「皆さん、夏休みだからといって、あまり羽目を外さないようにしてくださいね。そして休み明けには元気な笑顔を見せてください。それではこれで、一学期最後のホームルームを終わりにします」
ほんわか可愛い系で、生徒と教師から絶大なる支持を得る担任に促され、クラス委員が号令を発する。
最後の礼を告げるや否や、夏休みに向けての抑えきれない感情を顕にする生徒たち。
中には学年末で無残な結果となり、赤点を取った数に応じて補習が義務付けられているが、せめて今だけはそれを忘れようとヤケクソ気味になっている生徒もいるが。
「うぅ……なんてこったいでやんす。オイラの、オイラの夏休みがぁ……」
「まぁ、何というか、こればっかりは自業自得としか言えんしなぁ」
「で、でも、補習を受けるのって、赤点を取った科目によって違うんでしょ? 一教科につき、確か5日だったよね。なら、大した事無いって、頑張ろ!!」
落ち込む矢部に対し、欠片も慰める気持ちのない勇斗。それをフォローすべく明るく励ます舞であったが、
「で、何教科なんだ?」
「……4教科でやんす」
「うわぁ……」
と、さすがに慰めの言葉をすぐに思い浮かべることが出来なかった。
ちなみに現在、パワフル高校は地区大会を4回戦まで突破し、ベスト4に進出。
この躍進に、現監督の大波や、勇斗と舞の父親である晋作と豊らかつての黄金世代の頃に教員だったパワフル高校校長は狂喜乱舞。
自らの権限でPTAや父兄、OB・OGらに呼び掛け、大応援団を組織するに至った。
一年にして既にレギュラーである勇斗とマネジャーの舞は、その事をチア部や吹奏楽部に所属するクラスメイトたちから「ベスト4からは、学校関係者みんなで応援するから、頑張ってネ」と励ましの言葉とともに伝えられ、思わず身震いするほどのプレッシャーにふたりして顔を見合わせ、苦笑を浮かべる他なかった。
そのベスト4が明後日に迫っているのだが、上記の理由により矢部は20日間、部活休止処分の上補習が決定してしまった。
「まぁ、運の良い事に、矢部君は補欠。試合はオレたちに任せて、心おきなく勉学に励んでくれたまえ」
「いくらなんでもあんまりな言いようでやんすよ、勇斗君!」
「そうだよ、勇くん。せめて、『離れていても、矢部君は心の中で生きてるよ』くらい、言ってあげないと!」
「オイラ、死んでないでやんすよ!? 舞ちゃんも、何て事を言ってくれやがるでやんすかっ!!」
「あ、あれっ? あ、あはは、ゴメンネ、矢部君」
「まぁ、許せ。これも他愛のないウィットの効いたジョークだ」
「オイラのハートはギザギザにひび割れてロンリーでやんす。もう立ち直れないでやんす」
「落ち込まないで~。本当に謝るから。ほらっ、勇くんも」
「あ~、確かに悪ノリが過ぎた。スマン、この通りだ」
「む~、なんかイマイチ誠意が感じられないでやんすね~」
「そんな事ないって。何つーか、矢部君とは入学以来、部活でもずっと一緒だったし、だから今回、応援に来てもらえないのは、ちょっと寂しかったりするんだぜ」
「そ、そうでなのでやんすか?」
「(釣れたっ!!)」
煽てれば多少は機嫌が良くなるかもと、苦肉の策のつもりで放った言葉であったが、予想していた以上の好感触に思わずガッツポーズしそうになるのを抑える。代わりに舞に向けて援護射撃を依頼するジェスチャーを示す。
「(はっ!)そ、そうだよね。やっぱりムードメーカーの矢部君がいないと、イマイチ盛り上がらないし。あ~あ、残念だなぁ」
「ま、舞ちゃんまで。そ、そうだったのでやんすか、二人はそこまでオイラの事を……。そんな事にも気付かず、申し訳なかったでやんす。オイラの方こそ、許してくれでやんす」
そう言って涙を浮かべて肩を落とす矢部。最早、加害者と被害者が完全に逆転してしまっている。
「そ、それはもういいから、とりあえず部活に行こうぜ」
「だ、だよね。一応、今日と明日はミーティングと軽めの練習だけとは言え、遅刻はまずいもんね」
