No.540000

Until the trial

さん

Last stand of the Wreckers二次創作。Povaでの決戦から裁判までのエピソードです。

2013-02-04 18:07:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2197   閲覧ユーザー数:2186

 
 

響く足音が記憶と目の前の現実を曖昧にしてしまう。自分はつい数日前にも同じ音を聞いたのではなかったか。まどろみの中で短い夢を見たのかと錯覚したが、そうではないらしい。足音が止まる。短い沈黙の後にノックが響く。この流れも「あの時」と何ら変わりはない。スプリンガーは顔を上げた。同じ返事を扉の向こうの来訪者に告げる。

「誰だ?」

「スプリンガー。俺だ。お前に話があって、ここに来た。開けてくれ。聞いてほしい。誰にも聞かれたくはない。お前だけに話がある」

懇願の中に有無を言わせない強い調子が流れている。スプリンガーは頭を抱えた。ドアのロックは掛かっていない。来訪者は何を待っているのだろうか。普段ならば無遠慮に部屋を訪れてくる彼らは今、何の壁に阻まれているのだろうか。空間を静かに仕切ったドアは開かない。恐ろしいほどによそよそしい時間が流れている。

「スプリンガー」

自分はきっと同じ言葉を聞くだろう。同じ思いで、同じ痛みをもって、懇願する彼らの声を聞くことになるだろう。その経験が一つ、二つと積み重なって行くうちに、自分はどう変わって行くのだろうか。決して選ぼうとしなかった選択肢を正当だと思い込み、彼らの望みを叶えるふりをして……。

 

三度目の呼びかけは響かない。割れそうな頭を引きずって、スプリンガーはドアを開く。自分を見上げてくる双頭の戦士の姿を認めてようやく、デジャヴに似た感覚が終わりを告げた。

 

 

――

 

マンガン山の夜は暗い。つい先ほどまで地平線を白く照らしていた灯りは落ち、眼下に見える扇状の地は墨色に染まり始めていた。薄い光を放つ川が血管のようにその土地に広がっている。まばらな空の星をそのまま映しているかのようなネオン。オートボット達のものなのか、それとも戦火を避けてひっそりと暮らしている者たちの明かりなのだろうか。やけに近く見える星々と雲とを見上げて、スプリンガーはひとつ伸びをした。静かな夜だ。人気のない山の頂上で迎える夜には、孤独を突き詰めた様な解放感があって悪いものではない。

「スプリンガー、座れ」

たしなめるような調子でそう言われ、スプリンガーは振り向いた。笑いながら肩をすくめて見せる。携帯用の炉に灯る火に照らされて、トップスピンの無愛想な姿が揺れていた。エネルゴンを正確に三等分するその横顔は振り向こうともしない。「だらしのない」兄弟を叱る時と同じ顔をして、スプリンガーが席に着くことを無言で促している。

「ツインツイストの奴は?」

「あの通りだ。放っておけ。腹が減ったらその内起きる」

二人に負けまいと、張り切って山道を進みすぎたのだろうか。ツインツイストは小山の様な機体を横たえて眠っていた。炉の傍でごろりと横になり、まるで周囲を警戒している様子がない。呑気なものだと笑いながら、スプリンガーはトップスピンの正面に腰を下ろす。青いバイザーにオレンジの炎が映っていた。

「今夜の分だ」

「すまん」

四角い容器の中で同心円状に広がる波紋が揺れている。自分自身の指の震えに気づいて、スプリンガーは心を鎮めるようにアイセンサーの感度を落とした。色を失ってゆく景色の中、鉄の皮膚に感じられる暖かさが鮮明に浮かび上がる。トップスピンは何も言わない。ツインツイストの眠気に引きずられているはずなのに、静かに座って相手の言葉を待っている。その落ち着きが急にありがたくなって、スプリンガーは濃いエネルゴンに口を付けた。安心が逆に「あの話題」に触れる気を無くさせてしまう。何から話せばいいのだろうか。事件の概要はロードバスターから聞いているはずだ。しかしあの場に居なかった二人がどれほど「公平」に一連の出来事を理解しているかは想像がつかない。

「久しぶりだな」

思いがけず、トップスピンが口を開いた。

「ん?」

「昔、訓練でよく登らされただろう。トランスフォームは禁止、地図を参照することも許されない。俺より早く頂上に着いて見せろ、なんて言われてな。複雑な地形の中で行動する事には自信があったが、どうしてもあの人には勝てなかった。悔しい思いもしたぜ」

「ああ」

トップスピンは炎を見つめている。巡らせている思いはスプリンガーと同じだろう。インパクターは厳しかった。自分にも、部下たちにも妥協を許しはしない。教えるというよりは挑むような調子でスプリンガー達に難題を課して来る。どれほど懸命に足掻いても越えられなかった背中。悔しさの中に確かな尊敬を抱いて、自分たちはその姿を追っていたのではなかったか。胸に痛みが走る。後悔はしないと言い聞かせていたはずの心に、また重い罪悪感が這い上がって来た。

「ポヴァの件……」

眠っていたはずのツインツイストが動いた気がした。グラスを傾けていたトップスピンが顔を上げる。

「どこまで聞いている?俺は何から話せばいい?」

「あらましは全てロードバスターから聞いた。だが、お前自身の口から話したいこともあるだろう?」

「俺は――」

インパクターがスカドロンXを射殺した。誰も止めようとはしなかった。正当防衛なんかじゃない。奴らは無抵抗だった。インパクターが一方的にあいつらの命を奪ったんだ。たとえ万死に値する悪党であっても、彼に奴らを殺す権利など無いはずなのに……。

胸を張って言うべき言葉が、全て言い訳に聞こえてしまう。スプリンガーは何も言えなかった。インパクターやロードバスターの居ない場所で「弁明」をすることが卑怯に思えて口をつぐむ。今目の前に居る彼らを失望させたくはない。

「まあ、いい。大体の事は想像がつく。裁判はいつだ?」

「13日後だそうだ。あの時、ポヴァに居たメンバーは全員アエキタスの前に呼ばれる事になっている。傍聴は許されないらしい」

「俺たちは蚊帳の外ってわけか」

「すまん」

「お前が謝る事じゃねえ。ただ……」

燃料のオイルを炉に注ぎ、トップスピンは少し肩を落とす。長年レッカーズを支え続けて来た双子にすら今回の件の全貌は明かされていない。彼らが歯がゆい思いをするのも無理はないだろう。

「悔しいぜ。やっぱりな。その場に居て、何とかしてやりたかったって思っちまうだろうが」

スプリンガーは視線を落とす。冷えた胸に沁みるような痛みが走った。彼らをマンガンの登山に誘った理由は、この「甘え」にあったのだ。針に囲まれた日々の中で、自分は自らを肯定してくれる存在を求めている。慰めや同調の言葉が聞けなくても構わない。彼ら兄弟がこれまでと変わらずに接してくれること自体が救いだった。

「それで?」

炎が揺れてツインツイストが身を起こす。少し寝て満足したのか、その表情は晴れやかだ。

「どうするんだよ、これから。色んな奴らに聞かれるぜ。『次のリーダーはどうするんです?』ってな。古い順で言えばラックンルインと……ロードバスターかホワールだが、どうなんだ?」

トップスピンが言葉を返す。

「それも裁判が終わるまでは何とも言えんだろう。奴らも責任を問われるかもしれん」

「マジかよ?あの場に居たメンバーは全員逮捕って事か?」

「それもまだ分からん。インパクターを止める意志があったかどうか、物的な証拠を出すのは難しいだろうしな。あとは目撃者の証言次第って事になるが」

スプリンガーは唇を噛んだ。ロードバスターやラックンルインの『訪問』について触れるべきか、それだけを考えていた。

「お前はどうしたいんだ?スプリンガー」

ツインツイストの自然な問いかけが緊張を緩める。トップスピンも旧友の顔を見上げて言葉を待っていた。ようやく頭の中が整理できた心地がして、スプリンガーはゆっくりと口を開く。

「部隊の存続に関して言えば、俺はもう『レッカーズ』と言う名にこだわらなくても良いと思っている。無くす訳じゃないが、『レッカー』である事と『そうではない』事の境界線を取ってしまいたいんだよ」

