも」と他の部員たちも声を重ねる。

その有り様に石原は「わかったわかった」と苦笑を浮かべ、落ち着かせる。

「では、その前にしっかりとアイシングをして、肩を休ませてくれ。原崎、頼む」

その後、石原は監督、部長と打ち合わせ、優希と一年生部員に昼食と入場チケットの手配を済ませるよう指示を出す。

そうしてすべての準備が整った所で、いよいよ準決勝第二試合が開幕する。

対戦カードは、「あかつき大附属高校」対「そよ風高校」。

そこでパワフル高校ナインは、改めて、相対するライバルの強大さを目にするのだった。

 

 

 

 

 

 
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