「ありがとうでやんす、二人とも。じゃあ、行こうでやんす」
練習も終わり、夕方には帰宅の途についた勇斗と舞。
いつもの如く唯と舞母娘の作った料理に舌鼓みを打ちながら、リラックスした時間を過ごしていた。
「いよいよ明後日は準決勝ね。調子はどう?」
「お蔭さまで、絶好調ですよ。お袋と違って、唯さんの料理は美味しいですから」
「まぁ、確かに美春と比べたら、誰だってミシュランの三ツ星レベルにはなっちゃうでしょうね」
「……否定できないのが辛いです」
「勇くんってば、一体どんな食生活を送ってきたの?」
「まぁ、基本は自炊かな。ごくたまにお袋が腕を振るうんだが、それについては察してくれ……」
「はて……よくもそれで、勇君の味覚がまともに育ったのだわ。ある意味、奇跡よね」
「ああ、それこそまさに、唯さんのお蔭ですよ」
「お母さんの? それって、どういうこと」
「ああ。ウチって共働きだったろ。それで良く舞の家に預けられてたじゃんか」
勇斗の言葉に、「そういえば、そうだったかも」と、幼き日の記憶を掘り起こそうとする舞。
「休みの日なんかは、昼も夜も唯さんにご馳走になっちゃって。そんでたまに自分で料理をすると、自然と唯さんの味を再現しようとしちゃっていたんですよ」
「それってつまり、勇くんにとってはお母さんの料理が『おふくろの味』になっちゃってるってコト?」
「あ~、まぁ、そういうことになるのかなぁ。と、言う訳で、唯さんには感謝しても仕切れないって訳です」
そう言ってテーブルに手を付きペコリと頭を下げる勇斗。
「いいのよ、そんな事は~」
そう言ってニンマリと笑みを浮かべて自分を見やる母に、嫌な予感を覚える舞。
「ただ、どうしてもって言うなら、舞をもらってくれればいいから」
その瞬間、舞は思わず口に含んだばかりの味噌汁を吹き出し、「ゲホゲホ」と激しく咳き込む。
勇斗もまた一瞬呆然としたが、すぐに隣の舞の背中をさすって開放する。
「もう、舞ったら汚いわねぇ。食事中に行儀悪いわよ」
「けほっけほっ……お、お母さんが急に変なこと言うのがいけないんじゃない!!」
「あ~ら~、私がいつ、変なこと言ったかしら?」
「なっ、それはその……勇くんに私をもらって、とか(ゴニョゴニョ)。わ、私はいいけど、変な冗談を言って、勇くんに迷惑かけないでよね!!」
「冗談とは失礼ね~。私は昔から『勇君のような息子が欲しい』って思ってたし、それは今でも変わってないわよ」
「だからって……」
「そうですよ、唯さん。それにオレと舞とじゃ釣り合いませんよ」
「(ムッ)なによ、それ。私じゃ勇くんに相応しくないって言うの?」
「えっ? いや、そうじゃなくて、オレなんかに舞は勿体無いって意味で……。て言うか、さっきまでその事で舞も怒ってたんだよな? なんでその矛先がこっち向いてんだ?」
「つべこべ言わなーい!! とにかく、勇くんは何か、私に文句でもあるの!?」
「い、いや、文句なんてないが……じゃなくて、だったらこっちも聞くが、舞だって何かオレに不満でもあるのか?」
「えっ、べ、別にそんなのないけど……そうじゃなくて、う~~(///)」
「???」
「あ~はいはい。もう、ご馳走様ご馳走様。二人ともいい加減にして、冷める前にさっさとご飯食べちゃいなさい。明日から夏休みとは言え、不規則な生活は病気と怪我の素よ」
頬を染め、もどかしげに俯く愛娘と、その状況に何ら思い当たる所のない親友の息子の姿に、パンパンと手を叩き呆れた口調で割って入る唯。
その音で目が覚めたように、慌てて食事を再開する二人の姿に、「先は長そうね~」と内心でため息を漏らす。
食事を終え、部屋に戻った勇斗と舞は、奇しくもほぼ同時に思い当たった。
「「アレ? 確か原因は、唯さん(お母さん)だったハズじゃあ……」」
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完全に幕間です。野球、出てこないです。つ、次こそは!!