「えっ?ちょっと待てよ、名前にこだわらなくていいって、どういう意味だ?」

「境界線を取る?具体的には?」

「困難な任務に『レッカーズ』を派遣するんじゃなく、その任務ごとに相応しい人材を選び抜いて編成する。今までは編成の時も既存のレッカーから選ぶ決まりがあっただろ?新しく隊員を迎えるにも、高等指令の許可と現存メンバーの賛成が要る。ハードルの高い精鋭部隊としての質を保つためだったんだろうが、柔軟性を欠いていた。どうしても隊員にばかり負荷がかかるしな。それよりも枠に捕らわれずにオートボット全体で『精鋭の』部隊をそのつど組む方がいい。どう思う?」

ツインツイストは呆然としてスプリンガーの顔を見ている。何かに驚いているような表情だった。

「そう言う事かよ。俺は、てっきり――」

「何だ?」

「いや、何となくよ。お前がリーダーを引き継ぐもんだと思ってたぜ。もしそんな事になったら、俺たちがサポートしてやらなきゃな、なんて話もしてた。だから……」

「すまん。それは、俺だけで決められる問題じゃない。だからお前たちの意見も聞いておきたかった。トップスピン?」

腕組みをしていた双子の片割れは、口元に手を当ててまた考えるようなしぐさを見せた。炎の上で交差する視線。全員が適切な言葉を探して思案を巡らせている。

「俺もその方がいいと考えたことがある。だが、俺たちがここでお前に賛成しちまうのはフェアじゃねえな」

「フェアじゃない?」

「お前にしちゃ甘ったれた事をするじゃねえか、スプリンガー。俺たち以外にはその話をしてねえんだろ?とにかく、誰かに頷いて欲しかった。味方になってくれることを期待しちゃいなくとも、誰かの言葉に背中を押して欲しかったんだろう。違うか?」

スプリンガーは苦笑いする。負けた、と言う思いが駆け巡った。トップスピンの言う通り――自分は無意識に彼らの賛同を求めていたのかもしれない。彼らならば自分の言う事に頷いてくれるという確信があったのだろう。自分に都合のいい証言をすることを『卑怯だ』と否定しながらもそんな期待を抱いていたのは、真実甘えでしかない。

「敵わねえな。お前の言うとおりだよ。分かってくれんじゃねえかって思い込んでた」

「言っとくが、俺はその考えを否定してる訳じゃねえからな。ちょっとゆっくり考えろ。すぐに結論が出る問題でもねえ。今くらい忘れて休んだって罰は当たらねえだろ」

炎の揺らめきが強くなる。風に煽られた火に燃料を継ぎ足して、トップスピンはそれきり口を閉ざしてしまった。二人の顔を交互に見比べていたツインツイストも一つ頭を掻いて、正面の炎に向き直る。

「俺は、お前にやって欲しいけどなあ。次のリーダー」

橙の明かりに照らされて、三体の影が円の外に伸びていた。夜の足は遅い。その言葉に答える代わりに、スプリンガーは冷えたエネルゴンに口を付ける。

 

――

 

周りの景色が意識の中を滑って行く。自分はどこへ足を向けているのか。思案と怒りに捕らわれて意味なく歩を進めていたことに気づき、スプリンガーは立ちどまった。キミアの廊下は薄暗い。白熱灯が鈍く照らす壁を拳で打って、声にならないうめき声を漏らす。行き場のない悔しさと怒りは特定の相手に向けられたものではないだろう。それだけにこの感情を処理する術が見つからないのだ。拳を握りしめる。プロールの乾いた声が蘇ってくる。

 

 

「今の自分に任務を課すのか、とでも言いたげな顔だな、スプリンガー。例の裁判の日まで部屋に閉じこもっている気でいるのか」

なぜ何事も無かったかのように話ができるのか?惑星ポヴァの住民との「約束事」を、プロールが知らなかったはずはない。知っていながら、なぜ事前にレッカーズに知らせなかったのか。あの様な事態になることは予測ができたはずだ。これではまるで――

「私が全て仕組んだ、とでも思っているのか。ならば問うが、我々高等指令部の許可も無しにポヴァに向かったのは誰だ?今まで看過してきた行動がいくつあるか。シマンジの虐殺。バブ・ヤーの戦い。皆が助けを待つ場面に居合わせず、ディセプティコンの一旅団に過ぎない敵との戦いを優先していたのは誰だ。高等指令部にとってはスカドロンXの生き死になど大きな問題ではない。オートボット全体にとっての不利益を鑑みて、奴らを逃がせと命令した。それだけだ」

違う。プロールならば予測できたはずだ。インパクターがどれほど奴らを憎み、その存在の抹消を願っていたか。ようやく追い詰めた奴らを逃がせと言えば、彼がどんな行動に出るか。分かっていたはずだ。

「では、私の責任か?私が昨今のレッカーズを扱い難く思っていたのは事実だ。お前を除くすべての隊員は、もう『限界』だったのかもしれん。だがその線引きを私が行う訳にもいくまい。これでも精一杯手綱を引いてきたつもりだ。お前たちがオートボットとしての道を大きく外れないよう、できる限りの手は尽くしてきたはずだ。何度警告した?何度お前たちのリーダーを止めて来た?避けがたい結末を阻止するために、お前も、私も波に抗い続けて来たのではなかったか。起こるべくして起こった事件だと言う者も居る。だが、インパクターにとって唯一の誤算は……」

あの『告発』だと言うのか。誰もが行わなかった、あの通報だとでも言うのだろうか。

「誤算、と言うには語弊があるか。おそらくはインパクターにも隠し立てする気は無かっただろう。罪を恐れるような男ではない。自白はせずとも、我々にその罪を問われれば大人しく手錠をかけられたはずだ。だが、他でもないお前に告発されたからこそ彼は抵抗した。何故だ、と叫び続けた。その思いは分からないでもない」

では、他に誰が居た?誰がインパクターを高等指令に突き出してくれた?誰も居ない。自分を除いては――。

「スプリンガー。周囲の、特に他のレッカー達がどんな視線を向けているのかは想像に容易いが、お前は何も後ろめたく思う必要は無い。お前は確かに正しいことをした。胸を張れ。高等指令部の一人として、礼を言う」

礼など欲しくはない。いっそ自分も共に独房に放り込んでくれた方が、どれほど楽か。

「裁判の日までは忘れろ。為すべきことを為すしかない。お前がどんな罪悪感を抱いていても行動に起こさなければ何も消えはしないのだ。まずは、今まで目を向けて来なかった人々を振り返る事から始めろ。バブ・ヤー戦の実情は把握しているか?『ギデオンの雨』と呼ばれる兵器によって多数の死者が出た。ボディを交換した後にも後遺症に悩む者は多い。その死の雨の跡が残る土地はまだ調査の手が及ばず、遺体すらまともに回収できてはいないのだ。編成はお前に一任する。数名のサポートを付けて、現地へ調査に赴いて欲しい。具体的な案は追って連絡を入れる。それまでに候補者と――」

 

拳を握り、今度は自分の胸を打つ。腹立たしかった。プロールに向けられた怒りではない。様々な感情が渦巻いて、その全てがスプリンガー自身を責めている。

「サー……?な、何か。御用でも?」

思いがけずか細い声を掛けられ、スプリンガーは顔を上げた。わずかに開けられたラボの扉から顔が覗いている。丸いフェイスラインに浮かぶ気弱な表情。武器開発者のアイアンフィストだった。

「すまない。お前の部屋の前だったのか」

「お気になさらず。大きな音がしたもので、びっくりしちゃって。キミアにいらっしゃったんですか。定期連絡に?」

「まあ、そんな所だ。驚かせたな。悪かった」

「……あの」

「何だ?」

「いえ、なんでもありません。僕の方こそお邪魔しました」

一礼をしてドアを閉める姿を、スプリンガーは見守る。アイアンフィストはここキミアでは知らない者が居ないほどのレッカーズマニアだ。おそらくはフィジトロンの『レッカーズ極秘ファイル』の購読者でもある彼に、今回の事件はどう響いているのか。詳細は知らずともインパクターの現状については噂を聞いているに違いない。口を開きかけて、スプリンガーはその言葉を飲み込む。ふと別件を思いだし、厚いガラスの扉を二度叩いた。

「どうしました?」

「アイアンフィスト。この銃を見て欲しい。見覚えがあるか?」

スプリンガーが開いたタブレットの画像を覗き込んで、アイアンフィストはアイセンサーを細める。銃身に円筒形の部品が施された、特徴のある型だ。

「……」

「どうだ。お前でも分からないか」

「いや、分かります。ここキミアで開発された銃ですよ。誰が手掛けたものか、お教えした方が?」

「……分かった。だが少し待ってくれ。必要があれば、もう一度聞きに来る」

「いいんですか?サー!?」

相手の呼びかけに一礼して答え、スプリンガーは去って行く。訳が分からないと言った表情で、アイアンフィストはしばらくその背中を見守っていた。ポヴァでの件を少し聞き出しておきたかった所だが、自分にはそんな勇気はない。背後では書きかけのデータログが”Fisitron”の文字を明滅させていた。

 

――

 

追跡者は気付かれていないと思っているのだろうか。その余りにも稚拙な尾行に情けなさを感じて、ロードバスターはあえて背後の足音を無視した。監視されていることは分かっている。何も隠すつもりはないし、どこに逃げるつもりもない。見張りが必要だと思われていること自体が腹立たしかった。あるいは……高等指令部の差し金ではなく、あの場に居た仲間たちが互いを警戒し、疑い合っているとでも言うのだろうか……?

自室の前に辿りついてようやく、足音が遠ざかって行く。無駄な疲労に一つ肩をすくめてパネルに手を添えた。違和感を覚えて指を止める。施錠のランプは灯っていない。

「……誰だ!?」

暗い空間に呼びかける。何かの動く気配がして、反射的に銃を抜いた。黄色いアイライトが弧を描いて振り返る。薄闇に浮かぶ単眼。自分の部屋のキーコードを知る者で、その特徴を持つ者は一人しか居ない。

「空き巣とは随分とお上品な趣味だな、ホワール」

白々とした明かりに照らされて、ホワールは眩しそうな顔をして見せる。悪びれる様子も、言い訳をしようとする気配もない。部屋は荒らされていた。ゆっくりと体を向けるその姿に歩み寄り、ロードバスターは銃を収める。

「何をしていた?俺に秘密で何を持ち出す必要がある?」

「ロードバスター。あの銃はどこだ?お前があの時、インパクターに渡した銃だ。高等指令部に没収されたか?」

「いいや。まだ俺の手元にある。あの後、ザンティウムでインパクターから預かった。まさかその後――あんな事態になるなどと、思いもしなかったがな」

混乱の記憶が蘇り、ロードバスターはアイセンサーを明滅させる。長くも、短くも感じられた瞬間だった。インパクターの怒声……冷たく言い放ったスプリンガーの言葉……それらが同時に閃いては消えてゆく。割れ鐘を叩くように、彼らの声が頭の中で繰り返し響いている。あの日以来何度も見て来た白昼夢だった。

「どこにある?その銃を出せ。俺が預かる」

「何故だ?なぜお前に渡す必要がある?」

黄色いアイカメラに、澱んだ狂気が映っている。ロードバスターは再び銃に手を掛けた。

「いいから、俺に渡せ。まだ奴らの手に回る前で良かった。アレを証拠物件として挙げられてみろ。一気に不利になる――」

「不利になる?誰にとってだ?インパクターか?銃を渡した俺自身か?」

「全員だ。全員にとってだ。あいつを除いたレッカーズ全員の将来がかかってるんだよ。もしそれの機能について問い詰められたら、お前はどう言い訳するつもりなんだ?」

「俺は何も言い訳をするつもりなどない、ホワール。アエキタスにはそんな誤魔化しも通じはせん。心の底から、自分が信じていることだけを話す。それだけだ」

「信じていることを?保身の為にか?お前にはインパクターを救ってやろうって、そんな意志はねえだろ?」

「なぜそう思う?」

「とぼけるな。お前や、ラックンルインや、ブロードサイドがスプリンガーに接触していた事……俺が知らねえとでも思ってんのか」

ロードバスターは肩を落とす。呆れと一握りの悲しみに、しばらくは言葉が出なかった。おそらくは先ほど自分を付けていた影も、ホワールに金を握らされた小物の一人だったのだろう。

「ホワール。仲間内でなぜそんな事をする?聞きたいことがあるのなら、なぜ俺の元に直接来なかった」

「先に隠し事をしたのはどっちだ!……お前、スプリンガーに話を付けに行ったのは自分一人だと思ってんじゃねえだろうな?とんだ思い違いだぜ。ラックンルインも、ブロードサイドも、全く同じことを言いやがった。同じことをだ」

ホワールの影が迫る。戦場で見せる、狂気に似た火がその語調に込められていた。

「『次のリーダーはお前に任せる。だから、どうか、俺たちがインパクターの事を看過していたなどと証言しないでくれ。頼む。どうか、レッカーズを――』」

「示し合わせたわけではない。偶然の一致でも、各々が考えた結果だ」

「……じゃあ、お前らは全員、インパクターの事をガーラスに放り込んでやろうって、そんな魂胆なんだな!?スプリンガーの口を塞いで、てめえらだけ助かって、それで解決、って事か?そうだろう?そうなんだろう!?」

ロードバスターは首を振る。何も反論できないのに、否定する言葉ばかりがこぼれ始めた。

「違う。違うんだ、ホワール。俺たちは彼に責任を押し付けようとしてるんじゃない。お前やスプリンガーは信じないかもしれないが、俺はあの時――インパクターに銃を渡したことを、誇りに思っている。それは誰に聞かれても嘘を吐くつもりはない。絶対にだ」

「ならば、余計に、だ。その銃を貸せ。お前の為にもな。お前がその主張を通したいんなら、さっさと――」

「できん」

「ロードバスター!」

「隠し立てすれば、余計に不審を煽ることになる。冷静になれ、ホワール。いずれにせよもう逃れられはせんのだ」

痛いほどの沈黙が流れる。しばらくは時間を忘れて睨み合っていた。

「……分かった。分かったよ。それがお前の考えなら、好きにしろ」

それは納得していない証拠だな?と言いかけて、ロードバスターは口をつぐんだ。噛みついて来ていたホワールが急に大人しくなるのは良からぬ兆候だ。何を考えているのか。何を企んでいるのか。あれほど執着していた『証拠品』を手にすることを諦めたとも考えにくい。

「ホワール、待て。ちゃんと話をしろ」

すり抜けるように出て行こうとする姿に手を掛けるが、ホワールは取り合わない。止めなければと、ロードバスターは咄嗟にそう思った。何を考えているかは分からないが、彼を制止することが出来るのは今のレッカーズの中では自分しかいない。

「……おっ?噂をすれば、スプリンガーの奴からのコールだ。任務の話か?見ろ、あの野郎、何も気にしちゃいねえ。裁判までは今まで通り普通に接しましょうって所なんだろうな?いいじゃねえか、向こうがその気なら。俺たちも今まで通り、変わらずに対処してやるしかねえだろ」

「ホワール、何を考えている?」

震えの走る黒い金属片を手に収め、ホワールは去って行く。ロードバスターの呼びかけにも振り返る気配はない。

「おい!」

扉が開放されたままであることを警告する電子音が鳴り響いている。その音だけが、やけに鮮明に聴覚センサーを震わせていた。

 

 

――

 

「……何事も、少々不便なのは勘弁してくださいよ。なにせ、人が足りない。まだ高等指令からちゃんと予算が下りたわけじゃありませんからね。ありあわせの物で組み立てた仮の施設じゃあ、寝泊まりするのが精いっぱいってところですよ。それでもここまで組み立てて来たんですから」

「一人でやっているのか?とてもじゃないが間に合わないだろう。上から正式な人材と費用が下りるまで、なぜこの土地を離れない?」

「もちろん、考えなくも無いですがね……。ですが、離れるわけにもいかんでしょう。誰かがやらなくちゃいけない。ディセプティコンの生き残りが残ってるって噂もあるから、不安はありますがね」

ディップスティックの声には疲れが浮いていた。久々に訪れたここイーグ・ムーア燃料基地の光景を目の当たりにして、スプリンガーの胸は冷え切って行く。陰鬱な曇天は確かに以前と変わりはないが、その下にかつての燃料プラントの姿は無い。粉砕されたコンクリートと金属片の道を歩きながら、空襲の苛烈さを思った。バブ・ヤーの悲劇は「ギデオンの雨」だけには留まらないのだろうか。焼け残った鉄塔が骨だけになって天を指している。着陸するときに真っ先に見えた姿はそれ自体が確固とした意志を持った傷痍軍人のようだ。

「ひでえな。どこに何があったかも分かりゃしねえ。あっちもこっちも容赦ない壊しようだぜ、ギデオンの奴」

ツインツイストの声が背後から追いかけてくる。地面のあちこちに穴を空けながら、周囲を探索してきたのだろう。横を歩くディップスティックが少し苦い顔をした。

「フレイムの方も、引けば良かったんでしょうがねえ……。双方が手加減を知らなかったから、相当酷いことになったんでしょうが。あんなやり方、条約に反していなくとも人道から外れている」

「ギデオンの雨、か」

空気を切る音が響き、続いて重い金属音が後方で響いた。トップスピンだ。

「雲一つない空から突然雨が降る。体を叩くその水滴に激しい痛みを覚えた時はもう遅い。装甲を溶かされ、内部機関をじわじわとやられ、生きながら崩れ落ちて行く恐怖に苛まれながら死んでいくってわけだ」

「ひでえ話だぜ。正面切ってドンパチやるならまだしも、んな兵器使ってくるなんざディセプティコンがどうのって以前に、心ある生命体としてどうなんだって話だろ?」

兄弟の会話に、スプリンガーは街頭で見かけたオートボットの姿を思い出す。新しいボディの「配給」を拒み、その痛々しい傷を残したままうずくまる戦士たち。彼らの手には「バブ・ヤーの悲劇を忘れるな」の文字が書かれた看板が握られている。溶けかかった顔で責め続けているのは果たして誰なのだろうか。

「……一滴でも、『雨』そのものが残る場所があればいいが。とにかくサンプルを持ち帰って、あとはキミアの連中に任せるしかない」

三人の視線がスプリンガーに向けられる。渦を巻く風が上空で鳴り響いていた。

「ホワールはどうした?」

「あれから見てねえな。ここに着いた途端、『周囲を調べてくる』って飛び立っちまうなんてあいつらしいと言えばあいつらしいが。追いかけようとしたが撒かれちまった。空中じゃさすがに奴の方が早い」

呆れを混ぜて返すトップスピンの言葉を聞きながら、スプリンガーは昨日の「通信」を思い出す。ホワールはどう思っているだろうか?彼を連れて来た事に下心が無かったとは言えない。ご機嫌取りのつもりは毛頭ないが、駐留中に少しでも話す機会を設けられればと、そう考えたのだ。

「まあ、その内帰って来るだろう。それはそうと――ディップスティック。もう一人、現地で落ち合う事になっている者が居るのだが、船が到着するところは見ていないか?」

「もう一人居らっしゃるんですか?レッカーズのメンバーで?」

「いいや。『リスト』に入れていた新人だ。何年か前に本人から入隊希望の申請があったが、性格が不適合として高等指令部が勝手にはねた奴でな。直接会って仕事ぶりを見てみたいと、今回連れて来たのだが」

「性格に……色々大変なんですね。あ、ほら。見えてきましたよ。昔は医療施設として使っていた建物なんですがね」

ディップスティックが声を弾ませる。指し示した先には重機に囲まれて建つ灰色の建物があった。

「何とか箱っぽくなっているでしょう?内装なんかにはまだ手が回っていませんがね。なんせ一人なもので……ですが、外で寝泊まりするよりはずっと快適だと思いますよ。皆さんが来るって言うから、急いで壁を取り付けてですね」

不意に、稲光の様な白さが空を走る。誇らしげに話し続けていたディップスティックが言葉を止めた。低く聞こえて来る唸り。厚い雲に遮られてその姿は見えないが、ヘリ型の機体が上空を旋回している。ホワールのローター音ではない。

「ディセプティコンの死にぞこないか?」

駆け寄ってきたツインツイストを制止し、ディップスティックを背後にかばって、スプリンガーは空を見上げる。まさか――「躾がなっていない」とのプロールの評は、あながち冗談ばかりでも無かったのだろうか。

「……おい!やめろ!!」

届くはずのない叫び声を上げて、スプリンガーは駆け出した。上空に飛び立とうとしたがもう遅い。閃光と共に、目の前の建物が粉じんを上げる。内部から何かが破裂したような爆発だった。

「よせ!降りてこい!!」

耳を裂く爆発音が響いて、砂と瓦礫の粒が顔に降り注ぐ。ディップスティックが半狂乱になりながら駆け寄ってきた。無理もない。一年がかりで修復した箱の大部分を、謎の攻撃によって吹き飛ばされてしまったのだから。

「何です!?一体、何が!?」

「ローターストーム!」

粘つく雲を切って、鮮やかなヘリコプターが姿を現した。直角の軌道を描いたその機体は地面すれすれでふわりと宙に浮き、翻るようにトランスフォームする。

「もったいぶった演出だぜ」

トップスピンの苦い声が背後で響いた。

「どうも!いやあ、憧れの皆さんと任務に赴けることが光栄でしてね。ちょっとしたパフォーマンスのつもりですよ。どうです?一つでも建物が残っていて良かった。高等指令部には内緒にしていてくださいよ。もし何か言われたら、『面接の際、実技を披露する必要性があったため』とか何とか、適当な言い訳をしてもらえばと」

両の掌を前に突きだして嬉しそうに語る姿に、スプリンガーはため息を吐く。もしローターストームが目の当たりにしているのが自分ではなくインパクターであったならば、彼はレッカーズ入りするどころかデルファイに百年ほど閉じこもる羽目になっていただろう。諭す言葉を探すが気勢を削がれてしまう。トップスピンが舌打ちをする音と、ツインツイストがこぼす笑い声を同時に聞いた。

「あのなあ、ローターストーム……」

「何――何だ!?オートボットなのか!?一体何の為に攻撃を!?」

ディップスティックが歩み寄る。ローターストームに悪びれる様子は全くない。

「だから言ってるでしょ?パフォーマンスだって!いいじゃないですか、どうせ解体工事の途中だったんでしょうし。壊すの手伝ってあげましたよ、ほら。お望みならもっと徹底的に破壊してもいい。建てるより、壊す方が最近は金がかかるって言いますしねえ――」

「解体工事、だと……」

わなわなと震えはじめたディップスティックをどうなだめたものかと、スプリンガーは手を宙にさまよわせた。それよりもローターストームを黙らせておいた方が良かったのかもしれない。

「唯一の建物だ!徹底的に破壊されたこのイーグ・ムーア燃料基地の中で、私が最初に手掛けた建物だ!それを解体中などと……もういい!!残った壁の中にすら入れてやらん!!お前ら全員外で寝るんだ!!いいな!!」

 

 

――

 

風に煽られた炎が千切れては消えてゆく。鉄の皮膚にも堪えるほどの寒さに、スプリンガーは両手を合わせた。思案がその上を通り過ぎる。ホワールはまだ戻らない。何を探しているのだろうか?

「それにしても」

正面に座るローターストームが口を開く。殊勝な態度一つ見せない所からすると、スプリンガーの小言は全く響かなかったらしい。

「ギデオンの雨って、本当に何なんでしょうかね?今までディセプティコンが使って来たどの兵器とも似ていない。突然現れた驚異の武器です。だからあんなにも被害が広がったのでしょうが」

両脇に座る兄弟が同時に首をひねった。背中のドリルに手をやって、ツインツイストが答える。

「ルスト系の兵器とはまた違うのか?体が溶けるんだろ?」

答えたのはトップスピンだ。

「装甲の表面を溶かして管に入り込む。ここまでは酸を用いた兵器と同じだが、この雨の怖さは別にあるらしい。脊髄に到達して、やがて神経系を犯すそうだ。指の先にまで走る神経がしびれて溶けて行く、なんて地獄の苦しみとしか言いようがねえ」

「恐ろしいもんですよね!アレでしょう?その液体には未知の生物が潜り込んでおり――それこそ顕微鏡を何万倍にもしなければ見えない微小な生物がですね――サイバトロニアンの中枢神経を侵す。やがてブレインを支配されたオートボット達は互いに殺し合いを始めるんです!ちょっとしたB級ムービーになりやしませんか?」

トップスピンが目に見えて苛立っているのがおかしく、スプリンガーは口元に手を当てて笑いをごまかした。ツインツイストは何の屈託も無く怖いな、などと相槌を打っている。

「ところで、明日はどうするんです?」

不意に話を振られて、スプリンガーは座り直した。トップスピンとツインツイストも自分に視線を投げかけている。

「天体観測所があった周囲に向かう。雨の被害が最も激しかった場所だ。サンプルを手に入れ、建物の中に生存者が居ないかを確認し――」

「地味な作業すね!?これでも、ちょっと緊張してたんですよ。正式な招聘じゃないとは言え、レッカーズと一緒に任務に赴けるってね。でも、こういうのもいいかもしれないですね。なんせ入るのにハードルが高すぎるんですよ、レッカーズは。こうしてゲストを呼んで、そのつど正式な隊員にこだわらない編成をした方がいいかもしれないですよ」

思いがけず自分の考えを言い当てられたような心地がして、スプリンガーは頭を掻いた。それなのに「違う」と否定したくなるのは何故なのだろうか。ローターストームの経歴を思い出しながら言葉を返す。

「レッカーズへの入隊希望を出したことがあるそうだな」

「ありますよ!確固とした地位をと名声を手に入れた前線の戦士なら、望む事は一つじゃないですか。でも、今はあんまり情熱無いですね。インストラクターとしての仕事も忙しいですし」

「エアリアルアカデミーか」

「これからはオートボットも空の時代ですよ!大空を支配するものが勝利を手にする。天を駆け回って地上の敵を一掃する気分の良さったら無いでしょう?」

「お前の活躍は聞いている。シマンジでの功績は――」

空気が変わった。ローターストームの口元から誇らしげな笑みが消える。何が彼の「引き金」を引いたのかが咄嗟には分からず、スプリンガーは若い戦士の表情を探った。相手は顔を上げない。何とかして普段の姿勢を保とうとしているのか、不器用に口元を曲げて笑みを作ろうとしているのだ。

「……そうですね。ほんと、そうです。有難いことに武勲賞も頂けたし。あの時ほど自分が飛べてよかったって、神に感謝したことはありません。」

「飛ぶ姿として産まれて来た事が幸せでならない、って物言いだな、小僧。羨ましいもんだぜ」

吐き捨てるような声が響き、全員が暗闇を振り返る。忌々しげに砂を蹴る足音がしばらく響いて、ようやくホワールの鋭い輪郭が浮かび上がった。「一人」ではない。色を失ったディセプティコンの死体を肩に担いでいる。

「ふざけた配色だぜ。戦前のサイバトロンを知らねえ若造か?」

「ホワール……先輩?ですよね?これでも尊敬してるんですよ。言わば同じカテゴリのビークルを持つ兄弟じゃないですか」

顔を間近に近づけてくるホワールから逃れるように、ローターストームは精一杯身を反らせている。トップスピンとツインツイストは彼が抱えて来た荷物に興味を持ったようだ。

「どこへ行ってたんだ?残党が居やがったのか?」

ホワールが放り投げた遺体を確かめながら、ツインツイストが問いかける。

「面白いものを持ってきてやったぜ。見ろ。そいつの胸」

「ただの銃で撃たれた跡じゃないな。これは……」

膝まづくトップスピンの横に屈みこんで、スプリンガーも遺体を眺める。機体の表面に残る銃創は浅いものばかりだ。致命傷になったとは考えにくい。

「なぜ死んだ?」

「それが興味深い所なんだよ。ほら」

ホワールが遺体を足蹴にする。うつぶせに転がったその背中を認めて、ローターストームが小さな悲鳴を上げた。

「何すか!?これ!!」

兵士の背中はえぐり取られている。いや、内部から溶けてしまった、とでも表現した方がいいかもしれない。真一文字に走る背骨の跡を中心に、中央部から腐食の広がる背中。苦い臭いが鼻をつく。この星を降り立った時に感じた腐臭を何倍も濃くしたような刺激だった。

「見れば分かんだろ。こいつはディセプティコンだ。間違いなくな。だが、どんな理由であれ――こいつはギデオンの『雨』を浴びた奴らと同じようにくたばっちまってる。体が溶けて……神経を侵され……ディセプティコンの兵器であるはずのギデオンの雨に、なぜ殺される羽目になった?分かるやつが居たら、教えてくれよ。なあ?」

 

 

――

 

昨日の雲は嘘のように晴れ、濃い紫の空は瞬く星を散らしていた。

上空を行く三機のエンジン音が長く尾を引いている。スプリンガーはツインツイストと共に粘つく大地を進んでいた。本人は気にもしていないだろうが、彼一人だけに地上を走らせることを申し訳なく思ったのだ。

「本日はお日柄もよく……ってところですが、面白おかしくも無い景色ですよね?天体観測所はまだです?」

ローターストームが通信を入れてくる。軽くたしなめるような声で、スプリンガーが返した。

「無駄なおしゃべりは慎め、ローターストーム。上空からだと、そろそろ見えて来るのではないか?」

「俺、ビークル時の視力はあんまり良くないんですよねえ。ホワール先輩はどうです?つぶらな瞳で何でも見えちゃいそうですが」

ホワールは返事をしない。トップスピンが滑るように高度を下げ、地上の二機と並んで走り始める。

「スプリンガー。何かおかしいとは思わねえか」

「何だ?」

「臭いがする。雨の臭いだ。こんな晴れて乾燥した天気だってのに、さっきから嫌な湿気がまとわりついてんだよ。上空に行くほど濃い。あいつら二人も降りて来るように言った方がいいぜ」

「雨の?……分かった。一旦二人を降ろそう」

「おい、ありゃ何だ!?」

ツインツイストが声を上げた。見上げれば、地平線の辺りから緩やかなカーブを描いて打ち上げられる煙の軌道がある。追って上空で響く破裂音。照明弾の一種らしい。

「見ました!?合図ですよ!!誰か居るんだ!!」

「らしいな。望遠鏡で我々の姿を認めたか。とにかく、急ぐぞ。生存者がいるのならまず――」

急激に走った痛みに、スプリンガーは顔をしかめる。大粒の滴が装甲を叩いて、その度に視神経を握られるような軽い衝撃が走った。雨だ。雲一つない空から、雨が降っている……。

「雨……?雲は出ていない……。まずい!降りてこい、二人とも!!」

雨粒のリズムが速くなる。鉄の皮膚に小さな凹みが現れ始めた。

「くっそ!んだ、こいつは!?」

「ギデオンの雨か?まさか。大気中に成分が残っていたのか」

ぬかるみにキャタピラを取られたツインツイストがトランスフォームし、忌々しげな声を上げた。煙る視界の中、トップスピンはレーザーポインタで行き先を指し示している。

「スプリンガー、急ぐぞ。建物の中に非難した方がいい。二人はどうした?」

軽い空圧の後、ホワールが泥を跳ね上げながら三人の前に着地する。単眼の戦士はローターストームの機体を脇に抱えていた。

「ローターストーム!」

若いオートボットの顔に先ほどまでの明るい表情はない。トランスフォームして、スプリンガーはその姿に駆け寄って行く。兄弟の足音がそれに続いた。

「上空で濃い『毒』を吸っちまったのかねえ?危うく墜落するところだったぜ。感謝しろよ小僧」

「スプリンガー……」

「しっかりしろ!雨を飲み込んだのか?」

「分かり、ません……。で、でも、違いますよ、この雨……ギデオンの雨じゃ、ない……」

「何だって?」

「ゆ、友人が……友人がここに、居たんです。バブ・ヤーで戦って、あいつ……緑の雨だったと言っていた……普通の、こんな、雨じゃなくて……!!」

「喋るな。歩けるか?安全な場所に避難するぞ」

「はい……」

ホワールに突き飛ばされた体を受け止め、スプリンガーはローターストームに肩を貸す。トップスピンが先陣を切って歩き始めた。

「この先、更にぬかるみがひどくなってやがる。目視できる程度の距離には来ているが、かなりの時間がかかるぞ」

「俺が地面を掘ってやろうか?地下に避難出来りゃ――」

ツインツイストの声が、更に強くなった雨足にかき消される。皮膚を叩く痛みと共に、焼けつくような空気が喉を通った。呼吸をしている生きものであればまず肺がやられていたかもしれない。肩にかかる体重が重くなる。ローターストームは今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

「うぁっ……!」

「しっかりしろ、ローターストーム!頭を俺の影に隠せ。手でスパークチャンバーの辺りを守るんだ」

「やばいぜ!さすがに俺たちの装甲にも穴が開いてきやがった。このまま内部機関をやられちゃ――」

「『毒』が神経系に回ると厄介だ。お喋りしてる暇はねえ。スプリンガー!」

兄弟の顔がスプリンガーを振り返る。ホワールは目を逸らし、雨の向こうにある施設の影を見つめていた。

「……行くぞ。生存者が居るなら、何としてでも行かなければならん」

「俺も……」

「喋るんじゃない、ローターストーム!」

「行きます……大丈夫、歩けます、から……!」

「もう駄目だろ、そいつ。放って行け」

ホワールの声がやけに平坦に響く。よろめいたローターストームとそれにつられたスプリンガーを咄嗟に支えようと、兄弟が同時に手を伸ばしてきた。足を踏み出そうとするが、肩に抱えたローターストームは動かない。

「俺は行くぜ。てめえらは新人のお守でもしてろ」

「待て、ホワール!」

数十メートル先も見えないほどの強い雨足だ。目の裏からこめかみの辺りにかけてずきずきとした痛みが走っているのは、神経系に毒が回り始めた証拠なのだろうか。ローターストームの機体を静かに肩から下ろし、スプリンガーは地面に屈みこむ。雨を掌でかばいながら相手の頭を膝に乗せて寝かせてやった。

「……すみません……」

「お前はここに居ろ。トップスピン、ツインツイスト。地下深く潜って、ローターストームを雨宿りさせてやれ。俺は観測所に向かう」

「俺も……」

「その体じゃ無理だ。大人しく待っていろ」

「嫌です!」

「ローターストーム?」

雨に打たれていないはずの頬に、二筋の滴が流れた。手をつたう震え。三人に見守られながら、ローターストームは手をついてその身を起こそうとしている。

「嫌じゃないですか……誰も……助けに来てくれないの……怖いじゃないですか……生きてるのに……叫んだって、誰も……助けられるのに、生きてるのに……助けてくれって、叫んでるのに……誰も来てくれないんですよ……そんなの……あり得ないじゃ……ないですか……あっちゃいけないじゃ……ないですか……オートボット、なのに……目の前で………どうして……」

若い戦士の頬にとめどなく涙が流れていた。血の色が混じったその滴はバイザーの奥に隠された目を溶かした跡なのかもしれない。

「この間だって……」

昨夜の会話と、目の前のローターストームの表情が、スプリンガーにあの惨状を思い出させる。シマンジの虐殺。オートボット史上に残る、犠牲者の数。ローターストームはその場で何を見たのだろうか。自分たちは救援要請を受けようともしなかった。あの時、レッカーズが行かなかったことで失われた命はいくつあるのだろう。死者の数だけを聞いて、苦い顔をして、痛ましい事件だなどと口先で言って、それ以上の何かを想像しようとしたことがあっただろうか?瓦礫に埋もれる人々が呼んでいたのは、死にゆく人々が恨んでいたのは、若いローターストームたちの名前ではない。その場に居るべきだったオートボットの「英雄たち」だ。

「任せろ。お前はよく頑張った」

なおも言葉を紡ごうとするローターストームをトップスピンに預け、目線で合図をする。親指を立てたツインツイストが跳ねるようにトランスフォームし、泥を弾きながら地面を掘り始めた。どのくらいの深さまで土壌の汚染が進んでいるかは分からない。安全な壕を掘り終えるまでには時間が掛かるだろう。

「後は頼んだぞ」

「任しとけ。気を付けろよ。どうも、ただの救助活動じゃ済まねえ臭いがしてやがる」

トップスピンに頷き返し、スプリンガーはヘリモードへと身を畳み始めた。トランスフォームコグに繋がる回路が焼けているのか、鋭い痛みが全身を貫く。うめき声一つ上げるわけにはいかない。

「……今行くぞ」

小さくなって行く地上の景色で、トップスピンとローターストームの姿が見えなくなる。空に雲は無い。雨足は弱まらない。振り切るように一つ身を回転させると、スプリンガーは真っ直ぐに天体観測所へと飛び去った。

 

――

 

排気をするたびに突き上げてくるような吐き気を覚える。上昇してゆく機熱の中、やけに冷え冷えとした額に手をやって、スプリンガーは無人の館内を歩いていた。点々と後を引いてゆく自らの足音。明かりはない。手元のライトだけを頼りに狭い廊下を進んだ。

「くそっ」

眼球の奥に痛みを覚えて目頭を押さえた。視界が霞む。ブレインを走る回路の一本一本が激しく痛んで、気分が悪い。口腔にこみ上げて来る苦み。それを吐き捨てて、通る声を上げた。

「ホワール!どこに居る!?見つかったのか!?」

ふと視界の先に白い光を認めて、スプリンガーは足を早めた。到着した時に簡単に確認した地図からすると、天体望遠鏡が置いてある部屋らしい。開いた天井から先ほどの「照明弾」が発射された可能性がある。生存者だろうか。はやる心を押さえて、ドアに駆け寄った。

「……!お前は……」

高い天井が割れて、紫の空が顔を覗かせている。この場所に「雨」は届いていないようだ。天を指す望遠鏡。床に横たわる兵士に見覚えはない。オートボットならばどんなに新しい戦士でも顔を記録してあるはずだ。エンブレムを確かめるまでもなく、相手の所属を悟る。ディセプティコンだ。ディセプティコンの兵士が、オートボットの施設であるはずのこの場所で救援を呼んでいたのだ。

「しっかりしろ。話せるか?」

「オートボット……」

スプリンガーは首を振る。ディセプティコンと見ればどんな状況でも殺す、そんな生き方はしていない。

「説明してくれ。お前は救援を呼ぶために照明弾を上げたのか?それとも……あれは俺たちを攻撃するために打った、ギデオンの雨の残りなのか?」

「……ギデオンの雨……あれは……」

「お前が来る前に全部聞いておいてやったぜ、スプリンガー。死にかけのそいつに代わって俺が説明してやる」

影が動いた。ホワールだ。ただならぬ気配に両手を上げて、スプリンガーは振り返る。ホワールの手には銃があった。あの時――インパクターがスカドロンXを射殺した時に使ったものと全く同じ型だ。

「ちょっとばかり複雑でな。整理すると、まずこいつが打ち上げたのは照明弾じゃねえ。正真正銘のオートボットの兵器だったんだよ。こいつが救助を求める狼煙として偶然それを使っちまったのか、それとも知っていて俺たちを攻撃したのかは知らんが」

「何だと?」

「天体観測所、とは良く言ったもんだな?フレイムの奴がここで呑気に星なんぞ見ていたと思うか?奴が開発していたのはお天気観測の衛星でも何でもねえ。自然現象の原理を利用して毒をばら撒く――ギデオンの雨に似た兵器だったんだよ」

「兵器、だと?まさか!ではギデオンの雨もここで開発されたとでも言うのか!?それが何故オートボットを?」

「問題はそこだ。フレイムをかばう訳じゃねえが、ここで開発されていた兵器がよそに漏れたわけじゃないらしい。裏切り者がここの研究成果を持ち出してギデオンに売ったわけじゃねえ。ただ、『親』は同じなんだよ。ギデオンの雨も、ここで開発されていた兵器も、同じ成分を元に作られている。この銃だ」

「それは……」

スカドロンXの命を一瞬で奪った銃。その性能を思い出して、スプリンガーは身震いする。特殊な薬剤の込められた弾丸。受けた者は瞬時に神経を侵され……中枢神経は麻痺し……体内に回った薬剤は脊髄を中心に体を溶かす……。

「分かったか?ギデオンの雨も、ここで開発されていた雨も、この銃も、元々はキミア生まれなんだよ。れっきとしたオートボットの技術だ。ディセプティコンが開発した凶悪な兵器なんかじゃねえ。どういう経緯かは知らねえが、この銃を元に作られた兵器のデータがディセプティコンの手に渡り、ギデオンの野郎がそれを元にあの雨を開発したんだろうよ。一方でオートボットもこの銃を参考にして同じような兵器を作っていた訳だ。惜しかったよな?フレイムの野郎がもう少し賢ければ、ディセプティコンに先んじて雨を降らせることが出来ていたかもしれねえ」

スプリンガーは首を振る。頭の中で痛みが暴れまわっていた。

「信じられん。いつから、オートボットは、そんな凶悪な……」

「聖人君子ぶるんじゃねえよ。今更だろうが!」

止める暇もない一瞬の動作だった。短い発砲音が響く。焼けつくような飛沫を足元に受け、スプリンガーは倒れているディセプティコンの姿を見た。吹き飛ばされた頭。すっかり色を失っている機体は、ホワールからの一撃を受ける前に事切れていたのかもしれない。

「ホワール!」

「この銃、フレイム隊の愛用品だったようだな。あっちこっちでこいつを受けてくたばってるディセプティコンが転がってやがる。俺が昨日拾って来た死体もそうだ。スカドロンXどもの最期を思い出すだろ?まだ使えそうなやつを一つ拾って来たんだが、どうだ?試してみるか?」

ホワールが歩み寄るごとに、スプリンガーは後ずさった。望遠鏡の基台に踵が当たったところで足を止める。相手の構える銃口は自分の頭を狙っているらしい。ロードバスターの通信を思い出す。

(――気を付けろ。ホワールの奴、裁判までにお前を……)

「ホワール。俺が、憎いか」

「この銃はあの時……ロードバスターの奴がインパクターに渡したのと同じ型だ。ロードバスターの野郎はインパクターの自衛の為に渡したと言っているが、んな見え透いた嘘……インパクターはスカドロンXを殺すつもりだった。確実にな。そして俺たちは全員、それを知っていながら止めなかったんだよ。止めなかった。あの場に居た全員が、あいつに賛成したからこそ、止めようとはしなかったんだ」

「違う」

「違う?そうだろうな!お前はそうだろうよ!!腹の傷を引きずって、お前だけが、お前だけがインパクターを止めに向かった!そう言うつもりなんだろ!?アエキタスの前で!俺は彼を止めようとしました。だれも助けてはくれませんでした。俺以外の隊員は全員狂っています。どうか逮捕してください!ってな!」

「では聞くが、お前はどうしたいんだ?レッカーズを大事に思って、失いたくなかったのなら、なぜあの時一緒になって止めようとしなかった?そんな事も分からないのか。んな事も分からねえお前に、レッカーズの存続云々を叫ぶ権利があんのかよ!」

破裂音が耳元で響く。ホワールの弾丸が頬をかすめ、後方にある望遠鏡の基台を叩いたらしい。手を挙げたまま、スプリンガーはゆっくりと相手に歩み寄って行く。たじろいだホワールが二、三歩身を引いた。

「ホワール、正直に言え。お前がしがみついてんのは、インパクターか?レッカーズか?それとも、自分がレッカーズで居続けられる環境なのか?」

「俺は……」

単眼が揺らめいた隙を逃さず、スプリンガーはホワールの頬を打つ。咄嗟に体勢を立て直そうとした相手の腹に蹴りを入れ、銃を弾き飛ばした。足元に転がったそれを壁まで蹴り付ける。腕を振り上げたホワールよりも一瞬早く二発目を入れた。三発。四発。両手の拳で容赦なく殴り続ける。手加減はできない。打ちながら、ひたすら泣きたいような衝動に駆られていた。

「俺は……!」

ホワールが膝から崩れ落ちる。雨を浴びて多少なりとももろくなった装甲に、殴打が相当応えたようだ。滴り落ちる体液。その中に透明な滴が点を描く。一つしか残されていない目から、ホワールは何万年も枯れていた涙を流しているらしい。

「ホワール、教えてくれ。お前はどうしたいんだ?俺はお前に何ができる?何を望む?お前が求めるなら、俺もインパクターと共にガーラスに入る。どうしたいんだ?どうしてやったらいいんだ?」

「レッカーズを……」

屈みこんで、スプリンガーは戦友の肩に手を置いた。今までに無いほどその姿は小さく見える。ローターストームの言葉が蘇った。似ていないはずのその波形がホワールのすすり泣く声に重なって行く。

(嫌じゃないですか、誰も……)

(目の前で誰かが……)

(オートボットなのに……)

(そんなの、あり得ないじゃないですか……)

バブ・ヤーの悲劇。シマンジの虐殺。決着のつかない勝負は苛烈さを増し、双方が相手を殺すことだけを追い求める世界。今まで顧みようとはしなかったが、それは自分たちレッカーズも、スカドロンXも、オートボットも、ディセプティコンも、全員が同じではなかったのか。誰が初めに忘れた?誰が初めに相手を殺した?オートボットであり、守る立場であり、誰よりも強くあろうとした自分たちがまず気づくべきではなかったのか。バブ・ヤーやシマンジで亡くなった兵士たちは果たしてレッカーズの名前を呼んでくれたのだろうか。誰かを救うと言う大前提を長く忘れて来た自分たちを、彼らは求めてくれたのだろうか?

「頼む。スプリンガー。頼む。レッカーズを無くさないでくれ。お前を次のリーダーに立てる。約束する。俺が……どれほど……」

「分かっている。……分かっている」

数百万年続いた戦争は今、どこに向かおうとしているのだろうか。自分たちが裁かれる日はどうやら、まだ早いらしい。まだ立ち止まるわけにはいかない。たとえ虚飾でも、今のオートボットに必要なのは相手を殺す武器などではない。オートボットの理念を濁りなく結晶化させた偶像なのだ。

「ホワール。誰よりもレッカーズを大事にしてきたお前にだけは、一言謝りたい。すまなかった」

ふと遠のく意識に足を取られ、スプリンガーはその場で膝をつく。沈む頭を支えて言葉を続けた。ホワールも起き上がる力は残っていないらしい。

「すまなかった。俺は、ロードバスターや、ラックンルインや、お前の申し出を受け入れるつもりだ。お前たちが保身しか考えていないなどと少しでも思った事を、後悔している。そして、一つだけ、頼みごとを聞いて欲しい」

「……何だ」

「俺が戦い続けて、へまをして、どこかで倒れることがあって、それでもなお生き恥を晒すようなことがあったら、殺してほしい。お前に罪のかからない方法で殺してほしい。テメエの罪を何故俺が裁いてやらなければいかんのだとお前は思うかもしれんが、偶像としてのレッカーズを守るからには……俺は……嘘でも……」

世界にノイズが走る。限りない悲しみを秘めたホワールの表情を最後に、スプリンガーの視界はふっと途切れてしまった。

 

 

――

 

「……詳しくは聞きませんけどね。『雨』で受けたダメージより、味方に殴られたダメージの方が大きいだなんて。何があったかは知りませんが。……聞きませんよ。裁判の事もあって、今は何も言えないでしょうし」

白い視界がゆっくりと辺りの輪郭を捉えてゆく。横たわるスプリンガーを覗き込んでいたファーストエイドは身を起こし、試験管に入った液体を明かりにかざして見せた。

「ホワールの奴はどうしている?奴は?ローターストームは無事なのか」

「トップスピンとツインツイストに感謝してくださいよ。雨が体内に回りきる前で良かった。二人の事なら、心配しないでください。ローターストームなら意識もはっきりしています。ホワールは顔を直すのに少し時間が掛かりそうですが」

スプリンガーは頭を掻く。星空を切り取った丸い窓。帰路に就いているらしい。

「サンプル、取れたのか」

「ギデオンの雨ではありませんがね。あなたたちが浴びたものと、あとは雨の被害がひどかった地域の土壌は手に入れることが出来ました。ちょっとやっかいな事になるかもしれませんね。オートボットの技術が一枚噛んでいたなんて」

沈黙が流れる。キミアの研究員たちは罪に問われることになるのだろうか。例の型の銃がディセプティコンの手に渡り、それを元にギデオンの雨が作られたのならば、彼らに責任は無いだろう。むしろ責められるべきは命を奪う兵器ばかりを求めて来た自分たちの方なのかもしれない。

「恐ろしいですね」

ファーストエイドの淡々とした声が、病室の壁に冷やかに響いた。

 

 

――

「……何ですか?大丈夫ですよ!そんな見つめなくたって!対照的なカラーした機体で、同じような顔して、そんな覗き込まないでください。男前だから見つめられるのに慣れてるとは言え、恥ずかしいですからね」

「開口一番憎まれ口かよ?めげねえ奴だぜ」

覗き込むトップスピンとツインツイストを振り切るように、ローターストームは勢いよく身を起こして見せる。軽く首を振り、体の凝りをほぐしているようでもあった。

「体調はどうなんだ」

「ぜーんぜん!全然オッケーですよ!!ほら、この眼の輝き、後遺症が残ってるように見えます?しかし先輩たちはやっぱ凄いですね!?ダイ・ハード!フィジトロンのレッカーズここに有り!!あんだけ雨を浴びてもピンピンしてるなんて、もはや進化しすぎた生命体とでも言うんでしょうか?それともそのタフさは原始的とでも言うのかな?あ、別に先輩たちが野蛮だって言ってるわけじゃないですよ。ものの喩えです。強し!レッカーズ!卑怯な攻撃などものともしないタフな精神……」

無表情のまま身を反らして、トップスピンは立ち上がる。ツインツイストも大げさにだるそうな顔を作って兄弟の後に続いた。一列に並んで去って行く背中。熱弁を奮っていたローターストームが驚いた声を上げてみせる。

「あ、ちょっと!待って下さいよ!ほんのジョークじゃないですか……通じない人たちだなあ」

軽い空気を吐いて閉まった扉を、ローターストームはしばらく見守っていた。静まり返る部屋。誰に言うともなく、ふと湧き上がった言葉を呟く。

「……でもね、本当に。感謝してるんですよ」

雨の中で見たスプリンガーの表情。自分を支えてくれた機体。その全てが鮮明に蘇る。あの日見たシマンジの光景を押しつぶすほど、強烈なヴィジョンだった。

「入隊申請蹴られて、悔しくないふりなんてしましたけど。インストラクターのまんまで良いなんて嘘つきましたけど。いつか。絶対――」

 

 

――

 

何も変わらない、静かな朝だった。

ガーラス行の船はすでに到着している。派手に見送られることなく船に乗り込むのはいつ以来だろうか。面白みのない白い船体を見やって、スプリンガーは手をかざす。風の強い日だ。揺れるもののない滑走路を渦巻く音だけが覆っていた。

「スプリンガー」

背中の声を手で制して、スプリンガーは遠く小さく見える船へと歩を進めた。振り向かずともトップスピンとツインツイストがどのような表情をしているのかは想像できる。他のレッカー達は――インパクターを含めた他の隊員たちは既にあの中だろう。自分は随分と甘い監視の中で動かされているらしい。ずっと飲み込んでいた問いが湧き上がって来て、スプリンガーは振り返る。

「聞きたいことがある」

「何だ」

「何だ?」

「もし、お前たちがあの時――ポヴァに居たとしたら、だ。お前たちはインパクターを止めたか?」

吹きすさぶ風。機体が地面を踏みしめる音だけが響いた。

「……止めなかっただろうな」

トップスピンがはっきりと言い放つ。ツインツイストの答えは待つまでもないだろう。全てを物語る沈黙の中、スプリンガーは一つ手を挙げて真っ直ぐに歩き始める。

(お前たちが――)

ポヴァに居なくて良かった、という言葉を噛み潰すように、スプリンガーは空を見上げる。あの時誰がポヴァに居たとしても、結果は同じものになっていただろう。今更それを嘆いて何が変わるわけでもない。

ロードバスターの顔が、ラックンルインの顔が、ブロードサイドの、サンドストームの、そしてホワールの懇願する顔が蘇ってくる。思いは一つだ。忘れかけていたとは言え、自分たちの努めるべき役割は変わっていない。そして、選んだ道が異なっていたにせよ――インパクターもまた、根本では同じ思いを抱いていたに違いないのだ。

 

ゆっくりと流れる景色の中、風だけが飛ぶように過ぎてゆく。ガーラス9への旅は短いものになるだろう。

 

―――

 

眩暈がする。目の奥が痛んで、思考を曇ったものにしてしまう。アイアンフィストは頭を抱えた。何故……何故、秘密裏に開発していたはずの、あの薬品が……ディセプティコンの手に渡っている……?

作業台の上の試験管に目をやる。キミアの全ての武器開発者がこのサンプルを手にしているはずだ。自分たちの所持しているデータと照らし合わせ、自分が開発したものではないと主張するために、彼らは今必死になって証明書を作成しているに違いない。だが、そんな努力をせずとも、彼らの研究室から「証拠」が上がることは決してないだろう。もちろん、アイアンフィストの部屋からも……あの研究データは全て破棄したはずだ。銃に応用したものよりも更に恐ろしい成分が出来上がった時点で、悪用されることを恐れ、秘密裏に処分したはずだ。誰がディセプティコンに流した……?眩暈がする。膝をついて、アイアンフィストは胸を押さえる。苦しかった。バブ・ヤーの惨劇が自分の手によって引き起こされたのかもしれないと思うと、たまらなく恐ろしかった。今更何の後悔をするのかと、神からは罵られそうだが……。

 

無意識に金属片を握りしめていたことに気づき、アイアンフィストはゆっくりと手を開く。レッカーズの極秘ファイル。113。ポヴァでの決戦を書き上げた章だ。

あの時、スプリンガーは何故あの型の銃を見せて来たのだろうか。銃弾を受けた者の神経回路を侵し、瞬時に命を奪う武器。ギデオンの雨の件で自分を疑っているのかと思ったが、そうでは無かったらしい。あの銃は?フレイム隊にいくつか支給があったのと……そうだ、ロードバスターに初期の型を送ったのでは無かったか。レッカーズの任務に間接的にでも関われるあの瞬間の喜びは言い表せない。あるいは、インパクターがその銃を取ってくれる機会もあり得るかもしれないのだ。自分の作った銃を手にして、インパクターが腐りきった悪であるスカドロンXを退治する。忘れかけていた希望が膨れ上がって来た。いつでも、どんな時でも、自分には勇気を与え続けてくれる存在が居る。くじけそうになった時、その生きざまで励ましてくれる存在が居る。だからこそ自分は、穴ぐらの中で全てを終わらせる武器を作り続けて来たのではなかったか。

 

保身には回らない。もし誰かに密告されても、自分はありのままの真実を話そう。そう心の中の「彼」の姿に誓って、アイアンフィストは深く頷く。高等指令部から送られてきた極秘資料の一節を思い出していた。

 

「拘束から逃れ、再び銃を向けたスカドロンをレッカーズは見逃さなかった。彼らは長きに渡った敵との決着をつける事となる。スカドロンXは全員死亡。インパクターはその責任を負うべく、罪を一身に受けて名誉の退職を余儀なくされた。だが、オートボットにとって失い難い象徴であり多くの戦士の支えであるレッカーズを失う訳には行かない。新たなリーダーにはスプリンガーが就任する予定である。今まで彼が務めていた、隊長のサポート役にはロードバスターが……」

 

レッカーズは死なない。英雄である彼らはその名を守り、自分たちに道を示そうとしてくれているのだ。スプリンガーが心安い双子のどちらかではなく、ロードバスターを右腕に置いたことも彼の胸を打った。インパクターのレッカーズは生きている。道を違えることのない彼らは、変わらずに自分たちを導いてくれることだろう。その事実があるだけで、どんな困難にも打ち勝てる気がしていた。

 

 

【了】

 

 
 

 
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